#============================================================================================= # 歴史年表[古代オリエント・ユダヤ・中国史+世界史](草稿) 1995.3.1.改 By 石青 <禁転載> #   * 2003.7.9 追記、修正。 #============================================================================================= #   ■約35万年前、現生人類(新人)のイヴ(サン族の直系祖先)が南アフリカで誕生。 #   ■約15万年前、ユーラシア、ヨーロッパ方面の人類からクロマニヨン人が分かれる。 #   ■約6万年前、シベリア、バイカル湖付近から、日本人の最古のイヴが誕生(現日本人の34%)。 #    同じ頃、南支でも日本人のイヴ誕生(15%)。以後合せて、9系統の日本人祖先のイヴが、 #    北方、シベリア奥地から南方、インドネシアまで、次々と各地で誕生、日本列島に至る。 #    つまり、日本人は古代までに 9方面より渡来した人類で構成されているという(DNA解析)。 #--------------------------------------------------------------------------------------------- # --- ■新石器時代 前10000〜前300 -9000 日本、無土器文化末期。(前12000〜前9000)<上黒岩遺跡><福井遺跡> # --- ■縄文時代 ----- [古代オリエント史] ---------------------------------- -8000 日本、横須賀市夏島貝塚遺跡(放射性炭素測定)。[縄文早期文化] -8000 北メソポタミア、ハッスーナ期 [初期農耕文化] -8000 >肥沃な三日月地帯(ザグロス〜クルディスタン、南アナトリア、東地中海沿岸) -8000 メソポタミアにトゥラン族。 <ツラン民族圏> -8000 >北トゥラン=ウラル・アルタイ、 南トゥラン=タミル・ボオチャ・タイ・マライ。 -7300 西イラン、ガンジ=ダレ遺跡D層。(ザグロス山脈海抜約1400m、山に囲まれた盆地) -7300 >2階建て建物。壁龕・祭祀用羊頭。床に大甕。土偶・石臼・磨り石・球形小土器。屈葬。 -7000 紅海・地中海・カスピ海に、漁撈船・交易船・海賊船あり。 -6750 イラク、キルクーク東、ジャルモ遺跡。集合住居。敷筵。竃。山羊・羊・ガゼル・蝸牛。 -6750 >小麦・大麦栽培。団栗・豆類。石製容器・石臼・石皿。磨き土器・彩色土器。 -6000 〜-5000 北メソポタミア、サマッラ期(後期) [銅器] -6000 >コーヒー豆形眼(非シュメール)、母神像、彩文土器、煉瓦建築、頭飾、頚飾。 -5000 バクダッド北東、テル=ソンゴルA。周壁の集落。麦栽培。初歩潅漑。羊・山羊牧畜。 -5000 >墓(副葬品:テラコッタの女性土偶・彩文小壷・ビーカー形壷・石臼・河原石&c.) -5000 〜-4500 北メソポタミア、ハラフ期 (南東トルコ〜北シリア) 多色彩文土器。 -5000 〜-3500 南メソポタミア、ウバイド期[I〜IV期]。 (さらに古い0期がある) -5000 >潅漑農耕。神殿。幾何文・蛇・レオパード・魚・小動物文様土器。 [ウバイド文化] -5000 中国、浙江省余姚県河姆渡遺跡。江南。各種農具・大量の稲籾。 [水稲栽培] -5000 古アジア諸族。テント・銛・弓矢・土器。[森林狩猟民文化][バイカル新石器文化] -5000 朝鮮、新石器文化。 櫛目文土器。 狩猟民的文化。 -5000 ※中国、水田稲作はじまる。 -4500 南メソポタミア、ウバイド期。 トークン(粘土の小塊で数を表現する)。 -4500 〜-3000 エジプト、農耕・牧畜時代。 -4000 南メソポタミア、シュメール。 ウルク遺跡。 石灰岩神殿・石造建築。 -4000 中国、西安市半坡遺跡。 黄河中上流域。 仰韶文化。 彩陶。 [粟栽培] -4000 中国、馬家浜文化。 浙江省太湖周辺。 [水稲] -4000 クノッソス、エジプト等、地中海沿岸諸国と交易。 -4000 この頃からインドシナ・フィリピン・インドネシア・メラネシアに新石器文化。 -3800 中国、青蓮崗文化。 江蘇省〜安徽省。 [水稲] -3500 南メソポタミア。 [大洪水] -3500 〜-3000 この頃、エジプト王メネス、第1王朝を建設。王名表では第1王朝第6代。 -3500 〜-3000 ナルメル(メネス)王、上下エジプトを統一。首都メンフィス。 -3500 〜-3100 南メソポタミア。 [ウルク期] -3500 >バーレン(楽園伝説)・メルッハ経由でシュメール人侵入。 <クレーマー説> -3500 >ウルク期後半にシュメール絵文字が出現。(原文字時代) -3250 〜-2750 インド、インダス流域パンジャブに古代都市国家(ハラッパ)。[銅器] -3200 〜-2900 シリア、アムク遺跡G層に青銅合金(錫+銅)出土。 -3100 〜-2900 南メソポタミア。 [ジェムデッド・ナスル期] -3000 シュメール。 粘土板に削った葦の茎で絵文字の文を記す。 (表音文字) -3000 シュメール都市国家の首長、政教両権を行使する神政を布く。 -3000 中国・黄河流域 (前3000?〜) [新石器文明] -3000 インド、 インダス文明 [青銅器文化] -3000 〜-1400 クレタ文明。Creta. Crete. [エーゲ海文明] -3000 この頃、ヤフェト族(シュメールと同族)、イラン高原に移る。[彩陶民族] -3000 この頃、アムル(アモル)人、シリアに定住。のちメソポタミア、シュメールに入る。 -3000 この頃、シベリア、イェニセイ川上流にイェニセイ文化。 [青銅器] -3000 この頃、トゥラン族、インド・中央アジア・東アジア方面に移動。<ツラン民族圏> -3000 >トゥランのチュルク族、アルタイ山脈を出発し、西と北東とに広がる。 -3000 江南のツングース族、満州に向かいシベリア方面に移動。<シロコゴルフ説> -2900 〜-2371 南メソポタミア、シュメール。 [初期王朝時代] <松本健説> -2850 エジプト、ピラミッド建設始まる? -2800 南メソポタミア。 [大洪水] (大洪水の2回目) -2800 ユーフラテス上流で、 キシュが覇権を握る。 -2700 キシュ王エンメバラギシ、 エラム人との争いに勝利す。 -2700 中国、良渚文化。 浙江省北部。 [水稲] -2699 [辛酉] 中国、黄帝紀元。(黄帝: 5帝の第1。軒轅氏ともいう。<史記>) -2680 〜-2200 エジプト、古王国時代。第3〜6王朝。階段ピラミッド建設始まる。 -2675 キシュ王アッガ、 ウルク王ギルガメッシュと争い、敗北す。 -2600 エジプト、スネフル王、屈折ピラミッド・赤ピラミッド建設。 -2600 エジプト、レバノンから杉材を輸入。 -2600 この頃、ウルクはウル王朝と交代し、のちに再びウルクが覇権を握る。 -2550 エジプト、ギザに3大ピラミッド建設。カフラー王、スフィンクス造る。 -2550 〜-2340 シュメール。 [ラガシュ王朝] -2550 この頃のラガシュ王ルーガル=シャゲングルの子がウル王朝を復活。 -2500 この頃、古代オリエントに人工鉄が登場。 -2500 インド、 モヘンジョダロ、ハラッパー。木綿紡織・鋳物・文字。 -2435 マリ国、一時、シュメールを支配す。 [ウル第1王朝滅ぶ] -2411 〜-2150 メソポタミア、アッカド朝。 -2371 〜-2230 シュメール。[アッカド帝国時代] (セム系) <松本健> -2370 〜-2348 アッカド、エンエタルジ王。 -2347 〜-2341 ラガシュ王ウルカギナ。税軽減・財産没収禁止・監視制度廃止等の改革。 -2340 エジプト、ウナス王の時、最古のピラミッドテキスト記される。 -2340 〜-2151 シュメール。 [アッカド王朝] -2340 〜-2331 アッカド王朝、ルーガルザギシ王。 -2340 ウンマとウルクのルーガルザギシ、ラガシュを急襲して破壊す。 -2340 ウンマのルーガルザギシ、キシュの宰酒長サルゴンを使嗾す。のち囚わる。 -2331 サルゴン、キシュ王を倒して王となり、次いでウル・シュメールを征服。 -2331 〜-2276 アッカド、サルゴン。 前2315年頃、王となる。 -2315 〜-2187 シュメール。 [アッカド帝国] サルゴン大王。 [世界の四方の地域の王] -2300 この頃、ヤフェト族・エラム、サルゴンに征服され、屡々メソポタミアに侵入。 -2300 中国、竜山文化。 山東省城子崖。黄河中流。黒陶。 -2300 中国、屈家嶺文化。 湖北省〜河南省南部。 [水稲] -2275 〜-2267 アッカド帝国、リムシュ王。 宮廷革命で倒される。 -2266 〜-2252 アッカド帝国、マニシュトス王。 南部とエラムの反乱を鎮圧。 -2266 〜-2252 マニシュトス王、 「海の彼方の都市の32王連合軍」を破る。 -2251 〜-2215 アッカド帝国、ナラムシン王。 キシュとシッパルの反乱を鎮圧。 -2251 〜-2215 ナラムシン王、マガン・マリ・シリア・カッパドキア等征服。 -2251 〜-2215 ナラムシン王、統一暦制定。グート族(グティウム)と戦い、死亡。 -2214 〜-2190 アッカド帝国、シャルカリシャッリ王。グート族(グティウム)、迫る。 -2205 〜-1786 中国、夏王朝。 王禹〜王桀、14世17代。 -2205 中国、夏王朝。 初代王禹は、黄帝の玄孫。 国号を夏后。 -2200 〜-2040 エジプト、群雄割拠時代。 第1中間期。 [第7〜10王朝] -2189 〜-2187 アッカド帝国、グティウム(グート族)によって滅ぼさる(前2190?)。 -2165 ? ヘブライ、アブラハム誕生。 <旧約> -2120 〜-2005 シュメール。 [ウル第3王朝] -2120 〜-2114 シュメール、ラガシュのウトヘガル、決起し、グート王チリガンを倒す。 -2113 〜-2096 ウル第3王朝、ウル王ウルナンム。(始祖) エシュヌンナ法典を制定。 -2112 〜-2004 シュメール。 [ウル第3王朝時代] ウルナンム〜イビシン。<松本健> -2095 〜-2049 ウル第3王朝、ウル王シュルギ、東のエラムとアンシャン征服。 -2095 〜-2049 シュルギ、北のアッシュールを併合、属州とす。 -2095 〜-2049 シュルギ、ルルビア人及び諸山岳民を討つ。 -2048 〜-2039 ウル第3王朝、ウル王ブルシン、アルベラに遠征。ザクロスの部族と戦う。 -2040 〜-1780 エジプト、中王国時代。 [第11〜12王朝] -2038 〜-2030 ウル第3王朝、ウル王シュシン。 ユーフラテス中流に巨大な防壁を築く。 -2029 〜-2005 ウル第3王朝、ウル王イビシン。 アモル族が侵入。 -2017 〜-1794 シュメール。 [前期イシン王朝] -2017 イシンのイシュビ=イラ(ウル王イビシンの軍司令官)、イシン王朝建てる。 -2017 〜-2005 アモル人ナプラヌム、ラルサ王朝を建てる。 -2017 〜-1985 イシン王朝、イシュビ=イラ王(マリ出身)、エラム軍を破る。 -2017 〜-1985 イシュビ=イラ王、 アモル人を撃退。 正装を白衣とす。 -2005 ウル王イビシン、エラム族の捕虜となり、殺さる。 -2000 中国、黒陶文化。[大村落農耕文化] -2000 中国、この頃、王城崗に最古の城壁遺跡。 夏王禹の陽都か。 -2000 夏王禹の頃、西族流入す。 禹=シウク(ウルク)。 -2000 朝鮮、青銅器文化の始まり。 <朝鮮史(朝鮮大学編)> -2000 ルウイ族、カフカズ山脈の西を越えて、アナトリア高原に侵入。<ボガズキヨイ> -2000 ミタンニ、ユーフラテス支流カブル川上流地方を本拠とす。(フルリ族) -2000 この頃からアーリア人、数次、北西部インドに侵入。サンスクリット語形成。 -2000 アラビア海のメルッハ人、ディルムン人・マカン(オマーン)人らと交易。 -2000 プント(現ソマリア)王子、マレー半島でワロト国王になる。<蛇の島のパピルス> -2000 アーリア系ヒッタイト、同系のルウイ族を南西に追いやる。(ハッテイ族) -2000 〜-1800 アモル人、メソポタミア・シリア・カナンに侵入。 -2000 〜-500 インド、ヴェーダ時代。パンジャブ地方に興ったアーリア系最古の文化。 -2000 〜-1800 ヘブライ、族長時代。 -1990 ? ヘブライ、アブラハム没。 175歳。 <旧約> -1984 〜-1975 イシン王朝、シュイルイシュ王。 (南バビロニア) ダゴン神。 -1974 〜-1953 イシン王朝、イディンダガン王。 -1954 〜-1933 イシン王朝、イシュメダガン王。 -1942 ? ヘブライ、イシュマエル没す。 137歳。 <旧約> -1934 〜-1924 イシン王朝、リピトイシュタル王。 アモル王グングヌムに敗れる。 -1934 〜-1924 リピトイシュタル王、 100箇条の法規集を定める。 -1934 〜-1924 イシン王朝、アモル人、ラルサを奪う。 -1923 〜-1896 イシン王朝、ウルニヌルタ王。 キシュ王に殺さる。 -1908 ? ヘブライ、ヤコブら、カナンに入る。<旧約> -1895 〜-1874 イシン王朝、ブルシン王。 -1894 〜-1595 バビロン、アモル第1王朝。 -1889 ? ヘブライ、イサクが没す。 180歳。 <旧約> -1884 ? ヘブライ、ヤコブの子ヨセフ、エジプトの宰相になる。<旧約> -1875 ? ヘブライ、ヤコブら、エジプトに移る。<旧約> -1873 〜-1869 イシン王朝、リピトエンリル王。 ニップールをラルサに奪わる。 -1868 〜-1861 イシン王朝、イライミティ王。 -1860 〜-1837 イシン王朝、エンリルバニ王。 -1836 〜-1834 イシン王朝、ザンビア王。 ラルサからニップールを奪う。 -1858 ? ヘブライ、ヤコブ没す。 147歳。 <旧約> -1833 〜-1831 イシン王朝、イテルピシャ王。 -1830 〜-1828 イシン王朝、ウルドクガ王。 -1827 〜-1817 イシン王朝、シンマギル王。 -1822 ラルサ王リムシン、イシンを滅ぼし、[シュメール・アッカド王]を自称。 -1816 〜-1794 イシン王朝、ダミクイリシュ王。 一時、キシュを滅ぼす。 -1813 古アッシリア時代 (→-1781)。 -1813 アッシリア、エリシュムI世王。首都アッシュール。 穀物・織物・金属類交易。 -1812 〜-1793 バビロン、アモル第1王朝、 シンムバッリト王。 -1804 ? ヘブライ、ヤコブの子ヨセフ没す。 110歳。 <旧約> -1800 〜-1300 バイカル地方にグラズコヴォ文化。 殷文化に類似。銅器。漁撈。 -1800 〜-1400 ミノア文明。 クレタ島ミノス王の海上帝国。 -1800 この頃、殷、湯王。夏の桀王を滅ぼし、殷を立てる。 -1792 中部バビロニアでハムラビ王が支配権を継承する。 -1792 〜-1750 バビロン、アモル第1王朝 ハンムラビ(ハムラビ)王。 -1780 〜-1542 エジプト、第2中間期。 王権弱体化、国内混乱。 [第13〜17王朝] -1760 ウガヤ第33代の時、尾張国津島にスサノヲ命の神霊を祀る。<宮下> -1750 ハムラビ王、全メソポタミアを支配。 [ハムラビ法典] -1750 〜-1050 中国、殷王朝。 青銅利器・銅器鋳造。戦車。甲骨文字。 [殷][商] -1749 〜-1712 バビロン、アモル第1王朝、サムスイルナ王。 -1735 この頃、イルムアイルイッテイ=イリニビ、[海の国]を建国。 -1730 ヒクソス族、 デルタ東北からエジプトに侵入。 -1711 〜-1595 バビロン。 [バビロン第1王朝] -1711 〜-1684 バビロン第1王朝 アビエシュ王。 -1700 この頃、キシュの粘土板に「洪水の後に最初にキシュに王権が下りた」とあり。 -1700 ミタンニ建国。 [ミタンニ王国] -1700 この頃、ヘブライ、ヤコブ一族、エジプトに移住か。 前1710/1690. -1700 >ヘブライ:ヒクソス説。アブラハム:カルデア人説、ウバイト人説などがある -1683 〜-1647 バビロン第1王朝、アンミディタナ王。 [海の国]の城を破壊。 -1660 この頃、ラバルナ王、ヒッタイトを建国。 -1650 エジプト、ヒクソスに占領される。 [鉄と馬] -1646 〜-1626 バビロン第1王朝、アンミザドガ王。 ユーフラテス河口に城を築く。 -1630 この頃、ヒッタイト王ハットウシリ、ハットウサに王城を遷す。 建都。 -1625 〜-1595 バビロン第1王朝、サムスディタナ王。 -1600 〜-1200 この頃、ギリシア、アカイア人の青銅器文明。[ミケナイ文明] -1595 ヒッタイト王ムルシリス(ムルスィリ)I世、バビロンを急襲。 -1594 ヒッタイト王、バビロンのサムスディタナ王を追放。[バビロン第1王朝滅ぶ] -1580 〜-1558 エジプト、アアフメスI世。 