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#2050/2100 ちょっと一息、気楽な話題で楽しんで
★タイトル (********) 07/ 8/15(Wed.) 22:39 ( 32)
武田騎馬軍団 一久
★内容
【おもいつき一久説】
武田騎馬軍団なるものは、無かった、というのが最近は有力な説だそうな。
しかし、私はこれに異論を唱えたい。でないと、面白くないではないか。
【源平武者の生き残り】
私が思うに、武田騎馬軍団とは、西洋の騎兵隊のような槍を持って突進する
ものではなく、源平合戦のころのように弓矢を背負った鎧武者達であったの
だろう。
都近辺では応仁の乱以降、足軽を初めとする歩兵が流行ったが、甲斐の田舎
には源平以来の職人芸がいまだ残っていたのだ、と思う。
むろん「軍団」というからには、源平のころとは違って、集団戦法になって
いたであろうけれども、現代に残る流鏑馬風の高等技術を持った武士の集まり
であり、そこがシロウトでも可能な歩兵や、成り上がり騎馬武者とは違うとこ
ろだ。
【武田騎馬軍団かく闘う】
弓を持った騎馬軍団が、接近しては弓を放ち、不利とみればサッと下がる。
相手にスキが生じれば突撃して弓を近距離から発射して敵陣を壊滅させる。
動き回る騎馬武者を、弓で射止めることは難しい。馬上から歩兵を射るのも
難しいが、こちらは熟練の職人技である。ましてや、馬の進退は騎馬武者の
側が決めるのだから、こちらのほうが有利なことは間違いがない。
武田騎馬軍団とは、集団流鏑馬部隊だったのだ。
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