その4 矢部〜山鹿

4.1 天気予報と○○は…

午前7時、ゆっくり起きようと思ってたのになぜか目覚めてしまった。
しかたなく起きて浴衣のまま朝飯を食べる。
食堂ではもう出かける支度をした他の客が何組か食事をしている。
雨が降ってるというのにそんなに慌ててどこへ行こうというのか。

朝から鍋が出ているのを見て驚いた。
熊本の人って大食貫なんだなぁ、と思いつつ蓋を開けると、
2切れのハムとバター。
なんだ、これだけのものか。ちぇっ

朝なので1回のお代わりで勘弁しておいてやって、
テレビの天気予報を見る。
九州地方はすっかり雨マークの嵐だ。
「今日は昼すぎまで雨で、午後から回復に向かうでしょう。」
天気予報はまったく変わっていない。

10時ギリギリまでマッサージでもしながらぼーっとしていよう。
そう思いながら部屋に戻る。
筋肉痛は一切ない。
日に日に調子が良くなってる。
途中で買った[スポルタス] が効いているらしい。

窓から外を見る。
??
もう一度目を凝らして見る。
…………。
どう見ても雨は降っていない、いやむしろ晴れているように見える。
窓から顔を出してみた。
なんと、いい天気じゃないか。サイクリング日和でんがな。

まったく、天気予報と女の子の「そのうちね」は当てにならない。
相変わらずテレビの天気予報では「午前中は雨」を繰り返している。
イコジになってない?

4.2 下る下る

こうしてはいられない。
さっさとTシャツ、チャリパンの姿になるとチェックアウトした。
靴も一晩で乾いたようだ。
時刻は8時すぎ。
雨上がりの朝の空気はシャキッとしていて気持ちいい。

またひとつ選択があった。
218号をそのまま行くか、445号に乗り換えて熊本市を目指すかだ。
445号を行けば熊本まで40Kmほど。
だいたいお昼くらいには熊本に着く計算だ。
ここである考えが頭にひらめく。
445号を行こう。

445号を行くにあたっては不安がなくはなかった。
地図には[ブラインドカーブが多い]と書いてあるのだ。
歩道があればいいがないときは車道を走ることになる。
当然事故の危険が増えるわけだ。
気をつけて行こう。

しかし、実はブラインドカーブをさらに恐くするものがあったのだ。
それは長々と続く下り坂だった。
高千穂の辺りが一番の頂上だったのだろう。
そこからはほとんど下り坂だった。
昨日の高千穂から矢部までの道がそれほど恐くなかったのは
あまりカーブがなかったためだ。

矢部町からの御船川に当たるまでの20Kmほどの道は
クネクネと曲がりくねっていて、
しかも歩道のある部分が少ないと来ている。
更に悪いことに定期バスが通るのだ。
後ろを見つつ、車が来るたびに止まってやり過ごすようにした。

いつもは登った見返りとしての気持ち良さを提供してくれる下り坂だが、
ここまで続かれると神経が持たない。
快感も度が過ぎると体に悪い。

やがて御船町に入り御船川に沿うようになると平坦な道になった。
やっとひと安心。

4.3 川沿いの道

クランクがギーギーいうようになってきた。
昨日、雨の中漕いでしまったから油が切れたのだ。
可動部分に油 を差す。
油を差せば当然滑べりも良くなるというわけで、
今まで平気だったクランクの緩みがまた再発し始めた。

500mほど漕いでは締める。
4回ほどこれを繰り返してから締め方の要領が分かってきた。
じっくり力を入れてちゃ駄目なんだ。
「ふんっ」の気合いと一緒に一気に力を入れる。
やっと緩みにくくなったぞ。

5kmほどいくと道が広くなってきた。
街が近い証拠だ。
歩道をずっと走っているうちに川沿いの土手に誘導された。
445号からは離れてしまうが、
この川沿いに行けばいずれ3号線にぶつかる。
それに土手の道はアップダウンが全くないし、
車も人もほとんどいないから
下りで使った神経を癒すにはちょうど良かった。

