見る・聴く・感じるということ


 小学校の頃、進学塾に一人友だちがいました。よその学校の子で週一回しかあわないし、名前もまったく忘れてしまったけど、算数、特に図形が得意な子でよく教えてもらった記憶があります。勉強はなんでもできる子だったけど、たった一つ彼が苦手な科目があり、それは社会科で地図帳を見て勉強をするときでした。


「フランスとスペインの境界はどこ?・・リビアとアルジェリアの境目が見えないんだけど・・」と、隣の僕にしょっちゅう尋ねてきます。
「えっ、ええ?」とかいいながら教えていたものの、しばらくするとさすがに面倒になって
「なんでわかんないの!」と、今にすれば心ない言葉を投げつけてしまいました。
彼はオレンジと緑の区別の付かないいわゆる「色盲」で、きれいに塗り分けてある世界地図は彼にとっては謎だらけの意味不明の図形だったのです。色覚異常について、今よりももっと差別と偏見の強い時代ですからなかなか言い出せなかったのです。でもその時彼が重い口を開いてカミングアウトしてくれたおかげでもっと仲の良い友だちになることが出来ました。しかしそれからというもの、小学生の僕の心の中には奇妙な疑問が発生しました。

「例えば僕の見ている目の前の「赤い花」はほかの人にも同じ「赤い花」として見えているのだろうか?」
他人の脳みその中に入り込んで他人の目玉の裏側から見ることが出来ない以上、見て感じているものが本当に同じかどうかをどうやったら証明できるのだろう・・・
色盲だけでなく、世の中にはどうしようもなく音痴の人がいるように聴覚・嗅覚・触覚・・・みんな同じなんだろうか、いや絶対違うはずだ。味だって匂いだって違うだろう。僕は数の子を食べた後で一つだけ残った粒が歯に当たって「ぷち」となるのは大好きだけど、大嫌いな人もいるかもしれない・・・
ええっ!ということは世界は一つではなく地球上の人々の数だけあるのか!?と考え始めました。プロ野球の中継で五万人の大観衆というけど、五万通りの世界をもつ人々が集まっているのか・・などと考え始めると、いいしれぬ深い不安感にとらわれて夜、目がさえて眠れず困ったこともありました。

 同じ小学校の同級生の○野君のお母さんは盲目で、マッサージの仕事をしていました。盲目になったのは○野君を出産する時の妊娠中毒症による脳障害が原因で、いわゆる中途失明者でした。○野君の家庭は、お父さんが早世したためおばあさんと盲目のお母さんと○野君の三人暮らしでした。○野君のお母さんのマッサージは、母乳の出を良くするのに効果があるという評判で、呼ばれてときどき僕の実家にやってくることがありました。そんなときは同級生の○野君が杖の替わりにお母さんの手を引いてきて、お母さんの仕事が終わるまでの間、僕と将棋をして過ごすことが常でした。仕事が終わって○野君のお母さんと他の大人がお茶を飲みながら話しをしているのが聞こえます。なんでも最近○野君のお母さんは同業者の組合で日光へ物見遊山に行ってきたそうで・・
「いろは坂の紅葉がとっても見事でした・・」と話しています。
○野君のお母さんが帰ってから大人の一人が
「めくらなのに「紅葉がキレイ」だってさ、アハハ」と明らかに莫迦にした調子で話しているのが聞こえました。しかし、「世界は一つではなく地球上の人々の数だけあるのかなぁ??」と考え始めた年頃だった僕はそうは思いませんでした。清冽な高原の空気や森林の、季節の移ろうわずかな匂い、見えない眼ではなく、脳みそそのもので見事な紅葉を確かに感じ取ったのだと。

小学校の先生はよく、「相手の立場になって考えろ」といいますが、どんなに努力してもそれは無理だということに気づいたのもこのころでした。

「不条理」だの「実存」だのかっこつけた言葉を知るようになるのはもう数年あとでした。