フィールド・ノート…1998年12月

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12月4日…22歳、卒論執筆中の女子大生

この日は会社の忘年会があった。ホテルの宴会場借り切りで、200人近い参加者がある。しかも7割方は女性だ。皆「レベル」も高い。自分が恵まれた環境で過ごしていることを改めて思い知る。この環境で何もできないというのは、どこかおかしいのではないかと感じる。帰宅後、ツーショットにつないでみた。時間は深夜1時過ぎ。女性コールも多いようだ。待ち時間なく次々とつながってゆく。(「フロント」がないため、取るといきなり切れる電話は多いが。)最初に話すことができたのは、22歳の学生さんだった。比較的子供っぽい声だが、話し方はしっかりしている。

彼女は4年生で、就職も決まり、単位も揃い、現在卒論を執筆中である。提出期限は1月末だが、できるだけ早く書き上げてスッキリしたい。「で、今日もずっと書いてたんだけど、疲れちゃった。もういや」。学科は英語科で、論文も当然英語で書かなくてはならない。卒論の内容は、英語によるコミュニケーションについて、といったものらしい。

来年からの社会人生活についての話になる。「まず、朝起きるのが大変そう。今は『笑っていいとも!』の時間ぐらいに起きてるから。会社は、カタそう。それと、セクハラが多そう。友達も同じ会社受けたんだけど、『処女か』とか『何人ぐらいの男と付き合ったか』とか訊かれたんだって」。話には聞いていたが、本当にセクハラ面接というものはあるものらしい。処女かどうか、なんて面接で質問されたら、君ならどう答える? 「うーん、やっぱり、『違います』って答えると思う。『処女です』なんて、嘘くさいもん」。

では、実際のところ何人ぐらいの男の人と付き合ったことがあるのか訊いてみた。「7,8人かな。今はいない。1ヶ月くらい前に別れちゃった。彼が転勤して、遠距離になっちゃったからね」。ぼくはこの後、ぼくにとっての定番、「ぼくが6年間付き合っていた彼女と別れたいきさつ」をひとくさり話した。「君の場合、別れてもすぐ次の人ができるような感じなのかな?」「そうでもないよ。別れてしばらくは、今はいいや、って感じになるから。あ、でも今は彼、ほしいかな」。

テレコミの話になる。「こういうのには、時々かけるよ。いろんな人がいて、面白い。ハアハア言ってる電話もあるけど、そういうの、聞く機会なんてないでしょ。つい気になって、しばらく聞いちゃったり。でも、お互いどんな人かって、絶対分からないじゃん。だから聞いていられる」。会ってみたり、ということはないの? 「一度もない。だって、怖いし。…ねえ、そっちは、こういうので会ったこと、あるの?」ぼくは10月に、君と同じ大学4年の女の子と会ったよ、という話をした。「でも、そういう時って、すごくドキドキしなかった? 私はそんなこと、考えただけでドキドキしちゃうよ」。

ぼくはこの辺から、何とか「会おう」という方向に話を持っていこうとしていた。彼女は、ぼくの話し方がしっかりしていて、声がいい、としきりに褒めてくれた。ぼくは、イケるかもしれない、とかすかな期待を抱いて、具体的なスケジュールの詰めに入ろうとしたが、そこでチェンジボタンが押された。会話のノリには自信があった。切り出すタイミングが悪かったのか。いきなり「会おう」でなく、まずは電話番号の交換などを試みるべきだったのか。たぶんどちらでもない。彼女には今のところ、「こういうので会う」つもりはないのだ。

たぶんテレコミを始めた頃のぼくなら、「会おう」という話を切り出さずに話し続けてそれで終わっても、彼女との会話には満足できたと思う。逆に、テレコミで会うつもりを持っていない(と思われる)彼女とは、具体的に合う話を切り出しさえしなければ、もっと長く、いろいろな話ができたのかもしれない。ぼくは何のために「テレコミ」しているのだったか。少し分からなくなった。とりあえず、次である。

12月5日…22歳、W大学4年のヴァイオリニスト

昨晩のツーショットで、22歳の看護婦さんとカラオケに行く約束ができた。時間は午後1時、場所は新宿だ。電話を切った後、サイトの更新などをし、寝たのは明け方5時近くだった。目を覚ましたのは12時15分。今からではとても間に合わない。歯を磨きながらしばし考える。まあ、取りあえず行ってみよう、という結論に達した。携帯番号は教えてあるし、向こうが本気ならかかってくる可能性はあるのだ。しかしそれにしても寒い。雨も激しい。こんな日に、不確実な約束のために出かけるなんて、どうかしている。

約束の場所についたのは20分オーバー。当然のことながら、それらしき人影はない。もちろん携帯に着信もない。ぼくは久しぶりにハンバーガーが食べたくなり、マクドナルドでしばらく時間を潰した。食べながら、出掛けにふと手に取った「ライ麦畑でつかまえて」を読む。この小説を読むのは高校生の時以来だが、当時はそれほど面白いとも思わなかった。ところが今読んでみると、自分が驚くほどこの小説に影響を受けていたことが分かった気がする。意外な発見である。

