この曲は実は事情があって小さな音で聴いたのだが、それが失敗した。この曲は元々比較的耳障りの良いメロディを淡々と紡いでいっているような曲なので、結構ダイナミックレンジが広く、聴いていて、メリハリのはっきりしていた演奏のため、デカイ音でガンガン鳴らしてこそ、この曲は活きると確信した。演奏自体の出来は8番の方がよいけど、これもなかなか深刻なブルックナーをこれでもかと聞かせてくれて面白かったね。
今まで聴いた8番の中ではもっとも劇的な内容になっている。とはいえ、他に聴いたのがバレンボイムという、劇的という意味ではその道の専門家のような人の演奏なので、同系統ということなのだが、この演奏はそれのもっとも深みのある劇的バージョンといった趣だ。で、バレンボイムで感じた違和感(うまく説明できないが・・・・・・)がなく、非常にすっきりと聴けたことが大きい。多分、それは、曲が粘っこくなかったからだろう・・・・・・。とにかく、スイトナーのブルックナーの中では一番気に入ったね。特に第4楽章の盛り上がりがすごいね。
実は初めて聴いた曲だけど、これが、なかなか結構面白かった。スイトナーの演奏自体はそれほど面白くなく、ドイツ音楽のようには行ってないようだったが、多分素直に演奏していると思うので、曲自体が良く分かった。この曲は多分、シャルル・デュトワなどがきっと良い演奏をしたCDを出しているのだろうね。特に、第1楽章と第2楽章が面白かったな。警戒で、非常にさわやかなメロディのたくさん詰まった交響曲に感じたね。
うーん、こちらもビゼーの交響曲と同様、名演奏かどうかには疑問符が付く演奏だが、非常に癖の少ない演奏に聞こえた。よって曲の特徴が良く分かった。この曲はいわゆる古典派交響曲の典型のような曲だね。ウェーバーは古典派の人なのだとこの曲を聴いて改めて知る一方、同じ古典派でもドイツ(というか、オーストリア)の作曲家であるモーツァルトにおける非常に個性的な演奏に比べると没個的だったのが残念だね。でも、その反動で曲の骨格が良く分かったので、その分は良かったかな?
さて、今日は広島で飲み会だったのだけど、その集合場所が広島パルコ前のアリスガーデンだった。で、行きの高速バスの時間の関係で集合時間まで到着した時にはまだ少し時間があったので、タワーレコードで時間をつぶしていたんだね。
すると上記の購入した箱を見つけたわけで、この箱、実は一度タワーレコードでネット注文して蹴られていて、他の所では高くて手が出ず、どうやって買おうかと思案していた所、たまたま入荷していたのを見つけたため、買ったんだね。ネットとの差は100円高いのみ。他が8000円もつれするところを数千円の差があるので、そりゃぁ、飛びつくってモノです。ということで、今回の購入となったわけだね。
ということで、毎度箱物を購入したときの恒例となっている曲目一覧を書いておこうと思うね。
CD 1
CD 2
CD 3
CD 4
CD 5
CD 6
CD 7
CD 8
以上が箏曲目だけど、これは調べるのを苦労したね。日本語表記でまとまって載っているサイトがなかなか見つからなかったからね。でも、実はこの箱は昔日本盤が出ていて(日本盤は1994年で、この箱は2001年製)、そのデータをそのまま写したというわけだ。
さて、今日は先週に引き続き買い出しに行ったので、色々買った。方面は岡山方面なのだが、まぁ、CDはクラシックということで・・・・・・。
そして、本(というより、漫画)は、最近マイブームのこの本ということでね・・・・・・。
やはり、バレンボイムと比べる持続的な迫力には欠けるが、ダイナミックレンジの広さと、突き上げたときの迫力の出し方はこちらの方が上か。スピードの変化させ方は個性は違えど、どちらも適当行っているので面白く聴けたね。後、歌わせるところ張って低的に歌わせているので、非常にメリハリがあり、面白い演奏に聞こえた。しかしながら昨日聴いた5番ほどではなかったのは残念だ。ちなみにちょっとだけ先に聴いたところで書くと8番はこれをさらに上回っている。
