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大失業時代の中高年のキャリア開発

 

井戸和男

 

はじめに

 

 激変する時代には、恵まれる世代と不遇な世代に分けられるものである。また、個人においても然りである。

 現在の中高年層は、時代にそれ程恵まれたとは思えない世代である。若いときは、年功序列主義のもとに、能力の発揮度と関係なく低く処遇されてきた。いよいよ過去の”貸し”を返して頂けると思う間もなく、能力主義や成果主義への移行によって、諸先輩に比較すると年を追うごとに厳しい処遇になってきている。それでも「ポスト」や、「職」があればありがたいと思わざるを得ない状況に置かれている。何故なら、長年勤務した職場を離れ、転職すると、処遇は半減する。半減しても職が見つかれば良い方だからである。

 バブル経済が崩壊してからは、失業率は、平成3年度は2.1%であったが、年々増加し、平成11年度では、これまでの記録を更新して、4.7%までに上昇した。なかでも、リストラで職を失った人は深刻である。前途に希望を失い、家族の為を考えて、自殺する人すら少なからずおられ、自殺者数は3万2000人を超えたといわれている。

 これまで、我が国の企業では、「企業は人なり」といわれる程、経営資源(人、物、金、情報)のなかで「人」を最も重要な資源として経営がなされてきた。つまり、日本型経営といわれてきた大きな特徴の一つは、「社員の雇用の安定」を何よりも優先して経営に当たってきたことである。

 ところが、バブル経済の崩壊を機に、日本型経営も大きく変貌し、「年功序列主義」は諸悪の根元といわれるほどであり、「終身雇用」を否定的に考える経営者や、労働研究家が登場してきた。そして、「企業と社員は運命共同体」という考え方が変わろうとしている。私は、30余年にわたり、企業人として働いてきたが私の経験では(企業によって異なるが)、社員が「運命共同体」という意識のもとに、「一社懸命」に仕事に取り組んでこそ、優れた成果が期待されると心から思うのである。しかしながら、産業構造が大きく変化している時代にあっては、人材の流動化や人件費の弾力化は避けられないことも、また、事実である。

 雇用・能力開発機構が生涯職業能力開発センター(アビリティガーデン)を設立したことや、日経連が「エンプロイヤビリティ」(雇用され得る能力)について提言を行ったことは、実にタイムリーなことであったと思う。我が国は、短期間のうちに高齢化社会から高齢社会となり、そして間もなく超高齢社会となることは明白である。同時に、少子化によって、今までに経験したことがない労働力人口の減少も確実である。したがって、中高年社員の積極的な活用は、我が国の至上命題であることはいうまでもない。

 P・F・ドラッカーは、「我が国は75歳迄働ける社会を目指すべき」と、提言している。つまり、エイジレス社会の構築ともいえる。福澤諭吉翁も、「楽しくて、立派なことは、生涯を貫く仕事をもつことだ」といわれているが、私も「仕事は、おもしろくて、あきがこないものだ」と、心から思うのである。本稿では、中高年社員が、時代背景を理解しながら新しい時代に対応したエンプロイヤビリティ(雇われ得る能力)の体得の方法について、実務的な視点に立って提言したいと思う。

 

1.大失業時代の到来

 

 平成11年8月、「労働市場の構造変化に的確に対応して積極的に雇用の創出、安定を図り、人々の意欲と能力が活かされる社会の実現」を目指した第九次雇用対策基本計画が発表された。現下の雇用問題は、緊急雇用対策が実施されているとおり、深刻な諸課題が山積している。なかでも、大競争時代にあって、IT革命やサービス経済化の進展によって産業構造の変化による、産業別就業者数は表1のとおり変化しており、今後とも変化していくことが予測される。また、職業別就業者数も表2のとおり変化すると予測されている。したがって、当然のことながら企業間と職業間の流動化が今後とも進むと思われる。

 これに伴い、労働市場のもつ特徴として、「年齢」のミスマッチをはじめ、「地域」のミスマッチ、「賃金」のミスマッチが生じる。企業が求人に当たり年齢制限を設ける理由は、表3のとおりである。「体力」については、技術革新によって解消されることがおおいに期待できるし、個人差も大きい。「賃金」については、年功序列主義の崩壊によってほとんど問題にならなくなるであろう。また、「職業能力」については、今後の中長期の課題として「官」「学」「民」をあげて、後述するとおり積極的、計画的に生涯職業能力開発に取り組むことによって、是非とも解決していかなければならないことである。マスコミでは、大失業時代が訪れると盛んに警告している。しかし、表4のとおり、労働力減少社会を間近に控え、平成12年度労働白書の副題である「高齢化社会の下での若年と中高年のベストミックス」を実現していけば、回避できると思う。

