第26回日本犯罪社会学会大会報告                        1999年10月23日
                                      於)愛知学院大学
  <被害者>というレトリック−援助交際と青少年条例−
        
 
 この報告では、東京都における「援助交際」と呼ばれる現象の社会問題過程の一端を記述する。当初マスメディアに登場し、人々の注目を集めた「援助交際」という現象は、東京都では青少年条例の改正運動を促すことにり、東京都青少年条例に「淫行処罰」規定を制定する運動がおきた。
 大阪府警は「援助交際は売春です」とのキャンペーンをはり、「援助交際」の相手方を求めた女子高生を売春防止法違反とし、逮捕した。それに対し東京都では、「淫行処罰」で彼女らを被害者とすることで「問題」の解決をはかるクレイムが議会で展開された。議会の審議の過程では「少女を守るために淫行処罰を」という賛成派と、「淫行処罰は少女をも傷つける。必要なものは教育である」という反対派の応酬がみられた。いずれにせよ、少女を「被害者」と位置づけるレトリックであり、ある種の「被害者コンテスト」(Holstein and Miller 1990)が観察された。
 
1 「援助交際」というカテゴリー
1−1 前史とジャーナリストの報告
 おおよそ1995年ころから1)「援助交際」という言葉がマスメディアに登場し、人々の耳目に触れるようになった。この言葉の出自は定かではないが、10代の女子高生たち自身によっても使われていた。ジャーナリストの藤井良樹はこう言っている。
 
   まず肝に銘じなければならないことは、「援助交際=売春」という短絡的な捉え方は、大いなる誤りであると  いうことだ。…「私は17歳の女子高生です。私と援助交際をしてくれる男の人を募集します」などと伝言すれば、  そのボックスには2〜3時間ほどで、数人から十数人の男性の携帯電話番号付きの伝言が入ることになる。…援  助交際は単純に売春だけを意味せず、「男性が金を支払って女の子にいろんなことをする」という意味がある…。  (藤井良樹 1996:52-53)
 
 「援助交際」という社会問題を世に知らしめるのにもっとも大きな役割を果たしたひとりがジャーナリストの藤井良樹であった。彼はブルセラショップと女子高生デートクラブ、そこに出入りする女子高生たちに綿密な聞き取りを行い、1994年に『女子高生はなぜ下着を売ったのか?』(宝島者)を出版した。
 「援助交際」という現象に注目し、マスメディア上で様々な発言をしたことで、この問題の認知度を高くしたもうひとりに、社会学者の宮台真司がいる。彼はテレフォンクラブ・ダイヤルQ2といった匿名での電話コミュニケーションに始まる女子高生の「援助交際」に注目し、同じく1994年に『制服少女たちの選択』(講談社)を出版し、その後も多数の出版物を刊行した。
 この両者がマスメディアで積極的な発言をなし、人々への露出度を高めていくことになった。
 
1−2 公的アリーナへの登場
 もちろん、この「援助交際」は公的な語彙ではない。警察庁や法務省の語彙では、「性の逸脱行為で補導・保護された女子少年」2)「福祉犯被害少年」3)という言葉であらわされている。当然ながら、「援助交際」という法的カテゴリーがあるわけではないし、これに特化した統計も存在しない。
 この問題が初めて国会に登場したのは、1996年2月22日参議院文教委員会でのことと思われる。ここで登場した議員は新党さきがけの女性議員であり、この時点では与党議員であった。この討論ではまだ「援助交際」という語彙は公然と使用されてはいない。当事者の一方である少女は性暴力の「被害者」「犠牲者」と呼ばれており、「子どもの保護」という論点と「女性の商品化」という論点の双方が打ち出されていた。
 
   きょうは、中学、高校の女子生徒の中で急速に蔓延しておりますテレクラを初めとした性暴力、そして被害に  ついて伺います。
 
   (ダイヤルQ2について)女性がもっぱら性的な対象として描かれて、しかも商業的に利用される傾向が非常  に強うございます。こういった環境が、こういった子どもたちが、このような遊びなのか、最初は好奇心なのか  もしれませんが、それが高じて売春、そして殺人に至るというような可能性もございます。諸外国に見られない  ほど日本は野放しになっているということで、女性の人権がこういった点から侵されているというふうに私ども  は考えております。
 
   テレクラの特徴というのは、大人の男が加害者で、未成年者の少女が被害者だということ。男の方が経済力を  持っていて、被害者の子供たちはお金が欲しい、その弱みにつけ込んでいること(堂本暁子議員の発言:『参議  院文教委員会会議録第二号平成8年2月22日31−32頁』)。 
 
