中央大学『大学院研究年報』文学研究科26 1997 121-132頁
社会問題としての「淫行」−東京都青少年条例の改正をめぐる攻防−
山本 功
はじめに
この論文は、東京都議会に提出された陳情書・請願書を分析し、いわゆる「淫行」処罰をめぐる社会問題過程の一端を記述するものである。これは、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(以下、「青少年条例」とする)に「淫行処罰規定」を設けるべきとするクレイムによって構成されている社会問題である。また、それに反対するクレイムもなされ、今なお進行中の問題である。
いわゆる「テレクラ」を規制する条例が1995年に岐阜県で成立して以来、全国各地で「青少年の性」をめぐる議論がなされ、条例制定・改正が行われているが、東京都では「淫行」処罰が焦点化している。その是非を問うことは本稿の関心事ではなく、端的に誰が、どのように、どんな場で「青少年の性」についてクレイムの申し立てをしているかを記述したい。したがって、「淫行処罰」制定を求めるクレイムもそれに反対するクレイムも等価に、同じ手法で分析を加える。関心の焦点は「淫行」にではなく、「淫行」をめぐるポリティックスにある。
T 「淫行」概念と青少年条例
ここでは「淫行」概念を概観するが、まず各道府県の青少年条例について触れておかなければならない。簡単に述べれば「淫行(いんこう)処罰規定とは、18歳未満少年少女とのみだらな性行為を禁じるもので、東京都及び条例のない長野県を除く他の道府県で既に条例化されている」1)ものである。条例であるために道府県によって条文は異なっているが、飯野守によれば「典型的な表現は、『何人も、青少年に対しいん行又はわいせつな行為をしてはならない』とするものである」2)という3)。
「淫行」概念をめぐっては、法学的な議論も少なからずなされているが、1985年10月23日の最高裁判所判決で合憲との判断が下され、この判決文がしばしば言及される。
「『淫行』とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性行又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である」4)。
このように、青少年条例の「淫行」概念は、「満18歳未満の青少年」を保護する目的でつくられたものである。その際、法的には「青少年」とは男女ともに含んだ概念であるが、主要には女子を想定しているように思える。
本稿で論じる「淫行」問題は、この青少年条例に限ったものであるが、この他にも「児童福祉法」第三四条一項六号で「児童に淫行させる行為」を禁止する条項があり、同法の裁判の判決でも「淫行」概念をめぐる判断が下されている5)。さらに、刑法第一八二条では「淫行勧誘」の罪が定められており、「営利の目的で、淫行の常習のない女子を勧誘して姦淫させた者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」とある。
U 東京都青少年条例の「淫行」処罰規定と関連する動き
本稿で扱う「淫行」処罰規定の制定運動は、単に東京都だけの独自の運動というより、近年の全国的な流れのひとつとして位置づけるのが妥当であろう。それは、ブルセラ・デートクラブ・テレクラといった女子の性的な非行にまつわる一連の動きである。1990年代初頭の「有害コミック」問題6)では、主要には男子の性非行が想定されていたと言える。「有害コミック」が性非行の誘因とみなされ、男子少年は「加害者」たりえる者との想定がなされていた。それと対称的に、これらブルセラ・デートクラブ・テレクラでは、女子少年は性的な「被害者」たりえるとの想定がなされている7)。
その典型的な現れが1995年に成立した岐阜県「テレクラ規制条例」である。これを嚆矢に、複数の府県でテレクラ規制が検討され、この流れは今なお進行中8)である。また1996年2月には参議院でテレクラ規制を求める国会質問がなされ9)、渋谷区では独自に条例を制定する動きも報道されている。東京都での「淫行処罰規定」制定運動は、こうした流れの中にあると言えよう10)。同3月に都は青少年問題協議会11)に「淫行」処罰規定の導入を諮問することを決定し、4月には都議会文教委員会で、6月には都議会定例会で青少年条例の強化を求める陳情・請願が賛成多数で採択された。社会問題としての「淫行」をめぐる社会過程は、いま現在進行中であると言える。
V 東京都青少年条例改正を求める請願・陳情
ここでは東京都青少年条例の改正を求める陳情・請願12)を分析し、誰が、どのようにクレイムを申し立てているかをみていく。
(1)概要
これらの陳情・請願は全部で431件あり、のべ署名者数は178,275名にのぼる。この署名者数は従来の陳情・請願の署名者数と比較しても非常に多いと言える13)。種類別には陳情が15件、請願が416件。前者には紹介議員がおらず、後者はいるという違いがあるが、実際の議会での取り扱いに差異はないため、この区別はせずに分析を進めていく。
(2)提出時期14)
最初に提出されたものは1994年9月の1件である。ただし、これは文面において全く独自なもの15)であり、例外と見なしてよいだろう。これ以降の提出時期は以下の通りである。 1995年6月1件、9月2件、10月3件、11月66件、12月14件、1996年1月78件、2月172件、3月94件。すなわち、この運動は1995年6月から1996年3月の10ヶ月間に渡るものであり、とりわけ11月から翌3月の5ヶ月間に集中していたと言える。
このように数ヶ月間の間に陳情・請願が集中しているのは特徴的であろう。さらに詳細に提出月日をみると、同時に多くが提出されている日がある。多い順位で並べると3/13の35件、1/4の28件、2/27の26件、11/16の23件、2/22の20件、3/26の18件、2/16の16件、2/23の15件。これが集中している上位8日であり、のべ181件で全体の42.0%を占めることになる。
(3)市区別
提出者を市区別にみると、以下の表のようになる。表中の「総署名者数」とは、本稿で分析している陳情・請願の代表者と「外○人」と表記されている人数を加算したものの累計であり、代表者本人も含まれている。
表1 青少年条例改正を求める陳情・請願の市区別分布
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