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教職員の評価制度をめぐる諸課題

〜大阪府教育委員会の事例を基にして〜

                              井戸和男

 

はじめに

 大阪府教育委員会は、教職員全般の資質向上に向けて、「教職員の資質向上検討委員会」を、平成12年7月17日に設置した。

その後、7回にわたり委員会が開催され、平成13年3月に「指導力不足等教員の資質向上方策について」の中間報告がなされた。

 その後、最終報告に向けて、平成13年6月22日に第8回の委員会が開催された。

さらに、15回の委員会開催を経て、平成14年7月に「教職員全般の資質向上方策について」最終報告が行われた。

 その間、大阪府教職員組合をはじめ、複数の労働組合の関係者、P.T.A代表者等の方々から、委員会に対して意見発表がなされた。また、インターネットを通じて、委員会の途中経過について広く府民の方々のご意見が寄せられた。なかでも、大阪府教職員組合により平成14年6月に発表された「評価制度に関する教職員の総合意識調査」最終報告書は、委員会が検討していくうえで参考になったばかりではなく、教職員全般の資質向上を実践に移していくうえでも、多いに参考になると私は思う。

 私は、本委員会委員として関わってきたが、大阪府教職員の評価制度の特徴と大阪府教職員組合が行った「評価制度に関する教職員の総合意識調査」を基に、私の分析と合わせ、これからの「教職員の評価制度」に関する諸課題について提言を行うものである。

                                        

1.「大阪府教職員評価制度」の特徴について

 

東京都における教職員の評価制度は、平成12年度に導入された。神奈川県では、平成14年度から実施されている。大阪府は、平成15年度より導入すべく、制度について様々な視点から説明会を積極的に行わっているが、その制度の主な特徴は、次の通りであると私は考えている。

                                                                1)「個人」と「集団」の関わりを意識した評価制度

学校全体の教育活動が活性化し、教育力が高まっていくためには、教職員の個々人の意欲や能力の向上に拠ることが大きいことはいうまでもない。

 他方、教職員がそれぞれの役割期待の関連性を十分に自覚し、相互に協力し合い、   相互啓発が活発に行われることによって、個々人の意欲や能力の向上に相乗効果を   生み出すものである。

 このような考え方による評価制度の確立をねらいとしている。

 つぎに述べる、「目標管理制度」をベースとする評価制度が、この制度の大きな特徴の一つである。

 

2)「目標管理制度」をベースとした評価制度

 学校をとりまく環境の変化は、急激に進んでいる。その変化に積極的、効果的に対応していくためには、学校全体が目指す目標が極めて大事になる。

 そして、学校全体の目標を達成していくために、「集団」の目標が必要であり、その「集団」の目標を達成していくためには、「個人」の明確な目標が必要となる。

 学校全体の目標設定にあたっては、教育委員会や学校を支える教職員、P.T.A.などの関係者からの意見を十分に聴取して、校長、教頭が責任をもって、設定する必要がある。

 つぎに、「集団目標」を校長、教頭、関係教職員と話し合って設定をする必要がある。そのうえで、個々人の「目標設定」を行う必要がある。この場合、上からの押しつけではなく、双方が納得して設定することが望まれる。

 このような考え方に基いた評価制度となっている。

 

3)マネジメント・サイクルに直結した評価制度

 評価の目的は、個々人の意欲や能力の向上を実現するばかりでなく、個々人が発揮した意欲や能力が、学校全体の活性化に繋がるなど種々にわたっていることはいうまでもない。

 大阪府の評価制度のおおきな特徴として、学校全体の活性化を視野に入れた制度となっていることである。

具体的には、「PLAN」・「DO」・「CHECK」・「ACTION」のマネジメント・サイクルに添った活動のシステムが構築されている。

 それぞれの活動段階においては、校長、教頭との話し合いばかりでなく、保護者や地域社会などとの連携がなされるように、制度設計が構築されている。

 

4)職種ごとのきめ細かい評価制度

 大阪府の評価制度は、小・中学校、高等学校、盲・聾・養護学校の、種類ごとに評価制度が構築されている。さらに、教諭、事務職員、事務長、教頭、校長の職種ごとに評価制度が構築されている。

 

5)評価制度の内容

 評価制度の内容は、業績評価と能力評価の二つに別れている。

 業績評価は、設定目標の達成度を業績として評価することになっており、それは、   絶対評価を採用している。なかでも、著しく高い業績をあげた場合や、著しく低い成績しか上げられなかった場合は、そのことを明確にすることになっている。

 能力評価は、設定目標以外の業務も含め、職務遂行上、具体的にあらわれた態度・行動を絶対評価することにしている。

 