さて、そんなこんなで、マクドナルドの真向かいにあるテレクラに陣取ったのは、ほぼ2時だった。ここに来たのは2回目だが、前回は面接にこぎつけている。縁起のいい場所と言ってよい。1本目はすぐかかってきた。32歳主婦。援助希望だ。フロントに戻す。市場調査の意味で、値段だけ訊いておけばよかったかな、と少し思う。2本目。20歳フリーター、西武新宿駅の前から。暇してる、ということで、カラオケに行く約束ができる。来ない。雨の降りしきる寒い中、わざわざ公衆電話から、彼女は何のために電話をかけてきたのだろうか。

気を取り直して3本目。22歳の学生さん、自宅から。どうもぼくは大学4年生に縁があるようだ。この時期、大学4年生は不安定になっているのかもしれない。学生生活が間もなく終わる。大学に行く用事も少なくなる。サークル活動も4年のこの時期はやらないのが普通。そんな心のスキマに入り込むのがテレコミだったりするのだろうか。

一般論はさておき、今日の彼女も、就職も決まっていて、卒論もないため比較的暇なのだが、今日はレポートを提出しに大学に行ってきた。テレクラにかけるのは、比較的慣れているようだ。冒頭から、テレクラの話になる。「お兄さん、今日はなんで来たの? 援助とかじゃないよね。何か、オジサンとかで、いきなり『いくらでやらせてくれんの?』とか言い出す人とかいるんだよね。そういう時はすぐフロントに戻してもらうけど」。なるほど。男性の側にも、援助目的だけでテレクラを利用する人が大勢いるからこそ、ぼくらも「援助コール」に苦しむことになるわけだ。ぼくは、自分がそういう目的で来たのではないこと、楽しく話ができればそれで十分であることを説明し、そこから会話が本格的に始まった。

先ほどの続きで、援助交際の話になる。「あの子たち(援交をやってる女性)って、自分がやってることが何か分かってないんじゃないかなあ。だって、『援助交際』なんて、言葉はキレイでも結局は売春でしょ。たとえばそれでお金もらって、鞄とか買ったとするじゃない。後からその鞄を見るたびに、あ、これは身体を売ったお金で買ったんだ、って思い出しちゃうんだよ。それで後悔するのは、自分なんだよ」。ぼくは、全く同感だ、しかし、と言い、こう続けた。「確かに、1,2回だけ援交をしてしまった、という人はそうかもしれないよね。もともと1,2回でやめる、ということ自体、後ろめたい気持ちがあるからだし。でも、何度もやってる人は、もうどのお金でどれを買ったか、なんて区別がつかないよ。そこまでくると、自分が売春してる、ってことをハッキリ自覚した上で、それの何が悪いの、というところまで行ってるんだから」。「そっかあ、もう『売春婦』なんだね。じゃあ、そういう(いきなり金額を訊いてくるような)オジサンも出てくるわけだよね」。「そう。でも、君みたいに援助目的じゃない女の人がいて、ぼくみたいに援助はしない、っていう男もいて、だからテレクラってのも成り立ってるんだろうけどね」。

さて、いつまでも援助交際論議をしていても始まらない。ぼくは彼女に就職先について訊ねた。「貿易関係、かな。もともと外国のこととか興味あったし、仕事も面白そうだよ。海外? けっこう行ったことある。高校の時に2ヶ月ぐらい、ヨーロッパにホームステイしたし、大学に入ってからも、アメリカの小さい町に1ヶ月半くらいホームステイしてた。だから、仕事でもそういう、海外と関係ある仕事がしたかったんだ」。

その後、彼女から「お兄さんは、彼女いるの?」という話を振られた。ぼくはテレコミを始めて何十回目になるのか分からない、「6年付き合ってた彼女と別れた話」をした。彼女にも、かなり長く付き合っている彼がいる。「でも、同じ結果になりそうな気がする。最近、あんまり好きじゃなくなってきたんだよね。他の男の人のこと、いいな、と思っちゃうこともあるし、きっとそれは向こうも同じだと思うんだ。でも、新しい人と恋愛するのって、確かにすごく楽しくはあるけど、不安もいろいろあったり、エネルギーもいるでしょ。それに、長く付き合ってると、別れるのも大変じゃない? 向こうの家族も知ってたりして。そういうのが面倒だから、惰性で付き合ってる、って感じかな」。

ここまでで、彼女の「知的」レベルがかなり高そうなことが分かってきた。趣味は、と訊くとピアノとヴァイオリン。大学ではオーケストラでヴァイオリンを弾いている。ぼくが合唱をやっていた、と言うと、彼女は「え、もしかしてお兄さん、大学、W?」と言う(ここまでに、ぼくは自分の勤務先を話してあった)。ぼくはT大卒であると本当のことを言った。彼女はW大の教育学部生だそうだ。中学・高校の理科の教職を持っている。教育実習は、すごく楽しかったそうだ。一応、広末涼子のことをどう思うか訊ねてみた。「いいんじゃないの。だって、大学なんて入っちゃえばどこでも同じだよ。特にWだから、すごく優秀な人ばっかり、ってこともないし。T大でもそうでしょ?」

