この話は本来、10月31日に書かれるべきものである。ぼくはテレコミで負った傷をテレコミで癒すべく、この日3軒のテレクラをハシゴした。1軒目(渋谷)はそもそもコールがほとんどなかった。28歳OLの援助コールだけだった。逢って話だけでも聞いてみたいものだが、ぼくは社会学者でもルポライターでもない(ましてや人類学者でもない)。彼女の貴重な時間をつぶすわけにはいかない。2軒目(渋谷。別の店)で、中野からかけてきた21歳フリーター(歯科助手)と飲みに行く約束ができた。
話が少しそれる。この店は部屋の仕切りが天井まで届いておらず、隣の声が筒抜けである。隣の青年(推定)の話し振りが面白い。「ジャ、アレデスカ」というのが口癖のようだ。「ジャ、アレデスカ。年とか、おいくつぐらいなんですか。あ、そうなんですか。ジャ、アレデスカ。今、暇なんですか」という調子である。しかも一方的に自分のことを話してしまうと、いきなり飲みに行かないかなどと誘っている。これじゃ駄目だな、と思っていると、相手の女性の説教が始まったようだ。「ア、イエ、まだ逢ったこととかは。ア、ハイ」。きっと、「いつもそんな話し方してるの? それで、逢えたことある?」などと言われているに違いない。どこかに(というか、『世紀末の作法』に)書いてあった。「テレクラはモテない奴が来るところ、というイメージが昔はあった。でも結局、モテない奴はテレクラでもモテない」。ぼくは自分ではモテる方だとも思わないし、実際にこれまで女の子にモテたのは前の彼女の時だけだ。それでも隣の部屋の彼よりは随分マシだ。彼はどうやって癒されればいいのか。彼はフロントにコールを戻した。ぼくのところに回ってきたら面白いな、と思っていたが、別の部屋に行ったようだった。
余談が長くなった。アポが取れたので、山手線で新宿の待ち合わせ場所に向かう。かなり細かく打ち合わせをして、携帯番号も教えたので、来る確率は高いと思ったが、来ない。ここで帰るべきか。ぼくは夕食のラーメンを食べながら思案した。このまま帰ったら、「現在使われておりません」の傷を引きずりそうだ。新宿でもう1軒だけ行ってみよう。
ここもコールが厳しい。ぼくは寅さんを見ながらゴロゴロしていた。1時間経過したところで、やっと取れる。22歳OL。短大を出て不動産関係の会社で事務を執っている。5時過ぎには帰れるお気楽OLだ。彼と別れて半年。「彼はほしいけど、なかなかいい人いない」。
前の彼とは合コンで知り合い、向こうから交際を申し込んできた。彼女は学生時代に大失恋を経験し、その傷を癒したいとも思っており、交際をOKした。しばらくは順調だったが、お互いの誕生日に、彼女の方はいろいろプレゼントを用意したり、心尽くしのことをしてあげたのに、彼は彼女の誕生日には大したものも贈ってくれず、一緒に(割り勘で)旅行に行ったが、「おめでとう」の一言もなし。それで冷めた。「考えてみたら、私はそんなに好きだったわけでもないし。今度会ったら殴ってやろうかと思ってるくらい」。
テレクラには? 「めったにかけない。今日は両親も出かけてるし、お姉ちゃんも結婚式でいないんだ。友達に電話してみても遊んでくれないし、さっき『スクリーム』っていうビデオ借りてきて見たらすごく怖くなっちゃって。で、ちょっとかけてみようと思って」。逢ってみたことは? 「ない。まあ、いい人だったら逢ってもいいとは思うんだけど…」。
後で聞くと、中学生の時に友達とよくテレクラに悪戯電話をかけていたという。20代前半の子から、こういう話を聞くことが多い。この世代は中学生時代にテレクラのブームがあり、多くの子には子供っぽい悪戯心でかけた経験があるため、電話風俗に抵抗感がなくなっているのは確かだ。
彼女の家は松戸だ。ぼくの家からは遠くない。40分ぐらいお互いのことを話した後、明日逢わないかと誘ってみた。家も近いし、車で行くから、と言った。「う〜ん、話した感じ、悪い人じゃないみたいだし、いいよ。でも、そういうのって、何か変じゃない?」
この日(11月1日)は、ぼくはこの彼女と近場をドライブして、楽しく過ごした。車に乗り込むときも、彼女は言っていた。「何か、不思議な感じ。初対面なのにね」。帰りに訊いてみた。逢ってみて、どうだった? 「『普通』だったね。何か、初めて逢う人だと、変に気を遣っちゃったりするけど、そういうのもないし。こういう『出逢い』もあるのかもしれないね。でも、あんまり人には言えないけど…」。(念のため。「ゲット」はしてません。)