 上記の例からわかるように、ここでは徹頭徹尾、少女は「被害者」として位置づけられ、成人男性が「加害者」として取り扱われている。起こっている事態の原因は主要にはテレクラとダイヤルQ2という新しいメディアに帰属されている。
 ここで少女を「被害者」と位置づけることを可能にしている二つの装置を指摘できよう。ひとつは、<子ども>である。それは「遊び」「好奇心」で危険に近づいてしまう存在であり、学校で「きちっと教える」必要があり、また条例等で「被害を受けないようにする」ことが論じられた。要するに、<子ども>は無知で無垢な存在であり、であるがゆえに判断能力がないのであり、よって<被害者>なのである。
 被害者化を可能にしているいまひとつの装置は、<女性>である。数度にわたり女性の人権が言及され、経済力の差、体力差、妊娠、エイズといった語彙がもちいられることによって<性的被害>が主張される。
 また、これは日本における他者説得のための常套句のひとつではあるのだが、「諸外国と比べ、日本は遅れている」といったレトリックが用いられる。中河はこれを「国際化のレトリック」と呼んだ(中河 1995)。
 こ討議においても、複数の「国際化のレトリック」が観察できる。
 
   アメリカの場合には、1974年に児童虐待防止法というのができましたし…。日本はいったいどういう国なのだ  と外国の方が見えておっしゃったそうです。
 
   オーストラリアにしろ、ドイツ、フランス、イギリス、ニュージーランド、それから先進国だけではございま  せん、タイ、スリランカ、フィリピンなどでも…子どもの権利条約、あらゆる性的搾取、性的虐待から児童を保  護すると決めております。それを受けて、こういった法改正あるいは新法が制定されております。
 
   北京の世界女性会議で採択された行動要領には、身体的・精神的・性的虐待から少女を守るために、適切な立  法、行政、社会的及び教育的措置を講ずることというのが定められております(堂本暁子議員の発言:『参議院  文教委員会会議録第二号平成8年2月22日31−32頁』)。
 
 こうしたレトリックは決して珍しいものではなく、他の様々なイッシュー、例えば環境問題やいじめ、児童虐待、etc,でしばしば観察されるものである4)
 以上みてきたように、初期の頃に国会で論議されたこの問題は、「テレクラを原因とする女子少年の被害」として論じられていたと言える。
 
1−3 大阪府警−「援助交際は売春です」キャンペーン
 前述したように国会での議論は、基本的には援助交際の女子高生を<被害者>とする線での議論がなされていた。1997年1月には、それとまったく対照的な方針が大阪府警によって採られ、同3月には女子高生2人と無職少女1人が売春防止法違反で摘発された(朝日新聞記事1997年3月28日)。すなわち、大阪府警は援助交際を自ら求める少女らに対し売春防止法を適用する方針を打ち出し、それを実行したのである。同記事によれば、伝言ダイヤルで援助交際の相手を募った行為が売春防止法違反にあたるとし、捜査員が相手方となるふりをし指定された場所で待ち合わせ、摘発したという。
 この対処は、前述した論議とはまったく逆の対処と言える。なぜならば、売防法違反で摘発するということは、援助交際における女子高生は売防法違反の<犯罪者>であり、これは「社会の善良の風俗(売防法第一条)」に対する<加害者>としての地位を付与することになるからである。
 また、大阪府警は独自のポスターを作成して「援助交際」に対処しようとしたが、そのキャッチフレーズもきわめて興味深いものであった。すなわち、女子高生と成人男性の後ろ姿の写真をバックに、「援助交際は売春です」という文言を掲げたのである。
 「女子高生は、“援助交際”という言葉を使用することで売春の罪悪感を逃れている」「“援助交際”ということで売春を正当化している」−このような解説が、時折マスメディアに登場していた。大阪府警のキャッチコピーは、そうした「説明」を援用し、逆手にとったものであった。厳密な法的規定はさておき、「売春」は悪であり、犯罪であるというのが日本での一般的な理解であろう。大阪府警は、援助交際は売春であり、それは犯罪として処罰される行為であると宣言し、そしてその通り実行したのである。
 前述した「説明」が正しいかどうかは本報告の関心事ではないし、社会問題の構築主義の立場からいって、言及されるべきことではない。援助交際にかかわる女子高生自身については、本報告は一切の判断を停止する。しかし、この大阪府警のポスターは、いくつかの点を示唆している。
 「援助交際は売春です」と宣言するということは、「援助交際は売春ではない、ちがうものである」という命題の存在を示唆する。確かに、先に紹介した藤井良樹や宮台真司は、取材に基づいたそのような知見を流布させており、そのような言説がマスメディアに存在していた。そして重要なのは、当の大阪府警もそうした議論に一定の存在論的地位を認めていたこということである。
 ここにいたって、先に紹介した国会の論議−<被害者化>による社会問題化−と、大阪府警の方針−<加害者>ないし<逸脱者>としての処罰−という対比は明確であろう。このように、一見まったく相反する定義がとられたのは、他でもない、「援助交際」という新しいカテゴリーに対応する、既存の制度的ツールが欠けていたからである。そして東京都では、青少年条例の改正という大阪府とは別の対応をめぐって論戦が繰り広げられることになる。
 
