「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」という長ったらしい名前の法律(以下、略して給特法という)には、教員に対しては原則として時間外勤務を命じないと書いてある。例外として職員会議や遠足・修学旅行等の学校行事や非常災害(非行問題も含まれる)等の限られた仕事について臨時または緊急にやむを得ない場合に限って時間外勤務命令が許されることになっているのだ。
でも、現状の学校は少なくとも愛知県に住む私たちの目に触れる限り、時間外勤務が日常化しているように見える。学校に夜遅くまで電気が点いているのは珍しくないし、先生方は何やらやたらに事務仕事があるようで、いつも忙しそうだ。僕たちの子どもの頃は放課時間には教室や校庭で子どもと付き合ってくれる先生も珍しくなかったが、今は授業が終わるとそそくさと職員室に引き上げてしまう先生がほとんどだ。先生が子どもと向き合うのに多くの時間を割いて忙しいのなら大変ありがたいことだけど、忙しいために子どもに背を向けているとしたら、本末転倒と思ってしまう。
時間外勤務原則禁止というありがたい法律があるのに、一体どうなってんの。
大府北中学校の深谷巌先生が弁護士のもとを訪れたのは1989年の春。深谷先生はこの年3月まで、3年生の学年主任をしていて進学指導の責任者の地位にあった。ちょうどこの年、愛知県では複合選抜制度というやたらにややこしい受験制度が導入された初年度で、深谷先生は年が明けて以来、まともな時間に勤務が終わったことがなく、間違いがないように受験事務を進めるのに神経を使い、心身とも疲れ切ってしまったという。しかも、当時、大府北中学校は文部省の道徳教育研究校に指定されていた。翌年度に予定された研究発表に向けて、道徳教育研究が校長の方針によって学校の最優先課題とされていたため、3年生の担当でなくてもやたら忙しい状態にあったという。その上に進学事務が重なって、とにかくひどく忙しかったという。
聞いてみると、授業の終了後に勤務時間外まで会議が持たれている日がほとんどで、ひどい日には授業後に延々と4つも会議が続いたりしているし、受験準備のために3年生の先生が午前1時30分まで居残って作業をしていたりで、なるほど普通ではない。深谷先生が学校に居残っていたはっきりした残業時間は勤務日数が少ない1月、2月なのに、月間60時間近くに及んでおり、授業準備や一人でできる事務作業等は自宅で行なっていたというから、もしこのときに深谷先生が亡くなったりしていれば、過労死が問題になる事態だ(深谷先生はこのとき54歳)。
実は弁護士も、残念ながら教員の時間外勤務が原則的に禁止されているとはこのときまで知らなかった。聞いてみると、残業手当は出ないと言うので、それはおかしいということで、法律を調べることから始まった。冒頭に書いた給特法はこうして「再発見?」されたのだ(情けないと思うかもしれないけれど、弁護士もそんなにたくさんの法律は知らない。頭に入っているのはごく基本となる法律のしかも、しばしば問題になる部分だけで、後は調べてわかるのが普通だ)。
給特法は、4%の教職調整給を支給して教員には時間外勤務手当を支給しないとする一方で、冒頭で述べたように時間外勤務命令を原則的に禁止している。こうした扱いをするのは、先生の仕事が、子どもたちの成長に関わる大変に創造的な仕事で、子どもたちとの全人格的な接触を通じて実現されるものだから、形式的に時間の長短で割り切ることができないからと説明されている。法律が制定されるときには日教組を中心とする反対が強かったけれど、この法律が言わんとするところはわからなくはない。時間外勤務を制限して、先生方に十分なゆとりをもって子どもに接してもらい、また自由で創造的に教員としての研鑽を積んでもらいたいと思うのは親の立場からみても、好ましいことではある。ところが、深谷先生が置かれた実態はこれとかけ離れたものだったのだ。
こうして深谷先生は1990年に愛知県と大府市を相手取って裁判を起こした。法律で時間外勤務が制限されているのに、著しく長時間にわたる時間外勤務を強いたのは違法で、その結果、教員として十分な教育活動をすることを妨げられたとして、教育権侵害を理由に精神的苦痛に対する国家賠償を求める裁判を提起したのだ。
裁判はこれまで、同僚の先生の尋問、原告本人の尋問(5回)を終え、上司である校長の尋問(8回)が終わったところだ。
結構長くかかってしまったのは、約50日間に及ぶ膨大な時間外勤務の内容を逐一明らかにすることが大変だったことと、時間外勤務の存在について被告側がまじめに答弁しないために、その扱いを巡って紛糾したり、受験事務作業というのが、専門的で複雑過ぎて、きちんと理解するにはどうしても時間が必要だったためだ。
証拠調べの中で、受験事務が厳しい日程の中でぎりぎりのやりくりをして何とかこなされていた実態や、道徳教育研究に追われて全教員がやたらに忙しかった実態が明らかになったと原告側は評価している。とくに道徳教育研究のすさまじさは弁護士なんかが想像していた以上のもので、証言で実態が浮き彫りになったら、県教委も、たまらず研究指定による研究の簡素化を通達したほどだ(97年1月にはついに文部省も研究指定校の削減に乗り出した・朝日新聞1月6日)。
先生方が忙しい中で、ひどいいじめが見過ごされていたり、非行件数が激増したり、という実態も浮かび上がった。先生方は忙しすぎて、子どもの方を向くのでなくて、机に向かってばかりいたのが実態なんだ。
1995年の初めには文部大臣がいじめ問題を改善するために教師に対して「何よりもできる限り多く子どもたちと接してほしい」とするアピールを出したりしているが、先生方にあまりにも多くの仕事を押し付けていては、そうしたくてもできないのが実態みたいだ。
深谷先生の事件は身近なようでよくわからない先生方の世界を舞台にしていて大変おもしろいし、忙しすぎる学校現場を改善していくための裁判でもある。法廷ウォッチングは大歓迎なので、是非ウォッチしに来てほしい。 (1997年3月10日 記)