土曜日はいつものように出撃するつもりだった。しかし、この日は冷え込みが厳しく、外出は躊躇われた。そんなとき、ある人から示唆をもらった。「2Sは、こんなときのためにあるんですよ」。ツーショットダイヤル。テレクラの出店規制が厳しくなっている昨今、一般回線を使った伝言ダイヤル、ツーショットダイヤルがテレコミの本流になりつつあることは分かっていた。それでもぼくがテレクラに拘っていたのは、個室で電話を待つというスタイルに面白さを感じていたこともあるし、フロントというフィルタがあることへの安心感もあった。
実は前に一度2Sは試してみたことがある。しかし、悪戯電話をかけてくる爺さんがいたことや、いきなり何やらあえぎ声を出している電話が多く、あまり面白くなかったのだ。ぼくは違う業者を試してみることにした。業界大手で、やはり「サクラ・ヤラセ一切なし」との宣伝を打っている。時間は日曜日の深夜から未明にかけて。
繋がるといきなりあえぎ声、という電話は多い。少しだけ付き合ってみたりしたが、サクラでないとしたらあれは一体何なのだろう。逆に男の側にも繋がるなりハアハア言う連中も多く、それで釣り合いが取れているのだろうか。ぼくにはよく分からない。
そんなこんなで、この20歳学生の電話を取ったのは午前3時過ぎだった。都内の共学の大学に通っている。マスコミ系の会社でアルバイト中。現在、特定の彼はいない。今まで付き合ってきた男は、銀行員、新聞記者など、皆社会人ばかり。「大学の男の子とは、遊ぶ気にならない。何をするのにも、すごく時間取られるから」。
彼女はなかなか鋭い男性観、人間観、社会観の持ち主だった。「前の彼は、会うと『やる』ことばっかりで、私がたまには昼間に会おうよ、って言って会ったときも、こっちはショッピングとか考えてたのに、やっぱり昼間からホテル。でもそこが面白くて、友達に『私の彼、面白いでしょう』と自慢したら友達は『そんなヒドイ男、早く別れな』って」「(セックスの時)男の人に『あーん、こんなに気持ちいいの初めて〜』とか言ってあげたら、男は前の男のこととか想像して、『負けねーぞ』って感じで頑張っちゃうでしょ。そういうところが面白い」。
その他、住宅問題、働く女性の権利の問題、雇用問題、哲学(実存の問題?)などについて語り合ったりもしたが、基本的には男女関係の問題が話題の中心になった。「(セックスのことで)男がいつも加害者で、女がいつも被害者、ってのはおかしい」「男はみんな『この女を守ってやりたい』とか思ってるけど、その考え方は間違ってる。本当は女が『守らせてる』んだよね」「遊んでて、その時楽しいと感じられるかどうかが一番大事。セクシャルな関係っていうのも、その延長線上」。
彼女の語る説はいずれも面白く、ついつい長話をしてしまった。ぼくはテレコミの戦略としては大きな過ちを犯している。長話をするつもりなら、途中で携帯番号を聞き出すなり教えるなりして、切り替えるべきなのだ。また、彼女がサクラである可能性も否定できない。硬軟両面をこなせる彼女の会話能力には、かなりの慣れが感じられたからだ。切る前に番号は聞いておいたが、本物かどうかは疑わしい。それでも彼女と長く話していたい、そう思える会話だった。
ツーショットダイヤルの残り時間はまだ相当にある。毎日少しずつ使っていったとしても、当面テレクラに行かなくても済むくらいだ。だが、家でできるのはいいが、外出しないと「フィールド・ワーク」という雰囲気がでない。それが欠点だ。
日曜の深夜にかけてみる。繋がったのは22歳の学生さん。美大の4年生で油絵を描いている。大人しそうな声だ。ぼくの頭にはなんとなく、小柄で地味だが個性的なファッションの女の子の姿が浮かんだ。明日はバイト先の出版社に紹介してもらった会社に面接に行く。まだ就職は決まっていない。「実は、やりたいこととか、決まってないの。親には言えないけど」。彼女は一人娘で、本来家業を継がなければならない。「親は実家に戻ってこいって。戻ったらお見合いで結婚させられちゃう」。
