そして早くも師走。今月に入って私の関心事はもっぱらドリアード音楽院マスターコースであった。というよりか1年を振り返ってみて最も重要な行事がこれだった。何せ全国から集まる優秀な参加者を毎日8人づつ4日間レッスンするわけだから半端なでは無い。それぞれが最大5、6曲のプログラムを用意してくるので準備が超大変。前回のドリアードは2年前に開催された。当時は私はまだ今のポストにいなかったので時間も今に比べて遙かに取れた。今回は時間のやりくちがきつかった。結局前の週までびっしり仕事が入っていて殆ど準備に取りかかれなかった。結局ドリアード開始の4日前から一切のレッスンをお休みにして準備に没頭した。新しい曲にこれだけ集中して取り組めるのはある意味では大変に有り難い。そして前回のドリアードがあまりに素晴らしい機会だと思ったので今回は私の門下生達にも積極的に紹介した。結果何と10名以上の生徒が参加してくれた。この参加料でこの内容はあり得ない。主催者がオーストリア政府は文科省に働きかけて協力を頂いている努力が実を結んでいるのだ。さてドリアードの初日は1年以上前からオファーが入っていたカワイピアノコンクールの豊橋予選の審査委員長を引き受けていたので私は欠席。コンクールが終了してその脚で一路静岡県掛川にあるヤマハの大リゾート施設「つま恋」に向かった。着くと前回同様にそこは美しいイルミネーションに彩られた別世界が広がっていた。しかし私に景色を楽しむ余裕は無かった。頭の中はドリアードが終わるまで今年は終わらない!であった。レッスンはしかし楽しかった。何故なら参加者が本当に優秀でよく準備されていたからだ。確かにこの年で毎日8時間レッスンして夜も先生方と歓談して遅くに部屋に戻る生活を続けるのはしんどいものがあったが、ある種の達成感も味わえた。1番嬉しかった事は終了コンクールで私の門下生のほぼ全員が入賞して賞金まで頂けたことだ。そしてドリアードが終了して門下生の感想を聞くとどの子も、楽しかった!勉強になった!又参加したい!との返事が返ってきたことだ。この会に生徒と一緒に参加してレッスンやコンサートや食事を始め毎日を一緒に過ごせてすごく充実した4日感だった。終了コンサートが終わった後は参加者や先生方が自由に歓談できるレセプションが開催され先生方はサイン責め、撮影責めにあった。でもとても楽しいひとときだった。ご一緒した川上昌裕先生、松山元先生、ステファン・メラー先生、クリスチャン・カチェフスキー先生らともレッスン集合後の晩餐でたいへん親しくお話が出来て、特に川上先生からからカプーチスキンの興味深いお話に深い感銘を受けた。余談だがヤマハつま恋の毎回のバイキングは超美味しくて。デザートだけでも何十種類もあって参加者達は大喜び。メラー先生も絶賛しておられた。こうして地獄のドリアードも何とか無事に終えて12月30日深夜に豊橋に帰宅した。大晦日は流石に疲れて起きられなかったが元旦からびっしりレッスン開始した。2014年12月31日



今日はカワイピアノコンクール豊橋大会だった。課題曲がとても良い!また審査が終了してから入賞者は審査委員長(私)から一人一人直接講評を聞けるのが良いと思った。勿論その分私は疲れるが。でもこのコンクールも今年から全国規模のオープンなコンクールになったそうで今後の発展が楽しみである。2014年12月26日



金城学院教授で指揮者の小松長生氏の振る棒でベートーベンの第9を聞きに行った。オケはセントラル愛知交響楽団。愛知県芸術センター大ホールが満席となり実に白熱した第9を楽しむことが出来た。やはり年末はこれだね!終演後は大学の先生方達と忘年会
・終電ぎりぎりまで飲んで食って大騒ぎ。結局終電は星ヶ丘止まり。タクシー代きつかった涙 2014年12月11日



金城学院大学で世界的なバイオリニストのウィザビーさんと学科主任の馬塲マサヨ先生のコンサートがあった。素晴らしいの一言!2014年12月9日




金城学院大学の来年度に入試の第一弾として推薦入試が厳粛な雰囲気の中で行われた。新校舎で初めての入試となった。すごく良く弾ける方が沢山受験下さり感謝!面接も皆様素敵な対応でお話しするのが楽しかった。勿論受験生は超緊張していたが思いははっきりと伝わりました!来年度が楽しみだ。2014年11月15日



前回台風で延期となった名古屋青少年ピアノコンクールの中学生部門予選が名古屋のみどり文化小劇場で開催された。開始が夕方6時。何故なら平日だったからだ。これがまたべらぼうにレベルが高かった。このコンクールは全日本学生コンクール並の評価を得るだろう。終わった後に審査員実行員の反省会があった。終了は深夜0時過ぎ。コンクールのお仕事もなかなかハードだ。2014年11月11



フロイデンホールでショパン国際ピアノコンクールインアジア豊橋大会の審査があった。今年の参加者は過去最多。地方都市でも抜きんでている。レベルも非常に高くて多くの方が全国大会の切符を手にされた。おめでとうございます。審査員のマリア・シュライバー先生いつもエネルギッシュで明るくて楽しい二日間でした。2014年11月8日9日



全日本学生音楽コンクール名古屋大会の審査をしてきた。今日一日で小学生、中学生、高校生の選ばれた方達の演奏を聞いた。本当に超ハイレベルな演奏ばかりですごく勉強になった。終演後尊敬する杉浦日出夫先生と終電ぎりぎりまでワインを飲みながら盛り上がった。とても楽しく勉強になった。杉浦先生有り難うございました。2014年10月25日



金城学院大学とセントラル愛知交響楽団の共催でガラコンサートが名古屋しらかわホールで開催された。ほぼ満席の盛況で学生達の演奏は大変に聴き応えがあった。ガラコンサートも4回目。そのレベルの向上には目を見張るモノがある。私の門下生もモーツァルトのピアノコンチェルトを好演した。演奏後は職員で打ち上げ会。2014年10月26日



中日ピアノグレード試験委員会開催のピアノコンクールの審査の為に岐阜まで行ってきた。歴史あるコンクールだけに色々勉強になった。審査委員長だったが採点のとりまとめなど結構気を遣った。2014年10月19日




第一回目の名古屋青少年ピアノコンクールが名古屋の主要な音楽大学で開催された。我が金城学院大学は竣工間がないリリーホールに小学5,6年生と中学生をお迎えすることとなった。ところが生憎の台風接近で午前の小学生が終わった時点で中学生部門は延期となった。せっかく素晴らしいホールをお見せしたかったのに残念です!小学生部門のレベルは極めて高かった。今後が楽しみなコンクールだ。2014年10月13日






豊橋のマイホールにポーランドの名教授シチルシンスキー教授をお招きしてショパンの和声についての講座とショパコンインアジアに向けての公開およびプライベートレッスンをして頂いた。多数のお客様をお迎えして大変充実した時間を持つことが出来た。毎年こうした素晴らしい機会が持ててショパコンに感謝です!2014年9月15,16日



さて会合から一日おいて9月6,7日といよいよ全日本学生音コン名古屋大会が始まった。私は昨年から審査に加わったので今年は少しは勝手がわかっているがやはり日本で一番歴史のあるコンクールを審査するということはものすごく緊張を強いられる。昨年から参加者全員に講評を書くのでとても辛い。講評とメモと採点を手際よく進めるには慣れしかない。一日目は小中学生だった。審査は8時頃終了。本当にハイレベルでさすがだと思った。そして二日目はいよいよ高校生部門。名古屋大会は高校生部門は殆どが音高生なのでレベルも察しがつくと思う。参加者も高校生が一番多く課題曲は平均律は必ず弾いてショパンかスクリアビンかリストのエチュードから2曲選曲とすごく大変だ。
演奏は期待を裏切らないものだった。私はしばしば審査していることを忘れて演奏に聞き入ってしまった。この日も終了は夜8時、豊橋に帰宅して全身から力が抜けた。人生60年以上やっているが、この2週間ほど多彩で熾烈だったことはない。とにもかくにも自宅に無事に生きて戻ることができて真っ先に仏壇の家内に手を合わせた。明日から私の遅い遅い夏休みが数日だけ始まる。2014年9月7日




