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self−directed learning 概 念 の 検 討 −アレン・タフの学習プロジェクトの分析−

岡田 龍樹

1.self-directed learningと生涯教育研究

 生涯学習あるいは成人学習という活動・実践を取り扱う研究領域(ここでは「生涯教育研究」と総称しておく)において、つねに研究者の関心を引きつけてきた鍵概念のひとつがself-directed learning(以下sdlと略記)であろう。ティトマス(Titmus,C)が編集委員長をつとめ、英語の基本用語リストを準備し、1979年ユネスコから出版された『成人教育用語集』(1)では、sdlは次のように定義されている(UNESCO,1979,p.60)。

個人もしくは集団が自ら開始し、自らの学習プロジェクトに関して、その計画立案、実施、評価の第一義的な責任を引き受ける学習の過程。独立学習とは違い、通常、教師や友人、あるいは制度の援助を受けて行われる。

今日に至るsdlへの関心は、人びとのあいだに早くから芽生えていた。例えば、シカゴ大学で成人教育を担当していたサイル・O・フール博士(Cyril O.Houle)は、次のように述べている。(Houle,1961,pp.11-12)

どの時代も強い探求心をもった男女をつくりだしてきた。しかし次のことは記しておく価値があろう。18世紀後半から19世紀初期にかけて、教育の拡大に対する要求が、現存する学校を拡張する可能性をはるかに越えていったとき、人びとが共通に考えた解決は「自己教育(self-education)」だったということである。「自己教授(self-taught)」という語には、さまざまに賞賛されているオックスフォード英語辞典にかなりの数の使用例が見られる。さらに専門語を好んだ人びとは「自学(auto-didactics)」という語を開発した。

 1960年代後半から、フール教授のもとsdl研究を始め、ノールズ(Knowles,M.S.)とともにsdl研究の立役者として1970年代の研究動向を特徴づけてきたのが、アレン・タフ(Allen Tough)である。タフは、これまで実証的に明らかにされなかった成人学習の氷山の水中の部分(非組織的な学習活動)を調査研究するとともに、成人学習を調査によって量的に把握する研究パラダイムをつくりだし、その後のsdl研究に大きな影響を与えた(Brookfield,1981,pp.110-111)。
 1980年代以降も、sdl研究はますます盛んになり、例えば『季刊成人教育』(Adult Education Quarterly)や、『国際生涯教育研究紀要』(International Journal of Life- long Education)誌上において、数多くの研究者がsdlに関するさまざまな議論を展開するとともに、数多くの文献が出版されてきている。
海外のsdl研究の動向を反映して、70年代後半からわが国においてもsdl研究が紹介されるようになり、近年その知見が蓄積されてきている。しかし、海外においてsdl研究が幅広く展開していく過程で、個別の論者の研究を紹介するという形でsdl概念がわが国への輸入されたこともあって、その訳語もさまざまに表現されてきた(2)。また、sdlが生涯教育研究における根本概念に関わる重要な用語であるからこそ、多くの研究者の関心を引きつけてきたのであるが、そのことが返って論者にそれぞれの訳語の妥当性を主張させることになっているのかもしれない。こうした状況にあっては、立論の中心的用語としてsdlを使用する論者の「sdl概念」が、それぞれ分析される必要があろう。
 ここでは初期のsdl研究を主導したタフの考察に学び、学習プロジェクトを分析し、sdl概念を検討する。これまで、学習調査の枠組みとして「学習プロジェクト」の概念が利用されたり、調査成果の量的な側面が注目されることはあったが、タフのsdl研究の概念構造はまだ十分には分析されていない(3)。その意味でも、小論での作業は今後の生涯教育研究におけるsdl議論に貢献できるだろうと考える。

