天理大学 生涯教育専攻 課題図書

高橋 恵子・波多野 誼余夫 『生涯発達の心理学』

岩波新書(赤152) / 1990年 / 205頁 / \700 / ISBN:4004301521



●たかはし・けいこ●
1940年東京生まれ。1963年お茶の水女子大学文教育学部卒業。聖心女子大学文学部教授。発達心理学、人格心理学専攻。
著書:『自立への旅立ち−ゼロ歳から2歳児を育てる−』(岩波書店)、『発達心理学入門T、U』(共編著、東京大学出版会)など。
●はたの・ぎよお●
1935年東京生まれ。1958年東京大学教育学部卒業。獨協大学教養部教授。発達心理学、認知科学専攻。
著書:『知力の発達』『知力と学力』(岩波新書)、『知的好奇心』『無気力の心理学』『人はいかに学ぶか』(以上、中公新書)など。


序章 発達の可能性への挑戦
第1章 エキスパートになる
第2章 充実した中高年期
第3章 知的能力はいつ衰えるか
第4章 愛情のネットワーク
第5章 かけがえのない「私」
第6章 子どもの思考・おとなの思考
第7章 無力だが有能
第8章 三つ子の魂百までか
第9章 さまざまな学びの場
第10章 老いを支える
終章 発達観を問い直す

学生の感想文(18)

 本書を読み、特に気になったのが『大学生のネットワーク』というところである。そこには同じ大学生として、とても興味を示すようなことが書かれていた。大学生は愛情の要求を向ける相手を少なくとも数人持っている。という文で、確かにそうかもしれないと思った。家族をはじめ、身の回りにいる友人、もしくは恋人、時にはすでに亡くなっている人、尊敬する人、神など様々なところに心のより所をもとめ、愛情をもとめてしまう。しかし、本当に「心の支え」としての役割を果たすのは、一人または、ごく少数の人と書かれている。実際そうかもしれない。確かに、様々な人に愛情を求めたりするかもしれないが、本当に自分の「心の支え」になってくれるのは、一人くらいだ。それは、親友であり、恋人であり、家族であり・・・。この本を読み、今の自分のあり方を考えさせられた。
(1回 Y.M.)

 人間は有能であるとプログラムされていて進歩し続ける。しかし、有能であることが人間の価値を決めてしまうことは誤解である。家族に依存をし、有能さがほとんど失われたからといってその人間に価値はない、ということはあってはならず、人間というものは老いるということでその様な状態になってしまう事も私たちの人間観にいれておかなければならない事あり、これは「人間尊厳」の問題である。
 私たちもそうであるように、この先年をとっていて働き、退職していくのは誰もがみなそうである。しかし、今の社会を見てもわかるように自分のことは自分でやっていかなければならない。だから、現役の時に貯蓄していこうとする。肩身の狭い老後を誰も通りたくはないはないであろう。こうすることによって自分の余裕のある老後に環境として学べる場を作れるのであり、学習もし易くなる。しかし、いくら老後を幸せに生きられたとしてもその時を精一杯生きてこそ、人間は成長していけるのであろう。何事にも生きている喜びを日々感謝していく事が重要なのである。
(1回 I.T.)

 まずこの本をよんで私は、高齢化社会と言われている今の時代だが私自身をとることを恐れるという事はないです。将来何をしたいのかということはあまりないです。でも年おとり社会的地位を失うという所にいった時私はやりたい事が沢山あります。自己とは何か、自己を知ることで自分は何がしたいのかわかると思います。これが「私」だと意識することができれば何でもできると思います。なぜ今の私自身では自己を知ることができないのかそれはやっぱり知識と経験も少ないと思います。中高年齢者の人たちは自分達より遥かに知識も経験もあると思います。だから私は一生涯生きていくうえで死ぬまで学ぶことといろいろな経験をすることこれが大切だと思います。その上ではやはり生涯教育というものが大事に」なっていくと思います。これをしていくことでいつかは自己を知るというテーマをクリアーできるものだと私は思います。一生涯を見通しすることも可能にあってくると思います。
(1回 S.T.)

