若者の雇用をめぐる諸課題
井戸 和男
はじめに
若者の雇用をめぐる大きな課題が生じているなかで、平成15年6月に「若者自立・挑戦プラン」と題して、文部科学、厚生労働、経済産業、経済財政政策担当の各大臣を構成メンバーとした「若者自立・挑戦会議」から、提言がなされた。昨今の若者の雇用をめぐる課題は、「深刻な現状であり、国家的な課題」であるとの認識のもとに、次の3点にわたり、その目指すべき方向として提言している。
1)目指すべき社会
@「若者が自らの可能性を高め、挑戦し、活躍できる夢のある社会」の実現を目指すべ
きである。
Aまた、「生涯にわたり、自立的な能力向上・発揮ができ、やり直しがきく社会」の実
現を目指すべきである。
2)目指すべき企業像
@若者に雇用・就業の場を提供する企業、長期的な視点から人を大切にし、人材育成、
キャリア支援を図る企業が求められる。
3)目指すべき人材像
@「真に自立し、社会に貢献する人材」が求められる。
Aまた、「確かな基礎能力、実践力を有し、大いに挑戦し創造する人材」が必要である。
この3点の具体的な取り組みについても、種々の角度から提言がなされている。『「若者自立・挑戦プラン」の推進により、卒業後フリーター・無業者となることを抑制するとともに、フリーター・無業者の安定的な就業への移行を促進し、若年者の職業的自立を推進する』ことをねらいとして厚生労働省は、平成15年度予算252億円から平成16年度予算要求を約330億円に増額することとしている。
平成15年12月に「若者が職業に希望と誇りをもてる社会を」と題して、社会経済生産性本部に事務局を置く「若年者の雇用の将来を考える会」(世話人、高梨昌・信州大学名誉教授)が、中間報告として、次の3点の提言をしている。
1)若者の教育と雇用に思い切った予算と省庁の壁をこえた総合的な取り組みを
@若者を育てる教育投資の拡大
A新・若者キャリア支援政策体系の構築
B青少年職業準備教育・職業安定政策法(仮称)の制定
2)若者のキャリアを育てる基盤として、地域レベルで関係者が連携・協力できる体制づくりを
@「若年キャリア育成協議会」の設置
A「若年キャリア支援センター」の整備
B「レインボートラスト」構想
3)行政はもとより、教育界、産業界、労働界、家庭、地域社会等の関係者の連携・協力により、国民的な運動として継続的に展開する体制を整備すべき
このような動向を受けて、私が委員として参画している「雇用政策特別委員会」(社会経済生産性本部)や、座長として参画している「東京都人材育成推進会議」においても、若者の雇用をめぐる諸課題の解決策について、具体策の議論が活発になされている。
本論では、若者の雇用をめぐる問題の所在を若者側の視点に立って、明らかにし、その解決策について若干の提言を試みようとするものである。
1.若者雇用の現状
1)上昇を続ける失業率
わが国における失業率は平成4年では2.2%であったが、その後年々上昇し、平成14年では5.5%となっている。年齢別に失業率を見ると、表1に見られるように、若者の失業率が中高年と比較しても、極めて高いことがわかる。また、性別別では男性が、女性に比べてより高い。
表1 性別・年齢別失業率 「平成14年:総務省・労働力調査」
年齢 |
計 |
15-19歳 |
20-24歳 |
25-34歳 |
35-44歳 |
45-54歳 |
55-59歳 |
60-64歳 |
男 |
5.6% |
14.9 |
10.5 |
5.9 |
3.8 |
4.3 |
5.3 |
9.7 |
女 |
5.1% |
10.3 |
8.3 |
7.4 |
4.6 |
3.6 |
3.2 |
4.3 |
2)年々増加するフリーター
厚生労働省の調査によると、平成14年のフリーター数は209万人で、これは10年間で2倍近い増加となっている。また、「国民生活白書」では、フリーター予備軍まで含む数として、平成13年では417万人としている。この人数は、学生、主婦を除いた若年人口(15歳から34歳)の、5人にひとりがフリーターの計算となり、比率では、21.2%となっている。
3)厳しい就職状況
新規学卒者の就職状況は、表2に見られるとおり、経済環境を反映して、年々、厳しくなっていることがわかる。
表2 新規学卒者の就職率 「文部科学省:学校基本調査」
(%)
|
平成2年 |
平成7年 |
平成11年 |
平成12年 |