さて、話も盛り上がり、30分以上が経過した。「ねえ、今日はこのあと暇なの?」と切り出したのは彼女の方だ。ぼくがかなり期待を持ったのは無理からぬことだと、読者の方にも分かっていただけると思う。アポの打ち合わせに入る。場所を決め、こちらの服装を伝えたところで、彼女は「あ、ちょっと待ってて」と、さも何か取りにでも行くかのように、電話を保留にした。保留音を聞くこと数秒。ぷつ。嫌な音がした。ぼくは10秒ほど、ツーツー音を聞き続けた。いきなり切られるのには慣れているつもりだ。それでも今回は受話器を置いた後さらに1分ほどの間、ぼくはひざの上に頭を抱えた姿勢で「次いこ、次」の呪文を繰り返さなくてはならなかった。今日はもうテレコミはやめよう。会話は楽しかったのだ。2回目の延長になる2分前にテレクラを出ることができたのは、せめてもの幸いであった。

12月12日…23歳フリーターの災難

テレコミ格言の一つに、「テレコミでは、何が起こるか分からない」というものがある。何気なく行ってみたテレクラですごい美女と出会ったり、というようないい経験をした時に使うことが多いようだ。今日ぼくは、まったく違った意味でこの言葉をかみしめることになってしまった。

事故を起こしてしまったのである。これはメタフォリックな意味で言っているのではなく、本当に交通事故を起こしたのだ。助手席に座っていたのは深夜にツーショットダイヤルで話した23歳のフリーター。純粋の物損事故で、誰にも怪我がなかったのは不幸中の幸いだった。

話を最初に戻そう。昨晩ツーショットにかけたのは、家族が寝静まった深夜2時過ぎのこと。「17歳の高校生ですけど、興味ありませんか」という電話とつながる。ぼくはまったく興味がないと言った。なぜなら話しているのが男子高校生だったからだ。いかにもニキビがたくさんありそうな感じのする声である。「ぼくは全くそういうのには興味ないから、これは好奇心だけで訊いてるんだけど、お金が欲しいのかな?」と訊ねると、違うと言う。切ろうとすると、「だったら、ボクの彼女と3Pでもいいんですけど」と言う。何なんだろうこれは。

23歳フリーターとつながったのは、その3件くらい後だった。「今友達の家にいるんですけど、友達寝ちゃって。明日は友達と遊びに行くんだけど、その後夜遊べる人いないかなって探してるんですけど。なんか、30歳とか、35歳とか、オジサンばっかりで。27歳なら、まあ近いからいいかな」。初めから「会いたい」という希望を出してくる女性は、援助以外では珍しい。

話していて感じたのは、けっこう派手に遊んでるような印象もあるのだが、その一方でマジメな雰囲気もあることだ。それは特に、言葉づかいに現れている。です・ます調を崩さないのだ。本人は「今すごく緊張してます。こういうの、あんまり慣れてないんです」と言う。会話が途切れるのが怖いらしい。ぼくが少しでも黙ると、「あ、なんか、怒ってます? 何話せばいいんだろう」と気にしてしまうのである。会話を終わらせる少し前に、「あ、なんかこんなこと話すの嫌がられるかもしれないけど、わたし親一人しかいないんです。母親と二人暮らしで」と口にしていたのが気にかかった。

まあそんな成り行きで、ぼくは土曜日の夕方に遠路はるばる彼女の地元まで、車で出向くことになった。携帯番号は「会ったことない人に教えるのは、ちょっと」ということで教えてもらえなかったが、さりとてスッポカシという感触はなかった。なんとなく、会話のぎこちなさが却って「本物」らしさを醸し出していたからだ。出かけてしばらくしてから、携帯に着信がある。少し遅れるが必ず行く、とのことだ。

知らない道で、待ち合わせの場所を見つけるのに少し苦労したが、彼女は現れた。茶髪で、コギャルの抜けきっていないイマドキのギャル(死語)だが、じゅうぶんに「テレ上」を差し上げられる。車に乗り込んでから、「あ、わたし電話で体型のこととか言ってませんでしたよね。ちょっとポッチャリって言うの忘れてた。ガッカリしてません?」と言う。実際にはぼくの見たところ、またくポッチャリしているようには見えない。

ぼくと話してみて、彼女は改めて「慣れるまでは、いちばん苦手なタイプかもしれない。マジメそうで、周りにぜんぜんいないタイプだから」と言う。実はぼくは車の運転はさほど得意ではない。というよりも、絶対的に運転の経験が少ないのだ。だから相づちも少しおざなりになる。それでも彼女がテレコミで今まで4,5人と逢っていることや、「彼氏がいるときは浮気なんかしない。ナンパされた相手がしつこくて、ヘルスみたいなことをしてあげたことはあるけど」という話などを聞いた。

