天理大学 生涯教育専攻 課題図書
小沢 牧子 『「心の専門家」はいらない』
洋泉社新書y() / 2002年 / 218頁 / \700 / ISBN:4896916158
●おざわ・まきこ●
1937年北海道生まれ。臨床心理学論、子ども・家族論専攻。いくつかの教育相談の職場を経たのち、和光大学、千葉県立衛生短期大学、文化学院専攻科の非常勤講師として、臨床心理学、教育心理学、家族論などを講じ、また国民教育文化総合研究所研究委員をつとめた。現在フリーの研究・著述業。日本社会臨床学会運営委員
現在、社会で良きもの、必要とされているものを根底から問う!ここ五、六年、事件・事故が起こるたびに声高に叫ばれるものに「心のケア」「心の教育」という耳に心地いい言葉がある。
なぜ、この風潮はかくも社会に浸透し、蔓延したのか?日常の関係に目を向けることを避け、「心の専門家」に依存し、そこに救済願望を託す「心主義」と言いたくなる傾向に対し、長年、臨床心理学の問い直いに携わってきた著者が、この学問の何が問題かを白日の下にさらす。
「相談という商品」を「一緒に考え合う日常の営み」を取り戻す道を探る試み。
序章 臨床心理学をなぜ問うか
第1章 現代社会とカウンセリング願望
第2章 「心の専門家」の仕事とその問題群
第3章 スクールカウンセリングのゆくえ
第4章 「心のケア」を問う
終章 日常の復権に向けて
学生の感想文(1)
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TVで犯罪報道を見るたびに、被害者、加害者への「心の問題」「心のケア」という言葉を耳にするようになって久しい。
しかし実際「心とはそもそも何なのか」という根源的な疑問もあり、そうした実体のないモノへの世間の盲目的な期待や、心理分析による「本当の自分像」を探る試みなどを、冷静に鑑みると奇妙な現象が蔓延しているといえなくもない。
また筆者の言うように見えざる心の問題に対して、患者に親しく理解も深いはずの親や友人を除けて、第三者である心理カウンセラーが介入し「してあげる側」「される側」の図式が表れることにも違和感を覚える。
しかしこうした現象は結局、人間同士のぶつかりあいの問題を丸投げし、他人に委ねようとする我々の無責任さや、心理カウンセラーに対する過度な「なんだかわからないが、よくしてくれるモノ」という曖昧な期待、引いては自身の不勉強に起因するものであり、心理学もあくまで「ヒトのココロの理」という難題に取組んでいる未だ発達途上の学問のひとつであること、またカウンセラー自身も我々となんら変わらない人間であることを少しでも再認すれば、安易にすがってしまう上に、実態の脆い「こころ主義」などと呼ばれる事柄についてはスムーズな解決に向かうのではないかと考えられる。
(3回 T.O.)
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