天理大学 生涯教育専攻 課題図書
松井 良昭 『近代スポーツの誕生』
講談社現代新書(1512) / 2000年 / 215頁 / \660 / ISBN:4061495127
●まつい・よしあき●
1964年、東大阪市生まれ。奈良教育大学大学院教育学研究科修士課程修了。現在、奈良工業高等専門学校助教授。専攻はスポーツ史。
著書:『規範としての文化』(共著、平凡社)『生活文化のイギリス史』(共著、同文館)『日常と犯罪』(共著、昭和堂)『英国社会の民衆娯楽』(共訳、平凡社)など。
第1章 知られざる英国スポーツ
第2章 闘鶏 − 高貴さと野蛮さ
第3章 拳闘 − 私闘から競技へ
第4章 近代スポーツの誕生とモラル
学生の感想文(3)
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この本を読んで、「近代スポーツ」を生んだとされる英国では昔、今では考えられないような野蛮で残酷なスポーツ・娯楽が行われていたんだなぁとショックを受けた。 闘鶏や闘犬という言葉は聞いたことがあったが、鶏や犬の他に、猫や牛、熊、小鳥なども人間の娯楽のための「賭け」に利用されていたことも知った。 あと驚いたのは「棒試合」である。お互いが棒で殴り合い、試合の決着は選手の流血によって決まり、どちらかが流血するまで試合は続く・・・。 しかし、かつての英国には数え切れないほどのスポーツ・娯楽があり、そこから現代のスポーツが生まれたのも事実。 スポーツもその時代や社会によってかなり内容、目的が変わるもんなんだなぁと感じた。
(3回 S.F.)
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スポーツとはあたりまえのように人間がするものだと思っていた。だが、この本を読んでいままでのスポーツの進化を知って驚いた。自分が考える中では闘鶏や闘犬などはスポーツではなくたんなる賭博と感じていた。でもそれはスポーツだった.。競技スポーツとは努力して戦いに勝って喜びを感じるというかなりさわやかなイメージがあった。だからこの本を読んでもすぐに納得はできなかった。この考え方だと競馬もスポーツだろう。馬に乗っている人はスポーツだろうがみているこっちはスポーツとは思えない。本当に近代スポーツとは誰か特定の人によって発明されたものというよりは近代という中で育まれ、生かされてきたものなんだと深く感じた。懸賞金がかかった試合があるというのにも驚いたがよく考えてみると今もそれはあるという気になった。すこし体型が変わっただけで一緒の事を今もしていると思う。スポーツは楽しむだけでなくプロという形で金が関わっていると感じた。
(3回 S.I.)
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自分もスポーツという言葉は聞くと本でいう近代スポーツを思いうかべる。スポーツとはこんなに広いものであるなんて今まで知らなかった。しかし、自分は競馬や闘鶏をスポーツと見ることは出来ない。今までスポーツと見ていなかったからという点もあるが、野蛮と見なしてしまう。スポーツが近代スポーツになってむしろ良かったと思う。そうでなければ世界は滅びてるかもと思わされた。人の血の気をうばうことによってあらそいをさけることはむしろ、世界平和に必要であり、血の気をむしろ活性化させるようなスポーツは自分には必要ないと思った。治安においても、地域の安定をはかるにも、その競技があることによって生活が変わってしまうのならば、世間が認めるはずもないと思う。
しかし、反面、それがないゆえに犯罪や何かのギャップを求めて、罪となる行為をする人もいるだろうと思う。やはりある程度の範囲では必要ないかとも思った。
(3回 H.K.)
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