ある意味、ドラマティックとか、ロマンティックとかいうことが欠落しているとも取れるブルックナーの交響曲の中で、もっともロマンティックな一曲と巷では噂のこの曲をスイトナーが演奏すると、まぁ、ドラマ製豊かな本当にロマンティックな曲に仕上げている。だから、純粋に音楽的に考えても、非常にメリハリのきいた演奏に聞こえた。後、スケルツォ楽章が非常に格好良くまとまっているのが特徴的だ。主観的な書き方なので、もう少し客観的に書くと、弦楽器の響きが重厚でまとまっているように感じたんだね。
相変わらず、迫力があって重厚なのだけど、ちょっとだけこぢんまりとしている印象だ。第4楽章の最後は帳尻を合わせたようだが、全体的に小降りのようだ。この曲の持っているワーグナー的な部分をあまり掘り起こさなかったのだろうか?それとも、この曲の持つ結構強い民族音楽的な部分が作用しているのだろうか?そのあたりは分からない。ちょっと微妙な演奏に思えたね。
重低音サウンド。第1印象はまさにこれだ。そして極めてはっきりとした演奏だ。どちらかというと、このあたりのドヴォルザークの交響曲は過渡期で、非常に民族音楽的なモノが前に出ているイメージがあるので、この曲にしてもそうだが、このスイトナーのドイツ的な演奏は美京菜感覚に襲われる。しかしながら、第4楽章はその中でも成功を感じる。重厚なドイツ的サウンドがある中、まるでベートーヴェンの偶数番号交響曲を聴いているかのような美しさを認めることができた。特に後半の最後に向かうにつれて、それが強くなってきたように感じる。これは面白い演奏だ。
この曲は、バレンボイム、クナッパーツブッシュ、フルトヴェングラーと持っているのだけど、これもまたそれらに匹敵するおもしろさを持っていた。いやぁ参りました。とにかくスイトナーのブルックナーを聴くに当たって、まずは一番良く聞いている音の良く分かっている曲からということで、この5番に白羽の矢を立てたのだけど、正解かどうかは分からない、親父が8番のさわりを聴いていたのを聴いて、ちょっと聴いただけでそのすさまじさに圧倒されていたので、それに比べると少しこれはおとなしいように感じる。で、タイプとしてはバレンボイム、フルトヴェングラー系列なのだけど、この二人の時に感じた違和感はなかった。ドラマティックな味付けを受け付けないはずのブルックナーにドラマティックな味付けをして成功した例といえると思う。
これもドイツ的な演奏だが、とにかく迫力がある。で、この曲の特徴をうまく捉えられているのが、ブラームスの交響曲のようにかなり良く聞こえた。でも、やっぱり、第3楽章の弦の低音の響きなんぞはワーグナーの影響下にある曲ということを意識して演奏しているのが見え見えだ。そして、それが曲にぴったりと似合っているから面白い。親父は「この曲がよいと思う」といっていたが、それは正解だ。色々な側面が聞こえて、水都ならしい重厚なドイツ風の響きがよいように出ているのでね。ただ、民族音楽風の所を分厚い弦を重ねて重厚に迫るのは非常に独創的なので人によって好き嫌いは分かれるかもしれないが、私は好感が持てたね。音の弱いところから強い所に切り替わる部分の勢いが少し弱い気がするけど、そこまでいうのは贅沢だろう。
この曲格好良くて好きなんだが、このスイトナーの演奏を聴いていると、ひたすらロマンチックなワーグナーといった趣だ。特に、第1楽章にそれを感じる。これは元々曲の持っている雰囲気もさることながら、やはりこのスイトナーの指揮による解釈がそうさせているのだろう。細部にわたってドイツ的であって、ボヘミア的な雰囲気はないので、ノイマンとは比べるべくもないが、重厚で、ゆったりとして、なおかつロマンティックなドヴォルザークも面白いモノだと今更ながらに思ったね。第2楽章の盛り上がるところのティンパニが「ここぞ」というところで弱かったのは残念だったね。
ブラームスの交響曲に対応しているといわれているドヴォルザークの後期の交響曲だけど、この6番は非常にスイトナーがドイツ的に演奏しているため、どう箱のブラームスの交響曲を聴いている気分になった。特に第1楽章のオープニングで引き込まれた。その後も非常に分厚い演奏で、しかも引くところは引いて、見事としか言いようのない音だった。しかし、このスイトナーのひたすらドイツ的な演奏を聴くと実は、この曲が過渡期の曲だということに気が付く。初期のワーグナー的なサウンドから後期のブラームス的な音への分かれ道のサウンドということに気が付いたということだ。で、第3楽章の民族音楽的なところで、ティンパニー轟く豪快で分厚い演奏はちょっと雰囲気が違うかな?と感じた。
