天理大学生涯教育専攻研究室『生涯教育研究』、第1号、1997

天理大学における社会教育主事養成の現状と課題

〜社会教育実習を中心として〜

岡田 龍樹

はじめに
天理大学における「社会教育主事」の養成は、人間学部人間関係学科生涯教育専攻所属学生を対象として行われている。ほかに全学の学生を対象とした「図書館司書」および「博物館学芸員」の課程が設けられ、社会教育職員の養成が行われているが、ここでは、現在のところ本専攻の学生に限って単位認定されている社会教育主事の養成について、カリキュラムの編成および「社会教育実習」に関する学生へのアンケートをもとに、現状と課題を検討する。

1.人間関係学科における専門資格
1992(平成4)年、人間学部が新設され宗教学科と人間関係学科がおかれた。人間関係学科には3つの専攻(臨床心理、生涯教育、社会福祉)が設けられ、それぞれ学生定員1学年20名、専任教員4名で出発した。実務者の養成を開設理念のひとつの柱として、各専攻ごとに、臨床心理士、社会教育主事、社会福祉士の単位取得を可能とするカリキュラムが組まれている。人間関係学科では教員資格が取得できないため、実質的には学生が在学中に取得できる限られた重要な専門資格としてそれぞれ位置づいている。
生涯教育専攻では、社会教育主事資格は必修ではないが毎年ほぼ全員が必要単位を取得している。ほとんどの入学生がはじめは「生涯教育」専攻と「社会教育」主事が結びつかないようであるが、職業としての社会教育主事を具体的にイメージできるようになるのは、後述するように社会教育実習への参加が大きな契機となっている。

2.生涯教育専攻の専門教育
専門教育は、学部学科共通科目、生涯教育専攻科目、関連科目から構成されているが、そのうち生涯教育専攻開設科目は表1の通りである。ただし、19T97(平成9)年度入学生から、若干カリキュラムが見直されて改正される。
卒業必修科目は卒業論文を除くと6科目16単位にとどめられ、学生の多様な選択が可能となっている。改正後はさらに選択の幅が広がることになる。社会教育主事資格取得のために、○印をつけた科目が必修として設定されており、主事講習規程で定められた24単位がそろうことになっている。生涯教育専攻の名称が示すように、社会教育の基礎を押さえながらも、生涯教育・生涯学習の視点から社会教育を理解し、主事として必要な知識を獲得できるようにカリキュラムは構成されている。

表1 生涯教育専攻開設科目

必修 ○社会教育概論(生涯教育論を含む)
○社会教育計画
 生涯教育課題研究
 教育思潮(教育と人権)
 国際化社会と在日外国人教育
○社会教育特講 I(同和問題と社会教育)
 卒業論文
選択  教育社会学
 教育史
○社会教育特講 I(社会の変化と生涯教育)
○社会教育特講 II(生涯教育行政)
○社会教育特講 II(学習情報の提供と相談)
○社会教育特講 III(生涯教育方法論)
○社会教育特講 III(ライフステージと生活課題)
 視聴覚教育
 女性論
 障害者教育論
 家庭教育論(幼児教育を含む)
 青少年教育論
 成人教育論
 高齢者教育論
 レジャー教育論
 コミュニティ教育論
 生涯スポーツ論
 生涯教育施設
 民間学習産業論
 図書館通論
 博物館学
○社会教育演習
○社会教育実習
 レクリエーショナルスポーツ1
 レクリエーショナルスポーツ2

3.「社会教育実習」の実績
社会教育実習は3年次に配置された授業科目で、本専攻設置以来現在までに3回実施されている。実習の登録について、とくに取得単位上の規定は設けていないが、受講生は専攻学生に限られているため、1・2年次に専攻科目を相当数履修しており、社会教育・生涯教育に関する理論的な基礎知識を獲得している。また、専攻では、1・2年生の全員を対象として、毎年夏期休暇中に奈良県内の社会教育施設を利用した学生主体の研修合宿を実施しているため、受講生は全員、利用者として社会教育施設を体験している。社会教育実習の授業構成は、現場における実務実習、社会教育関連施設を訪問する見学実習、および事前指導と実習成果を報告しあう総括討議からなる。ここではとくに社会教育機関・施設における実務実習について検討する。
過去3回の実習では、94(平成6)年度20名、95年度23名、96年度25名が受講している。各年度の実習先は表2・3・4の通りである(括弧内は女子内数)。初年度は国立オリンピック記念青少年総合センターが当時すでに実習の受け入れ経験があったため、受講者のほぼ全員をセンターにお願いした。実習記録簿のモデルも提供していただき、他施設での実習もセンターの仕様に合わせたものを利用させていただいている。センターで受け入れていただいたことが学生を送り出す側(大学)にとっても貴重な経験になって、その後に役立っている。そうした縁で、次年度以降も毎年センターにはお世話になっている。ただ年を経るごとにセンターへの参加者が減っているのは、近畿圏(奈良と兵庫)で受け入れていただける社会教育施設が増えたことと、学生自身が出身地の施設・機関での実習を希望し受け入れていただけるようになったからである。96年度の場合、8カ所で実習が行われたが、専攻が実習を依頼し学生の希望を調査して受け入れていただいた施設・機関が4カ所(国立オリンピック記念青少年総合センター、国立曽爾少年自然の家、奈良県立社会教育センター、天理市教育委員会)計21名で、それ以外の4カ所は、まず学生自身が実習したい施設・機関を出身地元に見つけ、大学を通して受け入れを受諾していただいたものである。