しかし私にとって本当につらかったのは翌日9月4日だった。その日の夜6時から
名古屋で金城学院大学の上司の先生方に書類をチェックして頂かなくてはならなかったのだ。私はここ数日書類作成に必死だった。こうした企画書や表を交えた正式文書は私たちピアノ関係者にとっては平素はまったく無縁だ。しかし専任である以上なんでもやらねばならない。
私はかつて音楽高校に専任で勤務していた時にかなり書類は作ってはいたが20年ぶりのワードやエクセルはもちろん別物のように進化していて本当に苦心惨憺した。朝8時からパソコンに向かった。そして名古屋に出発する午後4時にようやく十数枚に及ぶ書類を何とか完成させた。あとは会議に参加する4名の先生方のために増す刷りしてホッチキスで止めて書類カバンに放り込んでタクシーに飛び乗った。会議では最初はすごく緊張したが和やかな雰囲気の中で何とか乗り切ることができた。もちろん書類はこれからいろいろ手直しして完成に向けて頑張らねばならないが、少し先が見えてきて安心した。2014年9月4日




東京から帰宅しても一寸の油断もできなかった。なぜなら二日後には名古屋カワイで新たな講座が待ち受けていたからだ。私は東京での失敗に懲りて今度はできる限りの準備を進めた。しかしその間も学生音コンの生徒のレッスンや重要書類の作成(後述)は休むわけにはいかなかった。書類提出まであと二日、学生音コンまであと一週間なのだ。そうした厳しい環境の中で迎えた9月2日にカワイのブーレで講座が行われた。今回は地元ということもあり精神的にも肉体的にも少し余裕が持てた。またアシスタントの三宅菜津子さんが演奏のお手伝いもしてくれたので助かった。それにしても2時間半の講座はこの年になると体力的にしんどいものがある。講座を終えてカワイの店長さんらと会食を済ませすぐに地下鉄で藤が丘のマンションに向かった。そこで学生音コンの生徒のレッスンを三人やりフラフラになって夜遅くに豊橋に帰宅した。2014年9月3日




そしてその翌日が地獄だった。客員教授として勤務している東京の洗足学園音楽大学のオープンキャンパスで私の講座があった。ピティナ、学生音コンとずっと忙しくてピアノを触る暇もなく講座の準備もままならなかった。しかし90分の講座を気合いで乗り切った。正直満足のいく出来ではなかったが今の自分としては止むえない。そして終了後に洗足学園のピアノコースの成績上位者4名のプライベートレッスンをした。4名中3名が日本音楽コンクール参加者だからどれほどハイレベルか押して図れる。洗足の学生は金城の学生同様とても誠実で真面目にピアノと取り組んでいる。
私も体力の限界まで精一杯レッスンした。それにしても課題曲であるブラームスのパガニーニ変奏曲は信じられないほど難しい。そしてレッスンが終わり表に出るともう真っ暗。夜の8時を回っているので当然だ。洗足も金城同様にとても裕福な大学のようで施設がどんどん新しくなっている。だから行くたびにキャンパスが変わっていて迷子になりそうになる。今回も資料やプロジェクターの機材を詰め込んだ重いスーツケースを引っ張り出口がわからなくて広い校内を2周して汗だくでようやく脱出に成功した。新幹線に乗り込んだときは本当に緊張から解き放たれてぐったりした。2014年8月30日



今日は勤務大学の金城学院大学の新ホールの落成を記念してオープニングコンサートが開催された。選り抜きの学生によるピアノや管楽器や声楽アンサンブルを御披露した。それにしても新ホールの響きとスタインウェイのフルコンのマッチングはばっちりで非常に素晴らしい音響だ!終了後に学科会議が行われたが議題が山積して夜9時までかかった。それから東名高速道路を飛ばして帰宅したら深夜だった。本当に疲れた。2014年8月29日



今日は大学の近くの守山文化小劇場で日本演奏家コンクール地区本選の審査をした。このコンクールの演奏プログラムははエチュードと自由曲の構成になっていて、とても教育的でレベルも大変に高い。参加者は小学生よりもむしろ中高大学生が多くて、そうした意味では全日本学生音コンとも近い傾向にある。審査員もこの地域の重鎮が顔を並べ(私以外は)休憩毎の会話もとても勉強になる。             2014年8月24日



F級全国決勝大会審査後最終で帰宅した。私は翌日から再びレッスン地獄が待っていた。ピティナが終わって息つく暇もなく今度は全日本学生音コンが来月初めに待っているのだ。参加生徒の大半ピティナも地区本選まで進んでいるので直ぐに曲を切り替えてモチベーションを維持しなくてはならない。生徒も先生も大変なこっちゃ(^^ゞ)25日には会場を借りきってリハーサルを刊行する。なんとか間に合わせないと。2014年8月24日



今年もピティナの暑い夏が終わろうとしている。昨年のトピックスは2台ピアノで門下生チームが全国決勝大会で最優秀を獲得したことだった。今年は何といっても特級で中川真耶加さんがファイナルまで残り、プロコフィエフのピアノコンチェルトを東京フィルと競演して見事銀賞を獲得したことだろう。詳細はピティナのホームページやFBなどで大きく報じられているのでご覧ください。全国決勝大会の審査はF級を依頼された。F級は非常に高度な技術と音楽性が要求される課題曲ばかりなので私も凄く勉強になった。審査は銀座の王子ホールで行われ全国から選抜された24名に秀英の皆さんの演奏を満喫させていただいた。レベルは近年の中でも際立って高いものだった。私は参加者の素晴らしい演奏に思わず心を奪われる程だった。審査終了後は札幌コンセルヴァトワール院長で私の長年の友人である宮澤功行先生と楽しいひと時を過ごした。さて審査の前日に第一生命ホールで特級のセミファイナルが行われていたので聴きに出かけた。一人一時間近くも演奏することは並大抵ではない。しかも技術も音楽も卓越した演奏をするとなると。私は前年ながら午後からの4名しか聞けなかったが皆さんの演奏には心底感動した。4人とも腸う個性的で持ち味を存分に発揮した堂々たる演奏だった。私は終演後に楽屋を訪れて中川真耶加さんに面会に行った。そしてかなり長いこと話しこんでさらに多くの感動を頂いた。結果的に中川さんはファイナルまで進み堂々の銀賞を受賞された。本当におめでとうございます。私のもとでは小4から中3までの5年間勉強をした。その間本当にいろいろ楽しい思い出を残して下さった。明和高校に進学後も常に私に近況を報告下さり私はいつもとても関心を持ち続けた。機会を見つけては演奏を聞かせていただき目覚ましい成長に感激し続けてきた。中川さんはこれからの若い世代のホープの一人であることは疑いない。さらに楽しみにしてます!2014年8月22日




下記の日程でショパンの和声の秘密について貴重な講座を開催します。またショパコンに向けてアドバイスレッスンや公開レッスンをいたします。受け付けは先着順にさせていただきます。詳しくは下記までお電話かメールでお問い合わせください。2014年8月16日




名古屋での次の講座のチラシができました。東京は8月30日洗足学園音大の中で行います。東京の詳細は洗足学園音大のホームページでご確認ください!ショパコン対策にもが活用いただければ幸いです。 2014年8月1日



