Prologue: Nightfall

プロローグ: ナイトフォール


 西暦2056年、新日本帝国。冬の東京スプロールはクロームとネオンに彩られ、混沌の第六世界に不夜城の如く輝いていた。これから語られるのは、そんな大都会の影に潜むあるシャドウランナー達の物語である。

While The Earth Sleeps

 渋谷のバー〈クリスタル・ヴィジョン〉を根城にランを始めたチームがあった。ナイトクラブ〈シェイQダウン〉のギグの合間にランをこなすロッカー、ヴィッキー。元ギャングのストリート・サムライ、桐原(きりはら)。桐原の相棒だったバーンドアウト・メイジの神薙(かんなぎ)。レンラク社から仕事を持ってきた中(あたる)。風の神スサノオを信ずるエルフのストリート・シャーマン、十六夜(いざよい)の5人である。

 レンラク社の代理人(ミスター・ジョンソン)、ミスター・ヤマダやフチ社の企業秘書、出羽弥生(でわ・やよい)らに依頼された数々のランをこなしていくうち、一行は世界のビッグ・エイトの一つ、アズテクノロジー社の日本支社内部で何年か前から行われていたという二つの極秘計画――至 天 計 画(プロジェクト・アセンション)とテスカトリポカ計画の名を知る。

Renraku Computer Systems
Aztechnology

 その時、桐原と神薙の顔色が変わった。今から五年前――二人がまだガーディアン・ギャング“ 赤 き 蠍 ”(レッド・スコーピオン)を率いていた頃。
 仲間が拾ってきた企業のものらしいケースの中のデータにも、至天計画の名が記されていた。ケースに刻まれた不気味な翼ある蛇――ケツァルコアトルの紋様。あれから数日後、急襲してきたアズテクノロジーの工作部隊によりケースは奪い返され、仲間たちはいとも簡単に全滅させられたのだ‥‥。

While The Earth Sleeps

 一行は調査を開始した。テスカトリポカはアステカの神々の一柱、運命と告白、春と復活と学問の神。アズテクが数年前まで激しく動いていたという話もあった。もう至天計画の噂は絶え、最初から偽装工作だったのではという話も。
 上野で囁かれる、魔法の素質のあるメタヒューマンの子供が三、四年前に連続して失踪したという話。その頃、人間至上主義を唱えるヒューマニス・ポリクラブが、どこかの企業に雇われたという噂もあった‥‥。

Aztlan

 あるランの途中で、一行は上野に住む力ある年老いたシャーマン、“銀の癒し手”と出会う。ユニコーンのトーテムを奉ずる彼女は人体を汚すサイバー化を好まなかったが、クリッター退治の依頼を完遂した一行には協力してくれた。
 そして一行は、老婆になついている近隣のストリート・キッドと友人になった。孤児だったオークの少年、(ゆう)と、妹分らしい魔法の素質を持つエルフの可憐な少女、(はるか)である。音楽の好きな悠たちにはすぐ慕われるようになった。どうやらストリートの孤児らしい遥は、二年前の嵐の夜、悠に拾われる以前の記憶が全く戻らないままだった。だが、トリデオ(3Dテレヴィジョン)でアズテクノロジーのマークを見た時、彼女は突然、激しく鳴きじゃくったという‥‥。

 そして、銃弾と裏切りで熱く燃える東京スプロールでも、次々と奇怪な事件が起こった。フチ社の一部門、フチ・インターナル・セキュリティのチームが不意打ちを受けて全滅。アレス・マクロテクノロジー社の一部門、アレス・アームズの工作員が殺されたという噂。池袋のヤクザ、姉川組の構成員たちが何者かに斬殺されたともいう。この東京スプロールに、よほど腕の立つ殺し屋が現れたのだろうか?
 そして一行の前にも、謎の存在が現れた。レンラクの社員暗殺の現場で、そして、アズテクに任務の失敗を伝えに来た別のランナーチームを全員斬り殺したその現場で。