さてぼくはこの辺りの道には詳しくない。目的地への道は彼女が知っているのだが、ナビとしては少々頼りない。事故を起こしたのは、高速に乗ってから、しばらく走った合流の直後だった。地図をとろうとした時に、前方不注意になると同時にハンドルがぶれて、ぼくの車の左前部と前の車の右後部が衝突したのだ。そのまま路側帯に車を止め、警察を呼んで事故の処理をした。速度はあまり出ていなかったので、こちら二人にも先方にもまったく怪我はなく、その点は幸いだった。また相手の方もたいへん良い方で、とれかかったバンパーを外すのを手伝ってくれたりした。

災難だったのは彼女だ。事故の瞬間、彼女はあっと言ってしばらく口が利けなかった。それでも動転しているぼくを落ち着かせてくれ、非難するようなことを一言も口にしなかったのは、まことにありがたかった。ぼくの車は左側のバンパーが取れ、ウインカーが点かなくなったが、走る分には支障ない。とはいえ、さすがにもう今日は遊びに行くわけにはいかない。彼女は携帯で近所の友達(男友達)の車を呼び、帰って行った。「今度は電車で遊びに行こうね」と言い残して…。

* * *

ここまで書いたのが事故の当日。翌日の午前5時、彼女から携帯に電話がかかってきた。事故の余韻で眠れないらしい。「あの後、大丈夫だった? わたしちょっと車恐怖症になっちゃったかも」。改めて、人身事故でなくて良かったと思う。人身事故だったら(特に彼女に何かがあったら)、ぼくの人生はどうなっていたのだろう。事故を起こしたこと以外では、すべての幸運はぼくにあった。スピードが出ていなかったこと。相手が普通の人だったこと。怪我がなかったこと。すぐに警察の車が通りがかったこと。あとは彼女がタチの悪い男とつるんで慰謝料を請求してくるようなことがないことを祈るのみである。こういう懸念をするのは、彼女の言葉づかいのていねいさは、上下関係の厳しいヤンキー社会で鍛えられたものではないか、とふと考えてしまったからである。車でのテレコミはもう止めにするつもりだ。

12月13日…21歳、塾講師が天職、女子大3年生

やはり事故の余韻があるのか、眠る気にならなかった。「テレコミ意欲」はさすがにしぼんでいたが、少しでも気を紛らわせようと深夜のツーショットダイヤルにつなげてみる。テレホンセックスでもしてみたい気分だったのだ。(この辺り、相手の女性の心理よりぼく自身の心理の方が興味深いのだが、ここでは追及しないでおいていただきたい。)

さて、そういうときに限ってぼく好みのコールが取れてしまうのが面白いところで、最初につながった電話の相手は、21歳の大学3年生であると名乗った。こういったものを利用することは滅多にないが、今晩はちょっと眠れなくて電話してみたとのことである。少しずつお互いのことを話していくうちに、彼女の大学がどこか、ぼくには分かってしまった。すなわち彼女は、学科は違うものの、ぼくの前の彼女の後輩に当たるのである。同様にして、ぼくの出身大学や勤務先なども彼女にばれてしまった。テレコミでの会話がこういう始まり方をするケースは少ないだろう。お互いに匿名性を保ったまま会話をするのがテレコミの特性だからである。

彼氏はいるの? と質問してみると、彼女は、「うーん、実はその辺が微妙なんだよね」と言う。よく聞いてみると、彼女が今日眠れないのも、彼氏のことが原因だったようだ。先ほど彼宛に、別れたい、という内容の手紙を書き上げたところだったのである。「もう限界。あとは私が別れる決断をするだけなんだけど、別れちゃって一人になるのが怖い部分もあって、どうしようか悩んでるところ」。

この先、会話の内容は彼氏とのいきさつが中心となった。半年前に友達の紹介で付き合いはじめた彼は28歳で、マスコミ関係のサラリーマン。最初のうち、自分のことを何よりも大切にしてくれる彼が大好きだった。ところが3ヶ月過ぎる辺りから様子がおかしくなる。自分の都合ばかりを優先させ、それに彼女が合わせようとしないと怒鳴るようになったのだ。「女は男の言うことに素直に従うのがイチバンなんや。お前も俺の彼女やったら、俺の都合に合わせるんが当たり前やろ。こっちは仕事で疲れてるんやぞ」(彼は関西出身である)といった調子だ。ぼくは今時これほどガチガチの男尊女卑思想の持ち主がいることにも驚いたが、彼女がそのような男を好きになったことも不思議だった。会話をしていると、彼女がたいへん論理的な思考の持ち主であることが伝わってきたからである。まあ、単純な話、男と女はロジックじゃない、ということも言えるわけだが。「でも、いつの間にか彼のペースに巻き込まれて、自分がいつも一歩下がるようになっちゃってた。そんな自分が嫌になることもあった」。