7月25日は家内の3回忌と父の13回忌の法要があった。
本当に早いものだ。これについては別項(りえたくんの部屋)にて書きます。2014年7月30日



7月22日この日は午後から東京でピアノの講座を持った。初めての場所での講座で凄く緊張したがなんとか凌いだ。終了すると機材や楽譜の入った重いスーツケースを引っ張り電車や地下鉄を乗り継いで午後5時過ぎに巣鴨のピティナ本部に辿り着いた。もう汗だくだった。そこで小一時間ピティナ専務理事や事務局長と会談して会見後に専務理事に伴われて渋谷まで移動した。渋谷駅を降りるとそこには金子勝子先生と札幌コンセルヴァトワールの宮澤功行先生が笑顔で待ち受けていて下さっていた。私たちは近くの鰻屋さんで久しぶりの再会を祝して大いに盛り上がった。というのも翌7月23日にカワイ表参道のパウゼにおいて金子勝子先生のステップが開催され、私も宮澤先生もアドバイザーとして出席することになっていたからだ。表参道のステップはとても有意義だった。休憩時間はいつも音楽の話題が溢れとても大きな刺激を頂くことができた。演奏も素晴らしかったことは言うまでもない。私はこの日夜9時半の新幹線に飛び乗り、これにて夏休み前の大きな仕事を全て片付けた。猛暑中本当に厳しい日々だった。2014年7月23日




7月の行事の中でも最も重要なものは金城学院大学の前期実技考査だろう。学生数の増加に伴って今回から2日間にわたって新校舎の音楽ホールのスタインウェイのフルコンでの試験となった。学生たちも大いに張り切ってステージに臨んだ。1日目は3,4年生を朝9時過ぎから夕方5時までかけて聞いた。やはり新ホールの響きは素晴らしい!フルコンも素晴らしい!そして学生たちの演奏にそれにこたえるだけのレベルを示してくれた。曲目は自由選択曲だった。2日目は1,2年生だ。1年生は古典派ソナタの複数楽章、2年生はロマン派からの選択となる。この1,2年生から音楽芸術学科、つまり新学科となる。先輩たちの水準も素晴らしかったが新学科の学生たちはさらにその上を行っていた。本当に試験かコンサートか分からなくなるような雰囲気だった。演奏終了後も興奮と感動の余韻がおさまらない程だった。同時にこれでやっと夏休みに入れるとの安ど感も出て本当にほっとした。 2014年7月18、19日





7月13日は金城学院大学の第2回目のオープンキャンパスだった。今回の目玉は参加生徒たちの為の歓迎演奏会だ。そうついに金城学院に新しいコンサートホールが落成したのだ。今回の演奏はホール完成最初のイベントとなる。演奏するのは勿論金城学院のエースたちだ。しかし私たち実技指導教員は残念ながら演奏を聴く時間はなかった。朝から新レッスン室に籠り体験レッスン参加者の指導に当たった。今回は新校舎の効果もあってか事前の申し込み数が過去最多にのぼり、抽選にてレッスン受講生を決定させていただいた。それでも朝から夕方5時半まで12名の高校生のレッスンをした。高校生たちは演奏も反応も上々でとても意欲を感じた。また高校生の本人や父兄からも新校舎やホールへの称賛の声をたくさん頂いた。大成功だった。 2014年7月13日



そして翌々日の6月24日火曜日は明和高校音楽科で2年生の実技試験があった。朝から夕方5時近くまで試験管を務めた。今回はサマーコンサートの選抜オーディションも兼ねているので生徒たちの気迫はすさまじかった。また課題曲はなく自由選択曲なので全員が大曲難曲に挑んできた。今回は全員に講評を書かなくてはならず余計に真剣に審査した。ピアノ科27人名を聞き終えるとさすがにクタクタで話もできない程だった。帰宅して翌日は勿論金城学院大学で一日中のレッスンが待っている。そしてその週の金曜日は明和高校音楽科の1年生の実技試験があった。1年生の課題曲はモーツァルトかハイドンのソナタ全楽章とショパンエチュードだった。ピアノ科24名のレベルは相当なものがあり試験を忘れて演奏に引き込まれる程だった。そして午後4時ごろに終了して地下鉄で藤が丘の名古屋自宅に向かった。途中人身事故のために電車は東山公園駅で止まったまま動かない。冷房も止まり車内は蒸し風呂のような暑さ。30分近く耐えたがたまらず電車を降りて生徒に連絡して駅に迎えに来ていただいた。そのまま生徒の父兄の車で名古屋自宅まで行ってレッスンした。本当に難行苦行の一日だった。6月24日27日



6月は本当に地獄だった。6月22日は洗足学園音大において杉本安子先生の開催する溝の口ステーションのステップだった。ホールはピティナジュニアGのマスターコースなどでよくつかわれる2400号講堂だった。このホールの音響とスタインウェイフルコンの作りだすサウンドは本当に素晴らし。朝9時半から夕方の5時までステップを聞かせていただいた。ほぼ全員がコンペ参加生徒ということもあってレベルは凄かった!しかしここからが本日のメインイベントだった。参加者や他のアドバイザーが帰って後に私だけホールに残ってボーっとしていた。夕方5時から夜8時20分までこの場で引き続きアドバイスレッスンが待っているのだ。その数12名!!これは今まで経験した仕事の中でも過酷なもののひとつだった。疲れ切った身体には応えた。しかも空腹でフラフラになりながら最後は気力だけで頑張った。参加生徒は杉本先生の生徒を始め名だたる指導者の門下生だった。コンペ前で勿論演奏も半端でなく上手だった。スタミナドリンクの助けでなんとか最後の生徒を終えて息つく暇もなく大学の前の打ち上げ会場に移動した。ここで大急ぎで胃袋に液体と固体を流し込み皆様と別れて新横浜行のバスに向かって走った。洗足音大とバスステーションのある溝の口駅の距離は結構あるのだ。思いスーツケースを引っ張って必死で走った。バスになんとか間に合いバスは新横21時50分発の最終の新幹線に無事接続してくれた。本当に汗だくで倒れそうだった。翌日月曜日は一日動けなかった。2014年6月22日23日



翌6月8日はカワイ名古屋店の主催で私のアドバイスレッスンが行われた。場所はいつものコンサートサロンブーレだった。ピアノは勿論EXだ。朝から9時から夕方6時半まで10人の生徒をレッスンした。音高生や留学経験者やコンペ参加生徒
のレッスンだったので準備もしっかり出来ていてすごく充実した時間を持てた。参加者の活躍を祈ります。2014年6月8日



6月7日は金城学院大学の第1回オープンキャンパスだった。私たちピアノ実技教員と声楽担当教員は金城学院中学校と金城学院高校のレッスン希望生徒のために午後からずっとレッスン室に籠りっぱなしだった。金城中学高校にこんなにも多くのすぐれた学生がピアノを学んでいるとはとても驚いた!将来大学でさらに伸ばしてあげたい。2014年6月7日



金沢から1週間後の6月1日はわが新豊橋ステーションのステップだった。今回も多くの参加申し込みをいただき直ぐに定員に達してしまったので何人かの皆様に申し訳ない事をしました。会場はやはり予選会場でもあるフロイデンホール。朝9時半から夜の8時半まで熱演を聞かせていただいた。やはり大半はコンペ参加者と音大や音高の実技試験課題曲が演奏され、会場はものすごい緊迫感に満ちていた。今回ワンポイントレッスンは免れなかった。友人の深谷直仁先生にもアドバイスとワンポイントレッスンをしていただけた。20014年6月1日




5月25日は金沢ステップだった。前日の24日にいつものように新幹線に乗り米原まで行ってそこから北陸本線の特急白鷺に乗り換えて金沢までやく2時間半の旅立った。金沢では門下生のレッスンをして夜は友人の先生やご父兄たちとホテル日航金沢に日本レストランで日本海の海の幸に舌鼓を打った。翌日は石川文教会館でステップ。実に音響の良いホールで終日アドバイスした。会場がコンペ予選会場としてもつかわれることからコンペ参加者が素晴らしい演奏を繰り広げてくれた。一日に3回ワンポイントレッスンを頼まれたことは今回が初めてだった。さすがに疲れた。翌月曜日に金沢を後にした。その日は私の誕生日だったが全く呆気なかった。
2014年5月25日














