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人と人との「縁」を通じて

                            宮田 梢

 

 天理大学人間学部人間関係学科生涯教育専攻に在籍して、早くも四年が経ってしまいました。その集大成として、なんとか卒業論文らしきものを書き上げることができました。

 私の卒業論文のテーマは、「宗教が担う生涯学習〜四国遍路を例に〜」です。

 以前から私は「宗教」というテーマに対して興味を持っていました。そういった中で、「四国遍路」が一つのブームになっているということを知りました。

 そして少し調べたところ、テレビでは、「四国遍路」を廻っている方達を取り上げた特集が放映されていました。またたくさんの旅行会社で、「四国遍路」を廻るためのツアーが組まれていました。

 なぜ、今こんなに「四国遍路」がブームになっているのでしょうか?

 調べを進めていくうちに、この平成の「四国遍路」には、今まで千二百年続いてきた「四国遍路」とは大きく異なる特徴があると感じられました。

 その特徴とは、今までの「四国遍路」では、ほとんどが宗教的目的(ここでいう宗教的目的とは、超自然的な、あるいは神秘的なものに対する絶対的帰依による巡礼ととらえています。)で廻られてきたのに対して、平成の「四国遍路」は人生の再発見といった目的で廻られているということです。

 私はこの特徴の人生の再発見というものを、アイデンティティの確立としてとらえることができると思いました。すなわち「四国遍路」を廻ることによって、遍路者はアイデンティティを確立していこうとしているのではないかと私は考えました。

 アイデンティティの確立は、自己像を中心としたような個人的アイデンティティというものがつくられる青年期から、死ぬまで考えていかなければならないものといえます。すなわち、生涯をかけて学び続けるという生涯学習・教育を考えていく上で重要なことだといえます。そこで私はこの「四国遍路」を卒業論文のテーマにしようと思いました。

 研究方法としては、まず「四国遍路」に関わる先行研究や歴史について調べることから始めました。また、同時に日本人の宗教観やアイデンティティについても調べました。その上で四国に行き、実際に歩き遍路されている方達にインタビュー・四国に住んでいる方達にインタビューをしました。また私自身も自転車ではありますが数ヶ所の札所を廻ってきました。

 それから、「四国遍路」に深く関わる高野山奥の院(高野山奥の院は弘法大師空海の入定の場所です。遍路者は遍路を無事に終えたお礼と、長旅を連れ添った弘法大師空海をお返しするために、高野山奥の院に遍路の最後として詣でます。)に行き、遍路されている方達にインタビューをしました。また幸運なことに、高野山奥の院維那の日野西氏のお話を伺うことができました。

 研究の成果としては、「四国遍路」を廻ることによって確実にアイデンティティを確立することができるとはいいがたかったです。しかし、その「四国遍路における宗教性」「四国の人々と遍路者の交流」「遍路者同士の交流」「「遍路者同士の交流」「四国の自然」といった「四国遍路」と通じた様々な要因が、アイデンティティの危機からもう一度確立させてくれるのではないかと思われました。アイデンティティにとって重要な、国籍・年齢・性別・職業を越えた交流を「四国遍路」は容易に経験させてくれます。すなわち「四国遍路」というものを一つの「場」として考えていけば、これほど様々な経験をさせてくれる「場」はないといえます。そして生涯学習・教育というものをこれから考えていく上で非常に興味深い「場」といえると思われました。

 以上が卒業論文の要旨です。しかし卒業論文の中に書いたこと以上のことを、書き上げる過程の中で得ることができたと私は感じています。

 四国に行くにあたっては、撫養大教会に泊めて頂きました。天理教の信者でもなく、また急にお願いしたにも関わらず、泊めていただくことを快く快諾していただきました。そして四国に行ってからは、車を出していただいたり、自転車を貸していただくなど細やかな心配りをしていただきました。また、撫養大教会の方達といろいろなことを話することができ、大変楽しかったです。

 また、遍路をしている方達のインタビューの中でも、様々なことを教えていただきました。遍路者は一日に限られた時間しか廻れないため、時間的に余裕が余りありません。しかしその貴重な時間を割いてインタビューを受けてくださいました。その上、突然インタビューしたにも関わらず、いろいろなことを話していただきました。

 それから高野山においては、まず高野町役場の産業観光課の方達にお世話になりました。半日の間調査につきあっていただいたり、書籍を貸していただきました。そして観光課の方達のおかげで高野山奥の院の維那の日野西氏にお話を伺うことができました。また高野山大学の方達にも先行研究などの資料探しを手伝っていただきました。

 これらの様々な出会いは、本当に私にとって大切な思い出になりました。そしてこの体験を通じて、本当に「縁」というものの素晴らしさを感じました。

常々「縁」というものを私は本当に不思議なものであると感じていました。この天理大学に入ることができ、先生方や同級生・先輩・後輩、また学校以外でのたくさんの人達に出会うことができたことを、今でも私は不思議に思います。それは本当に今思い起こしても、ちょっとした偶然でしかないように思われます。しかしその偶然出会った人達は、今確実に私のとってどれも大切な「縁」に変わっています。そしてこの卒業論文の旅でも、この「縁」をたくさん感じることができ、その「縁」によってたくさん助けていただきました。

 この四年間の中で、『人と人との「縁」』というものが本当に大切であると感じてきました。その四年間の集大成である卒業論文の調査の中で、このたくさんの「縁」に出会えたことは本当にうれしいことでした。そして今この卒業論文での経験を含め、四年間の思い返していく中で、この天理大学に在籍できて本当に良かったと感じます。たくさんの素晴らしい「縁」に出会えたと感じています。そしてこれからもこの大事な「縁」を切らすことなく大切に育てていきたいと心から今思っています。本当に皆さんに出会えて良かったです。四年間ありがとうございました。