2.タフによるsdl研究の展開とターミノロジー

 タフの一連の研究は、彼自身が述べているように、1963年1月シカゴ大学大学院の学生の時、フール教授から「プログラム開発の基本的なステップが、ひとつの教育プログラムの開発にどのように適用されているかを分析し記述する」という課題を受け取り、自分自身の自己教育(Ph.D.のフランス語試験のための5週間の集中的な準備)をプログラムとして選択したところから始まる(Tough,1967,p.1)。この研究はカナダのトロント大学の教育学カレッジで心理学と社会学を教えている間に完了し、「成人自己教師によって果たされる教授課題」(1965)と題する論文にまとめられ、それによって彼は成人教育の学位を取得する。アメリカ成人教育協会発行の雑誌『成人教育』(Adult Education)に掲載された論文「成人自己教師によって獲得される援助」(1966)はその要点をまとめたものである。さらに学位論文は『教師のいない学習−成人自己教授プロジェクトにおける課題と援助の研究−』(1967)として出版される。
 トロント大学では「緩やかに結びついた研究グループ」を組織し、男女によってなされる「きわめて意図的な学習努力」(Tough,1979,Preface to the first edition)に関心を持ち研究を継続し、その集大成として『成人学習プロジェクト−成人学習における理論と実践への新しいアプローチ−』(1971)を著した。この本は1979年に第二版が出版され、その序文において、タフは「30以上の研究が本書の初版に触発されている。それらの研究は、学習プロジェクトをしっかりと有名にし、この現象が一般的であり、広く行きわたっており、重要であるということを疑いなくあとづけた」と語っている。
 1982年には『意図的変化−人びとの変化を援助する新しいアプローチ−』が出版され、「本書はその焦点を拡大し、一連の意図的な学習エピソードもしくはその他のなんらかの方法によって、達成されたかどうかということには関係なく、意図的な変化の全範囲を含めている」(Tough,1982,p.14)というように、成人学習を含めて、人びとの人生におけるさまざまな変化へとまなざしと問題意識が広げられていく。
 この後、sdl研究の隆盛とは逆に、事典とハンドブックの項目を担当執筆する以外、タフはsdl研究の舞台から姿を消すことになる(4)。
 タフの研究タイトルが示しているように、事典とハンドブックのsdl項目を担当執筆した時以外、自分自身の研究にsdlという語をまったく使用していない。初期には、フール教授の指導を受けて、自己教師(self-teacher)や自己教授(self-teaching)という語を用い、71年の『成人学習プロジェクト』では、自己計画学習(self-planned learning)を概念化している。
 ところで、タフの指導教員であったフール教授が指摘する"self-taught"は、オックスフォード英語辞典(O.E.D.)によると「他者からの援助を受けることなく自分自身で教授された」という意味である。後述するように、タフは一貫して学習における他者からの援助の必要性を主張している。「他者からの援助を受けることなく(without aid from others)(O.E.D.)と「教師のいない(without a teacher)」(1967)という表現の差異は、あくまでも制度的組織的な教育関係が存在しない成人の学習活動がタフの研究関心の出発点であり基礎であるということを示している。
 このように、sdlという用語を使用しなかったタフであるが、それにも関わらず、当初からsdl研究者として認知されていたのである。
 例えば、ユネスコの『フォール報告書』(1972)において、自己学習の事例としてタフの研究がsdlという語を用いて紹介されている(5)。本書が1975年に日本語に翻訳された際に、sdlには「自己主導的学習」(フォール,1975,p.233)という訳語が与えられている。管見によれば、これがsdlの訳語としてわが国で最初に活字となったものである。ここでの記述には、先に引用したユネスコの『成人教育用語集』におけるsdlの定義とほぼ同一の表現が見られるので、タフの研究を紹介した部分を引用しておく(Faure,E.et al.,1972,p.210)。

オンタリオ教育研究所のアレン・タフ教授とその同僚たちは、思慮深く、継続的な自己学習プロジェクトを展開してきた数百人の青年と成人男女を調査して、"sdl"があらゆる経済的・社会的レベルにおいて、非常に多くの人びとによって実践されており、子ども、青年、成人は援助があれば自分の学習を管理する能力を開発できるということを明らかにした。sdlは個別化された学習と同じではない。学習者は時には学習過程の一部としてクラスやグループに入ることを選ぶ場合もある。しかし、学習者自身が、自ら開始し、経験と学習を援助してくれる人を選び、学習過程を評価するのである。

一方、フセン(Husen,T.)らが編集した『国際教育学大事典』(1985)と、ティトマスの編集になる『成人の生涯教育−国際ハンドブック−』(1989)において、タフはどちらにも「sdl−概念と実際−」という項目を担当執筆している。『国際ハンドブック』の参考文献にブルックフィールドの『sdl−理論から実践へ−』(1985)が追加され、「きわめて意図的な学習プロジェクト研究」の数が50から60に修正されているほかは、ふたつの項目の内容はまったく同一のものである。そこでは次のように記述されている(Tough,1985. pp.4511-4513; 1989,pp.257-258)。

