< シックハウスシンドロームについての解説と簡易測定法による室内空気の実態調査>

はじめに
シックビルディングシンドロームとは
化学物質過敏症とは
室内空気汚染の分類について
室内環境の測定法について
簡易測定法による実際の調査について       
対策・治療等
おわりに


1.はじめに

  20世紀は化学物質の時代とも言われるように、数多くの物質が作られ、そしてそれが衣食住あらゆる面で私達の生活を便利で豊かなものにすべく利用されてきたといっても過言ではありません。化学物質というと多くの方はあまり身近に感じられないかもしれません (化学そのものが実生活との関連がさっぱり見えずに高校生の頃で投げ出した方が多いのではないでしょうか・・) が、もともと私達の身体を作っている骨・筋肉・臓器等は細胞から出来ており、それはさらにタンパク質・アミノ酸等・・・からでき、それは突き詰めれば炭素・酸素・水素・窒素といった元素から構成されているのです。他の動物、植物、大気、水、建造物等、自然界・人工物を問わずあらゆる物が元素からできているといえます。いろいろな元素が組合わさって出来ている物を”化学物質”ということを考えれば、私達の世界すべて化学物質であふれていると言って良いと思われます。化学物質にもいろいろな物があり、酸素のようにO原子2つからなるような簡単な物からもっと複雑な組み合わせの物まで、また、自然の中でできた物から人が研究室等で作った物、あるいは人の意志ではなく物を作るときの副産物(ダイオキシン等)として出来てしまったものまで様々あり、私達はこうした化学物質と一緒に今、生活しているといえます。

< 物質の成分(化学図録より) >


 こうした身近な化学物質の中で、人や生物に有害な物については人の歴史の中でその毒性等が研究され、それらを避けることが出来るようになってきました。毒キノコやふぐ毒をはじめとして、よく事件で話題となるシアン化合物・ヒ素化合物など毒劇物取締法等で規制されたりして勝手に使えなくなっている物が数多くあります。また、DDTのように非常に役立つ殺虫剤として利用されながら、環境への悪影響からその製造・使用が禁止されたものもあります。(図ー1) 
< 図ー1 殺虫剤 (DDT及びDDT代謝物) >


 さらに、同じ毒でも毒キノコやシアン化合物など、1回食べただけですぐに有害な作用が出る(急性毒性)ものと、少量でも長い間食べ続けるといろいろな種類の影響が出る(慢性毒性)ものの2通りの性質があり、食塩などは後者の例で、人にとって毎日少しずつならば必要な物質でもあり問題ないのですが、一定量以上を長年にわたってとり続けていると、後に病気になってしまうことがあります。こうした 「問題のない量」 という考え方は人の「食」の考え方に由来するものと思われますが、これを私達は残留農薬、食品添加物、食器・建築材等から溶出・揮発する物質などにまで拡大することで様々に利用してきました。
 1960年代の始め野生生物学者であったレイチェル・カーソンが「SILENT SPRING」を著して化学物質がヒトの健康や生態系に深刻な影響を及ぼしていると化学的な実証データに基づいて説明することで広く社会に警告した頃から、こうした微量の化学物質の影響が研究され始め、ダイオキシンをはじめとする外因性内分泌攪乱物質(いわゆる環境ホルモン)が問題となるとともに、GC−MS(ガスクロマトグラフ質量分析等)など微量分析技術の発達とともに身近に空気中のVOC(揮発性有機化合物)、水道水中のトリハロメタンといったものが問題視され始めてきました。
 そして、最近、学校環境の中にも建材・ワックス・芳香剤・塗料・教科書等のインキなど様々な化学物質が入り込み児童生徒の健康に障害をきたす例が増えてきたことからも、化学物質をできるだけ抑えた建材や塗料等を使用するよう対策を講じる必要性がでてきました。平成12年6月30日の厚生省生活衛生局長通知で室内空気中化学物質の室内濃度指針値及び総揮発性有機化合物の室内濃度暫定目標値が定められたことから平成13年1月29日文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課長及び同省大臣官房文教施設部施設企画課長より「シックハウス」対策にも配慮した学校保健活動、施設整備を行うよう依頼がされるとともに、「学校環境衛生基準」も見直し作業が進められています。
 また、平成13年8月15日文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課より8月中を目途に「水泳プールの管理」について基準の改訂を行うとの連絡があり、その中で平成14年度からプール水の水質検査事項に「総トリハロメタン」が加わることになりました。
 このように、ここ数年、従来の学校環境の概念と異なる新しい環境測定項目が学校に取り入れ始められたことから、シックハウス症候群に関連した、こうした微量化学物質についての解説と学校等で簡易測定法を使って実際にホルムアルデヒド等を測定した結果、またVOCのその他の測定法についても考えてみたいと思います。
 