いつもの会話のパターンで、彼氏の有無などを尋ねてみる。「2ヶ月前に別れちゃった」。訊いてみると、これがなかなかキツい失恋だった。彼は4歳ほど年上の勤め人で、1年ぐらい前から付き合っていた。しかし彼には本当は遠距離恋愛をしている本命の彼女がおり、彼女と結婚するから、ということで別れを切り出されたのだ。「時々『出張だ』って言って、逢いに行ってたみたい」。
女性たちとの会話の中で、彼と別れた話はよく出てくる。しかし概ね、彼女たちは明るい。ぼくの心の中には、彼女の失恋も、きっとドライに語られるものであるはずだ、との期待があったように思う。しかし今日は様子が違った。「前にも付き合ってた人はいたけど、『大事にされるのが当然』って思ってた。自分から『何かしてあげたい』って思える人は、はじめてだったの」。別れて2ヶ月。傷はまだ生々しかった。
話すうち、彼女は泣きはじめた。「ごめんなさい。ごめんなさい。他の人に代わっていいよ」そう言いながら、彼女は泣き続けている。チェンジボタンを押すのは簡単だ。しかしぼくには、それはできなかった。カッコをつけているわけではない。ぼくが彼女の話を聞き続けたのは、失恋の痛手を、見知らぬ男性との会話で少しでも和らげようとしている彼女の心理に興味があったからなのだ。
しばらく泣いて、彼女は少し落ち着きを取り戻した。訊いてみた。「こういうところにかけて、ぼくなんかと話して、少しは気が休まる?」「うん、誰でもいいから話をしてると、すこし落ち着く」。ぼくは考えた。たまたまぼくは彼女の話を聞いてあげた。だが、いきなり切られてしまうこともあるだろう。たとえそうでも、自分の悩みが他人にとっては小さいことである、という事実によって彼女は少し癒されたかもしれない。話を聞いてあげたから、彼女が癒されたと思うのは間違いである。また逆に、聞き役となったぼくも癒されている。見ず知らずの女の子の悩みを少しでも共有できたことへの自己満足によってである。
この電話を取ったのは正確には14日である。感覚としては金曜の深夜。深夜のツーショットはテレホンセックス花盛りだ(昼間のことは知らないのだが)。そんな中にも面白いものがあった。比較的若い声で、せっぱ詰まった様子で「私のお医者さまになって下さい!」との訴え。一瞬ぼくは真剣に言っているのかと思って身構えてしまった。だがその続きは「○○を××してるエッチな看護婦の私を△△して下さい!」だった。心配して大損である。妄想が大変具体的で微笑ましい。
20歳大学2年生と比較的いい感じに会話ができていたと思ったら急に切られたりしているうちに時間は午前3時。22歳の大学生と繋がる。「一年遊んだので、まだ3年生です」とのこと。文学部で日本文学を専攻している。
趣味の話になる。彼女の趣味は料理である。最近思い立って栄養士を目指すことにした。資格を得るため、現在夜学で勉強中。「ほら、今って女の子就職率悪いじゃないですか。やっぱり何か資格を身につけないと。それで、お料理が好きだったんで、やってみようと思ったんです」。料理への打ち込み方はかなりのものだ。基本的に和食党だが、日本料理の技法は一通り身につけてしまったので、最近はタイ料理などにもチャレンジしている。その他、パンを焼いたり、蕎麦やうどんを打ってみることもある。使う道具は、合羽橋の専門店まで買いに行ったりする。一人暮らしだが、台所だけは立派な部屋に住んでいる。よく友達を招いて料理を振る舞うのだそうだ。
バイトをしているが、稼いだお金は夜学の費用や料理の道具に使っている。バイトは「和服のモデル」とのこと。友達が高校生の頃からモデルのプロダクションに所属しており、その紹介で面接を受けてみたら、通ったのだそうだ。そのプロダクションは本来イベントコンパニオンの派遣が主なのだが、「あまり派手なのは…」ということで、現在の和服モデルに落ち着いているとのこと。当然着付けもできる。
彼氏は? 「いたけど、10月に別れちゃいました」。彼女は年上指向が強い。今まで付き合ったのはすべて年上の男性だ。大学は共学だが、同級生の男の子たちにはあまり興味を持てない。「なんだか弟みたいな気がしちゃうんですよ。実際に年子の弟がいるんで。でも年上の人って、なかなか知り合う機会がないんですよね」。でも、せっかく作った料理を「彼」に食べさせてあげたくない? 「ああ、いいですねえそういうの。食べてくれる彼、ほしいです。私、男の人を判断する時、一緒に食事をして楽しいかどうか、ということを基準にするんですよ」。