Ahmes Amosis 第18王朝始祖。 -1567 エジプト、アアフメスI世、ヒクソスを追放。 -1542 〜-945 エジプト、新王国時代。 [第18〜20王朝] 首都テーベ。 -1528 ? ヘブライ、アロン誕生。 <旧約> -1525 ? ヘブライ、モーセ(モーゼ)誕生。 <旧約> -1500 このころ、ミタンニ系アーリア人、ドラヴィダ人を征服してインド侵入。 -1500 エジプト、トトメスI世、王家の谷に墓を造る。 -1468 エジプト、トトメス3世、西アジアに遠征、ヒクソスを東方に追放。 -1460 トトメス3世、盛んに海外遠征す。 -1450 〜-1430 ミタンニ王サウサタル(サウスタタル)。 -1450 〜-1430 ミタンニ王サウサタル、フルリ諸族を掌握して大勢力となる。 -1450 〜-1169 バビロン第3王朝。 [カッシート王朝] (「山の民」カッシート) -1450 バビロン(カッシート王朝)、カダシュマンカルベI世、アラム系スト族を破る。 -1445 ? ヘブライ、エジプトを脱出。[出エジプト](早期説) <旧約> -1413 〜-1377 エジプト、アメンホテプ3世。ヌビア征服。東方交易を盛んにす。 -1405 ? ヘブライ、モーセ没す。120歳。<旧約> -1400 この頃、アラム族、北シリアを中心としていた。[陸上のフェニキア人] -1400 〜-1300 この頃、カスピ海南縁、イラン北中央部に灰色土器現れる。 -1400 この頃、クレタ文明(ミノア文明)、アカイア人の侵入、破壊で滅ぶ。 -1390 この頃、ミタンニ、ヒッタイトに敗れ、ヒッタイトは北シリア・レバントを得る。 -1390 〜-1375 この頃、ヒッタイト、栄える。 -1390 〜-1044? ヘブライ、士師時代。<旧約> -1380 〜-1200 ヒッタイト帝国時代。(フリル系がヒッタイト王族に入る) -1377 〜-1358 エジプト、アメンホテプ4世。アマルナに遷都。唯一神アトンを信仰。 -1370 エジプト王アメンホテプ4世の大臣ヤンハム。ヤコブの子ヨセフ? -1365 アッシリア国、ミタンニの属国から独立。 -1365 〜-883 中アッシリア時代。 -1365 〜-1330 アッシリア王アッシュール=ウバリット。勢力拡大、カッシートを抑える。 -1365 ミタンニ・フルリ族、ヒッタイトに追われてステップルートを東進。 -1330 エジプト、ツタンカーメン王、即位。 アメン(アモン)信仰復興。 -1300 エジプト、セティI世、アジアに遠征。 -1300 この頃、アラム人、シリアに入り、ダマスクス王国を建てる。 アラム文字。 -1300 ウラルトゥ王国、アッシリア碑文に初見。 -1300 この頃、殷王朝、殷に都を遷す。 -1300 この頃、カルデア人、山東半島に上陸し干来(莱夷)となる。 <契丹史> -1300 〜-1000 中央アジア草原地帯に、カラスク文化。 青銅器。飼羊牧畜。農耕。 -1283 〜-1260 ヒッタイト王ハットウーシリス3世。<ボガズキョイ文書> -1283 〜-1260 ヒッタイト、この頃、属領キッズワトナで鉄を生産。<ボガズキョイ文書> -1280 〜-1260 この頃、ヘブライ、出エジプト。 (後期説) 前1290? -1274 〜-1245 アッシリア王シャルマネサルI世。 -1250 この頃、ヘブル(イスラエル)人、シナイ山の契約。 -1244 〜-1208 アッシリア王トクルティニヌルタI世。 バビロンを制圧。 -1244 〜-1208 トクルティニヌルタI世。エラム・カッシートらが反抗す。 -1208 トクルティニヌルタI世。マルドゥク神の儀式を自国に持込み、暗殺される。 -1229 ヒッタイト王ムワタッリス、エジプト王ラムセス(ラーメス)2世とカデッシュで戦う。 -1207 〜-1204 アッシリア王アッシュールナディンアプリ。 -1203 〜-1198 アッシリア王アッシュールニラーリ3世。 -1200 〜-800 インド、前期ヴェーダ時代。 パンジャップ・アーリア五族。 -1200 この頃、晋王国できる。以後、800年続く(と、司馬遷はいう)。<史記> -1200 〜-1085 エジプト、第20王朝。 -1200 〜-1198 エジプト王セトナクト。 -1200 〜-800 ロシア、トゥーバ。 銅冶金。 青銅器文化始まる。 単式羽口ボール炉。 -1200 この頃、ヘブル(イスラエル)人、カナンに侵入し、占拠す。 -1198 〜-1166 エジプト王ラーメス3世。 -1194 トロイ戦争。 -1190 エジプト、ラーメス3世、ナイル河口に侵入した「海の民」を撃退す。 -1170 エジプト、労働者のストライキ起こる。 -1169 バビロン第3王朝(カッシート王朝)、滅ぶ。 Cassit -1166 〜-1160 エジプト王ラーメス4世。 -1160 〜-1156 エジプト王ラーメス5世。 -1150 エラム人、南メソポタミアに侵入。 -1156 〜-1024 バビロン第4王朝(後期イシン王朝)。 -1156 〜-1139 イシン王朝、マルドゥクカビトアヘシュ王。 ニップール奪還。 -1140 〜-1121 エジプト王ラーメス9世。 -1138 〜-1131 イシン王朝、イッテイマルドゥクバラト王。 -1135 〜-915 インド上部地方、アトランジケーラー遺跡。灰色彩文土器、鉄器出土。 -1130 〜-1125 イシン王朝、ニヌルタナディンシュム王。 -1124 〜-1103 イシン王朝、ネブカドネザル1世王。 エラム族追放。 -1124 〜-1103 ネブカドネザル1世王。 アッシリアに敗戦。 -1122 〜-221 中国、周王朝。 [西周] 鉄製農具。 (西方遊牧系) -1122 この頃、箕子朝鮮、できる。 -1121 〜-1113 エジプト王ラーメスX世。 -1114 〜-1076 アッシリア王ティグラトピレセルI世。バビロン征服、一時勢力拡大。 -1114 〜-1076 ティグラトピレセルI世。アラム人らの侵入続く。疫病・飢饉で衰退。 -1113 〜-1085 エジプト王ラーメス11世。 -1102 〜-1099 イシン王朝、エンリルナディンアプリ王。 -1100 この頃、中国 「詩経」「書経」「易経」成る。 -1100 〜-1000 この頃、ドーリア人がギリシアに入る。ミケナイ文化の破壊者という。 -1100 〜-612 アッシリア帝国。 Assyria 古代オリエント統一帝国。[セム族] -1098 〜-1081 イシン王朝、マルドゥクナディンアッヘ王。 -1085 〜-935 エジプト第21王朝。 -1085 エジプト王スメンデス。 -1080 〜-1068 イシン王朝、マルドゥクシャピクゼリ王。(アラム族) -1073 〜-1057 アッシリア王アッシュールベルカラ。 -1067 〜-1046 イシン王朝、アダドアパルイディナ王。(アラム王) -1056 〜-1054 アッシリア王エリバ=アダド2世。 -1053 〜-1050 アッシリア王シャムシアダド4世。 -1050 この頃、ヘブライの士師サムエル、10分の1税を定める。 -1049 〜-1031 アッシリア王アッシュールナシルパルI世。 -1045 〜-1045 イシン王朝、マルドゥクアッヘ=エリバ王。 -1044 〜-1033 イシン王朝、マルドゥク?王。 -1044 ? ヘブライ、初代王サウル。 <旧約> -1032 〜-1025 イシン王朝、ナブシュミリブル王。 -1030 〜-1019 アッシリア王シャルマネサル2世。 -1024 〜-1007 後期イシン王朝のあと、[海の国]のシンマシュシフが王朝を建てる。 -1024 〜-1004 バビロン第5王朝。 3代続く。 -1024 〜-1007 バビロン王シンマシュシフ。 -1020 〜-1000 ? ヘブライ、サウル王(初代)。 -1018 〜-1013 アッシリア王アッシュールニラーリ4世。 -1012 〜-972 アッシリア王アッシュールラビ2世。 -1004 〜-965 ヘブライ、ダビデ王。 一時、南北に分裂(7年半)。北王国イシュバール王。 -1004 〜-965 ヘブライ、ダビデ王、シリア・ヨルダンの東まで領土拡大。 -1003 〜-984 バビロン第6王朝、バジ王家。 3代続く。 # --- ■弥生時代(日本)はじまる [最新の土器年代計測による] -1000 〜-800 バビロンのカッシート人たち、イラン高原からパンジャブに入る。 -1000 〜-538 この頃から小アジアのティルス(フェニキアの都市)、栄える。 -1000 メルッハ人・フェニキア人ら、東進してパンジャブ、パンチャーラに至る。 -1000 オッフル(旧プント)人、九州北部に到達、東表国(豊国)を建国。[南倭]<契丹史> -1000 朝鮮半島、古代国家古朝鮮成立。 <朝鮮史> -1000 この頃、メディア人、イラン高原に侵入。 -1000 この頃、アラム人、ダマスクスを王都とす。 -1000 この頃、インド、バーラタ族、ガンジス上流とヤムナ川の中間に強大な国を建設。 -1000 この頃、中国、楊子江中下流域に古タイ族。 水牛・水稲・青銅器。 紀元後に南下。 -1000 この頃、中国、楊子江下流域に、呉・越・ビン族ら。 水稲農耕文化。 [越文化] -1000 日本、九州北部に、水田稲作はじまる。 -1000 〜-900 この頃、中国、周王穆の時代。 - 995 この頃、ヘブライ、タビデ王、エブス人の地エルサレムを攻め落す。前1004年? - 983 〜-978 バビロン第7王朝 アラム族の王。 - 977 〜-803 バビロン第8王朝 →12代続く。 - 977 〜-942 バビロン王ナブムキンアプリ。 - 971 〜-967 アッシリア王アッシュールレシン2世。 - 966 〜-935 アッシリア王ティグラトピレセル2世。 アラム族を討ち、海の国征服。 - 965 〜-930 ヘブライ、ソロモン王。ダビデの子。正妃はエジプト王女。 - 965 >ソロモン王。 人民を苦役して宮殿を建造。 没、前931/928? - 960 このころ、ヘブライのソロモン王、フェニキア・ティルスのヒラム王と同盟。 - 958 ヘブライ、ソロモン王、最初のエホバ神殿を建てる。前959年完成? - 945 〜-305 エジプト末期王朝時代。 [第21〜31王朝] - 941 〜-941 バビロン王ニヌルタクドルスル3世。 - 941 〜-893 バビロン王マルビトアヘイディン。(-941〜? 在位年不詳) - 941 〜-893 バビロン王シァマシュムダンミク。アッシリアに敗れる。(在位年不詳) - 935 エジプト王シェションク(シシャク)。 リビュア人。 [第22王朝] - 934 〜-912 アッシリア王アッシュールダン2世。 アラム族を破る。 - 933 ? ヘブライ王国、北のイスラエル王国と南のユダヤ王国に分裂。 前926? - 931 〜-722 イスラエル王国(北王国)。前926?〜 - 931 〜-586 ? ユダヤ王国(ユダ王国)。エルサレムの祭司、イスラエルを破門。 - 931 〜-913 ? ユダヤ王ロボアム(レハベアム)。 都、エルサレム。 前928?〜908? - 931 〜-910 ? イスラエル王ジェロボアム(ヤラベアム)。 前926? 都、テルザ。 - 918 エジプト王シサク(シシャク)、エルサレムを攻撃、王宮の財宝を持ち去る。 - 913 ? ユダヤ王アビヤム(アビヤ)。 前911? - 911 〜-891 アッシリア王アダドニラーリ2世。 バビロン王を破り領土を奪う。 - 911 アッシリア国、アラム人を追放す。 - 911 〜-872 ? ユダヤ王アサ。 前908?〜前867? - 910 ? イスラエル王ナダブ。 前909? - 909 ? イスラエル王バアシャ。 前906? ペリシテを攻めユダヤ王国と戦う。 - 900 ギリシア、ポリス時代。 - 900 この頃、ウラルトゥ王国(コーカサス・アルメニア・ヴァン湖)、アッシリアと対抗。 - 900 この頃、アンシャン人、ウルミア湖南西におり、のち150年間に南下す。 - 894 〜-882 バビロン王ナブシュムイシュクン。 - 890 ナブシュムイシュクン、アッシリアにシッパルとドール・クリガルズを割譲。 - 890 〜-884 アッシリア王トクルティニヌルタ2世。バビロン王と修好条約。 - 886 ? イスラエル王エラ。 前885? - 885 ? イスラエル王ジムリ。 在位7日間。 前884? - 885 〜-873 ? イスラエル王オムリ。 サマリアに遷都。 (前882?〜前871?) - 883 〜-859 アッシリア王アッシュールナシルパル2世。 - 883 〜-612 新アッシリア時代。 (前883〜前608) - 883 〜-859 アッシリア王アッシュール=ナシルパル2世。 - 881 〜-851 バビロン王ナブアパルイディン。アッシリアに敗れ、再び友好条約。 - 880 ウラルトゥ国王アラメ。 - 879 アッシリア帝国、ニムルドを首都とす。宮殿落成式の招待客6万9574人。 - 873 〜-853 ? イスラエル王アカブ(アハブ)。 (前871?〜前852?) - 873 >王妃イゼベルとバアル神を祀る。 - 872 〜-853 ? ユダヤ王ヨシャパテ。 前868/867? - 858 〜-824 アッシリア王シャルマネサル3世。アッシリア諸州で反乱起きる。 - 858 〜-824 シャルマネサル3世、[海の国]のカルデア人を討つ。イキヌ王降伏す。 - 853 〜-841 ? ユダヤ王ヨラム。 - 853 ? イスラエル王アハジヤ(アハズヤ)即位。宮殿の窓から落ちて墜死。前852? - 853 アッシリア、イスラエル軍とオロンテ河辺カルカルで戦い壊滅させる。 - 852 〜-843 ? イスラエル王ヨラム。 - 850 〜-850 バビロン王マルドゥクベルウサテ。 - 850 マルドゥクベルウサテ、アッシリアの支援を得た王兄と争い、敗れる。 - 850 〜-822 バビロン王マルドゥクザキルシュミ。王弟を排して就く。 - 850 ウラルトゥ国王シャルドウリシュI世。 - 850 モアブ(ロトの子孫。カナンの先住民)のメサ王、イスラエル支配に反乱す。 - 850 イスラエルのヨラム、ユダヤ王・ケモシ(モアブ)人を攻めて敗れる。[ネボ] - 843 アラム王ベンダハトが死にハザウェルが即位。 - 843 イスラエルのヨラム、アラムを攻めるが、ラモト=ギレアドで敗北。 - 841 ? ユダヤ王アハジア(アハズイア、アハズヤ)。 前844/843? - 841 ? エヒウ(エウ)、ヨラム・イゼベル・ユダヤ王アハズイアを殺す。 前843? - 841 〜-835 ? ユダヤ女王アタリヤ(アタルヤ)。 前843/842? - 841 〜-814 ? イスラエル王エヒウ(エウ、エフー)。 前843?〜前814 - 841 中国、周王レイ、出奔。周王室中断、共和伯が実権を握る。<史記> - 835 ? ユダヤ王ヨアシ(ヨアシュ)。 前837/836? - 834 この頃、ハマダンにメディア人が居た記録がアッシリアにあり。 - 823 〜-811 アッシリア王シャムシアダド5世。 - 823 中国、晋の釐侯、即位。 - 822 マルドゥクザキルシュミ、内乱で苦しむアッシリアを救援。 - 822 マルドゥクザキルシュミ、シャムシアダド5世にアッシリア王号を認めず。 - 822 シャムシアド5世、ザブ河を渡り、マルドゥクザキルシュミを討つ。 - 821 〜-814 バビロン王マルドゥクバラトスイクビ。 - 820 スパルタのリクルゴス、クレタ法を基に軍国的な法律リクルゴス法を作る。 - 817 〜-810 ウラルトゥ国王イシュプイニッシュ。 - 814 マルドゥクバラトスイクビ、シャムシアダドに敗れ、虜囚となる。 - 814 〜-798 イスラエル王エホアズ(エホアハズ)。前800/798? - 814 〜-813 バビロン王ババアヘイディン。 アッシリアの虜囚となる。 - 813 アッシリア、ボルシッパを奪い、全バビロニアを征す。 - 812 中国、晋の文侯、即位。 - 812 〜-803 バビロン王ナブムキンゼリ。 - 811 〜-806 シャムシアダドの死後、王妃サンチラアマト(セミラミス)が支配。 - 810 〜-783 アッシリア王アダドニラーリ3世。 [海の国]に遠征。 - 810 〜-783 アダドニラーリ3世。 バビロニアの反乱を鎮圧。 - 810 〜-781 ウラルトゥ国王メヌアシュ。 - 810 中国、周王宣、即位。 - 803 中国、秦の襄公、初めて諸侯となる。 - 802 〜-729 バビロン第9王朝。 [カルデア王朝] - 802 〜-763 バビロン王エリバマルドゥク。 アッシリアの支援で建てる。 - 800 〜-784 イスラエル王ヨアシ。 - 800 このころ、ギリシア、「イリアッド」「オデッセイ」成る。 - 800 フェニキア、前800以前に、植民地カルタゴを建国。 人口100万人以上。 - 800 この頃から、キンメリア人、南ロシア・小アジアで活躍。(騎馬民族) - 800 〜-400 インド、後期ヴェーダ時代。 クル族・パンチャーラ族加わる。 - 800 〜-600 ドーリア人によるスパルタ国家形成。 - 800 この頃、扶余と辰国成立。<朝鮮史(朝鮮大学編)> - 800 この頃、小アジア西海岸にギリシアから来たイオニア人の都市国家栄える。 - 800 この頃から、湖北省江陵に興った楚が強力となる。王号を称し、華南に進出。 - 800 この頃から、ヴェトナム、ドンソン文化。 銅鼓。 銅器→鉄器。 - 798 〜-793 イスラエル王ヨアシ(ヨアシュ)。前800/798?〜前793/783? - 796 ? ユダヤ王アマジア(アマツヤ)。 前797? - 796 アッシリア、同盟を破ってデールを攻撃す。 翌年もデールを攻撃す。 - 793 〜-753 イスラエル王ヤラベアム=ベン=ヨアシ(ヤラベアム2世)。前783〜前743? - 792 ? ユダヤ王ウジヤ。 ? - 790 エチオピア人、エジプトを征服。 [第25王朝] - 784 〜-748 イスラエル王ヤラベアム=ベン=ヨアシ(ヤラベアム2世)。 - 782 〜-773 アッシリア王シャルマネサル(シャルマナッセル)4世。 - 782 中国、周王幽が即位。 - 781 〜-770 ウラルトゥ国王アルギシュティシュI世。 - 780 〜-770 この頃、ウラルトゥ(フルリ族)、北方からアッシリアを攻撃す。 - 776 ギリシア、第1回オリンピック競技大会。 - 773 ウラルトゥ王アルギシュティシュ、シャルマネサルを殺す。 - 772 〜-755 アッシリア王アッシュールダン3世。 - 772 〜-481 孔子「春秋」、この年間の魯の年代記。 - 771 中国、周王幽、犬戎(昆夷)に殺される。 - 770 中国、犬戎の乱。 (犬戎:西方異民族=西戎の1種。チベット系ともいう。) - 770 中国、周王平、犬戎・寧義・高令の攻撃を避け、都を洛陽に遷す。[東遷][東周] - 770 この頃、蒙古に東胡(匈奴の東方)が現れる。烏桓・鮮卑・契丹の先行民族という。 - 770 〜-403 中国、春秋時代。 - 770 〜-740 ウラルトゥ国王シャルドウリシュ2世。 - 762 〜-748 バビロン王ナブシュムイシュクン。ボルシッパでの反乱を処理できず。 - 754 〜-745 アッシリア王アッシュールニラーリ5世。 フルリ族に圧迫さる。 - 753 ローマ建国。 [エトルリア人の王=非アーリア系] - 753 ? イスラエル王ゼカリヤ。6ケ月在位。 前749/743? - 752 ? イスラエル王シャルム=ベン=ヤベシ。1ケ月で殺される。 前748/742? - 752 ? イスラエル王メナヘム=ベン=ガデイ。メナヘム王朝。メナエム。 前748/742? - 750 ? ユダヤ王ヨタム。 - 748 イスラエル王ゼカリヤ。6ケ月在位。 - 748 イスラエル王シャルム=ベン=ヤベシ。 1ケ月で殺される。 - 748 イスラエル王メナヘム=ベン=ガデイ。 メナヘム王朝。 - 747 〜-734 バビロン王ナブナシル。 アラム軍にボルシッパを奪わる。 - 745 ティグラトピレセル3世、バビロニアを征服し、新アッシリア帝国創設。 - 744 〜-727 アッシリア王ティグラトピレセル3世。 バビロン王プルと称す。 - 743 ? ユダヤ王アハズ。 前742? - 742 ? イスラエル王ペカフヤ。 - 740 〜-714 ウラルトゥ国王ルサI世。 - 738 アッシリア王、イスラエルを攻撃。メナヘム王降伏。貢物を課す。 - 735 〜-734 ペカ=ベン=レマリヤ、アラム人レジン(レツイン)の助けでメナヘム王朝を倒す。 - 734 ペカ=ベン=レマリア、ユダヤを攻撃。ユダヤ王アハズ、アッシリアの救援を乞う。 - 734 アッシリア、テグラテピレセル3世、イスラエル王国を征服、住民を捕虜とす。 - 734 〜-732 バビロン王ナブナディンゼリ。 州知事ナブシュムキンに暗殺さる。 - 732 ティグラトピレセル3世、ダマスカスを攻略、王レジンを殺しアラム王国を滅ぼす。 - 731 〜-731 バビロン王ナブシュムキン、アラム族長ナブムキンゼリに討たる。 - 731 〜-729 バビロン王ナブムキンゼリ。 ティグラトピレセル3世に討たる。 - 731 ? イスラエル王ホセア。 - 729 ? ユダヤ王ヒゼキア。 前728? - 728 〜-627 バビロン第10王朝。 アッシリア宗主権のもとに15代続く。 - 728 アッシリア王ティグラトピレセル3世、バビロン王プルとなる。 - 728 〜-727 バビロン王プル(ティグラトピレセル3世)。 - 726 〜-722 アッシリア王シャルマネサル5世。 - 726 〜-722 バビロン王ウルライ(シャルマネサル5世)。 (前725〜前723?) - 726 海の国の王マルドゥクアパルイディナが支配力を北方に延ばす。 - 722 簒奪者サルゴン(2世)がシャルマネサルを暗殺す。バビロン、混乱す。 - 722 魯の隠公元年。 <春秋> - 722 イスラエル王国滅ぶ。 - 721 アッシリア、サマリアのイスラエル王国を滅す。捕虜2万7290人。 - 721 〜-710 バビロン王マルドゥクアパルイディナ。([海の国]の王) - 721 〜-705 アッシリア王サルゴン2世。バビロン王とエラムの連合軍に敗れる。 - 721 サルゴン2世、軍を鉄製武器で装備す。シリア・パレスチナの反乱鎮定。 - 721 サルゴン2世、ウラルトゥのフツリ族(フルリ系)を討伐。 - 721 サルゴン2世、イスラエル人を追放。 [帰らざる十部族] - 715 エジプト、シャパカ王。 前エチオピア王朝(第25王朝)開く。 - 714 ウラルトゥ国王ルサ2世。メディア王ディオケスと共にアッシリアに反乱。 - 714 メディア王ディオケス、ハマダンに都す。 - 710 中国、楚の北進。 - 709 〜-705 バビロン王サルゴン2世(アッシリア王)。 カルデア族を攻撃。 - 709 〜-705 マルドゥクアパルイディナ、サルゴンによりペルシア湾〜エラムに逃亡。 - 708 中国、鄭の荘公、周王桓を破る。 - 706 中国、楚の武王、周の属国随を討って中原に侵入。曰く「我は蛮夷なり」と。 - 705 サルゴン2世、没す。 - 704 〜-681 アッシリア王センナヘリブ。弟に政務を任せる。都をニネヴェに遷す。 - 704 〜-703 バビロン王センナヘリブ(アッシリア王)。(Sennacherib:セナケリブ) - 703 マルドゥクザキルシュム2世、バビロンの王位を奪う。 - 703 〜-703 バビロン王マルドゥクザキルシュム2世。 - 703 マルドゥクアパルイディナ、エラム軍率いマルドゥクザキルシュム2世を討つ。 - 703 〜-703 バビロン王マルドゥクパルイディナ(再)。 - 703 アッシリア王センナヘリブ、マルドゥクアパルイディナ王のエラム軍を破る。 - 702 アッシリア王センナヘリブ、バビロン王子のベリブムをバビロン王に任命。 - 702 〜-700 バビロン王ベリブニ。 - 701 センナヘリブ、ユダ王国を攻撃、全武装都市を制圧。疫病発生のため急遽帰国。 - 700 この頃、ウラルトゥ王国(フツリ人)、キンメリア人と同盟。 - 700 この頃、カスピ海岸にスキタイ、勃興。 - 700 ユダヤ教神官、モーゼの十戒を作る。[ユダヤ教:バァル教→ヤーウェ教] - 700 〜-500 朝鮮、鉄器文化始まる。 <朝鮮史> - 700 〜-500 インド中部、ウッジャイン遺跡第I期、鉄器出土。 - 700 この頃、アケメネス(アカイメネス)朝ペルシア、始まる。 - 700 この頃、マケドニア王ペルディッカスI世。 - 700 この頃、ナイル河口地帯にナウクラティス(イオニアのミトレスの植民地)建設。 - 699 アッシリア王センナヘリブ、ベリブムに叛かれる。 - 699 バビロン王位にアッシュールナディンシュム(センナヘリブ長子)が就く。 - 699 〜-694 バビロン王アッシュールナディンシュム。 - 697 ? ユダヤ王マナセ。 前696? - 694 エラム族、バビロンに侵入、アッシュールナディンシュム王を捕えて連行。 - 693 〜-693 バビロン王ネルガルウシェジブ。センナヘリブに捕わる。 - 692 ベリブニを支援したカルデア人のムシェジブマルドゥクがバビロン王に就く。 - 692 〜-689 バビロン王ムシェジブマルドゥク、エラム族の支持援助で即位。 - 689 ムシェジブマルドゥクを支持していたエラム王、没す。 - 689 アッシリア、エラムを平定。 バビロンを攻撃し、徹底破壊す。 - 688 アッシリア王センナヘリブ、ムシェジブマルドゥクを捕えバビロン王となる。 - 688 〜-681 バビロン王センナヘリブ(アッシリア王)。 - 685 〜-643 楚の荘王。五覇の1。南方の長江中流域から台頭す。 - 684 〜-643 斉の桓公。五覇の1。斉は山東地方を拠点とす。管仲を宰相とす。 - 680 〜-669 アッシリア王エサルハドン。 - 680 〜-669 バビロン王エサルハドン(アッシリア王)。 - 680 〜-669 エサルハドン、[海の国]の王ナブゼルキットイリシルをエラムで殺す。 - 680 アッシリア王エサルハドン、エジプトのテーベを占領す。 [第25王朝転覆] - 680 エサルハドン、エジプト出征中にエラム軍がシッパルを奪う。のち和平す。 - 674 〜-627 カンダラヌ。 バビロン知事。 - 668 〜-631 アッシリア王アッシュールバニパル。 弟をバビロン王とす。 - 668 〜-631 アッシュールバニパル。世界最古の図書館を建てる。→アッシリア学。 - 668 〜-648 バビロン王シァマシュシュムキン。 - 667 〜-659 日本、神日本磐余彦尊(神武)、東征。<紀> - 667 斉の桓公、覇者となる。 - 664 〜-610 エジプト王プサメティクス、エジプトの自由回復。 [第26王朝] - 664 マケドニア、エジプトから逃れてバルカン半島に入る。 - 660 〜-585 日本、辛酉、1月1日、神武天皇、橿原宮に即位。<紀> - 660 老子、誕生。<神皇正統記> - 659 〜-621 秦の穆王。五覇の1という。 - 653 メディアのフラオルテスキ、ニネベを攻撃、ティグリスを下りアッシリアを破壊。 - 651 斉の桓公、諸侯と葵丘で会盟。 - 650 バビロン王シァマシュシュムキン、シリア族・アラム族と結んで反乱。 - 650 カルデア人の王ベリブニ、アッシリアを支援。 - 650 〜-637 宋の襄公。五覇の1という。 - 648 シァマシュシュムキン、アッシリアへの反乱に失敗、宮殿に火を放って自決。 - 643 ? ユダヤ王アモン。 - 647 〜-627 バビロン王カンダラヌ。(バビロン知事) - 641 ? ユダヤ王ヨシア。 - 640 アケメネス朝ペルシア王テイスペス。 祖アカイメネスを嗣ぐ。 - 635 〜-628 晋の文公。五覇の1。山西を本拠とす。 - 632 晋の文公、楚を破って践土で会盟、覇者となる。 - 630 〜-629 アッシリア王アッシュールエティリラーニ。 - 627 〜-612 アッシリア王シンシャルイシュクン。→前612 キアクサレスに滅さる。 - 627 ナボポラッサル、独立を計ったカンダラヌをアッシリアの命令で討つ。 - 627 ナボポラッサル、ニップールに進撃、アッシリア軍を追放。 - 626 9月、シンシャルイシュクン、ニップールに迫るがナボポラッサルは退く。 - 626 11月23日、ナボポラッサル、エラムと同盟して、アッシリアを撃退。 - 626 〜-538 新バビロニア王朝。 6代続く。 (前625?〜) - 626 〜-606 バビロン王ナボポラッサル。(ベリブニの子、カルデア王) - 625 〜-584 メディア王キアクサレス。 - 625 〜-584 キアクサレス、宗主スキティアに従うがマデュエスを殺し王になる。 - 623 秦の穆公、西方の覇者となる。 - 622 ? ユダヤ、過越の祭を行う。 - 621 ギリシアの貴族ドラコン、慣習法を成文化す。厳格さで知られる。 - 616 バビロン、エジプトと同盟し、カブリヌでシンシャルイシュクンを破る。 - 614 メディア王キアクサレス、サタルビスを攻撃し、アッシュールを破壊。 - 613 中国、楚の荘王、即位。 - 612 アッシリア帝国、バビロニア・スキタイ・メディア連合軍によって滅ぶ。 - 611 〜-608 アッシリア王アッシュールウバッリト。 - 611 ナボポラッサル、メディア軍と共にアッシリア・エジプト同盟軍を破る。 - 610 アッシュールウバッリト、ナボポラッサルに迫るが、ウラルトゥに逃亡。 - 609 ? ユダヤ王エホアハズ。 前608? - 609 ? ユダヤ王エホヤキム。 前608? - 608 アッシュールウバッリトの逃亡により、アッシリア滅びる。 - 608 エジプト、シリア遠征。ネコ2世、ユダ国のヨシア王を殺害。[メギドの戦] - 606 アッシリア北部に、メディア帝国樹立。 キァクサレス王。[アーリア系] - 606 カルデア人・メディア人、ニネヴェを占領。 - 606 中国、楚の荘王、大軍を率いて周の国境に迫る。 [鼎の軽重を問う] - 605 カルデア帝国(新バビロニア王朝)。 - 605 ネブカドネザル2世、エジプトのネコ2世と交戦中、父王没し、帰国して即位。 - 605 〜-562 バビロン王ネブカドネザル2世。(カルデア王) [カルデア帝国] - 604 エジプトのネコ、ユーフラテス川でネブカドネザル2世に敗れる。 - 600 この頃、ウラルトゥ王国、スキタイ人によって滅ぶ。 - 600 この頃、スキタイ、黒海北岸に王国を建国。 - 600 この頃、マケドニア王フィリッポスI世。 (フィリップ) - 600 〜-400 この頃、ナポリ、ギリシアの植民市となる。前4世紀、ローマに属す。 - 600 〜-527 ギリシア、アテナイの僭主ペイシストラトス。 急進的山地党主脳。 - 598 ネブカドネザル2世、エホヤキム王の反乱によりエルサレムを包囲し逆襲。 - 598 >エホヤキム(エオイアキム)王死に、その子エホヤキン(エオイアキン)が継ぐ。 - 598 ユダヤ王エホヤキン(エオイアキン)。 - 597 3月16日、ネブカドネザル、エルサレム陥落。 宝を掠奪、王と7千余の民を連行。 - 597 >エレミア書によると、王エホヤキン以下3023人が連行されたという。 - 597 ユダヤ、ゼデキア知事。 - 597 中国、楚の荘王、晋・楚和議。 - 594 アテネ国家、形成。 - 594 ギリシア、アルコンのソロン、貴族支配を改め市民を4階級に分ける。7賢人の1。 - 592 ユダヤ王エホイアヒンら3023人がバビロンに連行される。[バビロン虜囚] - 588 ユダヤ知事ゼデキア、エジプト王アプリースに唆され、反乱。 - 588 バビロン、ユダヤ討伐。エルサレム攻略。フェニキア・シドンを落す。 - 587 ? 7月、エルサレム陥落、神殿焼失。掠奪と虐殺続く。捕囚、約1600人。 前586? - 584 〜-550 メディア王アスティアゲス、バビロニアとハルランを争う。 - 575 中国、晋、楚を破る。 - 565 〜-485 釈迦(B.C.565?-B.C.485?)。 - 561 ? 4月、バビロンのユダヤ王エホヤキン釈放。 - 561 〜-560 バビロン王アメルマルドゥク。 ユダヤ虜囚を好遇す。 - 559 〜-556 バビロン王ネリグリッサル。 - 559 〜-530 ペルシア王キルス2世(キュロス)。(アンシャン人) - 559 ネリグリッサル、キリキア高原に侵入した山岳民の王アップアシュを破る。 - 556 〜-556 4月、バビロン王ラバシマルドゥク。 即位数日で暗殺される。 - 556 〜-539 バビロン王ナボニドス(シリア)。 (前555?〜) 王子ベルシアザール。 - 554 ナボニドス、シリア回復を計り、エドムを攻撃してテマを占領。 - 553 キルス2世(キュロス)、バビロンを攻撃。 バビロンのゴラスが内応。 - 551 〜-479 孔子。 儒教の祖。 言行録「論語」。 (前552?) - 550 キルス2世、メディア人キャクサレスの後を嗣ぐ。 - 550 〜-330 ペルシア帝国。 Achaemenes朝。 史上初のオリエント大統一帝国。 - 547 キルス2世、ハリス河でリディア王クロスス(クレスス)を討つ。 - 546 リディア王国、キルス2世によって滅ぶ。 - 540 キルス2世、テマを攻略。 ナボニドスはバビロンに逃げる。 - 539 ウラルトゥ王国、マンナイ・スキティアと共にバビロンを攻撃。<エレミア記> - 539 10月11日、ナボニドス、キルス部将ゴビュラス(グティウム人)に殺される。 - 539 キルス2世、ペルシア帝国を創設。(リュディア・メディア・ペルシア系) - 539 〜-530 アケメネス朝ペルシア王キルス2世。 [新バビロン王朝滅ぶ] - 538 キルス2世、フェニキアのティルスを征服。 - 538 キルス2世王、ヘブライ人(4万2360人)捕囚釈放、布告。 - 537 キルス2世、ヘブライ人を旧ユダヤ王国の地に帰す。 - 536 ? ユダヤ、エルサレム神殿再建工事始まる。 - 530 キルス2世、マツサゲタイ族女王トミュリスに求婚を拒否されて攻撃し戦死。 - 530 〜-522 ペルシア王カンビセス2世。 バビロン王。 - 530 〜-522 カンビセス2世、エジプトを征服して第27王朝を建国。 - 525 エジプト、ペルシアによる第1次支配。 - 525 晋の荀呉、楚に通じているとして陸渾(月氏)を急襲して滅ぼす。