2 東京都青少年条例の改正運動と「健全育成」
2−1 陳情・請願運動
 1995年6月ころから東京都議会にかつてなく多数の陳情・請願が寄せられる。東京都青少年健全育成条例に「淫行処罰」規定を新設すべきであるという条例改正運動である。 この淫行処罰運動に対抗する「条例改正反対」の請願・陳情も翌1996年3月に組織化されて都議会に提出され、4月18日に双方の陳情・請願が都議会文教委員会で審議されることになる。審議内容をみる前に、まず陳情・請願活動を観察しよう。
 4月18日までに、淫行処罰を求める陳情・請願はのべ178,315人の署名をもって431件が提出された。それに対し、淫行処罰に反対する陳情・請願は8,350人の署名をもって401件が提出された。都議会への陳情・請願活動としてはけた外れの数であった5)。筆者はこれらのすべてを収集し、分析した(山本 1997)6)
 署名者の多い順に上位5位までをみると、最も多いのは肩書きのない個人名で提出されているもので103,292人分の署名のものであるが、ついで「母の会」17,059人、青少年対策地区委員会16,945人、PTA13,676人、防犯協会11,568人となっている。その他には町内会、保護司・補導員等からの請願・陳情も目につく。
 請願文の内容を少しみてみよう。
 
   私たちは、明るい住みよい地域づくりのため、関係機関と共に努力している。しかし、最近のマスコミなどの  報道によると、少年がデートクラブやテレクラに出入りし、遊興費欲しさから売春行為を行っているとのことで  ある(千代田区・町内会)。
 
   次代を担う少年が心身ともに健やかに成長するため、私たちは、少年の健全育成に取り組み有害環境の浄化を  推進している。しかし、最近の少年を取り巻く環境は、デートクラブ・テレクラなど少年の性を食い物にする低  俗な性風俗業者が乱立し、これらに出入りする少年を自己の性的欲望を満たす対象としている大人たちが跡を絶  たない。このような状況に対し、都の現行条例は淫行処罰規定が設けられていないため法体系の中で少年を守り  切れないのが実状である(板橋区・防犯協会)。
 
 このふたつは典型的な文面であり、様々なことが述べられている。まず、上の町内会の文面であるが、「関係機関」とは警察や青少年地区対策委員会、PTAといった青少年関係の諸機関・諸団体である。そして、「デートクラブやテレクラ」が新たに出現した問題の原因であること、マスメディアを通じて、「遊興費欲しさから」自ら「売春行為」を行っていると認識している、といったことが述べられている。下の文面でも同様に「デートクラブ・テレクラ」が原因として措定されており、「淫行処罰規定」がないために、「少年を守りきれない」としている。
 
2−2 文化的コンテクストとしての「健全育成活動」
 こうした「淫行処罰」を求める運動は、個々の「草の根」から自然発生的に起こったものではなく、この運動の基盤となる日常的な地域社会におけるネットワークがあり、このネットワークを介して陳情・請願というクレイム申し立て活動が組織化されたものと考えられる。このネットワは「健全育成活動」であろう。
 健全育成活動とは、ネガティブな言い方をすれば「青少年の非行防止活動」−例えば、薬物防止や喫煙・飲酒防止、万引き防止など−であり、ポジティブにみれば「青少年の望ましい人格への育成」−ボランティア活動やスポーツを通しての地域教育−である。
 たいていの場合は小学校区ないし中学校区を単位として、この健全育成活動が行われている。それぞれの地区の学校、PTA、保護司、町内会、児童・民生委員、警察といった官民を越えて教育・福祉・司法等々の青少年関係者が連絡をもち、それぞれの地区で活動を行っている。東京都の場合はこの集まりを「青少年対策地区委員会」という。さらにその上には地区委員会の連合体のようなかたちで区市町村単位の「青少年問題協議会」があり、こちらの方は区市町村長の附属機関である。
 さらにその上には都道府県単位の青少年問題協議会があり、この単位での健全育成活動もなされている。国家レベルでは「青少年育成国民会議」があり、総務庁青少年対策本部の助成を受けている。すなわち、健全育成活動は、日本の国家レベルから地域レベルまで通底するネットワークを形成していると言える。
 東京都での「淫行処罰」制定運動は、このネットワークを資源として展開されたと思われる。例えば、新宿区四谷地区青少年対策委員会のメンバーで、この淫行処罰を審議した第22期東京都青少年問題協議会委員をつとめた武山隆は、こう言っている。
 
   各町会長、学校の校長、四谷警察の署長が集まって新年会をやりました。そこで保護司の委員が、…「子供た  ちが売春するとかテレクラに行くとか、どうも問題が生まれている。これを取り締まるための条例があるのだが、  残念なことに採択されていない。それをなんとかしなければならないので協力をお願いしたい」という趣旨の話  があった。
   …地元の警察が予算を全面的に出して、母親と子供たちを対象に料理教室をやるのです。(そこで)警察の青  少年係長が、「淫行条例問題が東京都でこれだけ問題になっているのは、8年前の東京都青少年問題協議会がそ  れを採択しなかったからだ。その結果、東京都は大問題になっている」「署名を集めて東京都のほうに出しまし  ょう」というような話をするわけですね(『マスコミ市民』1997年5月号27頁)。
   