自己計画学習は、きわめて意図的な成人学習において、もっとも一般的な形態であることは明らかである。自己計画学習においては、個人が学習プロジェクトを計画し、方向を決め、行う、主要な責任を果たしている。こうした学習を表すためにさまざまな用語が使われてきた。(中略)単位履修・非履修の成人学習プログラムのどちらにおいても、教育機関と教師は強い統制から責任の共有へと転換してきている。アプローチはいくぶん異なるが、そのすべてに共通しているのが、教師による伝統的な強い統制からの転換である。このアプローチを時々一般的な名称としてself-directed learningと呼ぶ。

 自己計画学習とsdlについて、タフ自身は同じひとつの事象(成人の学習活動)を呼び替えたもの、もしくは自身の研究関心と軌を一にする研究上の概念の総称と認識しているようである。この認識は、ユネスコにおいても共通のものであり、生涯教育研究の領域で広く国際的に承認されていることがわかる。
そうであるなら、タフの研究において使用される用語、とりわけ厳密に考察されている「自己計画学習」の概念構造を明らかにすることは、sdl概念の検討には欠かせない課題となる。

3.学習プロジェクトの構造

 タフは1971年の研究において、まず、成人の学習活動を把握するために「エピソード」「学習エピソード」「学習プロジェクト」という3つの概念を設定する。エピソードとは「似通った、もしくは関連した活動の束、あるいは連続して費やされる時間」(p.7)のことである。われわれの日々の生活はこうした時間の固まりに分けられる活動で構成されている。こうしたエピソードの中には「ある限定された知識と技能を獲得し維持しようする」(p.9)意図が明確に意識されたエピソードがある。それが学習エピソードである。そして、いくつかの学習エピソードのなかに、必要とされる知識・技能によって関連したものがある場合、それらの全体を学習プロジェクトと定義する。ある学習プロジェクトの例として、次のような場合が想定されている(p.14)。

例えば、インドのことについて、いろいろと学習したいと思っている学習者がいるとする。あるエピソードでは、彼はインドの男女の関係や役割に関する本を読む。また別のエピソードでは、現在のインドの経済状況や政治状況について、インドの留学生から学ぶ。第3のエピソードでは、インドの子どもの生涯を描いたテレビ番組を見る。これら3つのエピソードは、学習の方法、場所など、全体としての課題のなかで各局面が異なっている。しかし学習者の心の中では、それらはインドについて学習するという全体的な目的によって明確に結びついているのである。

 このように時間や場所、学習の方法が異なっているが、関連する一連の学習エピソードの総体が、6ヶ月以内に7時間以上費やされている場合、それをひとつの学習プロジェクトと認定するのである。この時間的な制限の根拠は、論理的なものではなく恣意的ではあるが、あまり長期にわたると学習が拡散してしまい、またある程度のまとまりがないと学習としての実りがないとタフは考えている。そして、インタビュー調査の結果、この規定を満たしているか、明らかにそうではないかに分けられ、ボーダーライン上やあいまいな場合は少なかったという(pp.14-15)。
このような学習プロジェクトの概念を用いて、タフは66人の成人を対象にした調査から、538の学習プロジェクトを採取した。平均すると、成人は、年間8つの学習プロジェクトに総計約800時間をかけていたことになる。さらに、538の学習プロジェクトのうち、68パーセントの学習プロジェクトが、学習者自身によって計画された自己計画学習であり、63人(調査対象者の95パーセント)が少なくとも1つ以上の自己計画学習プロジェクトを経験していたのである。

4.自己計画学習の概念と定義

タフの学習プロジェクト研究において、もっとも重要な視点であると思われるのが、学習プロジェクトのプランナー(planner)への注目とその分類である。タフはプランナーの概念について次のように述べる(p.77)。

学習プロジェクトの日々の細かな計画立案の多くをする人(もしくはグループ、物)を言い表すために‘プランナー’という名称を採用しよう。もっと正確にいうと、‘プランナー’とは学習プロジェクトの日々の細かな計画立案や決定について過半数の責任を負う人もしくはものである。すなわちプランナーは、各学習エピソードにおいて何を学習するか(細かな知識と技能)について、そして/もしくは、いかに学習するか(細かな戦略、活動、資源)について、大部分の意志決定を行う。加えてプランナーは各学習エピソードを開始する時と、それを進めるペースも決定するかもしれない。

