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多様な雇用関係の活用と課題
井戸 和男   

はじめに
 連合は、平成12年1月11日に「2000年春季生活闘争」と題して「雇用と生活を改善し、日本経済を自律的回復に導く闘い」としている。翌日、日経連は「人間の顔をした市場経済をめざして」と題した「労働問題研究委員会報告」を行い、雇用を守るためには賃下げも視野に入れるべきだという考えのもとに「8年連続実質ベースアップゼロ」を主張している。平成12年度春闘は、労使が雇用をめぐる諸課題を中心に知恵を出しあう「雇用春闘」だといえよう。又、昨今、労働関係法の改正によって雇用者側も就労者側も選択肢が広がっているのである。
 本稿は、かかる状況を十分認識するなかで、企業は多様な雇用形態をどう活かしていくべきかについての提言と課題について述べることにしている。

〈 雇用形態の多様化は時代のニーズ 〉
 雇用形態の多様化が進んでいる原因には、大きくわけて三つある。一つは、構造改革をはじめ社会経済環境の急激な変化の中で、企業の大きな命題として、固定費をいかに削減するか、同時にいかに変動比率を高めるかである。とりわけ日本型経営の最たる特徴は、この人件費が固定費であったことである。こうした日本型経営が成立した最大の背景は、常に売り上げが伸びる右肩上がりだったことである。損益分岐点を超えると固定比率の高い企業ほど、大きな利益が返ってきた。しかし、その構図は社会経済環境の大きな変化によって狂いが生じてきた。先行きが見えないだけに固定費の比率が高い会社ほど、極めてリスキーになってきたのである。そのため、それぞれの会社の置かれた状況に応じて、タイムリーに必要なときに、必要なだけ、必要なレベルの人をいかに確保しながら経営を行うかが重要になってきた。
 二つめの問題は、硬直した組織の活性化である。その一番の方法は、人を入れ替えていくことである。しかし、従来の日本型経営では、人の入れ替えを社内のいろいろな部署を体験させる手法で行なってきた。そのため、働き手は必然的にジェネラリスト志向、管理者志向に向くことになり、その結果、専門能力をもったスペシャリストが育ちにくかったといえる。ところが、これからの仕事は、一層専門的部分が拡大し、専門家の活躍する舞台が広がってきている。専門家を育てなければならないというニーズと組織の活性化も同時に図らなければならないという相矛盾が生じているのである。この問題をどう解決するかの一つの答えが、専門的な能力を持つ派遣労働者を含めた、さまざまな雇用形態の活用である。三つめは、組織そのものが活力があってダイナミックに展開していくためには、組織の簡素化が大変重要になってきている。そのときに、一つの方法が、アウトソーシングに代表される業務の分割、雇用形態の多様化などのダイナミックな人事管理である。以上の観点から、雇用形態の多様化は有効であるといえる。

〈 帰属意識の希薄化対策が必要 〉
 反面、デメリットもある。最大のデメリットは帰属意識の希薄化である。帰属意識には、カンパニーロイヤリティ、ヒューマンロイヤリティ、ジョブロイヤリティ、マネーロイヤリティがあるが、つまり、お金を目的としたマネーロイヤリティ、好きな仕事ができるから働いているジョブロイヤリティ、尊敬できる社長がいる、上司と先輩がいる、あるいは信頼できる仲間がいるといったヒューマンロイヤリティ、それに会社が好き、社風が好きといったカンパニーロイヤリティである。正社員以外の人たちはこの中で、ジョブロイヤリティとマネーロイヤリティが非常に強い人が多く、カンパニーロイヤリティは皆無といっていいだろう。これでは会社の求心力は弱いのである。そうしたデメリットを克服するには、今後、大事な要素になってくるのがヒューマンロイヤリティである。ヒューマンロイヤリティは取りもなおさず、上司、管理職の資質・魅力によるところが大である。したがって、管理職がいかに多様化した従業員を管理していくかが、大事になってくると考えている。求心力を呼ぶ他の一つは、福利厚生のあり方である。雇用形態は多様にあって直接雇用契約を行なっていないこともある。魅力的な福利厚生で求心力を持たせる工夫を凝らすべきである。福利厚生こそ、賃金でもない、仕事でもない、人でもない、新しい求心力を呼ぶソフトウエアではないかと考える。したがって、十分に機能していない福利厚生制度を見直し、魅力的な福利厚生制度の構築が求められるといえよう。昭和50年、オイルショックのあと、村落共同体論という人事管理論を主張したことがある。それをいま再び、村落共同体論と新しい福利論とを並行して考えていく必要があるのではないかと思うのである。村落共同体論というのは、昔は村や集落の人々がいかに仕事をし、暮しをしていたのか、その知恵の一つが尊敬の軸を多様化していた、その知恵を見習おうというものである。村長も農協会長も学校の先生も料理の上手な奥さんも、夜の宴会を盛り上げる人も、尊敬の軸としてお互いに認め合っていた。ところが、会社のヒエラルキーというのはやはり係長、課長、部長といったワンパターンである。昔の村落に学ぶべきではないか。正社員が偉く、他は付属、あるいは長時間働いている人が正規軍で、短時間労働者は補助役という意識があるようだが、それは間違いだという認識を持つべきなのである。二つめは、昔は村八分というものがみられた。チームワークを乱した人は仲間から外すという制裁である。それでも、二分は残している。何を残しているかといえば、事故や災害、病気などが起こったときには、一人は万人、万人は一人のために対応する、助ける、それはやはり組織に属している最後の砦だという考えが働いているのである。いろいろな集合体であっても何か困ったときには、助け合う仕組みを一方では敷いたほうがいいと思うのである。つまり、会社でも社員旅行なども含めて、いろいろなイベントをさまざまに設けることによって、求心力の弱さを補う、フォロー体制を敷くことが併せて大事ではないかと思うのである。次に、雇用形態ごとにその活用方法を考えてみたいと思う。

