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少女の夢
| 湖の月
| 深夜放送
| ジェニー
| 寒大根
星降る夜の海 遠い眠り
| 夕暮れ
| 夢のノート
風の盆
| レクイエム
| 涙の河
| 茸の唄
| 雨
昼下がりの唄
| つむじ風
| 涙
| そんざい
| 眠る
オンライン即興詩集(1) 橘 恭子
* パソコン通信の初期(1985)から、オンライン・アクセスして、その場で即興的に詩作しつつ、同時に
書き込みつつ、なんとか形をつけた作品です。当初の作品は半角カタカナの分かち書きでしたが、のちに
改めました。
(参照:「かはせみ遺文 1999.8.31 パソコン通信とオンライン即興詩」)
[up]
少女の夢
坂道の途中にある朽ちた洋館
天窓からふきこむ雨に濡れた階段を
少女がハイヒールの脚で上がっていく
夢では
ドレスを落としガードルをとって
スリップとブラジャーを外し
バス・タブに向う
踵のほてり
夢では
誰が
待っていたのだったか
フランステラスの蔭に立っていた
影のゆらぎ
午睡のあとの気怠るさ
曲っている階段の踊り場で
少女は……
女になっていく
少女が階段を上がっていく時
洋館の庭に
潮がみちてくる……
[up]
湖の月
失った恋は
湖面の月
乱れて揺れて
とどかぬ思い
鎮魂の夜
納戸の奥の
段梯子かけのぼり
鹿子の袖ひるがえし
屋根を走って
仰ぎみる わが恋の去りし果て
ああ
大文字送り火
燃えて
銀蛇を焦がす
月ときめく‥‥
[up]
深夜放送
暗い部屋の向こうから
流れてくる深夜放送
優しい夜の調べ…
だれが耳を傾けているのか
土曜日のダンスパーティーで
胸に熱い頬を預けて
踊ったあの曲…
だれとステップ踏んでいるのか
風は黙って通りすぎ
冷たく香りも失せはて
夜の仮面があざ笑い…
だれの声を待っているのか
時計が刻むこの部屋の
闇に流れる深夜放送
ゆくりなくも涙…
だれが扉を開いているのか
[up]
ジェニー
扉がバタン 遠ざかる足音
うつろな風だけ 舞いもどる
素脚にかけたシーツが ふるえて
涙がポトン 冷たい窓明かり
めそめそしていても しかたがないわ
さあ ジェニー お立ちなさい
電話がルルル 仕事が待ちぼうけ
ものういワインにも 溺れきる
お皿のひびを ナイフで切りつけて
痛みがヒリリ 冷たいタイル床
いじいじしていても しかたがないわ
さあ ジェニー お立ちなさい
ドレスがブラン 重たくゆれて
むなしい幻 たちこめる
熱いささやき いまもきこえて
お部屋はガラン 冷たい影ひとつ
ふらふらしていても しかたがないわ
さあ ジェニー お立ちなさい
よごれたシーツは しっかり洗い
恨みのナイフは こっそりしまいこみ
古いドレスは 猫にくれてやり
さあ ジェニー お立ちなさい
さあ ジェニー お立ちなさい
さあ ジェニー お立ちなさい
[up]
寒大根
茸と山菜の籠を背負って沢から帰り
日落ちて枯れ野を真赤に染めるころ
山からの湧水で引き大根を洗う
大根は縦四つ割りにしてゆで
冷水に晒してから軒下に吊るす
凍りつく夜が続いて
白くてやわらかな寒大根
十一月からは兎汁
いやいやしてる野兎の目玉
骨付きの兎肉を寒大根たっぷりと
ごぼう、干葉、キャベツもいれて大鍋で煮る
ほら、骨をもってしゃぶりなさい
手足を除いた兎身を叩いて砕いて
野菜と合わせてミンチする
葱、玉葱、ごぼう、にんにく、キャベツ、林檎
ミンチ肉にお味噌、麹、ちょっと隠し味のお砂糖少々
粘りを出すために、さらっと小麦粉ふりかけて
