その1 小倉〜別府

1.1 なぞなぞ小僧

「あんたの体を支えられる車体は日本にはないねぇ」
電話口でアマンダスポーツの親父 は言った。
がーん…。
1年くらいでクランクがイカレる既製品に愛想をつかし、
カスタムでロードレーサーを作ろうという計画が
この一言で終った。

親父の言う通り手持ちのMTBで行くしかないらしい。
しかしMTBは2カ月前に買ったものの、
構造やメンテ方法はほとんど分かっていない。
まあ普通の自転車と同じだろう。
この考えが甘かったと気づくのはずっと後だった。

ほとんど準備らしい準備もしないまま4月26日を迎えた。
この日仕事を終えてから 高雄さん の車で神戸に向かう予定だ。
ひと通り仕事を片付けて午後8時、
重い輪行袋を抱えて千代田線に乗り込む。
この時間の渋谷方面は結構空いている。
扉のそばの椅子に陣どることができた。
周りは巨大な輪行袋に不審げな表情だがそんなもの気にしない。

しばらく進んだ頃だろうか、
ふと気づくとニコニコしながら近付いてくるガキ^H^Hお子様が約1名いる。
「どこまで行くの?」
その子は当然のように私の横に座り、こう言った。
なんだこいつは。怪訝さを前面に押し出した表情で見ると、
「どこまで行くんですか。」
言い直してやんの。
適当にあしらってやれ。
「さぁどこでしょうねぇ。」

普通ならこれで答える気がないと思ってあきらめるだろう。
しかし、こいつは未だかつてない反応を示したのだ。
「あ、クイズだね!」
な、なにぃ?
「うーんとねぇ、日比谷!」
「違うよ」答えてんじゃねぇよぉ。
「じゃぁ、表参道だ!」
「まぁ、一応そこで降りるっつえば降りるな」

以降は完全にこいつのペースだった。
「今度は僕からなぞなぞ出すね。」
「1たす1は?」
デビルサマナー やってる気分だ…。
「どうせどう答えてもはずれだろ。」
「うーー。」
はは、不満そうだな。
そんなこんなで表参道までみっちり相手をさせられてしまった。
一体なんだったんだ、あいつは。

1.2 小倉入り

21時をだいぶ回ってから 高雄さんちの近くの駅にたどり着いた。
ここからは高雄さんの車で夜っぴき神戸に向かうことになる。
考えてみるとここ3年ともGWには高雄さんにお世話になっている。
もう高雄さんなしではGWは過ごせないわ、私
車に乗るとすぐに眠くなる特性を持つ私は、
静岡に入った頃からすぐに熟睡した。
浜松で一度休憩して次に目覚めたときにはすでに神戸入りしていた。
午前4時。

あの震災で倒れた高速道路に沿った道を走る。
まだ高速は切れ切れだ。
「最初は来年復旧とかいっていたけど今年の秋には復旧するらしい」
おそるべし神戸市。
もっとも、土地買収は要らないし資材置き場にも困らない。
夜に作業しても文句をいう住民は近くにいない。
通常の見積りよりも早めに仕上がるのも無理はないな。

こんな話をしながら神戸の街を走ってもらった。
一昨年自転車で走った国道2号も様子が変わってしまっている。
「もうみんなずいぶん前のことのようにいうけど、全然復旧してへん。」
高雄さんのこの言葉が印象的。

空が白み始めた頃、新神戸駅で降ろしてもらった。
これから始発のひかりで小倉に向かう。
高雄さん、ほんとに助かった。ありがとう。

新幹線に乗ってもすぐに眠る。
輪行袋 に入った自転車は一番後ろの座席と壁の間に入れさせてもらった。
9時すぎ、小倉到着。
いつものように輪行袋を抱えてそのまま改札を通ろうとすると
「それ自転車?」
駅員が聞く。
「はい…。」
「それならあそこで手荷物の清算して。」
げ、いままでそんなもの払ったことないぞぉ。
普通の大荷物ならよくて自転車なら駄目ってのは分からない。

しぶしぶ260円払って小倉の空の下に出る。
MTB の組み立ても終り、
駅前でそのへんのにいちゃん捕まえて出発の証拠写真 パチリ。
時刻は午前9時40分。
いざ、出発!