2.シックビルディングシンドロームとは

 シックビルディングシンドローム(Sick Building Syndrome , SBS)とは、1973年の第1次オイルショックを契機として、省エネルギー志向が進み、ビル内の換気量を従来の1/3以下に引き下げたことなどにより、ビル内で働く人々の間で頭痛・めまい・吐き気・倦怠感等の人体被害の訴えがなされるようになり、また、この症状はビルの外に出ればほとんどなくなるか、軽減するといったこと、また、特定病因が確定できず広範囲の症状が見られることから、ビルが”病んでいる(Sick)”という意味で使用され始めた用語で、高気密化ビル症候群(Tight Building Syndorome)とも呼ばれています。 さらに、最近日本の住宅の気密度に関わる換気量の不足や私達の身近な生活製品に様々な化学物質が含まれるようになってきた結果、SBSと同様の問題が住宅でも発生するようになったことから日本では”シックハウス症候群(Sick House Syndorome)”として関心が高まっています。
 
WHOによるSBSの症状に基づく定義
1. 眼、特に球結膜、鼻粘膜、咽頭の粘膜刺激症状       
2. 粘膜の乾燥
3. 皮膚の紅斑、蕁麻疹、湿疹
4. 易疲労感
5. 頭痛、頻発する気道感染
6. 息が詰まる、喘鳴
7. 非特異的な過敏症
8. めまい、吐き気、嘔吐
 
 なお、原因因子がはっきりしている場合は、ビル関連疾患(Building−related Illeness,BRI)と呼ばれ、真菌による過敏性肺炎、レジオネラ菌によるレジオネラ症(在郷軍人病)、結核等があります。


<最近の考え>
<Total Body Load>身体総負荷量
 ヒトの化学物質に対する許容量は、ヒトによって様々であるが、個々の化学物質の量だけでなくそれらの総和Total Body Load(身体総負荷量)によっても影響を受ける。つまり、TBL(身体総負荷量)が限界に達している時、シックハウス症候群、あるいは化学物質過敏症になりやすいという考えから、必ずしも建築関係だけでなく、家庭等における殺虫剤の使用、花粉、黄砂(有機物を含む)など総合的にとらえる必要があると言われ、必ずしも量ー反応関係が直線的右上がりグラフでないことが特徴です。 こうしたことから今回、世界で始めてと思われる室内空気質のTVOC(総揮発性有機化合物)総量の暫定目標値( 400μg/m )が策定されています。

<いわゆるシックハウス症候群とは>
  • 中毒症
室内濃度が一定以上になると、健常な人々に明らかな刺激症状が出現するもの
  • 過敏症
体質や過去に中毒症を起こすなどの特質を持つ人々に、健常な人々より微量な
濃度で症状が出現するもの
3.化学物質過敏症とは
 化学物質に暴露されて一旦過敏症を獲得すると、その後は極めて微量の同系統の化学物質で種々の臨床症状が発症してくる状態のことを ”化学物質過敏症(Chemical Sensitivity,CS)あるいは多発性(複合)化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity,MCS)といいます。このことから 「シックハウス症候群」 は 「化学物質過敏症」 の1つで家の室内空気中の化学物質が原因となったものであるといえます。
 CSがSBS問題(換気、新建材)と違うところは、居住者の体質・生活様式が大きく影響してくることで、症状の出現は自律神経系を中心に様々ですが、主に患者側の要因で決まり、原因物質によって一定の症状が出てくる訳でない点が、従来の中毒症状と大きく異なる点です。そして、過敏症にかかりやすいと考えられるのは、小児、更年期の女性、免疫力の低下した老人があげられます。
<化学物質過敏症になるしくみ> <化学物質の量と健康度(あなたも化学物質過敏症?、農文協)