なんて、堂に入った演奏なんだ。これもきわめてドイツ的に演奏をしているモノの、ワーグナー的な介す役で演奏しているようにも聞こえる。これはドヴォルザークの中で消すに消せないワグネリアンとしての本質を曲の中から掘り出したのか、単にドイツ的に演奏していたら、こうなっちゃったのかは分からないが、まぁ、とにかく、大変重厚で大風呂敷を広げた曲になっている。私はノイマンの演奏を先に聴いているので、やはりこの演奏は違うと感じる。
さてさて、念願かなってようやく手に入れたコロシアムの1st。紙ジャケでの再発ということで値段は少々高めだったが、とにかく国内盤として手に入ったのがうれしい。で、今回は英サンクチュアリ経由のライセンスでアルカンジェロがリイシューしたものだが、1stの原盤はフィリップスなので、多分ユニバーサルが日本での原盤所有権を有しているはずだ(だって、2ndのみユニバーサルがリリースしてるし・・・・・・)。だから、権利関係がどうなっているのか興味深いし、もしかしたらユニバーサル下欄も再発の可能性も残っているわけで(これは良くある話だったりする・・・・・・。海外の再発メーカーからライセンスを受けて再発したとたんに日本での原盤所有権を持っているメーカーが再発をするということがね)、まだ、予断を許さない気がするね。おっと、話が長くなったので内容に行くが、これは初めて聞いたアルバムなので非常に興味深く聞けた。実はベスト盤を購入した関係で、ほとんどの曲は知っていたのだが、アルバムトータルで聞くと、一般にいわれているようなジャズロックの走りというよりはクリームのライバルバンドを目指したサウンドに聞こえたね。ただ、ハードロック色は薄めてあって、ジャズ色が濃いめで、人数が多いのでアンサンブルを大事にしてはいるものの、ディープなブルースとビートルズ直系のポップサウンドが同居するスタイルはクリームと似通っていたね。ただ、あか抜けてないところがコロシアムらしいが・・・・・・。
そして、2nd。これは買い直しだ。2000年にユニバーサルから再発されてその盤を持っていたのだが、それは盤起こしで(今考えるとそれはそうで、日本での原盤所有権はユニバーサルでも、本国イギリスではサンクチュアリというねじれ現象だからね)、今回はマスターからの直接リマスターということでそのリマスター効果を期待して買ったんだね。でも、結果は実はユニバーサル盤の方が個人的な音質の好みからいうと、好みだったりするね。だって、きれいにまとまっているからだね。ことらは元々のマスターの音がそうなっていたのだろうか、かなり荒っぽい音で、コロシアムのイメージには合ってるのだけど、個人的に納得しがたいんだよね(このバンドをハードロックバンドとしてとらえた場合、やはりユニバーサルノリマスターの音の方が順当な気がするからね)。で、これはアメリカ編集盤との2in1という仕様だけど、ペイできそうにないけど、できれば、2枚を別々で出してほしかったね。アメリカ編集盤はそれはそれで、そこでしか聞けない音源もあるし、重要な曲もあるということで貴重だと思うのだけどね。
3rdアルバム。メンバーチェンジの動きのある中制作されたアルバムだそうで、曲ごとにメンバーが違うのだがその割には意外とまとまっている。このアルバムも初めて聴くアルバムで、今回買うことができて非常にうれしい思いをしているのだが、このアルバムについても、さらなる再発に関しては予断を許さないと感じている。なぜなら、このアルバムはヴァーティゴからりリースされたアルバムで、前作の2ndがユニバーサルから出ている以上(2ndもヴァーティゴからリリース)、原盤所有権をユニバーサルが持っていると考えられるからだ。で、内容だが、ダイナミズムの極地といった内容で、聴き応えタップリだったね。クリス・ファーローのボーカルは冴えまくっているし、演奏各人の技量についてもすばらしいものがある。このバンドの最高傑作は自作のライヴ盤と個人的には思っているが、混沌とした1960年代のブリティッシュロックのの総決算的アルバムとして位置づけられるのではないかな?
