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1999年1月〜12月分


かはせみ遺文(2)

2000年1月〜10月分


10月31日 Win95機からWin98機へ
9月30日 続々・PC-VAN終了とPCVAN^2
8月31日 続・PC-VAN終了とPCVAN^2
7月30日 PC-VAN終了とPCVAN^2
6月23日 詩サイトの掲示板
5月29日 現代詩、ネットと紙版詩誌
4月23日 ネットの詩、素養
3月30日 旧暦
2月29日 コミサン、トノサン
1月27日 掲示板のマナー、内輪話






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10月31日(火)

 先月は、日付のリンクを間違えて、それを訂正したソースをサーバーにPUTするのも 忘れて、もう何事も忘れ放題の昨今ですが、10月は末になってPC不調のため、 Win95機からWin98機に取り替えるなどてんやわんや。加えて、Mac機のほうでの Word98も誤操作だかなんだかうまくいかなくて、仕事もトラブり、金も無し。

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9月30日(土)

 今月も「PCVAN^2」にかかりっきり。少なくとも、来年2月の PC-VAN終了までは この状態が続きそうです。今の予想では、SIGの内、8割くらいが閉鎖し、そのかなりが Web あるいは ML に移行するものとみられていますが、その動向をできるだけ リアルタイムで追っているわけで、通信時間の大半を費やしています。
 このところ、閉鎖して BIGLOBE を出ていく SIG よりも、残って BIGLOBE の WebSIG として活動を継続しようとしている SIG に対して危惧感をもっています。 BIGLOBE側に言わせれば、「有料コンテンツではない無料のSIGだから、出会いサイト とまではいわないが、BIGLOBEが場所を提供してガイドするに価するだけの、 それそうとうのアクセスを、いや、その何倍かのアクセス数を稼いでもらわないと 困る。」→ つまり「稼げないSIGは、閉鎖する」という拘束のもとでいつまで やっていけるのか、たちまちOPらSIGスタッフは疲弊してしまうのではないか、 という点です。いつまで、アクセス数を稼げる「人気とりの企画」を出し続けられるか、 ということです。
 BIGLOBEに尻を叩かれ続け、意のままに動かされることに耐えられなくなったら、 閉鎖して Web に移行するでせう。全体として、1年もつか否か。

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8月31日(木)

 先月来、「PCVAN^2」にかかりっきりになっているのですが、作業が追いつかず、 じりじりと進めているところです。PC-VAN会員が200万人に近づいたころ、 BIGLOBEに統合されて以来、インターネット会員は1日1000人というペースでふえても、 パソコン通信のPC-VAN会員はBIGLOBEからはじゃけんにされて、 ろくにPRもされず、新規参加者は減る一方、しかも既会員はどんどん インターネットに移行するというわけで、いまでは、もしかしたらアクティブユーザーは 1万人もいないのかもしれません。
 百数十残っているSIGのうち、PC-VAN廃止後に、Webフォーラムとして生き残れるのは幾つか、おそらく 20とか30くらいかもしれません。しかも、インターネットのWebとしての 機能をフルに使える形態かどうか、使いづらい掲示板があるだけでは BIGLOBEに存在する意義は無いも同然でせう。BIGLOBEとしても、Web-SIGを どう差異化し、スペシャルコンテンツとするか、十分に検討すべきで、 ただSIGの看板があるだけでは、たちまち廃墟となるでせう。
 この際、BIGLOBE に残るにせよ、外に出るにせよ、PC-VAN SIG という名は捨て去り、 つまり、PC-VAN とともに葬り去り、SIG の人的集合は新たな形態を模索すべきでせう。 それがどういう形態になるかは、SIG 個々の固有の特性によって異なるわけで、 宇宙の塵とガスが集まって星を形成していくように、核が運動し、自転し、 宇宙の海にみずから輝いていかなければならないでせう。
 とはいうものの、BIGLOBE内に残るSIGは、事務局の直接の管理運営下にあるわけで、 その制約に対して、提供される幾つかのWebフォーラムが釣り合うかどうか。あるいは、 フォーラム以上のWeb機能を設けてSIG形態を拡充しようとするとき、その制約が どう作用するのか、前途は厳しいでせう。
 また、BIGLOBEの制約を脱して、自由に SIG構築したとしても、SIGという看板に アクティブな意味はなく、新たな旗幟のもとに集団性を生成していく必要があるでせう。 よりかかるものはなく、個人運営のホームページを越えた形態を創出していかねばならない。 そんなことがどこまで可能か──。

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7月30日(日)

