同じ木でも、気候や土壌によって木質はかなり変化する。しかもたいていの木は、遠方から輸入されるので、「同じ名前であっても、とても同じ木とは言えない」ということもある。どの地方で育った木なのかは、業者にしかわからない。ギタリストの「木」に関する知識はかなり曖昧なものなのだ。例えば、バイオリンの表板には「松」、とりわけドイツで育つ「フィヒテ」が最上とされる。フィヒテは、英語で「スプルース」、日本語で「エゾ松」などと訳されるが、これらは似ているとはいえ全く別の木である。フィヒテはフィヒテであり、他に表現のしようがない。クラシックギターやフルアコの表板でよく使用されるスプルースも、名前はどれも「スプルース」であるが、実際それはピンからキリまである。良い楽器かどうかは、先入観にとらわれず、実際に試奏して判断するほかない。 木のネームバリューや肩書きに執着する姿勢には、どこか悲しいものがあると思う。エリート育ちの材もあれば、雑草のように育った材もある。人間と同じで、この世に全く同じ木など1本もない。そう考えるとワクワクしてこないか? 「材に対するこだわり」とは、単なる「知識」ではなく、むしろ「愛情」なのだ。
木の乾燥■ 木は、最終的には外界の空気湿度と等しくなるまで、水分を吐き出す。これが「平衡 (へいこう) 含水率」と呼ばれる長期安定水準で、木を切ってから約5〜6年で達成される。木の乾燥は、結局ここで安定・停止する。木材の乾燥度は、必ず「平衡含水率」に向かう傾向がある。ギターケースに「乾燥剤」を入れて、人為的に平衡含水率以下にしても、外界の空気に触れていれば、いずれ平衡含水率に戻ってゆく。だが「ケース内のカビを防止する効果」はあろう(笑) ■ クラシックギター等の「生楽器」は、湿度変化にとても敏感である。含水率が高まると、木は膨張するからだ。木は水分の吸収・発散性に極めて優れた素材であり、事実、除湿機能付きのクーラーをかけた日と、かけない日とでは、音が全然変わる。これは簡単な実験だ。夏の雨の日にクラシックギターを手にとり、1〜2弦をはじくだけで、「あれれ、いい音がしない」と練習する気が失せるのだ(笑)。でもエアコンで除湿すれば、ほんの5分で「いつものいい音」に戻る。このエアコン効果を知ると、エアコン無しではクラシックギターが弾けなるほどだ。 ただし化学的には、セルロース結晶化の進んだ古い木材は湿度の影響を受けにくいと言われている。 ■ 楽器内部に付着する「ほこり」は湿気を集める効果がある。たまにギター内部を掃除しよう。バイオリンでは、フライパンなどで煎って乾燥させたお米を楽器の中に入れて振るのだが、ギターの場合、楽器を振り回すのは重すぎるね。
経年変化■ 木材は古くなると軽くなり、そして楽器が軽くなると、音色も変化する。これは確かである。そして、木材の経年変化の科学的説明としては、「セルロース結晶化」が代表的である。まずセルロースとは何かを説明しよう。「木」は植物細胞の集まりだ。動物細胞ではない。動物細胞は、いわば「肉」だから、時間が経つとドロドロに腐敗する。でも木はドロドロに腐敗しない。植物細胞は「細胞壁」という丈夫な「箱」で守られているからだ。この細胞壁の主要成分が「セルロース」だ(ちなみに植物繊維の主要成分もセルロース)。 ■ ただし細胞内部の成分は、植物も動物もほとんど同じなので、内部の成分(例:タンパク質、油分)は腐敗する。だが、時間が経っても、セルロースの細胞壁は腐りにくい。つまり時間が経つとともに、「木」は純粋なセルロースに近づいていく。動物は死んでカルシウムの骨を残すが、植物は死んでセルロース部分を残すというわけだ。セルロース化というのはそういうことだ。 長い時間をかけて楽器が軽くなるという現象は、この「セルロース化にともなう動物系不純物の減少」による。不純物がどのようにして消えるかというと、微生物によるガス等への分解がある。よく耳にする「時間が経つと水分が蒸発する」という主張はナンセンスだ。木はスポンジじゃないので、そんなに多くの水分を含んではいない。昔は、木材に含まれる不純物を減らすために、樹液の少ない冬に伐採したり、また切り出した木を1年ぐらい水に浸けたりしたそうである。 ■ 手工品のギターは時間が経つと「オールド」になり、量産ギターは時間が経つと「ボロ」になる、という主張があるけれども、「木のセルロース化」に関する限り、手工品も量産品も同じである。だがセルロース化は、5〜10年、いやそれ以上の長期的は話なので、セルロース化する前に、「作り」の悪いギターは、ガタが来て引退せざるをえない。でも「作り」さえ良ければ、どんな楽器であれオールド化するだろう。 模様(=杢)について■ 「杢(もく)」は木の細胞の異常配列による模様であり、主に広葉樹に見られる。丸い小さい模様は「鳥目杢(とりめもく)」、縞模様は「虎杢(とらもく)」と呼ばれる。美しい高級材は、音質のためというより、むしろ外観美のために珍重される。各メーカーやギター工房は楽器用材の専門卸業者から木材を仕入れるが、杢の美しい材は、ただそれだけの理由で1.5〜2倍程度、高値になる。でも、模様の美しい楽器って風格があるよね。バイオリン等の生楽器では、派手な模様の材は表板にはけっして用いないが (側面にはしばしば用いられる)、それは細胞配列の特異な材は反る危険が高いと考えられているからだ。この弱点ゆえに、良心的なバイオリン職人は楽器の将来を考えて、あえて地味な材を用いることすらある。音質は材の「堅さ」で決まるのだから、堅さを保ちつつ、模様のない木を使うのが一番ベストなのだろう。 ■ レスポールで特に珍重される虎杢材には、「本虎」(一枚板)と「貼虎」(貼り付け)とがあり、ピックアップ周辺の断面を見れば簡単に判定可能である。 本虎は塗装のために0.1〜0.2mmくらい表面の色が変わっているだけで木の色が一貫しているが、貼虎は塗装の下に1mmぐらいの木を貼り付けてあるので木の色が変化する。とはいえ、普通の木と虎杢の木との音の違いすら判別困難なのだから、音色の観点からは本虎にこだわる必要はない。最近は1万円台の格安レスポールですら虎杢が出ているが、これはトップ材に模様付きのフィルムを貼り、上から塗装したものである。 ちなみにレスポール用の最高級素材の定番といえば、ハードメイプル(ボディー)、ホンジュラス・マホガニー(ボディー裏・ネック)、ハカランダ(指盤)の3つである。 単板とは■ 「単板(一枚板)」には2種類の意味があり、これを区別せねばならぬ。
A (今説明したような左半身と右半身でなく)サンドイッチ的あるいはベニヤ板的な接合。つまり、ギターの表面と裏面に異なる木を用いる。この場合、単板か合板かは、正面からギターを眺めてもわからない。 けれどもソリッド・ギターの場合、トップ材に堅い材を用いてアタックを確保しつつ、ボディー材には柔らかく軽い材を用いて楽器全体を軽くするという風に、合理的なラミネート構造が採用されることもある。 |