で、その個人的最高傑作の「ライヴ」だけど、今回は2枚組になっての登場だ。元々が2枚組で発売されていて、このアルバムはCD化の際に2in1にまとめられたのだが(元々がレコード2枚分でCD1枚に入る時間数)、今回は2枚にして、ボーナストラックを2枚目にやって、1枚はオリジナルリリース時のそのままで、もう1枚は今回出た4枚のCDのボーナストラックをすべて詰め込むという仕様になっている。これはアイデアだね。で、私にとってこのアルバムは買い直しなのだが、持っていた盤に入っていたボーナストラック1曲が抜け違和感を感じたが、丸裸のこのアルバムが堪能できたので良しとしておこう。とにかくハードロックバンドとしてこのコロシアムをみた場合は間違いなくこのアルバムが愛好傑作だろうから、総勢6人のメンバーによる重厚なアンサンブルと、各人の確かなテクニック、そして、なんといっても、実力派アイドルシンガーのその実力を遺憾なく発揮し、スピーカーから汗が飛び散ってきそうな熱唱を繰り広げるクリス・ファーローが熱い。この一言に尽きるね。
1962年の録音だそうだが、元々の録音も良く、リマスターも成功しているようで、非常に音が良く、楽器の細部まで聞き取れるようになっていた。それでちょっと気になったことは各楽器のバランスの問題だ。アンサンブルが破綻しているわけではないが、各楽器の鳴りようが私の今まで聴いてきた「巨人」の他の人のバージョンとは違っているので、各楽器がまとまって聞こえなかった。でも、かなり迫力のある演奏で、私はかなり気に入った。特にメリハリが良く、浮いた和競るところは歌わせて、迫力で押すところは迫力で押すことに成功していたと思う。まぁ、そういっても、この曲に関してはワルターのコロンビア響とのやつが一番なので、メリハリにしても桶の歌わせ方にしても、その前ではまだまだと感じたね。
R.シュトラウスという人の曲はなぜこうも甘いのだろう?この曲は前に買ったマゼール指揮バイエルン放送響の管弦楽曲集に収録されていなかったので、有名な曲の割には聞き漏らしていたんだね。ということで、初めて聴くので、上記のマラ1の曲に、スイトナーの演奏を「どうこう」言えないのだけど、まぁ、ゆったりと、波に漂うような曲だなということだ。そこに冒頭に書いた甘さがくるものだからね。R.シュトラウスの曲の特徴が良くでているといえばそれまでだけど、少なくとも私の好みからいうと、ちょっとゆったりしすぎている向きはある。
4楽章の交響曲?まぁ、一応その形式をとってるようだが、そもそも品でミットの曲を聴くのも初めてだし、元ネタにしているウェーバーの曲も分からないしで、結局分からないことずくめの曲だ。しかし、それにしても、なんか色々なものを詰め込んだ曲に思えるね。現代音楽であっても、決して前衛に走らず、オーソドックスに4つの主題を変容してというスタイルしか分からなかった。ただ、第2楽章はどこかで聴いた気が・・・・・・。
シャイーのを買ってちょっと視聴した後に聴いたので、直接比べてしまったのだけど、録音時期に23年の開きがあるのだが、なんと、まぁ、スイトナーの解釈のモダンなこと。そう感じたのが正直な第一印象だった。テンポがあまりのゆったりしすぎているため、最初聴いているときは無難にまとめた作品かと思っていたのだけど、独特のティンパニの使い方を聴くにつれ、これがとんでもな演奏であることに気が付いた。ブーレーズより前に、こんな刺激的な解釈をしていた人がいたとは驚きだ・・・・・・。とにかく打楽器と金管のすごさが堪能できる作品だということだけ書いておこう。
刺激的な「春の祭典」から比べるとこれは非常にオーソドックスな演奏に感じた。ただ、この曲もテンポが遅くダイナミックレンジが広い演奏をしているため、迫力はある。こういった曲で迫力を云々するのはどうかと思うが、まぁ、それで、この曲の描画的な魅力が後退しているわけではないので、それはそれで良しとしておこう。まぁ、しかしながら本当にこの曲自体の魅力は良く引き出せていると思うが、「まぁ、取り敢えずやってみました」の域は出ていないと思うね。
クリーヴランド管ということで、いやがおうにも期待させられるのだけど(アメリカとヨーロッパの音が共存したような音を出すのでそこに面白味を見いだしている。そういえば、今日届いたシューマンの交響曲全集もクリーヴランド管(セル指揮)だ)、とにかく迫力のある刺激的な音だということ。親父がレコードで持っているモントゥのはレベルが違うので別にするけど、その他の中ではかなりのハイレベルだと感じている。同じクリーヴランド管を指揮したやつではブーレーズのソニー盤をこの前私は絶賛したけど(今でも、あの盤がこの曲のコンセプトを一番引き出せていると思っている)、人間味のある迫力という意味では上だろう(さらに上をいくドラティ指揮デトロイト響の演奏というのもあるそうだが・・・・・・)。これが人気が高いのも分かった気がするね。