 ここでは、戦後日本の青少年の統制に深く関わってきた健全育成活動が、「援助交際」という社会問題を「淫行処罰」問題に変換していく様に注目したい。
 戦後様々な青少年健全育成活動がなされてきた。例えば浮浪児救済からヒロポン問題、シンナー問題、俗悪テレビ番組追放、有害図書追放活動など。戦前・戦中、地域社会を統括してきた町内会はGHQによって1951年まで禁止されたため、地域では様々な運動体が衣をかえて出現した。防犯協会や母の会が町会にかわって組織化された地域もある。これら健全育成活動にとって、「青少年」はなによりもまず「子ども」であり、それは大人社会の害毒から「保護」されるべき存在であった。すなわち、子どもの「無垢」を汚す様々な「有害環境」から子どもを守らなければならない、これが健全育成活動に通底するトーンであった。してみれば、子ども自身を処罰するというよりは、「悪をなす大人」をなんとかしなければならない、という議論になるのは至極当然のことである。その際、子どもは悪をなす大人の<被害者>として扱われるのである。
 かくして、「援助交際」は第一義的に「子ども」の問題ということになる。これは「女性の人権」「売買春の是非」といった「性の問題」というよりは、「子供たちが売春するとかテレクラに行くとか、どうも問題」(前述の武山氏による保護司の発話)ということになるのである。そうして、援助交際は「淫行処罰」問題として議会の俎上にのっていった。
 
3 都議会での審議
3−1 都、青少協への諮問決定
 こうした請願・陳情活動は東京都の従来の方針を転換させ、青島幸男東京都知事を動かすことになる。
 東京都では1988年に第17期青少年問題協議会の答申を受けて、淫行処罰規定制定を見送った経緯がある。「淫行」という概念があいまいである、性の問題に公権力がかかわるべきではない、処罰ではなく教育によって対応していくべき、として淫行処罰を否定したのである。東京都はこうした方針を転換し、1996年3月8日、第22期東京都青少年問題協議会に淫行処罰規定の是非を諮問することを決定した(朝日新聞1996/3/4,1996/3/10)。第22期青少協が発足し、正式な諮問がなされるのは5月28日のことである。
 青少年問題協議会は知事の附属機関であり、議会を拘束するわけではないが、慣習として、青少年問題協議会の答申を議会は議決においても受け入れ、両者が相反する結論をだしたことはなかった。したがって、こと青少年問題に関しては、議会での議論と並んでこの協議会での論戦のありかたが非常に重要な位置をしめると言える。また、議会には全会一致での議決を重んじる文化があり、議決の前に各会派による水面下の交渉・根回しがなされるのが通常である。しかし、この淫行処罰をめぐっては、会派によって賛否が分かれることになる。
 
3−2 都議会での論戦
 1996年4月18日、東京都議会文教委員会で淫行処罰規定の制定求める請願・陳情、ならびにそれに反対する請願・陳情が審査が行われた。都議会で請願・陳情が採択されると、執行機関にその旨が送付され、検討されることになる。すでに述べたように、都知事は淫行処罰の是非の都青少協への諮問を決定しており、都議会での採択には手続き的には意味がないように思われる。しかしながら、議会の決議を行政機関が無視するわけにはいかないし、また青少協に対しても議会の態度を示すということになる。かくして、午後1時13分に始まったこの都議会文教委員会は、午後11時50分の散会まで、実に10時間以上の長丁場となる。
 この時点での都議会での論戦を、我々は基本的に「被害者コンテスト」(Holstein and Miller, 1990)であったとして報告する。もちろん、ある人間が<子ども>であることが被害者化(victimization)の有効な資源であることは彼らによってすでに論じられている。「被害者化は、思春期の未熟さや無垢さに訴えかけることで正当化され、またそれらは翻って、被害者ラベルによって強調される」(Holstein and Miller 1990:109)。
 しかしながら、ここでは1−2でみた参議院の質疑の場面と同様、援助交際の女子高生の「被害者」としての地位は争われてはいない。この場では淫行処罰規定を制定した場合と制定しなかった場合、どちらがより「青少年にとって」「被害」をうみだすか、が競われていたのである。
 
3-2-1「想定された状態」
 ここでまず注目すべき点は、起こっている事態、すなわちメンバーによる「想定された状態」の描き方である(以下、議会での発話の引用は東京都議会『文教委員会速記録』第8号平成8年4月18日による)。
 
   …少女売春が2年で5倍になった。…少女売春の広がりが鮮明になっている。しかも、非行歴のないいわゆる  普通の中高生が補導されるケースが目立っている。…専ら自己の性的欲望を満足させるために、いわゆる少女を  もてあそぶ行為は、まさに青少年の福祉を阻害するおそれのある行為に該当するのではないか…(黒須委員:自  民党、速記録15頁)。
 
   現実の問題として、中学生や高校生がいとも簡単に、友人に誘われたから、暇だから、簡単にお金が入るから、  面白そうだからという理由だけで、罪の意識もなく売春する(同上、17頁)。
 
   まさに今、青少年はこういったテレクラ等によって犯罪に巻き込まれる、まさに犯罪の温床になっているのが、  私はテレクラだ、あるいはツーショットではないかと思うわけです(藤井委員:公明党、同19頁)。
  
   好奇心だとか、あるいは友達に誘われてとか、たまたまちょっとお金がなかったから少しお金が欲しいという  ようなほんのちょっとしたことで、…暴力団の餌食になったり、あるいはまた、そういう性的な非常に嫌なつら  い経験をさせられるというのは、私は放置できない問題だと思うんですよね(同上、20頁)
 
