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#2318/2400 本会議場 市民の討論広場 メイン会場
★タイトル (********) 08/ 8/15(Fri.) 19:48 ( 34)
#2315 補足 S1
★内容
盆になると親戚・知人と会う機会も増える。
ある人の家では、おばあさんが軽い認知症になり、特老に入れた
とのこと。月々の支払はかなりの額らしいが、亡くなったご主人
と彼女自身の年金があるのでどうにかこうにかやりくりできてい
る、というのが息子さんの話だった。
こういう話をきくと、年金制度というのはいろいろ問題はあるに
せよ、よくできた制度なのだと思わされる。だからこそ、程度の
差はあれ、大多数の先進国で採用しているのだろう。
私も一久さんとの討論で「死ぬまで働く社会」と便宜上言ってき
たが、厳密にいえば死ぬ前に働けなくなってしまう人がほとんど
だろう。そういう人たちをどう考えていくか。現在の60才定年
制、65才年金支給にも問題はあるが、単純に年寄りを働かせれ
ばすむことではない。「働かざる者食うべからず」は正論だが、
これをつきつめると働けなくなった老人には生きる資格はないと
いうことになる。
「そうなったときのために貯金をしていく」「貯金をつくるのは
自己責任」そういう考えもあるだろう。自由競争を前提にすれば
自然な考えではあるが、それを厳格に進めるとなれば、かなり生
きにくい、人情味のない、厳しい社会になるのではないか。
私とて年金制度ですべてが解決できるとは思っていない。定年で
慣れ親しんだ仕事を奪われ、生きがいをなくしたお年寄りもいる
だろう。一方で家のローンや借金を返すために老体にムチうって
掃除夫等のあきれるほど安い仕事について働いている老人もいる。
定年後は思う存分趣味に生きたいという人もいる。奉仕活動に生
きがいを見出す人もいる。中には、「仕事は苦痛だった。生きる
ために仕方なくやっていた。」という人(これは私か。正しくは
やっている、だが。)もいるかもしれない。
生き方の自由度を保ち、なおかつ一部の人に大きな不利益をもた
らさないようにするにはどうしたらよいか。大胆に制度を変える
というならなおのこと、その点が大きな課題になってくると思う。
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