お知らせ
その1 6月1日の新豊橋ステーションステップは締め切り前に定員に達しました。ご希望に添えなかった皆様申し訳ございませんでした。
その2 名古屋で下記のようにアドバイスレッスンをします。コンペや受験などでアドバイスを受けたい方は気楽にお申し出ください。まだ5枠ほど残ってます。 門下生でもフルコンでレッスンできるので申し込み可能です。2014年5月5日 22:44:52





今年度最初のステップアドバイスと講座が4月27日と28日に千葉の市川フレンドステーションであった。私は江戸川東部フレンドホールでは今までたびたび講座をやらせていただきとてもアットホームな雰囲気が気に入っている。今回のアドバイザーは尊敬する名古屋の石黒加須美先生と若手ピアニストとして大活躍中の佐藤勝重先生とご一緒させていただいた。ステップの途中では佐藤先生のトークコンサートも企画された。佐藤先生のショパンとスクリアビンはまさにエスプレシーボで本当に魅力的だった。トークもとてもお上手でもっともっと聞かせていただきたかった。

ステップの休憩中は楽しい会話で大いに盛り上がり我が家にいるような寛げた雰囲気だった。しかしそれで終われば本当にめでたしめでたしだが問題は翌日の講座。私は前述したようにしばらく身体をこわしてしまい、ほとんどピアノをさらうことがかなわなかった。今回はコンペの課題曲を使ったタッチ講座ということでずいぶん前から焦っていたが新学期の慌ただしさに忙殺されて準備はほとんどはかどらなかった。結局前々日の金曜日から仕事を一切休んで二日間でさらいだしたがD級くらいの課題曲になると簡単には弾けない。本当にヤバイ!私は1日目のステップが終わって主催者の根津栄子先生がせっかく用意くださった会食の場も失礼した。そしてホールを延長で借りていただき一人寂しく残って夜9時までさらった。でも空腹と疲労で全くはかどらなかった。
翌朝も5時に起きて原稿の整理などしたが、どうもまとまらない。考えてみれば私は最後に講座の引き受けたのは1年以上も前のことなのだ。昨年4月から学校関係が急に忙しくなりせっかくご依頼いただいても全てお断りせざる得なかった。だから講座カンがすっかり衰えていた。
楽屋でグズグズしていると開始時間になり開き直ってステージに上がった。会場には熱心な指導者の方たち数多くいらしていた。私は今回はボロを出さないためにもできるだけ演奏を回避して説明で乗り切ろうと漠然とは考えていた。幸い主催者の根津栄子先生が今回の講座のためにご自宅からグランドピアノのアクションカットモデルをご持参くださっていた。私は話しているうちにこれだ!とひそかに思った。話しながら相手を徐々に自分の得意なフィールドに持ち込みそこで勝負しようと試みた。
なぜなら優秀なピアニストは5万といるけどピアノの内部まで熟知している点では負けないと思ったからだ。

今までもカットモデルを使って説明したことは何度もあるが、こいつを主役にして話したことはなかった。私はこの際だかと今日はアクションモデルを徹底的に活用して指導者の皆様が日ごろあまり触れることのないピアノの仕組みやタッチとの関連性などをできるだけ丁寧に具体的に解説した。
うまく自分の得意分野に持ち込めると演奏もリラックスできて大きな破たんなく乗り切ることができた。幸い来場くださった先生方の反響は大きくて終了後も質問が相次ぎ、終わって会場を後にしても質問のために待ちかえてくださる先生方に囲まれる程だった。でもコンペの課題曲のほうは幸か不幸か時間切れであまり触れられなかった(ラッキー!波のアラベスクや流星やヒナステラ前日遅くまで必死でさらったけど超下手にしか弾けなかったから)。
やはりしばらく講座をしてないと時間配分のカンがくるってしまう。でもお陰で自分的にもとても良い勉強をさせていただけた。こうした機会を作ってくださったピティナと今回私を呼んでくださった市川フレンドテーションの代表の根津栄子先生と昭義先生、そして有能で温かいスタッフの皆様に心から感謝いたします。そして講座にいらし下さった多くの先生方に心からお礼申し上げます。

次のステップアドバイスは5月25日の金沢ステーション、そして7月に東京の洗足学園音大での行われる日本で最初のコンペCDEF級のみに絞った杉本安子先生のステーション、そして8月に金子勝子先生の主催する憧れの表参道パウゼと続く。2014年5月5日 21:07:10



気がつけばもう連休も最終日を残すまでとなった。3月の末から一カ月以上もまったく更新ができなくてすみません。新学期は忙しいものだけど今年は特に慌ただしい3月4月だった。その一番の理由は勤務先の金城学院大学の新校舎N2棟が3月末に完成したからだ。これに伴い旧校舎から引っ越し作業に追われていた。今回はレッスン室と研究室が4階5階と隣接していて本当に効率的だ。専任教員にはレッスン室も研究室も専用の部屋が割り振られていてすごくありがたい。レッスン室も研究室も広い!一人で使うには広すぎるほどだ。レッスン室にはヤマハのC7Xが2台、研究室にはS4が1台装備されていていつでも自由に使える。研究室は広大なデスクや書架やロッカーやテーブルが設置されていて本当に快適だ。ただこのスペースを有効に活用するためにはまだまだ日数がかかりそうだ。これから冷蔵庫やオーディオやコピー機などいろいろな機材を揃えなくてはならないからだ。


それと時を同じにして名古屋の藤が丘の新居で動きがあった。防音室の音響改良工事にめどがたったのだ。新築完成が昨年11月だったから約半年間かかった。本当に悩み切っていた。その間に苦肉の策として防音室とは別に居間にももう一台グランドを入れたりしての試行錯誤だった。少しでも快適な環境でレッスンに集中したいという私の執念はすごいものがあった。その結果防音室のピアノと音響を徹底的に改良して、3月末にほぼ満足のできるレッスン環境を整えることができた。めどが立ったと同時にマンションの居住環境の整備に取り掛かった。今までは居間でレッスンしていたので生活に支障がありマンションにはほとんど泊らなかった。そこでまず居間に置いてあったSK3を豊橋に移動してマンションでのレッスンは防音室のみに集約した。マンションの防音室のピアノは勿論SK2が受け持つ。
豊橋の自宅の生徒用のボストンはとても良い状態だったがこれをきっかけに知人に譲り名古屋からピカピカのSK3を運び込んだ。そして3月の春の休暇に入ったとたん今までストップしていたマンション居間の家具類の購入に着手した。なぜなら4月1日が消費増税だった。一年を通してまさにこの2週間のタイミングが私の動けるワンチャンスでもあった。まさに機は熟したのだ!私は来る日も来る日も巻尺とカタログとネットを駆使して居間の家具を選び倒した。豊橋の新居を建てたときも無茶苦茶こだわってこの作業に数カ月を要した。つまり作りつけのような収納家具が理想なのだ。しかしマンションの壁面はご存知のように梁とか換気穴とかが複雑にあってなかなかピタッとはいかない。
結局オーダー家具となるが業者に頼んだらそれこそ気の遠くなるような価格に跳ね上がりとても私の手には負えない。ここは丹念にネットで調べて次ぐ次と発注をかけた。オーダーだから完成するのは5月半ばとなるけど増税前の発注した時点の価格が適応されるのでかなり助かった。
実は豊橋の新居でもほぼすべての家具はインターネット注文して揃えた実績があるので躊躇はなかった。安く上げるためにはそれなりの労はいとわない。またこの作業は本当に楽しい。色のコーディネートから使い勝手まで考えていくとハマる。
その次に着手したことは豊橋の新居と名古屋のマンションの全照明をLED化することだった。ホームセンターでは古い照明は引き取ってくれる。私は脚立で一つ一つ取り外し車に積み込みホームセンターと自宅とを何往復もした。作業はすべて一人。本当に体力を消耗する作業だった。でも全部LEDした後の満足感とてつもなかった。
次にマンションにコピー機一台と豊橋に2台の複合コピー機を購入した。講座や公開レッスンが頻繁の私にとってピアノと楽譜と音源とコピー機はいわば4種の神器でなくてはならないものである。そもそもまだ十分に使える大型の複合機ではあったがさらに早くさらに美しくコピーできることは必要だった。おりしも各社から最新型が一斉に発売された。私は誘惑に勝てずに結局従来の機種を弟や知人にすべて譲って新型に入れ替えた。こうした機器の日進月歩の進歩には驚かされる。しかし30キロあるコピー機を一人で移動するのはこれまたひどく大変だった。