この辺からぼくは口説きモードに入ったのだが、妙に反応がいい。「すごく優しそうな方だし、話してても楽しいです。きっと一緒に食事しても楽しいだろうな。会ってみたいです」。というような感じ。今までこういうので会ったことはあるの? と訊くと、「このティッシュもらったのが最近で、かけてみたのも2,3回です。でも会ってみたいなと思ったのは初めてです」とのことだ。当然褒められて悪い気はしない。しかもその褒め方も、ツボをきっちり押さえたものだ。いい気分になる一方で、「こんなうまい話があるのか?」という疑念も抱いてしまう。土曜日のアポは取れたが、半信半疑の状態であった。携帯は壊してしまって持っていない、ということで番号が聞けなかったのも、来る可能性が低いかな、と思った理由の一つだが、もっと大きな疑念は、先日あるBBSで読んだ以下のような文章から来るものである。サクラのマニュアルの一節だそうだ。
きっぱり、会わないと言うと切られる場合もありますので、会うと言っておきましょう。その場合、少しでも長く話せるように、約束の場所、服装などで引き延ばしましょう。
結論から言うと、彼女は現れなかった。実際には、サクラかどうか、ということはそれほど問題ではない。サクラでなくても待ち合わせに来ないことは多いのだし、サクラでも会えることはある(らしい)のだ。また、彼女との会話でぼくがいい気分になれたことも確かなのだから。
銀座くんだりまで来たものの、お相手は現れない。ぼくは自分の原点?である渋谷に向かった。この街は明らかに自分とは異質なのだが、センター街を独りで歩くだけでも、なぜか楽しい。ここで携帯に着信。だが話す間もなく切れる。あるいはアポのお相手からだったのかもしれないが、今となっては知るすべもない。次である。
実質1本目の24歳会社員、自宅から、と楽しく会話していたら突然ガチャ。誘うタイミングが遅かったか。2本目が17歳女子高生だった。第一声は、「私、××子です。あなたは?」であった。なかなか落ち着いた声だったので、年齢を聞いていささか驚いた。話し方もいわゆる“コギャル言葉”ではない。
「今日は学校サボっちゃったの。で、さっきまで昼寝してたらお母さんに怒られて。お母さんどっか行っちゃったから、かけてみたんだけど」。どんなときにかけるの? 「モヤモヤした時」。モヤモヤって? 「それは内証」。気の持たせ方も上手だ。
将来の夢は、画家。今朝も水彩画を描いていた。「パリに留学してみたいな。ルーブル美術館とか、いろんなところに行ってたくさん絵を見てみたい」。最近バイトを首になった。「ケーキ屋さんの売り子やってたんだけど、店長が嫌な奴で。『○○さん(名字)、』あ、私○○っていうんだけど、『○○さんは手が遅いねえ。そんなんじゃ来てもらってもしょうがないなあ』とか言われちゃって。新しいバイト、探さないと。あ、でも援交しようっていうんじゃないよ」。小遣いは月に20,000円だそうだが、それでは足りない。何に使うの? 「画材買ったり、あと留学のためにお金ためるでしょ、あとはホテル代かな」。
彼は同級生で「カッコイイだけの人」とのこと。高校生同士ということで、ホテル代は割り勘になってしまう。確かに出費はバカにならないだろう。「いっつも男の子とばっかり遊んでるから、女友達にハブにされちゃってるかも」。ここで学校名も出た。本当かどうかはともかく、学校名と名前を両方出してしまったことになる。大丈夫なのだろうか。「いいの。だって会うつもりだから」。ふむ。確かに、何かあったとしても手が後ろに回るのはぼくの方だ。
ということでアポが取れた。話の感じで、なかなか頭の良さそうな子だな、という印象があった。いろいろ聞いてみたいこともあった。モヤモヤの内容も確かめてみたかった。それに、この子と会えば、これからはぼくにも「私が取材した女子高生の話では…、」というような文章が書けるようになるのだ。無論、本当は取材でも何でもないのだが。しかし結局、彼女は現れなかった。ぼくはいささかガッカリしながら店に戻った。
約束の時間から30分後、携帯に着信があった。彼女からだった。「さっきお話した○○です。出ようとしたら、お父さんが帰ってきちゃって、出られなくなっちゃったの。ごめんなさい。電話しようと思ったんだけど、お父さんの前じゃかけられないし。また今度ね。ごめんなさい」。アポをすっぽかされて、詫びの電話があったのは初めてだった。ぼくは、この電話が今日の収穫だったのかな、と思った。
