電子工作のコーナー


HP社の計測器修理に便利なシグナチャ・アナライザの製作 Jun.02.2003

故障したHP(ヒューレット・パッカード 現アジレント・レクノロジー)社のファンクション・ジェネレータ モデル3325Aをジャンクとして入手しました。
通電してみましたが、確かに故障しています。写真に示すように表示も異常でスイッチを押してもまったく反応がありません。

故障しているHP3325Aファンクション・ジェネレータ

シャーシの蓋をあけて、まずは電源チェックからです。プリント基板に表示されている電圧表示に対して正常範囲の電圧が出ていました。あとプロセッサらしきデバイスにクロックらしきものが入力されているか発信回路を探してオシロで調べてみます。一応、矩形波が出ています。電源とクロックはOK。ここから先は、サービスマニュアルが無いとお手上げです。最近では、インターネットで検索するとマニュアルをデータベースからダウンロードできるサイトも見受けられます。早速、型式"3325A"と"Manual"を入力して検索してみました。いくつか探し回ったのですが、残念ながら見つけることはできませんでした。しかたないので、米国のマニュアル販売サイトへ注文することにしました。注文して2週間ほどで届きました。コピー版ですがきちんと綴じられており、しっかりしたものでした。最近はマニュアルのコピーを販売しているサイトを見かけますが、なかにはいいかげんなものもあるようです。多少高くても、きちんとしたところに依頼した方がいいようです。

W7FGから購入した3325Aのサービスマニュアル

(私がよく利用しているマニュアル販売サイトで非常に対応もよく、きちんとした商品が送られてきたサイトを紹介させて頂きます。Manual Plus, W7FG
早速、メンテナンスのページを調べてみます。ざくっと見たところ通常のトラブルシューティングの方法が見当たりません。トラブルシューティングのフローチャートには、なにやら4桁の符号がいっぱい書いてあります。「いったいこれは何の符号だろう?」と思いながら、マニュアルをじっくり読み直してみることにしました。
じっくり読んで「ガビーン!?」です。シグナチャ・アナライザ(Signature Analyzer)なる測定器を、指示された端子にあてて、その計測値で診断せよ、とのことです。手元にはシグナチャ・アナライザなるものなどありません。この道具がなかったらこのファンクション・ジェネレータは修理できないじゃないか、と半ばあきらめ気味になりました。でも、ジャンクといえども大金を支払ったので、簡単には諦めることはできません。入手したマニュアルには回路図が付いていましたので、その次の手段として、回路図に基づいたトラブル・シューティングを試みました。しかし、マイクロプロセッサ制御の基板をチェックするにはハード情報(回路図だけ)だけでは無理があります。動作フローでもあれば、信号を追いかけることもできますが、初めて手にした3325Aがどういう動作をするのか知りませんし、正常信号がどんなものなのかもわかりません。結局、なにも手を出せませんでした。もう、ここまでくるとほとんど諦め気味です。しばらく、3325Aの修理はおあずけ状態でした。

