| フランスの作曲家ドビュッシー(1862-1918)、クラシックで初めてモードを導入したと考えられる人物だ。1度聴くといい。それから半世紀遅れた60年代初頭、M.デイビスがジャズにモードを導入し、J.コルトレーンらに継承された。さあ、モードを理解するためにジャズ史のお勉強だ。 |
ビ・バップ
■ 普通一般に「ジャズが好き」とか「ジャズやってます」という場合の「ジャズ」とは、40〜50年代に全盛を迎えた「バップ(ビ・バップ)」のことで、3〜5人程度で演奏されることが多い。チャーリー・パーカーを例にその理論的特徴を見よう。
彼のブルース(key in F) はしばしば次のようにリハモされる。| F7 | Em7-5 A7 | Dm G7 | Cm F7 |
| Bb7 | Bbm Eb7 | Am D7 | Abm Db7 |
| Gm | C7 | F7 D7 | G7 C7 |
(8) | (7) (5) | (5) (3) | (3) (1)
|
|---|
(1) | (6) (6) | (5) (5) | (4) (4)
|
|---|
(3) | (3) (3) | (1) (5) | (3) (3) |
|---|
これはかなり複雑であって頻繁に転調しており、ソロする際には、(ブルースというより)もはや別の曲と割り切って考えた方がよい。これは彼がリハモ魔だったことが原因であり、ブルースは元々こんなにややこしくはない。リハモにしてもせいぜい以下のような程度だ。これらも覚えておくとよい。ちなみにソロをジャズ風にするには、こういうリハモの妙味(特に II - V 部分) をソロに反映させる必要がある。コード進行を無視すると、ロック=ブルース系のソロになってしまう。
例1
| F7 | Bb7 | F7 | Cm7 F7 |
| Bb7 | Bdim | F7 E7 | Eb7 D7 |
| Gm7 | C7 | F7 D7 | G7 C7 |
例2
| F7 | Bb7 | F7 | Cm7 F7 |
| Bb7 | Bbm Eb7 | F7 Gm | Am Ab7 |
| Gm | C7 | F7 Ab7 | Db7 C7 |
(8) | (6) | (8) | (8) (8)
|
|---|
(6) | (6) (6) | (8) (10) | (12) (11)
|
|---|
(10) | (8) | (8) (4) | (4) (3) |
|---|
バップの最大の特徴は、コード進行をリハモによって複雑化する点にある。だから、たとえ同じ曲を演奏しても、バップは他のジャンルとは全く異なった雰囲気をかもし出す。またソロでも、フレーズからコード進行が見えるくらい、@コードに忠実であり、Aテンションもコード・トーンへと忠実に解決することが多い。
だがバップには弱点があった。すなわち、コードに忠実であろうとすると、誰がやっても似たようなソロになるのだ。コードを工夫(リハモ)すれば独創性を出せるかもしれないが、そういう競争が始まると、ジャズはますます複雑な音楽になってゆく。
そこでモードの登場だ!
| ギターにおけるバップの先駆者はチャーリー・クリスチャン(米1916-42)。ベニー・グッドマン楽団に一時所属していた。ジャズ界に電気ギターを導入したことでも有名。当時、日陰楽器だったギターを、ほぼ現在の地位にまで引き上げ、さらに(その後、脈々と受け継がれてゆく)正統派ジャズ・ギター・スタイルを確立した彼の功績は大きい。彼のフレーズはしばしば「ホーン・ライク(管楽器的)」と評された。若い頃、ブルースの大家ティーボーン・ウォーカーとバンドを組んだが、相互の影響はあまり無いようだ。代表作『ミントンズ・プレイハウスのチャーリー・クリスチャン』は、ジャズギターの古典である。結核のため25才で死去。 |  |
|---|
 モード
■ 例1 バップの閉塞を打開すべく、マイルス(右写真)はジャズにモードを導入した。モードの代表曲『So What』を示そう。 先ほどの C.パーカーと比べれば、違いは一目瞭然だ。
コード進行が簡単で、しかも譜面ではコードのみならず、スケールまでもが指定される。ソロもいちいちコード進行に縛れる必要はなく、ロック的なソロに近い。モードは「和声的束縛からの自由」を標榜して、バップを越えようとしたのである。
| Dm7 (Dドリアン) | " | " | " | " | " | " | " |
| Dm7 (Dドリアン) | " | " | " | " | " | " | " |
| Ebm7(Ebドリアン) | " | " | " | " | " | " | " |
| Dm7 (Dドリアン) | " | " | " | " | " | " | " |
■ 例2 Bb ブルースの伴奏例 。 12小節全部を弾くと長いので、省略版にした。下表を手がかりに耳コピすべし。とにかく「II - V 感」を出さず、あっさり風に
| Bb7 | Eb7 | F7 C7 | ターン
|
|---|