理屈抜きで川はいい
源流近くのせせらぎもいいが、
自転車だとすぐに通り過ぎてしまって駄目だ。
下流の広くゆったりした流れを見ながら走ると、
なんとなく落ち着いた気分になれる。

ふと土手に自転車が何台も放置されているのを見た。
なんじゃありゃ?
捨てたにしてはずいぶんおかしなところに捨てたもんだ。
新しい自転車もあるぞ。
…下に目をやるとバス停があった。
なるほど。

4.4 熊本市到着、そして…

延々と御船川沿いを走り、ついに3号線に到着した。
これから北上していけば熊本市だ。
今までは山道を走ってきたが、
ここへきて普通の街なかの道に雰囲気が変わっている。
Tシャツ、チャリパンでは場違いな感じがする。
でも気にしない。

11時30分、熊本市に到着。
どうせだから観光 してやれ。
まずは水前寺公園なるところへいく。
東海道五十三次を模したという庭園をうろついて、
神社の手水のような長寿水なる水を飲む。
これでまた寿命が無駄に伸びてしまった。

ところで岡山でもそうだったけど、
城下町って大抵の場合大きな庭園も近くに作られてる。
権力者ってのはどうしてこういうもので権力を誇示したがるのかな。

ぼちぼち正午だ。
ダイエーを見つけて入る。
服を買うためだ。
これから訪問するところはさすがにTシャツ、チャリパンではまずい。
緑のタンクトップと白の短パンを買う。
これなら自転車を漕ぐにも邪魔にならないし、
見た目も[ちょっと暑がりの観光客]ってところだろう。

トイレで着替えて外に出る。
今まで必ずといっていいほど向けられていた
妙な視線がなくなったような気がする。
金崎さんに電話。
少しのやりとりのあとに、
「今熊本市なんですが、せっかく来たので
九州東海大に顔出そうかと思うんですが。
汚い格好だけどいいっすかね。」
「向うも喜ぶんじゃない?」
訪問決定。

4.5 九州東海大学図書館訪問

九州東海大学 は市街中心から2、3Kmほどのところにあった。
附属の小学校や高校と同じ敷地にあるらしい。
最初は入り口が分からなくて迷ってしまったが、
とりあえず高校の方の門から入って走り回ってみる。

「ねぇねぇ、大学の図書館ってどこ?」
学生は下手に丁寧に聞くと駄目 なのでわざとこのような口調で聞く。
「図書館ならこの建物の2階ですよ。」
なんと、目の前だった。

「すみません…。」
「はい、なんですか?」
きれいなお姉さんが迎えてくれた。富田さん だ。
「リコーの池田と申しますが。」
一瞬の間があって、
「池田哲也さん?」
あ、こんなきれいな方に名前を覚えていただいているとは、
光栄の至りでございます。
ってこんなこと口に出してはいえない。
「はい、そうです。
有休とって旅行してるんですけどちょうど近くに来たもので…。」
「まぁ、学生かと思っちゃった。ちょっと待ってくださいね。」

尾前さんを呼んでくださった。
奥の部屋に通される。
岡村さんがいらっしゃった。
岡村さん、尾前さん、富田さんには一度東京でお会いしていて、
先方もよく覚えていてくださった。

あらら、コーヒーまで出してもらっちゃって。
「池田さんは自転車やられるって聞いてましたけど
ひとりでご旅行ですか?東京から?」
「まさか、まさか。小倉まで新幹線で来て、そこからです。」
「あぁ、小倉からならそんなに遠くないし。」
「でも延岡からグルッと回ってきて今北上中なんです。」
「へぇ、何日くらいで?」
「今日で4日目ですね。」
「これからどういう予定で?」
「特に決めてないんですけど、明日は博多に行くつもりです。
今日は行けるところまでって感じですか。」
「ここから福岡は結構ありますよ。太宰府まで高速で100Kmくらい。」
「げっ。福岡をなめてたかな。」