化学物質過敏症の症状   
自律神経障害 発汗異常、手足の冷え、易疲労性
精神障害 不眠、不安、うつ症状態、不定愁訴
末梢神経障害 運動障害、四肢末端の知覚異常
気道障害 のどの痛み、乾き
消化器障害 下痢、便秘、悪心
眼科的障害 結膜の刺激症状
循環器障害 心悸亢進
免疫障害 皮膚炎、ぜんそく、自己免疫疾患
4.室内空気汚染の分類について

 空気中には、右の図で示されるように、人の健康や物の品質に影響を与えるものとして、ホルムアルデヒドや揮発性有機化合物等のガス状の汚染物質、粉塵やタバコの煙、花粉といった粒子状の汚染物質、また、細菌や真菌などの微生物等が存在しています。そして、これらによってアレルギーやMCS(化学物質過敏症)と呼ばれる症状が引き起こされるのですが、こうした物質によってMCSが発症しやすい環境の家をシックハウスと呼んでいるのです。なぜ日本の一般の家でシックハウスが問題となるかというと、日本では
 1.狭く、気密性が向上
 2.新築住宅が多い
 3.新建材や接着剤を多用
 4.家庭内で殺虫剤(農薬)等の使用が多い
 5.空気環境の規制等がない
といった理由で空気中に多く存在しやすい環境があるからです。

< 空気中の汚染物資の分類 >

< 家庭におけるシックハウス症候群原因物質の所在 >






A.揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds,VOC)とは
 室内の空気の中に化学物質はいろいろな状態で存在しています。水が温度や圧力によって氷になったり水蒸気になるのと同様です。普通 0℃1気圧 で水は氷(固体)になり、 100℃で沸騰して水蒸気になるのですが、条件が変われば水は20℃や30℃でも自ら蒸発して気体になるのはご承知のとおりです。が、シックハウス等で問題となる化学物質も又温度や圧力の変化で様々にその姿を変えていくのです。こうしたことからWHOでは問題となる揮発性の化学物質を、その物質の毒性ではなく揮発性・気体になりやすさ(沸点)に応じて下の表のように分類しています。



 
  <有機汚染質の分類>  沸点(℃) 有機化合物の例(沸点)
 揮発性有機化合物(VOC)とは、空気中に揮発する有機化合物全体を指すもので、シックビルディング症候群の主な要因として、ビルや住宅に於いて特に注目されている物質で、実際、室内の空気中には極めて多くの種類のVOCが存在することが確認されています。その中には、発ガン性を疑われている物質もあります。そして、VOCは総称であってこれでは範囲が広すぎて漠然とし過ぎているためWHOでは室内空気汚染の観点から、右の表のように有機化合物の沸点をもとにVOCを高揮発性有機化合物(VeryVolatile Organic Compounds,VVOC:沸点が50℃以下のもの)、揮発性有機化合物(VOC:沸点が50〜260℃のもの)、準揮発性有機化合物(SemiVolatile Organic Compounds,SVOC:沸点が260〜400℃のもの),粒子状物質(Paraticulate Organic Matter,POM:沸点が380℃以上のもの)の4種類に分類しています。
なお、室内環境汚染物質の代表的なホルムアルデヒドはVVOCに分類される常温で気体状の有機化合物ですが、人体への影響も大きく、発ガン性も疑われる物質であるため独立して扱われることが多いようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 









B.揮発性有機物質(VOC)の指針値について 
 平成12年6月30日付け生衛発第1093号及び平成12年12月22日付け生衛発第1852号厚生省生活衛生局長通知によって室内空気中化学物質の室内濃度指針値及び総揮発性有機化合物の室内濃度暫定目標値が定められるとともに、その後平成13年7月25日付け医薬発第828号まで、追加がなされるとともに、現在以下の表のように定められています。