しかし何ともまぁ、重厚な演奏だこと。比べるべきものがバーンスタイン盤のみなので、どう比べて良いのか苦慮するところだが、まぁ、合唱や独唱を含まない第1楽章で、私は判断してみたい(歌が入ると、純粋に管弦楽曲として評価できないからね。第2楽章や、第3楽章でも良いのだけど、第1楽章はちょうだいで、それだけで交響詩のように完結しているので、評価はしやすいからね。というか、単に「好きだから」というのが本音)。で、最初の重厚だという話に戻るのだけど、それを感じたわけだ。バーンスタインのは大迫力で力強く推進してるのだけど、これはほんの少しだけテンポ落として粘りけを出し、どちらかというと重厚に迫っている。というわけだ。
これについては平凡な演奏かな?まぁ、曲自体が、上記の2番と比べ面白味が少ないのだが、なんかそのせいだけではないと思う。これはメリハリはあるけど、実は結構おとなしい演奏なのだ。近年非常に人気が出てきたこの曲だけど、個人的には最終楽章を素晴らしく感じて、後は第1楽章のオープニングから段々と最終楽章に至るまで弱く弱くなっていくんだね。まぁ、それはよいとして、なぜ平凡と思ったかというと、確かに最終楽章はメリハリの効いた素晴らしい演奏が聴けたが、特に3と4楽章が退屈してしまったからだ。うーん、残念。
さて、2ヶ月強待ってようやく届いた。ということで感動も一塩だが、待っている間にシューマンの交響曲全集については色々動きがあったので、複雑な思いもある。でも、今回買ったやつ値段も安いし、録音やりマスターもなかなかなので(ちなみに、リマスターリング・システムはSBMだ)、お得感が強いのでじっくり聴いてこうと思う。なんてったって、シューマンの交響曲は初体験だし、ジョージ・セルも初体験だからね(シューマンの交響曲については親父がフルトヴェングラーのを好きなので、多分私も幼い頃に良く聴いていただろう。さらに、ジョージ・セルについても親父はレコードを持っているので(シューマンでなく、別の人のだが・・・・・・)しかりだ)。
まずは交響曲第1番から。この曲は4楽章の交響曲で、印象的な深い音色のファンファーレの序奏から始まる。後は非常にベートーヴェン的というか、何というか、曲の進行はそういった形だ。で、ジョージ・セルの指揮によるクリーヴランド管の演奏は迫力には欠けるが、透明感のある曲の細部まで透き通るような演奏なので(でも、妙に暖かみがある。この辺が同じ桶を指揮しているブーレーズとの差のように感じる)、どんな曲なのかというのがはっきりと良く分かった。で、はっきり言うと、第1楽章と第3楽章はかなり好みだなぁ・・・・・・。でも、全体を通すと、「春」という副題のイメージは確かにあるものの、なんか細かいパートごとにバラバラの印象があるね。各パートはそれぞれきらりと光るモノを持ってるけど、作者がオーケストレーションを作り上げることに難があるのか、そんな風に感じたんだね。
続いては2番だけど、第1楽章の冒頭を聴いて「1番とは対照的に難解な曲だなぁ・・・・・・」という印象を受けた。それは第1楽章を聴いている間中ずっと変わらず、最後のパートで無理矢理まとめたような印象となった。で、第2楽章は一転面白味のあるの楽章で、最後のスピーディーな弦の響きがこのセルの演奏ではわざと堅めにしてあるのか、堅い響きとなっていてリズミカルに小気味よく聞こえた。1番といい、このシューマンという人はスケルツォ楽章を作るのが得意な人なのだろうかな?まぁ、それはよいとして、全体的に暗く静かな印象のある曲だけど、最後の第4楽章はさわやかなので、そこにくると俄然セルとクリーヴランド管の実力が機能し始める。結構すごいオーケストレーションを難なくこなしているので、実力を思い知った(でもきっとすごいオーケストレーションになっちゃったのは作曲者のせいなんだろうなぁ・・・・・・)。
