天理大学 生涯教育専攻 課題図書

鮎川 潤 『犯罪学入門 ― 殺人・賄賂・非行 ―』

講談社現代新書(1365) / 1997年 / 196頁 / \640 / ISBN:4061493655



●あゆかわ・じゅん●
1952年、名古屋市生まれ。東京大学卒業、大阪大学大学院修士課程修了。スゥエーデン国立犯罪防止委員会客員研究員、南イリノイ大学フルブライト研究員を経て、現在、金城学院大学教授。専攻は犯罪学、逸脱行動論、社会問題研究。
著書:『少年非行の社会学』(世界思想社)『少年犯罪』(平凡社新書)ほか。


第1章 殺人
第2章 薬物犯罪
第3章 性犯罪
第4章 「企業犯罪」「組織体犯罪」「犯罪組織」
第5章 少年非行
第6章 犯罪者の処遇と司法制度
第7章 被害者学と社会環境の変化

学生の感想文(14)

 テレビや新聞をみていると、毎日必ずどこかで犯罪、事件が起きている。また、その種類もさまざまである。この本の中で知ったこと、驚いたことは「刑法の内容が100年間ほとんど変わっていない」ということだ。少年法など、一部改正されたものもあるが、100年あれば社会や、世間の犯罪への意識などはかなり変わってくる。全く違うものになってしまうと言っても過言ではないかもしれない。携帯電話の登場一つをとってみても、「出会い系サイトで知り合った男性に殺された」、「援助交際の相手を募集する」、さらにカメラ付携帯による「盗撮」、携帯電話がなかった時代では発生し得ないことである。 これから先も、新しい形の犯罪が増えてくるだろう。
 数年前から「警察の不祥事」というニュースをよく聞くようになった。私は警察というものを全く信頼していない。矛盾していることが多すぎる。犯罪を取り締まる側が犯罪を犯したり、“もみ消し”をしたり・・・。つまらない例だが、すぐ近くのコンビニに行くのにノーヘルで行くと、確実に捕まる。なのになぜ、おじいちゃんおばあちゃんのノーヘル2ケツは捕まらないのか。知り合いで飲酒運転4人で100万近く罰金を払った人がいる。どうしてそんな大金をとる必要があるのか。そもそもなぜお金で解決されるのか。家庭内暴力においても、「通報したが民事不介入の理由でノータッチ」ということもしばしばあるようだ。
 犯罪における対策や対処も慎重になされるべきだが、対処する側、取り締まる側にも正しい育成が必要なのではないかと思う。日本が再び安全大国と呼ばれる日はいつになるのだろうか。
(2回 S.F.)

 私はこの本を読んで、日本は昔と比べ犯罪が増加し昔の安全大国日本というイメージがなくなってきており世間は嘆いていると聞くが、その犯罪を促進させているのも、また、世間であることに驚きました。たとえば、「ピュービックヘア」を見せることはわいせつとされていたが、1992年に映倫の判断が変わったことで、まず映画で可能になり、巷の週刊誌にもへアヌードが溢れるようになった。わいせつ物の分布は刑法で禁じられているが、何がわいせつかは時代によって変わってくる。そのように時代に合わせて基準を変えていけば、犯罪に対しての取り締まりも変わってくるし、規制が緩和されたことによって、犯罪に対しての見方もゆるくなってくる。性犯罪から例えを引いてみたが、このことはほかのことにも言えることだと思うし、もう一度いろんなことを見直す必要があると思う。
(2回 K.K.)

現在は、コンピュータネットワークが普及しているにもかかわらず、刑法は約100年前にできたままだということに驚いた。今や携帯電話によって、女子中高生の売春や、薬物の密売にすら手を貸す道具となっている。これは日本の犯罪取締りが、欧米諸国と違い、新たな問題現象が出てきたときに、新しい法律をつくって対応しようとするのではなく、今までの法律を作って対応しようとしてきたからだ。そして、その今までの法律を強化することで、現在まできた。僕は、教育だけのせいではなく、こうした日本の法律のあり様などによって、人々が憤りを感じ、犯罪に至るケースもあるのではないかと思った。犯罪をやめさせるために法律を強化することが、逆に犯罪をおこしているのだ。これからは、従来よりも規制が強まるといったやりかたではなく、新たな分野の新たな現象であることを認知したうえで議論をはじめていかなくてはならない。
(2回 T.K.)

 毎日ニュース番組で色々な事件や犯罪が報告されている。私は、いつも画面を見ている視聴者としてひとごとのように感じていた。犯罪というのは、かけはなれた世界だと思っていた。でも、わたしたちが罪を犯さなくても、犯罪のほうから私たちに関係を迫ってくることがある。そのとき、私たちは、犯罪の被害者になっているか、罪をかぶっているかのどちらかになる。これから犯罪が増加していくのだとすると、被害者になる確率も犯罪者になる確率も、増加していく。犯罪を自分に関連したものと考えることも必要な時代であると、この本を読んで考えさせらた。
 そして犯罪は相対的なものだということも知ることができた。その時代において犯罪と定義されていたものが、そうでなくなることがある。戦場では殺人でさえ英雄的な行為とされていたのだ。
犯罪についてほとんど無知な自分にあらためてきずかせられた。これからは今までとは違った気持ちでニュース番組を見るだろう。
(1回 Y.I.)