次に着手したのが愛車のタイヤの交換。これまた普通の人にはどうでもいいことだけど週に何往復も豊橋→名古屋の高速道路を往復する私にとって車の乗り心地と安心感は何者に代えがたい。命がかかっているからでもある。そこで愛車のBMW320が一年少しで2万キロ超えをしたのをきっかけにタイヤをホイールごと交換した。このために膨大な時間をつかってタイヤの性能を調べた。これもやはりネットで探してディーラーに届けさせて交換させた。さてそうなると今までつかっていた純正のホイールとタイヤはどうなる?簡単に売り飛ばすと車を下取りに出すときに大変減額になる。そこで消費税に上がる前にと自宅の駐車場横にタイヤホイール専用の物置まで建ててしまった。タイヤホイールは結構重かったわ。


なんだかんだで結構肉体的に無理を重ねたのか4月に入ると体調を崩してしまった。気持ちはあるのだけど身体が思うようにならなくなった。4月1日の入学式はなんとか頑張って出席したが翌日から学校休んでしまった。幸い名古屋で素晴らしい病院を見つけることができた。約2週間の療養休養の末になんとか復帰することができた。本当にしんどかった。つまりもう歳なのに気持ちだけはいつまでも若くて年寄りに冷や水だったわけだ。大学のレッスンは例年通り4月の第2週目から始まった。明和高校のレッスンも同様だった。なんとかそれには間に合うことができて本当に良かった。そんなわけでしばらく更新できなかったがこれからは頑張ります。本年度もよろしくお願いいします。2014年5月5日 


今日は金城学院大学の新学科、音楽技術学科の第2回生を含む入学式が学内のランドルフ記念教会で厳粛ににとりおこなれた。天気は快晴、校内は桜が満開でまさに入学式日和となった。希望に満ちた新入生の期待にこたえるためにも私も精一杯頑張ろう!これから4年間よろしくお願いします。2014年4月1日


ようやく本年度も終わろうとしている。今年は入試関係では門下生が大健闘をしてくれた。明和高校音楽科2、呉羽高校音楽コース1、金城学院大学1、愛知県立芸大2(門下生OB)、東京芸大1(門下生OB)私の門下生は音楽高校や音大芸大へ進む確立が異常に高いと思う。とても私個人としてもとてもうれしい。2014年3月25日


今日は金城学院大学の学位授与式(卒業式)だった。大学の卒業式には初めて参列したが金城にふさわしく式次第の合間には終始パイプオルガンの伴奏でミサが歌われて聖書の朗読があり厳粛で敬虔でとても素敵な雰囲気だった。卒業された皆さま本当におめでとうございます。2014年3月18日



 卒業式の後に新校舎の見学に出かけた。新校舎N2棟は既に完成しており目下備品の搬入の最中だった。真新しいレッスン室は想像していたよりはるかに広く明るく6階からの景色も素晴らしかった。室内には既も先日選定したヤマハのC7Xが2台ずつ並べられていたが全然余裕の広さだった。響きも上々だった。このレッスン室で早くレッスンしたいな!1階しの5階には教員の研究室や広大な合奏室やML教室や練習室等が完備されている。さっそく私の研究室に足を踏み入れてみる。ひ広い!!まだピアノが入っていないから余計にそう感じるがとにかく広くて明るくて綺麗!こんな広い部屋どうやって使おう。これからじっくに時間をかけて楽譜や本や資料を持ち込もう。それにしても贅沢だ。窓の外を見ると隣接するN1棟の校舎の工事が急ピッチで進んでいる。こちらの中にはホールやレストランやマルチメディアセンター等が完備される。完成は7月だ。2014年3月27日 10:29:42



今日は金城学院大学の新校舎に納入するカワイのグランドピアノSK3の選定の為に浜松の近くにあるカワイの竜洋工場に出向いた。竜洋工場は私のかつての愛機RXAの選定の時以来だから25くらい年も前にも来たことがある。RXAは本当に素晴らしい楽器だった。最新のSK(SK→SHIGERU KAWAI グランドピアノの略)にもそのDNAは受け継がれている。そしてRXAの唯一の弱点だったタッチが大幅に改良されている。そうした改良の結果SKの評価は非常に高く生産が追いつかないそうだ。
浜松駅からタクシーで30分ほど行くと広大な工場の敷地に入る。SKのラインは特別の棟にあった。選定室には美しいSKが十数台並べられていた。前回のヤマハの掛川工場の時は30台以上もずらりと並べられていたがさすがに選定する前からビビってしまった。今回の数くらいが丁度いい。
それにしてもSKの音は美しい。最初の一台を弾き始めるとすぐ「ああSKだ!」と分かる。独自のまろやかさと明るさを兼ね備えた音色だ。そしてサイズを超えるダイナミックレンジで充実感、満足感を感じる。またタッチが恐ろしくスムーズでコントロール性は抜群だ。中根先生とチームを組んで交代で様々な作品を弾き聞き採点表に手際よく記入している。この作業は大変に楽しくて時間の過ぎるのも忘れてしまう。最後に門下生が購入するSK5の選定も追加で行い屋外に出ると日も暮れていた。レッスンが控えていたので大急ぎで浜松駅まで引き返し新幹線に飛び乗り帰宅した。2014年3月13日 0:10:46



昨日明和高校にレッスンに行ってきた。これで本年度の学校関係のレッスンは全て終了した。(大学のほうは先月末で終わっている)これからやっと春休みだ。しかしぼっとはしていられない。新年度のコンクールや審査の依頼がドッと舞い込んでいる。また学校関係も新年度に向けての提出書類が山積みで結構大変だ。しかし一番大変なのは生徒たちに与えた課題曲の譜読みだろう。コンペ受験生、高校、大学の学生たちに与えた課題曲の数は膨大だ。それを新学期までに準備しなければならない。また名古屋に新居の備品がまだ何もなくて生活出来ない状況なので増税前に家財を揃えたい。本当に春はあわただしい。
さて私の代表を勤める新豊橋ステーションのステップが下記の日程で開催される。今回はコンペの予選会場であるフロイデンホールを使うので実戦練習になると思う。アドバイザーもコンペ審査が豊かな深谷先生に来ていただき具体的なアドバイスが頂ける。ホールの予約の関係上今年は一日のみの開催となるのでお申し込みは早めにお願いします。定員に達し次第締め切らせて頂きますので。また来月には市川フレンドステーションでステップの審査をし、翌日にはコンペの課題曲を使った講座をします。こちらも大変な反響のようです。お申込み期限が迫ってます。お急ぎください! お申し込みはピティナのホームページから簡単に行えます。2014年3月12日 11:29:04


3月1,2日にフロイデンホールにて第22回東三河PTCコンクールが開催された。参加者は今年も233名となり毎年大盛況だ。今回は審査委員に清水皇樹先生が加わってくださり杉浦日出夫先生、柳沢芳信先生、山本修子先生、そして私で審査員団も盤石な布陣をしいた。