その後もこのシグナチャ・アナライザなるものが、中古の測定器販売サイトやオークションに出てこないかワッチしていましたが、残念ながら、扱うところや出品はありませんでした。仕方なく、"Signature Analyzer"なるキーワードを入力して、いつもの検索サイトで検索してみました。そうすると、HP社の機種説明を示すサイトとサイトの間に、シグナチャ・アナライザを駆使した診断方法についての技術資料(Robert A. Frohwerk著 Signature Analysis: A New Digital Field Service Method,
Anthony Y.Chan著 Easy-to-Use Signature Analyzer Accuratery Troubleshoots Complex Logic Circuit,Hans
J.Nadig著 Signature Analysis-Concepts Example and Guidelines HEWLETT-PACKARD JOURNAL May.1977)を見つけました。PDFファイルでしたので早速ダウンロードして、その文献をじっくり読みました。
「ヤッタ!?」です。仕事柄、半導体、特にプロセッサなどのテスティングにBIST(Built In Self Testing)なるものがあることは聞きかじって知っていましたので、この技術資料を読んで即理解できました。HP社が採用したシグナチャ・アナライザによる機器の診断方法ならびに不良個所の特定方法は、現在、半導体デバイスのテスティングで一般的になっているBISTの草分けのようなものでした。
ということで、3325Aの修理に関して暗闇の向こうから、光が差し込んできたようなものでした。早速、初期のビルト・イン・テスト手法について調べてみました。昔のインターフェース誌(CQ出版)などいろいろめくってみると、その計測原理がわかりました。
原理をここで説明すると長くなってしまいますので、簡単に述べることにします。
つまり、あらかじめプログラムされた診断ルーティンをMPUが実行すると、各信号端子にはそれぞれ、なんらかの信号が出力されます。その信号の時間的圧縮(擬似的なランダムシーケンス信号をCRC処理 Cyclic Redundancy Check)したものについて、正常(故障していない状態)時のシグナチャを記録しておきます。故障した機器を診断フローにしたがって、順番にこのシグナチャをトレースして行き、正常時と不一致したところが不良個所と同定する方法です。
その昔、ラジオの修理にシグナル・インジェクタとシグナル・トレーサというのがありましたが、まさにこの手法です。シグナチャ・アナライザとはデジタル信号のシグナル・トレーサーです。シグナル・インジェクタ側は、診断プログラムを実行するMPUにあたる訳です。
ということで、このシグナチャ・アナライザなるもの自作してしまうことにしました。自作するにしても、全く何もないところからはスタートできません。
幸いなことに、HP社のシグナチャ・アナライザ5004Aや他社のシグナチャ・アナライザのマニュアルを掲載したサイトを見つけることができ、入手することができました。
それらの資料と上述のHPジャーナルを参考にして、簡易のシグナチャ・アナライザの回路を描いてみました。
HP社のシグナチャ・アナライザは、16進表示です。一般には16進表示は、0〜9、A、B、C、D、E、Fで表されますが、このシグナチャの表示には、0〜9、A、C、F、H、P、Uとなっています。特にA以上は、あまり親しみのない表現です。7セグメントのLEDの表示で、0や8、Dなどと区別するように決めらたようです。今回製作するシグナチャ・アナライザは、表字を7セグメントとせず、2進で表示しています。使いながら頭の中で、2進←→16進(シグナチャ表記)します。PLDなどを使えば7セグメントのLEDでこのような変換をすることもできますが、面倒なので省略しました(というより成功するかどうかも解りませんでしたのでまずは手っ取り早く作れる方法にしました
2進←→16進(シグナチャ表記)変換表は以下のとおりです。
2進        16進(シグナチャ表記)
0000       0
途中省略
1001       9
1010       A
1011       C
1100       F
1101       H
1110       P
1111       U
信号の入力としては、CLOCK、START、STOP、DATAの4信号とGNDだけです。
CLOCK、START,STOPは、入力信号の極性(立上がりのエッジ検出、立下りのエッジ検出)をそれぞれ独立に設定できるようにJ1、J2、J3を設けてあります。
J1のジャンパをショートしたときは、CLOCK信号は負(立下り)のエッジを検出、オープンのときは、正(立上り)のエッジを検出します。
J2,およびJ3は、シグナチャ・アナライザの信号取込みの"開始"と"終了"を指示する信号で、ジャンパをショートしたときは、正(立上り)のエッジを検出、オープンのときは、負(立下り)のエッジを検出します。
DATA端子には、極性切り替えはありません。
J4のジャンパは、START、STOPを一緒にしてしまうためのジャンパです。
RESETスイッチは、計数をリセットして再計測するためのものです。
DATA端子に入力された信号のHIGH,LOWを示すLEDもつけました。
赤のLEDが点灯のときはHIGH、緑のLEDが点灯のときはLOWを示します。
極めて簡単な回路ですので半日で製作できました。部品は手持ちのLSタイプのTTLで組みました。

完成した簡易シグナチャ・アナライザ

これから、3325Aの診断です。まず、マニュアルにしたがって3325Aの基板上のジャンパピンを診断モードに設定します。詳細はマニュアルに記載されているのでここでは触れません。次に製作したシグナチャ・アナライザの入力端子の極性を設定します。
マニュアルによると、CLOCKは正のエッジ検出、START/STOPは負のエッジ検出を測定するように指示されておりますので、J1〜J3のジャンパはオープンの状態です。また、START/STOPを1本で済ませるようにJ4のジャンプをショートします。あとは、マニュアルで指示された信号ピンまたは端子にそれぞれの入力端子を接続
します。そして、RESETを押します。


製作したシグナチャ・アナライザで故障した3325Aの診断をしているところ

シグナチャが表示されているところ(55AH)


すると、その信号のシグナチャが、16個のLEDに表示されます。先ほどの2進←→16進(シグナチャ表記)変換表を見ながら各端子のシグナチャとマニュアルの正常値と照らし合わせて不一致個所までトレースしていきます。
マニュアルに記載された値と違うシグナチャが表示されたら、1ステップ前のところと不一致したところまでが不良領域です。IC1個、1個のすべてのピン(信号ピンだけでなくVccやGNDもすべて)のシグナチャもマニュアルに記載されていますので、不良のICを特定することができます。私が入手した不良の3325Aも簡単に不良のICを特定することができました。今回の場合、SRAMとBUSドライバの両方のICのシグナチャが不一致となったので両方とも交換しました。外してみて単体で調べたところSRAMの方が実際に不良でBUSドライバは壊れていませんでした。
回路図を見る限り、SRAMの出力とBUSドライバは直結されており更に不良個所の追い込みは無理なようです。結果として、めでたく修理完了となりました。ついでにアナログ部の調整もおこない、完全な状態に復帰できました。

修理が完了した3325A

修理するための道具を製作するまでに時間を要してしまいましたが、できてしまえば、マニュアルの診断フローにしたがって不良個所の同定まで、半日くらいでできました。
最近のアジレント・テクノロジー社(旧HP)の計測器はこの診断方法をサポートしているかわかりませんが、1970年代後半から1990年台にかけてのMPU制御の計測機器は、このシグナチャ・アナライザによる診断方法をとっている機種がいくつかあるようです。そのような機種を修理される場合の参考になれば幸いです。

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