21世紀の日本型経営
井戸和男
はじめに
私が西武百貨店の常務取締役をしていた’88年に、労働省事務次官初め「官」、「学」、「労」、「使」揃ってOECDの招きでパリに赴いた。目的は、日本型経営(とくに雇用システム)についての説明・討議であった。当時、日本の一人当り生産性と賃金水準が世界のトップクラスであっただけではなく、完全失業率約2%・有効求人倍率約1.5倍とほぼ完全雇用にちかい状況であった。振り返って考えてみると、別表1のとおり日本型経営の絶頂期であった。
しかし、その後間もなく社会経済の激変によって、戦後50年にわたり労使の努カによって培い極めて有効に機能してきた日本型経営が疫病神とさえいわれるようになってしまった。
’94年に経済同友会が「企業と個人の自りつと調和」と題して、これまでの運命共同体という考え方を変えるぺきだという提言をした。企業の自律とは「個人の生活を尊重し、自らを律する経営を行い、個人からみて魅力ある企業を目指す」と言う事であり、個人の自立とは「企業に自らの生活を委ねず、生活に対する責任と主体性をとりもどす」としているのである。そして、企業と個人の調和とは「企業と個人とがそれぞれの魅力によって、相互に選択される時代に入る中で、緊張感を保ちながらも共存する」としている。
さらに、’95年に日経連は「新時代の日本型経営」ど題して、雇用システムの多様化(長期蓄積能カ活用型・高度専門能力活用型・雇用柔軟型)を提言した。
つまり、日本型経営の最も大きな特徴のひとつであった運命共同体思想にもとづく終身雇用システムの見直しが迫られているのである。日本能率協会の評議員に対する調査では、’96年度・’97年度ともに第1位「ローコスト経営」、第2位「新事業・新商品開発」、第3位「長期ビジョン・事業戦略」、第4位「グローパル化への対応」であったが、「ローコスト経営」を第1位とした企業数が’97年度にはおいてさらに増加しているのには驚いた。
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このような厳しい状況が長期にわたり続いているなかで、一日も早く長期ビジョンを立て新しい日本型経営を構築していく必要があると思う。これまでの日本型経営の特色を整理し、「今後も堅持すぺきもの」と「改めるべきもの」とに分け、「改めるぺきもの」はどのような方向で改めるぺきかについて私見を述ぺてみだい。同時にこれからの社会的存在価値のある企業はどうあるべきかについて「人間尊重」というキーワードをもとに提言をしたい。
1.日本型経営の特色
長年にわたる労使の話し合いと工夫によって日本型経営は形成されてきた。そして、企業にとっても、社員にとっても、まことに都合の良い経営として有効に機能してきたのである。
ところが既述したとおり、社会経済の激変によって第一次オイルショックの対応と違って、根本的にこれまでの日本型経営を見直すぺきであるとの提言が企業の団体からなされた。さて、日本型経営の特色を今一度整理すると別表2のとおりであると私は思う。
人間尊重(雇用最優先) | △ |
長期的視点にたった経営 | ○ |
集団・画一主義 | △ |
終身雇用制度 | △ |
年功序列制度 | × |
企業内労働組合 | ○ |
企業内教育中心 | △ |
全員参画型経営・ボトムアップ中心 | △ |
管理職中心 | △ |
福利厚生制度 | △ |
これまでは、それぞれの特色のある事項がうまく関連しあいながら有効に機能してきただけに、新しい日本型経営を構築していくためには全体像を把握しながら、パッチワーク的に改革改善していくのではなく、日本型経営の特色である長期的視点にたって労使で検討していくことが望まれるのである。既述したとおり、引き涜きローコスト経営の徹底が当面する最大の経営課題であり、黒字経営が企業の至上命題ではあるが、新しい人問尊重は何かということを労使で十分に論議していくことが重要である。
2.日本型経営の課題
社会経済の激変による日本型経営の大きな課題は、「個人と企業のミスマッチ」、「若者の企業離れ」、「創造的経営にとっての障害」だと私は考えている。それぞれの課題を明確に把握したうえで、新しい日本型経営の構築を行う必要がある。
(1)個人と企業のミスマッチ
個人と企業のミスマッチは’90年に入って顕著にあらわれており、大阪市西職業安定所や、大阪市阿倍野職業安定所の最近の実態や企業動向からみたミスマッチは次の通りである。
@年齢ミスマッチ
営業職を例にとってみると、45才以上の求人は35才以下の求人に比して1/10しかないのである。40才以上から求人数が顕著に減少し、とりわけ55才以上は特定の業界や特定の業種でなければ、求人がほとんどないのが実態である。
A賃金ミスマッチ
ある商社では、50才になった社員が希望退職すれば1債円が支給されるといわれている。又、最近あるソフトサービス会社では、32才になって希望退織すれば1千万円の退職金が支給される。これらの例は、業績の良い会社であることもあり、社員の新しい生活を支授するという趣旨であると公式には発表されているが、別の見方をすれば、それだけ優遇しても杜員が退職したほうが企業にとってメリットがあるに違いないと思う。つまり、年功序列主義の賃金制度が見直しされているとはいえ、まだまだ大巾なミスマッチがあると言える。又、職業安定所の実態においても、大企業の社員が転職すれば年収が半分以下にダウンするのが普通である。
