経営学 レポート
「人事評価制度の改革」が、どのような状況の下で、どのような過程を通 じて「企業成長」を導くのか 企業が存続するためには、適正な利潤の確保が必須である。その利潤を産み出すものは製品(商 品)である。故に、既存製品の見直し、新製品開発等の製品戦略は、企業経営の最重要課題の一つ となる。企業間競争に勝ち抜くには、既存安定製品への依存だけでは不十分であり、市場に受け入 れられる新製品を絶えず開発することが重要となる。市場が必要としている新製品情報等を常に探 索し、その新製品を主力製品としていくことが、企業にとっての大きな経営課題となる。 また、企業が成長するためには、内部組織の活性化が不可欠である。企業が活性化している状態 とは、「トップ→経営戦略→組織→製品→環境→成果→企業文化→トップ→……という全経営過程 に好循環が起き、新製品・新事業が絶えず開発され、売上が伸びて利益が出て、企業内の人々が挑 戦意欲を燃やしてやる気に満ち、全局面で創造性が発揮されて企業全体に活力がみなぎっている状 態」である(1)。 企業の活性化は企業内部のあらゆる面の活性化を意味するが、人事評価制度の改 革は企業内部組織活性化の手段であり、企業内部の人の面の活性化である。人事評価制度は、全経 営過程において、製品に影響を与える重要な位置にある。 ここで、製品と、企業を取り巻く環境変化、及びそれらに対する企業成長との関係について考察 する。企業の製品が産業構造的な環境変化に適応している場合、企業成長は順調な場合と、環境変 化に適応しているにも拘らず停滞する場合の二通りが考えられる。製品が産業構造的な環境変化に 適応していない場合は、企業が順調に成長することは、まず考えられない。この場合、企業成長は 停滞する。故に、製品、環境変化適応性、企業成長の三者の間には、次の三通りが考えられる。即 ち、@製品が産業構造的環境変化に適応し、企業成長が順調な場合、A製品は産業構造的環境変化 に適応しているが、企業成長が停滞している場合、B製品が産業構造的環境変化に適応できず、企 業成長が停滞している場合である。 @の場合は、順調な成長に甘んじることなく、企業内の人々のさらなる「挑戦意欲」を向上させ るために、新製品開発のための新組織設置、上級から中間までの管理者の意識改革、人事評価制度 の改革等が行なわれる。そして、さらなる新製品開発、既存安定製品の価値分析によるコストダウ ン、研究開発強化、販売強化推進等の戦略がとられる。 現状の製品群に満足せず、常に新しいことに挑戦する気概を持たないと、新製品の開発はできな い。新製品の開発は、企業内の人々に発想の転換を要求する。同じような発想の延長線上には、新 製品アイデアは生まれない。旧来の発想を転換することは、試練や冒険を伴う場合があるが、人々 のさらなる能力開発に繋がる。経験や慣例等にとらわれず、企業全体で、自由で闊達な発想を促進 することが、人々のやる気や創造性を発揮させることになる。それが、次の新製品戦略へと繋がる。 Aの場合は、経営トップによる全従業員への危機感醸成、経営理念(方針・目標)の明確化等の 活性化方策がとられる。大企業にしばしば見られる組織の官僚化、旧来の成功意識から抜け出せな い市場傾向把握の鈍化、新しいニーズに即応(小回り)できない等は、この例である。この場合は、 企業内の人々の「意識革命」が組織活性化の中心となる。 現在のような非常に厳しい企業経営環境において、経営トップが同業他社に勝ち抜き、自企業の 生き残りをかけた経営戦略を立案しても、それを実行するのは下部組織なのである。戦略は、より 下位の組織にトップ・ダウンされて実行される。その組織が風通しが悪く、封建的であった場合、 トップの経営戦略がいくら優れていても、その実現性は乏しくなる。まして、自分がどう評価され ているか分からず、互いに疑心暗鬼の状態の場合は、組織の活性化はまず望めない。組織が活性化 されないと、製品戦略(既存安定製品のコストダウンによる価格競争、新製品・新事業開発等)に も自ずと影響が出る。経営トップの方針をブレイクダウンし、新しい企画を考えるのは、組織内の 各階層の人々である。人が活性化しないことには、真に実効性のある経営戦略や製品戦略は望めな い。 Bの場合は、製品(戦略)そのものの抜本的見直しのための新事業戦略、多角的経営戦略、既存 安定製品のコストダウン戦略等がとられる。競争的に優位な製品群を持ち、既存製品の需要がある 間は、技術改良、品質向上、コストダウン等で利益を出しながら、事業の再構築(リストラクチュ アリング)を図らなければならない。抜本的なリストラのために、スペシャリストの教育訓練(早 期育成)、スペシャリストの中途採用(即戦力)、個々人の能力開発、新規事業部門設置等の方策 がとられる。@Aの場合に比べて企業全体に余裕が無いので、Bの場合は、人々の「知識の深化」 による産業環境への対応力向上が組織活性化の中心になる 人事評価制度の改革の基本は、評価の公正を図ることであると思う。誰もが納得できる客観的人 事評価システムの構築こそが人の活性化の根本であり、企業の成長につながる。人間が人間を評価 するだけに、完璧を期待するのは無理かもしれない。同一企業(職場)での評価は、利害関係等の 不透明要素に左右される場合があり、問題がある。このような状況の下では、人事評価制度の改革 に困難が伴う。「トップ→経営戦略→組織→製品→環境→成果→企業文化→トップ→……」という 全経営過程において、人事評価制度の改革は製品を産み出す「組織」活性化の手段として位置付け される。人は周囲の評価を気にするものである。自分が認められ、評価されれば自ずとやる気、創 造力が出るものである。反対に、評価結果が悪く、客観的評価理由(基準)の開示等が無ければ、 やる気も創造力も消えてしまう。企業は結局のところ人の集合体であり、評価や扱われ方等に不満 が残ると勤労意欲等に影響し、企業経営上もモラル上も好ましくない結果となる。極一部の人間が 密室の中で恣意的に評価したり、レッテルを張り続けたりするのは論外である。 製品が環境変化に適応していない場合は勿論のこと、製品が環境変化に適応している場合も、誰 もが納得する情報公開性のあるガラス張りの人事評価制度の構築が必要である。人を適材適所に配 置する義務のある人事部門には、個々人の適性等を見極めてローテイションをすることが求められ る。人事部門が、企業内の人々を活かしきるだけの能力を有しているか否かを、人事部門内外から も常に厳しくチェックする必要がある。人事部門自体の組織、スタッフそのものも、硬直化しない ように常に見直しをしなければならない。 トップ以下の全従業員が常に全社的な組織の現状を監視して適正化を図り、自らができうる範囲 で人を活かして組織を活性化させ、当該組織力を企業の利潤確保の源泉である製品(戦略)に反映 させて、全経営過程の好循環を維持してこそ、企業は成長するものであると私は思う。 以上 参考文献 (1) 清水龍瑩『経営学』(慶應義塾大学出版会、1996年)154〜155頁 清水龍瑩『大変革期における経営者の洞察力と意思決定』(千倉書房、1992年) 清水龍瑩『大企業の活性化と経営者の役割』(千倉書房、1990年) 山本政一『現代企業の活性化問題』(九州大学出版会、1988年) 奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波書店、1996年) 熊沢誠『能力主義と企業社会』(岩波書店、1997年)