しかし注目すべきはやはり参加生徒のレベルの高さ。特に小学生はA,Bにかかわらず裾野が広がった感じでとても層が厚くなってきた。こうした子供たちが順調に育ってくれたら数年後が楽しみだ。
さて両日とも午後の後半にあった小学生フリーステージと中学生フリーステージはいわばこのコンクールの華だ。フリーテージは約10年前に追加された特別部門だけあって参加者は毎年精鋭揃いだ。

歴代の金賞受賞者の顔ぶれも豪華だ。ピティナコンペやショパコンや毎コンやクラコンの全国大会やアジア大会の上位入賞が名前を連ねる。つまりフリーステージは全国への登竜門だ。フィギュアのショートプログラムが課題曲部門だとするとフリーはフリーステージ部門に相当する。
そのような理由で私は毎年フリーの結果にこだわって来た。そして今年も小学、中学両部門で門下生が金賞を頂くことが出来た。中学生フリーでは金銀銅を独占した。本当にやった!という気持ちだった。全体的にも門下生はメダル11個と大健闘をしてくれた。

この東三河PTCコンクールをもって2013年度の主要な行事は全て終わった。本当に長く厳しい1年間だった。でもこの間に生徒たちのお陰で多くの感動と喜びを分かち合うことが出来た。審査くださった杉浦先生を始め、全員の先生方に心から感謝します。そしてこのコンクールを創設されたオリエント楽器の鎌田会長に心から敬意を表します。また来年も張り切って課題曲を考えますので楽しみにしていてください! 2014年3月7日 21:48:51





2月25日はとんでもなく素晴らしい体験をすることが出来た。今まで度々取り上げているように金城学院大学音楽芸術学科はこの4月から新校舎に移ることとなっている。目下校舎の建設は佳境を迎え内装工事も急ピッチに進んでいる。それに伴いレッスン室のグランドピアノを全て新品に入れ替えることになった。今のレッスン室のC7もまだ10年少ししか使っていないので十分に良い状態だ。それらは全て新校舎の練習室に回す。
さてレッスン室にはC7Xが2台づつ入る。
われわれは今回そのピアノの選定にヤマハ掛川工場に出かけた。先ずはML教室や視聴覚教室用にC6Xを3台選定する。次の部屋は体育館ほどもある広大な演奏室だった。そこにC7Xが35台ほど並べられている。私たち3人のピアノ科教員は評価用のノートを片手に次々の選定している。1人が弾き残りの2名が聞くということを入れ替わりでテキパキと行い、昼食をはさんで26台を選定完了した。
これだけの量のC7Xが一度に集められるのはこの時代では皆無だそうで工場の関係者の皆さまも我々が選定に専念できるように様々な心配りをして下さった。その光景は壮大に尽きる!
全て終わり建物の入り口の広大なロビーの展示を見て回っていると美しい1室があった。中に美しい譜面台の持ったフルコン2台が並べられていた。聞くと2台とも世紀の巨匠リヒテルの愛用のCFだったそうだ。右側のCFはリヒテルが最後まで弾いていたものだそうだ。私たちもこの偉大なピアニストに少しでもあやかりたいと、そのピアノを弾かせてもらい記念撮影もさせていただいた。お世話になったヤマハの皆様ありがとうございました。
私たちはこの後3月3日には東京のスタインウェイ本社にてフルコンの選定(私はピティナ課題曲説明会の為欠席)、3月12日にはカワイ楽器の竜王工場にてS・Kグランドの選定をし、5月には再びヤマハの掛川工場にてフルコンFXの選定を行う。新校舎への楽器の搬入は3月末だ。4月の新学期に向けて急ピッチで準備が進んでいく。2014年2月26日 23:43:36



2月22日(土曜))23日(日曜日)に名古屋電気文化会館コンサートホールにおいて金城学院大学音楽芸術学科の定期演奏会が開催された。選抜され出演が決まった学生たちも私たち教員もこの日の為に精一杯い準備を重ねてきた。定期演奏会の1次オーディションが1月17日、2次オーディション1月30日だったから年末年始も返上して頑張って来たわけだ。
金城学院大学の定期演奏会を2日間にするのは今回からだ。新学科が今春から開設されて学生も専攻も増えたのに伴い1日では不可能となったからだ。内容は初日が1,3年生で2日目が2,4年生だ。1日目は従来からのピアノ声楽に加えて新学科の管楽器も加わり大変に多彩なプログラムとなった。
注目すべきは新学科の学生たちに演奏の高水準さ!1年生とは思えない堂々としたステージさばきを見せて観客を魅了した。後半の3年生の学生も大曲難曲を見事に演奏して先輩の貫禄を見せた。

2日目はさすがにステージ経験のある生徒が多かっただけに初日よりリラックスした雰囲気が感じられた。心配した観客もスタート時点こそ少なめだったがプログラムが進むにつれみるみる客席が埋まり一部の終了時点では例年と変わらない数となりとてもうれしかった。そしてプログラムの最後は4年生が締めてくれた。この学生たちは本当に4年間よく頑張ってくれた。後輩たちの為に素晴らしいお手本となってくれた。私は彼女たちの素晴らしい演奏が聞けるのも今日が最後と思うととても名残惜しい気持ちでいっぱいだった。それぞれの演奏の後に4年間お疲れさま!と心の中で語った。演奏会終演後は記念撮影だった。さっきまであれほど緊張した顔でステージを戦った学生がとてもにこやかに明るく語り合いながら立ち並んでいる姿が爽やかで印象的だった。
私も自分の指導している学生が出るたびに緊張で手汗びっしょりだったが皆な立派に責任を果たしてくれて安堵した。

二日間を総括して自画自賛でなく金城が学生のレベルは本当に高いと感じた。この10年で金城のレベルは飛躍的に向上した。そしてこれからもますます向上し続けることだろう。この厳しくも素晴らしいステージを終えて学生たちは長く楽しい春休みに入る。来年も1人でも多くの学生がドラマチックな定期演奏会のステージを経験できるといいな、と心から願っている。2014年2月26日 23:43:51


今日は三日後に控えた金城学院大学定期演奏会のリハーサルに立ち会った。生徒たちの仕上がりは順調なようだ!後は本番心をこめて普段通りに演奏してほしい!2014年2月18日




第22回東三河PTCコンクールが2週間後に迫っている。今回コンクールの課題曲のアドバスレッスンをオリエント楽器さんから依頼された。前にも書いたように希望者が大幅に定員を上回ったので急遽日程を二日間として2月8日、9日にオリエントホールで実施された。朝10時から夕方5時半までびっしりのレッスンを二日間こなすのは私の年齢ともなると厳しいものがあった。でも参加者が皆予想以上にしっかり準備がされていて、ついついレッスンに熱が入り、気がついたら二日間が終わっていた。このコンクールへの参加者の意気込みを改めて実感した。これから私の生徒もしっかり準備させないと大変なことになる。

もうひとつの大切お知らせは来る2月22日23日に名古屋伏見の電気文化会館にて金城学院大学の第12回定期演奏会が開催される。昨年までは一日間のみの開催だったが本年度から音楽芸術学科が開設されて学生数や専攻も増えて今年から二日間開催となった。今回のステージを迎えるにあたって学生たちは2回の厳しいオーディションを経て選考された。それだけに出演者の水準は過去最高を誇る。プログラムは1日目が1,3年生2日目が2,4年生の出演となり非常に多彩で高度な内容だ。お時間の許す方は是非会場にお運び頂き学生たちの水準を直にお聞きくだされば幸いです。学生職員一同お待ち申しあげております。 因みに私の指導している学生も5名が演奏させて頂きます。2014年2月11日 22:30:09

詳細はこちらをご覧ください。




昨日は日本クラシック音楽コンクールから優秀指導者賞とショパンコンクールin ASIA事務局から指導者賞の賞状が届いた。既に昨年夏にはピティナでから特別指導者賞の賞状も頂いているので今年度はとても実り多き年だった。家内も喜んでくれているだろう。2014年2月7日 23:16:45