 以上の2人の議員は、ともに淫行処罰の制定を主張した会派の議員である。それに対し、反対の討論を行った会派の議員の「想定された状態」はこのようなものである。
 
   ツーショットダイヤル、伝言ダイヤルなどの風俗産業が盛り場を中心に登場しまして、人に知られず、場所に  拘束されず、そして時には女子青少年側の主導性により、中高生を中心として女子青少年の性非行を誘発すると  いう問題も生じております。
   …少女の方から電話で声をかけて、おじさんと一緒にご飯を食べたり、映画を見たり、性行為をする。…自分  の意志で電話をかけて売春に至るのです。これが、これまでの売春との大きな違いです。…どのような交際にな  るのかも、かなり少女の側が主導する形です。…性を売ることについても、性を売った対価として金銭を授受す  るという意識が必ずしもなく、援助交際という言葉のように、おつき合いして、その中でお小遣いをもらうとい  う感覚なわけです(村松委員:共産党、同22頁)。
 
   先ほど女性の側から盛んにアタックをするような話も出ていましたけれども、その中には、少女たちが実際に、  単にお金が欲しいのじゃなくて、心を割って話す相手が欲しいとか、それから、優等生の仮面をとりたいんだと  かいう、いわゆる今の青少年のおかれている社会の状況、これは私たち大人がしっかりとこの社会を浄化してい  く、…品位がある、節度をもった社会をつくるということが一番望まれているところだと思いますし…(藤田委  員:ネット、同32頁)
 
 以上の発言からわかるように、「起こっている事態が何なのか」をめぐっては、淫行処罰に賛成する側と反対する側で、それほど大きな違いがあるわけではない。「援助交際」は誰かに強要されてなされているのではなく、少女が自発的に行うものだ、ということは両者に共有された知識となっている。ただ、微妙な言い回しではあるが、淫行処罰を求める会派(ここでは、自民党と公明党)の発言は、少女を未熟で受動的な存在として描き出しているようにみえる。例えば、「少女をもてあそぶ」という言い回しは、買い手の成人男性についての言及であるが、ここでは少女は一方的に「もてあそばれる」ものとされている。また、「犯罪に巻き込まれる」「つらい経験をさせられる」と、受動態で表現されている発話も同様であろう。
 それに対し、淫行処罰に反対する会派(ここでは、共産党とネット)はむしろ少女を主語とし、その能動性を重視した記述をしているようにみえる。
 同じように「売春」ないし「援助交際」という語彙をもちいつつも、「想定された状態」の記述についてのこうした微妙な差異が、その他の議論とどう関わってくるのかを次にみてみよう。
 
3-2-2 「被害者コンテスト」としての審議
 さて、援助交際をする少女たちが「被害者」であることには、実は双方とも違いはない。彼女たちは、何らかの意味で「被害者」なのだ。もちろん、大阪府警のように、彼女らを(公共の秩序に対する)「加害者」として扱うことも、法的には可能であった。しかし、淫行処罰について審議しているこの都議会では、双方ともに彼女らを「守るために」、という論を張っており、そうした可能性はあらかじめ閉ざされていた。
 そもそもこの場面は「青少年条例」の改正を求める請願・陳情の審議の場であり、青少年条例は府県によっては「保護育成条例」とあるように、「本来的に青少年を守る」というスタンスの法である。しかも、警察委員会などではなく、「文教委員会」という、<子ども>や教育に関する審議をその主要任務とする委員会での審議である。答弁に立っているのは「生活文化局長」や「女性青少年部長」という、<子ども>を担当するセクションの官僚である。こうした環境settingは、あらかじめ<子どもを守るため>の議論を水路づけていたと言えよう。ここでは、女子高生は<子ども>であり、<子ども>であるからこそ被害者という位置に据えられている。
 では、彼女らはいかなる意味で被害者なのか、以下にみていこう。
 
   淫行処罰規定を設けて売春の相手となった大人を罰することで、将来のある青少年を守っていくべきだ、私は  そんなふうに考えるんですね(黒須委員、15頁)。
 
   何らかの形での、青少年を守るために都としても手を打たなければならないんじゃないか…。様々なテレクラ  等による青少年の被害が報道されております。…青少年にこれ以上被害が及ばないよう最小限の規制が必要と考  えるわけです(藤井委員、19-20頁)。
 
   大切なことは、そういう悪質なことをやっても、その大人を罰せる現行法がない、これが一番のポイントであ  って、それをやることによってその大人を罰することが、本当のいい健全な社会をつくる(上島委員:新進党、  31頁)。
 