彼女がとうとう彼との付き合いに限界を感じたきっかけは、今月になって、デート中に彼が漏らした一言である。「お前は人間として信用できん。仕事の仲間は信用できるけどな」。ここまで言われて、彼女は自分がこの彼と付き合っている理由が何なのか、分からなくなってしまった。そのくせ、今晩も「風邪をひいて辛い」などと電話をかけてくる。電話での別れ話はこじれるだろうと思った彼女は、手紙を書くことにした。そしてその手紙を書き終え、切手を貼ったのが先ほどだったのである。

話しているうちに、「彼氏」だった呼び名が、「前の彼氏」に変わっていることに、ぼくは気付いた。ぼくに話すことで、気持ちの整理がついたのかもしれない。「すごく聞き上手だよね。こんなにちゃんと色々話せたのって、久しぶり。前の彼氏は、こっちの言うことぜんぜん聞いてくれなかったから」。彼女は課金の心配をし、ぼくの部屋の電話にかけ直しをしてくれることになった。

ここから先は彼氏の話は終わり。バイトの話になる。彼女のバイトは、塾講師と家庭教師だ。大学に入り、学習塾でのバイトを始めてから、子供を教える楽しさに目覚めた。将来もできれば教育関係の仕事、特に教師を目指しているが、彼女の学科で取れる教員免許は限られており、むしろ今の大学を出てから、教員養成の教育学部のある大学に入り直すことを考えている。一方で、現場感覚を持ち続けるためにも、現在バイト中の学習塾での仕事は大切に思っており、はやばやと卒業後の正式採用を決めている。中学受験用の塾でかわいい小学生たちを教えている彼女の姿が、なんとなく想像できた。生徒たちには「女だけど怖い先生」と思われているそうだ。一しきり教育論を闘わす。

好みのタイプの話。彼女は自分でもファザコンだと思っている。今まで付き合った3人はすべて社会人だ。さらに「サラリーマンルックフェチ」でもある。スーツでビシッと決めた仕事のできそうなサラリーマンに憧れる。「きっと私が男だったら、制服フェチになってたと思うな」。渋谷・新宿・池袋のような繁華街は大嫌い。大手町や、新宿でも西新宿のビル街のような、無機質な街を歩くのが好きだ。

「彼と別れてさびしいんだったら、ぼくはどう? いちおう大手町勤務の若手サラリーマンだよ」。彼女はまんざらでもなさそうだった。自宅の電話番号を教えてもらう。つながってから約4時間が経過していた。「ずいぶんたくさん話したよね。でもまだ話し足りないかな?」「うーん、でも、最初にぜんぶ話しちゃったら、後の楽しみがなくなるから、今日はもういい。今度、大手町で逢おうよ」と彼女。電話を切る。

* * *

追記(12月18日):その後彼女とは毎晩電話をした。彼女が一方的にしゃべるような形で1時間から2時間程度ずつ。「18日に仕事の後会おう」という話になった。17日。電話口から次のような音声が流れた。「おかけになった電話番号は、都合により現在通話ができなくなっております…」。

12月16日…24歳OL、彼氏はセックスレス

目黒での会議の後、渋谷のテレクラへ向かう。時間は7時前。この日は鳴りが厳しかった。というより、客が多くて回ってこないのだ。一本目は18歳の援助交際希望。「ほら、クリスマス近いでしょ。彼氏に時計を買ってあげようと思ったんだけど、3万円ぐらい足りなくて」。ぼくはテレクラに来るに当たって、できれば説教じみたことだけは言うまいと決めているのだが、ついつい言ってしまった。「そんなことして、彼氏喜ぶと思う?」こんなこと言ったって何の意味もないのだが。「まあともかく、ぼくはその気ないから」。フロントに戻す。

唯一まともに話ができたのは、渋谷の近くに住んでいる24歳。最初に「わたし、今日はちょっと出て行けないから。もし会える人探してるんだったら、代わっていいよ」と告げる。どうせ鳴りは期待できないし、少し話を聞くことにした。

彼氏がいる。35歳で、付き合ってもう1年半になる。両方の家族の間からは、そろそろ結婚、との声も出始めている。「でもそれがね…。彼とは4回しかセックスをしてないのよ。1年半で4回だよ?」。彼は妙に潔癖症なところがある。セックスを不潔なものと思っているのか、愛し合う二人の間には、むしろそんなことはない方がいいと考えているようだ。「溜まったものを出す」ためには性風俗を利用しているらしい。

彼女は当然、不満だ。「わたしがそういうこと嫌いだったらまだいいんだけど、わたしはどっちかって言うと、そういうの、好きな方だし。たとえば一緒に寝るとしても、胸とかまでは触ってくれるんだけど、下半身にはぜったいに触ってこない。こっちがその気になったところでやめちゃうのよ」。

