肥前波佐見陶磁器窯跡
国指定史跡される 2000年9月6日
なお動く映像のタイトルが「三の股関所跡」となっていますが「皿山役所跡」の間違いです
| 文化財保護審議会は2000年5月19日、波佐見町の県指定史跡「畑ノ原窯跡」など5ヶ所の窯跡と、役所跡、採石場の計7ヶ所を「肥前波佐見陶磁器窯跡」(計約41,300u)として国指定史跡に指定するよう文部大臣に答申した。近世以降の陶磁器窯跡の国史跡指定は全国で6件目で、長崎県内の国指定史跡は24件目。 波佐見焼は1599年(慶長4年)、朝鮮李朝陶工の李祐慶らが窯業を始めたことが起こりとされ、400年の歴史をもつ。肥前陶磁器の産地のうちでも同町の登窯では、国内で最高水準と言われる「波佐見青磁」や、17世紀はじめころの国内で初期段階の磁器、全国で庶民に使われた茶碗などが作られていた。7ヶ所の史跡から、17世紀初め−1950年ごろまでの磁器の変遷をたどることができる。 読売新聞 |
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| 波佐見町の「肥前波佐見陶磁器窯跡」が2000年5月19日、国の文化財保護審議会の答申を受けて、国の史跡に指定される事が決まった。長崎県内では国の史跡指定としては、1997年の壱岐・原の辻遺跡以来で、24件目。窯跡5ヶ所と管理中枢として機能した役所跡1ヶ所、磁器の原料となる陶石の採石場1ヶ所が指定された。広さはあわせて約40、000u。県文化課によると、波佐見町の地域では、現在まで約400年間、焼き物の生産が受継がれており、肥前(現在の佐賀県、長崎県)における一大生産地のひとつだった。肥前陶磁器は江戸時代を通じて、全国的に最も流通した焼き物で、窯跡などは当時の社会や文化を知るうえで重要という。同課は「貴重な史跡であり、保存に力を入れていきたい」としている。 朝日新聞 | |
畑ノ原窯跡![]() |
17世紀初頭から前半期にかけて操業したもので、窯数約24、全長55.4m当時としては屈指の規模だった。1960年に県の史跡指定を受け、93年に復元、整備工事が完成した。年に数回焼き物が焼かれている。 |
| 中尾上登窯跡 | 1640年代から1929年まで操業し、窯数33、全長160m以上を誇り、世界最大級規模という。江戸時代には「くらわんか茶碗」を大量生産、全国に出荷していた。 |
| 三股青磁窯跡 | 当時の冨裕層が使用していた国内最高水準の青磁を生産していたと考えられ、1630年代から50年代に操業していたと推定される。 |
| 長田山窯跡 | 17世紀から18世紀中ごろまで操業していたと考えられ主に青磁を生産した。 |
永尾本登窯跡![]() |
窯数29、全長155m以上で、「中尾上登窯跡」につぐ規模。1666年(寛文6年)から1950年まで操業。 |
| 皿山役所跡 | 1666年に大村藩が設置し、出荷時の検品など窯業の管理を行った。1870年に廃藩置県に伴い閉鎖。 |
| 三股砥石川 陶石採石場 |
磁器の原料となる陶石の採石場で、「三股青磁窯跡」に隣接、江戸時代から1975年ごろまで採石された。 |