 まず、少女たちは悪い大人による、あるいはテレクラなどの有害環境による「被害者」であるとされる。であるが故に、悪い大人が処罰されなければならない。こうした主張を支えるのは、数字の見積もりと事例の呈示である。
 「少女売春が2年で5倍になった。昨年都内で298人が補導され、補導はしなかったものの、売春を確認した数は600人に達し、少女売春の広がりが鮮明になっている」(黒須委員、15頁)、「テレクラが絡んだ被害者というのは千人を超えている。その千人というのは、三年前に比べると3倍以上増えている」(藤井委員、18頁)といったように、数字があげられ、「被害の拡大」が主張される。
 そして、事例としては他者から強要され、暴力を受けた例が提示される。「女子中学生15歳がテレクラで知り合った男性の家に連れ込まれて入れ墨までされた…。おどかされてツーショットダイヤルで10数回売春をして、そのお金が全部…奪われた。…知り合った暴力団員に覚醒剤まで打たれて、…性的被害をうけた。…相手の男性に神戸で殺された、殺人まで起きている」(藤井委員、19頁)。
 このような数値の呈示と事例の呈示が、<社会問題としての援助交際>の輪郭を描き出していく。そして、援助交際は「少女売春」として定式化されている。このような社会問題のクレイムのあり方は、ベスト(Best,J)が「行方不明の子ども問題」(missinng children problem) で定義、実例、数の見積もり、と3つのあげた社会問題のクレイムにおける「地となる論述」(ground statements)のあり方と同様である(Best 1987)。
 他方、淫行処罰規定に反対する会派は別様のあり方で援助交際に関わる少女たちを「被害者」として記述し、そちらの方がより深刻な被害をもたらす、という言い方で論を組み立てる。
 
   処罰ですから、罰という形を形成していく上では双方を取り調べなければいけないのでしょうけれども、…か  えってその取り調べの中で傷つくのではないかということを私は大いに懸念するわけです。…云々かんぬんとい  う性犯罪の被害者としてのレッテルが張られていく。張られた少女の将来。罪の意識はなかった。ところが、性  犯罪の被害者のレッテルを世間様から張られてしまうという立場に立たされた少女たちの将来、…もう心配しな  くてよろしいのでしょうか(大場委員:日本社会党、25頁)。
 
   …淫行処罰規定を導入すれば、被害者とされる少女の人権やプライバシーを守ることはできません。…淫行と  は極めてあいまいな構成要件で、私的な行為である性について淫行とされる事実を立証するためには、少女の知  られたくない事実を細部にわたって明らかにせざるをえません。…少女の心が深く傷つけられ、人間として豊か  に成長していくこと、青少年の健全育成を著しく阻害するのであります(植木委員:日本共産党、39-40頁)。
 
 以上見てきたように、淫行処罰を求める会派も、これに反対する会派も、ともに援助交際にかかわる少女を「守るため」、彼女らを「被害者」と定義づけ、どちらが「より深刻な被害」をもたらすか、ということをめぐって闘っていた。すなわち、なにが「より深刻な被害」か、ということが掛け金だったのである。ここで観察された相互作用は、ホルスタインとミラー(Holstein&Miller)のいう「被害者コンテスト」(victim contest)とは若干おもむきを異にする。もちろん、「被害者としての地位」は「出来事を報告し記述する人々の解釈的な企てに依存する」(Holstein&Miller 1990:114)なのだが、ここで争われているのは「被害者−加害者」という関係ではない。賛否両論ともに「子ども」の被害を最小限にするために、いわば「ほんとうの被害」をめぐって闘っていたのである。
 
4.考察
4−1 隠蔽されたもの
 我々が注目したいのは、こうした議論のあり方−「ほんとうの被害」をめぐる闘い−において、なにが隠蔽されたか、ということである。
 いうまでもなく、大阪府警のやり方=「加害者」として援助交際の少女たちを取り扱うという方向は、賛否両論ともに「被害」を掛け金としている以上、完全に排除されている。援助交際を問題化するに際して、当事者の一方である少女を「加害者」とみなすやり方と「被害者」とするやり方がありえることを、我々はみてきた。東京都議会での議論のあり方は、「援助交際(テレクラ、伝言ダイヤル等)での被害」と「警察の介入・取り調べによる被害」という、水準を異にするふたつの「被害」をめぐって闘われたため、少女=加害者という社会問題化が排除されていたといえる。
 いまひとつは、「問題ではない」という可能性の排除である。淫行処罰の審議においては賛否両論ともに、「援助交際は社会問題である」ということが暗黙のうちに共有されていた。一方は淫行処罰を、他方は教育による判断力の育成を、と主張は異なっていたが、援助交際について「問題である」ということにおいては両者とも共通していたと言える。この際に隠蔽されていたのは、「問題ではない」という記述の可能性である。すなわち、「性は私的なこと」であるがゆえに、全面的に「自己決定」の問題であって、公的(政策的?)な対処をすべきでない/必要ないこととしてdescribeする可能性が閉ざされていた。この可能性はけっしてありえないことではない。なぜなら、日本の売春防止法は、売春それ自体は違法とはしているが、罰則は規定しておらず、「犯罪」として取り扱っていないからである(売春を助長する行為は犯罪である)。
 すなわち、「子どもをまもるため」「少女=被害者」という形式をとった東京都議会での論戦は、どちらがよりその趣旨にかなうかをめぐってなされたために、少なくともふたつの記述の可能性−「少女は加害者である」と「援助交際は問題ではない」という−が隠蔽されていたのである。
 
