その3 延岡〜矢部

3.1 自転車もどうぞ

29日は7時ちょっと前に起きた。
窓のすぐそばには日豊本線が通っていて
始発から大きな騒音だったはずだがそれも関係なく寝ていたらしい。
いつものストレッチで体も目覚めさせる。

少し走ると218号との交差点に来た。
ここで見つけた弁当屋で朝飯を買い、駐車場で食べる さて、ここから10号とはおさらばで、
218号を高千穂に向かうことになる。

今回のゴールとして向かう家を実家とする森さんが、
熊本ジモティーに聞いた話としていうには
宮崎から熊本に自転車で山ごえするのは無謀 ということらしい。
いささか恐怖しながら未知の道に向かう。

しばらくはどちらかというと平坦な道が続いた。
期待はずれだなぁ。
このまま行っちゃったらつまんないぞ。
しかし、数Km行ったところで期待通りになる…。

それほど急な勾配とはいえないが決して楽ともいえない程度の坂が、 延々と続き出したのだ。
ただ、嬉しかったのが広くてきれいな歩道が整備されていることだった。
どうやらこの道はサイクリストが走ることを意識しているように 見受けられる。

それはこんなところにも現れている。
普通なら歩行者と自転車の絵の標識には

[自転車通行可]
のように書かれている。
ところがこの道沿いの標識には

[自転車もどうぞ]
と書かれているのだ。
「あ、これはご丁寧に。んじゃ遠慮なく。」
ってな具合に恐縮しながら走る。

3.2 致命的な崩壊その3

どのくらい走ったか、やっとしばらく下りの道が来た。
ここでまたもや自転車の異変に気づく。
どうも左足のペダルを踏む感触がおかしいのだ。

もともとこの MTB は買って2カ月にして
クランクシャフトがガタつき始めていた。
ついにこれがイカレタかとドキドキしながら見てみる。
げ、左のクランクが緩んでる。
これでは踏む力をまともに伝えられないし、
このまま進んでいったらシャフトとの接合部分が折れる かも知れない。

かなり致命的な状況だ。
実はここは不安に思っていた部分だった。
そのため六角レンチを買わねばと思っていたのだが、
そのままで来てしまっていたのだった。
はっきりいって MTB なら頑丈だから壊れないと
勝手に決めつけている部分があった。

しかし今さらどうこういっても始まらない。
何とかせねば。
下りは漕がずに進み、登りは降りて歩く。
いつまでもこうしてはいられないぞ。

軽トラックの親父が何か作業しているのを見つける。
「すいません。ナット締める道具何か持ってません?」
すぐに道具箱からいろいろ出してくれた。
Y字型のレンチで合うものが見つかった。
助かった…。
思いっきり締める。

お礼をいって先に進む。
しかし、日之影町に入ってからしばらくいったころ、
またもや緩み始めた。
短い下りを漕がずに進むと長い登りを歩いていくということを
繰り返しているうち、バラックのみやげもの屋を見つける。
見ると20代前半と思しき若い女の人が一人で やってるではないか。
珍しいこともあるもんだ。

「分かんないかも知れませんけど、ナット締める道具ありません?」
車のトランクから出してくれたレンチは大きくて合わなかった。
しかたない。もう少し先に行こう。
「ここから2Kmくらい行くと自転車屋がありますよ。」
お、ラッキー。場合によっては余ってるレンチがあれば譲ってもらおう。

そのまま行くのも悪いので名物といってる団子を買う。
「ひとりでやってるんですか?」
「えぇ、バラック屋ですから…。」
恥ずかしそうにその子はこういった。

団子をほおばりながら登りを歩き、下りを滑べる。
やがてガソリンスタンドの向かいにあるというバイク屋を見つける。
レンチを借りてさっきより念いりに締める。
「レンチ余ってたら売ってくれません?」
「これ売ったら商売にならないよ。」
そりゃそうだ。余ってないんだな。
「どっか売ってる店なんか…、ないですよね、このあたりじゃ。」
「あ、高千穂に行けばホームセンターがあるからそこで買えるよ。」
高千穂はもう7Kmくらいに迫っている。

なんと運のいい
旅を止めなければいけないかというピンチをまたもや切り抜けられた。

3.3 天の岩戸

あまり急勾配でなくなってきたので右足だけで踏むようにして
高千穂までの道を急ぐ。
ホームセンターはすぐに見つかった。
350円のT字レンチを買う。
これで緩んでも自分で締められる ようになった。
出かける前に用意しておけば何の問題もなかったものを…。

さて、ここでいろいろな選択をせまられることになったが、
その最初のものとしてここで泊まるか先に行くかの選択があった。
天気予報によると昼すぎから雨が降るらしい。
今は午前11時。
例によって見積りよりも早く登ってきてしまったために、
時間は中途半端だ。

結局30日には雨は降らないとの予報から、
今日は高千穂で泊まることにする。
そうと決まればあとは高千穂観光だ。
まずは天の岩戸神社に向かう。

天の岩戸神社は218号から7Kmほど離れたところにある。
岩戸をこじ開けたという手力男尊(タジカラオノミコト)の像が
迎えてくれた。
最初は本堂のようなところで参り、
そのあと、隠れてしまった天照大御神(アマテラスオオミカミ)を
どうやって出そうかの謀議をしたというなんとか河原(失念) に行く。