彼が風俗に行ってきたな、と分かると腹立たしいし、実は自分にもセックスフレンドがいて、彼も薄々気付いているらしい。やっぱり結婚は無理だから、別れようかな…。ここで、彼女の携帯に電話がかかってきた。「ごめんなさい、切ります」。これから面白いところだったのに。

むしろ、隣の客の会話が聞こえて面白い。37歳の公務員、妻帯者だ。援助OKのスタンスらしい。「そりゃタダならそれに越したことはないけど、そんなことあり得ないでしょ?」というような言葉が聞こえてくる。彼が本気でそのセリフを口にしているのかどうかは分からないが、このぼくでさえ、まあ割とかわいい女子大生をゲットする寸前(笑)まで持っていけているのだ。がんばってほしいものである。

12月21日…19歳プー、友達にだまされ2S初体験

土日はいずれも暇だったのだが、いろいろあって出撃する気分になれなかった。13日の女子大生に切られたことも多少は影響しているが、それ以外にもいろいろと要素があった。日曜日に寝る寸前になって、やっとその気が出てきた。ツーショットダイヤルにつないでみることにする。今回は前回までと業者は同じだが、東京のセンターではなく地元のセンターだ。やはり客層はかなり違うような気がした。日曜の夜中だと言うのに、「今から会える人を探している」という電話が多いのである。残念な話だが、車は12日の事故でオシャカになってしまっている。どうしようもない。しかも県庁所在地の地名を挙げる人が多い。ぼくの家は県内でも最も東京よりの地区にあるため、今一つだ。

というわけで成果はあまりなかったのだが、1件面白い電話があった。19歳で、現在バイト探し中という女の子だ。一通り自己紹介が済み、「今日はどうしたの?」と訊ねてみると、「あ、わたし今彼氏いなくて、友達に相談したらこの番号を教えてもらったんで、かけてるんです」とのこと。彼氏探しにツーショットダイヤル? ぼくはいささか頭が痛くなったが、よく聞いてみると彼女は本当にこういう「電話風俗」にアクセスしたのは今日が初めてだったらしく、「あの、わたしよくわからないんですけど、この番号って何なんですか?」と質問してくる。ぼくはツーショットダイヤルの仕組みを少し説明してみたのだが、あまりよく分かっていないようだった。家の場所を尋ねてみると、ものすごくローカルな地名を答えてきたりする。あまり世間のことも知らないようだ。ぼくが自宅のある市の名前を言っても分からないらしい。決してマイナーな地名ではないのだが。

「で、どう? いい人いた?」「うーん、なんか、よく分からないです。『援助しない?』とか、『逢おうよ』とか言ってくるんですけど…。わたし、どこまで言っていいのかとか、分からなくて」。ここで、彼女が少し慌てた声になった。「あの、わたし今、子機でかけてるんですけど、充電が切れそうなんです。どうしたらいいんですか?」と訊いてくる。ぼくは面白いので自分の部屋の番号(本来はインターネット接続用の番号)を教え、かけなおすように指示してみた。受話器を置くと、すぐに彼女からの電話がかかってくる。

改めて、この「ツーショットダイヤル」とは何かについて、端的に説明してあげることにした。「要するにテレクラだよ。テレクラなら知ってるでしょ?」絶句する彼女。「…テレクラ、なんですか…! えぇぇ、最悪…友達はそんなこと言ってなかった…。あ、でも、何か変だと思った…」。テレクラとか、かけたことないの? 「はい、わたし、そういう悪いことはぜんぜんしなかったから。ウリとか、クスリとか、そういうの大嫌いで。あーぁ、これでテレクラかけちゃったよ…。明日友達に文句言おう」。

ぼくは心の中で爆笑しながら訊ねてみた。「で、どうする? テレクラだって分かったから、もう切る?」「あ、いえ、でもいい人みたいだし、いろいろ教えてもらっちゃったし。もう少しお話してみます」。この後も彼女はなかなか楽しい話を聞かせてくれた。
今までした悪いこと…小学校時代の万引き
好みのタイプ…暴力を振るわない人
好きな歌手…GLAY。ただしファンになったばかり。ボーカルのJIROが好き、というボケをかましてくれる。

GLAYの話になった時に、意外なことが分かった。電話をかけているそばに友達が一人いたのだ。「違うよ、ボーカルはTERUだよ」という指摘が入ったのである。ぼくはそのことを突っ込もうと思ったのだが、彼女の両親がご帰宅になった。「あ、ごめんなさい。また明日かけたいんですけど、何時ごろかければいいですか?」ぼくが答えないうちに電話は切れた。大変楽しかった。

12月21日その2…28歳ホステス、借金総額300万円

上に書いた19歳プーの電話を置いた後、ぼくはフィールド・ノートへの記録を行いつつ、同じ業者への接続を続けていた。書き終わった頃につながったのが28歳のホステスさん。店の忘年会から帰ってきたところだと言う。水商売関係の女性はこのサイトを始めてから一人もいなかった。少しだけいつもと違う話が聞けそうである。