表2 1994(平成6)年度実習先

国立オリンピック記念青少年総合センター
兵庫県立嬉野台生涯教育センター
奈良県桜井市教育委員会
18(12)
1(1)
1(1)
20(14)

表3 1995(平成7)年度実習先

国立オリンピック記念青少年総合センター
兵庫県立嬉野台生涯教育センター
国立曽爾少年自然の家
宮城県角田市教育委員会
滋賀県大津市生涯学習センター
10(3)
8(5)
3(0)
1(1)
1(0)
23(9)

表4 1996(平成8)年度実習先

国立オリンピック記念青少年総合センター
国立曽爾少年自然の家
奈良県立社会教育センター
天理市教育委員会
大阪府富田林市立中央公民館
岡山市教育委員会
横浜市婦人教育会館
静岡県修善寺町教育委員会
5(4)
9(6)
5(3)
2(0)
1(1)
1(1)
1(1)
1(1)
25(17)

 

5.学生の反応
96年度の実習参加者に対して、アンケート調査を実施した。大学から外に出て経験した社会教育実践を、学生がどのように感じたのかアンケートから読みとることができる。アンケートは次の4項目からなり、すべて自由回答式である。

問1 実習で一番印象に残っていること(感想)。

問2 実習で学んだこと(役立ったこと)。

問3 実習を終えて社会教育主事(あるいは社会教育関係の職業)について思うこと。

問4 実習に対する要望(不満に思ったこと)。

実習体験が学生にどのような意味を持っていたのかを、自由記述の内容を引用し紹介しながら考察してみよう。

○「学外」で行われる実習は
・時間に正確で、学校とはまるで雰囲気が違う。
・学校の中の学生という立場とは全く違う、社会の中で、自分に責任を持って働く(お 手伝いをする)立場に立って、自分の考えの甘さや、上下関係の社会での礼儀など、 少なからずわかった。
・講座に参加するのにも、会場の人、講師等いろいろな人に挨拶にいったりと、社会人 は全く大学とは違うと感じた。

大学教員の手を離れて、学外で指導を受けるという経験は、いろんな意味で学生にとって大きな刺激になっている。いかに大学が甘いかと反省させられるところであるが、主催講座などの準備を手伝ったり、実際に参加したことによって、学校とは違った社会を多くの学生が実感したようである。

○人びとの生涯学習と教育支援活動は
・生涯学習の講座で、特にお年寄りの方々がとても生き生きと講座(園芸・陶芸など) に取り組んでいるのが印象的でした。
・生涯学習とは奥が深いということ。田原本農業で行った観葉植物の寄せ植えは、年を とったらまた自分で行おうと思う。
・学習意欲を持つ人々がこういったプログラムに参加しているときの生き生きとした表 情を見ることによって、”生きている楽しさ”ということを学んだ。
・実際に講座に参加して、受講者の人たちの表情が生き生きとしているのをみて、社会 教育の及ぼす影響というものを肌で感じることができてよかったです。
・公民館活動が、一番地域に根づいて活動しているということ。地域ごとの活動が、生 涯学習の発展に一番影響を与えるということを再認識した。
・ひとつの行事を行うにも、前から長い間企画や準備をして、多くの人々の協力によっ て成り立っていることがわかった。

今日、多くの人びとが学習機会を求め、生き生きと学習活動に参加している姿を実際に目の当たりにして、生涯学習の普及を実感するとともに、生涯学習を援助・促進するという生涯教育・社会教育活動の意味を初めて理解できたものも少なくない。

○社会教育という職業は
・のんびりしているように見えましたが、きっと主催事業をやるにしても大変な準備が あるのだろうと思います。それ以上に、行事などを自分たちの手で作り、成し遂げる 充実感がありそうだと思いました。
・職員の方が何事にも真剣に取り組んでいる姿を見て、大変やりがいがある職業だと思 いました。
・1つ1つに達成感があり、企画から実行までライフワークとするには最適な職業だと 思うが、実際に話を聞いてみてきびしいと思う。
・プログラムをたてることが難しいけれど、学習者の人々が生き生きして喜んで学習す る姿を見ることができると、大変やりがいのある仕事ではないかと思う。ものすごく 仕事は大変であるとは思う。
・さまざまな人たちと接する中でいろんな発見があって、面白い反面、何かと気苦労が 多い仕事であると思った。
・ひとつの趣旨のもとに一生懸命行事をこなしていてやりがいがありそうだがとても大 変だろうと思った。