<左氏伝> - 525 〜-456 アイスキロス。 Aeschylus - 521 ペルシア帝国第3代ダリウスI世、スキタイを攻め、ギリシアを脅かす。 - 521 〜-486 ダリウスI世、スーサとサルディス間に2400キロの[王の道]を作った。 - 518 〜-510 ダリウス(ダレイオス)I世、インドに遠征。 - 517 〜-476 中国、周王敬、晋の六卿により立てられる。 - 516 ? ユダヤ、エルサレム神殿完成。 - 510 ローマ、エトルリア人の諸王を追放し、貴族主義的共和国化(アーリア系)。 - 510 〜-477 日本、2月4日、懿徳天皇(大日本彦耜友尊)即位<紀>。 - 506 中国、呉、東征して楚都の郢を陥れる。 - 506 中国、呉、越が呉の東征に乗じて侵入。その混乱を利して呉王の弟が反乱。 - 500 〜-300 ローマ、イタリア半島を征服。 - 500 この頃、マケドニア王アミンタスI世。 - 500 〜-400 ロシア、トゥーバ製鉄址。鉄冶金、現れる。地下式シャフト炉。 - 500 〜-200 インド中部、ウッジャイン遺跡第II期、鉄冶金。 南方型皿ふいご複式羽口。 - 500 インド東部のマガダ国にジィナ教興る。 Jina ジナ教。 始祖ヴァルダマーナ。 - 500 〜-321 この頃、インド、マガダ王国ナンダ王朝。 前321年滅ぶ。 - 500 〜-494 アテナイ、イオニアの対ペルシア反乱を支持。→ダリウスのギリシア遠征。 - 496 〜-465 越王勾践。五覇の1という。呉を滅ぼした後、北進して斉・晋と会盟。 - 495 〜-473 呉王夫差。五覇の1という。呉王闔閭の子。越を破って父の報復をす。 - 494 〜-473 呉越の戦い。呉王夫差、越を破り覇者となるが、越王勾践に敗れて自殺。 - 494 ローマ、平民が貴族の圧制に反抗し、丘に立て篭る。[聖山事件] - 492 第1回ペルシア戦争。ペルシア艦隊、アトス沖で難破しギリシア遠征に失敗。 - 490 第2回ペルシア戦争。ペルシア、アテネを攻撃するが、敗退。[マラトンの戦い] - 490 〜-480 スパルタ王レオニダス。前480年、テルモピライの戦いで戦死。 - 490 ギリシアのナクソス島、ペルシア軍に破壊される。のちデロス同盟に参加。 - 486 〜-465 ペルシア王クセルクセスI世。 - 485 〜-440 マケドニア王アレクサンドロスI世。 (アレキサンダーI世) - 484 このころ、ヘロドトス、小アジア・ハリカルナススに生まる。 - 482 呉王夫差、黄池に会盟して覇者となる。 - 480 第3回ペルシア戦争。 テルモピライの戦い。 サラミスの海戦。 - 480 >ペルシア王クセルクセス、スパルタ・アテネを落すが、ギリシア艦隊に敗北。 - 479 第4回ペルシア戦争。プラタイアイの戦い。ギリシア連合、ペルシアに大勝す。 - 479 クセルクセス王、バビロンの反乱に対し神殿等町を徹底破壊す。 - 478 〜-404 ギリシアのデロス同盟。アテナイを盟主とする対ペルシア海上同盟。 - 477 釈迦の入滅。 前480? - 474 エトルリア艦隊、シシリー島シラクサのギリシア人に撃滅さる。 - 473 呉、滅ぶ。 - 466 〜-428 ギリシア、ペリクレスがアテネ再建。 - 465 ペルシア、クセルクセス王暗殺され、エジプト・シリア・メディアに反乱。 - 464 〜-424 ペルシア王アルタクセルクセスI世。 シリアの長官の反乱を制す。 - 464 〜-424 アルタクセルクセスI世。 エジプト・バクトリアの反乱を鎮圧。 - 464 〜-424 アルタクセルクセスI世。 アテナイと戦い、和約す。 - 464 〜-424 アルタクセルクセスI世。 エルサレムのユダヤ教を認可。 - 453 中国、晋から趙・魏・韓が分れて独立す。 - 450 この頃、山地にいたサムニウム(サムニテ)人、カンパニア平野に進出。 - 445 ? ユダヤ、エルサレム城壁完成。 - 440 〜-415 マケドニア王ペルディッカス2世。 - 438 ヘロドトス、その「歴史」を朗誦するためアテネにくる。 - 436 アテナイ人、エーゲ海北岸に植民都市アンフィポリスを建設。鉱業・林業地。 - 433 中国湖北省随県の曽侯乙の墓より前433年5月銘の二十八宿図柄の漆箱出土。 - 431 〜-404 ギリシア、ペロポネソス戦争。(アテナイ対スパルタ) - 427 〜-347 ギリシア、プラトン - 424 〜-424 ペルシア王クセルクセス2世。 在位45日で暗殺さる。 - 424 〜-421 スパルタ、アンフィポリス占領。→前357年、マケドニアが占領。 - 423 〜-404 ペルシア王ダリウス(ダレイオス)2世。末子のキルスを重く用いる。 - 421 ギリシア、アテナイ海上同盟とペロポネソス同盟(スパルタ)が50年休戦条約。 - 413 スパルタ、デケレイア占領。 - 413 〜-326 インド、ナンダ王朝。 - 413 〜-399 マケドニア王アルケラオスI世。 - 405 スパルタ、アイゴスポタモイ占領。 - 405 〜-359 ペルシア王アルタクセルクセス2世。 - 403 〜-221 中国、戦国時代。 [韓・魏・趙・秦・楚・燕・斉] - 403 〜-230 韓。戦国七雄の1。 - 403 〜-225 魏。戦国七雄の1。 諸侯に列せられる。 襄王の時、王を称す。 - 403 〜-222 趙。 戦国七雄の1。 山西省北半〜河北省東南部を領有。 - 403 周、三晋(魏・趙・韓)を諸侯と認める。 - 401 アルタクセルクセス2世、王弟キルス・ギリシア傭兵軍と戦う。[一万人の退却] - 400 この頃、犬戎、匈奴と秦に入る。<契丹史> - 400 この頃、タレントゥム(イタリア東南端のスパルタ植民地)、発展す。 - 400 〜-200 ギリシア北東のテッサリア(アイオリス人)、マケドニアの版図に入る。 - 400 この頃、ウラルトゥ分かれて、キンメリ・ペルシアに入る。<契丹史> - 400 この頃、箕子朝鮮、秦・燕に圧迫され、河西の地を譲って東遷す。<契丹史> - 399 ギリシア、ソクラテスを死刑に処す。 - 390 エトルリアを滅ぼしたガリア人、ローマに侵入、掠奪。 - 386 中国、斉、重臣の田氏(大夫田和)に奪われ、田斉となる。 諸侯となる。 - 384 〜-322 アリストテレス。 - 375 中国、韓、鄭を滅ぼす。 韓、その都邑の新鄭(河南省開封市西南)に遷る。 - 371 ギリシアの都市国家テーバイ、エパミノンダスの統率下、スパルタを破る。 - 362 ギリシア、エパミノンダス、マンティネイアの戦いで戦死す。 - 359 フィリップ(フィリッポス)、マケドニア王となる。 - 359 秦の孝公、商鞅を登用す。 - 358 〜-338 ペルシア王アルタクセルクセス3世。 - 350 〜-250 中国、周末秦初の戦乱。 - 350 秦、咸陽に遷都し、県制を施行す。 - 350 中国、六国が合従して秦を攻める。 - 347 プラトン、没す。80歳。 - 343 〜-341 第1回サムニウム戦争。 サムニウム(サムニテ)人、ローマと戦う。 - 343 アルタクセルクセス3世の将軍アルタバゾス、アテネの支援で反乱。 - 343 エジプト、ペルシアによる第2次支配。 - 338 11月、ペルシア王アルタクセルクセス3世、宦官バゴーアスに暗殺さる。 - 338 〜-336 ペルシア王アルサセス。 - 338 マケドニア王フィリップ、ギリシアを支配。[ケロニア(カイロネイア)の戦い] - 338 ローマ、ラテン人のラテン都市同盟を解体し、徐々にローマに帰属させる。 - 336 6月、ペルシア王アルサセス、宦官バゴーアスに毒殺される。 - 336 マケドニア・ギリシア同盟軍司令長官フィリップ王、暗殺される。 - 335 〜-331 ペルシア王ダリウス(ダレイオス)3世。 - 335 中国、秦の文公、王を自称す。四川の沃野を獲得。 - 334 マケドニア、フィリップ王の子アレキサンダー、即位。 - 334 〜-323 マケドニアのアレキサンダー大王、東方遠征。 - 333 アレキサンダー軍、イッススでダリウス3世軍を粉砕。 [イッソスの戦い] - 333 アレキサンダー軍、ティルス・ガザを壊滅させる。 - 333 越が滅亡し、越将寧義氏、辰ウン殷に合し、燕・韓・斉・周を攻撃。<契丹史> - 332 エジプト、アレキサンダーに無血征服される。都市アレクサンドリア建設。 - 331 10月1日、アレキサンダー軍騎兵隊、ダリウス軍の戦車隊をアルベラで撃破。 - 331 アレキサンダー、バビロン・メディア・パルティア・バクトリアに進軍。 - 330 ペルシア王ベッソス。 - 330 アレキサンダー、中央アジアに進攻。ソグディアナ〜インド。 - 330 アレキサンダー、捕虜を使い原地人12万を焼殺、長安を築いたという。<歴史> - 327 アレキサンダー、インドに侵入。 - 326 アレキサンダー、インド王ポルスとインダス河畔で会戦し、その象群を撃破。 - 326 〜-304 第2回サムニウム戦争。 - 325 ギリシアのテーバイ(テーベ)、アレキサンダー軍に制圧される。 - 325 〜-299 趙、武霊王。北方民族に対抗するため、胡服を採用。 - 324 アレキサンダー、ペルシアのスサに還る。「東西の結婚」を図る。 - 323 アレキサンダー、バビロン・南城の玉座の間で死去す。 - 323 〜-321 マケドニア、アルコン王。 - 322 アリストテレス、没す。62歳。 - 322 チャンドラグプタ、ナンダ朝を滅ぼし、インド北部に建国。→マウルヤ朝。 - 321 〜-180 インド、 [モウリア王朝] [マウリア王朝] [孔雀王朝] - 321 ローマ勢、カウディン・フォルクスの戦いでサムニウム勢に完敗。 - 316 〜-297 マケドニア王カサンドロス。アレキサンダー後継者の1。 - 314 燕王カイ、斉の章子に討たる。 - 312 ローマ、南方の沼沢地を横断する軍道作る。 アッピア道。 Via Appia - 312 アレキサンダーの武将セレコウスI世、小アジア・シリア・ペルシア大半を支配。 - 312 〜-64 セレコウス朝。シリア王国の王朝。前64年、ポンペイウスに廃される。 - 309 中国、秦の悼武王、初めて丞相を置く。 - 306 アレキサンダーの後継者の1、アンティゴノス、マケドニア王を称す。 - 305 〜-30 エジプト、プトレマイオス朝。 - 304 〜-64 シリア王国。アレキサンダー大王のディアドコイ(後継者)4王国の1。 - 302 チャンドラグプタ、ギリシア勢力(セレコウスI世)を攻撃、アフガニスタン奪う。 - 302 アレキサンダーの後継者の1、プトレマイオス、エジプト王となる。 - 301 アレキサンダーの後継者の1、トラキア王リシマコス、アンティゴノスを破る。 - 300 〜-200 ナイジェリア、タルガ遺跡。低シャフト炉製鉄文化。[ノク文化] - 299 楚の懐王、秦に騙され捕えられて死す。 - 298 〜-290 第3回サムニウム戦争。サムニウム(サムニテ)人、古代ローマに屈服。 - 289 孟子没す。84歳。 - 288 秦は西帝、斉は東帝と称す。 - 287 〜-212 アルキメデス。 - 286 「殷の紂王の異母兄微子啓が殷の遺民を統治した」という宋が滅びる。 - 281 エピルスのピルス、イタリアを侵略。 - 280 エピルスのピルス、ローマ人を破る。 [ヘラクレア会戦] - 279 エピルスのピルス、再び、ローマ人を破る。 [アウスクルム会戦] - 278 ガリア人、小アジアに侵入。ガラティアに定住。 - 278 秦の昭襄王、将軍白起によって楚都の郢を陥れ、南郡を置く。 - 276 マケドニア、アンティゴノス=ゴナタス、アンティゴノス朝を再建。 - 275 カルタゴがローマを助け、ガリア人が南下したため、ピルス、エピルスに帰る。 - 274 インド、チャンドラグプタの孫アショーカ王、アフガンからマドラス迄統治。 - 270 カルタゴ、シシリー島の海賊を鎮圧。守備隊を置き、ローマと対立。 - 270 〜1267 この頃、インド南部に古王国チョーラ朝。1世紀頃栄え、9世紀に最盛。 - 264 〜-241 ローマ、カルタゴと戦う。シチリアの主権をめぐる。[第1回ポエニ戦争] - 264 ローマ、奴隷の剣闘士試合、流行す。 - 264 〜-227 インド、アショーカ、ベハールで統治開始す。 - 264 この頃、小アジアにビティニア王国建つ。ニコメデスI世(前279-前250)。 - 260 秦、趙を破り、趙兵40万を坑殺す。 - 260 ローマ、カルタゴ軍とミレで戦う。 [ミレの戦い] - 259 〜-210 荘襄王の子政、12歳で秦王となる。 六国を滅ぼし[始皇帝]となる。 - 257 魏の昭王の子信陵君、趙を攻める秦を伐って趙の都邯鄲を救う。 - 256 秦、周を滅ぼす。 - 256 ローマ、カルタゴ軍とエクノミスで戦う。 [エクノムスの戦い] - 255 インド、アショーカ王、マドラス東岸のカリンガ国侵略。以後平和政策宣言。 - 255 アショーカ王の時代に、仏教をイラン高原を越えオリエントに布教させる。 - 250 〜227 この頃、パルティア帝国、成る。 メソポタミアから北インド迄支配。 - 249 魯、滅ぶ。 - 246 秦王政、即位。 - 241 ローマ、カルタゴ最後の海軍をエガテス諸島での戦いに破る。 - 241 〜-197 ペルガモン国王アッタロスI世。ローマと結んでマケドニアに対抗。 - 240 ローマ、シラクサ王土を除く全シシリー島を得る。第1回ポエニ戦争終了。 - 236 呂不韋、失脚。 李斯、登場。 - 232 〜-202 項羽。 江楚の人、代々楚の武将。 秦末に挙兵、西楚の覇王となる。 - 230 韓、滅びる。 - 228 趙、滅びる。 - 227 燕の太子丹、始皇帝(秦王政)の暗殺を計るが失敗。 - 225 魏、滅びる。 - 223 楚、最後の都安徽省寿春で滅びる。 - 222 燕、滅びる。 - 221 斉、滅びる。 - 221 〜-206 中国、秦帝国によって統一。 [始皇帝] - 221 河南省宛の製鉄部族徐氏、秦に敗れ満州に穢を建て、後に扶余に合体。<契丹史> - 218 〜201 カルタゴのハンニバルの進攻にローマ反撃。 [第2回ポエニ戦争] - 218 カルタゴのハンニバル、エブロ川を越えスペイン・イタリアに進攻。 - 216 カルタゴのハンニバル、カンネーの戦いでローマ軍8万に大勝。 Cannae - 214 〜-158 日本、丁亥。1月14日、孝元天皇(大日本根子彦国牽尊)即位<紀>。 - 214 万里の長城、着工(修築)。 - 213 秦、始皇帝、焚書坑儒。 - 212 シチリア島東岸のシラクサ(古代ギリシアの植民市)、ローマに占領される。 - 210 秦、始皇帝、没す。 - 210 〜-207 秦、2世皇帝胡亥。 - 209 陳勝・呉広の乱。劉邦・項羽、挙兵。 - 209 匈奴の冒頓単于、漢を服属させる。 - 208 〜8 漢。[前漢] - 207 〜-206 秦、子嬰。 - 206 劉邦、咸陽を占領。 秦、滅ぶ。 - 203 秦の竜泉県県令趙佗、自立し、番禺(広州市)を都として南越を建てる。 - 203 〜-111 南越王国。初代南越王武王(趙佗)。 5代93年。 - 202 〜-195 漢、前漢初代皇帝高祖。 劉邦。 沛(江蘇)の人。 長安に都す。 - 202 この頃、遼東郡の西北に倭地あり。 - 202 漢、盧綰を燕王とし、遼東の長城を修理し、遼河までを燕の領土とす。 - 202 ローマ軍、アフリカのカルタゴ本国を襲う。 カルタゴ、大敗。 [ザマの戦い] - 202 秦人、辰国に亡命す。<契丹史> - 201 ヌミディア王国、マシニッサがローマの後援で王になる。 - 200 朝鮮半島、 楽浪(ラクラン)国家の成立。 <朝鮮史(朝鮮大学編)> - 200 バクトリアのギリシア人がインド・パンジャップに侵入。 - 200 この頃、南コーカサスのアルメニアに王国が成立。 - 200 この頃、ウクライナのサルマティア人、南ロシア・ドナウ川地方に発展。 - 200 >1世紀以後屡々古代ローマ帝国に侵入。のちゲルマン人に加わって移動。 - 200 この頃、月氏、匈奴に追われて西遷。湟水流域の残存勢力を小月氏という。 - 200 この頃、大夏(トクァラ=トカラ=Tokhara)族、バクトリア王国を滅ぼす。藍氏城を都とす。 - 200 この頃、大月氏、バクトリアに入って大夏(トクァラ人)を服属させる。 - 200 この頃、インド、デカン高原にアンドラ王国。→後3世紀前半。 - 200 この頃から朝鮮半島、江南水稲系韓族と牧畜狩猟系穢貊族との対立激化。 - 190 燕人の衛満、箕子朝鮮王箕準を追って王となる。[衛満朝鮮][衛氏朝鮮] - 180 〜80 インド北部、シュンガ朝。始祖プシャミトラ。サンチの大塔建築。 - 180 〜-157 漢第5代皇帝、文帝。 - 176 匈奴、東胡から東トルキスタン・ジュンガリアまで東西26国を平定。 - 174 匈奴、冒頓没す。<契丹史> - 168 マケドニア、ピドナの戦いでローマに大敗し、国が4分する。 - 168 ユダヤ、ハスモネ(マカベア)家反乱し、再びユダヤ王国を形成。 - 165 ●? この頃、旧約聖書、成る - 157 〜-141 漢第6代皇帝、景帝。 諸王を抑圧。 - 154 中国、呉楚七国の乱。 