現在の状況
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| 平成4年(1992)、「長崎県窯業試験場」は新設移転し、「長崎県窯業技術センタ一」として生まれ変わりました。新たな設備によって、窯業技術の研究・指導はさらに充実したものとなっています。また、同年、地元の波佐見高校に、やきものを通した教育、後継者育成の場である「陶心館」が完成しています。平成5年(1993)には、畑ノ原窯跡の復元・保存工事が竣工します。復元登窯に火が入れられ、約400年の時を越えた陶工達の交流が行われました。波佐見町施行40周年を迎えた平成8年(1996)、中尾地区が「陶芸の里」として整備され、江戸時代から続く窯場に一層の魅カが加わります。そして、この年、「やきもの」をテーマとした世界・炎博覧会が、佐賀・長崎・福岡の三県で開催されました。長崎県会場の一つであった波佐見町には20万人もの来場者が訪れました。開催中、波佐見高校の野球部が甲子園に初出場したこともあり、大変な盛り上がりを見せます。また、開催にあわせて、宿泊施設・体験工房を持つ「中尾山交流館・伝習館」、世界12基の窯を復元・屋外展示した「世界の窯広場」など、やきもの作りの楽しさや奥の深さを学ぺる施設がオープンしています。最初に述ぺたように、渡佐見焼の国内シェアは15%を占めており、茶碗、湯呑みなどの日用食器をはじめ、「ニューセラミックス」、「給食用食器」など、様々なやきものが生み出されています。近年の「平成不況」により、やきものの生産高、販売額はともに落ち込みを見せていますが、波佐見窯業は、その潜在的に高い生産力、技術力を保ちながら、今後のさらなる発展へ向け日々努めているのです。 |
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| 給食用食器・軽くて丈夫しかも環境ホルモンを出さない「子供に優しい」食器 |
| 波佐見焼の400年に及ぶ長い歴史は、職人達の卓越した技術によって支えられてきました。その技術を今に受け継ぐ「伝統工芸士」「技能士」は、現在、波佐見に63人を数えます。また、「現代の名工」は4人、そして、平成9(1997)に田澤大助氏か、波佐見で初めて「長崎県無形文化財」の指定を受けています。今後も、一人でも多くの「職人」が世に出て、波佐見焼の伝統を後世に伝えていってほしいと願います。 |
| 波佐見焼伝統工芸士一覧(平成11年4月) |
| 成形部門 |
手ロクロ |
田澤 大助 |
大右エ門 |
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| 中村 平三 |
平三 |
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| 朝長 仁 |
仁 |
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| 立井 清人 |
治甫 |
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| 山口 正美 |
正右エ門 |
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| 石添 秀正 |
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| 竹ノ下左千夫 |
青似 |
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| 袋流し成形 |
藤田 栄治 |
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| 林 春正 |
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| 河野 正秋 |
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| 山尾 盛 |
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| 加飾部門 |
素地加工 |
吉田 茂 |
楠山 |
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| 下絵付 |
藤井 邦幸 |
青雲 |
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| 岩永 福治 |
福永 |
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| 中山 和憲 |
紫明 |
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| 江添 三光 |
洸淋 |
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| 岩永 日出子 |
和泉 |
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| 田村 照利 |
峰雪 |
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| 松尾 昭義 |
彩雲 |
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| 前川 正義 |
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| ダミ |
中野 キミ |
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| 橋口 エミ子 |
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| 古川 千代子 |
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| 谷村 末子 |
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| 田口 悦子 |
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| 上絵付 |
川浪 隆吉 |
龍志 |
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| 大串 長之助 |
美泉 |
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| 浦川 幸雄 |
雅秀 |
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| 柴田 正昭 |
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| 濱田 信幸 |
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