こんな話をしながら30分ほどの雑談。
「阿蘇の方には?」
「いえ、高森に行こうと思ったんですが高千穂峡を見に行ってたら
あの坂道でしょう?ちょっと行く気なくしちゃいまして。
高森にいってれば阿蘇観光ができたんですよねぇ。」
「じゃぁ、今からバスで阿蘇まで行くってのはどうです?
40分くらいですよ。」
おっ、まだ時間も早いし40分くらいだったら行ってみようかな。
「今からだと1時20分は間に合わないから2時20分かな。」
ちょっと待って、1時間に1本しかないの?
「帰りって何時くらいのになります?」
「5時かなぁ。」
「ちょっと時間がもったいないですねぇ…。」

熊本に泊まってしまうと博多に行けるかどうか分からなくなる。
太宰府まで100Kmという話を聞いてますます弱気になってる。

う、まずい。
ここで[雑談時間超過防止体内タイマー] が作動してしまった。
話し始めるとつい止まらなくなることがあるので、
仕事中には雑談が長時間にならないように意識している。
これが癖となっていてもう雑談をやめなくてはいられなくなってしまった。

「それでは私はそろそろ…。」
「では一応館長にも紹介しましょう。」
館長さんにも紹介してもらってさておいとましましょう。

富田さんはもうひとりの女の人とカウンターにいらした。
「あ、もう行っちゃうんですか?」
「えぇ、福岡が実は遠いというのに気づきまして。」
あまり仕事の邪魔をしても悪い。
でも富田さんともう少しお話したい気もちょっと。
「腕とか真っ赤ですねぇ。」
「えぇ、焼けちゃってお風呂につけられないんですよ。」
ツンツン。
突然富田さんが私の腕を指でつっ突き出した。
こらこら、突くな突くな。
かつてはもっと筋肉もしっかりしていたんだけど、
今はタフさだけが残っているだけだ。

「では、またLIMEDIOで何かありましたらよろしくお願いします。」

4.6 山鹿サイクリングターミナル

さて、行けるところまで行くとはいいながら、
もう2時近いからいけてもあと30Kmくらい。
明日は博多までだから今日はもうあまり頑張らなくてもいい。

3号線をしばらく走ると[熊本山鹿サイクリングロード]の看板が。
おぉ、山鹿まではこれで行こう。
車も歩行者もいない。
ほとんど直線で平坦な道が田んぼの真中をだーーーーーーっ
続いているような道だ。
これってあぜ道を舗装してサイクリングロードって名付けただけじゃない?

こんなことを思いながら直線の道をひたすら進む。
うーーー、景色に変化がない。
途中で買ったジュースの空きカンを捨てようとゴミ箱を探すがそれもない。

下校中の小学生の集団に会う。
あぜに生えてる雑草の葉っぱや茎を使って無邪気に遊んでる。
これだよ、やっぱりガキ^H^Hお子様はこうでなくては。
電車で見つけた変な人相手にクイズで遊んでるようではいかん。

結局山鹿市についたのは午後5時に近くなっていた。
サイクリングロードの終着地点に[← サイクリングターミナル]の
看板がある。
最初はこれが宿泊場所とは気づかず、他の宿を探していた。
しかし、連休の狭間の平日というのにどこもいっぱいだ。
タウンページをめくっていて[サイクリングターミナル]の文字を発見。
え、ここって泊まれんの?

「すいません、先ほど電話した池田ですが。」
「はいはい。あら、東京の人かい。昨日来た人も東京だったね。」
ここの人には自転車で旅行する人は珍しくないらしい。
まさにここはサイクリストのオアシスですな。
どうやらサイクリングターミナルとは競輪の収益金を使った施設で、
本来は車で遊びに来て、自転車を借りてサイクリングする、
というものらしい。
ま、でもときには私のような馬鹿が
自転車で乗り付けることもあるのだろう。

全国に同じような施設があるらしい。
東北や北海道には結構たくさんあるな…。
むむむむ。