いやぁ、絶賛廃盤中だったマンフレッド・マンズ・アース・バンドの諸作品がなんと10数年ぶりに再発ということだそうだ。昨年は久しぶりにニューアルバム「2006」をリリースし健在振りをアピールしてはいるが(日本で発売されていないためまた聴いてない。というか、名義がManfred Mann '06 with Manfred Mann's Earth Band何だが・・・・・・)、ここに来ての再発は嬉しい。
再発するのはマンフレッド・マン・チャプター・スリーの再発で実績のあるエアー・メイル・レコーディングスだ。5月25日に発売とエアー・メイル・レコーディングスのニュースのページに書いてあった。
ラインナップは6枚目まででミック・ロジャース在籍時だのモノが一挙に出る模様。今に繋がるクリス・トンプソンにフロントマンを変えてからのアルバムは今夏以降との話だけど・・・・・・、とにかく1984年の「ブダペスト・ライヴ」まで全部で12枚の予定出そうだ。
いやぁ、今から楽しみ楽しみ・・・・・・。
ちょっと前までは考えられないくらいにマンフレッド・マンのファンとしては嬉しい状況だなぁ・・・・・・。だって、EMI時代以外の作品は基本的に絶賛廃盤中だったからね。ついでに最新アルバムもどこか発売してくれないかなぁ・・・・・・。
さて、今日はレビューがまだなジョン・マクラフリンのアルバムについて書こうと思う。
このアルバムを聴いた違和感は何なのだろう?その答えは薄々感じているのだが、事は順を追って書いていく。このアルバムはジョン・マクラフリンの1997年のアルバムで、ソロ名義であるが、実際はアルバムタイトルがバンド名なバンドの作品なのである。で、このバンド本作のスタジオ録音と19997年のライヴを納めたライヴ盤の2枚が出ている。ライヴ盤はずっと昔に手に入れていて聞いているのだが、冒頭に書いた違和感はあったモノの、はっきりとした形で見えてなかった。だけど、今回スタジオ録音盤を聴いてはっきりと見えてきたモノがある。それは実はジョン・マクラフリンの作品ではマハヴィシュヌ・オーケストラの「黙示録」以降のエレクトリック作品に大なり小なり感じていることなのだ。90年代以降彼のエレクトリック作品はブルース回帰を果たしている(これは確かな話)。しかし、それは彼が60年代や70年代初頭に見せていたブルースとは明らかに違うのだ。昔のは明らかにその当時のロックのブルース色そのままだった。それはとりもなおさず、彼が最先端のジャズミュージシャンであると同時に最先端のロックミュージシャンである証左だった。しかし、910年代以降のブルース回帰はブルースを足がかりに最新のブラックコンテンポラリーの吸収と取れた。彼の音楽活動のもう一本の柱であるアコースティック路線が常にシンフォニックなクラシックと添い寝しているのとは対照的に80年代二つの路線がフュージョンしていたのを切り離すアイテムとしてのブルース回帰のように思える。この人とかジェフ・ベックとかいうのの魅力は最新のブラックコンテンポラリー新田委するアンテナの感受性が鋭いということなのであるが、それを今回はジャズのカテゴリーの中のみで行おうとしている所が違和感となっているのだ。若い頃はジャズもロックも方法論の一つだったので、アルバムがよい意味で様々な音楽性に拡散していた。しかし、今回は閉じた輪の中で演奏を行っているので、確かにすばらしいクォリティなのだが、違和感があった。それにこのバンドをマハヴィシュヌ・オーケストラの再来という話があるのだけど、そういう方面から考えると80年代からあまり進歩がないように感じた。だからこそ、ジョン・マクラフリンはマハヴィシュヌ・オーケストラの名前を使わなかったのだと思うけど、つまり、比べるべき正確のモノではないということなのだ。同じ次元で優劣は競えない。気の合うミュージシャンとリラックスしてブルージーなフュージョンをやるバンドとして昨日しているのだと思う。次の時代を切り開く革新性をその名前に背負ってしまったマハヴィシュヌ・オーケストラは総意海で今回使わなかったのだと思う。次の時代を切り開く革新性はこのバンドの活動を停止したのとほぼ同時に立ち上が俚諺材まで下音気バリバリの活動を行っているシャクティ(インドのアーティストとのコラボレイトのグループ。70年代にあった同名グループの再結成)にふさわしいのだろう。
そんなわけで、間が空いたので、ずいぶんと新鮮味のないレビューになってしまった。
ということで、昨日の続き。
チャイコフスキー
ベルリオーズ
シューベルト
マーラー
ショスタコーヴィチ
モーツァルト
ドヴォルザーク
リヒャルト・シュトラウス
フランク
シベリウス
ハイドン
ラロ
ストラヴィンスキー
ブルックナー
ヴォーン=ウィリアムス
カリンニコフ
プロコフィエフ