Cybertechnology

“陽炎”(かげろう)――それが彼の昔の通り名だった。桐原と神薙が池袋のストリートをさ迷うクズ達の一匹だった頃、やはりストリートの吹き溜まりの中にいた一人。最近は彼の噂を聞いていなかったが‥‥?
だが、陽炎は変わっていた。手にはアレス製の単 分 子 剣(モノフィラメント・ソード)。サムライよりもなお速い反射神経。東京の夜を疾走する殺し屋の正体は彼なのだろうか? 彼はアズテクの手先になってしまったのだろうか?
 しかし、彼は「また会おう」と二人に告げ、影の中に消えた。さらに、アズトランのアズテクノロジー本社から来たという男――ジョゼ・フェルナンデスの名が浮かび上がる‥‥。

 そして、危険なランを続ける一行の前には幾度となく強力な敵が現れた。新型のバイオウェアを埋め込んだヤマテツの工作員。砕け散ったストリートで果てなき闘争を続けるギャング達。ミツハマに雇われ、桐原と一騎打ちを演じた傭兵のフィジカル・アデプト、“大佐”。
 ヤマテツの手の者らしい謎のニンジャ部隊。コカトリスやクリッターといった覚醒世界のクリッター。廃墟と化した『 全 地 球 教 会 』(チャーチ・オブ・ホウル・アース)の礼拝堂に潜んでいた謎の吸血鬼。新型サイバーウェアと強力な火器で武装し、カーチェイスを挑んできた三人組のシャドウランナー。

Threats 2

 だが、一行は今まで生き残ってきた。桐原の友人でもあるUCASから来た腕利きのエルフ・デッカー、メタリック・マウザー。ヴィッキーを応援してくれる〈シェイQダウン〉のファンやDJ。情報を提供してくれるコンタクト達。そして、何より、自分を自分たらしめている魂を武器に。

While The Earth Sleeps

 そして、“銀の癒し手”の協力で、一行はアズテクノロジーの元研究員だった小川誠一郎(おがわ・せいいちろう)博士と接触することに成功する。『至天計画』に携わっていた彼の話で、桐原と神薙は敵の正体を知った。
 2051年、アズテク研究所にランを仕掛けられた時に機密が漏れ、保安部隊が活動して情報を知った人間の口を封じて回ったのだ。二人の率いていたギャングも、その犠牲となったのだった。
 計画と保安部隊を指揮していたのは久夜谷(くやたに)特務部長という名のエグゼクティヴ。計画は結局失敗して終わったが、次の極秘プロジェクト『テスカトリポカ計画』にデータは有効活用されたという。小川博士は、自分が計画に手を染めたことを激しく悔やんでいた‥‥。

  だが、博士はそれ以上の秘密を話すことはなかった。
〈ミレニアム・ビル〉の最上階にある博士の部屋の窓の外に、突如不吉な影が浮かび上がる。完璧なステルス性を備えたアズテクノロジー社のアガイラーEX攻撃ヘリコプター。M107ジェネラル・パーパス・ヘビーマシンガンの直撃を受けた博士は「これが奴らのやり方だ。気をつけろ‥‥」の言葉を最後に息絶える。すんでの所で身を伏せて一命を取り留めた一行は、ヘリの消えていった東京都心部の夜景を空しく見遣るだけだった‥‥。
 闇深き第六世界、謎は未だ解けない。謎多き巨大企業、アズテクノロジーの日本支社の二つの極秘計画とは? エルフの少女の失われた記憶にはいかなる秘密が? 東京の影で囁かれる凄腕の殺し屋の正体は?

Aztechnology
While The Earth Sleeps

 そして時は過ぎ、12月23日。超高層ビルの乱立する大都会には極彩色のネオンがきらめき、番号で管理された俸給奴隷たちは迫ったクリスマスに浮かれている。
 変わり過ぎた第六世界、混乱の2056年ももうすぐ終わろうとしている。だが、摩天楼の影に潜むランナー達の今年は、まだ終わってはいない。

 そして今日もまた、東京スプロールに夜が訪れようとしている‥‥。

 
 

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