4−2 <子ども>という価値
 援助交際をめぐるクレイム申し立て活動でいまひとつ注目したいのは、<子ども>という価値である。援助交際に携わる女子高生は、<子ども>として論議されていた。援助交際は、「売春という問題」というよりは、「子どもの問題」のひとつ−いじめや非行と同様に−として記述されたのである。論戦は、「売春」をではなく「淫行」をめぐってなされていた。そもそも「淫行」という概念自体、<子ども>に関するものとして用いられている。<子ども>は性のなんたるかが分かっておらず、判断能力に劣るものと想定されているからこそ、通常の性行為とは違うカテゴリーとして「淫行」なるカテゴリーが持ち出されたのである。さらに言えば、この「淫行」は法的カテゴリーであって、警察や司法機関と健全育成に携わる人々以外が日常的に使用するものではない。
 そして、1990年代後半の日本では、女子高校生は<子ども>である、ということを前提として援助交際のクレイム申し立てはなされた。このことも淫行処罰の賛否両論に共通する。彼女らの「被害者」としての地位を支えていたのは、「彼女らは子どもである」という仮定である。もしそうでないなら、つまり<子ども>ではないのであれば、加害者とする可能性、あるいは問題ではない、という定義付けがありえた。だが、女子高生は子どもであり、であるがゆえに被害者であるというレトリックにおいてそうした可能性が隠蔽されたのである。 鮎川(1996、1998)、長坂・鮎川(1999)は個別的事件において「被害者」としての地位が獲得されたり疑われたりする過程を記述したが、ここでは「女子高生」という集合的カテゴリーが「被害者」との地位を獲得している。
 もちろん、「女子高生は子どもである」、という定義付けは歴史的に成立したものであり、文化的・社会的コンテクストに依存して初めて成立する命題である。例えば、フランス人法学者ボアソナード(Boissonade)の協力でつくられ、1880年に公布された日本の刑法は13歳をもって性交合意年齢としている。また、民法上の婚姻可能年齢は女子は16歳と定められいる。歴史的言えば、かつてはアリエス(Aries,P.)が論じたように、子ども期はずっと早くに終わっていた。
 戦後日本の健全育成活動は、例えば悪書追放、酒・タバコの自販機規制、テレビ番組やCMへの抗議といったように、「子どもにとってよくない」環境をコントロールすることを目指してきたが、その際に同時に<子ども>の存在を構築してきたともいえる。すなわち、健全育成活動は「有害な環境」と<子ども>とを同時に定義付けてきたのである。
 我々は、「被害者化」を中心に援助交際と淫行処罰をめぐる言説を観察してきたが、ここで報告された言説もまた、そうした戦後日本の一貫した流れの中にあるものと位置づける。すなわち、「被害者」と位置づけられることで援助交際に関わる少女たちは<子ども>となり、子ども期は今まで以上に延長されたのである。
 
 
注記:この報告は、中河伸俊氏との共同報告Legislation on Sexual Misconduct in Tokyo and the Rhetoric of Victimization”:paper presented at the 49th Annual Meeting, The Society for the Study of Social Problems,August 7,1999 at Chicago,IL,U.S.A.をもとに、全面的に書き改めたものである。文責が筆者にあることは言うまでもない。

1)苫米地の大宅壮一文庫を利用した知見によれば、「援助交際」という語彙が雑誌のタイトル、リードに最初に出現したのは『SPA!』1993年10月6日号ということである。その後95年に2件、96年に21件があるという(苫米地1999:27)。
2)法務省法務総合研究所編『犯罪白書』平成10年版、大蔵省印刷局 200頁。同書によれば、「性の逸脱行為で補導・保護された女子少年」とは、@売春防止法違反事件の売春をしていた女子少年、A児童福祉法34条1項6号(淫行させる行為の禁止)違反事件の被害女子少年、B青少年保護育成条例による「みだらな性行為の禁止」違反事件の被害女子少年、C刑法182条(淫行勧誘罪)の被害女子少年、D虞犯のうち不純な性行為をしていた女子少年、及び、Eその他不純な性行為を反復していた女子少年をいう、とある。
 1978年から1997年の20年間の推移をみると、1984年の9,813人をピークにその後減少していたが、1994年以降増加に転じており、1997年には4,912人であった。また、警察庁編『警察白書 平成10年版』では、この「性の逸脱行為で補導・保護された女子少年」というカテゴリーのうち、さらに”「遊ぶ金欲しさ」を動機とする者”の数値を提示しており、これが2,309人を占めると記述してある。
 警察によるこのカテゴリーの「動機」の類型もまた興味深い。「自ら進んで・興味(好奇心)から」「自ら進んで・特定の男が好きで」「自ら進んで・遊ぶ金が欲しくて」「自ら進んで・セックスが好きで」「誘われて・興味(好奇心)から」「誘われて・遊ぶ金が欲しくて」「だまされて」「脅かされて」「その他」という区分になっている。「自ら進んで」と警察が認定したケースも「だまされ」「脅かされ」たケースもともに「逸脱行為の動機」というリストに包括されているのである。
3)警察庁編『警察白書 平成10年版』によれば、1997年には8,608人の福祉犯が検挙されている。そのうち青少年保護条例違反が37.1%と最多であり、ついで毒物及び劇物取締法(16.1%)、風営適正化法(16.1%)、覚醒剤取締法(9.8%)、児童福祉法(9.2%)、労働基準法(4.1%)、売春防止法(2.6%)、<以下略>となっている。
4)後にみる東京都議会での審議においても、同様のレトリックが観察される。「児童売春については、国際的にもその防止活動が活発化して、そしてその結果、ドイツ、スウェーデン、アメリカ、オーストラリアでは子供と性的関係持った場合は厳しい法規制で臨んでいる」(黒須委員(自民党)の発言東京都議会文教委員会速記録8号 1996年4月18日15頁)
5)1983年から1994年までの12年間における東京都議会への陳情・請願付託件数は年平均
498.9件である。したがって、この運動の431件と反対運動401件の計832件だけで年平均の倍近くになる。
6)この都議会で審議された請願・陳情の提出主体は、以下の通りである。左が淫行処罰規定の制定を求めるもの、右がそれに反対するものである(山本 1997)。
団体種類件数総署名者数総署名数/件数