 犯罪が必ずしも絶対的なものではなく、相対的なものである。人類の歴史を見ても、また異なる社会を見ても、ある時代において犯罪と定義されていたものが、そうでなくなったりする。 さらに社会状況に応じて異なり日常生活においては厳しく非難される。 本書で一番勉強になったのは「薬物犯罪」である。
 薬物の規制や罰則が国によって大きく異なることに気づいた。
 規制の違いを理解するためには、まず薬物と人類との関わり、その文化的社会的背景について知っておく必要がある。
 犯罪は一般的であれば個別的でもある。 犯罪が犯罪とされるにあっては、前提としてそれが法律によって禁止されていなければならないという、従来見逃されがちてあった基本的事実を指摘し、法律が規定される過程を調査し、それが社会の集団や組織の間のポリテイクス、勢力関係に大きく依存していることを検証した。 犯罪を行うことと、犯罪を行って逮捕されることとは異なる。
 犯罪の原因を見つけようとする際に、しばしば犯罪を行なった人ではなく、犯罪を行なって逮捕された人を対象とし、その人たちの属性を調べ、そのなかに原因を見出そうとしていたのである。
(3回 S.B.)

 この本は具体的な例を挙げて犯罪を説明してくれているので比較的読みやすい本でした。読んでいく中で、犯罪にも様々な種類があり、国によっても取り締まりの違いがある事がわかりました。
 私がこの本で一番印象的だったのは、こんなに世の中が変動し犯罪も凶悪化、多様化しているのに刑法は約100年前にできた物だといっても過言ではないくらい変わっていないと知り驚きました。もっと欧米のように新しい問題が起こったときには新しい取り締まり方を考えていくべきだと思いました。そうでもしないと犯罪は増えていく一方だと思います。多様化する社会に法律もきちんと対応し平穏な生活が安心しておくれるような社会にいていくことがこれからの日本の課題だと思いました。
(2回 M.K.)

本書は、これまで蓄積されてきた犯罪や犯罪社会学の知見を、具体的な事例に即して伝達しており事実に基づいた、冷静な分析を提供している。その中でも印象に残ったのは、第一通報者が容疑者扱いされた、「松本サリン事件」だ。yさんは、サリン被害によって、妻が意識不明になり入院しているとき、警察は、連日の事情聴取行い、週刊誌にはあたかも犯人のごとく顔写真を掲載した。これは、本書では、「マス、メディアにおける烙印」呼んでいる。このことにより、さんは、「容疑者」「犯人に違いない」というレッテルを貼られ、情報を目にしたすべての人から疑いの目を向けられる。yさんがいくら「私はやっていない」と主張しても。全ての状況証拠があがっている加害者の「私はやっていない」と同じことのように聞こえてしまう。そして警察が、別の真犯人を探している時も、犯人が決定的にされるまで、疑いを受けなければならないのだ。
 このことは、本当の真実を突き止めようとしないメディア調査の不足さや、警察の事情聴取のプライバシーのなさが、あたかも犯人を作ってしまう。事件イコール真犯人探しということは、本来メディアの役目ではない。このことを熟知して事件の真相を解明してほしいと考える。
(3回 K.H.)

人はなぜ犯罪を犯すのだろう。社会的な圧力からや、人は元々そういう欲求を持っていて普段は規制されているのだという説は、理解はできるけれど納得はしたくない。でも、それも私がたまたまこの時代に生まれて犯罪はいけないという教育をうけてきただけのせいかもしれない。戦争や武士の戦では人を殺すことによって実力や手柄を示すことがおきていた。それを考えれば、社会環境によって犯罪が作られる、犯罪の重さが決まるというのは確かにそうだな、と思う。犯罪のニュースを聞いて心を痛めたり、原因を考えることで人々の価値観や人格が作られていく。善いものを形成するには、聞き流さずに被害者・加害者の両方にちゃんと目をむけて考えることが大切だと思う。社会によって犯罪が作られているとしても、人を傷つけたり陥れたりすることは、相手が大変辛い思いをするのだという当たり前のことが分からない、という人間が増えないことを願う。
(2回 S.E.)

今まで事件などが起こってもそのとき興味があるだけで終わっていた。事件の真実や、その後どうなったかなどは判決が出るまで時間がかかるので風化してしまう場合が多い。加害者はなぜその罪を犯してしまったのか。そしてなぜ被害者は事件に巻き込まれてしまったのか。そこまでなかなか知らないまま一瞬のニュースとして見過ごしていた。しかし事件は一瞬のことではない。事件に関わった人間は長い年月、その事実と戦っていかなくてはならない。単に表面で犯罪をとらえるのではなく、事件の背景なども全て含めて「どうして罪を犯してしまったのか」という部分をはっきりさせて初めて解決するのではないかと思った。それとともに、犯罪の処罰を与える機関について、現在の裁判官のみの裁判制度よりも、陪審制など国民の感情なども反映される制度になったほうが、一般国民の犯罪に対する考え方なども真剣になるのではないかと思う。「かわいそう」で終わらせるのではなく、事件の向こう側にある真実をもっと知らないと現状打破は出来ないのではないかと思った。
(3回 S.S.)

