昭和時代その2

昭和20年8月15日、日本は戦争に敗れ、再び平和な時代が訪れます。戦争で失った時間を取り戻すように、波佐見窯業はいち早く再建にのりだしました。そして、昭和30年代の神武景気を足がかりとし、以降、日本経済の急速な成長による購買力の高まりに支えられ、さらに、道路整備による流通網の発達、窯業技術の進歩・近代化が要因となって、渡佐見窯業はこれまでにない飛躍的な発展をとげていきます。戦後の波佐見は、国民の多様な二一ズに応えるように、様々な日用食器を生産します。
化粧掛け水玉文急須 吹きかけ格子文湯呑 吹きかけピカソマチス文蒸茶碗
G型醤油さし ブルーライン灰皿 芽生え湯呑 茶碗 若竹茶碗
蛍手皿 蛍手長皿 色絵花卉文湯呑み 色絵花卉文急須
先へ先へと進む波佐見焼でしたが、同時に、歴史や伝統をふりかえる気運も高まりをみせます。昭和43年(1968)には、波佐見焼創業370年祭か行われますが、その際に、陶祖李祐慶の顕彰碑か建立され、波佐見の地に窯業を伝えた大恩人として奉られることになりました。また、昭和54年(1979)、波佐見町内古窯跡群の分布調査、中尾下登窯跡の発掘調査、そして、昭和56年(1981)には畑ノ原窯跡の発掘調査が行われ、考古学による窯業史の解明もスタートしました。昭和53年(1978)、波佐見焼は、通産省によって「伝統的工芸品」に指定されます。この指定によって、江戸時代以来の伝統が保護されるとともに、「波佐見焼」の名前も、その知名度を上げていくことになります。