昨日2月5日やっと一週間に及ぶ金城学院大学学年末実技試験兼定期演奏会2次オーディション、金城学院一般前期入学試験、明和高校1年生学年末実技試験の為の名古屋遠征から帰宅した。中一日をはさんで5日間連続で試験に立ち会ったことは無かったのでさすがに疲れた。でもこうした極限状態の緊張感の中でも学生たちは必死で練習の成果を発揮しようと頑張っている姿にとても打たれた。

金城学院大の試験の様子は先日レポートしたので今回は明和高校について少し書いてみよう。学年40人一年生のピアノ科は26人を占める。今回一年生の課題曲はバッハ平均律曲集より自由選択1曲とショパンエチュードより自由選択2曲だ。3階の小ホールにはパイプオルガンや素晴らしいスタインウェイのフルコンが2台ある。そのフルコンでこれだけ弾けば基礎力ははっきり分かる。

前期の実技試験の時に比べてどの子も著しく進歩しているのが第一印象。ケアレスミスをする子はほとんど無しで細部までよくさらいこんであり隙が無い。さすがは音高生という出来だった。私たち試験官も採点するだけではなく1人1人に講評を書くのでとても忙しかった。しかし昼休みには杉浦先生や清水先生たちと楽しい談話が出来て疲れも全く感じなかった。生徒たちはこうした厳しくも恵まれた環境の中で三年間切磋琢磨して成長するのだとつくづく実感した。私自身もとても勉強になった。

さて翌日2月5日は金城学院大学の新校舎へ入ることが初めて許された。3月末完成を目指し工事は昼夜を問わず急ピッチで進めされている。私たちは現場監督からヘルメットを渡されて緊張して複雑に組まれた足場をくぐって奥へ奥へと進んだ。工程は内装工事まで進んでいた。私たちは先ず5階の研究室に案内された。設計図で想像していたよりもずっと広くて明るい素敵な部屋だった。こうした部屋を教員1人1人にあてがわれる。ここに後しばらくで引っ越すのだと思うと本当にわくわくした。

そして6階のレッスン室に移る。ここも広い!ヤマハのC7Xを二台並べても余裕だ。音響をチェックしたがとてもいい感じだった。窓が広く防音扉がオレンジなのがおしゃれだった。そのあと練習室は演習室やML教室など見て回った。どこも想像していたよりも広々していた。内装が完成したらさぞ美しくなると思う。

隣の建物で工事中のホールや食堂は7月に完成予定だ。こちやは今回は入れなかった。その横の新チャペルも美しい外観を少しずつ現し始めている。極寒の現場で工事にあたられている作業員の皆様本当にご苦労様です。

終えた後に名古屋藤が丘のマンションに戻った。午後からマンションの3か月点検が行われた。勿論全てOKだった。しかしマンションが完成した昨年の11月以降は本当に目の回る忙しさでマンションにはピアノ2台が入っているだけで、まだまともに生活できる環境が整っていない。これからの春休みを利用して家具などを揃えていかないと。このチャンスを逃すとまた来年の春までお預けとなる。2014年2月6日 22:44:47



第22回東三河PTCコンクールの参加者は今回も230名を超える数となった。10年以上こうした数字を出せることは課題曲選曲者としてとても嬉しい。もうひとつ驚いたことがある。今回初めての試みとして3月9日に予定していた東三河PTCコンクール課題曲アドバイスレッスンは定員10名のところ30名以上の申し込みがあり、急遽前日の8日にも実施することとなった。それでも抽選に漏れた方は本当に申し訳ございません。2014年1月30日



昨日1月23日は会議で名古屋に出かけた。愛知教育大学の武本京子先生が率先して名古屋にハイレベルでスケールの大きいピアノコンクールを立ち上げるべく名古屋の主要音大音高と評論家が集結して理想を実現すべく熱い討議を繰り広げた。その名は「なごやみどりピアノコンクール」
みどり文化小劇場と各音楽大学のホールを使い10月11,12,13日に実施予定だ。課題曲は完全に自由曲でピティナとの提携を密にしていく方針だ。
今回の実行委員メンバーは

藤井知昭先生(音楽評論家)
上原宏先生(音楽学者)
渡辺康先生(建築家)
熊谷恵美子先生(愛知県芸教授)
内本久美先生(愛知県芸准享受)
河原元世先生(名古屋芸大教授)
岡由美子先生(名古屋芸大教授)
佐藤恵子先生(名古屋音大教授)
馬塲マサヨ先生(金城学院大教授)
長谷川淳(金城学院大教授)
兼重直文先生(三重大教授)
武本京子(愛知教育大教授)
国府華子先生(愛知教育大准教授)
今井祥次事務局長
清水皇樹先生(名古屋音大准教授)・
久米隆司先(加納高校音楽科講師)

良いものを目指してさらに煮詰めていきます。詳細が決まり次第ピティナのホームページに公開。実施要綱も配布します。

そして私は明日から名古屋遠征に入る。今回は一週間だ。明日1月28日火曜日から水曜日まで明和高校と金城でレッスンびっしりして1月30日木曜日、金城学院大の定期演奏会第二次オーディション、1月31~2月3日金城学院大一般前期入試、2月4日明和高校学年末実技試験だ。これが年度末最後の山場となる。気合で乗り切るよりほかない。
2014年1月27日





明けましておめでとうございます!今日は1月20日。気がつくともう3週間もホムペを更新していない。と言うか出来なかった。私も人生60年以上やっているがこの二カ月間の忙しさはかつて経験したことが無かった。特に年末の昭和音大のプレビューアカデミー、年明けのショパコン アジア大会審査 そして金城学院大学での定期演奏会1次オーディション兼実技考査と続いたのには参った。

先ず大晦日は先に書いたようにしっかりレッスンして一年を締めくくった。そして迎えた2014年元旦。

昨年は家内のこともあったので正月らしいことは一切しなかったが今年は家内を安心させるためにも年末からスーパーでおせちやお持ちや屠蘇の準備をこつこつとしてきた。私たち夫婦は正月は必ず屠蘇を飲みかいやきもちを食べてきたので今年は例年通りにやった。仏壇にやきもちを供えると家内はとても喜んでくれた。そして午後から仕事始め、つまりレッスン始めだった。受験生とショパコン生徒たちが訪れた。

こうして2014年は結局例年とほとんど変わらずにスタートした。私はここんとことずっと年末が立て込んでいたので年賀状は三賀日に書くことにしていた。正月なら学校も休みだし落ち着ける。それにしても600枚を刷って一言二言書き添えるのは並大抵のことではなかった。実は結婚当初から年賀状の作成には家内が妙に張り切って当たってくれていた。特に名簿の作成と印刷はずっと家内の仕事だった。

今回私が1人でやってみていかに大変だったか思い知った。結婚して間が無い頃はまだパソコン印刷など普及してなくプリントごっこという機械で一枚一枚印刷していた。狭いマンション部屋中にまだ乾燥していない年賀状が並べられて壮観だった。そしてワープロの時代になり家内の年賀状熱は一層高まった。パソコンの時代になると印刷機は最初片面づつしかできなかったので家内も私もよく失敗したものである。しかし5~6年ほど前から自動両面印刷が可能になり年賀はがきを補給するだけで済むようになった。それでも家内は印刷の終わるまでプリンターの前にずっと座り続け見張っていた。楽しみでもあったようだ。こんな思い出に浸りながらの作業だったが1月2日から作業を開始してまるまる4日間を要してしまった。

その間にもショパコンのレッスンはずっと続き7日からは明和高校と金城学院大学でのレッスンも再開した。1月10日に大学で最後の生徒をレッスンして夕方5時に私は愛車に乗り込んでナビの目的地を新百合ヶ丘の昭和音楽大学に近いホテルモリノに設定しておもむろにエンジンをスタートした。
こうして私の東京大遠征が始まった。思えば前回昨年11月の海老名ステップでの東京遠征では思わぬ渋滞に巻き込まれて小便地獄を味わった。この苦い経験を繰り返さないためにも事前の渋滞チェックは入念に行ってきて絶対に行けると確信していた。

