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#1972/2000 ちょっと一息、気楽な話題で楽しんで
★タイトル (iti@msi.) 06/12/ 8(Fri.) 20:52 ( 53)
馬鹿にする人々 一久
★内容
馬鹿にする人々
政治をかたる人々は、なぜだか他人を馬鹿にしていることが
多いようである。そのような態度をとる理由はふたつばかりあ
るように思える。
ひとつは、自分の意見を発表する場所が限られ、自分の
”正論”が世に流布されないことに対する怒りである。世の中
の馬鹿政治家や馬鹿マスコミは何もわかっていない、という憤り
である。
2チャンネルの論客から、街の酒場の酔っぱらいまで、皆同じ
思いでいるのであろう。
しかし、テレビに招待され、毎日のように御高説を説教して回
っている人々であっても、同様の態度をとっている人は少なくな
い。かれらはなぜにあんなにも傲慢なのであろうか。
ここにもうひとつの理由がある。
それは、どの意見が正しいかを審判する機関・機構が存在しない
から、という理由である。
他人を馬鹿にできるのは、自分のほうが正しいと思っているから
であるが、「いや、そうじゃない。あんたの負けだ」と審判を下す
システムがあれば、誰もが謙虚にならざるを得ないはずだ。
テレビで評論家や政治家やアナウンサーやコメディアンが討論す
る番組が少なからずあるが、あのスタジオに百人ほど人を呼んで、
誰かが発言するたびに「今の発言についてどう思うか、○か△か
×か?」と問うてみるがいい。
イエローカードやレッドカードも持たせて、態度の悪い論者は
退場させられることもある、というルールを作るのもいい。さっ
きまで偉そうにしていた出演者が、ボディービルダーに抱えられ
て強制退場させられる様は、笑える構図だろう。
客席だけではなく、ネットを通じてもっと多くの人々に判定さ
せるのもよい。
結局のところ、政治論を吐く人間のフラストレーションの元は、
彼らの言説を評価し、審判を下す多数の審判者がいないというこ
とにある。
政治討論というものは、そのような審判団の目前で行われる真
剣勝負でなければならないのだ。そのことは、彼ら自身、よくわ
かっているはずではあるが、それを望むことはない。
敗者になるのが怖いからだ。
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