日曜の休日出勤の振替休日。昼から一人で映画を見て、その後本屋で本を何冊か物色。4時ぐらいにテレクラへ。混んでいる。フロントのお兄さんいわく、「午前中とか、早い時間いいですよ。ホント、せっかくかかってきてもお客さんいなくて、ぼくが行きたくなっちゃうくらいですから」。ふーん。それはそうと、この日は援助コールばかりだった。やはりテレクラは「終わって」いるのだろうか。これだけ援助コールばかりだと、そうも思いたくなる。お蔭で読書は進んだが…。
「援交希望」ということは会話の早い段階で向こうから切り出すのが普通だ。特に公衆電話からの場合、話は早い。「今日は何か目的はあるんですか?」とこちらに援助の意志があるかどうか探りを入れるパターン。あるいは向こうから「今日はちょっと目的があって」、もしくはもっと単刀直入に「お小遣いが欲しいんだけどぉ」と援助希望を直接伝えるパターンなど。もしこちらが援交OKであれば、即値段の交渉などが始まるわけだ。ぼくの場合は援交をするつもりはないから、すぐにフロントに戻すことになる。それでお互い時間が節約できる。しかし自宅からの援助コールは少々厄介だ。タイトルの彼女がそうだった。
20歳、フリーター。両親と同居。電話をかけながらSMAPのCDのダビングをしているらしい。時々口ずさみながら話す。彼氏はいるの? というお決まりの質問から始めた。前の彼とは半年ほど前に別れた。彼が遠方に転勤したことがきっかけだった。その続きに意外な単語が来た。「まあ、あたしも追っかけやってるから、なかなか会えなかった、ってこともあるんだけど」。思わず聞き返してしまった。追っかけ? 「うん、V6とかジュニア(ジャニーズJr.の意か?)とかの」。追っかけというと、テレビ局の前で芸能人が出てくるのを待ったり(出待ち、と言うらしい)、ツアーに付いて回ったりするアレだ。
正直言って、ぼくには全く分からない世界だ。「外で待ってると、出てきた時手を振ってくれたりするよ。ちゃんとファンとして認めてもらってるから」。両親には何も言われないの? 「うん、ちゃんと遅くなる時は連絡するし、それにあたしが好きでやってることだから。何も言わない」。追っかけをしていることは、人にとやかく言われるようなことではない、という強い意識があるようだった。
この辺から、ぼくにはピンと来るものがあった。それを確かめるため、訊いてみることにした。「追っかけやるのって、お金かかるんじゃない? 交通費とか、宿泊費もかかるし。バイトだけで足りてる?」「お金は大変。実は今日電話したのにも、目的があって」。やっぱり援交希望者だった。悪いけどぼくは援交はやらないことにしてるんだ、と言うと彼女は突然不機嫌になって、「じゃフロント回してくれる?」とぶっきらぼうに言うのだった。『援助交際で稼いだお金でV6の追っかけをするフリーター』。ジャーナリスト魂が刺激されるネタではあったが、残念なことにぼくはジャーナリストではなかった。
目黒での研修が5時過ぎに終ったので、渋谷へ向かった。コールが多いといわれる「給料日前」でもある。1件目のコールは「36歳独身」。聞き覚えのある声、しゃべり方だった。たぶん9月23日に話した「自称32歳」ではないかと思う。前回より年齢が4歳上だが、同一人物であることはほぼ間違いない。推定43歳。早く切ろうと思うのだが、なかなかうまく行かない。結局20分くらい話してしまった。
次に取ったのは21歳学生、現在米国に留学中で姉の結婚式のため一時帰国中、という電話。17歳の妹に番号を教えてもらった、という辺りなど、大変面白かったのだが、アポの打ち合わせ中に切れてしまう。この電話でネタもできたことにして今日は引き上げようかとも思ったのだが、フロントのロンゲのお兄さんに「今日は給料日前ですし、これから20代希望のコールが絶対余りますよ」とうまい具合に丸め込まれ、もうしばらくいることになった。
