フィールド・ノート…1999年5月

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5月3日…《特別企画》21歳サブカル早大生(男)、テレクラ初体験

ぼくが彼と知り合ったのは、ネット上の某社会学者系掲示板でのことだった。ミニコミ誌の取材でさまざまなサブカル系文化人にインタヴューを行い、ある評論家からは(半ば冗談とはいえ)「弟子」を称することを許されている彼の名前はネットの一部で有名になっており、いわれない中傷をあびることさえある。今日はそんな彼との初めての「面接」である。ただ飲みに行くのではネタにならないでしょう、という彼の提案で、二人でテレクラに行くことになった。待ち合わせ場所は新宿、時間は4時半である。

さて、特別企画に入る前に、この日のもう一つのイヴェントの話をしておきたい。ぼくが椎名林檎の「歌舞伎町の女王」(決して「だんご3兄弟」ではなく)を口ずさみながら新宿駅に降り立ったのは、午後2時だった。関西の大物テレコマーと、テレコミサイト界でいま最も注目されている女性テレコマーが、(文字どおり?)仲良く新宿にいるのである。せっかくの機会を逃す手はない。関西の大物に携帯電話をかけてみる。西武新宿駅近くのハンバーガー・ショップの3階に彼らはいた。おそるべきゲット数で今年に入って頭角を顕してきた気鋭の若手テレコマーも一緒だ。彼らの鬼畜な話は、実に面白かった。ぼくはほとんどうなずいているだけだったような気がする。

女王という肩書きをも捧げられる彼女は、黒いストレートの髪と前歯がキュートな、楚々とした風情の女性だった。彼女の外見と、彼女の書く日記の内容とのギャップは、かなりのものがある。しかし若手テレコマーは「失礼かもしれないんですけど、伝言で会う女の人って、Kさんみたいなマジメな感じの人が多いですよね」と、なかなか示唆に富んだセリフを口にしていた。

神奈川でのオフ会に出席する彼らを見送ったあと、紀伊国屋で何冊かの本を買い込んでいると次の約束の時間が来た。アルタ前に現われた彼は、黒いシャツにサングラスの似合う青年で、ぼくの見たところ、ちまたで言われる「ジャニーズ系」という表現はあたらないと思われた。初体面でいきなりテレクラに向かうというのも、不思議なものである。彼にとっては、ネットで知り合った人間と約束を取って会うのも、テレクラに行くのも初めての体験だそうだ。

テレクラに行くという企画は立てたものの、ぼくには一抹の不安があった。今日は黄金週間の真っ只中である。果たしてマトモなコールがあるのだろうか。一件もコールがありませんでした、ではさすがにネタにならない。彼が店員さんのていねいな説明を受け終わるのを待ち、ぼく達はそれぞれにあてがわれた部屋へと入った。

ぼくの部屋も鳴りは惨澹たるものだった。読書が進む。読んでいるのはフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」。何章か読み進んだところで、やっと1本目。妙に色っぽい声である。と思っていたら、彼女は妙な音を立て始めた。口唇性愛の時に出る音を模しているのである。ぼくはときどき感じるのだが、テレホン・セックス希望の女性の声は、なぜか昔のピンク映画の女優の声を思い起こさせる。決して現代のアダルト・ヴィデオ女優の声ではないのが不思議だ。

相棒との約束では、6時にいったんフロントに集合しよう、ということになっていたので、テレホン・セックスに夢中になっている彼女に「Gを食らわ」せ、ぼくは部屋の外に出た。すると、ぼくの不安が適中していたことが分かった。相棒のところには、一件のコールもまわっていないというのである。そして、ぼくの部屋もまだ残り時間が1時間近くあった。ぼく達は再度1時間後にフロントに集合することにして、それぞれの部屋に戻った。