6)多様な面談を取り入れた評価制度

 2)や、3)でも述べたとおり、大阪府の評価制度には、評価者との多様な、きめ細かい面談が行われるシステムが構築されている。

 たとえば、外部・他者の意見を踏まえた自己評価や自己申告が取り入れられている。そして、評価結果に対しての、開示面談など双方向の評価システムとなっていることが大きな特徴の一つである。

 

 

2.大阪府教職員組合「評価制度に関する教職員の総合意識調査」から見た、評価制度の  課題

 

 大阪府教職員組合の教職員評価問題についての基本的な認識について、門川順治中  央執行委員長は、最終報告書のなかでつぎのように述べている。

 

 @ 今日、「教職員の資質向上」「新たな教職員の人事考課制度導入」等が叫ばれ、社会を構成するすべての人々が力を合わせ、教育の荒廃、学校の危機に立ち向かおうとする時、具体的な課題の一つとして、これらの課題について再検討していくこと自体は、避けてとおれないと考えます。

また、現在、戦後50年有余年にわたって続けられてきた「公務員制度」について見直しが行われようとしており、国立大学(附属小中高学校)の独立法人法政化の動きと相俟って、「教職員賃金制度」などの在り方の再検討が迫られています。

 A しかし、それらの対応策については、教育改革に向けた、教育行政施策全般の評価  と課題、また、「公務員制度」改革にあたっては、公務員労働者の「労働基本権回復」(新たな労使協議制の確立)を視野に入れて議論する必要があります。

 また、これらの問題について対応する場合、今日、公務員(教職員)に対する、一部からの過剰な「批判」があり、それらの「批判」は、平和と民主主義・人権を守り、自らの生活と権利を守っていくことを子ども・青年たちの十全な成長のための教育諸条件の改善と直結させ、取り組みをすすめてきた日教組運動に対する、執拗な「批判」と軌を一にしている、という側面を見逃すわけにはいかないと考えます。

 B とりわけ、「教職員の人事評価」制度の導入については、現行の「勤評制度」がその導入経緯して、多くの問題点を含み、教育の条理から著しく逸脱しているが故に、何の有効性を持っていないことからして、果たして、教育改革のための有効性があるのかと現場教職員の間に強い不信・反発があります。現在、東京・神奈川などで先行「教職員の人事考課制度」は、民間企業においてすでに問題点が多く指摘されている「目標管理型人事考課制度」の「焼直し」であり、学校現場に同類の制度をそのまま導入することには問題が多いと考えます。

 そんな意味で、日教組が制度確立にあたって2要件(ア.新しい労使協議権の確立、イ.苦情処理制度の創設)と5原則(透明性・公平公正性・客観性・納得性・合目的性)を要求しているのは当然の事と考えます。

 C 教職員評価の問題については、(ア)教育条件と労働環境の整備、研修システムな  ど学校教育と教職員に関する施策全般の評価と課題との関連・(イ)地域社会と教職員集団、教職員同志の連携・協働という視点・(ウ)労働基本権の回復を含めた新しい労使協議制度の確立などの重要性があげられるが、それだけでは今日的な課題に応えたことにはなりません。これからの(21世紀の)あるべき学校像との関わりで考えていくことが不可欠です。

 D これからの学校は、教職員と子ども・青年、地域住民がつくりだす共同事業体とし  てなければなりません。教職員と子ども・青年、校長・教頭と教職員、教育行政と学校と垂直的な関係と捉え、固定的な基準でもって上から授けたことの成果を評価するということでは、如何に「透明性・公正性・客観性・納得性)が担保されているとしてもそのこと自体あまり意味を持ちません。子ども・青年、地域住民、教職員、校長・教頭、教育行政がお互いの違いを尊重しながら、同じ共同体としての事業に係わっていく。そんなネットワークとしての学校教育を保障する視点を大切にしなければなりません。

 

 以上が、大阪府教職員組合の評価に対する基本的な認識であるが、私は、本調査から次のような諸点について特に関心を持った。

 なお、調査の中で共同調査全体というのは、社団法人国際経済労働研究所第30回調査結果である。共同意識調査の対象となったのは、松下電器産業労働組合、トヨタ自動車労働組合、旭化成労働組合など全国の民間の労働組合を中心としたものである。

 

1)教職員評価制度の必要性

 表1に見られるとおり、約9割の管理職は教職員評価制度は必要であると考えて   いる。次に興味深いことは実習教員の7割5分が必要と考えていることである。 それは、実習教員の正規教員登用への励みになると考えているからだと思われる。

 さらに、事務職員の5割以上が評価制度の必要性を認めていることが、興味深い。しかし、その他の教員では、3割程度が必要であるとしているのに対して、そうは思わないと回答している割合が、5割近くいることが読み取れる。