ようく練ったあとは、形をととのえて冷凍だ
野兎の味噌ハンバーグ
バター焼きにケチャップソースがおいしいけど
ときどき目玉を思い出してどきどき
でも、鴨ご飯、山鳩の網焼き、桜鍋や鹿鍋、年越の夜には雉子蕎麦
ごちそうはなんでも自分たちで料理せにゃならない
鱒や岩魚を獲って、割いて、腸出して、切り刻む
焼いたり煮たり、殺して食うのだ
やれ鉄砲だ、銛だ、罠だ、梁堰だ
木の実採るのは楽しい、花摘みはなおうれしい
魚やけものを狩るのは
思い切って、切って切って、断念だ
骨は悲しい、目玉はなおおそろしい
麦味噌は辛くて、水はあまい
鉈を研ぎ、釣り針結び、
弾に火薬をつめる夜
寒大根が月光に白く輝く
[up]
星降る夜の海 遠い眠り
闇のむこうに ちらちら ゆらめいたり
おもわず 追いかけたくなるほど
薄くかすれがちな あの光り
あれは なんでしょうか。
ときには 胸がきゅっとしめつけられるように
きらり 輝くあの光り
あれは もしかしたら わたしのいのちの
ほのめく 揺らぎではないでしょうか。
こうして ここに 星に淡く染められながら
浜に 寄せてはかえす
さざなみの 白いふちどりを
ただぼんやり 見つめていますと
ああ いつまでも いつまでも
時の つづくかぎり こうしていたいと
わたしは心の底から そう思ってしまうのです。
永遠の 問いかけ
それを星々が わたしに いまも投げかけて
わたしの通り過ぎてきた歳月を
こうして 眠りにつかせてくれないのです。
ああ 砂浜に横たわり
優しく抱きあう恋人たちの 熱い囁き ものういしぐさ
なんという充たされた時が あのふたりを
生き生きと させていることでしょう。
わたしの はいりこめない世界が
手のすぐ届きそうな こんなにも近くにあるのに
見えない 仕切りが 見えない 隔てが
わたしと あのふたりを 永久に遠ざけているのです。
海鳴りが わたしの心の奥深くまで 星の鼓動をつたえ
ああ 芯からあらわれていく こころよさ
でも そのもっと 奥にひそんでいる
わたしの醜い姿まで あかるみに出てしまいそうで
からだが しだいにふるえ
ひえていくような 恐怖にとらわれていきます。
ああ さむい さむい
冷たい星の光りさえ
あたたかく感じるほど さむい
夜の海が わたしの眠りを覚まし
いつも 時の果て 世界の彼岸へと
わたしをいざなっていく。
さむい さむい
わたしの犯した過ち
わたしの驕り
わたしの悔恨が
わたしの胸に
黒曜石をつめて
わたしを
遠い孤独の宇宙の廃船に
閉じこめていく。
あまりの恐怖に
わたしは もう
血の流れですら
わたしのものとは感じられず
時の王に
うちふるえて
膝まづく。
そう いま
わたしは 時の娘。
わたしは わたしの時を 創る。
わたしは 星の子に なっていく。
もう さむさも 熱さも 感じない。
孤独ですらありえない。
ただひたすら
永遠の眠り
その意味を
夜の海辺にたたずむ
あなたに 問いかける。
ちらちら揺らめく
無数の光りの粒子
無数の歳月となって。
[up]
夕暮れ
町のあわいの四角の空に
夕日が沈むころ
ほてった体から昼のざわめきが消えていき
薄暗い軒下をこうもりがかすめ飛び
窓の灯かりが煮ころがしの匂いを漂わせる
竹馬や缶々を納屋にしまって
手足の泥を洗いひりつく頬の傷をなでてみる
真っ赤な玻璃色の空に浮かぶ
街の蜃気楼がかすれていき
忍びよる闇に現れてくるもの
ぽんと背中をはじかれたように
戸口に駆け込んで
「ただいまぁ!」
[up]
夢のノート
樹に背をもたせて 眠っていたのだろうか
露台の奥にうずくまっている姿は 誰れ?