「ともすれば犯罪者の心理にのみ目を奪われがちになるが、犯罪を理解し、それを防ぐためには犯罪者を扱う制度や彼らを取り巻く社会環境にも注意を払う必要がある」  はっと胸を突かれた気がした。確かにその通りである。犯罪はもちろん犯罪者が起こすものであるが、その背景をしっかり見るべきだという事を忘れていることが多い。  本文のなかで、おにぎり2個を盗って懲役1年6ヶ月という事件が取り上げられた。この人は何度もこういった軽犯罪を起こしているのである。
 起こった事を分析することも、裁く事も大事だが、そういった犯罪者を出さない社会環境にすることのほうが大事なのではないだろうか。
 マスコミで取り上げられるような大きなえげつない犯罪ばかりではなくてもっと細かな、それでいて社会状況を最も反映してるような事にも目を向けるべきだ。
(3回 M.T.)

 犯罪、といってもいろいろあるが、私が特に興味を持ったのが「少年非行」についてである。「大高緑地アベック殺人事件」が1988年に起き、第一審で犯行時少年であった被告人に死刑判決がおりた。ということを知り、全くそんなこと知らなかっただけに正直驚きました。この事件は集団で行われ、しかもほとんど見知らぬもの同士であった。「集団である」とか、「見知らぬもの同士である」ために、逆に見えの張り合いなどが生じ、どんどんやることがエスカレートしてしまいました。集団という相互作用は歯止めが利かないため恐いと思いました。また、これらの少年たちはそれぞれ家庭環境に恵まれていなかったりしていることから、やはり周りの環境というものが悪いと非行に走りやすいように感じました。
(1回 A.Y.)

 犯罪が私たちのまわりにあふれていることが、テレビや新聞を見ればよくわかる。地下鉄サリン事件のような、世界でもまれにみる最先端の科学技術を用いた無差別テロリズム事件も起こった。殺害した少年の頭部を挑戦状とともに中学校の校門に置くという事件が起きる一方、トップ官僚、日本を代表する証券会社や金融機関の経営者が逮捕された。覚醒剤が浸透し、誰でも手に入るようになった。さらによく言われているのが、少年犯罪の凶悪化である。テレビが騒いではいるが、私は、日本の少年による殺人事件は多くないと聞いたことがある。テレビが大々的にあつかい話題にすることで、少年犯罪が増えたように感じるだけなのだと思う。私は、そんな一方的な情報に左右されないようにしようと思う。幼児期に親から体罰を受けた子どもは、大きくなってからなんらかの社会的マイナス行為にはしる傾向があると新聞で読んだことがある。少年の非行には少なからず親の影響が関わってくると言えると思う。 (2回 H.I.)

この本を読んで私はまず目に入ってきたのは性犯罪についてです。中でも売春これが一番気になりました。なぜ売春などするのか私には理解出来ないです。まず売春は悪いことなのか?なぜ売春をするのか?日本においては売春防止法ある。しかし完璧に防止しているのかと言えばそうでもないだろう。戦前戦後の間も若い娘が家族のため村から出て都市へ売られてきたが売春防止法で彼女たちは犠牲者となった。しかし今日では家族のためとかではなく自分の意思で売春をやり豪華な生活をするために売春をする人がかなり多い。これをきくと売春というものはほんとうに悪いことなのか悪くないのかわからなくなる。昔のように嫌々家族のためを思って体を売るこのようなことで売春をするならば売春防止法はあってもいいと思う。しかし今の時代ただ豪華な生活がしたいがために体を自ら売っているのならば私はいいと思う。自分がやっていることは自分が一番よくわかっているはずだからなにをしようがいいと思う。自分が自分の意志でやるからには自分で責任を負わなくてはならない。自分が持っている世界で一つの体をもっと大事にすべきだと思う。
(1回 S.T.)

 犯罪学について学び、一番考えさせられたのは、犯罪者に貼られる「烙印」のことである。いったん貼られてしまうと一生ついてくる。たとえ更生していたとしても、世間の風あたりは強い。
 この重くのしかかった「烙印」のため、また罪を犯してしまうというサイクルは、最悪である。前科者に対する目が、一般人に向けられるものと、同じではないのは、多くの人がそうだと思う。しかし、きちんと更生してきた者のたいして、暖かく迎え入れる体制を整えなければならない。それが犯罪の繰り返しを防ぐ方法であると思う。
 出所後、家族の引き取り手のない人たちのためにある、更生保護法人も、なかなか上手に機能されていない。せっかくの施設なのだから、サポート体制が上手に整えられればいいと思う。
 この本を読み、色々の犯罪に関する知識が増え、様々な改善されるべき点も少しわかったように思える。今後この改善点が減少されればよいと思う。
(1回 K.O.)