頼めば天の岩戸自体も拝めたらしいが面倒で頼まなかった。
まぁ、いずれまた来る機会もあろう。

天の岩戸神社から2Kmほど戻ったところに
天の岩戸温泉なる看板が見えた。行ってみるか。
って、なんじゃいこの坂はぁ!
20%以上はあるだろう急勾配を登ると、
ようやく温泉 にたどり着いた。
男湯がタジカラオの湯で、女湯がアメノウズメの湯だって。

湯に浸かろうとしてとび上がった。
腕がお湯につけられないのだ。
見るともうまっかっかに焼けている。
しかたなく腕だけを出して浸かる。
風呂から出たら今日の宿でも探すか。

3.4 優柔不断

外に出たらそば屋があったので昼飯にする。
ちょうど12時前だ。
テレビで天気予報をやっていた。
「今日は昼すぎから雨が降り始め、
ところにより100mmを越えるでしょう。」
うーん、良かった、早めに切り上げて。

続けて流れてきたテレビの音声に耳を疑った。
「雨は今夜から明日の昼すぎにかけて強く降り…」
え?
30日にはやむんじゃなかったの?
ここで一度決めた心に揺らぎが生じる。

山道を雨の中走るのは危ない。
昼すぎまで降るとなると、
30日はほとんど進めないぞ。
2日には佐賀に着かなくてはいけない。
すると1日がかなり強行軍になるな…。

地図を見ながら必死に考える。
どうする。
これから次の町を目指すとなると20Kmは走る。
その間に雨が降り出さないとも限らないぞ。
しかし、明日一歩も進めなかったらどうする。
2日に着くのは森さんとの約束。絶対条件だぞ。

悩んだ末に空の様子を見て先に進むことを決める。
そうと決まればこうしちゃいられない。
さっさとそばを平らげると218号に戻るべく急勾配を下る。

さて、次に進むといっても2つの選択肢があった。
1つは325号に乗り換えて阿蘇に近い高森町に向かう道、
もう1つはこのまま218号を進んで五ヶ瀬町に向かう道だった。
五ヶ瀬町は見るからに何もなさそうだ。
もしこっちに向かったら矢部町まで行かないと宿はないだろう。
最悪の場合雨の下の野宿になるな。

結局高森町に向かうことにする。
よし、行き先は決まった。
どうせだからその前に高千穂峡を見ていこう。
…これが間違いだった。

325号との交差点から少し行ったところに高千穂峡はある。
問題はそこに至るまでの道だ。
地図上は非常に近いのだがその道は
いろは坂をホウフツとさせるほどの急な下り坂で、
これを登るのは骨が折れそうだった。

やがて渓谷に着く。
100mを越える断崖に挟まれた渓谷には
カップルをのせたボートが何台か浮かんでいる。
どうやらこの辺りのメジャーなデートスポットらしい。

景色は文句なく素晴らしい。
あまり絵はがきとかは買わない私が思わず買ってしまった。
一番気に入ったアングルをバックに写真 を撮ってもらう。
え?お返しに撮って?いいですよ。
あ、またリコーのカメラだ。毎度あり。

さて、高森に向かうにはあの坂を登らないといけないわけだ。
渓谷から218号に戻るにも同じような坂を登らないといけない。
ようやく218号にたどり着いたとき、
私の足は迷うことなくその先の登り坂ではなく、
矢部町を目指す道に向かっていたのだった…。

高森にいってれば阿蘇の観光ができたのに…。

3.5 国民宿舎

218号を少し行くと、葉ワサビを売っている店があった。
葉ワサビ自体は売り切れていたが、醤油づけにしたもの があった。
味見したところ酒飲みの血が騒いだので
森さん宅へのみやげに買い求める。

津花峠に向かううちに早くもポツポツきだした。
時刻は午後1時30分を少し回ったころ。
ちょっと寄り道しすぎたかな。

五ヶ瀬町では案の定宿など見つからない。
[九州のヘソ 蘇陽町] なる看板が見えた。
どうやらこの町は九州の中心に位置するらしい。
ということはまさに「半」周しているわけね、私。

キャンプ場の一画で夜を明かすことも考えたが、
どうやらテントが要るようである。
1人用のテントは貸してくれないらしい。
今度は1人用のテント も要るな。
あきらめて先へ急ぐ。

いよいよ矢部町に行かなくてはいけなくなった。
雨はこのころから強くなってきている。
矢部町にはまだ15Km以上ある。

清和町に入る。
地図には風景に変化があって楽しいと書いてあるが、
そんなもの見る余裕はない。
やはり雨の下の自転車は恐いし、周りは見られないし、
いいことなどひとつもない
去年の旅で身に染みている。

矢部町は意外に遠い。雨の中走るのはほんとに辛い。
4時少し前、[矢部町]という看板を見つけた。
思わず[矢部町に突入の歌]を歌う。すっかりハイになってる私。

国民宿舎通潤荘に電話する。
地図に載っていたもので、タウンページを見ても
218号沿いにあるのはもはやこれしかなかった。

通潤荘ってのは矢部町にある通潤橋 という名所のそばにある。
素どまりだと3500円なのだが、
シングルだったり夕食とかその他を入れて結局7000円もかかった。
ここが今回一番かかったところだ。
まぁ、雨の中の野宿よりはましか。

ここで気に入ったのは夕食だ。
熊本名物の馬刺しはうまいし、牛肉のたっぷり入った鍋もなかなか。
おまけにご飯も食べ放題ときている。
(4杯も食べてしまった。)
夫婦やカップルで来ている人がほとんどのように見受けられる。
この食事だし、2人だともっと安くなるから、
実はお買い得なところなのかも知れない。

外は雨が激しく降っている。
明日も午前中は雨らしいし、ゆっくり起きればいいな。