 

表1 教職員評価制度は必要である        (%)

            そう思う  そうは思わない     

管理職          88.9     5.9       

教員・中学校       31.2    45.2     

事務職員         54.1    18.9      

栄養職員         35.3    29.4      

技術職員         33.3    33.3      

教員・小学校       29.4    47.6     

教員・養護諸学校      30.0    46.0   

養護教員         12.7    57.1      

実習教員         75.0    25.0     

                                

2)管理職と教職員の関係                    

 管理職の指導力に対して、表2に見るとおり、「満足」と回答している教職員は平成6年の19.9%よりは、向上しているものの、依然として24.0%と低い。一方、「不満」と回答している教職員は、平成6年の47.5%よりは低くなっているとはいえ、43.2%となっている。

 また、共同調査と比較しても、「満足」の度合は低く、「不満」の割合は高く、管理職の指導力に対する教職員の満足度は極めて低いといえる。

 

表2 管理職の指導力

             満足(%)    不満(%)

共同調査全体      30.3      36.4

平成6年調査      19.9      47.5

平成14年調査     24.0      43.2

 

 このことは、つぎの調査結果(表3−1、表3−2・表4−1、表4−2)からも、さらに明確に読み取ることができよう。

 

表3−1 仕事のビジョンを示している

     そう思う     そうは思わない     

     79.2%      4.0% 

表3−2 管理職は仕事についてのビジョンをしめしている

     そう思う     そうは思わない          

     20.9%     44.5%    

       

       表4−1 教職員に対して仕事についての知識・情報や仕事の 

             進め方について十分な助言をしている       

     そう思う     そうは思わない            

     71.8%     5.4%              

                                      

 

       表4−2 管理職から今の仕事についての知識・情報や仕事の  

             進め方について十分な助言を受けている       

     そう思う     そうは思わない             

     17.7%    51.9%               

 

 

3)目標管理制度について

 表5に見るとおり、目標があるほうがやる気が高まると思っている人が8割以上   ときわめて高い。

 

       表5 目標があるほうが仕事のやる気が高まる

     そう感じる     そう感じない

     82.5%     3.6%

  

 しかしながら、目標管理制度を理解している人は約2割であり、相当な啓蒙活動が必要であると思われる。

 

4)仕事・給与に対する意識

 今の仕事について生きがいを感じたり、楽しいと思っている人が表6に見るとお   り61.3%と高い。共同調査全体では、26.9%となっており、教職員の仕事に対し生きがいを感じている人が多いことが分かる。

 また、今の仕事が楽しいと感じている人も多いことが、表7に見られる。

 

 

表6 今の仕事にとても生きがいを感じる

          そう思う(%)  そうは思わない(%)

共同調査全体    26.9       35.5

平成14年調査   61.3       12.8

      

表7 今の仕事が楽しい

          そう思う(%)  そうは思わない(%)

共同調査全体    37.5       29.5 

平成14年調査   58.8       13.4                                                 

 

次に、将来どのような仕事をしていきたかという質問に対して、極めて特徴的な調査結果となっていることが、表8に見られる。

 特徴の一つは、管理職として力を発揮したいと考えている人が、5.5%と圧倒的に低いことである。もう一つの特徴は、現在の仕事に専念したいとしている人が半数以上であり、転職したいや、近いうちに仕事を辞めたいとしている人が、それぞれ7.0%、6.7%と民間企業に働く従業員の意識調査に比較すると、極端に低いことである。

 

表8 あなたは、将来どのような仕事をしていきたいと考えていますか

現在の仕事に専念したい           53.0%

管理職として力を発揮したい          5.5

教育委員会で働きたい             1.5

転職したい                  7.0

再任用・特別嘱託として働きたい        6.1

近いうちに仕事をやめたい           6.7

特に考えていない              20.1

    

表9 給与の水準   (%)

            どちらかと  どちらとも どちらかと

        満足  いえば満足  いえない  いえば不満  不満 

共同調査全体  2.7  14.4  31.3  30.6  21.1

平成6年調査  2.4  15.8  26.7  32.5  22.5

平成14年調査 5.6  25.8  27.2  26.0  15.4

 

 給与水準の満足度については、平成6年と比較すると満足度が高くなっているこ   とは、表9に見るとおりである。また、共同調査全体と比較しても大阪府教職員の満足度が高いことが分かる。                           

 

3.評価制度導入の課題

 評価制度の導入にあたっては、次の諸課題の解決が望まれる。

 

1)管理職の意識改革

 評価制度を運用するにあたって、最も重要な役割を果たすのは管理職である。

 しかしながら、大阪府教職員組合の調査結果でも明らかなように、管理職に対する   教職員の信頼は決して高いとはいえない。そのことの大きな理由は、コミュニケーション不足による双方の意識のズレであるといえる。