月の光をさえぎる 樫の葉蔭
夜の帷に記された 妖精の自伝
天使の薄ら羽根が 遠くを漂い
ぶどう棚の蔦が にび色の蝋を滴らす
夢の橋にもやう 時の舟
夜の気配をひんやりさせて 揺れている
森で 斧の落ちる音
虹の彼方へ消える 一角獣
凍った滝は 苦悩する
過ぎるものと とどまるもの
欲望の沼で 価値の花を売りさばく
賭博者の叫びが かすかに硲する
蒼ざめた魂の 終宴曲
葉が散る 雪の箆のように
夢の亀裂を 覆っていく
乾いた脚を 河に浸して
悔恨の色に 染めていく
窓に流れる 無数の涙
おぼろげに浮かぶ相貌は 誰れ?
部屋から奔る しわがれ声の渦
虚構の風が 壁を波うたせ
甘美な光と囁きを ざわめかせる
半開きの扉から
突き出される
夢のナイフ
[up]
風の盆
風の盆は胸で聴く。
かすかに忍び寄る音、ひらひらと舞う手。
ふいに消える。背後から撃ってくる。
心の辻の迷いのままに。
聴く。胸にしみる。闇をめぐって裂くこともある。
踊りの風と胸の風、吹きあわせて調べ果つるまで、
ああ、そのつま先が、瞼を灼く。
抜ける風、つかのまとどまる風、つむじ巻く風。
ああ、息つめて、斎の時。
去ってしまったもの、名残りの空白を聴く。
風は失われたもの。
おわら盆唄、見えぬ風……。
[up]
レクイエム
波がざわめき
風が雹を叩きつける
やりきれなさの渦から
せつなく呻く夜
めぐりめぐりて
傾く帆影に 惑いの舷側
別れは出会いのためではない
さよならはさよならだけのもの
かざした髪飾りをおろして
低声で歌う……
遠き星櫂の雫に輝けり嵐なるらむや花にもなるらむ
[up]
涙の河
いくつもの涙の河を渡って...
深い河 浅い河
暗い河 大きな河
渡れなかった河...
甘い涙 しょっぱい涙
苦い涙 血の涙
流しきれなかったこともあり...
あなたは言う
「涙の河をふりかえれ」と。
ふりかえるたびに河が霧に閉ざされ
向こうのわたしはかすんでいくばかり
渡ってきた河 超えてきた河
そこにはもうわたしはいない
ふりかえれば 他人の「わたし」
ふりかえれば 見知らぬ河
ふりかえれば ふたたび渡れない河
涙の河は 乾いたワディ
うつろう こころの裂け目
さまよう こころの谷間
涙の流れる時 河が生まれ
涙の流れる所 河があふれ
渡りきれない 涙の河は
こころを深く しずめていく……
[up]
茸の唄
草原の彼方から
紺碧の熱い空に
砂塵を舞い上げて
あの人は 駆けてくる
森の闇の奥から
月の光を滴らせて
あの人は 近寄ってくる
ゆくりなく 遠雷
籠から茸がこぼれ落ち
揺れる吊り橋
ざわめく樹の精 花の精たち
一角獣よ わたしの守護者よ
わたしの雲を解き放て
わたしの直き力を解き放て
バラの臥床にまどろむ時から解き放て
通り過ぎゆくままに
わたしは 塔の姫君ではないと
わたしは 栄誉の王女ではないと
あの人の 耳に囁け
あの人の 眼に描け
あの人に 知らせよ
わたしは なにものでもない
わたしは 見えぬもの
わたしは 聞こえぬもの
わたしは 時とともにあり
わたしは 通り過ぎていくもの
固定した夢のヒロインではないと
鱗重ねの衣をまとい
妖しの呪文を唱え
水の精と戯れ
ケンタウルスと問答する
疎屋の魔女
わたしは なに?