今度は相棒の部屋には立て続けに3本のコールが入った。1本は31歳、池袋から、援助、2万5千円。このコールはぼくの部屋にも回ってきた(そしてそれが、後半にぼくにまわってきた唯一のコールだった)。31歳の女性が21歳の男性に援助交際を持ち掛けるというのは、マーケティング的に見てどうなのだろう。ぼくにはあまり見込みがなさそうに思えるのだが、あるいはそういう需要もあるのだろうか。もう1本は普通にあいさつしたところでいきなりガチャだったらしい。彼は腑に落ちないようだったが、そういうことは良くあるんだよ、とぼくは後で説明しておいた。

もう1本が彼の今日のメインのコールだったようだ。20歳でお水系のバイトをしている学生。30分ほど話して、携帯番号を投げて終了したらしい。「話合わせるの、大変でしたよ。なんか頭悪そうな感じで。」というのが彼の印象。ビギナーズ・ラックというものが本当にあるのなら、コール・バックが期待できるのだが、果たしてどうだろうか。

彼のテレクラ初体験は、まずまずと言ったところだったようだ。ただこれからも一人で行くかどうかとなると、それには疑問符がつく。彼は本来、テレクラを利用する動機を持ち合わせていないからだ。それに、「1時間3,000円は高いですよね」。もちろん値段は業者にもよるが、確かにそれほど安い娯楽ではない。昼間会った若手テレコマーのように、さまざまな裏道・抜け道を駆使すれば別だろうが…。

そのあと彼と居酒屋に行き、業界裏事情を肴に酒を飲んだ。さらに男二人でカラオケ・ボックスへ行き、女性アイドルの歌ばかりをさんざん歌ってお開きとなった。とても楽しい一日だった。ぼくが「純粋な青年を悪の道に引きずり込んだ」ことにならなければいいが、と思う(笑)。

5月20日…23歳医大生、クールな彼、電源の切られた携帯電話

ぼくはこの日、休暇を取っていた。だがもちろん、何の予定も入ってはいなかった。直前まで本当に休めるかどうか分からなかったし、そうでなかったとしても、どうせやらなければいけないことなど何もないのだ。前の晩に4時半まで本を読んでいたぼくが目を覚ましたのは、昼の1時過ぎだった。3時でなかったのは幸いだ。ぼくは久しぶりに「出撃」してみることにした。来月になればまた休日出勤も多くなるし、平日の昼間にテレクラに行ける機会などそうはないのだから、出かけてみて損はないと思った。

渋谷のいつもの店(といっても2ヶ月ぶりだ)に入るとすぐに、1本目の電話がかかってきた。若い声だった。「18歳くらい?」と訊くと、「まあそんなもんかな」と言うから、あるいはもっと若いのかもしれなかった。「あのね、お小遣いが欲しいの」。お小遣いはあげられない、と言うと、彼女は自分の商売哲学のようなものを語り始めた。私はお金を貰っただけのことはするし、きっと楽しんでもらえると思う、ただ、やり逃げは怖いからその辺だけはきちんとしたい、といったようなことだ。「今日って20日だっけ。もしかして、給料日前?」と訊く彼女に、お金がないわけじゃなくて、お金を払ってそういうことをしたくないのだ、と言うと彼女は、「じゃ何でテレクラにいるの? 『出会いを求めてる』って訳? そんなの無理だと思うよ。私はね、お金さえくれれば彼女にだってなってあげるよ」と言った。

電話をフロントに戻し、烏龍茶を買って部屋に戻ると、2本目の電話がかかってきた。23歳の学生だと名乗った。落ち着いた感じの声と話し方である。言葉づかいも丁寧だ。学校から家に戻ってきたところらしい。テレクラには最近ときどきかけるようになったということだが、「やっぱり緊張します」。

手始めに、学校では何を勉強しているのか訊いてみると、彼女は外科医を目指す医学生であった。父親がやはり医者で、中学生の時に母親を癌で亡くして以来、癌と闘う外科医を目指してきたのだそうだ。でも、最近ちょっと自信を無くしている。人の命をモノとしてしか見ていないような現在の医学に疑問を持ったり、あるいは自分の技術にも不安を感じたりする。話はいろいろな病気のこと、解剖実習のこと、研修で出会った患者さんや看護婦さんのこと、癌告知のこと、などに及んだ。「なんでこの世に病気なんてあるんでしょうね。そう思いませんか?」