平成13年 |
平成14年 |
平成15年 |
高校 |
35.2 |
25.6 |
20.2 |
18.6 |
18.4 |
17.1 |
16.6 |
短大 |
87.0 |
65.4 |
59.1 |
56.0 |
59.1 |
60.3 |
59.7 |
大学 |
81.0 |
67.1 |
60.1 |
55.8 |
57.3 |
56.9 |
55.0 |
4)高い離職率
7・5・3現象といわれるように、若者の高い離職率が表3に見られるとおり、 続いている。その現象は、昨今のような厳しい就職状況にあっても変わらない。
注)7・5・3現象とは各年の3月末に卒業して、正規従業員になった者のうち、3年以内に離職した者の割合が中学卒で約7割、高校卒で約5割、大学卒で約3割にのぼる現象をいう。
表3 新規学卒就職者の離職率(在職3年以内)の推移 「厚生労働省:職業安定局調べ」
(%)
年 |
中 卒 |
高 卒 |
大 卒 |
平成2年 |
67.0 |
45.1 |
26.5 |
3年 |
66.3 |
41.8 |
25.0 |
4年 |
65.2 |
39.7 |
23.7 |
5年 |
66.7 |
40.3 |
24.3 |
6年 |
67.8 |
43.2 |
27.9 |
7年 |
70.4 |
46.6 |
32.0 |
8年 |
71.0 |
48.1 |
33.6 |
9年 |
70.3 |
47.5 |
32.5 |
10年 |
70.8 |
46.8 |
32.0 |
2.若者雇用の課題
若者雇用の現状は、既述したとおり、大きな課題がある。一つは、中高年の失業率をもうわまる高い失業率の恒常化である。二つ目は、年々増加の一途を辿る、フリーターの問題である。三つ目は、厳しい就職戦線を乗り越えて就職したにもかかわらず、いとも簡単に早期に退職してしまうことである。今後ともこのような状況が続けば、若者の職業能力の向上について、極めて大きな課題が残り、人材立国であったわが国の競争力の低下に拍車をかけることになっていくといえる。
「鉄は熱いうちに打て」というが、若者の職業教育もまた、しかりである。ここでは、この問題を若者の側からとらえ、その所在を明らかにしていこうとするものである。
1)能力のミスマッチ
わが国における採用は、表4に見られるとおり、新卒採用を中心に行なうという考え方が一般的であり、その考え方は、「中途採用」がかなり重視されてきつつあるとはいえ、まだまだ、根強く残っている。しかしながら、バブル経済崩壊後の、この十年間は、採用にあたり、「量より、質」を最優先してきたといえる。その結果、新卒者の就職状況が既述したように年々厳しくなってきているのである。
質の面においても、昨今は変化が見られる。これまでは、新卒者は、将来性や潜在能力を重視した採用であったが、「即戦力」を優先する採用が、年々増加しているというのが現状である。
このような状況のなかでも、優秀な新卒者は、従来にも増して、各社が競って採用をしようとしている。たとえば、大学卒の採用では、年々、早期採用がさらに、早まっていることからもわかる。
他方では、企業の採用基準に達しない多数の若者たちは、就職戦線からの離脱を余儀なくされている。その結果、大学院へ進学したり、また、専門学校で職業能力の向上に努めたり、海外留学を試みる者もいる一方で、無業者やフリーターとなっていくものが、年々、増加し続けているというのが実態である。
高卒者の場合では、大卒者以上に、深刻な状況にある。したがって、学校教育段階における、職業教育の充実が、若者たちのこの状況を改善していくうえでの、大きな解決の方策だといえる。
表4 採用方針 社会経済生産性本部「日本的人事制度の現状と課題」平成14年
(%)
新卒採用を中心に行い、あくまで補充的に第2新卒や中途採用を実施する |
67.8 |
新卒採用にこだわらず、即戦力となる人材を第2新卒や中途採用から積極的に採用する |
25.4 |
どちらともいえない |
6.2 |
無回答 |
0.6 |
2)職種のミスマッチ
総務省統計局の調査によると、表5のとおり、「仕事につけない理由」が、各年齢層によって特徴があることがわかる。45歳以上では、「求人の年齢と自分の年齢が合わない」が最も多い。それに比較して、34歳以下では、「希望する種類・内容の仕事がない」が極めて多い。