彼女は学校を出て、最初は普通のOLをやっていた。ある時、夜の仕事のバイトを始める。銀座の高級クラブのホステスである。ホステスの仕事は、昼間の地味なOLとしての仕事に比べて、格段に楽しく、しかも実入りもよかった。特に、普通にOLをしていたのでは話せないような人と話せることが面白かった。彼女は昼間の仕事を辞め、ホステスに専念することにした。

銀座のクラブを辞めたいきさつについては訊かなかった。不況のせいだろうか。ともかく彼女はふたたび昼間の仕事を始めた。勤め先は、会計士事務所。給料が安いのもさる事ながら、同僚との人間関係がうまく行かなかった。女性の同僚の多くは既婚者で、「水商売出身の人には気を付けないと…」という陰口が聞こえてくることもあった。彼女は会計士事務所を辞め、今度は銀座ではない場末のクラブのホステスとなった。

「やっぱり場末だから、客層が悪いのよねぇ。ジャージとかで来るヤツがいるの。ロクに通ってもいないのに『やらせろ』とか言ってきたりね。本当はサービスしてお客付けなきゃいけないんだけど。わたし、別にそんな大したアレじゃないんだけど、銀座の時に、ある会社の副社長に気に入られてて、その時にラクしちゃってるのよ。そのせいで、一生懸命営業努力する気になれないの」。

ひどい客の話。「お客さん二人と、わたしたち二人で飲みに行っ(てあげ)たの。帰りのタクシー代出してくれるっていうから遅くまで付き合ったのに、そのお客さんとタクシーに乗ったら、ホテルに行こうとするの。わたしがホテルには行けない、って言ったら、タクシー降ろされて、わたしその時1,000円くらいしか持ってなかったから、仕方なく友達に電話して、車で迎えに来てもらっちゃった。ひどいと思わない? やらせないんだったらタクシー代出さない、なんて。銀座のお客さんは、別に何もなくても、気前よくいろいろ出してくれたんだけど」。

そんな彼女の趣味はパチンコだ。今日も昼間に行って、久しぶりに勝った。「本当はこんなところでお金遣っちゃいけないのよね。借金300万、返さなくちゃいけないから」。昔、クレジットカードで作った借金だ。「とにかくどんどん買っちゃってた。服とか、アクセサリーとか。買ったものは、もうほとんど残ってない。恥ずかしい話なんだけど、質屋に入れて、流しちゃったのが多いから。今はクレジットカードは持ってないし、今後も持たないつもり」。

12月22日…20歳フリーター、彼女は不幸の見本市?

今週、ぼくは休暇を取っている。休暇の日程を決めた時には、クリスマスまでに彼女を作るつもりがあったらしい。まあこんな時こそ「平日の午前中」のような、普段行けない時間帯のテレクラの様子を探るのが、このサイトの主としてのぼくの使命であるような気もするのだが、つい夜更かしをしてしまい、必然的に起きるのも遅くなってしまう。結局この日、渋谷(にこだわる理由は特にないのだが)に着いたのは午後2時半過ぎであった。

29歳OL、援助希望、のコールをパスした後、つながったのは20歳のフリーター、自宅から。少し風邪声だが、そうでなくても舌足らずなしゃべり方である。自己紹介もそこそこに、彼女の怒涛のような身の上話が始まった。西原理恵子風に形容するならば、「東京中の不幸を集めてつくだ煮にしたような」彼女の話を、ぼくはこの後約1時間にわたって聞き続けることになった。

彼女の風邪は、ストレス性のものだと言う。ストレスの主な原因は、弟にある。彼女は3人兄弟の真ん中で、現在は兄と暮らしているが、3歳下の彼女の弟は、出産時の事故で心身に障害を持っている。「頭だけ、とか、身体だけ、っていうんだったらまだいいんだけど、両方だから。すごく大変」。

弟は現在、父親のところにいる。この父親と言うのがまたクセ者だ。両親は既に離婚しており、彼女たち兄弟は母親と暮らしていたのだが、その後母親が死亡。彼女と兄は自分たちで暮らしはじめ、障害のある弟は父親に引き取られることになった。父親は再婚相手の女性と住んでいるが、また別に愛人がいる。したがって彼女の弟は普段、継母と暮らしていることになるわけだが、どうもその継母にいじめられている(もしくはそう感じている)らしい。弟はそのことを姉に訴えてくる。しかし彼女にはどうすることもできない。

「弟のことなんか放っておいて、自分のことだけ考えればいいのかもしれないけど、それはできない。あんな弟、いなければいいのにと思ったこともあるけど、やっぱり頼られると、かわいい弟だから。本当は施設に入れるのがいいと思うんだけど、父親が体面を気にしてそうさせないの。父親なんて、本当に何もしてないんだよ。体面を気にするだけで」。

さらに、自分の心配もある。「弟のことがあるから、わたしもちゃんとした結婚ができないかもしれない。弟の障害は、事故でなったもので、遺伝的なものはないんだけど、やっぱり結婚となると、そういうことが引っかかっちゃうでしょ。わたし、前付き合ってた男にはひどい扱いを受けてた。お前にはどうせ俺しかいないんだから、って言って、好き放題にされてた」。