次は第3番。この曲の印象はスケールの大きな古典派交響曲。古典派の交響曲は比較的規模は小さいのだけど、なぜか間違って巨大な編成でやってみましたといわんばかりの内容となっている。しかも第1楽章の冒頭からその調子なので、もう独特。この曲でも第2楽章のスケルツォ楽章は冴えまくっている。クールな楽章だ。でも、2番のスケルツォ楽章のパートの順番を入れ替えて主題のメロディを変更しただけに聞こえなくはないが、でも、おもしろく聴けたので自分の耳を信じることとしよう。そういえば、この曲は5楽章の交響曲だ。しかも「ライン」という副題が付いている。ただ、どう聞いても絶対音楽のようなので、後から付けた副題なのだろうね。
そして最後は第4番。これは親父が「フルトヴェングラーが一番」といって譲らないのだが、なんかこの曲を聴いて初めて分かった。短い曲ではあるが、スケールの大きさでは4つの交響曲の中では随一だ。確かにこの曲はフルトヴェングラーを聴きたくなる。彼の強い推進力でドガンとやってくれそうだ。さて、翻ってこのセルのバージョンだけど、これはこれで非常に引き締まった演奏になっている。録音の問題か、第1楽章の冒頭がこもっていたのが気になったのだが、それが全体にわたっている訳ではなかったので安心した。この曲についてもスケルツォ楽章(第3楽章)について言及しておくと、この曲も冴え渡っている。しかも、セルの弦楽器の活かし方が非常に有機的に働いているのか、弦のフレーズが非常にかっこうよく聞こえた。そもそも、パート、パートを切り取るとシューマンは非常に格好良いフレーズが盛りだくさんだからね。
で、最後はおまけの「マンフレッド」序曲。これも初めて聴くのだけど、曲自体が格好良いね。演奏の方も堂に入ってておもしろかったね。でも、曲自体の方にこれという決定打がないように感じた。
さて、再びスイトナーの箱の方に戻るが、取り敢えずはドヴォルザークを聴こうということで聴き始めた。で、第9番からだけど、取り敢えず、結構違和感があるということでね・・・・・・。どうしてかというと、結構ドイツ的で、まるでベートーヴェンでも聴いているかのような演奏となってるんだね。たとえば、第1楽章の金管の弾け方なんかですごく良くそれが分かったね。ボヘミア的でも、アメリカ的でもないきわめてドイツ的な演奏が楽しめるということだろうかね。フリッチャイのバージョンのスケールの小さい版とも取れなくもないね(フリッチャイのやつはレコードを親父が持っていて、聴いたことがある)。
とにかく早い。スピードが速い。9番でもそう思ったけど、8番でも同じだ。だから、さらっと流れていってしまっている。でもサウンドは重厚だ。特にブラームスからの流れをくむこの8番は、9番よりもスイトナーのスタイルには合っていると感じた。ボヘミア的な音の再現については別として、ブラームスを解釈して自分の音楽としている部分を余すことなくスイトナーは表現しているように思う。一つ、面白く思ったことを書いておくと、アダージョの第2楽章を思いっきり壮大に描いている。スピードを控えめにして壮大に描ききっている。ここはテンポも落として、ゆったりと大きくならすのだと思っていたら、重厚に濃厚に壮大にアプローチしているのが面白かったね。ということで、かなりドラマティックな作りなっているんだね。
次は飛んで1番だけど、この曲はドヴォルザークの初期の交響曲ということで、表面的にはワーグナー的な交響曲だ。特に第1楽章なんてオーケストレーションがワーグナー的である。そんな曲をスイトナーが料理すると、これがなかなか良かった。途中少し冗長に感じる部分もあったけど、全体的には無難にまとまった演奏になっていると思う。
1曲目のラストで聞こえるオルガンの音とかで、すごく良く分かるんだけど、実に優秀なブリティッシュロックのパロディバンドということだ。ただ、2曲目のスペイシーな感覚とかにしてもそうだけど、結構ディープ・パープルなんかと近いところがある。まぁ、それより何より、このアルバムが1972年発売というところが、時代がそうさせている気がする。そう、ニュー・トロスルなんかと同じ音なのだ。ただ、彼らの場合はこの後、ポップな世界を追求して、メンバーチェンジの後マティア・バザールと名を変え、ポップロック畑で大人気を博すらしいのだが、私がイタリアの芸能界の推移をよく知らないので、残念ながら良く分からない。でも、このアルバムを聴くにつけ、表面的なアヴァンギャルドさよりもこのバンドは本質のポップな部分に耳が行くので、そのマティア・バザールも聴いてみたいものだと思っている。一つ言っておくと、アヴァンギャルドなんて書いたけど、これはかなり聴きやすいアルバムだ。