 そして、プランナーのタイプを、学習者の視点から論理的に4つに区別する。まず、プランナーが人であるか、@「人以外のもの」かに分けられる。次に、人である場合、プランナーはA「学習者本人」か第三者ということになる。さらに第三者の場合、プランナーはB「グループもしくはそのリーダー」か、C「1対1という状況における他者」である。この分類で学習者本人が学習のプランナーとなっている学習プロジェクトが、自己計画学習プロジェクトである。自己計画学習プロジェクトは、次のように定義されている (pp.78-79)。

ひとつの可能なプランナーは学習者自身である。彼は、何をいかに学習するかについて、ひとつの学習エピソードから次の学習エピソードまで、大部分の決定をなすかもしれない。彼は、さまざまな個人と資料から、これらの決定について情報とアドバイスを求めるかもしれないが、決定のコントロールと責任を保持している。彼はその時々に利用する資源と活動を"決定"する責任を放棄することなく、さまざまな個人、書物、プログラムから知識・技能を獲得するかもしれない。学習者自身が明らかにプランナーであるプロジェクトを言い表すために"自己計画"学習プロジェクトという用語を用いよう。

 さらに、自己計画学習についての誤解をさけるための注意点を見ることによって、その概念構造が理解されるかもしれない(pp.80-81)。

まず4つのタイプのプランナー(もしくは4つのタイプの学習プロジェクト)は、ひとつの学習エピソードから次のエピソードまで、細かな内容と学習活動を、誰があるいは何が"計画"する(方向づけ、コントロール、影響、統治、管理、指導)かに基づいている。われわれは教材を提供する人を見ようとしていない。われわれは計画と決定の源泉を分類しようとしているのであって、教材の源泉や学習の方法ではない。
第2に、この名称を適用するために、学習者、資料、人、もしくはグループが提供するのは、計画立案の大部分というだけで100パーセントではない。例えば、自己計画学習において、2〜3のエピソードが資料もしくは指導者から指示されたからといって混合型とは考えない。
第3に、学習者自身が、資料、人、もしくはグループを"選択する"からというだけで、自己計画的なエピソードもしくはプロジェクトとは呼ばない。もし、彼が学習エピソードの多くを計画立案するために、その資料、人、グループにおおいに頼っているとすれば、そのプロジェクトははっきりと自己計画的ではない。

 タフは、「学習における決定と計画立案の局面」と「学習者が求め、手に入れる援助」(p.5)を考察することが主要なテーマだと主張している。自己計画学習プロジェクトにおいては、自分以外の学習資源に多くの援助を求めることがあっても、ただそれを選択するだけではなく、一連の学習エピソードのおおかたにおいて計画上の「決定の責任」を放棄せず意識していることを求めている。タフが「きわめて意図的な学習努力」という表現を繰り返し用いているはこのためであろう。

5.学習参加の動機づけと自己計画学習

 さて、最後に学習参加の動機づけの問題について触れておく必要があろう。1982年の研究において、タフは「私の最近の研究は、なぜ人びとは変化するのかということに焦点をおいてはいない。なるほど人びとの選択から多くのことが類推されはするけれども。なぜ成人は変化することを選ぶのかということについての徹底した洞察は、ずっと将来的な研究に求められよう」(p.15)と告白している。タフは60年代から70年代の研究においては、学習の動機づけの問題をテーマのひとつとしていた。例えば、出版はされていないが、「成人はなぜ学習するのか−学習プロジェクトを開始し継続する主要な理由に関する研究−」(1968a)や「成人がなぜ学習するのかを研究するための面接調査票」(1968b)といった論攷を見ることができる。しかし、タフによる学習参加の動機づけ研究は、講座や学級への参加ではなく、sdlへの動機づけを取り扱っている点が評価されながら、「この時点において、他者よりも断片的であり、不完全である」とクロス(Cross,K.P.1981,p.122)から指摘を受けている。
 それでは、71年の『成人学習プロジェクト』では、動機づけの問題はどのように取り扱われているのか。プランナーに関わって、次のように述べられている(p.78)。