揮発性有機化合物 室内濃度指針値  毒 性 指 標
ホルムアルデヒド 100μg/m
(0.08ppm)
ヒト吸入暴露における鼻咽頭粘膜への刺激
トルエン 260μg/m
(0.07ppm)
ヒト吸入暴露における神経行動機能及び生殖発生への影響
キシレン 870μg/m
(0.20ppm)
妊娠ラット吸入暴露における出生児の中枢神経系発達への影響
パラジクロロベンゼン 240μg/m
(0.04ppm)
ビーグル犬経口暴露における肝臓及び腎臓等への影響
エチルベンゼン 3800μg/m
(0.88ppm)
マウス及びラット吸入暴露における肝臓及び腎臓への影響
スチレン 220μg/m
(0.05ppm)
ラット吸入暴露における脳や肝臓への影響
クロルピリホス 1μg/m
(0.07ppb)
但し,小児の場合は
0.1μg/m
(0.007ppb)
母ラット経口暴露における新生児の神経発達への影響及び
新生児脳への形態学的影響
フタル酸ジーnーブチル 220μg/m
(0.02ppm)
母ラット経口暴露における新生児の生殖器の構造異常等の影響
テトラデカン 330μg/m
(0.04ppm)
−C16混合物のラット経口暴露における肝臓への影響
フタル酸ジー2−エチル
ヘキシル
120μg/m
(7.6ppb) ※※
ラット経口暴露における精巣への病理組織学的影響
ダイアジノン 0.29μg/m
(0.02ppb)
ラット吸入暴露における血漿及び赤血球コリンエステラーゼ活性
への影響
両単位の換算は、25℃の場合による
※※
 
 
フタル酸ジー2−エチルヘキシルの蒸気圧については1.3×10ー5Pa(25℃)〜8.6×
10−4Pa(20℃)など多数の文献値があり、これらの換算濃度はそれぞれ0.12〜8.5
ppb相当である
総揮発性有機化合物量
    (TVOC)*
暫定目標値 国内の室内VOC実態調査の結果から、合理的に達成可能な
限り低い範囲で決定
  400μg/m  

TVOC(総揮発性有機化合物量)
Total Volatile Organic Compoundsの略称で、今回の暫定値では上記11種類の総和
(規制VOCが増えればその総和)と考えて良いが世界的にはいろいろな定義が存在する。
  1. ガスクロマトグラフで分離定量された個々のVOCの総計
  2. 水素炎イオン化検出器、光イオン化検出器等の検出器を備えた直読式のVOC計での測定値
  3. FID検出器によりトルエン換算値として測定したもの
  4. その他



C.代表的な揮発性有機物質(VOC)
ホルムアルデヒド(HCHO)
   無色・無臭で刺激臭をもち、常温で気体で存在し、水・アルコール等にによく溶けます。その35〜37%水溶液をホルマリン (重合防止剤としてメタノールが10〜15%程添加されている) と言います。ホルムアルデヒドは殺菌作用を持つため、昔から土壌燻蒸剤、生物標本の保存、防腐剤などに用いられてきました。また、アセタール樹脂、尿素ーホルムアルデヒド樹脂、尿素ーフェノール樹脂等の原材料として利用され、建築材料の合板、壁紙、フローリング、家具の接着剤などに使われています。
 呼吸等によって、人の身体に取り込まれると皮膚や粘膜に対する刺激作用が強くて、アレルギー性呼吸器障害やアレルギー性皮膚炎あるいは中枢神経障害の原因になったり、発ガン性があるとも言われています。

ホルムアルデヒドの大気中濃度は、工場等が多い都市部で高く、光化学スモッグ発生時には特に高くなり、東京都の光化学スモッグ発生時に0.073ppmを記録したこともあります。


分子量       30.03
沸点     ー19.5℃
密度(液体)  0.815 g/ml
蒸気密度       1.067
引火点        50℃
発火点       300℃
 カラーボックス        AVラック   本

ベッド






押入
ダンス



フローリング床




天井




カーペット


テーブル



キッチン
キャビネ
ット



 居住環境でのホルムアルデヒドの発生源には左図のように建材・家庭用品・喫煙・暖房器具の使用等が考えられるのですが、特に発生量が多いのは尿素ーホルムアルデヒド系の接着剤を使用した建材・内装材です。そして、家庭内で濃度が上がる原因には、
 @タバコを吸ったとき
 A新しい家具を購入したとき
 B新しいカーペットを敷いたとき
 C衣類を購入したとき
が考えられます。
 また、これらから、単位面積・単位時間あたりにどの程度ホルムアルデヒドが空気中に放散しているかを数値的に表した量を「放散量」と言いますが本で1.1μg/冊/hr、カラーボックス等のベニヤ合板で1.8μg/m/hrとなります。暖房機では石油系で10.4〜46.4mg/hr、ガスで8.5〜148.5mg/hrとされています。
 押入壁  整理ダンス    ド ア   食器棚
< 短期間暴露後のホルムアルデヒド人体影響(ECA) >
ホルムアルデヒド濃度(ppm) 影   響
(室内化学汚染:講談社、1998)
報告値 推定中央値
0.05〜1   0.08  におい検知閾値
0.08〜1.6 0.4  目への刺激閾値
0.08〜2.6 0.5  のどの炎症閾値
2〜3 2.6  鼻・目への刺激
4〜5 4.6  催涙(30分なら耐えられる)
10〜21 15  強度の催涙(1時間続く)
31〜50 31  生命の危険、浮腫、炎症、肺炎
50〜104 104  死亡