景帝、諸王の実権を削り中央集権体制を確立。 - 150 〜-50 この頃、月氏(スキタイ系サカ族)、ゾグディアナ・バクトリアに住む。 - 150 サカ族、次いで月氏がバクトリアを占拠。ギリシア族を追放。 - 149 〜-146 ローマ、でっちあげの口実でカルタゴを攻撃。 [第3回ポエニ戦争] - 148 マケドニア、ローマの属州となる。 - 146 ローマ、カルタゴを包囲攻撃し破壊。人口25万の内生存者5万を奴隷とす。 - 145 〜86 司馬遷。 「史記」。 - 138 漢の武帝、張騫を月氏国に派遣す。 - 133 アタルス、ベルガモンをローマに遺贈。 - 133 ローマ、護民官ティベリウス=グラックス(兄)、土地再分配の改革。撲殺さる。 - 128 漢の武帝、滄海郡を置く。 - 126 漢、張騫が月氏国から帰還。 - 123 ローマ、護民官ガイウス=グラックス(弟)、大規模な土地改革法。同志と殺さる。 - 121 漢、将軍霍去病が匈奴を撃破す。 - 117 漢、霍去病が24歳で病死。 墓は武帝陵の東。 陜西省興平県。 - 113 キンブリ人、北海方面よりローマ帝国に侵入、北伊ポー川平原に入る。 - 111 〜-106 ヌミディア国王ユグルタ、ローマと戦って敗れる。[ユグルタ戦争] - 108 漢の武帝、王倹城を落として、衛氏朝鮮を滅ぼす。 - 106 ローマのマリウス、旧カルタゴ領を占めたヌミディア国のユグルタ王を破る。 - 105 キンブリ(Cimbri)人、マリウスらのローマ軍とヴェルケレに戦う。 - 104 〜-102 漢の李広利、中央アジアのフェルナガ地方の大宛(ペルシア系)に遠征。 - 101 ローマ、マリウス、北伊ロンバルディアに侵入したキンブリ人を壊滅す。 - 100 中国、タリウム盆地を征服す。 - 100 カルカッタ近郊のオリッサの人々、東南アジアと交易す。 - 100 〜500 この頃、トルファン盆地に車師王国。 オアシス都市国家。 - 100 〜500 この頃、天山南路南道にオアシス都市国家ゼンゼン。前漢の兵站基地。 - 100 〜494 この頃、扶余族、満州中部に扶余王国建つ。 - 99 漢、李陵が匈奴に降伏。 司馬遷、李陵を弁護す。 - 99 〜-90 漢の李広利、度々匈奴を討つが、前90年、外蒙古に進んで敗れて降参。 - 95 〜-55 アルメニア王ティグラネス、領土拡張。ギリシアと提携、ローマに敗れる。 - 89 イタリアの全自由民がローマ市民となる。 - 82 殷の遺民が、高句麗となる。<契丹史> - 74 〜-4 ユダヤ、ヘロデ大王。 - 74 〜-49 前漢第9代皇帝、宣帝。烏孫と結んで匈奴を撃破。西域36国を服属。 - 73 ローマ、スパルタクスの率いる奴隷の反乱起こる。 前74?〜 - 71 ローマ、スパルタクス軍を鎮圧し、その団員6000人を街道に磔にす。 - 67 ポンペイウス、地中海の海賊を討伐す。 - 66 〜-61 ポンペイウス指揮下のローマ軍、カスピ海東岸を北進。[東方遠征] - 66 ローマ軍、アラニ人と会戦す。 - 65 ローマ軍、ユダヤのエルサレムを急襲。 - 60 〜-53 ローマ、三頭政治。[カエサル(シーザー)・クラッスス・ポンペイウス] - 59 漢、烏塁城(シャディル)に西域都護を置く。 - 57 新羅、建国。 <新羅本紀> - 57 倭、委奴国王、漢に朝貢。 - 55 ローマのカエサル、ドーヴァー海峡を渡ってブリタニアに達す。 - 54 ローマのカエサル、再びドーヴァー海峡を渡ってブリタニアに達す。 - 51 〜30 エジプト王国プトレマイオス朝女王クレオパトラ。Cleopatra - 49 ローマのカエサル、ルビコン川(カエサル領とイタリアの境界)を渡る。 - 48 エジプトのクレオパトラ、カエサルを愛人として弟を追い、王位を確保。 - 48 ローマのポンペイウス、カエサルに敗れ、エジプトで殺害される。 - 46 ローマ、カエサルの独裁。 B.C.45、終身総裁(ディクタトル)。 - 46 ローマ暦「ユリウス暦」 1年=365.25日 - 46 ヌミディア王国、ローマ領となる。 - 44 ローマのカエサル、暗殺される。 - 43 〜-36 ローマ、第2回三頭政治。 [国家再建3委員] - 40 ヘロデ王、ローマ元老院の承認でユダヤ王となる。 - 37 エジプト女王クレオパトラ、アントニウスと結婚。 - 37 辰王、高令を招き高句麗・百済を建てさせる。<契丹史> - 37 高句麗、建国。 <三国遺事> (満州東部〜朝鮮北部の貊族中の1族か。) - 35 この頃、月氏、オクサス川流域に建国す。 - 33 漢、王昭君が匈奴に嫁がせられた。 - 31 ローマのオクタヴィアヌス、アントニウスをアクティウムの海戦で破る。 - 30 エジプト、クレオパトラの死。 ローマの支配下(属州)に入る。 - 27 〜14 オクタヴィアヌス、最初のローマ皇帝アウグストゥスとなる。 - 18 〜28 百済、温祚王。 高句麗始祖朱蒙(東明王)と扶余王女の子。 - 4 ●? ナザレのイエス=キリスト(B.C.4?-A.D.28?/30? )誕生。 - 1 この頃、スエビ族、エルベ川地方に住む。東ゲルマン系。 1 紀元前後。「楽浪海中に倭人あり。分かれて百余国、‥‥献じ見ゆ」<前漢書> 8 〜23 中国、王モウが新を建国。 [新] 劉秀(光武帝)に倒される。 9 ゲルマンのアルミニウス、ローマ軍を破る。 [トイトブルク森の戦い] 14 「倭人、兵船百余隻を出し、海辺の民戸を掠う」<新羅本紀> 14 ローマ、アウグストゥス没し、ティベリウス、皇帝になる。 18 辰王家が寧義(ニギ)氏から高句麗王家賁弥(ヒミ)氏に代わる。<契丹史> 18 〜27 中国、赤眉の乱。樊宗が劉盆子を立てて山東で挙兵。 長安を陥れる。 22 中国、後漢、建つ。 25 〜220 中国、後漢。 漢を再興す。 [後漢] 25 〜57 中国、後漢初代皇帝、光武帝。 前漢高祖9世の孫。 都を洛陽とす。 25 後漢、楽浪郡によって朝鮮半島を支配。 26 〜36 ローマ、第5代ユダヤ総督(兼シリア総督)ポンテオ=ピラト。 30 ●? ナザレのイエス、十字架の磔刑に処せられる。 36 メキシコ、エル=バウルの石碑に西暦36年の日付とバァル神像あり。<マヤ> 41 ローマ、クラウディウス、カリグラを殺害。軍団擁立の皇帝になる。 41 ? ユダヤ、アグリッパI世キリスト教を迫害す。 49 後漢、南朝鮮の倭韓両族が楽浪郡に朝貢する。 50 後漢、楽浪を放棄。 50 この頃、インド、クシャーナ帝国。ヴューマ=カドフィセス。 50 この頃、ローマ、ライン西岸に植民地ケルンを建設。 54 〜68 ローマ皇帝ネロ。母・妻を殺す。 57 この頃、倭、小国100余国分立、倭奴国が後漢の光武帝より印綬賜る。<後漢書> 57 〜75 後漢第2代皇帝、明帝。 光武帝の子。儒学奨励、匈奴討伐、西域支配。 64 ローマ市、大火。皇帝ネロ、罪をキリスト教徒に帰して大迫害。 67 中国に仏教伝来。(後漢・明帝) 白馬寺建立。 68 ローマ皇帝ネロ、自殺す。 69 〜79 ローマ皇帝ヴェスパシアヌス。ガリア・ブリタリア・アフリカ等を鎮定。 69 〜79 ローマ皇帝ヴェスパシアヌス。 ユダヤ人の反乱を鎮定。 70 8月、ローマ、エルサレムを攻囲し陥落させ、神殿を破壊。 第1次ユダヤ戦争。 70 > ユダヤ、エルサレム。 死者110万・奴隷9万7千。 [ユダヤ人離散] 71 〜130 日本、辛未。7月11日、景行天皇(大足彦忍代別尊)即位。<紀> 73 マサダ陥落。 77 新羅、加耶(日本保護領)と戦う。<新羅本紀> (加耶=伽羅) 77 〜128 百済、己婁王。77-128 79 〜81 ローマ皇帝ティトゥス。凱旋門を作り、コロセウムを完成。 79 ヴェスヴィオ火山、大噴火。 81 〜96 ローマ皇帝ドミティアヌス。専制主義強化。妃らの陰謀で暗殺される。 91 後漢、班固が西域都護となる。 96 〜98 ローマ皇帝ネルヴァ。養子トラヤヌスに全権を委ねる。 98 〜117 ローマ皇帝トラヤヌス。ダキア・パルティア・アッシリア等を征服す。 98 このころ、「ゲルマニア」ガイウス=タキトゥス。 100 中国、上海南郊にインド人コロニーがあった。1〜2世紀頃。 100 マレー半島タクアバ、ケダー、リゴール等にマガダ諸族の植民地あり。 102 班超の指揮する中国(後漢)の遠征軍、カスピ海に達し、ローマに密使送る。 105 後漢、蔡倫、紙の発明。 107 この年、倭面土国王帥升ら、後漢の安帝に生口160人を献じ請見を願う。<後漢書> 117 〜138 ローマ皇帝ハドリアヌス。 帝国領が最大になる。 各所に土木建築。 122 11月、「都人訛言、倭兵大いに来る。争って山谷に遁る」<新羅本紀> 132 〜135 ユダヤで反乱。 第2次ユダヤ戦争。 神殿を完全に破壊。 135 ● エルサレム、破壊され、ユダヤ人、世界に散る。 135 インド、カニシカ王が仏教を尊崇。 138 〜161 ローマ皇帝アントニヌス=ピウス。ハドリアヌス帝の養子。 146 中国、この頃、安息国王子安世高・大月氏国の支婁迦讖ら渡来、仏典翻訳。 155 ロードス島、地震でロードス市(B.C.407年建設)、全滅す。 156 鮮卑人、モンゴリア高原を統一。 157 日本(任那)、新羅に根嶺の険の返還を命ず。新羅の都城慶州に迎日殿建築。 161 〜180 ローマ皇帝マルクス=アウレリウス。5賢帝の最後。哲人皇帝。 164 〜180 ローマ帝国全域で悪性疫病、猛威をふるう。[ゴート人の南下] 166 後漢、大秦王安敦(ローマ皇帝アントニウス)の使者が来る。 168 鮮卑と穢貊が漢の幽州并州に侵入。 170 弁辰「国、鉄を出す。韓・穢・倭、皆従ってこれをとる」。<魏志・弁辰> 173 倭の女王卑弥呼、新羅に遣使し礼物を贈って修交求める。<新羅本紀> 179 高句麗、漢を坐原で撃滅。 180 この頃、ゲルマン人のローマ帝国内移住始まる。 183 任那、塩乗津彦、阿達羅王の王位を剥奪。 184 後漢、黄巾の乱。首領張角、太平道(一種の秘密宗教)を唱える。 189 後漢、霊帝、没。董卓が洛陽を支配。 [董卓の乱] <三国志> 189 後漢、袁紹、冀州に走り渤海郡大守になる。<三国志> 190 公孫氏(北倭)の公孫度、遼東で自立す。[遼東大守][遼東侯・平州牧] 190 公孫氏、山東半島を支配す。 193 〜211 ローマ皇帝にセプティミウス=セヴェルス(カルタゴ人)就く。 197 高句麗、「中国に大乱あり、漢人が乱を避け投降する者多し」。<三国史> 204 南満州の公孫氏、楽浪郡を得、その南半を帯方郡とし韓人・倭人を統轄す。<魏志> 204 扶余王仇台、帯方郡の故地に伯済国を建て、九州に伊都国を建国。<契丹史> 204 公孫度の娘、日向に安羅国建て、熊本の多婆羅国(北扶余系)と同盟。<契丹史> 208 中国、赤壁の戦。 孫権・劉備の連合軍が曹操の水軍を大敗させる。 211 〜217 ローマ皇帝カラカラ。大浴場。悪貨発行。東方遠征上暗殺される。 212 ローマ帝国内の全自由民がローマ市民権を得る。 220 〜280 中国、三国時代。 [魏・蜀・呉] 220 〜265 魏、建つ。 曹操が献帝を奉じて実権を握り魏王となる。 220 〜226 曹丕(文帝)。 漢の帝位を奪い、国号を[魏]とす。 [漢王朝終る] 221 〜263 劉備(昭烈帝)。 [蜀漢]を建国。 四川省を根拠とす。 222 〜280 孫権、魏と蜀漢の対立に乗じて独立、建業(南京)に呉を建てる。 222 〜252 孫権。 229年に帝を称す。太帝。 南方に向かって境域を開く。 226 〜651 ペルシア、ササン朝。 Sassan. ゾロアスター教を国教とす。 226 ペルシア、ササン朝。 アルダシル(アルタフシャトラ)が始める。 226 ササン朝アルダシルI世、パルティア(安息)国アルサケス朝を滅ぼす。 227 〜241 ササン朝ペルシア初代国王アルダシルI世。 234 諸葛亮(孔明)、五丈原の戦いで死ぬ。 54歳。(181-234) 235 〜285 ローマ、軍人皇帝時代。 50年に18人の皇帝。ほとんど暗殺される。 236 フランク人、ライン川下流の境界破る。アラマン人、アルサスに流入。 236 魏、公孫氏を倒す。(公孫淵、殺される) 238 魏、楽浪・帯方郡をおさえる。 239 倭、6月、卑弥呼、帯方郡に使を送る。魏の明帝、卑弥呼を親魏倭王とす。<魏志> 240 日本、3月1日、斯摩宿禰を卓淳国に遣わす。<紀> 240 この年、帯方郡大守の使、詔書・印綬を持って倭国に至る<魏志>。 241 〜272 ペルシア王シャープールI世。エデッサの戦でローマ皇帝を捕虜とす。 242 マニ、布教始める。 243 倭王、大夫伊声耆・掖邪狗ら8人を魏に遣わし、生口・倭錦等献上<魏志>。 247 ゴート人、ダニューブ川を渡りセルビアに侵入。 250 〜589 中国、六朝時代。 [呉・晋・宋・斉・梁・陳] 250 ローマ、デキウス帝、キリスト教を大迫害。 250 〜336 ギリシアの教職者アリウス。アタナシウス派の三位一体説を排す。 251 ゴート人、大勝。 デキウス帝を殺す。 260 ササン朝ペルシア王サポルI世、アンティオキア占領。オデナトゥスに敗れる。 265 〜420 権臣司馬炎(武帝)が魏に代わって、[晋]を興す。 266 倭、この頃、倭国女王壱与、西晋に入貢す<晋書>。 (266年=泰始2年) 270 〜275 ローマ、アウレリアヌス帝、諸民族侵入のため防御工事をす。 277 マニ教の創始者マニ、ペルシアで磔にされ、皮を剥がれる。 280 〜316 中国、晋が呉を倒して中国を統一す。 [西晋] (318年以後は東晋) 280 中国、晋の武帝、土地制度「占田・課田」法を施行。税法戸調式を制定。 280 ローマ、コンスタンティヌスI世、誕生。 (280?-337) →306 帝位に就く。 284 〜305 ローマ皇帝ディオクレティアヌス。 東方的専制君主。 286 ローマ皇帝ディオクレティアヌス、帝国の統治を二分し、東方を直轄支配す。 293 ローマ皇帝ディオクレティアヌス、東西に各2名の正帝・副帝を置いて4分統治。 293 〜373 アレクサンドリアの司教アタナシウス。三位一体説を唱える。 297 陳寿、没す。 65歳。「三国志<魏志>」、65巻。 300 〜306 中国、晋王朝に八王の乱。 →内部崩壊。 300 この頃、高句麗、楽浪国を統合。 # --- ■古墳時代 302 蜀、建国。 303 ローマ皇帝ディオクレティアヌス、キリスト教を大迫害す。 304 中国、五胡十六国の乱が起こる。 304 前趙、建国。 311 ガレリウス、キリスト教徒迫害を廃す。 312 コンスタンティヌス大帝、ローマ皇帝となる。 313 前涼、建国。 313 高句麗(南満州)、楽浪郡・帯方郡を滅ぼして朝鮮半島に領土拡大。 313 ローマ、コンスタンティヌス帝がキリスト教公認。西ローマ。[ミランの勅令] 316 中国、晋の首都、匈奴に攻略される。 317 中国、晋、江南に退いて東晋王朝。(建康に都を遷す) [東晋] 317 ローマ皇帝ガレリウス、キリスト教寛容の勅令を出す。 319 後趙、建国。 323 ローマ皇帝コンスタンティヌス、ローマ全域でキリスト教を公認宗教とす。 325 ローマ、「ニケーアの宗教会議」により三位一体説を正統教義とす。 337 コンスタンティヌス帝、臨終に洗礼を受ける。 349 前燕、建国。 351 前秦、建国。 354 アウグスティヌス誕生。〜430 Augustinus,Aurelius 355 高句麗、前燕(鮮卑・慕容氏)に貢し、使持節都督営州諸軍事征夷将軍に封される。 361 〜363 背教者ユリアヌス、キリスト教をミトラ教に代えようとす。 371 百済・肖古王は兵3万を率いて高句麗を攻め、故国原王を戦死させる。<百済記> 372 朝鮮(高句麗)に仏教伝来。小獣林王(371-381)の時代。<三国紀> 372 晋王朝、百済肖古王を鎮東将軍領楽浪大守とす。<百済記><晋書> 375 ゲルマンの大移動始まる。(375- ) 383 晋の謝玄ら、前秦を破る。[ヒ水の戦い] 384 西燕、建国。前燕(鮮卑)滅亡後、王族慕容氏が建てる。 384 後燕、建国。 384 後秦、建国。 384 百済、晋から胡僧の摩羅難陀きて、仏教伝える。<三国紀> 385 西秦、建国。鮮卑の首長乞伏国仁が始祖。 386 後涼、建国。 386 北魏、建国。 390 ローマ皇帝テオドシウス(在379-395)、セラピス=ジュピターの神像を破壊。 391 倭、渡海して百済・新羅を破る。 [辛卯の乱] <広開土王碑> 392 倭、百済の辰斯王を殺させ、阿花を王とす。<契丹史> 392 テオドシウス大帝、東西の皇帝となる。 392 皇帝テオドシウス、正統キリスト教を国教とし他宗教を厳禁す。 395 ローマ帝国、東西に分裂。 395 東ローマ帝国をビザンティン帝国あるいはギリシア帝国ともいう。 396 高句麗・広開土王、水軍で百済に侵攻し諸城を落として百済王を服させる。 396 高句麗、漢江以北、大同江以南の地を回復す。 397 南涼、建国。 397 北涼、建国。 397 倭、百済に軍を送り、枕弥多礼・硯南・支侵・谷那・東韓の地を奪う。 398 南燕、建国。 404 倭軍、帯方郡の故地に出兵し、高句麗軍と戦って敗れる<広開土王碑>。 405 西涼、建国。 407 夏、建国。 409 北燕、建国。 409 アラマン人と合したスエビ族の一部、イベリア半島に入り、スエビ王国建国。 