 乳幼児と高齢者を比較すると乳幼児は何も知らないところからの発達なので伸びが目立ち、とても有能さを感じますが、それに対して高齢者はどんどん年をとるに連れて衰えていくイメージがあり、できることなら私自身歳はとりたくないないし高齢者になることを怖いとさえ感じています。しかしこの本を読んで、そうではなく、知的能力は伸び若者の何倍もの経験を重ねている分、有能な部分がたくさんあり人それぞれ何らかのエキスパートとして、生きていることに実感を感じていて、生き生きしていると感じました。そして私の中のイメージは変わりこの先の未来は明るいものだと思うようになりました。また、私自身どんな高齢者になり、どのような人生を送っていくのか考えるようになりました。そして今私にできること、それは身近にいる人と接し、高齢者の力になることに手を差し伸べていくことだと思います。そして、生涯にかけて自分の力で発達し続けたいと思いました。
(1回 K.S.)

 著者が高齢者は有能だ、エキスパートだといってもやはりどうしても「老い」に暗いイメージをもってしまった。明るいイメージもあるがわたしにとっては暗いイメージの方がかなり強かった。知能的には衰えにくいとしても、やはり肉体的に衰えることは恐ろしい。だから年をとり老いていくまで、一日一日を精一杯生きようと思った。老いていくことを考える前に、その日のことを考え若いうちにやりたいことをして後悔のないように生きようということが一番強く感じた。でも、エキスパートにもなりたいとおもった。一つのことをゆっくり長い時間考えその道を極めることはすばらしいと思った。確かにエキスパートといわれる人達には高齢者がおおい。その点でエキスパートになるために時間を費やし老いていくなら、老いていくこともそんなに暗いイメージをもつこともないと思った。そういうところが、唯一明るいイメージをもてるところだった。
(1回 T.K.)

 80歳位までなんて生きられない。人に介護されながら生きるなら、停年退職して少し老後を楽しんで65歳位で死にたいと考えていた。老いてもろくなことがないとかんがえていた。この本を読んでその考えが浅はかなものであり、恥ずかしくなった。老いてからも伸びる知的能力があることも知り、色々な知識も教えられた。誰にでも与えられる体の機能は衰えるが、年をとることでしか手に入らない経験が豊富になる。人はいつまでも、生涯を通して成長し続けているのだ。そしてもう一つ、年齢とともに今まで熱中して取り組んできた技によりいっそう磨きがかかり、その分野でのエキスパートになることも知った。人は生涯を通して学び、成長していく。このあたり前のようなことがわかっていなかった。
 私はどんな分野でエキスパートになれるかはわからないが、今を精一杯生きて努力を積み重ねて、人に頼りながらも老いた自分を自尊できるようになりたい。
(1回 Y.I.)

私も高齢者いうと、「ボケ」や「衰え」という暗いイメージしかなかった。しかし、私達の倍以上生きておられる高齢者の方々は、体力こそは衰えるものの、これまでの歴史を見、多くの事を経験し、豊富な知識を持ち合わせており、私達に比べて有能な部分がたくさんあるということを改めて理解した。
 また、人は生涯を通して学んでいく中での「自己」の役割についても、とても重要な役割であることを知った。東京大名誉教授の小柴昌俊博士も長年の研究の末、76歳という高齢でノーベル科学賞を受賞なされた。小柴博士も「自己」を確立し、研究した結果が形に現れたのだろうと思う。
(1回 H.K.)

この本を読んで、私は少し勇気と生きる希望をもらったような気がする。自分が年を取っていき、年寄りになり、知的能力の衰え、嫌われ者になるといったことなど、嬉しくないことがたくさん出てきます。そうなったときに自分はどうしようかなと思いました。しかし、この本には、上手く年を重ねる可能性など、いろいろと面白いことが書かれていました。
たとえば、「自分らしく生きる」。そこには、乳癌の再発を知り、いかに自分らしく生きるかというようなことも書いてあった。強い意志を持ち、最後まで自分のものとして生きようという強い意欲がうかがわれると書かれていた。それを読み、私はとても考え直した。
その文を見て、すごく力強いものを感じた。自分には自分の良いところがある。それを自分らしさとしてもっと出していきたい。そう思った。
(1回 K.M.)