〈 パートタイマーの活用 〉
 パートタイマーは、いま短時間労働者という言い方に変わってきている。パートタイマーというのがいつの間にやら短時間労働者であり、主婦であり、単純労働であるというふうな妙なイメージが付いてしまった。昭和48年、オイルショックの最中に、ちょうどアメリカに出張をする機会があった。そのときに、いろいろなデパートの開店時間を調べたことがあった。すると、アメリカのデパートは開店時間が曜日でバラバラであり、マーケット・オリエンテッドな営業体制なのであった。その当時、私が調べたところでは、営業時間は2400〜2500時間であった。一方、アメリカの年間労働時間は1800〜1900時間である。ということは、考えてみれば従業員全員が結局はパートタイマーではないかと思ったのである。そこから労働・雇用・人事に対する発想を、もっとダイナミックにしてはどうかという考えを持つようになったのである。まず、先に指摘したように短時間労働者は単純な仕事である、雑用である、あるいは主流ではないといったような考えを排除すべきであると思ったのである。短時間労働者というのは、価値観の多様化、雇用形態の多様化のなかで、個別に契約して、短時間労働を勝ち取った人だと考えるべきで、短時間働くということに価値を置いている人たちなのである。こうした観点に立つと、それぞれの特徴を活かしたさまざまな人の使い方が考えられる。女性も、過去と現在とではかなり違ってきている。豊富なキャリアを積んでいる主婦、高学歴者、また男女雇用機会均等をきっかけに、十分に女性が働ける体制が充実してきたこと、あるいは最近の通信機器が発達したことによって、自宅においても高度な仕事を請け負ってできる体制ができたことなど、さまざまな特徴と状況がある。したがって、短時間労働に就く人たちの個性と能力と適性などをもっとダイナミックに考えなければいけないのである。二つめは、高齢化社会の中で、20代、30代、40代、50代、60代と年令によってもっと働き方を変えてはどうかということである。どうも日本の社会というのは一律、ワンパターンで、20才代から60才代に至るまで全部同じ時間というのはおかしいのではないか、とりわけ、55才を過ぎた人たちには、働き時間をもう少し短くしながら密度の濃い仕事を行なってもらうということも大いにあっていいのではないかと思うのである。経験豊富な中高年者をもっと視野にいれた形で雇用を考えるべきではないか。処遇については、時間単価が基本であるが、ただし、退職金や賞与といった面で違いをつけるといったことはあってもいいだろう。また、福利厚生の部分はアラカルト方式のなかで、考えていくべきだと思うのである。

〈 派遣労働者の活用 〉
 規制緩和が進む派遣労働者については、組織を活性化する上では大きな役割を担う対象の一つになっているといえる。なぜなら、正社員の代わりになる人たちだからである。正社員を数多く雇用すると、当然、定年に至るまで有効に活用しなければならない。しかし、現在の社会経済情勢の中で従来のように正社員を多く抱えた人員構成でマネジメントを行なっていくのは極めて至難の業である。ところが、専門性を要する第一線のところで派遣社員を活用することによって、効率性と経済性が達成でき、さらには社外の人材によって正社員の刺激となり、のちのち正社員がさらに上級の仕事にチャレンジしていくなどでプラスになる。専門性の部分を活性化することは、社内の人が活性化することにもなっていくだろう。

〈 留意点は管理職の能力など 〉
 留意点としては、一つは管理職の能力が決め手になってくるということである。管理職の人たちが常にコミュニケーションをとるためのキーマンにならなければいけないということである。雇用形態が多様化してくると、全員が一同に集まって朝礼や終礼を行なうといったことがなかなか難しくなってくる。コミュニケーションの方法にさまざまな工夫を凝らす必要がある。なかでも、とりわけ大事な役割を果たすのが管理職である。管理職のコミュニケーション能力が極めて問われるといえよう。三つめに、評価の仕方がある。雇用形態の違う人に対しては、それぞれの評価をいろいろ研究しておく必要がある。頑張っても頑張らなくても同じというのでは励みがないので、よく働いてくれた人にはきちんと評価し、いい意味での刺激とやる気を与えることが大切である。逆に悪い場合には、罰則を設けるなど、賞罰のメリハリをしっかりとつけることに留意する必要があるだろう。四つめは、ダブルチェック、トリプルチェックの仕組みをきちんとしておく必要がある。これはミスの防止だけでなく、でき心が絶対に起こらないように倫理観を含めて、きちんと教育・指導する必要がある。やはりどうしても人の出入りが多くて、様々な人たちが集まると、そうしたリスクもあるといえる。

〈 正社員に求められること 〉
 一方、正社員のあり方もカンパニーロイヤリティをしっかり持ってもらう必要がある。公務員の例でいえば、警察官は仕事のために命を張るわけで、大変なロイヤリティである。それと同じように、正社員は会社に対する帰属意識を強く持ってもらいたいということである。これからは個人と会社の関係は希薄になるといわれるが、多様化した雇用の中では正社員の意識が非常に重要になってくる。会社に何かあったならば馳せ参じる、例えそのとき会社に居なくとも会社のことが頭に入っている軍団でなければいけないと思うのである。二つめは、会社のビジョンを共有化していること、そして会社に関する必要な情報をきちんともっていることが、正社員にはいま以上に求められるのである。以上の留意点を踏まえて、多様な雇用形態を活用し、効率性の向上と組織の活性化を図るダイナミックな人事展開を行なっていただきたいと思うのである。
(以上)