トルエン(CCH)、キシレン(C(CH)、トリメチルベンゼン、ジエチルベンゼン
 芳香族化合物特有のにおいを特徴とするベンゼン及びベンゼン誘導体で、塗料用溶剤、樹脂やワックスの溶剤に多く使用されています。
ベンゼンには発ガン性があるほか、吐き気・頭痛・めまいなどの症状の原因になっています。
フタル酸ジー2−エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジーn−ブチル(DBP)等
 プラスチック類、特に塩化ビニルの可塑剤として多量に使用されています。沸点の高いものは粒子状になって空気中に漂っていると考えられ、生殖機能に影響するといわれ、可塑剤のいくつかは内分泌攪乱作用が疑われています。
nーデカン(石油系溶剤)、テトラクロロエチレン(有機塩素化合物)
 ドライクリーニング、洗浄剤として利用されている。
パラジクロロベンゼン、ナフタレン
 防虫剤として利用され、白色の結晶で昇華して特有の強いにおいがある。水に溶けないが有機溶媒にはよく溶ける。
粘膜刺激作用、血液障害を引き起こす。

パラジクロロベンゼン(別名:パラゾール)(正式名:1,4−ジクロロベンゼン)
 分子量 : 147
 融 点 : 54℃ , 沸点 : 173℃ ,常温で固体、昇華性がある。

防虫剤の種類(衣類用) 経口毒性 ラットLD50(mg/kg) 人体に対する影響
パラジクロロベンゼン 500 頭痛、めまい、倦怠感、眼・のどの刺激
ナフタリン 2000 接触皮膚炎、紅斑、血尿、新生児に対する溶血現象
樟脳 眼・皮膚・粘膜の刺激、嘔吐、吐き気、めまい、痙攣
エムペンスリン 1680〜2280 人に対する毒性のデータなし
クロルピリホスダイアジノン、スミチオン(フェニトロチオン)
 有機リン系殺虫剤として利用されていて、クロルピリホスはシロアリ防除剤、ダイアジノンはハエ、カ、ゴキブリ、ダニ等の駆除剤として広く利用されています。コリンエステラーゼ阻害剤として痙攣、呼吸不全が生じることがある。
吐き気、頭痛、めまい、中枢神経障害等を引き起こす。
スチレン、ウレタン、エピクロロヒドリン
 断熱材の残留物。

5.室内環境の測定法について

 今回、4−Bであげた室内空気汚染成分である、ホルムアルデヒド、トルエン・キシレン、パラジクロロベンゼン、可塑剤、有機リン系化合物についての分析法を簡易分析法と機器分析法に分けて考えます。なお、可塑剤と有機リン系化合物は一般に低濃度のため簡易分析法はありません。

<簡易分析法>

1.検知管法(ホルムアルデヒド・トルエン・キシレン・パラジクロロベンゼン)
(ポンプ式)
 ポンプを用いて一定流量で30分吸引採気
し変色した最先端の目盛りを読む方法です。
検知管は担体にリン酸ヒドロキシルアミンと
pH指示薬を含浸させ、これをガラス管に充
填したもので、ホルムアルデヒドを通気させ
るとリン酸が生じ、これがpH指示薬と反応
して発色、この発色長からホルムアルデヒ
ド濃度を求めるものです。トルエン・キシレン・
パラジクロロベンゼンもそれぞれの検知管で
測定可能です。
 下写真はホルムアルデヒド用検知管(91
PL)で測定範囲は0.02〜0.2ppm、右図
は同じく検知管用自動ガス採取装置です。
((株)ガステック)
 
