名古屋市立南養護学校体罰国家賠償請求事件



1 事案の概要

 昭和63年9月、当時名古屋市立南養護学校高等部2年生だった上村創さん(知的障害をかかえる男子生徒)は、教師から体罰を受けた。平成元年7月、損害賠償を求めて提訴。平成5年6月21日、名古屋地方裁判所は体罰の存在を認め、名古屋市に30万円余の賠償を命ずる判決。名古屋市が控訴し、平成7年11月27日、名古屋高等裁判所(民事3部、渡辺剛男裁判長)は、一審判決破棄、請求棄却の判決。争点は、上村さんの「ぎゅーっとやられた。目が痛かった」との供述の信用性。控訴審判決は、「供述には信用性がない」と判断。上村さんは上告中。

2 論点と上告人の主張  論点は、上村さんの供述の信用性判断の基準、手法。

 原判決は、健常者の供述と同じ信用性判断基準を持込み、「断片的で、骨格だけ」、「質問の角度を変えると答えられない」、「理解しがたい供述」等と述べ、医師や心理学者による意見書については、「本件とは関係ない」として一蹴。

 上告人は、こうした供述信用性判断は、経験則違反と主張している。つまり、供述は、「記憶・その保持・表現」という3段階から成り立つが、特に表現能力に障害がある場合、その供述内容は、その障害の特性に応じて判断されなければならないと主張している。そうした判断基準を考慮しないことは、障害者の裁判を受ける権利(憲法32条)を侵害し、平等原則(憲法14条)に反するものである。そして、高裁判決のような判断基準を立てることは、国際自由権規約14条1項(裁判を受ける権利)、26条(平等原則)にも違反し、さらに、子どもの権利条約23条3項(障害を有する児童が社会への統合と個人の発達を達成できる方法で様々な手段、機会を享受することができる権利)にも反する。その他、「精神薄弱者の権利宣言」(国連総会決議2856(第26会期)1971年)、「障害者の権利宣言」(国連総会決議3447(第30会期)1975年)にも違反していると主張。

3 この訴訟の意義と今後の活動

 学校での体罰は一向に減らない。特に養護学校では、「口で言ってわからない子は体で覚えさせる」という風潮があり、通常の学校以上に体罰が日常的に行われている実態がある。しかし、子ども本人が訴えることが困難であること、親も「手のかかる子をあずかってもらっている」「学校とことを荒立てると卒業後の面倒もみてくれない」(卒業後の社会参加の途が狭いため、学校の口聞きで作業所を紹介してもらうというケースが多い)ということから訴えにくいことから表面化することはまれであった。

 しかし、今回の事件を契機に、養護学校での体罰が次第に表面化し、マスコミなども注目するようになってきた。全国的にも、いくつかの訴訟が提起され、または弁護団が結成されて調査・交渉にあたっている。全国障害児・者弁護団も結成された。

 その中での初めての障害者の供述信用性判断における高裁判決である。われわれが調査した範囲で、民事事件において知的障害を抱える者の供述信用性が判断されたケースは全国的にもまだない(強制わいせつ被告事件などで、被害者たる年少者の供述信用性が問題となったケースはかなり存在する)。本件のような供述信用性判断基準がまかり通れば、健常者である目撃者が存在しない限り−すなわち、同僚の教師が目撃しかつそのことを証言しない限り−知的障害者に対する体罰についての司法的救済の途は閉ざされてしまうことになる。

 こうしたことから、本件の持つ意義は大変大きい。上告審に至って、荻原剛、多田元、児玉雄二弁護士の弁護団参加を得て、最高裁での活動を進めている。

 9月12日には調査官面会、第2回目の署名提出・陳情を行った。

 不当な高裁判決を取り消させるために努力を続けたい。


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