また、表6に見られるとおり、「はじめて正規従業員として勤務した会社の離職理由」は、「仕事が自分に合わない」とするものが、とりわけ男性に多い。女性は「健康上の理由・家庭の事情・結婚のため」とする理由が、最も多いが、それに継いで多い理由が、「仕事が自分に合わない」となっている。このことからも職種のミスマッチが、早期退職に大きく関係していることがわかる。
このような状況を回避していくためには、学校教育における職業指導の内容を、さらに充実していくことが望まれる。その具体的な内容として、個々人の職業適性の把握をさせると同時に、中長期の視点に立った「キャリアデザイン」の設計指導も必要である。そのうえで、とりわけ、若いときは、「石の上にも3年」(石の上でも3年続けて座れば暖まるとの意から、辛抱すれば必ず成功するという諺:広辞苑)というように、辛抱をすることによって、苦手なものを克服したり、思わぬ適性が自分にあったことにも、しばしば、気づくこともあるので、「辛抱すること」の大切さを、職業指導時に理解させることが大事だといえる。
表5 仕事につけない理由、年齢層別完全失業者数 「総務省統計局」平成14年
(万人)
年齢 |
賃金・給料が希望と合わない |
勤務時間・休日などが希望と合わない |
求人の年齢と自分の年齢が合わない |
自分の技術や技能が求人条件に満たない |
希望する種類内容の仕事がない |
条件にこだわらないが仕事がない |
その他 |
15〜24歳 |
5 |
6 |
2 |
6 |
29 |
8 |
10 |
25〜34 |
11 |
11 |
2 |
10 |
39 |
9 |
15 |
35〜44 |
6 |
7 |
10 |
3 |
15 |
4 |
8 |
45〜54 |
5 |
3 |
27 |
2 |
11 |
7 |
7 |
55〜64 |
2 |
1 |
32 |
2 |
11 |
7 |
5 |
計 |
28 |
27 |
73 |
23 |
104 |
35 |
46 |
表6 はじめて正規従業員として勤務した会社の離職理由
「労働省・若年就業の実態」平成9年 (%)
項 目 |
(男)大学・ 大学院 |
高校 |
計 |
(女)大学・ 大学院 |
高校 |
計 |
仕事が自分に合わない |
23.7 |
27.7 |
25.0 |
15.4 |
16.3 |
15.0 |
自分の技能・能力が活かせない |
5.1 |
5.2 |
5.4 |
8.0 |
3.9 |
6.1 |
責任のある仕事が与えられなかった |
1.2 |
0.5 |
0.9 |
1.5 |
1.3 |
1.5 |
会社に将来性がない |
8.6 |
8.0 |
7.8 |
6.6 |
2.6 |
3.9 |
賃金の条件が良くなかった |
4.1 |
13.5 |
11.8 |
1.9 |
4.5 |
4.2 |
労働時間・休日・休暇の条件が良くなかった |
15.2 |
9.3 |
10.9 |
11.2 |
9.0 |
10.6 |
人間関係が良くない |
7.4 |
11.7 |
11.6 |
7.2 |
15.1 |
14.3 |
倒産・解雇 |
2.0 |
1.8 |
2.3 |
2.2 |
1.7 |
2.0 |
健康上の理由、家庭の事情、結婚のため |
11.0 |
6.9 |
7.4 |
25.8 |
23.0 |
22.4 |
独立して事業を始めるため |
0 |
0.2 |
0.2 |
0 |
0.5 |
0.3 |
家業を継ぐため |
6.9 |
0.7 |
2.0 |
0 |
0.5 |
0.4 |
その他 |
13.6 |
14.0 |
13.1 |
19.2 |
21.0 |
18.9 |
不明 |
1.1 |
0.5 |
0.6 |
1.0 |
0.7 |
0.6 |
3)勤労観の変化
これまでは「一生懸命働くこと」に価値を置く勤労観が、根強くあった。このような勤労観は、今日のわが国の経済発展の実現に大きく寄与したといえる。また、仕事を通して、若者を育ててきたのである。
しかしながら、今日の急速な雇用環境(リストラ、失業率の高止まり、雇用形態の多様化など)の変化や、厳しいとはいえ、若者を取り巻く豊かな生活環境により、現代の若者の勤労観に大きな変化が見られるようになった。つまり、この変化の特徴の一つに、「個性化」、「多様化」があるといえる。表7にも見られるように、フリーターにもいくつかの類型がある。なかでも、「フリーターを辞めて定職に就きたい」としながらも、具体的な就職活動をしていないものが、60%を占めているのである。