2.化学発光式
 アルカリ溶液にホルムアルデヒドを捕集し、ガーリック酸と過酸化水素溶液を加
えて化学発光させ、その発光強度を測定する。
3.テープ式光電光度法
 多孔性のテープにリン酸ヒドロキシルアミンとpH指示薬を含浸させ、このテープ
にホルムアルデヒドを通気させてできる着色スポットの濃度を光電光度法で連続
的にホルムアルデヒドを測定する。
4.ポータブル型ガスクロマトグラフィー(GC)を用いる
検出器にPID(光イオン化検出器)あるいは、SAWD(表面弾性波検出)を用いるポータブル型GCを用いて測定する方法で、短時間でppbレベルの検出が可能です。右の写真はSAWD方式のポータブル型GC(バブ日立工業(株)です。
 地下鉄サリン事件以来、VOC、悪臭、地下水、土壌含有物質等、実際の現場での迅速測定ということで開発されてきているようです。
 

<機器分析法>

 ホルムアルデヒドの分析にはAHMT吸光度法、クロモトローブ酸吸光光度法、2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)−GC法、DNPH−HPLC法がありますが、簡便さやガイドライン以下も測定できることを考えるとDNPH−HPLC法が室内空気用に適していると思われます。
 可塑剤や有機リン系化合物は一般に低濃度のため、フィルターや捕集管とポンプを組み合わせて多量の空気をサンプリングする必要があります。
フタル酸エステル等の可塑剤では加熱脱着法・溶媒抽出法がありGCやGC/MSで測定する。
有機リン系化合物は、アセトンで抽出した後、GCやGC/MSで測定する。
容器法 キャニスターと呼ばれる容器で空気をサンプリングし、GCやGC/MS分析する。VVOCが測定可能
でppb又はそれ以下の濃度まで対応可能です。
チューブ法 吸着剤を充填した捕集間管にポンプを使って採気し、VOCを吸着させた後溶媒抽出等を行って、GC又
はGC/MSで測定します。高沸点成分まで測定できますが、常にブランクを考慮する必要があります。

<キャニスター> <GC/MSによるVOCの測定例>

ガスクロマトグラフィー(GC)
クロマトグラフィーは固定相と移動相を利用して物を分離して分析する手法で、ペーパークロマトグラフィーはろ紙が固定相、水が移動相になります。高速液体クロマトグラフィー(HPLC)では、ろ紙の代わりに固定相として充填剤を充填したカラム(分離管)を利用して毛管現象の代わりに高圧ポンプで移動相を送り、試料の固定相との親和力の差によって成分別に分離され検出器に入ります。検出は紫外・可視吸光、屈折率、蛍光などが利用され結果を電気信号に変換して出力します。目的成分の定性はカラムからの溶出時間、定量は検出器の出力応答を対応する標準物質と比較することで行うのです。
ガスクロマトグラフィー(GC)ではHPLCとは異なり移動相にヘリウムや窒素ガスなどキャリアガスと呼ばれる気体を使用してHPLCと同様カラムで分離します。移動相が気体のため試料も気体である必要がありますが通常、有機化合物は室温で液体・固体であっても100℃〜300℃で気化するものが多く測定対象になるのです。分離を支配するのは、対象成分の蒸気圧と、固定相に対する親和性で、固定相には不揮発性で熱的に安定な液体(液相)が使われます。なお、カラムには充填カラムとキャピラリー(毛細管)カラムがありますが、分離が良い上、内面が比較的不活性、液相を化学的に結合できるなどの利点から最近ではキャピラリー(毛細管)カラムが主流になっています。GC検出器としてはTCD(熱伝導度)、FID(水素炎イオン化)、FPD(炎光光度)、PID(光イオン化)、SAWD(表面弾性波)、ECD(電子捕獲)等があります。
GC−質量分析法(GC−MS)
GCと質量分析計(MS)を組み合わせた物で、GCで分離されるほとんどの化合物に摘要できるうえ、すべての化合物に共通の物性である「質量」によって多くの定性的・定量的情報が得られます。複雑な混合物を一斉分析する場合など特に重宝されます。GC−MSによる定量分析の最大の特徴は、クロマトグラフィーで得られる保持値に加えて質量数による同定能力を発揮しながら定量できることです。
GCの検出器として使用されるMSには四重極型・二重収束型・イオントラップ型がありますがダイオキシン分析のような高分解能測定が必要とされる場合を除いて安くて小型の四重極型MSが使用されます。

※<質量数>
  質量分析では質量(m)をイオンの電荷数(z)で割った質量電荷比(m/z)を質量数といい整数で示されます。小数点以下を扱う場合は「質量」になります。