次に話は、彼女が付き合っている相手のことになった。彼は30代前半の医師で、とても論理的な考え方をする男だった。付き合い始めた頃、彼女には彼のクールなところが魅力的に思えた。しかし、最近は逆に、彼のそんなところがだんだん嫌になってきている。たとえばセックスの時でさえ、彼はこんなことを言うのだそうだ。「男が立ち、女が濡れるのは、単なる生理的な反応だ。愛情なんてものとは関係ない。」。彼女が珍しく料理を作ると、彼は一口食べてこう言う。「君は料理には向いていないみたいだね。この料理は片づけて、外に美味しいものを食べに行こう。何が食べたい?」彼女が医師の卵として抱えている悩みも、彼には理解されない。「そんなことを言っていたら、医者としてやっていけないよ。そんなことを考えているくらいだったらもっと勉強するべきだし、それが嫌なら医者になるのなんてやめた方がいい」。

たぶん彼は、ぼくに少し似ているところがあるのかもしれない、とぼくは思った。たとえばぼくは普段、あまり感情を表に出さない。それはきっと、自分の心の中にある、「他人に知られたくない自分だけの領域」が大きくなり過ぎているからなんじゃないかとぼくは思う。彼女がこの彼に別れを告げたら彼がどうなるのか、ぼくには興味があった。彼はそれでもやはり、冷静なままなのだろうか。

会話を始めてから1時間半以上が経過していた。ぼくは彼女と会って話がしてみたいと思った。彼女の方も、会ってみたい、と言った。「あなたには興味があります。本当はどんなことを考えているのか知りたい。扉を開けてみたい。ううん、どっちかと言うと、扉をこじ開けてみたい」。ぼく達は携帯電話の番号と名前を教えあい、40分後に会う約束をした。携帯電話の番号は本物だった。その場でかけてみたのだから確かだった。

だが、約束の時間になっても彼女は現れなかった。携帯電話の電源は切られていた。ぼくは、最後に聞いた彼女の言葉(「じゃ、後でね」)とその後に電話が置かれた音を思い出した。もしかしたら、電話が切れた瞬間、彼女が着てくる筈だった薄いピンク色のワンピースや、持ってくる筈だったヴィトンのバッグと一緒に、彼女そのものが消えたのかもしれなかった。少なくともぼくにとっては彼女の存在はこの世から消え、残されたのは、携帯電話のメモリの中の彼女の名前と電話番号だけだった。

5月29日…20歳専門学校生、テレクラ会話指南

この日はいわゆるミニオフがあった。昼間の新宿に集まったのはぼくを含めて3人。一人は最近サイトを始め、特ゲットしたものの、仕事が忙しくて更新する暇も「メンテ」する暇もないらしい。もう一人は先日ツーショットでつながった、とても話の合う女性との面接を明日に控えて浮かれているようだ。とある静かな喫茶店で、テレコミのことやウェッブ・サイトのことなどを語り合ったのだが、「特」だの「ゲット」だのという話をするには、店内がいささか静かすぎたように思う。

5時少し前、サイトを始めたばかりの彼と二人でテレクラへ向かう。実はぼくは今日は「出撃」するつもりはなく、服装もいい加減なら、ひげも剃っていなかったので、即アポできてもちょっとなあ、と思ったが、この項を最後まで読めば分かるように、もちろんそんな心配は無用だったわけである。どちらにしても、いつも大してオシャレに気を遣ったりするわけではないのだが。

最初の1時間、電話は全く鳴らなかった。借りてきたアダルト・ヴィデオを見るともなく見ながら村上龍「ラブ&ポップ」を読む。ヴィデオが終わったのを機にトイレに立つと、相棒がやはりトイレに出てきた。向こうは一応アポを取ったらしかった。ただ相手の妙にハキハキした物言いに胡散臭さを感じるらしく、行くかどうか迷っているようだった。お互いの健闘を祈り、部屋へ戻る。