 年をとるにつれ暗いイメージしかなかったがこの新書を読んだことで中高年期のイメージや自分が年をとった時どう生きていくのかについて考え方が変わった。体力的にはどうしても若いときより衰えるのだが現代の社会では、高齢者を何もできない人として考えすぎである。若い人たちの高齢者の扱いが意欲を低下させるのだと思う。衰えていく体力にうまく生活にあわせていく工夫はいるのだがやりたいことをできるよい時期なのだと思う。自分も自分の能力を発揮できる仕事や趣味を見つけ生きがいを感じる生活を送りたいと思うようになった。しかしそのためには周りの環境も必要で家族や友人などが必要である。今生きている高齢者の人たちにも生きがいを感じる生活を送ってほしいと思うのでそのためにちょっとでも手助けをしていきたい。そして自分も人生を最後まで楽しめる生き方をしたい。
(1回 Y.N.)

 年をとること。それは今までの私にとっては暗いイメージしかなかった。しかし本書を読むことで、それは時代遅れな見方であることに気がついた。世の中には自由を謳歌しているお年寄りは身近にたくさんいる。高齢になってもさらに進歩し続ける人もいるし、一仕事終わって始めた新しい分野で、それなりに進歩し充実した生活を送る人もいる。今まで抱いていた高齢者に対するイメージは誤った考えであった。つまり生涯にわたって人間は発達し続ける可能性を秘めているのだ。現在、高齢社会に突入したことで、より高齢者を見つめる必要があり、これから必然的に高齢者に向かう自分達も常に将来を考えなくてはならない。常に新しい人間観を探し続け、成長し続ける努力が必要である。そして現在の福祉についても目を向け「誰もが安心して老いる」ことを目指していくべきだと思う。そして忘れてはならないのが、今を精いっぱい生きることである。
(1回 K.U.)

 この本でも述べられている通り、現代の人々は、年齢とともに何においても衰えると考えている。確かに体力の面に関しては若者より衰えている。しかし、経験の多さに関しては必ずと言っていいほど若者より豊富である。それによって、ある物事を行う時にあたっての方法もより優れているし、判断力も的確なものである。このような現代の人々の間違った考えが時として問題の原因になる可能性があると思う。そういった考えを少しでもなくすには、やはり年齢区分での発達についてもっと知るべきである。それには、生涯発達の心理学について研究している人たちが、今までの研究方法を見直し、新しい方法で行うことによって人間の大切な側面と発達にさらに深く気づく必要があるのではないか。
(1回 M.S.)

 日本がどの国よりも早く、平均寿命が80年の時代に入り、さらに癌、心疾患、脳血管疾患の三大死因が克服されればさらに十年近く寿命が延びると言われていて次々に色んなことが発達していくのだと思いました。長生きするにあたり、自分の能力が失われていくのだと思っていましたが、逆に中高年でも延びる知的能力があることを知りました。それは流動性知能と結晶性知能で、比較的早い時期に頂点に達し、時として、中高年時期に至るまでやや上昇傾向を示すものがあることがわかってきた。生涯にわたる探索で青年期だけでなく中高年期にわたって必要みたいなので色んなことに取り組み、ある分野のエキスパートになりたいです。若ころもへん決心いうちにエキスパートになる人もいますが、中高年になってからエキスパートになる人がほとんどで若い頃の経験などが重要になってくるのですから、何ごともしようとする決心から初まるのだと思いました。生涯にかけて発達をしていくためだと思いました。
(1回 T.N.)

 高齢者というと「ボケ」が始まり体力が衰えていくという想像をし、ここに書いてあるように、高齢者の年齢に近づいていくことを考えるだけでどうしても暗い気持ちになると思います。しかしこの本から、高齢者は若い人に比べて長い人生経験をつんでいる分私たちより有能な部分があるのだということが理解できました。自分がどんな人間で、何をやりたいのか、何をやっている自分がいちばん好きなのかといった「自分らしさ」を認識する、つまり「自己」の確立が生きていく上でとても大切になってくるのだと感じさせられました。いくら「自己」の確立がしっかりしたものでも、高齢になるほどやはり他者による支えが必要になってくる。そういった時に、私達若い人がどう接していくかが重要になり、高齢者が全てにおいて劣っているのではなく、私達よりも有能な部分があることを認識し、それをいかに生かさせ発揮できるようにするのかが重要になってくると思いました。
(1回 Y.M.)