410 ローマ、バルカン半島軍の統轄者アラリック(ゴート人)、ローマを占領。 413 倭王、東晋に方物を献じる<晋書>。 413 東晋、「安帝の時、倭王賛あり」。<梁書> 416 百済、東晋に貢し、使持節都督百済諸軍事鎮東将軍百済王に封される。 420 劉裕が東晋を滅ぼして華南に、南宋を建てる。 (420-589)。[南朝] 421 倭王讃、宋に修貢し、武帝より除授の詔を賜る<宋書>。 425 倭王讃、司馬曹達を遣わし、宋の文帝に上表し、方物を献じる<宋書>。 425 北ハンガリーからパンノニアに移住していたヴァンダル人、スペインに移住。 425 フン族がパンノニアへ、ゴート人はダルマティアへ。 425 西ゴート人とスエヴィ人はポルトガルと北部スペインへ。 425 アングル人は、ブリタニアに侵入。 429 ヴァンダル人、スペインから北アフリカに向う。 438 倭王珍、宋に使を遣わして貢献し、安東将軍倭国王の称を賜る<宋書>。 439 中国、鮮卑の拓跋氏が華北を統一し、「北魏」成る。(439-581) [北朝] 439 ヴァンダル人、カルタゴを占領して、艦隊を建造。 443 倭王済、宋に奉献、安東将軍倭国王の称を賜る<宋書>。 451 倭王済、使持節都督、倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事を加授さる<宋書> 451 フン族のアッチラ、北ガリアに侵入、この戦いでの死者15万〜30万。 452 フン族のアッチラ、ベネチア経由で北イタリア侵入、ミラノまで掠奪。 453 フン族のアッチラ、没す。 455 カルタゴにいたヴァンダル人がローマを占領して掠奪。 460 倭王済、宋に使を遣わし、方物を献じる<宋書>。 462 倭王済没す。世子興、宋に貢献して、安東将軍倭国王の称を賜る<宋書> 476 チュートン系混成諸部族の王オドアケル、西に皇帝無しと東に報告。 476 西ローマ帝国、滅ぶ。 477 宋、倭国遣使が方物を献ず。<宋書> 478 倭王興没し、弟の武立つ。倭王武、宋に上表貢献す。<宋書>。 478 倭王武、使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東将軍を賜る。 479 倭王武、南斉の高帝より鎮東大将軍の称を賜る<南斉書>。 479 中国、「斉」。(479→502) [宋朝滅んで、南斉できる] 479 加羅国王荷知、斉に遣使し、輔国将軍加羅国王の称号授かる。<南斉書> 486 フランク王国、建国。 493 ゴート人テオドリック、ローマ(イタリア)王となる。 493 イタリアにゴート人諸王現れる。 500 この頃、アヴァール人、中央アジアから西進、568年、パンノニアに侵入。 502 梁、建国。(502-557) 502 倭王武、征東将軍の称を賜る<梁書>。 512 日本、12月、任那の4県を百済に与える。<紀><百済本紀> 512 任那北部の伴跛国が己モンを奪取。<百済本紀> 513 エフタル、滅びる。[エフタル=白いフン族] 513 倭、百済に任那の己モン・帯沙を割譲。<百済本紀> 527 東ローマ帝国、皇帝ユスティニアヌスが即位(527-565)。 527 皇帝ユスティニアヌス、北アフリカ・イタリア・スペイン南部を奪還。 527 インド僧達磨、広東に来る。 528 新羅に仏教、伝わる。 529 皇帝ユスティニアヌス、アテネの諸学校を閉鎖す。 529 皇帝ユスティニアヌスの将軍ベリサリウス、ナポリを占領。 529 ローマ法大全できる。 531 ペルシア王、コスローI世、即位。 534 中国、北魏が東西に分裂。さらに、北斉、北周と4王朝が興亡。 534 東魏、建国。 535 西魏、建国。宇文泰が北魏の一族・文帝を擁して長安に建てる。 543 コンスタンティノープルに大疫病。 548 高句麗の安原王、突然百済に進攻、新羅は百済を救援。<百済本記> 550 北斉、建国。 551 中国の絹の製法、コンスタンティノープルに伝わる。 553 ゴート人、皇帝ユスティニアヌスによってイタリアを追放される。 555 後梁、建国。 555 新羅、比斯伐(慶州道昌寧)を降して、下州を設ける。 556 北周、建国。 557 陳、建国。 562 新羅、大加羅国(任那)を併合。<新羅本紀> 565 皇帝ユスティニアヌス没す。 568 ランゴバルド族、北伊のロンバルディアに侵入、ロンバルディア王国建てる。 570 マホメット(570-632)誕生。太歳、庚寅。 579 ペルシア、コスローI世没す。ロンバルド人、イタリアで支配的となる。 581 中国、北朝に「随」が興って華北を統一。 585 この頃、突厥がモンゴリア高原と中央アジアに分裂。 589 中国、随によって統一される。(随が陳を併せる) [随王朝] 590 ローマ教皇、グレゴリーI世(在590-604) 590 ローマに疫病、猛威をふるう。ペルシア王、コスロー2世即位。 # --- ■飛鳥時代 593 この頃、中国で印刷始まる。 610 マホメットがイスラム教を創始。[イスラム教成立] 610 皇帝ヘラクリウス即位。 618 唐、建国。唐王朝興る。高祖。 619 ササン朝ペルシア王コスロー2世(590年即位)、エジプトを征服。 619 コスロー2世、エルサレム・ダマスクを領有し、ヘレスポントに駐兵。 622 マホメット、迫害を受け、メディナに逃亡。[ヘジラの聖遷][イスラム暦元年] 627 東ローマ皇帝ヘラクリウス(即位610)、ペルシア軍をニネヴェで敗走させる。 627 中国、唐の太宗、皇帝となる。 627 唐、東ローマ皇帝ヘラクリウスの使節が訪問す。 628 ペルシア王コスロー2世、息子カヴァードに王位を廃され殺される。 628 マホメット、ローマ皇帝・ペルシア王・中国皇帝ら各国統治者に使者を送る。 628 唐、皇帝にマホネットの使者くる。回教寺院を広東に建てさせる。 629 マホメット、メッカに還る。 629 中国、玄奘、経文を求めてインドへ行く。 632 マホメット、没す。アブ=ベクル、カリフとなる。(アラビア半島統一) 634 サラセン(回教徒)軍、ヤルムクの戦いでビザンティン(東ローマ)軍を撃破。 634 回教徒勢、シリアを占領。オマル、2代目カリフとなる。 635 唐、ペルシアからきた景教(キリスト教ネストリウス派)伝道団の布教を認可。 637 ペルシア軍、カデッシアの戦いでサラセン(アラビア)軍に破れて、敗走。 638 エルサレム、カリフ=オマルに降伏。 643 オトマン、3代目カリフとなる。 643 ロタリ法典が編集される。 644 サラセン帝国、建国。 651 〜652年 ササン朝ペルシア、滅びる。 651 唐、サラセン人と貿易始める。 655 ビザンティン艦隊、回教徒勢に敗れる。 661 ダマスクスにウマイア王朝おこる。 663 8月、日本の水軍、白村江において唐の水軍に大敗す。<紀> 665 唐・高宗は扶余隆を熊津都督に任じ、新羅と盟約させた。<百済本紀> 668 カリフ=モアヴィア、海上からコンスタンティノープルを攻撃。 668 高句麗、滅ぶ。 (新羅が朝鮮半島を統一す) 673 サラセン人がコンスタンティノープルを包囲す。 678 唐・武后、扶余敬に百済王を継がせるが領地回復できず国系絶える。<百済本紀> 687 大宰相、ヘルスタールのペパン、アウストラシアとネウストリアを再統一。 687 ペパン(ピピン)がフランク王国の実権を握る。 690 中国、則天武后、中宗を廃して皇帝となる。国名を「周」と称す。 698 渤海、建国。「震」国。大祚栄が建てる。高王。(高句麗遺民と靺鞨人) # --- ■奈良時代 710 サラセン帝国軍、スペイン(西ゴート国)を侵略、720年ピレネー山脈に達す。 710 中国、韋氏の乱。 711 サラセン人、イスパニア(スペイン)を征服。 713 大祚栄が渤海郡王となる。 714 チャールス=マルテルがフランク王国の宮宰となる。 715 カリフ=ヴァリッドI世の領土、ピレネー山脈から中国までに及ぶ。 717 〜718 ヴァリッドの息子シュレイマン、コンスタンティノープル攻略を失敗。 719 東ローマ皇帝レオ3世、サラセンのコンスタンティノープル包囲を反撃す。 726 東ローマ皇帝レオ3世が聖像禁止令を出す。 732 サラセン帝国軍、フランクル王国の中央に達し、ポアティエの戦で阻止される。 745 ウィグルが突厥の地を併合す。 750 〜1258 サラセン帝国、アッバス朝 762年バグダッドに遷都。 751 中国人捕虜の紙作り工からアラビア(サラセン)に紙の製法伝わる。 751 ペパン、フランク王となる。 755 中国、安禄山の乱。 756 唐・玄宗、蜀に逃れる。 756 サラセン帝国が東西に分裂す。 759 中国、王維、没。61歳。 762 李白、没す、64歳。「李太白詩集」 768 ペパン、没す。 768 チャールス大帝がフランク国王となる。 770 杜甫、没す、59歳。「杜工部詩集」 771 アルプス以北のヨーロッパの王、フランク国チャールズ大帝、統治を始める。 774 チャールズ大帝、ロンバルディアを征服。 786 ハルン=アル=ラシッド、アッバース朝カリフとなる。→809年 787 ニケーア宗教会議で聖像崇拝を認める。 795 ローマ教皇、レオ3世(在795-816) 800 日本、[延暦19] 3〜4月、富士山大噴火。焼失5000余戸。焼死者1万4500人。 800 フランクのチャールズ大帝がローマ教皇よりローマ皇帝の帝冠を受ける。 802 元チャールズ帝宮廷の英人亡命者エグベルト、ウェセックスの王となる。 810 ブルガリアのクルム、東ローマ皇帝ニケフォルスを破って殺す。 814 フランクのチャールズ大帝没す。死後、その帝国は分裂す。 828 エグベルト(エグバート)、初代イングランド王となる。 843 ルイI世(敬虔王)、国土を三分して三子に相続させる。[ヴェルダン条約] 843 ヴェルダン条約。フランクがイタリアと中部、東部、西部に三分される。 846 白楽天、没す。75歳。「白氏文集」=844年に日本に渡来。 850 デーン人がイギリスに侵入す。 850 この頃、ルーリック(ノースマン人)、ノヴゴロドとキエフの支配者となる。 852 ボリス、キリスト教徒として最初のブルガリア王となる。→884年 862 ルーリックがノヴゴロド王国を建国。(ロシアの始まり) 865 ロシア人(ノースマン)の艦隊、コンスタンティノープルを脅かす。 870 メルセン条約。中部フランクの北部が東西に分かれる。伊・独・仏の基。 875 唐に黄巣の乱。 886 ノースマン(ノルマンのデーン人)、イングランドの半分を奪取。 886 この頃から、ノースマンのロロ、セーヌ河畔から屡々内地を掠奪す。 901 唐、朱全忠の乱。 901 前蜀、建国。 902 呉(淮南)、建国。 904 ロシア人(ノースマン)の艦隊、コンスタンティノープルを去る。 907 中国、節度使朱全忠によって、唐、滅亡。→軍閥争覇の五代時代。 907 契丹、建国。 907 秦(岐)、建国。 907 後梁、建国。太祖。 907 晋、建国。 908 呉越、建国。 909 中国、江南に、ビン国、建国。 910 燕、建国。 911 ノルマン(ノースマン)人、セーヌ下流にノルマンディー公国建てる。 911 西フランク国王、ノースマンの族長ロロ(Rollo)をノルマンディー公とす。 916 北満に 契丹、 勃興す。(916〜1125年) 耶律阿保機が皇帝を称す。[契丹] 916 南漢、建国。 918 朝鮮に、 高麗、 建国。 王健が高麗王を称す。 [高麗] 919 ヘンリー捕鳥王(ヘンリーI世)、ドイツ王に選挙さる。 923 後唐、建国。 926 契丹の耶律阿保機、渤海の上京竜泉府を攻略、滅ぼして、契丹国を建国。 927 楚、建国。 930 アイスランド、建国。 936 オットーI世、父ヘンリーI世の後を継ぎ、ドイツ王となる。 936 新羅、滅亡す。 935? [新羅滅ぶ] 936 高麗が朝鮮半島を統一す。 936 後晋、建国。 937 南唐、建国。 938 ハンガリー人(後行のフン族)、ドイツ・フランス・北イタリアを掠奪。 941 ロシア人の艦隊、再びコンスタンティノープルを脅かす。 946 遼、建国。 947 後漢、建国。 951 後周、建国。 951 北漢、建国。 960 宋(北宋)、建国。 趙匡胤。太祖。 [宋] [北宋] 962 ドイツ王オットーI世、神聖ローマ皇帝となる。初代サクソニア家皇帝。 962 〜1186 ガズニ朝。トルコ系イスラム教王朝。アフガニスタンのガズナに建国。 969 〜1171 回教ファティーマ朝(カイロ=カリフ領)。 987 ユーグ=カペー、フランス王となる。カロリング系フランス王統絶える。 989 ロシアがキリスト教に改宗す。 1001 イスラム教徒がインドに侵入す。 1004 宋が契丹と和を結ぶ。 1010 契丹、康兆の国王廃立事件を機として高麗に侵入して王都占領。 1016 イングランドのノースマン、カヌートのもとで全国土を支配す。 1016 カヌート、イングランド・デンマーク・ノルウェーの王となる。 1018 契丹、10万の軍で南下したため、高麗は契丹入朝を実行して臣従す。 1019 日本、3月、刀伊(女真族)、対馬・壱岐・筑前に来攻す。 [刀伊の入寇] 1019 日本、大宰権帥藤原隆家・大蔵種材らが刀伊を撃退す。 1031 イスパニアのコルドヴァ=ウマイア王朝、滅ぶ。 1032 西夏、建国。タングート族の一部、拓跋氏が建る。 1035 イスパニアにナヴァル・アラゴン・カスティラが分立す。 1037 セルジュク=トルコが興る。 1038 李元昊が西夏国、おこす。 1043 ロシア艦隊、コンスタンティノープルを脅かす。 1054 ギリシア・ローマの両教会が分裂す。 1055 セルジュクトルコ、バグダードに入城し、スルタンの称号を与えられる。 1060 〜1147頃、アルモラヴィード回教国。 1066 イングランド、ノルウェー系とラテン系のノースマンにほぼ同時に攻撃される。 1066 ノルマンディー公ウィリアム、イングランドを征服。 1071 セルジュクトルコ、ビザンティン軍をメラスギルドの戦いで粉砕。 1073 ローマ教皇、グレゴリー7世(在1073-1085) 1076 教皇グレゴリー7世が神聖ローマ皇帝ヘンリー4世を破門。 1084 ノルマン人ロベール=ギスカール、ローマを掠奪。 1087 ローマ教皇、ウルバン2世(在1087-1099) 1095 ローマ教皇、エルサルムを奪ったトルコに対する聖戦(十字軍)を提唱。 1096 民衆十字軍、東に向うが、各所で混乱、虐殺を働き、壊滅。 1097 第1回十字軍、アンティオキアに進軍、1099年6月、エルサレム包囲攻撃。 1099 6月、第1回十字軍、エルサレム包囲攻撃。7月15日暮れ方、制圧す。 1099 イェルサレム王国ができる。 1115 女真の阿骨打によって、金、建国。 1119 テンプル騎士団がおこる。 1119 ピサの本寺ができる。 1121 パリの商人ギルドが特権を獲得す。 1127 金が宋の徽宗・欽宗らを捕えて北に連れ去り、北宋、滅ぶ。 1127 南宋、建国。 高宗、南京で即位。 [南宋] [宋南渡] 1129 〜1270頃、アルモハード回教国。 1131 斎、建国。 1142 金と南宋の和議が行われる。 1147 〜1149 第2回十字軍。 1150 このころ、パリ大学が創設される。 1154 イギリスのプランタジネット王朝始まる。 1163 ノートルダム寺院を建て始める。 1169 イスラム教徒軍、サラディン(クルド人)のもとに結集。 1169 サラディン、エジプトのスルタンとなる。 1169 〜1259 アイユーブ朝。サラディンの建てたイスラム王朝。 1170 聖ドミニコ、誕生。(1170-1221)。ドミニコ教団、異端審問所を設立、異端狩り。 1174 スコットランド王国、イングランド王国に臣従す。 1176 ドイツ皇帝、教皇・都市同盟と戦う。 1176 皇帝フレデリックI世赤髭、ローマ教皇アレクサンダー3世に忠誠を誓う。 1181 アッシシの聖フランシス(1181-1226)。(フランシスコ修道会は迫害された) 1183 コンスタンツの和約で諸都市が自由選挙権を獲得す。 1187 サラディンのイスラム教徒軍、エルサレムを奪還。 1189 〜1192 第3回十字軍。 # --- ■鎌倉時代 1195 イスラム教徒がカスティラ王を撃破してマドリッドを占領す。 1198 ローマ教皇インノセント3世(在1198-1216)。 1198 教皇、シシリー王フレデリック2世(4歳)を後見。 1202 第4回十字軍。 商業都市ベニスが主体の軍。ビザンティン領略取を狙う。 1204 十字軍、コンスタンティノープルを襲撃してラテン系皇帝を立てる。 1204 〜1261 ラテン帝国(ビザンティン)。 1206 蒙古国、建国。鉄木真=成吉思汗。太祖。→1271年「元」 1206 インドに奴隷王朝がおこる。 1206 蒙古、ジンギスカンが即位。 1209 アルビジョア十字軍が出発。 1214 ジンギスカン、金帝国と戦い、北京を占領す。次いで、アルメニアまで西征。 1215 イギリス、マグナカルタ制定。 1216 ローマ教皇ホノリウス3世即位。 1220 蒙古軍、ホラズムを滅ぼす。 1221 蒙古軍、インドに侵入。 1223 倭寇が高麗の金州に現れる。 1224 皇帝フレデリック2世、ナポリ大学を創設。医学校拡充。動物園創設。 1224 蒙古、南ロシアを征服。 