ということで、現在手持ちのCDの中から交響曲だけを抜き出しリスト化してみた。結構色々な人のを持っていて、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキー、マーラー、ショスタコーヴィチ、ドヴォルザーク、フランク、カリンニコフ辺りは全部揃っている(全集で持っていたり、色々な人のを組み合わせて持っていたり)。
で、もう少しで揃うという人もいる。ブルックナー(0番と00番)、プロコフィエフ(「シンフォニエッタ」)、リヒャルト・シュトラウス(2種類の番号無し交響曲)などだ。まぁ別に揃えることのみに心血を注いでいるわけではないけど、全集買ってきて実は抜けていたり、知らぬ間にあとちょっと出そろうというところまで来てその人の交響曲を憎からず思っているのなら、人情として揃えてみたんだよね。取り合えず、当てとしてはブルックナーの0番と00番はインバル指揮フランクフルト放送交響楽団演奏が2つを一組でCDで出しているので、それが便利かなと。他はちょっと当てはないけどね。後はもうちょっとしたらシューマンやらストラヴィンスキーやらのCDが届く予定なので、そうしたら揃った方にこれらの作曲家の名前が入るだろう。
そんなわけで、管弦楽しかも交響曲を中心に聴き始めて、半年で、この種類なので、まずまず手広くやってるかな?しかし、ブラームスが一番充実しているというのが私らしいというか何というか・・・・・・・。ここだけの話だが、ワルター指揮コロンビア交響楽団のブラームスの2番と3番を今注文しているので、それが来ればまたレパートリーが増えることとなる。でも、本心としてはそろそろショスタコーヴィチを色々聞き比べてみたいんだね。でも、その前にモーツァルトやハイドンも聴きたいし、なんか贅沢な悩みだ。
録音はあまり良くないが、昨日2枚聴いて今日聴いたフルトヴェングラーのブルックナーの交響曲のCDの中では一番で気はよさそうだ。ただ、迫力は十分だが、壮大な広がりがないので、ちょっとうるさいだけのように感じる部分が無くはない。神秘性も十分持ち、ワーグナーの如き演奏をしているように感じたが、何かちと違う気がした。これは1949年の10月18日の音源でベルリンフィルを指揮してのモノだそうだ。でも、何をおいても、この深遠さは聴いていて心地よいことだけは確かだ。聴いた後どっと疲れるのもやはりフルトヴェングラーならではだしね。
これはフルトヴェングラーとの聞き比べになってしまったのだけど、こちらはステレオで、オケがウィーン・フィルで、録音が段違いによいということもあり、簡単には比べられないのだけど、指揮者の傾向の違いというモノは感じ取れた。とにかくクナの方が大きくて厚みがある。単純などうも私には捉え所が分かりにくいこの曲だけど、今まで聴いたバレンボイム、フルトヴェングラーと比べてみてもやはりスケールの大きさという点で群を抜いてると思う。ただこのCD、録音はよいのだけど、非常に平板な音のマスターになっている。やはりこれはリマスター盤を買うべきかな?
これ結構迫力ある。ワルターではモノラルのニューヨークフィルとのやつが定番だそうだが、個人的にはステレオが聴きたかったためにずっとこちらが聴きたかった。先に聴いたイッセルシュテットのとはひと味違う演奏が楽しめた。非常に厳しいがロマンティシズム溢れる演奏に感じた。第1楽章なんて、この厳しさが件楽器のフレーズに緊張感を生んで非常に格好良く聞こえる。確かにオケの実力の差はニューヨークフィルとコロンビア交響楽団ではあるかもしれないが、むしろワルターにとってはこのコロンビア交響楽団でようやく自分の最終的なスタイルにたどり着いたということなので、格好が決まって聞こえるのかもしれない。
おまけで付いているのが「大学祝典序曲」と「悲劇的序曲」で、親父曰く「ワルターはブラームスの小品が良い」とのこと。確かに前に聴いた「ハイドンの主題による変奏曲」はかなり良かった。ということで、これに期待して聴いた。というか親父は「大学祝典序曲」はワルターが最高とのことだった。これは柔和な雰囲気ではあるが根限り美しく仕上げている。
さて、このCDは題名通り、ストコ先生のロシア音楽作品集だ。1965年から1973年と録音時期は様々なれど、ストコ先生の演奏がもっともきちんと捉えられているデッカ時代ということで、実は期待度はかなり高い。
CD 1
CD 2
で、以上の収録曲の詳細を見て貰っても分かる通り、CD 1は全く初めて聴くのだが、CD 2は実は1曲を除いて後は全て聴いているという事なんだね。ということで、聴いてない曲のみをレビューはしたいと思う。