1.3 早くも崩壊その1

目指すは国道10号。小倉駅からはちょっと走らないといけない。
しかし、小倉の街は自転車にやさしくないなぁ。
路側帯が狭いから歩道を走らざるを得ないんだけど、
大きな道に来たら渡るところがないぞ。
あ、地下道があるじゃん。…階段だぁ(;_;)。

結局えらい遠回りしてしまった。
10号に乗れればあとはひたすら別府を目指すだけだ。
今回はMTBのため平地での速度が稼げない。
せいぜい28Km/hというところだ。

先を急ぐ必要もない。 40Kmほど先の中津市 にお昼に着ければいいという予定である。
それにしてもやけに狭くてデコボコした道だ。
車道を走ろうが歩道を走ろうがあまり変わらない。
ほんとに国道か?

10Kmほど走った頃だろうか。
異変に気づいた。
スピードメーター が何も表示しなくなってる。
見ると車輪の回転数を計るためのセンサーが取れてる…。
ガタガタ道のためにずれ落ちちゃったんだ。
もともと先代のロードレーサーに付いてたのを付け替えたのだが、
締め方があまかったらしい。

…速度も分からないし、走行距離も分からない状態になったわけだ。
もはやスピードメータはただの時計と化してしまった。
まあいい。いずれにしろ MTB では速度も出ないし、
このギアでこのくらいで回すとどのくらいの速度かくらいの
目安はつけられる。

1.4 貝汁

行橋市を越えて少し来た頃、潮の香りがしてきた。
椎田に入って海沿いの道になってきたんだ。
しばらく走ると右側に「貝汁 ご飯食べ放題」の文字 が!
時刻は11時。
昼飯には少し早いが、何しろ朝飯が5時だったからな。

自転車を止めて入ろうとすると店の親父が
「どこから?」と聞く。
「今日は小倉からです。」
「どこまで行くの?」(標準語に訳してます。)
「別府まで行くんだけど直前の峠がきつそうだもんで、
ちょっと栄養補給。」
「あぁ、赤松峠。」
「えぇ、あとその前の立石峠。」
そう、今日のすべてはこの2つの峠ごえにある。

さて、貝汁とはなんぞや。
ご飯食べ放題にしようと思ったけど、
さすがに胃が受け付けないと知る。
「貝汁とご飯大盛り!」

やがて来たものはご飯に漬物、そしてアサリの味噌汁だった。
うーん、たしかに貝汁だが…。
ま、でもアサリの味噌汁は好きだからいいや。

おかずに比べてちょっと量が多くなってしまったご飯をかき込むと、
レジのきれいなお姉さん に「写真とってくれます?」と頼む。
本当は「一緒に」というのを頭に付けたかったのだが、
付けなかったためにカメラマンにさせてしまった。

でも出発するときには手を振ってくれたし、ま、いいか。

1.5 国宝の罠

中津にはほぼ予定どおり正午近くに着いた。
着いたといっても別にここで何をするわけでもない。
昼飯はここかな と思っていたのだが、
もう食べちゃったし、あいにくバイク屋にも用はない。
そのまま通過する。

しばらく行くと自動車専用道路との分岐点に来た。
このまま直進すると大変なスリルを味わうことになるので、左に折れる。
そろそろ宇佐市かな。
宇佐市を越えたらいよいよ峠ごえ2連発が待っている。<>P> ふと見ると「国宝 宇佐神宮」という看板が目に入った。
どうやら10号線沿いにあるらしい。
ちょうどいい。
峠ごえの前に少し休憩していくか。

宇佐神宮ってのは、ええっと、説明読んだけど忘れちゃった。
全国の八幡宮の総本山だそうだ。
手水で清めて入る。
(右手、左手、そして左手に受けた水で口をすすぐんだよ、知ってた?)

