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更新メモ(2026/2/5)

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更 新 メ モ


2月5日。このところなにをしていたのか。

年末年始は帰省。汽車の切符が年々とりにくくなっている気がするのは、みんなネット予約でとっちゃうようになったこと、インバウンドが増えたこと、繁忙期に新幹線が全席指定にしたこと、みたいないくつかの理由はありそうだが、まぁ自分はいつもふらっと駅に行って切符を買って乗る派である。特急券の自動販売機だとあまり待たずに買えるというのを覚えたが、このたびはあまりに残席がなくて機械ではらちが明かなかったので初心に帰ってみどりの窓口に行ったらギリで切符が買えた。システムの仕組みはよくわからないけれどそういうもののようである。少し遅い時刻になったがまぁ無事に到着し、到着してしまいさえすればのんびりと年末年始をすごすことができたわけである。れいによってスマホや家電の設定をいくつかやり、新しいビデオ機器のレクチャーをしたりして、年末の買い物についていって荷物持ちをしたり(しめ縄を買っていたら大きな虹が見れたり)、買い忘れのちょこまかしたもののお使いで自転車をころがしたりして、まぁ多少のはたらいた感もだせた。いつもの魚屋さんに注文してあった鰤と鯛がとどく。鯛のほうは申し分のない立派な尾頭付きだったのだけれど、鰤のほうは、半身のものが入っていたことに気づいてあれまあとなる。母親は「鰤の解体ショー」をしようと出刃包丁を持って待ち構えていたのだが、まぁしかたない、魚屋さんが気を利かしてくれたつもりだったのだろうねということにする。ともあれ、良い新年を迎えることができてよかった。そんなこんなしてるうち、朝、カーテンを開けると雪。このかんじはひさしぶりだなあとつくづく実家に帰った気持ちになる。まぁお正月の挨拶もできたのであとはこたつにはまって録画してたテレビを見ていればよいわね、ということで再放送の『三屋清左衛門残日録』をずっと見ていた。どんどんつもっていく庭の雪を見ながら、タクシー大丈夫かなあと心配したけれど、翌日にはちゃんとやんで無事に出かけられたし、この年末年始はおおよそ思ったように動くことができてよかった。のんびりとよい年末年始だった。

さて、巷に戻ればやはりあわただしいわけである。毎年恒例の共通なテストのやつについては、今回は比較的ややこしくない役ではあったもののやはり緊張しつつ、まぁなにごともなく無事完了し、まぁそんなこんなあれやこれやできぜわしく秋学期授業期間をぶじ終える。

今期の朝ドラは実家のほうが舞台なので懐かしい気持ちで見ている。たとえば登場する人たちの苗字が、地元に多い名前なのもなにげにうれしいわけである。「野津」「錦織」「梶谷」「福間」「門脇」とか…検索すると意外に「森山」もそうなのだな。同級生とか先生とかの顔が浮かぶわけである。ちゃんと作ってるなぁと思う一方、これは全国のお茶の間には気づかれないだろうけどなぁとも思う。熱心に見てる地元の人への目配せかしらん。そういうわけで地元はやはりそれなりに盛り上がっていて、帰省した時もやはりそういう広告がいろいろあるなあというのは感じた。今年のお正月のお屠蘇の屠蘇散は、ドラマに出てきた薬屋のモデルになった漢方薬舗(そのようにアピールしていたらしい)に寄ったときに購入したのだと。そんなかんじ。

晴れていると、気温は低いのに、なんだかもう春が来そうなかんじがする。実家のほうでは雪が降ったり(大きな地震があったり)して、自分がぼちぼちと歩きながらぱあっと青い空を見たりしていると不思議な気持ちになる。

いうてるまに節分が来てスーパーでねぎマグロの中巻きといわしの南蛮漬けを買ってきておいしくいただく。買っておいた福豆をベランダと室内にぽいぽいと投げて、夜が明ければ立春でもう春だというのだ。  


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