 17日にサイト「PCVAN^2」を立ち上げました。場所は、元のPOETICA IPSENON PANTAREI のあった所で、PANTAREIはすでに移動していて表紙だけを置いてありました。
 そのスペースに、NECの大手パソコン通信NET「PC-VAN」が来年2月に終了する、 という6月末の発表をきっかけに、今後インターネットに参入してくる会員のための、 連絡とコミュニケーションおよび情報交換の前進基地を急遽とりあえず設けた、 というかっこうです。27日には、PC-VAN新旧ユーザーの関わる1,000余のサイト一覧リストを掲載、 ようやくミニ・ポータルサイトらしくなったようです。
 ま、いわば、すでに縮退を始めているPC-VANの同窓会の場でもあり、 SIGとは違ってパソコン通信の場を完全に失う掲示板・サークル/クラブに参加の会員らへの 臨時の代替の場でもあります。
 Web掲示板もいろいろな形式のものを現在8種類置いてあり、 PC-VANからWeb掲示板への移行ならしの一助ともなるようにしています。
 ま、そんなこんなで、しばらく POETICA IPSENON のほうのメンテ・更新はペースダウンしますので、 よろしくご了承をお願いします。

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6月23日(金)

 現在、Club のBookmarks(1)掲載の詩関連サイトは、4,100余あるわけですが、 その多くの詩サイトでは掲示板を設けて、日々作品感想を初めとする詩的交流やお喋り、 いわゆるコミュニケーション活動にいそしんでいるようです。
 自サイトに掲示板やレンタル掲示板をもたない人たちも他サイトの掲示板に出かけては 井戸端会議ならぬ「Webサイドトーキング」というところでせう。
 しかし、つらつら眺めてみまするに、その人的交流範囲は、一言でいって「非常に狭い」ということです。 かつてのパソコン通信やインターネットNGでの、次々と新規ユーザーの新規書き込みが出現しては スリルあふれるシーンを形成していく、という経験はもはや追憶の彼方でしかない。
 たとえば、Yahoo!Japanのツリー型スレッド式掲示板にしても、細分化され、 さらにひとつのベース記事が孤立的にあり、1000や2000のレスを一気に読み、 ベース記事から他のベース記事へと身軽に移動するという見通しの良さがみられない。 これでは、ここのTea Roomのような一枚掲示板のほうがはるかにましでせう。 つまり、掲示板内での操作コマンドがゼロにひとしい。パソコン通信のフォーラムにしても、 その記事をWeb側から閲覧する場合、何十とあるコマンドがほとんど使えなくなっている。 まずこのように基本的にWeb掲示板は、従来の掲示板とは異なるものであり、 機能が乏しく使い勝手が悪く、いうなればメモ帳に毛の生えた程度のものでせう。
 このように貧弱な仕様の掲示板ですから、そもそも人の吸引力がよいとはいえないのですが、 詩サイトの場合は、さらにかろうじて集まってきた人たちが、どうしても内輪性から脱却できないようです。 いや、そもそも内輪の人たちが集まっているのだから、当然というべきかもしれません。 ここで、どこがどう内輪なのかという点について具体的に述べるつもりはありませんが、 この大きな背景として、Web自体がインターネットにおいて何百万サイトとある点が 指摘されるでせう。掲示板というよりも、Web自体の大半が「個的」「孤立的」であり、 少数内輪の「座=場」であるということ。これを幾分かでも風通しよくするために、 さまざまなリンクサイトが作られ、さらに Bookmarks(1)でも若干掲載している詩関係の WebRing があります。が、これらの WebRing には、いわゆる現代詩関係のサイトは ほとんど参加していません。たとえ「現代詩Ring」が開設されても参加数は極めて少ないでせう。 つまり、現代詩サイトの多くがコミュニケーションという観点から閉鎖的であり、 かつそれに対して「鈍感」であるようにみられるのです。仮に、活発に書き込みのある掲示板でも 「内輪だけで賑やかに盛り上がっている」のでせう。
 こういう事態を変えるつもりもありませんが、それを現代詩の体質によるものという気もありません。 現代詩サイト自体がまだまだごく少数であり、インターネットの茫洋たる大海に 小さく群れて浮いているヴイのようなものでせう。目印の役目をはたせばいい。
 いささかデスペレートな気分ですが、現状、現代詩サイトに期待するものがなく、 詩サイト全般にしても、規模の大きな投稿型サイトや 600を越えるPOEM RING などの WebRing の周縁に形成されるいくつものゆるやかなグループ活動に当面注目しているのですが、 それらの相互影響が内輪性を超えていくかどうかは、まだまだ未知数のままです。

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5月29日(月)