あの人は だれ?
通り過ぎゆくままに
あの人の背に告げよ
森の闇から
時の機織る音が
ひそやかに響いて来はしなかったかと
時のうねりの底に
小さな無数の森
無数の魔女
無数の呪文
わたしは なに?
あの人は だれ?
通り過ぎゆくままに
落ち葉は積もり
塵介に覆われ
静寂に満ちる
魔女たちは
時の旅に去り
名残りの茸に
その徴し
[up]
雨
春の長雨は
細い透きとおった銀の糸
霞の糸車からしずしずと流れて
肩を燃えたてさせる……
うららな妖気が宵闇に漂って
雨の精が腕をひらひらさせる……
花をくわえて水芸すれば
銀の雫が月をおぼろにさせる……
仇し野への道を歩いていたわね
樹の影が揺れていたわね
ひとりとひとり
格子がすべって閉じられて
急な坂ではぐれたのね
声がとだえて
ただ 雨がたちこめてきたのね
ほどけた紅の紐が溶けていき
風が川面をふるわせる……
春の長雨は
くたれるものといぶくものとを
巻きそろえて鮮やかにしるしづける
[up]
昼下がりの唄
鏡台のまえで つぶやく
あなたは だあれ?
「籠目 籠目 夜明けの晩に
鶴と亀が すべった…
ああ 鏡はおんなの 籠なのね
籠の鳥になっていつでも夢は 右と左の逆しまで
離れた距離の倍も遠去かっていくのね
緋の覆いで ララ 眠らせましょう
手鏡をかざして つぶやく
あなたは だあれ?
「籠目 籠目 いついつ出やる
後ろの正面 だあれ…
ああ はっきり姿を見せない あのおんな
あたしの背なで いつもくすくす忍び笑い
あなたは 籠の中の もうひとつ奥の籠なのに
無限の世界に いつも潜んでいるのね
合わせ鏡で ララ とじこめましょう
[up]
つむじ風
路の奥、塀際に隠れるようにして
ぶーんぶんと舞い舞い。
色とりどりの木の葉、羽毛、
きらり光るもの、玉虫色のもの、
くーるくると舞い舞い。
見定めようと近寄れば
身をよじり、すり抜ける。
おやおや、小さいのも連れて
ぴょーんぴょんと舞い舞い。
手を広げて捕まえた、
とたんに姿を消して
野の向こうで知らぬ顔。
舞い舞い空に浮く
花びらひとつ。
[up]
涙
そら涙は、
そらの色。
空は昏れ、
いのちはにび色、
流れ星。
涙もかれ果て、
うつ伏した背に、
月の雫。
踊る狸に、
舞う狐、
風は飛んでいく。
乗ろうか、
乗るまいか、
野分けの穂先。
涙の跡は、
銀の色。
今宵も遠雷。
[up]
そんざい
さるのそんざいは 樹の上や 雲の峯かや 虹をゆく
そんそん そんざい そんごくう
湖に うつれる月影の 枝にゆられて幾万年
そんそん そんざい そんごくう
風に飛ぶ 岩に舞う 雪に眠らむ 死ぬるはいちじやう
そんそん そんざい そんごくう
[up]
眠る
あなたは 眠る
荒地の井戸の深さまで
あなたは 眠る
昼ま流した水の深さまで
あなたは 眠る
流した水の井戸の底まで
あなたは 眠る
井戸の乾きの深さまで
こんなふうな断片が古いノートの片隅に遺されているのを
ふと見つけ、眠りの種々相をあれこれと想ってしまいます。
泥のような眠り、血のような眠り、目覚めたくない眠り、
眠りたくない眠り、ああ、純粋に眠りのための深い眠りって……。
あなたは 眠る
わたしの井戸の深さまで
あなたは 眠る
わたしの水を求めて
あなたは 眠る
わたしを殺すために

1985〜1996.
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