後にディグ・ディグに参加する(今回このアルバムと一緒に買った「ある女性に捧げる愛の形」には参加してないが・・・・・・)キーボーディストのロベルト・カルロットのフンカ・ムンカ名義による唯一のソロアルバム。1972年の作品だ。元々ビートバンドを渡り歩いて人だけあって、中は非常にロックンロールスピリットにあふれたポップな曲が多いが、彼自身がキース・エマーソン風のオルガンを弾くせいか、結構クラシカルなプログレ風味もある。2曲目なんて結構激しいしね・・・・・・。今回のシリーズもそうなんだけど、基本的にこのBMGのイタリアンロックはプログレ中心なので、このアルバムも当然プログレファンにアピールする内容が盛りだくさんになっている。いかにもカンタウトーレ系と思わせるような曲にも、大々的なキーボードとストリングスのオーケストレーションをかぶせたりして、マニアの心をくすぐる仕様となっている。
バンド名を変え後にフュージョンバンドへと転身するフェスタ・モビーレの1973年の唯一のアルバム。ジャズの語法を大胆に取り入れた、スピーディーかつクールなロックは結構良い。ジャケットには5人のメンバーの写真があるのに帯には「スリー・ピース」なんて書いてあるところがいかにも謎のバンドらしくて良い。ライナーはPFMとよく似ているということが書いてあったが、確かに、そういえなくもない。PFMに聞こえる地中海オリエンディッドな部分はあまりないが、ロックバンドとしての方法論はにたところがある。ただ、決定的な違いはブリティッシュ臭がこのバンドからはあまりしないところだろうかな?キーボーディストが歌う歌が、高度な技術で歌われているわけではないが非常に私には気持ちよく聴くことができた。
さて、これから覚え書きを書いた後、聴いていくのだが、この3箱、CDの枚数では29枚という膨大な量だ。しかもスイトナーのレパートリーの広さが俯瞰できるような広範囲な箱となっているため、すべてが名曲名演奏というわけにはいかないだろうが、一般的にスイトナーの評判の名演奏が結構含まれているため(たとえば、ブラ2、ブラ3など)、聴きではありそうだ。これから連続した休みもあるし、ゆっくりと聴いていこうと思うね。
さて、スイトナーの箱第1弾ということで、まずはドレスデン国立歌劇場管弦楽団との演奏を納めた10枚組からだ。内容は古典派から現代音楽まで多岐にわたる。クラシック入門の箱としてもおもしろそうな内容となっていて、私のような初心者にはうってつけかもしれないね。
CD 1
CD 2
CD 3
CD 4
CD 5
CD 6
CD 7
CD 8
CD 9
CD 10
以上が収録曲だけど、永遠そうと評判のモーツアルトの35とか36はかなり期待してるけど、シュトラウスや、スッペの小品にも実は期待している。後、ストラヴィンスキーの「春の祭典」にも期待だ。大好きな曲だからね。」
続いてはベルリン国立歌劇場管弦楽団との11枚組の箱。こちらはあまり広範囲なレパートリーにせずに、ドイツロマン派を中心とした作品集となっている。
CD 1
CD 2
CD 3
CD 4
CD 5
CD 6
CD 7
CD 8
CD 9
CD 10
CD 11
以上が収録曲だけど、名演奏と評判のブルックナーの7番以外にも、そのほかのブルックナーの曲もおもしろそうだ。なんと言っても、ウェーバーや、グリーグといったドイツ以外の人の小曲もおもしろそうに感じるね。
そして最後はベルリン国立歌劇場管弦楽団とのブラームスとドヴォルザークの交響曲全集の抱き合わせ商品。
CD 1
CD 2
CD 3
CD 4
CD 5
CD 6
CD 7
CD 8
以上の収録だけど、交響曲以外の収録は一切なし。そこがすっきりしていい。ちょっとだけ中を聴いたが、ドヴォルザークは非常にドイツ的な演奏だったので、もしかしたらゲテモノかもしれないが、ブラームスはさすが。これはすごそうな気配だった。ということで、楽しみ、楽しみ。取り敢えず、こいつから聴いていこうと思っているからね。
1986年のデジタル録音。とにかく演奏が早い。第1楽章の序奏からハイスピードで突っ走っている。結構演奏自体は迫力があるのだが、スピード感と差し引きされることによって相殺されてしまっている。特徴はこのくらいだが、初めてまともに聴くオットマール・スイトナー。親父からは「おとなしい人」という印象を聴かされていたのだが、印象は結構質実剛健なサウンドで、迫力満点の演奏をしている。なんと言ってもドカンドカン言わせる打楽器の使い方が好みだ。スピードに関して言えば、第4楽章の最初の所では誰よりも遅くスピードを緩めているので、緩急の付け方が独特の人なのだと思う。後この曲、デジタルリマスターも優秀だし、非常にきれいな音で録音できている。だけど、その分デジタル録音の欠点である薄っぺらさが前に出てしまっている。まぁ、1986年の機材ではこれが限界なのかもしれないが、そこが画竜点睛を欠く部分に感じた。