6.簡易測定法による調査結果

 今回、文部科学省が平成13年1月29日、厚生省の通知を元に学校環境衛生活動においても「室内空気中化学物質の室内濃度指針値及び総揮発性有機化合物の室内濃度暫定目標値」をもとにシックハウス症候群にも配慮するよう依頼文が出された頃から、GC以外で簡単に測定ができないものかを考えていたとき、あるところでGCで測定する前のスクリーニングとして自動ガス採取装置を使った検知管式測定法を利用していると聞き、これを利用して実際に学校の教室等を測定してみることにしました。
<方法 >
 簡易分析法である自動ガス採取装置による検知管測定法を使って、小・中学校及び高校の教室内の室内空気中化学物質を測定した。

使用機器  自動ガス採取装置 GSPー200   (ガステック製)
検知管
ホルムアルデヒド検知管 91PL 測定範囲 0.02〜0.2ppm
トルエン検知管 122P 測定範囲 100〜2500μg/m3
パラジクロロベンゼン検知管 127P 測定範囲 100〜3000μg/m3

 従来のホルムアルデヒド検知管(91PL)の発色はあまりよいとはいえなかったのですが、改良品が出たと言うことで5/22より切り替えて使用しています。前よりずっと見やすくなりました。
<測定中の様子> <測定後の検知管>



測定手順

1. 窓・ドアを開放して強制換気をする。
2. その後、測定まで5時間以上締めきっておく。
3. 検知管の両端をチップホルダでカットする。
4. 検知管を取り付け、流量計で流量を確認し30分間空気を採取する。  



<調査期間>


平成13年 3月〜平成14年 2月を予定

※下記の調査例は途中経過報告です。



<測定結果>

《 おことわり! 》
今回の調査は、あくまで簡易検査によるものであってGC等で検証したものではありません。ホルムアルデヒドは検知管が改良され、かなり実態に即してきているとは感じますが、アセトアルデヒド等他のアルデヒド類にも類似の反応を示すため若干高めの指示値になるようで、確実ではありませんし、トルエンはさらに検知管の改良が必要と思われます。あくまで、精密調査の前のスクリーニングと考え高い指示値が出たときはGC等による調査を行うようにしてくださいと言うことです。
また、今回実施している調査においても、期間中に、GCとの数値の比較もしてみたいと考えていますのでその結果等も含めて順次報告させていただきます。







<調査例 1>


学校名    A 
調査日 平成13年6月29日(金) 午後1時15分〜 天 候
教室名 食物実習室 教室容積 388.8m(縦9.6m、横13.5m、高さ3m)
昨年食物実習室を改装して、今年4月より使用し始めた。一部に室内にいると頭痛・目がチカチカする
等の症状を訴える人がでてきた。閉め切った室内は特有の臭いがあり換気を行わないと長時間おれな
い感じがする。 作りつけの棚が壁面いっぱいにあり。
調 査 項 目 結     果
乾 球 温 度  (℃)   29℃
相 対 湿 度  (%)   78%
ホルムアルデヒド (ppm) 0.067  
トルエン  (μg/m3 (300)
キシレン  (μg/m3   −
パラジクロロベンゼン(μg/m3   0





<調査例 2>


学校名 調査日 教室名 天候 時間 教室容積
 (m
温度
(℃)
湿度
(%)
ホルムアル
デヒド(ppm)
トルエン
(μg/m3
キシレン
(μg/m3
パラジクロロベン
ゼン(μg/m3
H13. 3.21 3F(3-5)   13:38   21.0 39 0.033 0 - 0
H13 .5.22 3F(3-2) 13:25   27.0 - 0.047 (400) - 0
H13. 3.27 3F(多目的    14:00   19.5 46 0.04 (100) - 0
H13 .6.21 曇時
々雨
14:05   25.5 - 0.06 (400) - 0
H13. 4. 4 3F(5-2) 14:00   17.0 35 0.03 (200) - 0
保健室 15:50   15.0 - 0.024 - - -
H13. 5. 8 1F(1-3) 13:30   20.0 - 0.04 (200) - 0










<調査例 3>


施設名 調査日 天候 時間 室内容積
 (m
温度
(℃)
湿度
(%)
ホルムアル
デヒド(ppm)
トルエン
(μg/m3
キシレン
(μg/m3
パラジクロロベン
ゼン(μg/m3
H(薬局) H13. 4. 7 10:00   22.0 - 0.035 (400) - 0






<考 察>
 各種条件・状態等は、まだ調査期間中のため記入できません、申し訳ありません!