表1 産業別就業者の推移と見通し(万人、%)

  1990 1998 2010
産業計 6,249(100.0) 6,514(100.0) 6,455(100.0)
第1次産業 451(7.2) 343(5.3) 250(3.9)
第2次産業 2,099(33.6) 2,050(31.4) 1,833(28.4)
 建設業 588(9.4) 662(10.2) 617(9.6)
 製造業 1,505(24.1) 1,382(21.2) 1,211(18.8)
第3次産業 3,669(58.7) 4,085(62.7) 4,372(67.7)
 電気・ガス・水道 30(0.5) 37(0.7) 43(0.7)
 卸・小売・飲食店 1,415(22.6) 1,483(22.8) 1,446(22.4)
 金融・保険・不動産 259(4.1) 275(3.9) 281(4.4)
 運輸・通信 375(6.0) 405(6.2) 415(6.4)
 サービス業 1,589(25.4) 1,902(29.2) 2,187(33.9)

〈資料出所〉
1. 1990,1998年は総務庁統計局「労働力調査」による。
2. 2010年は、雇用政策研究会の推計による。
(注)サービス業は、公務、分類不能が含まれている。

表2 産業別就業者の推移と見通し(万人、%)

  1990 1998 2010
産業計 6,249(100.0) 6,514(100.0) 6,455(100.0)
専門的・技術的職業従事者 690(11.0) 844(13.0) 973(15.1)
管理的職業従事者 239(3.8) 222(3.4) 173(2.7)
事務従事者 1,157(18.5) 1,290(19.8) 1,390(21.5)
販売従事者 940(15.0) 928(14.2) 846(13.1)
農林漁業作業者 448(7..2) 340(5.2) 246(3.8)
運輸・通信従業者 233(3.7) 232(3.6) 246(3.3)
技能工・製造・建設作業者 1,702(27.2) 1,634(25.1) 1,444(22.4)
労務作業者 247(4.4) 333(5.1) 393(6.1)
保安職業・サービス職業作業者 535(8.6) 654(10.0) 774(12.0)

〈資料出所〉
1. 1990,1998年は総務庁統計局「労働力調査」による。
2. 2010年は、雇用政策研究会の推計による。
(注)職業計には、分類不能等が含まれているので、内訳の合計とは必ずしも一致しない。

 

表3 求人年齢要件設定の理由

理由 割合(%)
年輩者は体力的に対応できないから 33.8
年輩者は賃金が高く人件費がかかるから 26.9
年輩者は職業能力的に対応できないから 24.9
社員の年齢構成を若くしたいから 23.8
応募者を絞るため 20.2
若い人が多く年輩者には馴染みにくいから 14.9
年輩者は使いにくいから 12.9
年輩者は社風に馴染みにくいから 9.9
前任者の年齢を超えないようにするため 8.8
年輩者はやる気や意欲のない人が多いから 6.7
若年者を比較的に採用できるから 5.7
年輩者はポストが少なく処遇しにくいから 4.8
一般的に上限年齢を設ける会社が多いから 3.0

〈資料出所〉
「求人の年齢制限に関する調査」1999年 労働省・職業安定局
(注)複数回答

 

表4 年齢別人口見通し

  1990年 1995年 2000年 2015年 2025年
総人口(年齢計) 12,361(100.0) 12,557(100.0) 12,689(100.0) 12,644(100.0) 12,091(100.0)
 0〜14歳 2,249(18.2) 2,001(18.2) 1,860(14.7) 1,794(14.2) 1,582(13.1)
15〜29歳 2,688(21.7) 2,724(21.7) 2,592(20.4) 1,654(14.7) 1.825(15.1)
30〜54歳 4,456(36.0) 4,450(35.4) 4,409(34.7) 4,234(33.5) 3,789(31.3)
55〜59歳 772(6.2) 795(6.3) 872(6.9) 774(5.9) 836(6.9)
60歳以上 2,164(17.5) 2,574(20.5) 2,956(23.3) 4,020(31.8) 4,059(33.6)
  60〜64歳 675(5.5) 748(6.0) 744(5.9) 831(6.6) 748(6.2)
  65歳以上 1,489(12.1) 1,826(14.5) 2,187(17.2) 3,188(25.2) 3,312(27.4)

(注)単位は万人、%。カッコ内は構成比
〈資料出所〉 
1990年、1995年は総務庁「国勢調査」
2000年以降は国立社会保険保障・人口問題研究所「日本の将来推定人口」(平成9年1月)