 過去の詩誌や詩集を渉猟することもさりながら、ここ数年は、毎月刊行される商業詩誌や関連の詩誌・詩書に目を通してきました。 しかし「今日の詩」にふさわしい作品には幾ばくもお目にかかった記憶がありません。 むろん、わたしの読みたい作品と「今日の詩」との間にズレがあるのでせうが、 それにしてもここまで現代詩の変質が進んでいるとは予想していなかっただけに、 現代詩自体が現状のものに入れ替った、変質しきったと考えざるをえません。
 ということで、従来の詩に関する考えを大きく修整しているところですが、 ますます紙版の詩誌に対して読む気が失せてきています。まして、Web上の作品のほうが多彩多様であり、 紙版よりも感興が湧くというものです。といっても、いっけん詩のサイトには見えないいささか病的であったり、 偏奇的であったりするサイト群を丹念にたどっていかねばなりませんが、 それらに秘められつつ内発するエネルギーが「(Webでの)今日の詩」を産み出す力になるかもしれず、 あるいは徐々にWeb上の詩作品にも影響を与えるでせうし、ここにNetwork上にさまざまのベクトルを もつ諸サイトがひしめき相互に入り組んだリンキングのもとに触発しあうという状況が きわめてエキサイトなのです。かつて、紙版の詩誌にあったこういうスリリングな詩的状況は、 今日その片鱗もなく、社会的現実とは遊離したマイ・ポエムの温床となっているのでせう。
──と、いささか挑発ぎみの発言をしたとて、なにほどの意義もないでせうし、 とりあえずは、Webでの既成のマイ・ポエム的作品よりも、 詩以前のテキスト群に可能性の追跡をしていく。

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4月23日(日)

 インターネットでは、率直に言うて、今までのところ、ことばの表現としての魅力をもった作品になかなかお目にかかれないのです。 描く対象の人物や事物、また自己心理や感性、思索や感情のもろもろをこと細かくとらえて、 省察し、過不足なくことばでいちおう巧みに記述してはいますが、 どうもこちらの心に飛び込んでくる、生き生きとした魅力に乏しいと感じてしまいます。
 部分部分にしゃれた言いまわしや、洗練されたフレーズ、ウイットがあったりするものの、 それが「詩」としての魅力にまで至っていないというか、高められていないというか、 巧みなことばの用法の段階にとどまっているわけです。
 つまり、詩の種子や萌芽はたくさんあちこちにちらばってはいるものの、 「詩」として開花する、あるいは「詩句」として寸言や箴言とは異なった魅力を持っている段階にまで 成長していないのです。したがって、読んでいてもちっとも面白くないし、 心的興奮も、感銘も、真実心にくいいる体験を「ことばとして味わう」ところにまではいたらないわけです。 これはなぜかといえば、いま「詩」を志向して作品をなしている人たちの多くが、 そういう魅力をもった過去の作品をあまり読んできていないのではないかと思うのです。  もしも、<詩人>たらんとするならば、その人は、和漢洋の古典、 ギリシャ悲劇から和歌や俳諧集をも含めて、東西の詩文芸のおおよそを読んでいてしかるべきなのです。 さらに、民話や歌謡やことば遊びのたぐいまで、いちおうは心得ているべきことです。 これ、昔なら「素養」といったことですが、そういう広範な素養を土台としながら、 それを超えて、時代の感性を担うのがこんにちの「詩」なのでせう。
 しかし、インターネットでの詩作品の現況は、詩の種子や萌芽を大量にプールしているような段階で、 いずれここから独自の詩の花が開くに違いないでせうが、 私の周辺には、それを予感させるような作品はまだまだ出現していないようで、 私の夢想にもとづく推測にすぎないのです。
むろん、今後、紙の媒体(商業詩誌等)で活躍している書き手がインターネットにもどんどん進出してきた際に、 彼等の作品がどう変貌していくかも興深いことではありますが、 インターネットから出発している書き手に対して悪影響を及ぼすことのほうを懸念するのです。  つまり、インターネット独自の「詩」の形成を既成の「詩人」が妨げてしまうということです。 IPSENON Library もそういうマイナス方向の側面を考慮しつつ、1960〜90年代の作品群を提示しているわけで、 まず、受容し、咀嚼消化し、さらに否定し、大きく越えていってほしいものです。

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3月30日(木)