 したがって、評価制度の導入にあたり、管理職が積極的に教職員との意見交換を通じた管理職自らの意識改革が不可欠である。                

 

2)管理職の指導力強化のためのシステムの充実

 管理職の指導力を強化する大きな手段は、いうまでもなく、教職員に対する評価権をはじめとする、人事権である。したがって、今回の評価制度の導入は、管理職の指導力と多いに関わりがあるといえる。しかしながら、リーダーシップをはじめとする管理職の能力が高くなければ、効果が望めないばかりか、逆効果にさえなってしまう危険性を秘めている。したがって、管理職の養成や能力向上のためのローテーションや教育の充実がますます重要である。

 

3)魅力ある管理職像の確立

大阪府教職員組合の調査に見るとおり、教職員のなかで管理職になりたいと考え   ている人が驚くほど少ない。そのことは、民間企業の管理職に比較して、管理職になることの魅力が著しく低いといえる。したがって、管理職の処遇の改善や、評価権をはじめとする職務権限の充実が必要であるといえる。

 

4)「ぬるま湯」体質からの脱却

 教職員の仕事に対する満足度は、極めて高くかつ、給与に対する満足度は民間に比較し、大阪府教職員組合の調査から読み取れる。教職員にとっては、望ましい環境にあるといえる。しかし、このことが、いわゆる「ぬるま湯」体質を作り上げていることにも繋がっているといえよう。したがって、現下の大きな環境の変化に主体的に対応していく風土を積極的に醸成していくためには、この評価制度導入は、効果的な手段であるといえる。

 

5)評価制度導入にあたっての啓蒙活動の展開

 評価制度導入にあたっては、目標管理制度の理解をはじめとして、制度の主旨と概要について、十分なる啓蒙活動が不可欠である。さらに、評価制度導入後は、教育委員会と管理職の緊密な連携を図りながら、教職員に対するより十分な理解を進めていくことが大事である。                 

 当然のことながら、今後とも、P.T.A.をはじめとする外部の人たちとの連携も忘れてはならない。

 

おわりに

 独立行政法人経済産業研究所主催の〜大学評価モデルを求めて:ヨーロッパの試み〜と題したシンポジウムが平成15年2月22日に、国際連合大学の大ホールで開催された。 出席をして驚いたことは、数百人収容の会場が満席となっており、会場からかも熱心な質問や意見が出されていた。このことは、平成16年度から国立大学が「独立大学法人化」に向かうこともあって、大学評価についての関心が、ますます高まっていることを実感した。

 大学改革を進めるには、大学評価の積極的な導入が不可欠であるということで、基調講演者やパネラー、会場からの意見とも一致した見解であった。私の考えも全く同感であった。

 ところで、教育界のみならず、評価制度を長年にわたり導入・活用してきた企業においても、現下の急激な環境変化に対応していくために、評価制度の内容の改訂に取り組んでいる。改訂の方向については、多いに議論が分かれており、あるべき評価制度を追求していくことが、極めて困難であることが分かる。

 具体的な議論のポイントは次の諸点である。 

                     

   @評価基準を、職務中心にするのか、人中心にするのか、目標中心にするのか。

   A絶対評価か、相対評価か。

   Bプロセス評価中心か、結果評価中心か。

   C個人中心評価か、集団中心評価か。

   D業績中心か、能力評価中心か。

   E定量評価か、定性評価か。

   F360度(上司評価・同僚評価・外部評価・自己評価など)評価か。

   G公開か、非公開か。

   Hその他

 

 また、評価の活用目的についても議論の分かれるとことである。具体的には、次のような評価目的が考えられる。

 

   @昇給

   A賞与査定

   B昇格・昇進査定

   C適材適所(ローテーション)

   D退職金査定

   E教育訓練

   Fその他

 この度の、大阪府教職員評価制度については、本稿で述べたとおり活発に議論を行ってきたと思う。したがって、この制度を導入するなかで、さらに内容の充実を図り、なるべく早い時期に評価結果の多面的活用を行うことが望まれる。

 最後に強調しておきたいことは、教育界にあっても、引き続き公共団体や民間企業などから多くを学ぶ姿勢が大事であるということである。             

                     

 

                                    以上

 

〈参考資料〉

1.  指導力不足など教員の資質向上方策について

大阪府教職員の資質向上に関する検討委員会・中間報告 平成13年3月

 

 2.評価制度等に関する教職員の総合意識調査

    社団法人国際経済労働研究所 大阪府教職員組合 平成14年6月

 

3.  教職員全般の資質向上方策について

   大阪府教職員の資質向上に関する検討委員会・最終報告 平成14年7月