「大変だが面白そうだ」と「やりがいはあるが大変そうだ」というふたつの表現が見られ、重点の位置が違っているのがわかるが、少なくとも両方の回答とも社会教育に関わる職業の実態をバランスをもって理解しているようである。

○社会教育職員に必要な能力は
・関係者と話していたら、教育に関することだけを知っていてもダメだと思った。若い 人から高齢者までの好みや考えなど、幅広い知識が必要であると思った。
・人と人との対応なので、言葉1つの大切さ、臨機応変な判断や正確な表現が自分にと ても必要だと思った。
・講師や利用者にすごい気配りをされているのを見てサービス業だと感じた。幅広いと ころに興味を持っていないといけないと思った。
・講座の計画をくむという課題の中で、自分の想像力を働かせて、アイデアをねりつつ、いろんな状況をシュミレーションして、現実的な問題も考慮に入れなければならない ということ。
・自分のアイデアや想像力、時代のニーズを的確に把握する力が必要な仕事だと思った。
・仕事の範囲が幅広いので、常にいろんな分野について学ばなければならないと思った。
・社会教育関係でも、実際市民と関わる仕事と、行政で関わる仕事と2つあり、行政の 方では、事業についてほとんど事務的な、ふれあいのない仕事なので、私は社会教育 主事になるなら、前者の方がよいと思った。

職員から指導を受ける過程で、社会教育職員の能力についても具体的な示唆を受けていることは考えられるが、実際に実習生という形で職務に従事して、その職業に求められるの力を彼らなりに把握しているようである。

○自らの職業としての社会教育職員は
・私が学校で学んでいるようなきれいで案外楽な仕事ではないなというのが実際です。 人のために社会のために世話して役に立つのは大変なことだと感じました。
・主催事業の内容などを考えたりで、私もやってみたいと思った。
・社会教育主事さんは人に気を遣わなくてはいけないので、精神的につかれる職業だと 感じた。
・思ったよりもハードな部分があったが、こういう社会教育に関係した仕事をしたいと いう気持ちがなお一層大きくなった。
・社会教育課の職員の数に比べて仕事は多いが、やりがいがあると思う。休日の取り方 が工夫されていた(日曜日も忙しいから)。社会教育主事の仕事はとても面白いと思 う。

ここに至ると、少々個人差が出てくる。実習への参加経験が進路決定の直接の要因になっているかどうかは判断できないが、社会教育に関わる職業の大変さを面白さと受け取るものが多い中、逆に尻込みするものもいる。

6.大学における社会教育主事養成の課題
実習に参加した学生の感想から本学の社会教育実習を省みて、多くの学生にとって社会教育現場の実際を知る最初の機会として重要な意味があったと判断できる。講義や演習で学ぶ理論的な知識に対して、大学キャンパスの中にいてはなかなか経験できない生涯教育・社会教育の実像を体得できたのは、ひとえに多忙な中、学生を実習生として受け入れて下さった諸施設・機関の職員の方々のご苦労の賜である。実習は大学生活の1コマとして忘れられない経験のひとつとなるはずである。このような社会教育職員の方々の助力を得ながら、今後大学において社会教育主事を養成していく際の課題を整理してみようと思う。
まず、実習以外の講義や演習で教えられる理論と、社会教育実践をいかに連結していけるかということである。「大学で勉強していることをそのまま実践しているということがわかった。逆に専門の勉強がそれだけきちんとしていると改めて思い、嬉しかった」といった教員とって嬉しい回答もあったが、実習をさらに実りあるものにしていくためにも、実習受け入れ施設・機関との連携は重要だと考えられる。本学の場合、実習参加者は毎年20数名と少人数であるが、年々学生の出身地元施設での実習希望者が増えて実習先が多様になったことから、実習の計画、実施に関わる大部分を当該施設・機関にお任せしてしまっている状況がある。学生のアンケートからわかるように、大学があまり深く関わらないことが、返って利点になっているとも考えられるが、大学が貢献できる可能性を検討する必要があろう。
それに関わって、実習に参加した学生が直感的に学び取っている社会教育職員の能力について、大学と実習実施施設・機関が共同して、職員の専門性の問題として検討の俎上に乗せていくことは重要なことだと思われる。実習生を媒介あるいは刺激剤として、社会教育職員に求められる能力を、あるべき能力として描くのではなく、現実から帰納法的に吟味していくことは可能であろう。
最後に、学生からの要望でもっとも多かった、実習期間が短すぎるという問題である。実習を主催事業の日程に合わせて実施されることが多く、そのために実習期間は実習先によってまちまちであるが、合計14日間という例(岡山市教育委員会)を除いて、1週間程度がほとんどである。96年度には、週に1日金曜日を連続7回という例(富田林市中央公民館)もあったが、夏期休暇を利用した宿泊制の実習に限ることなく、実習期間の延長や、実習方法の検討も今後必要となるだろう。