われわれは、学習プロジェクトを始めることを最初に決定したのが誰かを問うてはいない。プランナーは、必ずしもフランス語会話や英国の歴史が学習プロジェクトの内容であると決定する人である必要はない。ここでは学習者を動機づけたもの、もしくは動機づけに影響を与えた人には関係ない。いかに学習するか、もしくはどんな資源を使うかについてのオリジナルな決定を行う人を問うてはいない。また教材を提供する人もしくは資源が必然的にプランナーであると仮定していない。
そうではなくて、プランナーをわれわれは次のように定義する。すなわち(学習初期の段階のみではなく、日々の)学習エピソードの大部分に対して、(包括的というよりも)細かな計画立案(動機づけや教材ではなく、決定)に主要な責任を負う人もしくはものである。ある意味でプランナーは(授業計画を準備するという意味で)教師であり、カリキュラムプランナー、もしくはこの特定の学習プロジェクトのプランナーである。

 自己計画学習においては、学習が開始される(すなわち、学習の参加へと動機づけられる)理由は、問われないということである。それが、学位取得のために必要な研究であれ、仕事において求められる職能の開発であれ、取り組むことを決定する(あるいは決定せざるをえない)ところから学習活動は始まり、そのプロジェクトをいかに進めていくかという計画と決定が主要な関心である。成人学習を氷山にたとえて、その水中に隠れた部分を調査研究によって明らかにしようとするタフの研究態度からすれば、成人の学習は日常生活の中で、本人が学習とは気づかないうちに、しかし意図的に努力されているものなのだから、学習しない成人を学習参加へと動機づけるという視点は出てこないのが当然かもしれない。
 制度的組織的な教育関係の外で、教師のいない学習をすすめる成人は教師の役割を自らに引き受けていく。それは学習における「計画」と「決定」の責任を自ら引き受けていくということである。自己計画学習は、そしてsdlはそうした文脈で定義づけられ、概念化されてきたということである。
 さて、こんにち動機づけの研究は、学習の入り口に第1歩を進める要因のみを探求の対象としているのではない。「単に人が「やる気」を起こすか否かの問題を越えて、(中略)学習者の「学び方」(学習方略)の根本的な違いや、学習の理由づけ(「なぜ学ぶか」)や目的(「何のために学ぶか」)などにかかわる問題として考えられてきており、ますます重要な研究課題になりつつある」(佐伯,1990,p.D-298)。学習活動が中断されることなく継続され、豊かな学習成果として結実していくための「動機づけ」は重要な課題である。タフは、それを「援助の獲得」という点に求めたのかもしれない。必要な援助が自覚されていながら、適切な援助が手に入らないために多くの学習者が困難に抗しきれず、学習を挫折してしまっているという。「教師による伝統的な強い統制からの転換」をめざし、新しい学習−援助関係を模索しようとしたタフの考察に学び、「動機づけ」にかかわって、学習を成就させるための適切な援助の提供や人間関係という視点から、sdl論を考察してみる必要があろう。


−注−

(1) この用語集は、英語、フランス語、スペイン語の3カ国語で書かれている。フランス語はラングラン(Lengrand,P.)が担当し、sdlは(apprentissage auto-dirige)と表記されている。
(2) sdlの訳語としては、「自己主導的学習」「自己管理的学習」「自己決定学習」「主体的学習」等が見られる。筆者は、これまで広島大学大学院で指導を受けた池田秀男教授の訳語「自己管理的学習」を用いてきた。池田教授はノールズのアンドラゴジー論に依拠しながら、社会教育における新しい学習様式として、sdlの重要性とそれへの援助の必要性をはやくから主張してきた(池田,1979)。
(3) タフによる成人の学習活動把握の方法は、わが国の調査研究にも影響を与えている。例えば、NHK放送文化研究所が、のべ8,000人の成人を対象として実施した大規模な学習関心調査('82,'85,'88)では、面接調査で調査相手の回答が「学習」であるかどうかを判定する手がかりとして学習の定義が必要になるが、その際にタフの「学習プロジェクト」の概念をベースに設定している(NHK放送文化研究所,1990,p.23,27-28)。また、この調査に関わって、藤岡がタフの「学習プロジェクト」の構造分析を行っている(藤岡, 1982)。
(4) タフの関心は「人間文明の長期的な未来とその未来に影響を与える地球規模の問題」 (Tough,1991)へと移っている。
(5) 『フォール報告書』と通称される報告書は、その名の通りフォール(Faure,E)を委員長とするユネスコ「教育開発国際委員会」の報告書であり、フランス語版とそれを翻訳した英語版がともに1972年に出版された。タフの研究が引用された部分は、英語版(p.210)ではself-directed learning、フランス語版(p.237)ではinstruction auto-dirigeeとなっている。


−参考文献−

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