悲しい猫の親子
 私は犬と猫が大好きである。人間よりも、犬と猫が大好きである。見たら、とにかく撫でたくな る。いずれ、故郷で余生を送るようになったら、犬と猫に囲まれてみたい。夏はビールでも飲んで、 犬と一緒に朝まで、犬小屋で寝てみたい。ささやかな夢であり、将来の楽しみである。  さて、5年位前、仕事で岩手県に初めて出張した。宿泊する、某駅前ホテル周辺の様子を知るた めに、夕方散歩をした。道路を歩いていると、道路の反対側で猫の親子がいた。民家の軒下で親猫 が1匹、子猫が2〜3匹いた。猫たちが怖がらないよう、距離をおきながら、そっと近付いた。  親猫は前足を立ててしゃがんでいた。親猫の前で子猫が1匹、横たわっていた。「寝ているのだ ろうか?」私はそう思った。残りの子猫たちは、親猫の後ろに立ち、じっと私を見ていた。親猫は 殆ど動かず、私を見たり、目の前の子猫を見たりしていた。  「何かおかしい」と感じた私は、親猫の前に横たわっている子猫を(距離をおいて、恐る恐る) 見た。子猫は死んでいた。薄暗くなりかけた時間帯であったし、可哀想でもあり怖かったので、よ くは見なかったが、頭部と腹部あたりにダメージを受けていたようだ。おそらく、車に跳ねられた のであろう。目の前で、死んで横たわっている自分の子供をどうすることもできず、腹を空かせて 自分の後ろで隠れている子供たちも抱え、親猫は何を考えていたのだろう。目の前の子供が死んで いることが分からなかったのであろうか。動物は、死をどのように理解するのであろうか。  人間ならば、痛い、苦しい、気分が悪い、暑い、寒い、空腹だ、等々、口で訴えることができる。 助けを求めて大声で叫ぶこともできるし、周囲がそれなりの対処もしてくれる。しかし、犬や猫は、 苦しくても、助けてほしくても、人間に訴えかけることはできない。飼い犬・飼い猫の場合は、飼 い主が注意してみてやれば、それなりのことは分かると思う。もしもの場合は、動物病院に連れて いくこともできる。しかし、この野良猫の親子のような場合、何があっても殆ど誰も気付いてくれ ない。気付いても、無視されたり、面倒に思われるだけである。  人間を平気で殺し、殺される時代、動物の親子から学ぶべきことは実に沢山ある。特に、子供を 持つ資格があるのかと思われる若い親(の世代)と子供の問題を見聞すると、万物の霊長とはとて も思えないことがよくある。  私は、この猫の親子を見ていて、非常に悲しかった。死んだ子猫も可哀想だったが、子猫が死ん だかどうかも分からず、再び動き出すのをひたすら待っているかのような親猫を見ていると、一層 悲しくなった。「もう動くことはないんだよ、死んだんだよ」と親猫に言ってやる訳にもいかず、 結局何もしてやれずに、その場を去った。人間の皆さん、人間の言葉が話せない(訴えられない) 動物を大事にしましょう。動物の、声無き声に耳を傾けましょう。                                         以上