G職種ミスマッチ
組織の再編統合とフラット化の進展によって管理職の余剰が顕著になっている。又、間接部門の大巾な縮小によって、職種ミスマッチや能カミスマッチが多発している。職業安定所においても、コンピュータ関連の専門職や高度な専門職は中高年であってもそこそこの求人があるが、その他の職種は極めて厳しい状況にある。
(2)若者の企業離れ
P・F・ドラッカーが、’71年に日本型経営の特徴のひとつとして、「若者と企業の共存がうまくいっている」と指摘しているように、外国人といわれた団塊の世代の人々をも企業の優れた戦カとして育て活用してきた。
ところが、労働者織業安定局の’95年の調査にみられるように卒業後、初めて就職した企業の離職率が3年間で、短大卒約39%、大卒約24%となっており若者の企業離れがみられるのである。
大卒の最初の勤務先をやめた理由を日本労働研究機構の’94年の調査でみると次のとおりとなっている。
1位 労働時間が長い。
2位 仕事がつまらない。
3位 魅力ある動務先が他にあった。
4位 会社の経営方針の問題。
5位 給与が少ない。
私は、’96年と’97年の2回にわたり奈良県主催の高卒就職予定者に対する就職フォーラムのパネラーとして集会に参加した。その時おこなったアンケート(24問
合計1200名)によると、「何のために働きますか」という問いに対し、ほとんどの人が「生活のため」と回答していたのには驚いたが、大卒の退職理由の1位と5位が労働条件を上げているのをみて、あらためて若者の企業離れを実感した次第である。同時に、年功序列主義にもとづく賃金や、長期残業を美徳としてきた日本型経営では、もはや若者の心をとらえることが困難になっていると思うのである。
(3)創造的経営にとっての障害
社会経済の激変によって、大競争時代といわれる厳しい競争の中で、これまでの大量生産によるキャッチアップ型経営から高付加価値生産を目指すフロントランナー型経営に移行する必要がある。そのためには、高度な知識・技術を備え創造性に富んだ人材を獲得・育成し、活用していくことができる人事諸制度や、組織運営の確立が不可欠である。私も参加した’96年に実施した労働省の調査「労働の知的集約化に関する調査」によると、「創造的な仕事を行うにあたっての障害」は別表3のとおりである。新しい日本型経営の構築が急がれる大きな理由の一つなのである。
項目 | 部門責任者 | 社員 |
リスクを受け入れる風土が少ない | 55.2% | 45.8% |
切磋琢磨する雰囲気がない | 35.9 | 24.8 |
自己啓発や充電のためのゆとりがない | 34.5 | 38.1 |
権限が与えられていない | 31.6 | 31.1 |
メンバーが同質で多様性に乏しい | 30.1 | 16.7 |
社内他部門とのコミュニケーションが乏しい | 29.0 | 28.3 |
上司に恵まれない | 22.7 | 23.9 |
社長など経営トップの理解がない | 21.6 | 20.3 |
本人の意向を尊重した配慮の工夫がない | 20.9 | 19.5 |
仕事のペース配分の自由度が少ない | 20.5 | 30.6 |
情報機器・道具が整備されていない | 17.1 | 18.0 |
3.21世紀に期待される企業経営
わが国の企業経営の歴史を振り返ると、戦前は、家族主義的経営であった。使用者と従業員は、主従の関係ではあるが使用者は従業員を「家族のように大事にする」という人間尊重にもとづく経営であった。戦後は、労使対等の関係における運命共同体的経営であった。つまり、企業は従業員の雇用を最優先して経営を行う人間尊重経営であった。いづれも、時代の特色を反映した「人間草重」であった。
さて、「混乱したときは原点に帰って考えることが大事だ」といわれるが、平成の大変化のなかで、新しい日本型経営を構築していくためには、21世紀の時代にふさわしい「人間尊重」がキーワードだと思う。そして、21世紀にふさわしい人間尊重は、つぎの3つが重要であると考えている
@従業員の「個性」、「自主性」、「主体性」の尊重
Aグローバル社会への貢献
B従業員の働きがい・生きがいの充実
@については、従業員の自己申告を重視した雇用契約やローテーション、目標管理制度の充実・活用による権限委譲そしてフレックスタイム・自由裁量制など勤務体制の弾力化など組織・人事諸制度の抜本的見直しを行う必要がある。
Aについては、’97年2月に日経連が「グローパル社会に貢献する人材の育成」と題して提言しているのが大変参考になる。日経連のグローパル社会の定義は、つぎの5点だとしている。
@地球の中の一つの国、一人の人間という認織を持つ社会。
A各国の相互依存関係の増大、国際協調、地球規模での諸間題の解決が求められる社会。
Bヒト・モノ・カネ・情報が地球規模で広がり、時間的隔りが縮小する社会。
C適正な競争下での共生・共存が必要とされる社会。
Eアイデンティティの確立と異質性・多様性の理解が求められる社会。
そして、グローパル社会に貢献する人材の要件としてば、「自律性」・「多様性の理解と尊重」・「コミュニケーション能力・語学カ」・「専門性」をあげている。
最後に、人間尊重の三番目の働きがい・生きがいの充実であるが、これからは、精神的な働きがい・生きがいの充実が極めて重要であることを強調しておきたい。
(完)