このような変化は、今日の「フリーターの増加」を生み出す大きな要因の一つになっているとといえよう。しかし、「フリーターの増加」の最も大きな理由は、「総人件費の抑制」をするための方策として「フリーター」をはじめとする、「非正規従業員」の活用を積極的にすすめる企業の採用のあり方にあるといえる。
表7 フリーターの類型 「リクルートリサーチ」平成12年
(%)
|
自己実現型 |
将来不安型(内非自発型) |
フリーター継続型 |
その他(内家庭に入りたい) |
|||
今後の職業生活 |
フリーターを辞めて定職に就きたい |
フリーターを続けたい |
その他 |
家庭に入りたい |
|||
定職のための具体的な取り組み |
している |
していない |
− |
− |
− |
||
構 成 比 |
男女計 |
25.3 |
39.4 |
(11.3) |
7.0 |
28.2 |
(15.8) |
男性 |
29.6 |
52.2 |
(13.9) |
2.6 |
15.7 |
(1.7) |
|
女性 |
22.5 |
30.8 |
(9.5) |
10.1 |
36.7 |
(25.4) |
注)非自発型とは、正社員として採用されなかったから、または、正社員として採用される見込みが低く就職を諦めたからというタイプ
おわりに
若者を取り巻く雇用環境の諸課題は、若者自身の側にも大きな理由があることが、指摘できる。したがって、「家庭教育」、「学校教育」における「勤労観」をはじめとした、職業に関する教育の充実が、今までにもまして重要になっているといえる。「家庭教育」において、働く意義や、職業の種類などの話題について、語り合う機会を増やすことが望まれる。そこでは、仕事についての前向きで、明るい話題について語り合うことが大事だと思う。最近、「13才のハローワーク」という本を村上龍氏が著し、反響を呼んでいるが、この本も、その話題の提供に役立つと思う。早い時期から、職業に関する教育が若者たちの「勤労観」や、「職業観」の健全な形成に必要であるといえる。学校教育においても、小学校の段階から、職業に関する幅広い教育がさらに、充実することが望まれる。
また、企業との綿密な連携によって、「インターンシップ」、「日本型デュアルシステム」などの導入、充実が望まれる。
これまで、若者の側の問題について論じてきたが、受皿である企業の側のあり方についても若干、言及しておきたい。これまでの日本型経営の大きな特徴として、「長期的な視点に立った経営」、「人間尊重の経営」、「終身雇用の経営」などがあった。しかし、この3つの視点にたった日本型経営は、将来の日本企業の発展にとって極めて重要なことであると考えている。「長期的な視点にたった経営」をすることによって、企業にとってのコア人材の育成も可能となるのである。即戦力を優先させる採用のあり方には、このような視点からも、課題が残ることを強調しておきたい。つまり、人材の育成には時間が必要なのである。「人間尊重の経営」は、資本の論理よりも、人間の論理を優先する企業のあり方である。人間を尊重する最大のポイントは、企業が従業員を使い捨てにするのではなく、将来とも、有用な人材に育てるよう十分な配慮をしているかどうかである。「終身雇用の経営」は、「企業の発展と従業員自身の幸福」をあたかも車の両輪のように考えて、行う経営のことである。この経営を実現するためには、「年功序列」ではなく「実力主義」や、「成果主義」の導入が必要であるといえる。バブル経済崩壊後も、「エクセレントカンパンニー」といわれている企業に共通して見られる特徴は、以上述べてきた3つの視点に立って経営をおこなっていることである。
若者の雇用をめぐる諸課題を解決していくためには、「官」、「民」、「学」の連携が不可欠であることは言うまでもないが、家庭における教育も重要であることを強調しておきたい。また、文部科学省・厚生労働省・経済産業省の各省が、縦割り行政ではなく、十分な連携が重要であることも重ねて強調しておきたい。
注)日本型デュアルシステムとは、「ドイツで行われている職業教育システムで、職業学校での理論教育と企業での実施訓練を並行して行うもの」を参考にして、日本の現状を考慮して組み立てたシステムを言う。