天理大学 生涯教育専攻 課題図書

金子 郁容 『ボランティア ― もうひとつの情報社会 ―』

岩波新書(赤235) / 1992年 / 247頁 / \780 / ISBN:4004302358



●かねこ・いくよう●
1948年東京生まれ。1971年慶応大学工学部卒業。1975年スタンフォード大学工学博士号取得。ウィスコンシン大学助教授、同大学準教授、一橋大学商学部教授を経て、現在慶応大学教授。専攻は情報・意思決定・ネットワーク。
著書:『ネットワーク組織論』(共著)『<不確実性と情報>入門』(以上、岩波書店)、『ネットワーキングへの招待』(中公新書)、『空飛ぶフランスパン』(筑摩書房)、『ケース・スタディ 企業の社会貢献活動とは』(岩波ブックレット)ほか。


第1章 ボランティアの楽しさ―不思議な関係と意外な展開
第2章 ボランティアのかかわり方
第3章 つながりをつけるネットワーク・プロセス
第4章 本来的で豊かな関係性
第5章 もうひとつの情報社会

学生の感想文(7)

 「情報」という分野から離れるのだが、この本を読んで「ボランティア」について少し考えさせられた。著者は「ボランティアが行動するのはある種の『報酬』を求めているからだ。」と述べていました。確かにその通りだと共感しました。ボランティアを行うことで金銭的な報酬はありませんが、何らかの形でその行動に見合う報酬は受けていると思う。たとえば、人から感謝されたり、高く人間性を評価されるなどである。ボランティアを行う人はそういった報酬を望んでボランティアをしていると思う。企業で援助活動するのもその企業の評価を上げる為だろう。このたび日本がイラクへ自衛隊を派遣するのも各国からの評価を下げないため、日本のメンツの為というのが本当の理由の内の一つだと思う。しかし、どういった理由であれ困っている人や不自由な人を助けるということは素晴らしい事だと思う。真にボランティアを極めている人は、おそらく報酬のことなど考えずに相手の幸せを願って行動していると思う。私も何も考えずにボランティアができる人になれるよう努力したいです。
(1回 H.U.)

 ボランティアという言葉は最近よく耳にする言葉でしたが、この本を読む事によって、また少し違ったニュアンスを感じ取る事ができたように思います。例えば、ボランティアにおいて、「無償」というのが当たり前の事でしたが、実際の所は、その行為によって、どこかで「見返り」が必要とされるということ知って、少し驚きました。また、その見返りが、社会的には「市場価値」があるということ、「市場価値」の低いものは、あまり必要とされないのが今の社会なんだと思いました。
 「大人は、汚い事ばかりする。」とよくいわれますが、時には汚い事も、社会的には、必要な事なんだと思いました。
(1回 Y.T.)

 最近、私も海外ボランティアに興味を少し持ち出していたので、この本を読んで改めてボランティアとはなんなのかを考えさせられました。現在もボランティアをする人は少ない。それは、ボランティアにはあまり目に見える利益がないからではないかと思う。私も親にはボランティアとかではなく、ちゃんと資格などをとりなさいと言われ続けています。確かにお金といった目に見える利益も、ある程度生活していく中で必要だと思いますが、それだけではなくて、人にはわからない自分にとって価値のある利益を得ることも大切なのではないかと、最近感じています。今の世の中ではそういった利益を理解するのは難しいかもしれませんが、個人が一度ボランティアというものを、実際に一度体験してみることもいいことだと思います。きっと何らかの気持ちの変化がみられるのではないだろうか。私も、ボランティアを実際に行うまでは「与えるもの」と考えていましたが、やってみると与えられたものが数多くありました。今後、もし機会があれば海外ボランティアにも参加してみたいです。
(2回 M.S.)

 テレビや新聞記事などで困っている人がたくさんいるというのをよく耳にしたりするがただ聞き流すだけだった。人の少しの勇気と行動がたくさんの人を助け、自分のためにもなるというのを感じて私もこれからは、何か少しでも行動できることがあればしてみようと思う。ボランティアは人を助けてあげるのだと思っていたがボランティアをしている人の方が何かを得ることが多いのだと感じた。   一人が動くと周りが動き大きな力になるということもある。一人の力とは小さいものとばかり思っていたがほんの少しの勇気がたくさんの人を救うことにもなる。ほんの少しの勇気は本当に大切だと思う。   ボランティアとは自分が誰かの役に立ったのかどうかでなく、その経験で何かを得、心に残ることが一番大切なのだと思う。   私は、人は平等でなければならないし、困難な人だけが考えていかなければならない問題なんかはなく、普通に生活している人ほど考えていかなければならない問題のほうが多いと感じた。
(2回 Y.N.)

 『伊東家の食卓』など今流行りの生活情報番組は、積極的に情報を開示している人々によって成り立っていると言えるだろう。この場合見返りを期待せず、人々に役に立てれば、という思いで、自分の生活の知恵を投稿しているはずである。皆無意識にボランティア精神を持っているということになるのだ。普段生活している中でも、新しい発見やおすすめの商品を友達に話すことも、情報の開示であるだろう。人々は無意識に毎日情報を開示しあっているということになる。
 しかしなかには情報を開示しない人々もたくさんいるだろう。情報の内容が重大であればあるほど、社会での地位が高ければ高い人ほど、情報を隠そうとするように思われる。誰もがたくさんの情報を入手しながら生きているのだから、情報は積極的に開示していって欲しいと思う。
 さまざまな経験をするほど入手する情報は増えるので、いろいろなことにチャレンジし、積極的に情報を開示していきたいと思う。
(3回 M.N.)

この著書は人間を社会的存在と位置づけ巨大な経済システムの中のひとつのネジとなっている現代人に多様な価値観を提供するためのソフトとしてボランティアを捉えていると感じた。そしてこれは心の問題に繋がるものを感じる。なぜなら21世紀は心の時代と言われている中で無償の行為を宗教的ではなく、経済的視点から提供するという事を加味した 点である意味ボランティアの可能性が広がったように思えるからである。もちろんこの凄まじいスピードで展開している現代社会にすぐに順応できるかは難しいと思うが、この心を持つ人と仕事一筋で周りが見えない人ではまさに著書にも記しているように「価値観」が変わるだろう。例えば近所付き合いが軽薄な都会において意思疎通をすることにより新たな幸せの価値観が生まれる。その逆もあるだろうが、アプローチすることは損ではないと思う。日常の身近な幸せを無償で見い出せる倫理観が生まれることが目標でありボランティアがその一端を担えればと経験者の私は思う。
(3回 Y.N.)

 人間は、誰でも一人で生活しているわけではないことを分かっていても、普段健康に暮らしていると、あまり気にせず生活している。しかし、困難にぶつかった時、周りのだれかに、いつも支えられて生きていることに気づく。人間は、足りないところを補い合い、助け合うことができる。相手と「つながり」を形成しようと思ったら、自分から行動しないと何も変わらない。
ボランティアでは、何か役に立ちたい、助かってもらいたいと相手に与える気持ちでかかわっていき、行動をするけれど、逆に相手から大きな「モノ」を与えられる。持ちつ持たれつの関係が自然とできあがっているように思える。お金には換えることのできない「モノ」は、無くならず、ずっと心の中に残り、次への行動力となることだろう。大きなことではなくても、自分から歩み寄れば、何か変化する。分かってはいても、その第一歩が難しい。
(3回 R.A.)