パンドラの箱の話はご存知でしょうか。かなり有名な話なのでご存知の方も多いかと思います。私はこの話に昔から矛盾を感じていました。開けてはいけないと言われていた箱(もともとは甕。以下気分で使い分けます。)を人類最初の女性であるパンドラが開けてしまい、中に入れられていた数々の災厄が飛び出し人類の間で蔓延した。ただ恥ずかしがりやの希望だけは残ったとのこと。災厄と一緒に希望が入っていたのは、もし希望がなければあっさりと死んで楽になってしまえばいい。希望があるために人類は苦しみを長い間味わわなければいけない。よって希望も災厄のひとつである。という解釈がされています。
皆さん変だと思いませんか?
「希望が残った」と単純に言えば希望があるみたいだけれど、この場合残ったのは甕の中。つまり単純に考えれば、人類に希望は行き渡らなかったのではないかと思うんです。非常に悲観主義的な解釈ですけれど。
私の思考の暴走はここでは止まりません。この解釈が正しいと別な矛盾が生じます。災厄ばかりで希望がないとすると人類などとっくに絶滅しているはずではないかと。ではなぜ人類が存在し続けているのか、それは別の希望を自ら作り出しているからではないかと思います。パンドラの箱に収められた災厄として与えられるはずだった希望ではなく、自ら作り出した希望で辛い人生でも懸命に生き延びている人々。そんなふうに考えると私はなんとなく人間がいとしく思えてくるんですが、どう思われますか?
私にとって、アルテミスがこの「自ら作り出した希望」だったのだと思います。中学生くらいのとき、私はかなり精神的に落ち込んでました。まあ今思えば思春期の一言で片付くことかもしれないけれど、自分が役に立たない無価値な人間で、人に迷惑かけて生きるよりとっとと死んだ方がましなのではと思ったものです(実は今でもその思いは残っている。)。そんなときにアルテミスを改めて見直す機会に出会いました。自分がどんなにどうしようもない人間でもがんばって生きていけばこの女神だけは微笑んでくれそうな気がしました。そうして今までなんとか生きてきました。
そこで落ち込んでいる人! あなたもアルテミス様を信じてみませんか? 大丈夫です。別に法外な御布施を集めるわけではありません。ただちょっと心の拠り所を提供できればと思うだけです。
教義
1 アルテミス様は生命の女神です。命を大切にしましょう。これは自分の命も含めてです。また、アルテミス様はあらゆる獣の女
神でもあります。弱いもの、強いもの、賢いもの、本能で生きてるもの、見栄えのいいもの、悪いもの、命はすべて平等です。人間以外の生物も大切にしましょう。
2 アルテミスは狩りの女神です。食料にするためなどでやむを得ず命を奪うことをアルテミス様は許しておられます。しかし度を越した殺生に罰を与えるのもアルテミス様です。やむを得ず奪われる命に思いを馳せることを忘れてはいけません。
3 アルテミス様は森の女神であられます。森などの生物の生存に不可欠な環境を守りましょう。
4 アルテミス様は野生の女神です。つまらない奇跡などに頼らず、自分の力で地に足のついた生き方をしましょう。
御利益(?)
1 あなたが未熟な人間であっても大丈夫。教義にもありますが、アルテミス様はどんな命でも平等に愛情を持って下さいます。一生懸命生きている限りは必ず微笑んで下さいます。他の命を尊重することを忘れなければ、思う通りに自由に生きていいのです。あなたに生きていて欲しいと思う人が少なくとも一人はいるわけです。どんなに苦しくてもがんばれるはずです。
2 アルテミス様のように全ての命に愛情を注いでみませんか? どんな命もいとおしく見えるようになると、毎日微笑みを浮かべて生活ができます。憎しみをつのらせて生きるより、はるかに幸せな日々が待っています。
3 宗教には天然痘ようなところがあります。天然痘は牛痘という別な病気にかかっている人はかかることがありません。これを利用したのが種痘です。比較的無害なこのアルテミス教に入っていれば、危ないカルトにはまることはありません(たぶん)。
みんなひかないでくれぇ(笑)。要するに「最近宗教には悪いイメージが付きまとっているが、使いようによっては人生の糧になる」ということが言いたいだけなんですから。