1984年のデジタル録音。少し堅めの演奏であるが歌心を失わないこの演奏にはかなりの好感が持てた。特に、第1楽章の最初ですーっとこの曲の世界に引き込まれる。「こんな艶やかな曲だったんだぁ・・・・・・」と思ったいつの間にか引き込まれていた。演奏自体に欠点を見つけるのは素人の私には無理な話なで、ほぼ完璧なブラームスの世界が構築されているように感じた。特に個人的におもしろいと感じたのは、第4楽章の最初の所。音の小さな序奏から始まって急に音の壁だ立ち上がる。そのメリハリの付け方が非常に聴き応えがあるということだ。
1985年のデジタル録音。2枚のCDに分かれて収録されているため非常に惜しいのだが、演奏自体は非常に秀逸。でも、やはり、交響曲は1枚のCDに全曲入れてほしい(入れられるものは)。どうしても、この曲で言うなら、第2楽章と第3楽章の間に必要以上の間ができ、しらけてしまう原因になってしまった。前にも書いたように演奏は秀逸なので、これはこの曲の入っている1枚ものを買えということかな?そんなふんなことをまずは感じた。さて、そういう部分を除くと、とにかくドラマティック。インテンポで進んでいる中で、オーケストレーションの味付け方法を変えることによってドラマティックな雰囲気を作り出しているように感じた。2番にしてもそうだが、この曲もスケールが大きく演奏されていて、ほかの誰のでも聴いたことがない独特の雰囲気を醸し出している。
1986年のデジタル録音。この曲は2番や3番に比べると少しメリハリが甘く平面的ではあるが、しかしながら水準は非常に高い。つまり、高い水準の中での優劣の話なのである。私は、この曲を聴くときには第3楽章をいつも注目するのだが、このスイトナーのバージョンはもうちょっとトライアングルの音がきらきらしていても良いように感じた。つまり、私にとってはシンプルに聞こえてしまったのだ。それが、おもしろいとか、おもしろくないとかの話ではなく、非常に私にとっては個性的に響いたのだ。この曲は今まで聴いた中ではカルロス・クライバーのバージョンが一番好きだがこれもかなりの高得点だ。ストコフスキーは別格として、私が聴いた数少ないブラ4の中ではクライバーに次いで、イセルシュテットと同じくらいのレベルということだ。
さてさて、今日も今日とてCDを買いに近所のレコード屋さんに行ったのだけど、買ったのは上記のCD。紆余曲折でようやく揃って手に入った。で、下記の注文したCDを注文した。ジェームス・テイラーの1stなんて、長らく探していたものなので、久々の再発はうれしいなと。さらには、アースバンドの諸作も「待ってました」とかけ声を掛けたくなる作品だからね。うーん、でも、まぁ、色々買ったねぇ・・・・・・。
今日は夕方から、友人達と夕食会だったのだが、その出先でブックオフで上記のCDを見つけて買った。ふぅ、今日は買いすぎだ・・・・・・。明日もCDが届くし、こいつは来週からの大型連休に合わせて休みはCDを聴いて過ごせと言う、啓示があったとしか思えない(笑)。今日の日記の締めに、今日古本として買った漫画について書いておこう。
円盤が地上を焼き尽くす様子が360度の円形で描かれている非常にサイケなアートワークのフォルムラ・トレの1st。中身はヘヴィーサイケ。これでもかというくらいのヘヴィーなサウンドに、3rdや、4thで見せたELPタッチのプログレッシヴな感性とは違った彼らの一面がみれた気がした。最後の曲はかなりポップなビートナンバーだったし、1970年発売という時期も関係あるのだろうが、良くも悪くも、1960年代的なアルバムであると思うね。この時期ならではの荒々しさがよかったね。ベースレスのオルガントリオで、ここまでやるのは正直おもしろすぎだ。で、編成的にジャズっぽさがあるのかと思いきや微塵も感じないからね。
1stからは、ちょっと洗練されてきたかな?と思わせる2nd。ビートナンバー風の曲が多くなったと感じるくらい、メロディがはっきりとしだしたと感じる。こういう音を聞くと3rdの「夢のまた夢」へつながるのはわかる気がする。ヘヴィーサイケの作品ではあるが、1stのような荒っぽさはない。なんせ、ジャケットからして「どこぞのアイドルバンドか?」と思わせるようなジャケットだったからね・・・・・・。