1226 アッシジの聖フランシス没す。 1227 蒙古が西夏を滅ぼす。 1227 ジンギスカン没す。61歳。 1227 ローマ教皇グレゴリー9世即位。 1228 〜1229 フレデリック2世、第5回十字軍。エルサレム獲得。 1230 ドイツ騎士団、プロシアを征服す。 1234 蒙古国、金を滅ぼす。 1236 蒙古の将バツが西方遠征に出発す。 1240 ジンギスカンの後継者オゴタイ、キエフを撃破、全ロシアを属国とす。 1241 オゴタイ、ポーランドを侵略、ポーランド・ドイツ混成軍を全滅させる。 1241 蒙古軍、ワールシュタットでヨーロッパ諸侯軍を撃破。 1248 〜1254 第6回十字軍。 1250 皇帝フレデリック2世没す。1273年まで空位。 1251 オゴタイの後継者モンケ、宋を征服してフビライを中国大守とす。 1258 フラーグがアッバス朝を滅ぼしイル汗国を建設す。 1260 エジプトのスルタン(イスラム教国君主)、パレスティナで蒙古軍を阻止。 1261 ミハエル8世、コンスタンティノープルをラテン系皇帝から奪い返す。 1265 イギリスで議会が始まる。 1270 第7回十字軍。 1271 蒙古国、国名を「元」とす。世祖。 [元帝国] 1272 この頃、マルコ=ポーロ、父・叔父とともに中国に行く。 1271? 1272 イギリス、エルサレムを放棄、[十字軍]終る。 1273 ハプスブルグ家のルドルフ、皇帝に選挙さる。スイス人の永久的連盟成る。 1274 日本、10月、蒙古軍、対馬-壱岐-博多湾に襲来。台風の為、退く。[文永の役] 1275 マルコ=ポーロ、元の大都(北京)に来て世祖に拝謁す。 1279 南宋、滅ぶ。 元が中国を統一す。 [南宋滅ぶ] 1280 フビライ=ハン、元王朝を建て、中国皇帝となる。→1368年。 1281 日本、閏7月、元・高麗の連合軍14万、北九州に襲来。台風で退く。[弘安の役] 1288 オスマン=トルコが興る。 1291 スイス連邦が結成される。 1295 イギリスで模範議会が開かれる。 1299 マルコ=ポーロ「東方見聞録」出版。 1302 フランスで三部会が始まる。 1303 ローマ教皇ボニフェイス、フランス王フィリップ4世に逮捕される。 1307 倭寇、元の慶元(杭州)に現れる。 1309 倭寇、元の明州城内に侵入し、荒掠す。 1309 フランス王フィリップ4世が教皇をアヴィニョンに幽閉す。 1313 ダンテが神曲を書く。 1321? 1314 スコットランド王国、イングランド王国より独立。(ステュアート家) 1318 フランシスコ修道会の4人、マルセーユで火刑に処せられる。 1328 フランスのヴァロア王朝が始まる。 # --- ■南北朝・室町時代 1338 ドイツ選挙侯会議が教皇に対立す。 1338 イギリス・フランス間に百年戦争おこる。 1342 イブン=バツータがデリーから中国に向う。 1348 ペスト流行。 1350 日本船(倭寇)100余隻が高麗順天府を襲う。この頃から倭寇の活動激化す。 1353 「デカメロン」ボッカチオ。 1352? 1356 ドイツの金印勅書が作られる。 1358 倭寇、朝鮮沿岸を侵略。船艘を焼いて掠奪。この頃、しばしば侵す。 1358 紅巾の賊が元の上都を占領す。 1358 フランスにジャックリーの農民一揆。 1368 中国、紅巾の乱の首領朱元璋によって、明王朝興る。太宗洪武帝。→1644年。 1369 明太祖の使、倭寇の禁圧を要請す。征西将軍懐良親王、要請を拒絶す。 1369 西トルキスタンのティムール(ジンギスカンの裔)、シリアからデリーまで征服。 1370 明太祖の使、再び倭寇の禁圧を要請す。 1370 ウィクリフが教会の批判を行う。 1372 この頃、倭寇、盛んに中国沿岸を荒掠す。 1377 高麗王使、倭寇の禁圧を請う。九州探題今川貞世、捕虜200余人を送還す。 1377 教皇グレゴリー9世、ローマに還る。 1378 〜1417 ローマ・カトリック教会分裂。[シスマ] 1381 イギリスにワット=タイラーの農民一揆。 1387 「カンタベリー物語」チョーサー。 1388 日本、辺民の兵船80隻が高麗の鎮浦先州に侵寇。 1389 高麗の将朴蔵楊ら、対馬に来寇す。 1392 李成桂、高麗を滅ぼす。 朝鮮国を建国。 [李氏朝鮮] 1392 朝鮮の太祖が倭寇の禁圧を要請す。この頃、倭寇ますます盛んとなる。 1399 ティムールがインドに侵入す。 1400 メディチ家、フローレンスの君主となる。 1402 ティムール、トルコをアンゴラで破る。 1402 中国、 燕王棣、 明の恵帝を追い、帝位奪う。 明成祖、永楽帝。 1403 明、北平を北京と改める。 1405 ティムール、没す。 1414 コンスタンツの宗教会議。 1414 インド、ティムールの部将ヒズル汗、サイイード朝を立てる。(イスラム) 1415 全教会会議、ウィクリフの教えについて講演したフスを騙して火あぶり刑。 1417 ローマ・カトリック教会の分裂終る。 1418 日本、対馬の窮民、大挙して明に向い、朝鮮忠清道の民と衝突して騒動おこす。 1419 朝鮮の兵船200余隻が対馬に来寇。 宗貞盛・少弐満貞ら、撃退す。[応永の外寇] 1419 明成祖、呂淵を遣わし倭寇の禁圧を請う。 足利義持、要請を拒絶す。 1419 ボヘミアでフス戦争がおこる。 1428 ローマ教皇マルティン5世、ウィクリフの遺骸を掘り出して火刑に処す。 1429 ジャンヌ=ダルクがオルレアンの包囲を解く。 1437 ハンザ同盟がイギリス商業を独占す。 1438 オーストリアのハプスブルグ家始まる。 1445 この頃、グーテンベルグが活字印刷す。 1459 明帝がオイラートに捕わる。[土木の変] 1451 オイラートのエッセン(也先)が自立して大元可汗と称す。 1451 インド、アフガン系ロディー族がロディー朝を立てる。(イスラム) 1452 レオナルド=ダ=ヴィンチ、誕生。1452-1519 1453 オスマントルコ、コンスタンティノープルを占領。 [東ローマ帝国滅ぶ] 1455 イギリス国内でバラ戦争おこる。 # --- ■戦国時代 1479 カスティラ王女イサベラとアラゴン太子フェルディナンド、結婚。 1479 カスティラ王国とアラゴン王国合一して、スペイン王国成立。 1480 モスクワ大公、朝貢を拒否して蒙古の支配を脱す。 1480 キプチャク汗国が滅び、ロシアが自立す。 1481 スルタン=マホメット2世、イタリア征服の準備中に没す。 1482 タタールのダヤン汗が即位。屡々明に侵入。 1485 イギリスのチューダー王朝おこる。 1486 ディアズ、喜望峰を回航。 1488 バーソロミュー=ディアスが喜望峰に達す。 1492 スペインのイスラム教国グラナダ、スペイン王国の手に落ちる。 1492 コロンブス、大西洋を横断してアメリカに達す。 1493 マクシミリアンI世、神聖ローマ皇帝となる。 1497 ポルトガル人ヴァスコ=ダ=ガマ、喜望峰回りでインドへ航海。→1498 到着。 1499 スイス、独立共和国となる。 1499 アメリゴ=ヴェスプッチが南米に入る。 1500 ティムール帝国、崩壊。 1503 12月14日、ミシェル・ド・ノートルダーム(ノストラダムス)誕生。→1566.7.2. 1505 ティムールの後裔バーブル、鉄砲備えた軍でインド征服。 →蒙古系王朝。 1509 イングランド王ヘンリー8世。18歳。 1510 日本、宗盛弘、朝鮮に出兵。三浦の邦人と共に釜山浦などを陥れる。[三浦の乱] 1513 ローマ教皇レオX世。 1515 スペインに雇われたポルトガル人船乗りマゼランの船、世界一周。 1515 フランス王フランシスI世。21歳。1547年没。 1516 トーマス=モア「ユートピア」。 1517 マルティン=ルター、宗教改革を唱う。 1520 ローマ皇帝チャールズ5世。20歳。1558年没。 1520 トルコ、シュレイマン大帝、スルタンとなる。バグダード〜ハンガリー支配。 1522 マゼラン一行が世界一周を達成。 1526 バーブル(バベル)、インドにムガール帝国を創立。(1526-1530) 1526 トルコ、ハンガリー王を破って殺害。 1527 ドイツ皇帝カール5世らの農民傭兵軍、ローマを襲撃、掠奪・虐殺、荒廃させる。 1529 トルコのシュレイマン大帝、ウィーンを包囲。 1530 ピサロ、パナマ地峡を横断。ペルーを征服。 1532 マキァヴェリが君主論を書く。 1533 ロシア、イワン4世[雷帝](1533-1584)。カエサル(ツァール)を帝称とす。 1536 カルヴィンが宗教改革を唱う。 1539 耶蘇会(ジェズイット教団)創立。 公認1540? [イエズス会] 1541 日本、ポルトガル船が豊後の神宮寺浦に着く。 1543 8月、ポルトガル船、種子島に漂着。領主種子島時尭に鉄砲を伝える。[鉄砲伝来] 1543 コペルニクスが地動説を唱う。 1546 マルティン=ルター没す。 1546 ドイツ、宗教戦争。 1547 イワン4世(雷帝)、ロシア皇帝(ツァール)の称号を使う。 1551 日本、大友義鎮、インド総督に送使しポルトガル国王宛の書と贈物を託す。 1552 全ドイツが戦争、チャールズ5世、必死に逃亡。 1552 パッサウの協約。 1552 フランシスコ=ザビエル、中国布教中に没す。 1553 明人汪直が倭寇の頭目として、浙江地方を荒掠す。 1555 汪直、南京を攻めて敗走し滅ぶ。 1555 アウグスブルクの和議 1556 明世宗、書を対馬に送り、倭寇の禁圧を請う。 1556 アクバル、ムガール帝国大帝となる。〜1605年 1558 イギリス、エリザベス女王が即位。 1562 フランス、ユグノー戦争おこる。 1565 スペイン人、フィリピンを占領。 # --- ■安土桃山時代 1568 オランダに独立戦争おこる。 1572 セント=バーソロミュー寺院の虐殺が行われる。 1578 コサック兵のシベリア進出が始まる。 1580 マティオ=リッチ、明に来る。 1580 「随想録」モンテーニュ。 1581 オランダ、独立宣言。 1582 グレゴリー13世、暦法の改正。 [グレゴリー暦][グレゴリオ暦] 1583 イギリス、ニューファウンドランドを取得。 1583 ガリレイ、振子の等時性を発見。 1583 ヌルハチ、満州で挙兵。 1584 イギリス人、北米移住を始める。 1584 スペイン人、ポルトガル船で平戸に来る。 1584 日本、松浦鎮信がマニラ総督に修好を求める。 1585 日本、九州3大名の遣欧使節がローマ教皇に謁する。 1587 マティオ=リッチ、南京に来る。 1588 イギリス、スペインの無敵艦隊を破る。 1591 日本、豊臣秀吉、インド総督に返書送り、禁教と貿易奨励策を告げる。 1591 日本、豊臣秀吉、ルソン太守(マニラ総督)に書を送り入貢を促す。 1591 ヌルハチ、東満州を統一。 1592 日本、1月、豊臣秀吉、朝鮮出兵。 小西行長・加藤清正らを派遣。[文禄の役] 1593 明神宗、援兵を送り日本軍に反撃。沈惟敬を遣わし和平交渉を開く。 1593 日本、豊臣秀吉、高山国(台湾)に書を送り、入貢を促す。 1594 ブルボン王朝、始まる。 1596 明、冊封使楊方亨らを遣わし秀吉を日本国王に封じ金印と冠服を授ける。 1596 ハンザ商人、イギリスを去る。 1596 スペイン船サン=フェリペ号、土佐に漂着。 1597 日本、豊臣秀吉、再び朝鮮出兵。小西行長・加藤清正らを派遣。[慶長の役] 1598 ナント勅令が出てユグノー戦争終る。 1600 オランダ船リーフデ号、豊後に漂着。 1600 リーフデ号の英人アダムスと蘭人ヨーステン、家康に謁して外交顧問になる。 1600 イギリス、東インド会社を設立。 1601 マティオ=リッチ、北京に教会を開く。 1602 オランダ東インド会社設立。 # --- ■江戸時代(前期) 1603 イギリス、ジェームズI世がイギリス王に即位。 [王権神授説] 1604 フランス東インド会社設立。 1609 オランダ軍艦、平戸に来航。オレンジ公の書状をもたらす。 1610 この頃、コーチ・カンボジア・シャム・ルソン各地に日本人町が発展す。 1613 イギリス東インド会社のクローブ号、平戸に入りジェームスI世の書状届ける。 1613 日本、伊達政宗、ローマに支倉常長を派遣。 [慶長遣欧使節] 1613 ガリレイ、宗教裁判受ける。 1613 ロシア、ロマノフ王朝始まる。 1614 日本、高山右近・内藤如安らをマニラに追放す。 1615 支倉常長、スペイン国王に謁して通商条約を請い、更にローマ教皇に謁す。 1616 ヌルハチ(清の太祖)、後金を建国。 →1636 清 1616 シェークスピア、没す。 1618 〜1648 三十年戦争。(ドイツ・スウェーデン・ボヘミア) [30年戦争] 1619 オランダ人、バタビアを建設。 1620 アメリカ、メイフラワー号の移住者、ニュープリマスを建設。 1620 アメリカ、最初の黒人奴隷、ジェームスタウン(ヴァージニア)に着く。 1624 オランダ、台湾の安平を占領。 1625 明、東林党の獄起こる。 1625 チャールズI世、イングランド王となる。 1626 天竺徳兵衛、東インドで貿易行う。 1628 イギリスの議会、王権を抑制。 [権利の請願] 1633 ガリレオ、地動説を唱えて投獄される。 1636 満州の金(後金)、国号を「清」と改称。→朝鮮を下す。 1639 日本、鎖国令を下し、外国貿易を禁ずる。 1642 イギリス、王党と議会派との間に内乱。 1643 ルイ14世、即位。治世72年。 1644 明、李自成に北京を落とされ、毅宗は自殺。 1644 清、華北に入って、各地の群雄を征服。都を北京とす。 1644 中国、清王朝(ツングース系女真族-満州族)始まる。(1644-1912) 1648 ウェストファリア条約。史上初の大国際会議。[三十年戦争の終結] 1648 ウェストファリア条約、オランダとスイスを自由共和国として承認。 1649 イギリス、王チャールズI世の首をはねる。[ピューリタン革命] 1649 イギリス、クロムウェル、共和制を宣言。 1658 アウランゼブ、ムガール帝国大帝となる。クロムウェル死す。 1659 [万治2] オランダ東印度会社が伊万里焼(磁器)を大量注文。 1660 イギリス、チャールズ2世、イングランド王となる。王政復古。 1662 イギリス、チャールズ2世の特許状によりロンドン王立協会創立。 1662 台湾に拠って清に抵抗した明の鄭成功、死す。 1666 ニュートン、引力の法則を発見。 1666 ロンドン、大火。ほとんど全市が焼失。 1670 「パンセ」パスカル。 1673 神聖ローマ皇帝レオポルト1世、オスマントルコと戦って勝つ。 1674 アメリカ、ニューアムステルダムをニューヨークに改称。 1682 ロシア、皇帝ピーター大帝(1682-1725)。首都ペテルスブルク建設。 1683 トルコ人のウィーン攻撃をポーランドのジョン2世、撃破する。 1689 ピョートル(ピーター)、ロシア大帝になる。→1725年。 1701 プロシア王国、成立。初代プロシア王フレデリックI世。 1707 日本、[宝永4] 富士山、大噴火する。 1707 アウランゼブ死んで、大ムガール帝国分裂す。 1707 スコットランド、イングランドと合併して、大ブリテン王国となる。 1713 プロシアのフレデリック大王生誕。 1715 ルイ15世、フランス王となる。 1716 清、「康煕辞典」。 1719 「ロビンソン・クルーソー」デフォー。 1723 アダム・スミス(1723-1790)。「国富論」。 1726 「ガリバー旅行記」スフィスト。 1740 プロシア王国、フレデリック大王(1740-1786)。 1752 フランクリン、電気を発見。 1755 〜1763 英・仏が、アメリカとインドを争奪す。 1756 〜1763 仏、オーストリア・ロシアと同盟して、イギリスに対抗。 1757 プロイセン、フレデリック(フリードリヒ)2世、ロスバハの戦いで大軍を撃破。 1759 イギリスのウォルフ将軍、クェベックを占領。 1760 ジョージ3世、イギリス王となる。 1763 パリ講和。カナダ、英領となる。 1763 英、インドで支配的となる。 1769 ナポレオン・ボナパルト誕生。 1769 イギリス、産業革命。 1773 インディアンに変装した一団、ボストン港で茶の積荷を海に投げこむ。 1774 「若きヴェルテルの悩み」ゲーテ。 1774 ルイ16世、即位。 1776 アメリカ、独立。[独立宣言] 1783 英米講和条約。 1783 アメリカ合衆国成立。(13州) 1784 日本、志賀島より、金印「漢委奴国王」発見。 1788 アメリカ合衆国憲法、批准。 1789 フランス三部会。バスティーユ襲撃。 1789 フランス革命。 1791 ヴァレンヌの戦い。 1792 仏、オーストリアに宣戦。普、仏に宣戦。ヴァルミーの戦い。 1792 仏、共和国となる。 1793 ルイ16世処刑。 1793 革命暦(共和暦)。フランス革命の際、制定。1806年、グレゴリー暦に戻した。 1794 ロスピエール、ギロチンで死す。[テルミドールのクーデター] 1795 総裁政府。ボナパルト、反乱鎮圧し、イタリア出征。 1796 〜1925 ペルシア・カジャール朝。Qajar 1796 ジェンナー、種痘法を発見。 1798 ボナパルト、エジプトに出征。ナイル川の戦い。 1799 ロゼッタ・ストーン発見。