(6) (6) | (11) (11) | (6) (8) | (8) (8) | (6) (9) (8) (7)
|
|---|
マイルスの『Kind of Blue』(1959年)はモード(モーダル)・ジャズを確立した名盤だが、ピアノに若きビル・エバンス(右写真)が参加していた。父はイギリス人、母はロシア人。ビルは日本で人気の高いピアニストの1人だが、麻薬常用さえなければ、もっと長生きできたろう。彼には当時の黒人ピアニストにはない和声美があった。『Kind of Blue』での和声はまさに革命的であり、マイルスも自伝中で彼の貢献を絶賛している。ビルの参加がモードの誕生に貢献したのだ。
その後ビルは、天才スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)とトリオを組み、ラファロが交通事故で死ぬまで『Waltz for Dabby』を含む4部作を録音した。ラファロとの掛け合いは「インター・プレイ」と呼ばれ、理想的音楽会話の代名詞のように言われている。かのハービー・ハンコック(p)は『処女航海』(1965年)で、初めてビルの影響力を脱し、自分のスタイルを確立したとされる。 |  |
|---|
■ モード(旋法) って難しく聞こえるが、実は音階のこと。教会旋法(チャーチ・モード)って言うでしょ? Cリディアン(C, D, E, F#, G, A, B)を例に、基礎用語をチェックしよう。主音の「C」は中心音ないし軸音と呼ぶ。またモードの独自性を示す音を特性音と呼ぶ。リデイアンなら特性音は 4度の「F#」だ、なぜならこの音で C アイオニアンとの違いがわかる。C ドリアンなら特性音は 6度。この音で C エオリアンとの違いが生じる。特性音を弾かないと「お前が弾いてんのはドリアンかエオリアンか、はっきりせえ !」てな事になるわけだ
|
■ ジャズギターではコード進行を強く意識したバップ的「垂直ソロ」が中心だが、モード奏法はスケールだけのロック的「水平ソロ」だ。だからとっつき易い。モード概念は判りにくいが、マイルスの名盤『Kind of Blue』(ただしバップ的な曲も含まれる)を聴けばなんとなく理解できよう。このアルバムの中の『All Blues』を試しに聴いて欲しい。ところで、バップでは機能和音といって、個々のコードに機能(function)があった。例えば「OO コードが出て、次に XX コードが出てくると、次は $$ コードしかない」という風にコード進行が和声的に縛られるのだが、モードではこの機能和音を否定する。これによりコード進行は比較的自由になり、ソロもコード・トーンから自由になるわけだ
(1) 中心音(軸音)を常に意識し多く使う。またモードの特性つまり「今使っているスケールは何か」を示すため、(i) 特性音の自覚的使用。(ii) 長調か短調かを明確にするため、m3 か M3 を早めに出す
(2) 分散和音的フレーズや、II−V フレーズを避ける。これらをやるとバップに戻ってしまうからね
(3) 伴奏で使うダイアトニック・コードを設定する場合、もし V7 が出てきたら、m7 を省略し3和音化するか、sus4 に変える。4度積みコードもよく用いられる。
ちなみに演奏後に「ちょっとモードが入ってましたね」なんて言われた場合、「君の演奏はメチャメチャだ」という意味と、「本当にモード的だった」という意味と2種類あるので要注意(笑)。 |  (John Coltrane) |
|---|
フリー
■ 記念碑的名盤はオーネット・コールマン『The Shape of Jazz to come』(1959年)。フリー全体を「わけの分からない前衛ジャズ」と見なしがちだが、少なくとも元祖コールマンのこのアルバムは理性的に解釈可能だ。とはいえ、初めて聴いた人は「なんじゃこれ ?」と感じるだろう。最大の特徴はバンド編成(A-Sax, Cornet, B, D ) だ。フロントに管2人、後ろにリズム隊2人。つまり、和音を担当するピアノやギターがいない。モード奏法は機能和音を否定したが、コールマンは「和音そのものを否定した」のだ。この意味でフリーは「モードのさらに発展した形態」である。モードにせよフリーにせよ、60年代以降のジャズには和音軽視・旋律重視の傾向があるが、それは「コードによってメロディーが制約されるのを嫌う」ためだ。フリーはジャズの伝統を破壊したのでなく、どこか知性を感じさせる。
■ だが時代が経つと共に、「フリージャズ」の定義は「何をやってもよい」という極めて安易なものに堕し、現在では多くの人がこのように考えている。しかしこれでは学問的な定義にならぬし、たくさんのインテリ理論家がいるクラシック界ですら「みんな好き勝手に何をしてもよい」という音楽思想が公然と主張されたことはない。常に何か理屈・哲学をつけて「新しさ」を主張している。「自由(free)」と言えば聞こえが良く、なんだか普遍的な理念を示しているようだが、「みんな好き勝手に何をしてよい」という意味での「自由」は、単に無内容なだけではなかろうか?