2.エンプロイヤビリティ

 

 明治維新にも相当する平成の大変化の中にあって、現在の読み・書き・そろばんとは何かが、企業にとっても、個人にとっても重要な命題である。平成9年に経済同友会が行った「企業が求めるビジネスの基本・基礎能力」についての調査結果は表5のとおりで、たいへん興味深い。その一つは、「従来から重要であり今後も重要である」項目と、「従来重要でなかったが今後重要となる」項目が当然のこととはいえ、その違いが顕著にみられることである。今一つは、今後重要となる能力の第一位が「状況の変化に柔軟に対応する力」であり、「コンピューター活用能力」、「異文化を受容する力」と続いていることである。つまり、今後のエンプロイヤビリティを高めていくうえでの必要な要件は何かということが明確に表れていると思う。中高年社員としては、改めて現状を認識し、時間をかけて能力開発をすすめなくてはならない。同じく、平成9年に日経連は、グローバル社会に貢献する人材の要件として、「自立性」、「多様性の理解と尊重」、「コミュニケーション能力・語学力」、「専門性」の四点を提唱していることもおおいに参考になろうと思う。

表5 ビジネスの基本・基礎能力 (複数回答)

  従来から重要であり今後も重要である 従来重要ではなかったが今後重要となる
行動力・実行力 57.8% 8.9%
人間関係を円滑にする力 45.5% 1.3%
常に新しい知識、経験、学力を
身につけようとする力
37.3% 20.9%
論理的に考えられる力 36.3% 11.6%
問題を発見する力 33.7% 24.8%
熱意、意欲を続する力 25.1% 4.3%
状況の変化に柔軟に対応する力 20.1% 53.3%
情報を収集する力 13.9% 31.5%
交渉力 10.6% 9.3%
自己表現力 8.9% 16.9%
語学力 4.6% 25.2%
人脈形成力 4.0% 4.6%
コンピューター活用能力 0.7% 49.0%
異文化を受容する能力 0.4% 32.8%

〈資料出所〉経済同友会調べ(1997.3)

3.キャリアビジョンとキャリア開発

 

3−1.キャリアビジョン

 

 大失業時代に生きるこれからの企業人は、できるだけ早い時期からキャリアビジョンを設定して、自己啓発に努めながら、社内外に広く目を向け常に自己の可能性を追求する姿勢が大切である。しかし、雇用開発センターが行った「今後希望するキャリア志向」の調査結果は、表6にみるとおり、役員や管理職として現在の会社で仕事をしたいと考えているひとが43.3%と最も多く、専門職・専任職として能力を活かすを加えると、約七割の人が現在の会社で働きたいとしている(他社への通用性があると自負しているにも拘わらず、である)。つまり、積極的に、転職や独立をも視野に入れている人は、16.4%しかいないのが現状なのである。1社でキャリアビジョンが実現する人のほうが今後はますます少なくなることが予測されるなかで、主体性、自主性をもち続けて働くことが、キャリア開発をしていくうえで重要であると思う。

表6 精通した業務分野・他社への通用性と今後希望するキャリア志向 (%、人)

  総数 現在の会社で
役員として
企業経営に携る
現在の会社で
管理職として
仕事を切回す
現在の会社で
専門職・
専任職として
能力を生かす
良いところが
あれば
会社を変わる
専門的ノウハウ
を生かして
独立する
特に希望はなく
なり行きに任せる
わから
ない
無回答
総数 502 62 155 129 57 25 57 14 3
 % 100.0 12.4 30.9 25.7 11.4 5.0 11.4 2.8 0.6
精通した分野ある 294 16.3 33.3 24.5 7.8 5.4 10.2 1.7 0.7
  経営・事務系 56 17.9 21.4 28.6 7.1 5.4 17.9 1.8 -
  営業・販売系 115 20.9 39.1 18.3 7.0 6.1 6.1 1.7 0.9
  製造・技術系 113 9.7 31.0 30.1 9.7 5.3 11.5 1.8 0.9
  職務分野無回答 10 30.0 60.0 10.0 - - - - -
精通した分野ない 53 7.5 22.6 20.8 18.9 3.8 22.6 1.9 1.9
どちらともいえない 144 6.3 29.2 29.9 15.3 4.2 10.4 4.9 -
他社への通用性  思う 169 16.0 33.1 27.2 7.7 5.9 8.9 1.2 -
  どちらかといえば思う 77 14.3 33.8 22.1 7.8 7.8 13.0 - 1.3
  どちらともいえない 33 18.2 36.4 15.2 6.1 - 12.1 9.1 3.0
  どちらかといえば思えない
  /思えない
14 21.4 28.6 28.6 14.3 - 7.1 - -

