あかずの間

飯綱大権現の名によりて

あかずの間を開きし者の災ひを祓ひたまへ

今宵

百鬼夜行の魑魅魍魎ども

門扉と屋根を騒がすとも入ることあたはざるべし

(館主謹白)


「河童」

「川童、東国にかっぱと云う。其のかたち四、五歳ばかりのわらはのごとく、かしらの毛赤うして、頂に凹なるさら有。水をたくはる時力はなはだつよし。性相撲(すまひ)を好み、人をして水中に引入れんとす。或は恠(あやしみ)をなして婦女を姦淫す。其わざわひを避るには、猿を飼にしかずとなん。」

(「物類称呼」巻二)

「天井嘗」

「天井の高は灯くらうして冬さむしと言へども、これ家さくの故にもあらず。まったく此怪のなすわざにて、ぞっとするなるべしと、夢のうちにおもひぬ。」とある。

 むかしの家は灯りが届かず天井が暗かった。おまけに雨漏りのため天井のあちこちにシミがたくさんついていたものだ。夜、寝ながら「あのシミは誰が付けたものだろう」とよく考えたりして、不気味だった。







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「山姥」

山姥(やまうば)は深山に住む鬼女である。道に迷った人を襲い、これを食らうことで里人から恐れられた。しかし、時には子供を育て、里に下りては餅つきを手伝うなどの行動をあわせもつ。その正体はいかばかりか。




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「鬼」

「世に丑寅の方を鬼門といふ。今鬼の形を描くには、頭に牛角をいただき腰に虎皮をまとふ。是丑と寅との二つを合わせて、この形をなせりといへり。」






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「うわん」

図では廃屋から大入道が顔を出しているが、どのような妖怪か、正体不明。「百鬼図」には「おとろし」「こわい」などただの言葉遊びとしか思えない妖怪が描かれている。

この名前、擬態語の「うわん」からきたのだろうか。





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「天狗礫(つぶて)」

「凡(およそ)深山幽谷の中にて一陣の魔風おこり、山鳴り、谷こたへて、大石をとばす事あり。是を天狗礫と云。左伝に見えたる宋におつる七つの石もうたがうらくは是ならんかし。」


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「金霊(かねだま)」

「金霊は金気也。唐詩に「不貪夜識金銀気(むさぼらずして金銀の気を知る)」といへり。又論語にも「富貴在天」と見えたり。人善事をなせば天より福をあたふる事、必然の理也。」



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「道成寺の鐘」

「真那古(まなご)の庄司が娘、道成寺に到り、安珍がつり鐘の中にかくれ居たるをしりて、蛇となり、その鐘をまとふ。この鐘とけて湯となるといふ。」




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「橋姫」

「橋姫の社は山城の国宇治橋にあり。橋姫はかほかたちいたりて醜し。故に配偶なし。ひとりやもめなる事をうらみ、人の縁辺を妬(ねたみ)給ふと云」とある。



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「狐火」

稲荷信仰は読んで字の如く農耕と深い関わりがある。京都伏見の稲荷神社には農耕神にふさわしい伝承が多くあったという。狐はその使い魔である。信仰の拡大に伴って狐のほうが重要視されていった。「狐つき」「狐使い」はその流れ。そういえば、飯綱大権現様を背に乗せているのも狐のようだし、玉藻前の正体も狐である。意外と奥が深い。

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安倍清明(あべのせいめい)921-1005

平安中期の占いで知られた陰陽家。土御門家の祖。陰陽の術を学び、天文を解して事変を予見したという。「今昔物語集」他に説話が伝えられる(日本史事典・旺文社)。母親が実は狐だったという話は有名で「クズの葉物語」(日本の伝説・西日本編)他で父母の出会いが語られている。画図の右下に控えているのは式神である。




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八式王子(はちしきおうじ)

どこの家も炬燵のどの場所に誰が座るかたいてい決まっている。私の定位置のす ぐ後ろはピアノだ。酒に酔って寝転ぶと頭の上に鍵盤がくる。「そこは悪い気が集ま っているから寝ない方がいい」と娘が言う。ピアノは娘のものだが、使われなくなっ て久しい。使われないピアノの運命は「ただの物置」だ。ろくに掃除もされず、後ろ はごみだらけ。いろいろな物が落ちている。このように、掃除もされず放置された場 所には「すそ」が溜まると考えられている。小松和彦氏によると、四国の物部村では 今日でも「いざなぎ流」と呼ばれる「すそ(呪詛)の法」が伝えられ、呪いに関する 呪術儀礼が行われているらしい。そして、儀礼には、@呪い調伏(呪いをかける呪 術)、A呪詛の返し(かけられた呪いをかけた側に返す呪術)、B呪詛の祝い直し、 の三つがある。いまのところ私は人から呪いをかけれる憶えがないから、悪い気があ るとすれば自然にたまったもので、通常の「すそ(呪詛)祓い」をすればいいのだろ うと思う。ここで登場するのが「式王子」である。「式王子」とは陰陽道で有名な安 倍晴明が一条戻橋の下に住まわせた「式神」と同じ守護=使役霊である。写真は私が 作った「八王子流式王子」で、すそが溜まっていると思われるピアノに飾った。

幽谷響(やまひこ)

幽谷響は山彦の意なるべし。すなはち、あまのじゃく、山姥、山母と思ひなした るもこれなり。人山に入りて呼ばはれば、同じ言葉にて答ふる。古くは、神代に天之探女(あめのさぐめ)あり。山におりて人の口を真似るの意なるか。人ありとて頼ら ば、山道を失ふならん。






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