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〜卒論と4年間を振り返って〜

生涯教育専攻 4回生 泉森由貴 

 まず、今回こういった場に執筆させていただくことになったことなり、諸先生方に深く感謝したいと思う。また、まだまだ未熟な私の卒業論文を「卒業論文発表会」という大舞台で発表させていただき感謝の言葉などでは言い尽くせない気持ちでいる。
 思えば私の卒論は常に変化に富んでいたように思う。それは卒論のテーマである「美術教育」に対する考え方が私の中で変化し続けていたことが常に反映されていたからだと思う。そしてそのたびに自分自身を納得させてきた。私の卒論を担当していただいた石飛先生はこの文章を読まれている方ならご存じの通り、何事に対しても前衛的な考え方をされる方であり、先生の意見をどこまで論文に取り入れていくかがひとつの課題であったように思う。前衛的といったが、にわかに受け入れがたい意見も数多くあり、自分と先生とのどのあたりに論文を位置づけていくかに悩まされた。そして、なかなか納得していただけない先生と自分の中の美術から逃避する心にいらだちを覚えたりもした。しかし、先生を納得させることが必ずしも良い論文に仕上がるということでもないと考え、先生の意見をひとつの参考文献のように捉えることによってのびのびした文章が書けたと思う。先生の意見そのものよりも先生の心をさぐっていた部分もあった。「先生は本当にこの考えに対して否定的なのか…。」「わざと否定的立場に立って私に発破をかけているのか…。」「あるいは論文がどんな方向に進むのか楽しんでおられるのか…。」などと感じたりしながら。しかしそのどれであっても、また、その全ての意味であっても私の論文に非常に良い影響を与えていただけたことは言うまでもない。
 卒業論文を進めていくに当たって、驚かされたことがある。同じテーマで書かれているはずの文献が明らかに矛盾だらけであるということだ。「活字を鵜呑みにするな。」と岡田先生はおっしゃった。参考文献を集め、それを読み進めていくのにその言葉はかなり重くのしかかってきた。文献を多く集め様々な意見の中からひとつの正解を導き出そうとしたのだが、かなり戸惑うことになった。しかしこれは良い意味で勉強になった。思えば、私が大学進学を志望したのも自分の生き方の正解を求めたからだったのかも知れない。
 4年前天理大学に入学した私は不安でいっぱいだった。生涯教育とは何か。これから何をしていくべきなのか。私はすっかり何かを与えられる側の人間になっていた。目標を失った大学生などメディアで繰り返し聞かされたような言葉だったはずだったのだが、私もその中のひとりになってしまったのである。そしてそんな中、すべての物事を割り切ろうとしていた。そしてその時にしかできないこととは何かという強迫観念にも似た疑問を常に持ち歩いていた。ただ自分の居場所を探していたような1年間だった。
 2回生になってすぐに茅野さんが生涯教育専攻を去り、自分の進むべき道を選んだ。このことはかなり大きな出来事、いや事件であった。やっと生活に慣れてきていた私の背中を彼女は押していった。私だけでなく専攻の全員の心を突き動かしたように思う。そして曖昧な姿しか見せようとしない生涯教育というものに不安だった。「どんなことを勉強してるの?」という問いにうまく答えることが出来ない自分がいた。バイトをして欲しいものは手に入るし行きたい所にもどこにでも行ける。それでも満足はできなかった。
 何かがふっきれたような気がした3回生。専攻の先生と接触する機会も増えてそれまで以上に様々なことを考えるようになった。専門の授業で学んだ生涯教育の骨組み。それを与える側に立ち、計画することが出来た社会教育実習。色々な人と話し、色々なことで悩み、考え抜いた非常に大切な時期だったように思う。卒論や進路についても考えはじめ、自分がやりたいことを見付ける準備期間でもあった。そんなとき「自分が魅了されるもの」とはなんだろうという疑問が浮かんだ。特に目を惹きつけて離さないものにはどんな魅力が潜んでいるのか。なぜ日本人は欧米に憧れるのか。ショーウィンドウの効果とは何か。なぜひとは部屋の模様替えをするのか。デザインとは何か。日常から視覚に与える影響についての疑問が私を取りまき始めた。そこで決めたテーマが「美術」であり、「美術教育」であった。
 4回生は気持ちが休まる暇すらないような毎日だった。就職と卒論。常に自分を納得させる結果を追い求めていた。常に何かを考えていた。石飛先生はこうおっしゃった。「人生でものごとをじっくり考えられるのは大学生である4年間だけだ。」と。考えることに億劫になりかけていた自分への激励の言葉に聞こえた。
 アーティストと呼ばれるひとへの憧れ。自分が常に影響を与えられ、また何らかの影響を与えていきたいという望み。芸術における美術のみがもつ魅力。様々な私の考えのかけらを論文に詰め込むことが出来た。
 卒論を書き終え、発表できた瞬間、正解を求めて天理大学の生涯教育専攻に進学して間違っていなかったことに気付いた。いまなら気後れしていた自分自身に自信を持って誇れるだろう。
 今思えば、悩んでいた時期も全て意味があったように思う。就職活動も美術教育の卒論も自分なりに考え抜いたすえに結論が出せた気がする。もちろん疑問を持ったことに対して全て答えが出せたわけではないが。しかし、今後も私は考えることをやめないだろう。考えることをやめるということは私自身を放棄することになるからである。
 最後にお世話になった先生方、そして様々な影響を与えてくれた友人達、私を少しでも大人に近づけてくれた天理大学に感謝したいと思う。
「ありがとうございました。」