「生物」と「無生物」を区別することは子どもの価値観、基準から年をおうごとに、その基準は縮められていく。6歳頃の子どもは動くものすべて「生物」とみなされる。今思えば、残酷なことだが、その年頃は蟻を潰したりして遊んでいたと思う。「生物」という分類に入れるなら、そうなるのかもしれないが、私はあまり意識していなかった気がする。12歳では植物は生きている「生物」ということになっている。私は幼い頃から花や草がたくさんあった。小学校のときよく友達と道草をして帰った。幼い私は草は悲鳴を上げないし、逃げもしないので植物は「無生物」に入れていた気がする。私は子どもの判断基準は単純でいてなかなか奥が深いと思う。
 少ししたことでも、私は将来に向かっているのだと思った。
(1回 E.F.)

老人や乳児が有能であるなんて、今まであまり考えてもみなかったが、言われてみれば納得することが多々あった。というか、言われてみなければ忘れていたかもしれない。
人は誰でもエキスパートになりうることができる。という言葉が私の心を駆りたたせた。老いるが、それとともに技に磨きがかかり、その道でのエキスパートとまでなるくらい、熱中できるものが私にも見つかればいいなと思った。
老人は死について考えていると思う。そしてそのことが、今を精一杯生きていることにつながると思う。でも、あまり若い人は死について考えてはいないだろう。しかし人とはいつ死ぬものか分からない。今日、ダラダラと生活している人も多くなったと思う。そう思ったら、もう今日が最後の日だと思って精一杯毎日を楽しんで生きていこうと思ってみるのだった。
(1回 K.W.)

 私も年をとるのがダメとかそういうのはないと思います。「年寄りだから」という偏見をなくしてみんな充実した生がおくれればいいと思います。
 話は変わりますが、この本は色々なデータや情報が多くてためになる本だと思います。でも正直に言って情報ばかりでいまいち何がいいたいのか分かりませんでした。その上、データをよんでいるかんじがしてあまり面白くなかったです。
(1回 T.M.)

私達が生涯発達していくにあたって、周りの環境や、文化、接する人々によって変動していくには当たり前にようでも、おもしろいことだと思った。またその影響により、愛情のネットワークに入る人々も変わるということは、私達が生きていく上で、人との関わりや、環境はすごく重要なものだとわかった。
 そして、高齢者の方や、乳幼児への見方も変わった。高齢者の方々の知識や経験は、重要なことだ。体は衰えていても、そちらの方面は成長していくこともあると分かり、人は生涯を通し学んでいくのだと感じた。乳幼児の発達に関しては、知識をすばやく身に付ける有能さに驚いた。乳幼児が実際どこまで、何を理解しているかなんて、私は、まったくしらなかったからである。
 私はこの本を読んで、人間が生涯どのように成長をとげていくのか、少しではあるが、学べたと思う。私がこれから発達していく中で役立っていけるようにしたいと思った。
(1回 K.O.)

本書においては、生涯発達心理学の面から加齢と知的能力との関連を明らかにし、中高年者について社会の偏見を見なおそうとしている点、再認識すると同時に若干の安堵感も生じた。
近頃、テレビや出版物等において高齢者が元気に活躍する姿がしばしば紹介される。最近も、NHKの番組、人間ドキュメント、生涯現役「90歳のエンジニア」という番組で、指導的な役割を果たしている技術者の活躍を紹介していた。ある会社で新製品の開発は若い社員が主になって実施するが、一旦トラブルが発生した場合、この90歳の超ベテランエンジニアが自分のいままでの貴重な経験をフルに発揮し、数々の難問を見事に解決するに至るドキュメント番組であり、収録したビデオを再度見ても当初とはまた異なる感動が伝わってくる。
本書の中で述べられているが、高齢者が有能さを保つために三つのことが必要だとのべている。一つはなんらかのエキスパートであること。第二は健康であること。第三は社会的サポート、つまり家族や友人、経済的状況も含めた環境である。上記の例はこの条件によくめぐまれている。
これらの条件は、宝クジが当たるように偶然に手に入るわけでもなく、若年時からの努力を積み重ねた結果であり、人それぞれの立場からこれらの事を意識するのに早すぎるということはないと思う。
(1回 T.I.)