 春三月の末とはいうものの、旧暦ではまだ二月、今年は旧の雛祭りが 四月七日にあたります。年や月によって違いますが、太陽暦と太陰暦とで 1ヶ月以上のずれがあるわけで、古典物を読む際の季節感を 知るためには旧暦が欠かせないのです。ともすれば現行暦の季節感覚、 あるいは旬をなくした人工栽培の野菜や園芸植物に引きずられがちに なってしまいます。俳句などは季語の五月雨(さみだれ=梅雨)に 代表されるように、だいたい旧暦の感覚が維持されているようですが、 現代詩では、まさに現代の暦、つまり現行の太陽暦の月次に従って いるようです。しかしまあ、五月雨はやはり梅雨なんですが、 年々、それに対して頓着しない世代がふえてきているようです。 現行五月に降る雨が五月(さつき)の雨で、六月に降るのは梅雨であり、 五月雨≠梅雨というわけです。こうなってきますと、五月闇などは 初夏の昼、緑の生い茂る木下(このした)闇と同義になりかねません。
 ある人は、5月と洋数字で書けば現行暦、五月と漢数字で書けば 旧暦の月次だということにすればよいのではといいます。 しかし、現行暦でも「春三月」を「春3月」とは書きづらい。 横書きなら、まあ、なんとか恰好がつきそうですが、フォントに しまりがなくなってしまいます。結局、この何十年か続いているように その都度の場合ごとに融通無碍の使い分けでしかないのでせう。
 日本語の柔構造と言えば聞こえはいいけど、つぎはぎパッチ構造の 無節操さをおもしろいととるか、だらしがないととるか、 現今の俳句もだらだらとしてきているようで、キレなどどこかに 飛んでしまったかのように、一行詩に近づいてきているようでもあります。
 その反動かどうか、詩のほうから俳句、特に連句に近づき、 古典的規範の俳句性をもものにしてしまおうと企んでいるかのようです。

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2月29日(火)

 今日は400年に1度のうるう年うるう日だというけれど、 次の400年後に同じうるう日があるかどうか、「世界暦」がどう変化しているか、 だれにも予測できないでせう(あたりまえか)。
 田中小実昌さんが亡くなられたけど、少女時代に何度か新宿や池袋で 出会っていて、少女のわたしには強い印象を遺した方でした。以来、 コミサンの書かれたもの(主に短篇小説集と自伝的エッセイ)を読み漁ったものですが、 あのいっけんボーっとした風貌とノンシャランな語り口の向こうの叡智と豊かな情感、 そして人の奇妙な生き方にはいつも感嘆させられ、考えさせられるのでした。
 そういえば、そのころ新宿でトノサン、殿山泰司さんにも遭遇したことがあったけど、 あの方の日記的文章にも強烈な個性がありました。ひっきょう個性とは「生き方」 のエートスから放たれるのかもしれません。こういう人にばかり魅かれると、 ナミの男にはあまり関心が無くなったりしますが、見掛けではわかりませんから、 話したり書いたりするものを「見抜く」という方向にいってしまいます。
 しかし、「見抜く」ことばかりに意を注いでいると、だんだん実際とはずれていきます。 その身構えが(認識を)ずれさせるのです。そう、いつだっていわゆる「現象学的還元」 の方法が有効なゆえんでせう。「判断中止」して(エポケー)、対象に添ってみること。 「批評」しようとするのではなく、微細な感覚をたどっていくこと。

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1月27日(木)

 だいたい従来、パソ通やnetでは、内輪のメールの内容をうかつに公開しない、 とか、オフラインの会合や出来事について、だれそれがどうしたかとか、あるいは だれそれはどういう風貌か、職業か、その行状などについて「めったなことでは 公開しない」というのが、マナーだったのですが、今日、Web記事・掲示板などで そのようなマナーなどは消し飛んでしまっているようです。
 「親書の秘密」など<どこ吹く風>というありさまで、うかつにメールなんぞ 出せない。ま、価値観の相違といえばそれまでかもしれませんが、 公開されてから思い知ることになります。
   *  *  *
 それとは、別に、内輪話も花盛りで、近頃は、公開Webでありながら、 一般ユーザーには通じない内輪だけにわかる記事や掲示板内容に終始するところが ますますふえてきている印象です。
 「自分らが楽しけりゃいいじゃない。迷惑かけてるわけではないので、 文句いわれる筋合いはない」という。これを<タコ壷>論という。
 詩のサイトに限らず、一般的に タコ壷的Webがふえているようですが、 そこの発言がまたタコ壷的になってきているようで、 これを<お山の大将>的タコ壷人間という。互いのタコ壷を往来して、 お山の大将同士がヨイショしあうだけでなく、自己陶酔的自画自賛に 励む。
 ま、個人のホームページというものは「個人誌」的性格が強くなりがちなので、 なにごとにも、<自己放恣>がのさばるのかもしれません。 「知的」なようで知的ではなく、知識があっても、歴史認識を欠き、 現実認識も中途半端、実に<へんぱこ>人種が横行しているけれど、 逆にいえば、そういう<もっともらしいエセ>ぶりが浮き彫りに されてしまうのが、Webの特性かもしれません。自戒々々。



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1999年1月〜12月分

(なお、1998年分については、逸失)



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