気温の上昇により又改装後間もないところほど数値が大きい傾向が多少分かります。また、パラジクロロベンゼンはほとんど0でした。これはほとんどが防虫剤として洋服ダンス・和ダンス等で使用されるため学校ではほとんどありません。よくトイレ等の芳香剤はと聞かれますが、これにはパラジクロロベンゼンは使用されていません。(芳香剤の成分・溶剤としては、プロピレングリコール、エチルアルコール、、アセトン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、エチルエーテル等があります)
トルエンが高い値になっていますが、検知管の感度が悪いようで、これはもう少し比較試験をしてみないと何ともいえません。ただ、実感ですが、高い値が出ているところはその閉め切った部屋の中で長時間いたいとは思わなかったことは確かです。









7.対策・治療等





1.上手に換気をする。
    毎年、室内空気の調査で二酸化炭素(CO)を測定しますが、これが常に基準値を(1,500ppm以下)下回る
    ような換気状態を心がけましょう。
2.身体の防御反応を高める。
    規則的な睡眠をとること、適度な運動をすること、きちんとした時間にきちんとした食事をとること、ストレスをできる
    だけ避けることなどに心がける。
3.喫煙は避ける
4.ベイクドアウトを行う。
    温度・湿度が高いほどホルムアルデヒド等の放散量が増えることから、室温を意図的に上げ(35℃〜40℃)るこ
    とで放散を強制的に行い室内汚染を低減させる方法です。
5.建築材料は放散量の低いものを使用する。
    JISパーティクルボード規格でE0,JAS合板規格でF1といった材料を使用し、内装材・接着剤等にも気を配る。
6.空気清浄器等の使用
7.その他








1.原因物質を環境から取り除く
    建築物・材料だけでなく殺虫剤等様々な要素が考えられるので見つけるのは難しいが、疑わしい物質から離れ
    るような生活指導をすることでかなり治療効果が得られる。
2.薬物療法等
    体内の毒物の分解を促進させるためビタミン等の摂取、ミネラルをふやす食事など
3.運動療法、温熱療法
    化学物質の最新解毒法(化学物質が脂肪にたまりやすい)
4.中和療法
    原因物質が特定できればアレルギーと同様な治療方法を考える。
5.ストレスからの一時的な避難
6.その他


8.おわりに

 平成13年 6月18日、朝日新聞朝刊、特集記事 「子むしばむ化学物質」 の中で 「シックスクール症候群」 という造語は少しでも学校関係に関わる方々にはショッキングな言葉ではなかったでしょうか。医療関係に携わる者としても、本来 「化学物質過敏症(シックハウスシンドローム)」 としてとらえていただきたいと思ったものです。微量化学物質によるシックハウス症候群の問題は、平成12年6月30日、当時の厚生省が「室内空気中化学物質の室内濃度指針値」を示したときから、家庭・学校・環境中のそれぞれ単独の化学物質の量だけでなく、それらの総和<Total Body Load(身体総負荷量)>を考慮し、対策を考えなければならない問題となってきたといえます。特に住宅と微量化学物質の問題は、欧米でのシックビル症候群(世界的には日本で用いるシックハウス症候群という名前はなじまないといえる)、化学物質過敏症(MCS)という概念が出現したことから、最近最も重要な世界的テーマになっていて、これらの疾患は健康な人が発症するもので症状は中枢神経・自律神経・ホルモン系・免疫系に障害を起こさせることがある複雑な症候群と考えられているのです。そして、途中でも述べたように大気中に飛んでいるであろう花粉・黄砂に含まれる有機化合物などまで含め、総合的にとらえなければならない時期に至っているといえます。





 
<参考文献等>
1.環境測定  (YAN環境測定技術委員会)
2.室内汚染とアレルギー  (井上書院)
3.建物の換気技術  (オーム社出版局)
4.身近な危険 化学物質を知ろう  (小峰書店)
5.空気環境の知識  (オーム社出版局)
6.シックビルディング 診断と対策  (オーム社出版局)
7.あなたも化学物質過敏症?  (農文協)
8.シックハウス症候群の診断・治療  (平成13年度学校環境・薬事衛生研究協議会 特別講演:北里大学名誉教授 石川 哲)
9.その他