ロシア物を得意としているだけあってさすがの演奏だ。これでバレエが踊れるとはとても思わないけど、エンターテインメントとしてはこれ以上ないくらいに極上。アンセルメの全曲版とは比べる部分がないように感じるが、演奏会で聴くにはこちらの方が優雅でバラエティに富んで聞こえる。チャイコフスキーの一番の特徴である色彩豊かな感覚というのは甲乙付けがたい。ただ、アンセルメに比べると迫力不足は否めないが、これはストコ先生の特長ということでね・・・・・・。全体的には映画音楽のようだ。
これも上に同じ。しかし、ハイライトのより方が「白鳥の湖」に比べメロディアスな曲が多い。そう感じたね。
この曲についてはオケとのバランスについてちょっと考えてしまった。相変わらずのエンタメ性を追求した素晴らしい演奏ではあるのだけど、どちらかというと堅い演奏で、あまり広がりを持って聞こえない。どういう事かな?と考えてみると、このオケはスイス・ロマンド。ロシア物はアンセルメに鍛えられているのだろうけど、ストコ先生と組んだら、微妙に違って聞こえたね。でも、これまた映画音楽のように聞こえたね。幻想の名に恥じぬアレンジだとは思うね。
この曲は元々はピアノの曲だったのだが、それをストコ先生が編曲をした。地の底から渦を巻くような弦楽器の低音サウンドが非常に魅力的だ。そこに金管楽器がノイジーに絡んでくることによって、ロシアらしいアレンジにしている。しかしまぁなんともゆったりと流れる壮大なアレンジだ。有名な曲ではあるが。改めて聴くとここまで引き込まれる曲とはね。
非常に牧歌的な曲。さすが手広く何でも作曲しているストラヴィンスキーだけのことはある。元々はソプラノとピアノのための曲だったらしく、管弦楽アレンジは作曲者自身による。で、結構弦楽器が長くなっているだけなのだが、園なら仕方の妙を楽しむようだ。ということで、ひどく前衛的な印象を受けるが、実は聴きやすいのだが・・・・・・。
さて、交響曲を中心にクラシックをここのところ聴いているのだけど、やはり随分偏り始めてきたような気がする。ベートーヴェンやブラームスはかなりの枚数になってきた。ベートーヴェンは一定の曲を結構沢山持つという偏り方だが、ブラームスはどの曲も種類が増えつつあるということで、私の現在の手持ちの交響曲の一覧を書き出してみて、その妙な偏り方をチェックしてみたいと思う。
ベートーヴェン
ブラームス
とりあえずはベートーヴェンとブラームスをリストアップしてみる。
さて、3月に入ってからちょっと忙しかったため、CDを聴いているモノの、レビューまで出来なかったりした。
だから、出来なかったレビューの分については2回目を聴いた時に(今の調子ではいつになる事やら)書きたいと思う(多分5月くらいか?)。
これに懲りて、買う量をセーブしないとなぁ・・・・・・・。いくら安く手に入るkぁらといって、繰り返し聴けないと意味無いしね。
さてさて、これから昨日買ったCDの評を書いていくのだけど、まずはある意味伝説の音源から。この音源については親父がレコードで持っていたりするのだけど、個人的にはずっとCDで聴いてみたかった代物(実はレコードは聴いたことがない)。で、今回たまたま中古のCDがあったので買ってみたわけだ。値段は1180円。現在は絶賛廃盤中のこのCDの定価が2678円で、15年前のCD(リマスター音源)ということを考えると、微妙な設定だが、まぁ、歴史的価値を見いだすということで買ってみた。
収録曲は以上だが、全て録音年からも分かるようにアコースティック録音となっている。特に1913年の「運命」の録音が聴きたかった。まぁ、これは蚊の鳴くような音で録音されている上に盤起こしをした時のスクラッチノイズの大きさといったら収録されている音とほぼ同レベルだったりする。演奏も録音の制約上編成が小さく特殊でストレートな演奏しかできていない感覚だ。でも、中々内容は素晴らしい。こういった内容で音楽鑑賞の出来る私も私だが、でも、じっくり聴くと、自分が普段聴いている指揮者の演奏の元祖を聴くような気がした。濃厚なロマン派のど真ん中の演奏で、「これが始まりなのか」と感慨深く思った。
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮による北ドイツ放送交響楽団のブラームスの交響曲全集だが、ブラームスは好きとはいえ、なんか結構色々な人のブラームスの交響曲がある中、私がベートーヴェンの交響曲やピアノ協奏曲でかなり気に入ったハンス・シュミット=イッセルシュテットを買うことになった。
CD 01
CD 02
CD 03
以上が収録曲だが、このCDは3枚組の全集で、中古で1990円という値段だった。びっくりするほど安い訳ではないのだが、新品を買おうとするとどこでも4000円もつれという値段なので、ほぼ新品同様の中古が手に入り半額で状態の良いCDが手に入ったのでウハウハだったりする。