高さ125cm・幅80cm (エル・ラシッド) 1799 ナポレオン、フランスの第一統領となる。 1802 蒸気船シャーロット・ダンダス号、クライド運河河口に現れる。 1804 「ウィルヘルム・テル」シラー。 1804 ナポレオン、フランス皇帝となり、その息子はローマ王となる。 1804 トレヴィスィック、最初の蒸気機関車を作る。 1805 フランシス2世、オーストリア皇帝の称号を用いる。 1805 ナポレオン、ロシア以西のヨーロッパを支配したが、英ネルソン提督に敗れる。 1805 フランシス2世、神聖ローマ皇帝の称号を廃する。 1805 アウステルリッツの戦い [三帝会戦] 1806 プロシア軍、イエナで敗退。 1807 ナポレオン、ポーランドにワルシャワ大公国建てる。ザクセン王、大公を兼ねる。 1807 ナポレオン、ポルトガルを占領。国王、ブラジルへ逃亡。 1807 蒸気船クラーモント号、ニューヨーク、ハドソン川に浮かぶ。 1808 日本、4月、間宮林蔵ら樺太探検に行く。 1808 ナポレオン、兄ジョセフをスペイン王とする。 1808 スペインがナポレオンに叛き、英軍が仏軍を半島北部に押し出す。 1810 スペイン領アメリカ、共和国となる。 1811 ナポレオン、ロシア皇帝アレクサンダーI世と衝突。 1812 ナポレオン、60万の部隊でロシアに侵入するが敗退。[ロシアの冬] 1812 アメリカ、対英戦争。 1814 ナポレオン、フォンテンブローで退位。エルバ島に流される。 1815 エルバ島を脱出したナポレオン、ワーテルローの戦いで大敗。 1815 ウィーン条約。 →自由主義や民族主義を抑圧する列国体制。 1819 蒸気船サヴァンナ号、大西洋を最初に横断する。 1821 トルコに対するギリシア人の反乱起こる。 1822 シャンポリオン、ロゼッタ石の聖刻文字を解読する。 1823 スペインの民衆一揆をフランス軍、粉砕。 1823 オーストリア、ナポリの革命を鎮圧。 1824 チャールズX世、フランス王位に就く。 1825 ニコラスI世、ロシア皇帝になる。 →1855 1825 最初の鉄道がストックトン−ダーリントン間に開通。 1827 英仏の艦隊、ナヴァリノの戦いでトルコ艦隊を壊滅させる。 1827 ロシア皇帝、トルコに侵入。 1829 アドリアノープル条約で、ギリシアの自由が宣言される。 1829 バヴァリアの王子オットー(ドイツ人)、ギリシア王となる。 1830 ルイ・フィリップ、チャールズX世を追い出し、フランス王になる。 1830 ネーデルランド王国でフランス語系ベルギー人が反乱。ベルギー分離。 1830 列強、サックス・コーブルク・ゴータのレオポルドI世をベルギー王とす。 1830 イタリア、ドイツ、ロシア領ポーランドに反乱。反動勢力が鎮圧。 1830 「赤と黒」スタンダール。 1831 「ファウスト」ゲーテ。 1833 ローリンソン、ペルシアのベヒスタン碑文の楔形文字を解読。 1835 電信が出現。「社会主義」という用語使われる。 1837 イギリス、ヴィクトリア女王即位。 1838 ネイスミスの蒸気槌が現れる。 1840 アヘン戦争起こる。[阿片戦争] 1842 英植民地オーストラリアで銅山発見。 1848 2月、フランス、選挙法改正の要求がしりぞけられ、パリに暴動。[二月革命] 1848 フランス王ルイ・フィリップ、イギリスに逃亡。臨時政府設立。[第2共和制] 1848 マルクス、エンゲルス、「共産党宣言」を発表。 1848 6月23日、フランス、六月事件。反動勢力が復活。 1850 清、洪秀全が太平天国の乱起こす。[長髪賊の乱] 1851 英仏間に海底電線が敷設される。 1851 英植民地オーストラリアで金山発見。 1852 「椿姫」デューマ。 1852 ナポレオン3世、フランス皇帝になる。[第2帝制] 1853 日本、ペリー来航。(浦賀) 1854 日米和親条約。 1854 〜1856 英・仏・サルディニアがトルコ防衛のためロシアを攻撃。[クリミア戦争] 1857 インド傭兵の乱。[セポイの乱] 1857 「ボヴァリー夫人」フローベル。「悪の華」ボードレール。 1858 インド、イギリスの直轄領となる。ムガール帝国滅亡。→インド帝国。 1858 アイグン条約。露・清。 1859 レセップス、スエズ運河会社設立。→1869年、運河完成。 1859 ダーウィン「種の起源」。 1860 北京条約。 1860 フランス、オーストリアから北イタリアを解放してサヴォイをとる。 1860 アメリカ大統領、エイブラム・リンカーン選出される。 1861 3月、伊、オーストリア領ヴェニスと教皇領を除いて、イタリア王国建設。 1861 ヴィクトル・エマヌエル、初代イタリア王になる。 1861 〜1865 アメリカ、南北戦争。 1861 〜1867 ナポレオン3世、メキシコ皇帝マクシミリアンを擁立。[メキシコ事件] 1862 イギリス、インドを併合。 1862 「父と子」ツルゲーネフ。「レミゼラブル」ユーゴー。 1864 第一インターナショナル、マルクスの指導によりロンドンで結成。 1864 清、洪秀全、自殺し、太平天国の乱収まる。 1865 日本、開国する。 1866 イタリアと同盟したロシアはドイツの指導権を得るためオーストリアと戦う。 # --- ■近代 1870 8月、ヨーロッパの覇権を巡ってプロシアがフランスに侵入。[普仏戦争] 1870 伊、普仏戦争に乗じて教皇領占領し、イタリア統一。 1871 1月、パリがプロシア軍に包囲され砲撃を受けて陥落、講和。→2州を割譲。 1872 2月6日(3月14日)、浜田地震。M7.1 死者不明552人 家屋損失5000. 1873 日本、[明治6] グレゴリオ暦採用。(明治5年12月3日=明治6年1月1日) 1875 ゴータ綱領。 1876 第一インターナショナル、バクーニンら無政府主義者との対立激化で解散。 1877 英ヴィクトリア女王、インド女帝を宣言。[インド帝国の成立] 1877 イギリス、オランダ移民(ブーア人)のトランスヴァール共和国を併合。 1877 〜1878 ロシア・トルコ戦争。→サン=ステファノ条約。 1877 「アンナカレーニナ」トルストイ。 1878 ベルリン条約。→西欧、36年間の武装平和時代。 1881 トランスヴァールのブーア人、イギリスと戦う。[マジューバ丘の戦] 1881 フランス、チュニスを保護国とす。 1881 レセップス、パナマ運河開削を試みる。 1882 ドイツ・オーストリア帝国・イタリア新王国、三国同盟。 1883 イギリス、トルコ帝国領エジプトを占領す。 1888 3月、ドイツ皇帝フレデリック2世。 1888 6月、ドイツ皇帝ウィリアム2世(1888-1918)。 1889 トランスヴァール国とオレンジ自由国、イギリスと戦って敗北す。[南阿戦争] 1889 第二インターナショナル、パリで結成。国際社会主義運動の中心となる。 1889 ブラジルの皇帝ペドロI世、ヨーロッパに追放される。→ブラジル合衆国。 1890 セシル=ローズ、南アフリカのマショナ・マタベリに侵入征服、ローデシアとす。 1890 セシル=ローズ、ケープ植民地の首相になる。→1896年 1891 三国同盟に対抗して、露仏同盟できる。 1891 来日中のロシア皇太子、狙撃される。[大津事件] 1891 10月28日、濃尾地震。 M8.0 死者不明7273人 家屋損失14万戸 1894 〜1895 日清戦争。 1894 孫文が興中会を起こす。 1894 ロシア皇帝、ニコライ2世即位。→1917 1894 10月22日、庄内地震。 M7.0 死者不明726人 家屋損失6006. 1895 ロシア、満州を占領。 1895 ドイツのレントゲン(レンツェン)、X線を発見。 1896 アビシニア(エティオピア)、イタリアとの戦いに勝つ。[アドワの戦] 1896 6月15日、明治三陸地震津波。M8.5 死者不明2万6360人 家屋損失1万393戸. 1896 8月31日、陸羽地震。 M7.2 死者不明209人 家屋損失5792. 1897 ワシントンのスミスソン研究所のラングリー教授、飛行機械を作る。 1898 ドイツ、中国の膠州を手に入れる。 1898 イギリス、中国の威海衛を手に入れる。 1898 ロシア、中国の旅順港を占領する。 1898 清、戊戌の政変。康有為・梁啓超、日本に亡命。 1898 マルシャン大佐、ファショダでナイル川上部を奪い取ろうとする。 1899 殷墟(河南省)で甲骨を発見。 1900 中国、北京にある欧州の諸公使館が攻撃包囲される。[義和団事変] 1900 イギリス、労働代表委員会結成。→1902年、労働党。 1902 日英同盟。 1904 〜1905 日露戦争。 1904 イギリス人、チベットに侵入す。 1905 6月、ロシア、戦艦ポチョムキン号の反乱。 1905 孫文らが中国革命同盟結成、三民主義を唱える。 1905 清、科挙を廃止。 1905 12月、ロシア、労働者の武装蜂起を弾圧。 1905 アインシュタイン、「相対性原理」を発表。 1907 イギリス、ロシア・フランスと、三国協商を成立させる。 1907 スタイン、敦煌を発掘。 1908 清、西太后、没す、75歳。 1910 日韓併合。 1911 清、武昌に革命起こる。→1912 宣統帝退位。[辛亥革命] 1911 アガディール事件 1912 中国、共和国となる。中華民国成立。 1914 〜1918 第一次世界大戦。 1914 ドイツとオーストリアが仏・露・セルビアを、ベルギーを経て進軍し、攻撃。 1914 イギリス、ベルギー側で参戦。日本もイギリス同盟国として参戦。 1914 トルコ、ドイツ側に立って参戦。 1915 イタリア、オーストリアを敵として参戦。 1915 10月、ブルガリアは、独・オーストリア側に加わる。 1916 ルーマニアがドイツを敵として参戦。 1916 12月29日、怪僧ラスプーティン、ペテログラードの晩餐会で殺害される。 1917 アメリカと中国が、ドイツを敵として参戦。 1917 3月、ロシア皇帝ニコライ2世、退位。 [三月革命] 1917 11月7日(露暦10.25)、ロシア、ケレンスキー政権打倒。[十一月革命(十月革命)] 1917 ロシア革命。ソビエト型社会主義。 1918 3月2日、ロシア、ドイツと単独講和。 1918 ロシア、ニコライ2世とその家族、処刑される。 1918 シベリア出兵。 1919 3月、ソ連、モスクワに第三インターナショナル(コミンテルン)設ける。 1919 8月、ドイツ共和国、ワイマール憲法制定。 1919 ヴェルサイユ条約。 1920 国際連盟第1回会議。ドイツ・オーストリア・ロシア・トルコは除外。米国不参。 1921 ギリシア軍、トルコに開戦。 1921 ワシントン軍縮会議。 1922 ギリシア軍、小アジアにてトルコ軍に大敗。ファシスト、ローマに進軍。 1922 10月、ムッソリーニ、武力で政権奪取。 1922 「ユリシーズ」ジョイス。 1923 9月1日、関東大震災。M7.9 死者不明14万2807人。家屋損失57万6266. 1924 1月15日、丹沢山塊地震。M7.3 死者不明19人 家屋損失1298. 1924 1月、中国、国民党第1次全国代表者大会。→第1次国共合作。 1924 ロシア、レーニン、没。 1924 アウストラロピテクス、発見。 1925 中国、蒋政権成立。北伐開始。 1925 5月23日、北但馬地震。M6.8 死者不明428人 家屋損失3475戸。 1925 ペルシア(イラン)・パフレヴィ朝。 1926 北京周口店で、北京原人の骨発見される。シナントロプス・ペキネンシス。 1927 ロシア、トロツキー、追放される。 1927 3月7日、北丹後地震。M7.3 死者不明2925人 家屋損失1万6296戸。 1928 ロシア第1次5ケ年計画開始。 1928 〜1937 殷墟の発掘。 1930 ドイツ、ヒットラー党、国会で優勢になる。 1930 ロンドン条約。 1930 11月26日、北伊豆地震。M7.3 死者不明272人 家屋損失2240. 1931 英国、財政危機、金本位制放棄。 1931 国際連盟、ドイツ・オーストリア関税同盟を認可せず。 1931 スペイン、共和国となる。 1931 満州事変。 1931 江西省瑞金に中華ソビエト臨時政府を樹立。 1931 9月21日、西埼玉地震。M6.9 死者不明16人 家屋損失206. 1932 日本、満州国を建国。 1932 米国、F.ルーズヴェルト、大統領になる。 1932 上海事変。 1933 ドイツ・ナチ、国会に火をつけ、クーデター。ヒットラー、独裁者となる。 1933 ロンドン世界経済会議。 1933 4月、日本、国際連盟脱退。 1933 3月3日、三陸沖地震。M8.1 死者不明3008人 家屋損失7479. 1933 10月、ドイツ、国際連盟脱退。 1934 ロシア、国際連盟加入。キロフ、暗殺。 1934 中国共産党、瑞金から陜西省延安への大移動を開始。 1934 8月、ドイツ、大統領ヒンデンブルク死す。 1935 ザール、ドイツに復帰。 1935 アビシニア、イタリアを国際連盟に提訴。 1935 ドイツ、ユダヤ人の市民権剥奪。 1935 7月11日、静岡地震。M6.4 死者不明9人 家屋損失814. 1936 日本、二・二六事件。 1936 西安事件。第二次国共合作成る。 1936 英国王ジョージ5世、没。 1936 イタリア、アビシニアを征服。 1936 スペインで、フランコの反乱。 1936 英国、エドワード8世譲位。 1937 スペイン、反乱軍がマドリードを包囲。 1937 7月7日、蘆溝橋事件。日本軍と中国軍が衝突。→日華事変。 1937 日支事変。 [日中事変][日華事変] 1938 ドイツ、オーストリアを侵略し、併合す。 1938 蒋政権、重慶に都を遷す。 1939 5月1日、男鹿半島地震。M6.8 死者不明27人 家屋損失585. 1939 第二次世界大戦、起こる。 1940 日・独・伊三国軍事同盟。 1940 ドイツ、ノルウェー・デンマーク・オランダ・ベルギーを占領。 1940 ドイツ、フランスを降伏させる。 1940 ドイツ、ハンガリー・ルーマニア・スロヴァキアを枢軸国とす。 1940 イタリア、ギリシアに侵攻するが、成功せず。 1940 英国、チャーチル、首相になる。 1940 英国、米国に大西洋基地を貸す。 1940 トロツキー、メキシコで暗殺される。 1941 英国軍、リビアに進軍。 1941 ドイツ、ブルガリアを枢軸国に加える。 1941 ドイツ、ギリシア・ユーゴスラヴィア・クレタ島を占領。 1941 英国・フランス、シリアを占領。 1941 6月22日、ドイツ、ロシアを侵略。 1941 大西洋憲章。 1941 英国軍・ロシア軍、イランを占領。 1941 ドイツ、キエフを降伏させる。 1941 ドイツ軍、モスクワを攻撃、失敗。 1941 日本、米国ハワイ州真珠湾を攻撃。[太平洋戦争] 1941 米国、ドイツに宣戦。 1942 日本、シンガポール陥落。 1942 日本、太平洋・ビルマを征服。 1942 ミッドウェー海戦。 1942 ロムメル将軍のリビア攻撃。ドイツ軍、エジプトに追われる。 1942 エジプトの戦い。 1942 エル・アラマインの戦い。 1942 英軍・米軍、北アフリカに上陸。 1942 アルジェでダーラン暗殺される。 1942 セバストポール、ドイツ軍に降伏。 1942 ドイツ軍、コーカサスに入る。 1943 カサブランカ会談。 1943 英米軍、チュニスを占領。 1943 連合軍、シシリー島侵入。イタリアに侵入。 1943 米軍、太平洋に進撃し、日本、敗退。 1943 ロシア軍、カルコフ・スモレンスク・キエフを奪還。 1943 クェベック会談。テヘラン会談。 1943 コミンテルン(第三インターナショナル)、解散。 1943 9月10日、鳥取地震。M7.2 死者不明1083人 家屋損失7736. 1944 連合軍、フランス上陸。 1944 連合軍、フランス・ベルギーを解放す。 1944 連合軍、ドイツ国境で戦闘。ギリシア、解放される。 1944 ロシア軍、ルーマニア・ブルガニアのドイツ軍を掃討。 1944 ロシア軍、ハンガリー・ユーゴ・チェコのドイツ軍を掃討。 1944 米軍、フィリピンに上陸。 1944 12月7日、東南海地震。M7.9 死者不明998人 家屋損失2万9189. 1945 1月13日、三河地震。M6.8 死者不明2306人 家屋損失1万2142. 1945 国際連合成立。 1945 ヤルタ会談。 1945 ドイツ、無条件降伏。 1945 ポツダム会談。 1945 8月6日、広島に原爆が投下される。 1945 8月6日、エジプトのナグ・ハマーディで聖書原本、発見される。 1945 8月9日、長崎に原爆が投下される。 1945 日本、無条件降伏。 1945 8月15日、太平洋戦争、日本敗戦。 #============================================================================================= # 歴史年表 [古代オリエント史・ユダヤ史・中国史+世界史](草稿) <禁転載> 1995.3.1.改 By 石青  #   * 2003.7.9 追記、修正。 #=============================================================================================