〈資料出所〉1996年、雇用開発センター調べ

 

「中小企業が大企業から受け入れた40歳以上の社員で評価できる点」は、表7のとおり、圧倒的に「専門能力」があることであり、次いで「対人折衝・調整力」、「人脈が広い」とあることもキャリア開発していくうえで、注目しておく必要がある。他方、「新規事業・顧客開発力」や、「国際業務処理能力」が評価できないとしている点についても、あわせて留意すべきである。

表7 大企業から受け入れた40歳以上の社員で評価できる点 (%)

能力 割合
経営管理能力がある 33.3
専門能力がある 67.0
状況変化への対応能力がある 27.0
企画立案・開発能力がある 27.0
指導力がある 33.3
対人折衝・調整能力がある 42.1
新規事業・顧客開発能力がある 8.8
国際業務処理能力がある 4.4
勤勉である 23.3
人脈がある 35.8
その他 1.9

〈資料出所〉1995年、三菱総合研究所調べ

 

3−2.自己開発

 

 キャリア開発をしていくうえで最も重要な要素は、「高い自己啓発意欲」である。二番目に大事なことは、「O.J.T.」である。これまでは、「仕事ができる人」では更なる「仕事」がご褒美であったが、そのことが能力開発につながり、プラスの連鎖になっていた。激変する時代にあっては、タイムリーで、長期間にわたる「OFF.J.T.」が従来に増して大切になってきている。

 最近、労働省は、長期休暇制度と家庭生活の在り方に関する国民会議の報告書として『長期休暇の普及にむけて−しっかりやすみ、いきいき働く「いきいきライフ」の提案−』を発表した。その際の調査のなかで表8のとおり、休暇に関する興味ある結果がでている。1〜3日の短期休暇は「健康増進」、1〜2週間の中期は「家庭生活の充実」、そして、1〜2か月の長期は「自己啓発の機会拡大」となっている。今後、自己啓発にむけて有給休暇の取得率が低い、中高年社員が積極的、計画的に取得できるような企業の風土づくりが望まれる。もちろん、個人の自主性がより重要であることは言うまでもない。

表8 休暇の効果 (複数回答、%)

  長期休暇
1〜2週間
長期休暇
1〜2週間
長期休暇
1〜2ヶ月間
長期休暇
1〜2か月間
1〜3日の
短期休暇
1〜3日の
短期休暇
  企業 労働者 企業 労働者 企業 労働者
健康増進 47.5 50.6 24.0 35.4 73.0 58.9
自己啓発の機会拡大 45.9 37.4 58.1 51.3 12.1 9.9
仕事の効率化 21.5 23.4 6.1 12.0 48.1 37.3
家庭生活の充実 67.5 58.6 28.3 36.0 51.7 43.1
社会生活の充実 34.9 23.8 35.8 28.0 17.1 9.7
会社への求心力の強化 19.6 14.9 11.8 12.3 9.9 7.1
会社からの自立意識の醸成 7.6 10.0 36.0 28.8 2.4 3.2
その他 1.1 1.2 2.0 1.8 0.6 1.1
不明 8.7 8.8 21.9 17.2 6.3 11.4

〈資料出所〉2000年、労働省賃金時間部調べ

おわりに

 

 戦前は国が「死にがい」を説き、戦後は企業が社員に「働きがい」を説いてきた。これからは、個人が自らの「生きがい」を追求していく時代だと思う。ユネスコは学ぶ目的を次の四点としている。

 @知識を得る為に学ぶ            (Learning to know)

 A実行するために学ぶ            (Learning to do)

 B共に生きるために学ぶ          (Learning to live together)

 C自分らしく生きるために学ぶ  (Learning to be)

学習することが、豊かな人生を送るうえで重要であることの指摘である。また、社会教育学者のパウロ・フレイレは、「読み・書きの能力を獲得することは、創造と再創造や現実にかかわる姿勢を生み出す自己変革の力を獲得することだ」と述べている。

 人材流動化時代にあって、人材が雇用され得る能力(エンプロイヤビリティ)を持ち、より積極的に能力を発揮できる職場を獲得できる事が理想である。そのためには、生涯職業能力開発の視点に立って、「官」・「学」・「労」・「使」が一体となって、働く人たち、なかでも中高年層に対して自己啓発支援をより積極的、継続的に行うことを期待したい。当然のことながら、個人が主体性と自主性をもって自己啓発支援策を意欲的に活用し、自らの「生きがい」の追求に役立てて頂きたいと思うのである。