やっとかかってきた1本目は、ほとんど話さないうちに「ガチャ切り」。2本目を取ったのは6時半くらいだった。25歳で、中央線沿線の職場からかけているらしい。これから新宿に出るので、遊び相手を探しているとのこと。携帯番号を教え、新宿に着いたら電話してもらうことにする。部屋にいるのも飽きたので、電話を置いた後、すぐに外出することにした。どうやら相棒は既に次の用事のために店を出たようだった。

さて、本屋やCD屋をしばらくうろついていたが、先ほどの彼女からは、時間になっても電話がかかってこない。部屋の時間はまだ30分以上残っている。少し迷ったが、戻ることにする。時間は夜の7時15分。再び部屋に陣取ると、すぐに電話が鳴った。20歳の学生。専門学校で服飾関係のことを勉強している。家族と一緒に住んでいるが、自分の部屋からかけているらしい。就職活動のことを中心に、しばらく世間話をする。彼氏とは2ヶ月前に別れて今はいないが、しばらくは作らないつもり。話を聞いていると、頭の回転は速そうだし、至って常識的な考え方をする女性のように思えた。

テレクラの話になる。話を聞いていると、彼女はかなりの「テレコマー」なのではないかと思われる節があった。今日は友達と二人で来たんだ、という話をすると、「じゃあ、友達はどうしたの? もうゲットしちゃったのかな?」などと言うし、彼女自身、テレクラで話した男と会った経験が何度もある。彼女の言葉によれば、相手の男にはたいてい「気に入られる」そうだ。どんな人がいた? 「色んな人がいるよ。カッコイイ人もいたし。変な人も来るけど、そういうときは逃げる」。

いつも電話でどんな会話をしているのか訊いてみる。「バカっぽい話だよ。まあ、そういう方が楽でいいんだけど。あなたみたいな人は、珍しいタイプかもね」。いまさらこんなことを言うのも何だが、ぼくは電話で話すのが苦手の部類に入る。その辺り、彼女は話していてどう感じたか。「確かに、話し上手じゃないよね。特に会話が途切れて黙っちゃうのはポイント低いよ」。全く当たり前の話なのだが…。やれやれ、ぼくはこの1年間、テレクラで一体何をしてきたんだろう。

できれば会えないかな、と言ってみる。「そういうことはちゃんと言えるんだね。…でも、会って何するの? どうしたいの?」困った。ぼくは彼女と会って、どうしたいのだろう? セックス? 本当にそうなのだろうか? まだ顔も見たことのない、さっき偶然電話がつながっただけの相手に対して、ぼくは何を望んでいるのだろう?

何はともあれ翌日のアポイントメントが取れた。とはいえ、非常に心もとないアポである。頼りはこちらの携帯番号を彼女が知っている、ということだけ。向こうの携帯番号については、「会って、気に入ったら教えるよ」と言われる。「10分待っても来なかったら、わたし、帰っちゃうからね。待たされるの、キライなの」。ただし、待ち合わせ場所でぼくの目印である黒い帽子を見つけたら、場合によってはその場で帰っちゃうかもしれないけど、と彼女は言った。

付記(5月30日):
彼女は来なかった。当然だ。彼女が来なければならない理由などないのだ。ぼくは昨日彼女が電話で言った言葉を思い出していた。

会って、何をするの? どうしたいの?
結局、問題はそこへ戻っていく。ぼくはなぜ、毎回毎回、こんなことを繰り返しているんだったっけ…。

そう言えば、サイトを始めてからこれまで、一月に一人の割合で「面接」をこなしてきたのに、それも途絶えてしまうな…。そんなことが頭に浮かび、ぼくはちょっと苦笑いした。まあいい。この約束がなければ、ぼくは五月最後のおだやかな日曜日を、なすこともなく家でゴロゴロして過ごすことになっていたのだから。


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