 
団体種類件数総署名者数署名数/件数
肩書なし 195@103,292 C  529.7労働組合 156   465    3.0
自治会・町内会  59  3,496     59.3新日本婦人の会 123  2,546    20.7
PTA  46C 13,676 D  297.3肩書なし  39  5,041   129.3
青少対  30B 16,945 B  564.8その他  34   195    5.7
その他  27  3,305    122.4母親連絡会  21    29    1.4
保護司(会)・補導員  16  2,408    150.5婦人民主クラブ  8    8    1.0
スポーツ・武道団体  13   754     58.0日本共産党  6    41    6.8
母の会  13A 17,059 A 1,312.2医療団体  5    5    1.0
環境浄化  11  4,529    411.7民主商工会  5    9    1.8
防犯協会  7D 11,568 @ 1,652.6国民救援会  4    11    2.8
業者団体  6   763    127.2   計 401  8,350    20.8
子ども会  4   196     49.0

 
商店会  4   324     81.0
   計 431 178,315    413.7
 
 
 
 
 
文献
鮎川潤1996「フィクションとしての逸脱行動−「被害者」の社会的構築を中心として」、
磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会 社会学の再構成』世界思想 社、156−183頁
1998「構築主義社会問題研究と犯罪社会学」、日本犯罪社会学会編『犯罪社会学研
究』23立花書房、66−88頁
Best,J. 1990. Threatened Children: Rhetoric and Concern about Child-Victims. Chicago: The University of Chicago Press.
藤井良樹1994『女子高生はなぜ下着を売ったのか?』宝島社
1996「ブルセラ」「援助交際」、性の権利フォーラム編『淫行条例13の疑問』現
代人文社
Holstein,J.A., and G.Miller. 1990. "Rethinking Victimization: An Interactional Approach to Vicitimology." Symbolic Interaction 13: 103-122.
Ibarra,P.R., and J.I.Kitsuse. 1993. "Vernacular Constiuents of Moral Discourse: An Interactionist Proposal for the Study of Social Problems."Pp.25-58 in Reconsidering Social Constructionism: Debates in Social Problems Theory, edited by J.A.Holstein and G.Miller. Hawthorne,NY: Aldine de Gruyter.
宮台真司1994『制服少女たちの選択』講談社
村上直之1982「法の社会的形成−精神衛生法改正の事例研究−」、日本犯罪社会学会編 『犯罪社会学研究』7立花書房,110−134頁
中河伸俊1999『社会問題の社会学 構築主義アプローチの新展開』世界思想社 
Nakagawa,N. 1995. Social Constructionism in Japan: Toward an Indigenous Empirical Inquiry. Pp.295-310 in Perspectives on Social Problems, Vol.7, edited by J.A.Holstein and
G. Miller. Greenwich,CN: JAI Press.
長坂知美・鮎川潤1999「マス・メディアによる来日外国人被害者の構築:「ブラジル人少 年暴行死事件を通じて」、日本社会病理学会編『現代の社会病理』第14号51-62頁
大庭絵里1990「非行の『凶悪』イメージの社会的構成−凶悪事件ニュース報道をめぐっ て」、日本犯罪社会学会編『犯罪社会学研究』15号、18-32頁
参議院1996『文教委員会会議録』第2号平成8年2月28日
苫米地伸1999「大人向け雑誌における「女子高生」関連記事分析、村松泰子・佐藤りか・ 苫米地伸・平野亜矢・岡井崇之1999『大人向け雑誌における「女子高生」の性的 商品化と思春期女子の性行動の変化に関する研究』平成10年度厚生科学研究費 (子ども家庭総合研究事業)研究、22−28頁
東京都議会1996『文教委員会速記録』第8号 平成8年4月18日
山本功1997「社会問題としての『淫行』 −東京都青少年条例の改正をめぐる攻防−」、 『中央大学大学院研究年報』第26号(文学研究科)121-132頁
   1998「「援助交際」の語り方−逸脱創出言説における「子ども」と「性」」
     中央大学文学部『紀要』174(社会学科第8号)1998年 89-110頁