ジャズの未来 (?) 現代 Classic 音楽の権威ジョン・ケージ(米 1912-1992)の譜面だ。初めて見たとき得体の知れない恐ろしさを感じた。1951年、中国の「易(占い)」にヒントを得て、「偶然法(Chance Operation)」を提唱した。この手法は伝統的作曲法を否定するもので、彼によればあらゆる音、あらゆる行為がすべて音楽であり、偶然的・即興的に演奏される。彼の「音楽」観には反対論も多い。また彼は鈴木大拙(日本の禅の大家)の強い影響を受けている
Ex 6-10-1 『Night and Day』
いわずと知れた有名スタンダード。バップ・スタイルで演奏してくれ。
■ 前半 
■ 後半 
-----9---13-9----13-14-13----------------10-13-10----10---------9-11-9--11-10-11--9-11-9-----------1弦
-11--11-------11----------14-----------11---------11----11-11---9-------10--------9--------11-9-8-
-10--10-----------------------------12--------------------------8-------10--------8-
-11---------------------------12-13-----------------------------8-------9---------8---------8-6-5--4弦
-8-7-6--------------------------------------------------------------------1弦
-------9-8-7-6-----------6-7---8-------------------7-7-7-6-------------6-
---------------8-7-6-7-8---------8---------------8---------7---------7-
-----------------------------------10-7-7-7--6-9-------------8-6-5-8----4弦
-------------------6-3-4-6-4-3-----9-10-6-----------11---1弦
---------------4---------------4----------9-7-
-----------2-5-------------------5------------7-6---8-
-4-5-4-3-4----------------------------------------9----4弦
W.モンゴメリーと J.パス 転調に合わせてスケールを弾くだけでは、実際問題として、なかなかバップにはならないという点に早く気付いてほしい。ジャズギター教則本の多くは、スケールに練習に重点を置いているが、これは「ジャズギターの勉強 = スケールおよび代理コードの勉強」という風潮が今なお根強いからである。例えば、どんな教則本でもアボイド・ノート(覚えるのはけっこう面倒)の説明があろう。だが私の経験では、アボイド・ノート論はほとんど役に立たない
実戦で即戦力なのは、そういう各種の知的推論ではなく、ほとんど原始的・野性的ともいえる「指癖化したコード崩し」なのである。ただしもし君が、「ウエス・モンゴメリー (彼は理論を知らなかったと言われる) は、感性に従いながら、本当にその場でふと頭に浮かんだメロディーを弾いてソロしていた」などと考えているなら、君は相当にオメデタイ男だ。ウエスは難しい理論なんぞ知らないし、チャーリー・クリスチャン的なペンタトニック・スケール臭さすら感じるが、少なくとも「コード崩し」の達人であり、その作風は豪快の一語に尽きる
ウエスは転調に合わせ頻繁にスケールを変えているように思えるかもしれぬが、その多くはコード崩しによってたまたまそうなっただけで、おそらく彼自身「適切なスケールを選ぶ」という意識はなかろう。一方、ジョー・パスはしばしば意識的にスケールを変える水平的発想を利用するので、コード崩しだけでは説明のつかないギタリストである (むろんコード崩しも多用される)。理論をマスターしたジョー・パスは、コード崩しという垂直的発想だけにとどまらず、その先に非常に洗練された理論的 (白人的 ?) プラス・アルファがある。スケール、リハモ、コード崩しを含むその総合力と洗練さには一頭地を抜くものがある |
最後に
これにておふとんJazz の楽典編は終了、本当にお疲れさまです。まだまだ練習すべきことは一杯あると思いますが、ギターを通じて様々な人と出会い、吸収し、何よりも楽しんで下さいね
- バッキングを軽視するな。とにかく沢山のコード・フォームを覚え、実際使ってみること。ソロの基礎となろう
- バップのソロは分散和音が軸であり、フレーズとコード・フォームが対応する。大半のスタンダードは、「コード崩し」によって機械的に演奏可能である
- コード崩しを修得し、それに満足できなくなったら、スケールを駆使した水平的発想の世界へ進め
- 理論によってアイデアが縛られる (縛られるくらいでないと理論を勉強したと言えぬ) と感じたら、解毒剤として「コピー」を勧める。自分の殻をうち破る闘いは、永遠に続こう
- 事前に悩み考えて出来ぬことが、アドリブで出来るなどと幻想を抱くな。「ソロは事前に考えるもの」と疑わず信じよ。これは事実の問題というより、そう信じる方が明らかに上達するからだ。
- 無数にソロを経験し、指癖が蓄積され、これが極限に至ると、人は仏に転化するという。この状態に達すると、本当のアドリブ・ソロが可能となり、優しく笑いながら、しかも指盤すら見ずに、もの凄いフレーズが連発されうるという
- 善極まって悪となり、悪極まって善となる。いつしか禅寺を訪ねたくなることもあろうに
|