千草八千草咲き乱る
秋の野辺をばすいすいと
赤い飛行機あちこちと
気持ち好さそに飛んでゐた
秋の野原を旅行する
蟻のお國の王子さま
悪戯小僧に足折られ
とんぼの國まで着きました
飛行の稽古をしておった
赤いとんぼはそれを見て
『お気の毒な王子様
私がお供をいたしませう』
怪我して難儀の王子をば
背中に乗せて赤とんぼ
野越え山越えはるばると
蟻のお国へいそぎ行く
野三つ山三つ越えますと
蟻のお國が見えました
王子背負って赤とんぼ
蟻の首都へ着きました
御殿へ行って王様に
王子のことを告げました
王様大層よろこんで
お禮にたくさんご褒美よ
王子を助けた蜻蛉さん
三日と三晩王宮で
いろいろご馳走になりました
時のたつのも知らないで
急に故郷が戀しくなって
早く帰らにゃならないと
『永らくお世話になりました
之からかへろと思ひます』
王様之れをお聞きになり
非常に名残惜しまれて
『そうですか、じゃ又今度
土産にこれを』と小さな葛籠
蜻蛉は厚く禮云って
小さな翼横に張り
名残をしみつ其のつゞら
もらって國へかへり行く
川越え森越え野原越え
青空スイスイ飛んで故郷へ
喜び勇んでかへりゆく
〜編者注釈 ここで終わりなのか、まだ続きがあるのか不明〜
6頁から24頁までは行方不明心当たりの方は
一報ください
大正の世の著者ことば 大正14年
私はまだ詩集など書く資格のある者ではない、けれども詩を書かなければゐられない、即ち天が私に書かせた
のです。
芸術てふ生きの勢に堪え兼ねて茲に私は芸術的真実の
光明に倒れこむことを唯一のモットーとして、その光明の地に至ってはじめて生まれる清らかな純真の芸術を欲求します。
”人生はさびしい旅だ”
私はその一歩々々死と云う魔手に掴まれんとして近づきつゝあるそのさびしい旅路を、芸術−詩といふ一の路にそっていきませう。
愛する諸君よ!私の愛する諸君よ!諸君が此の私の企てを”虚無”其のものに終わらざらしめむことを期して奮闘して下さい。
そして若き日の楽しみを永遠に賛美しつゝ宏い大きな芸苑
の光明を求めて、其処に美しき芸術の殿堂を建てむことに努力しやうではありませんか。
大正一四年一月 相坂の里にて
葉 村 識
〜編者注釈
赤蜻蛉の作者名は 駒 田 葉 村 となっており、上記文章の末尾では 葉 村 識 であり私が推測するには本名は駒 田 識ではないかと思います。
申し遅れましたがなぜ私のような文学とはほど遠い一介の百姓がこの詩集を復刊させようとしているかと云うと数年前納屋を解体するときに天井裏から一冊の押し花集を見つけ、しげしげと眺めているうちにぼろぼろになった其の押し花集の台紙がこの”未完の詩集”であったと云う全くの偶然と云うのがきっかけでした。
尚、この押し花の製作者は私の叔母の
泥 里 子(旧姓 金川)−故人−ではないかと思っています。
なんとか手掛かりを付け完成させたいと思っています。
(誰かが完成冊子を持っている可能性があります)
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