しばらく砂利道を歩くと開けたところに出た。
ここに国宝があるのかな?
うーん、何もない。
左を見るとなんだなんだぁ、えらい段数の階段 があるぞ。

脚と相談してみる。脚はやめてくれといっている。
しかしせっかく来たんだし、やはり登らねば。
私は階段を2、3段とばしで登る癖がある。
当然この階段も3段飛ばしでピョンピョンと登っていった。
数えながら登っているおばあさんの声を聞くに70段以上 あったらしい。

さて、やっと着いた。
いくつもの神様を祭っているらしく、賽銭箱が3つも並んでいる。
おそるべし、国宝。
はじからお参りしていくのが正しいらしい。
普通の神社では2拝2拍手1拝なのだが、ここでは拍手は4回だそうだ。

お参りをすまして初老の夫婦に写真 をお願いしたところ、
お返しに撮ってくれと頼まれた。
お、リコーのカメラだ。毎度あり。

下りるときも3段飛ばしで下りる。
全然休憩にならなかったわい。
こんなんで峠ごえ大丈夫だろうか。

1.6 立石峠、赤松峠

道はだんだん狭く、登りになってきた。
いよいよ立石峠に向かう坂道が始まった。
しかし、峠といいながら実は標高150mにも満たないので、
「大丈夫だろうか」などと心配する必要はもとよりなかったかも。

登りもそれほどきつくない。
MTB は最高速度は出ないけど登りには強いみたい。
要するにギア比がロードレーサーよりも小さくなってるわけだ。

しっかし、何にもないところだなぁ。
時おりウグイスの鳴きごえが聞こえるだけだ。
すっかりピクニック気分になってしまった。
わざとギアを数段落してゆっくり進むことにする。

スピードメータのセンサをなくしたことは逆に良かったかも知れない。
自分の速度や走行距離が分からないだけに、
ペースを守ろうとかあと何キロ走らなくちゃとか、
そういうものから解放されてただサイクリング自体を楽しんでいる。

そんなことを考えながら走っていると[立石峠]の看板発見。
とりあえず最初の峠は難なく越えることができたようだ。
自転車を降りてひと息つく。

しばらくは下るが、やがて平坦な道が10Kmほど続く。
赤松峠は立石よりももっと低い。
おそらく知らないうちに越えちゃうんじゃないか。
見つけた、見つけた。[赤松峠]の看板。
全然楽勝だったぜ。

…これは大きな間違いだった。
この看板は赤松峠の「開始」を表示していたのだ。
ここから立石峠のときを凌ぐ勾配の坂道が待っていた!

ギアを一気に軽いものにする。
なめてたらえらい目に会ってしまった。
ひぃひぃ言いながらも止まることなく登っていく。

もうすぐ午後3時になろうとするころ、
これまで殺風景だった山道にそぐわないものを発見する。
あれはキティーちゃん じゃないか?
山の上にキティーちゃんとおぼしき巨大な建造物がある。
なんだありゃ?
「ハーモニーランド」とかいうらしい。
連休初日ということもあって盛況らしいが、
なしてこんなところにこんなものが…。

おっと、そうだ。今夜泊めてもらう佐藤さんのとこに電話せねば。
別府まで20Kmだからあと1時間くらいで着くんじゃないかな。

1.6 湯都ぴあ浜協

ハーモニーランドを過ぎるとやがて下りになった。
そのあとはもうひたすら下るだけだ。
日出町から別府に入るころには別府湾を一望できるようになった。
海を見てほっとしたが、脚はほとんど余力を残していなかった。
別府の街をゆっくり漕ぎ進む。

やがて朝見川なる川にさしかかり、佐藤さん宅が近いことを示す。
出発前から地図で見て気になっていた湯都ぴあ浜協で待ち合わせる。
普通の銭湯がひと勝負かけて泡の風呂やら打たせ湯やらの
いろんな風呂やスポーツジムをくっつけて総合健康センターらしきものを
目指したものらしい。

その日の風呂はそこに入る。
別府の人って近くに安い風呂屋があるから自分の家に風呂は作らないそうだ。

打たせ湯で腕と腿をマッサージする。
さすがに今回はほとんど準備をせずに来たから初日はかなりキイた。
次に泡風呂で全身をほぐす。
普通の風呂で浮かぶ。
そうこうするうちに、ノボせる寸前まで堪能してしまった。

「なべさん」 なるラーメン屋で夕食。
そう、九州旅行ではほとんどの食事がラーメンになると思っている。
麺は堅めだがなかなか美味しかった。
豚だけでなく魚系のダシも使っているようなことが書いてあった。

さて、明日は延岡だ。