兄は今、はるかに年上の40代の女性と付き合っている。「最初は、なんでそんなオバサンと、って思ったけど、お兄ちゃんは本当に好きみたいだし、付き合いはじめてから、わたしにも優しくなってきた」。だから自分にも、そういう相手が欲しいと思う。彼女には前から好きな男性がいる。ところが相手にもしてもらえていない。「せめて、断るならちゃんと断る、くらいのことはして欲しかった。でも、人間として見てもらえてなかったみたい。犬とか、その辺のモノくらいにしか見てくれてなかった。それが一番悲しかった。それでもまだ好きな気持ちは消えない。人を好きにならずにいられたらいいのに…」。

テレクラにかけてしまう理由。「たぶん、自分を治すためだと思う。話を聞いてもらえば、少しは頭がスッキリするから。でも、こういう話すると、フロントに戻されたり、いきなり切られたりすることも多いけどね…」。逆に、ぼくと同じように、彼女の話を聞いてあげるお人好しも、それなりにいるということか。もっと以前は、友達に電話をかけまくっていた。月の電話代が10万単位になり、兄にひどく怒られたこともある。テレクラはフリーダイヤルなので、気軽にかけられる。

ぼくは彼女の話を聞いているあいだ、ほとんど相槌を打つことしかできなかった。(実際のところ、真剣に聞き続けるのはキツイので、まんが雑誌を読みながら聞いていた。)彼女にしてあげられるアドヴァイスなどないし、ましてや誘うことなど思いもよらなかった。彼女は自分の悩みを聞き、ともに悩んでくれる人を探しているようだった。ぼくは彼女に、何をしてあげられたのだろうか。

12月24日…25歳OL、8年越しの交際の終わり

カレンダーのうえでは24日の夜。とはいえ、まだクリスマス・イヴではない。今夜は、クリスマス・イヴのさらに前の晩だ。ぼくは20分弱となったツーショットダイヤルの残り時間を消化するため、自宅から電話をかけていた。何件か無言が続いた後、25歳OLとつながる。眠いのか、甘えたような小さな声だ。少しさびしくて誰かと話したかったが、友達はもう寝ている時間なのでかけてみたとのこと。

簡単に自己紹介程度の話が済んだ辺りで、ぼくは残り時間が少ないことを伝え、できればこちらの電話にかけ直してもらえないか、と申し出てみた。「ふーん、そういう手を使いますか」と彼女。ダメなのかな、と思っていると、彼女は逆に、「それなら、こっちにかけ直して」と、自分の部屋の番号を教えてくれた。ぼくは電話を切り、半信半疑の思いで教えてもらった番号を回した。彼女が出た。「大丈夫なの? ぼくが変な人だったらヤバくない?」と訊いてみた。「大丈夫だよ。昼間は仕事だからこの部屋にそんなに長い時間いるわけでもないし、嫌だったら切ればいいし。イタズラ電話なんて、かける人が電話代ソンするだけじゃない?」

彼女は女子大を出た後、伯母さんの仕事を手伝っている。詳しくは訊かなかったが、お花関係らしい。勤務時間や休暇などはかなり融通が利く。今日はその伯母さんと彼女、それに彼女の妹の3人で、小料理屋で飲んでいた。気兼ねなく飲める折角の機会なので、久しぶりに酔うまで飲んでみた。今はだいたい醒めたが、何となく人恋しい気分だけが残っている。

高校の時から8年間にわたって付き合ってきた彼と、2ヶ月前に別れた。さびしさがつのってくる頃だ。彼と結婚するものと思い込んでいたし、まさか別れるなど考えもしなかった。伯母さんのところで働くことにしたのも、遠からず彼と結婚するつもりがあったからだ。8年のあいだにはいろいろなことがあったし、他に好きな人ができたことなんかもあった。それでも必ず最後は彼のもとに戻っていた。でも今回は違う。「なんで別れちゃったのかな…。環境の違いとか、いろいろあったんだけど…」。

テレコミ(もちろん彼女は「テレコミ」などという用語は使わないが)の話になる。「こういうのにかけてくる女の人って、どんな人が多いのかな? 私って、ヘンじゃない? しゃべり方もおっとりしてるし」。ぼくが、君みたいなタイプも結構いるよ、前に電話口で前の彼のこと思い出して泣いちゃった子とかいた、と言うと、彼女は、「でも、お兄さんもこういうのにかけてる人としては変わってるよね。前にかけてみた時は、もっと軽いノリの人が多かったよ。」と言った。

確かに今夜のぼくは、いつになくおだやかな気分で、ゆっくりと言葉を選んでしゃべっていた。彼女の話し方がゆったりしているので、それに合わせてしまったというのもあるし、「直電」にかけている、という余裕がそうさせていたのかもしれない。


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