気に入った。とにかく気に入った。モノラルのライヴ録音ということで、録音時のフォーカスが甘いのが残念だが、それでもこの演奏の充実度は十分伝わってくる。イッセルシュテットらしい色を付けない質実剛健の音は安心して聴ける。ミュンシュとも、ベームとも、ストコフスキーとも、ワルターとも違う、バランスの良い聞きやすい音だ。ベームの全集はずっと何かが足りないと思っていたのだが、なんだかこの演奏を聴いて分かった気がする。
これも凄い。先に書いた1番と同じくモノラルのライヴだが、録音の甘さは同じモノの、こちらの全体的なサウンドの厚さといったらかなりのモノだ。この分厚さでこの曲の持つ変幻自在な音を作り上げていくのでたっぷりおなかいっぱいだ。この曲はワルターのバージョンが白眉だと思っていたのだが、これも違った意味で非常に面白い演奏だと思った。
まぁ、このイッセルシュテットという人は往々にしてオーソドックスな演奏の人なのだが、ということはこの曲を聴いた率直な感想としてはこんなに迫力を持ったドスの効いたサウンドの交響曲なのかということだ。ブラームスとしては前の交響曲がベートーヴェンの10番といわれることからも分かるように多分にべーとーう゛ぇの影響下にある曲といえるけど、この曲以降がまさに彼ならではの交響曲と取ることが出る。そんなわけで、今まで聴いたことのある、ベームで味わえなかった迫力とストコスフスキーの装飾によってぼかされた生のこの曲の部分が見えた気がする。
この曲のみスタジオ録音。だから音が他と比べると段違いによい。特に最終楽章のサウンドがカラフルに変化するところの弦楽器の音の出し方の変化などが手に取るように分かる。ということで録音が優秀だ。で、この曲は迫力という面では2番と大差ないが、やはリサウドがカラフルになっているのがよい。特に第1楽章、第3楽章、第4楽章が好みなのだが、この演奏では特に第4楽章が面白く感じた。ということは、譜面上もこの楽章が面白いようになっているのだろう。めまぐるしく変わるカラフルなサウンドをこれでもかと味わえる。
元々ドラマ性の高い曲でそこをひたすら強調して最高に面白く聴かせてくれるストコフスキーのがこの曲は好きなのだが、この演奏は最初の一音が出てきた時点でハッとさせられた。ドラマ性という面では譜面通りなんだろうが、それ以上に根源的な迫力が凄かった。第1楽章の終わりのティンパニーの使い方なんてもう、「さすが」の一言。で、次の第2楽章の冒頭のホルンの音で壮大な世界を描くところなんて引き込まれる。本当に。
明るいねぇ。まぁ、祝典の曲だから明るいのは当たり前なんだろうけど、ブラームスの曲だからこちらは構えて聴いてしまうね。そういえば、この曲は実は聴くのが初めてで、それ程どういった曲かは知らないのだけど、この曲のラストは疾走して、ためて、また疾走して、ためて、この繰り返しが実に見事。舌を巻いたね。
フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルによるブルックナーの8番。クレジットを信用するなら1949年3月15日のライヴ音源ということだ。ライヴであることは間違いない。咳払いの声が聞こえるからだ。妙に音がよいのだが(というか、気持ち悪いくらいにノイズがない)、これはリマスターを簡単にすませているからだろう。で、中身だが、まぁ、これはまぁまぁといったところかな?
フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルによるブルックナーの5番。メロディア音源だ。1942年の10月25日で、調べてみるとマグネットフォン録音だそうだ。音自体はそれなりに良い。そういえば、このCD、「日本語解説付」と書いてあったが、そのようなモノは一切付いてなかった。ということで、このCDはどうやら輸入盤国内仕様(輸入盤を輸入して規格番号を付けて国内流通に流す盤)の様だ。
今日は毎年夏と冬のボーナス時期に行われる広島のベスト電器での中古CDとレコード等のフェアがなぜ過去の3月初めに開かれたため、行ってきた。出掛ける直前に友人から「広島に行かないか?」と電話が和会ったので、一緒に行った。
で、実際い行ってみたけど、前に開催されたのが12月ということもあり、良いモノはほとんど無かった。というか、あまり出ている商品が変わっていないというのが実情だった。だからほとんどが素通りだったのだけど、一ヶ所クラシックの在庫が充実しているところがあり、そこで今回の買い物をしたんだね。因みに、リスト最後尾のジョン・マクラフリンはブックオフで1000円で買った物だったりする。
そうそう、今日は雪がいつ降り出すか分からない天気だったため、買い出しの行程も飛ばし飛ばしだったのだが、結局早く早く予定を終わったので、東広島から福山へ移動して適当に廻ったね。夕飯は福山で食べ、念願だった天下一品に行ったんだね。