24歳、洋服店の販売員の自宅からのコールを取る。今日は仕事は休みで、先ほどポケベルを買いに行ったとのこと。最近付き合いはじめた彼氏との連絡用に買ったのだそうだ。彼は2つ下の22歳でテレビ局の関係の仕事をしている。話の感じだと、番組制作会社のバイトか? という感じである。どこで知り合ったの? と訊くと、彼女はよくぞ訊いてくれた、と言わんばかりに話し始めた。「どこだと思います? テレクラなんですよ」。
元の彼との別れ話がこじれていて、とにかく守ってくれる新しい彼がほしかった彼女がテレクラへ電話したのは、11月19日のことだった。その時つながり、会いに来てくれたのが彼だった。その日はお酒を飲んだ後ホテルへ行った。昨日(23日)は2度目のデート。やはりホテルでお泊りして、彼は朝から仕事へ。彼女は連絡用に買え、と言われたポケベルを買いに行った。今も電話しながらポケベルを眺めて、嬉しくて仕方ないらしい。「ホスト系の、すごくカッコイイ人で、わたしが今まで付き合った人と全然タイプが違うの。神様、組み合わせ間違えてない? って訊きたいくらい」。
彼女はかなり舞い上がっているが、詳しく聞いていくとどうも腑に落ちないことも多い。最初の時中出しされた、というのはご愛敬としても、ネズミ講をやっていた、という話とか、仕事が忙しいのでクリスマスの時期は会えない、という話とか、仕事で夜は疲れているのであまり電話できそうにない、という話とか。向こうは2,3回「食っ」たら捨ててしまうつもりではないのかなあ、と心配である。
その辺の不安は、彼女も心のどこかに抱えているようだった。「幸せなんだけど、なんだかブルー。誰かに『助けて』って言いたい感じ」。一方で彼女はすでに、彼と住む部屋を借りることや、もっと将来のことまで考え始めているようだった。今晩はテレクラに電話しながら彼氏からポケベルにメッセージが入るのを待つつもりらしい。ぼくは恐らく「テレコマー」なのであろう彼氏にとって、この彼女が「地雷女」になる日は近いのかもしれない、と思いつつコールをフロントに戻した。
この日はぼくにとって初体験の「オフ会」というものがあった。テレコミサイトの先輩であるT'sさん、とっさんの主催で行われた「ミソジーズ&モーニング息子。合同オフ会」である。場所は池袋。ベテランテレコマーの皆さんの、豊富な経験に裏打ちされたお話はたいへん面白く、また有意義であった。特に心に残った言葉として、「テレコミに『次』はない」という言葉があった。そう。一期一会、なのである。
二次会が終わったのが午前3時。皆さんはそれぞれタクシー等で家路につかれたが、ぼくは始発まで池袋で時間を潰さねばならない。この時間ではコールはほとんど期待できないが、ネタ作りの意味もあると考え、テレクラへ向かった。さすがにこの時間はお客も少ない。取ることができたコールは3本。これを多いとみるか少ないとみるか。
最も有効な話ができたのは、27歳のイベント会社勤務。何となく、コンピュータの話になった。彼女はマックユーザである。商売柄もあるのだろう、周囲にもマックユーザが多い。家で使っているパソコンは、前に付き合っていた彼に選んでもらったのだが、その直後彼と別れてしまい、今一つ使い方が分からないまま、電源を入れることも少なくなってしまった。
一度会社の知り合い(男)が、使い方を教えてくれる、ということで部屋に来てくれたのだが、これは失敗だった。「やっぱり、部屋にあげるのは、ある程度気に入ってる人じゃなきゃ駄目だよね。その人のことはどっちかというと苦手だったんだけど、そのあと妙に、 ちょっかい かけてくるようになっちゃって」。
彼がいなくて、寂しくない? と訊く。「うん、やっぱり寒くなってくるとね。人のぬくもりが恋しくなるよね」。クリスマスも近いし? 「ああ、でもそれは私は(仕事が)仕掛ける方だから。あんまり気にならないな」。
電話をしたのが土曜日の未明。日曜日の夕方に会う約束をした。とはいえ、来る確率は極めて低かった。約束をしたのが深夜であり、それも40時間も先の約束だった。こちらの携帯番号は伝えたが、向こうの番号は教えてもらえなかった(いわく、「本当に持ってないの」)。日曜日、ぼくは一応、約束の場所へ出向いた。ただ、ヒゲを剃るのも忘れたし、金もおろしていなかった。これで来たら逆に困ったことになるな、と少し思ったが、もちろん彼女は来なかった。ぼくが彼女の立場でも、間違いなく行かなかっただろう。ぼくは待ち合わせ場所の近くにあったゲームセンターで、脱衣麻雀を遊んでから帰った。