そして今回は本当にすいすいのドライブで前回ひどい目にあった海老名ジャンクションも軽くやり過ごし愛車BMW320dは4時間足らずで目的地に到着した。その間静岡PKで一度夕食休憩しただけだった。
翌1月11日はショパン国際コンクールin ASIAの最終アジア大会のコンチェルトとプロフェッショナル部門の審査を担当させていただいた。プロフェッショナル部門はソナタ全楽章とコンチェルト全楽章のトータルポイントで決まる。この日はソナタだった。参加者全員が3番のソナタを弾いた。全員が極めて完成度が高くしかも個性的でさすがプロフェッショナル部門と感心した。

審査員もすごい顔ぶれだった。 私の30年以上の審査歴でも質量とも比類無きメンバーだった。ざっと列挙すると審査委員長 東京音大教授 菊池麗子先生、審査員 桐朋学園大教授 岡本美智子先生、同 三上桂子先生、上野学園大教授 横山幸雄先生、昭和音大教授 多美智子先生、神戸女学院大教授 山上明美先生、東京芸大准教授 坂井千春先生、ヤシンスキー先生、パレチニ先生、カヴァラ先生、ヤボンスキー先生、四川音楽大学教授 旦シャオイ先生(ユンディ・リの先生)。ソウル音大学長 帳先生、ハノイ音楽大学教授 チャン先生 それに私だった。2日目以降は審査委員長に昭和音大教授の江口文子先生も加わりますます豪華な顔ぶれだった。2日目はコンチェルトC部門。これはショパンのコンチェルト全楽章を弾く部門で牛田君を初め、数々のスーパースターを生み出したことで知られる。

今年もファイナリスト全員の演奏が超ハイレベルで私は思わず満点を出したほどだった。コンクールの最後の日はプロフェッショナル部門のコンチェルトだった。もうあまりにハイレベルで本場ワルシャワのショパン国際コンクールでの感動を思うい起こすほどだった。金賞に輝いた尾崎美空さんと台湾の男性ピアニストに心からおめでとうを言いたいです。終了後は夜7時から昭和音楽大学に隣接するイタリアレストランでレセプションが開催された。私は金賞受賞者や審査員先生方と会話を楽しみ後ろ髪を引かれる思い出夜の8時に会場を後にした。

実は翌日1月14日には明和高校と金城学院大のレッスンが待ち構えていたのだ。どうしても今日中に帰宅して準備しなくてはならない。私は極寒の昭和音大の駐車場に止められている愛車に乗り込みひたすら自宅目指して爆走を始めた。移動中にも門下生のからは続々と結果報告が入り最終的にアジア大会では金賞銀賞銅賞を含む入賞者が8人にのぼりとても嬉しかった。つづく2014年1月20日 23:12:31


アジア大会プロフェッショナル部門に参加した1人に私の門下生OBの中川さんも入っていた。演奏後久しぶりに親子と対面して話も大いに弾んだ。中川さんは特にソナタで好演してアジア大会銅賞に入賞された。中川さんはまだ成人式を迎えられたばかりなので、これからの活躍がますます楽しみだ。

さて東京からの深夜の帰還の翌朝1月14日は名古屋での勤務が待っていた。明和高校で教えるのは毎週火曜日だが金城学院大の実技試験も近いので高校でのレッスンを終えて続けて大学に向かった。夕方に名古屋のマンションに着いて今度はショパコンや受験を控えたプライベートレッスンの生徒のレッスンが待っていた。
結局1月17日の金曜日の金城学院大学の実技試験まで名古屋に寝泊まりして毎日大学に通い夜もマンションでレッスンした。考えてみれば大学4年生はこれが最後のレッスンとなる。本当に4年間はあっという間だった。最後に4年生の学生達からプレゼントをもらいほろりとした。みな既に立派な就職先が確定しているのでピアノも最後まで集中して頑張ってくれた。



1月17日は1年間の総決算ともいうべき金城学院大学後期実技試験兼定期演奏会第1次オーディションだった。

今回実技試験は本科だけで100名をはるかに超える数が受験して、その中でオーディションにエントリーした学生は82名と過去最多だった。試験は朝9時過ぎから始まり終了は午後6時をとっくに回っていた。複数の部屋に分かれてもこれだけ時間がかかったが学生たちの熱意と気合は凄まじいものがあり最後まで演奏に集中できた。
みんな定期演奏会のステージを目指して日夜頑張って来た。そして金城生の演奏水準はここにきて飛躍的に向上しているので、これは大変な激戦になる模様だ。最終的に出演者が決定するのは1月30日の第2次オーディションによる。それまで私たち教員はずっと息の抜けない状態が続く。学生たちが一人でも多く定期演奏会のステージに上れることを祈ってます。

実技試験終了のその日はやっと豊橋の自宅に帰宅できた。ついたのは夜9時過ぎだった。途中一時的に荷物を取るために豊橋に帰宅したがまるまる一週間留守にしたわけだ。やはり豊橋の自宅につくと何とも言えず安心する。帰宅すると真っ先に家内の仏壇に無事帰宅のお礼と報告を済ます。この間に名古屋→東京→豊橋→名古屋→豊橋と私のBMWは延べ1000キロ近くを走破して距離計はついに2万キロの大台を超えてしまった。1年強でこの距離はかなりの劇走を物語る。今回の大移動作戦は中身も濃くて本当に貴重な体験をもたらした。2014年1月21日 17:20:47



2013年もあと3時間ほどで終えようとしている。ついさっきまでレッスンに精を出していた。私的に今年を振り返ってみると感慨が尽きない。人生61年以上やっているが今年ほど私を取り巻く環境が激変した年は少なかった。つまり思い出に残る年は、、、、父の突然の転勤で東京から遠く離れた山口県に引っ越した小3の時。山口から大阪に引っ越した小6の時。それから愛知県立芸大に合格して大阪から愛知県の長久手で初めての下宿生活を始めた時。そして一番の思い出が一念発起してミュンヘンに留学した時。そのあと帰国してからは比較的平穏な人生だった。そして昨年は突然家内を亡くし最も悲しい年となった。そして今年は仕事の面で大きな変化を迎えた。金城学院大学にて初めての大学の教授に就任。そしてまさかの明和高校音楽科での講師、おまけに東京の洗足学園音大でも教えることになり名古屋、豊橋、東京を股にかけてレッスンに講座に審査に奔走することとなった。10年分の仕事が一気に舞い込んだ感じだ。コンクール関係では門下生が相変わらず大活躍をしてくれた。
自らもピティナ、ショパコン、毎コンなど主要なコンクールで審査させていただきとても光栄に思った。そうした仕事を通して多くの音楽関係の知己を得ることだ出来大変に刺激になった。そして年末には念願かなって名古屋に第二の仕事場を構えることも出来た。ひと言で表現すると絢爛豪華な一年だった。

しかし残念ながらそうした嬉しい事柄も家内を失った痛手を癒してくれはしなかった。早いものでもう二回目の大晦日を迎えているが、この時期になると二人で過ごしてきた25回分の大晦日とお正月を思い出さずにはいられない。昨年は大晦日の年越し蕎麦も元旦のおもちも一切口にすることなく年末年始を忘れようと努めた。今年は世間並みに年越し蕎麦も自分で作って食べたし屠蘇やおもちやおせちも用意した。私が暗い正月を過ごしていたら家内もきっと心配だろうと思う。とにかく晴々しく元気に2014年を迎えたいと思う。今年はいろいろ激変しすぎたので来年はきっと平穏な年になると思う。皆様も平和で健康な年を迎えられることを願ってます。どうかよいお年を!2013年12月31日 20:43:16


さて12月27日から本年最後の大仕事が待っていた。それは昭和音楽大学で開催されるプレビュー・アカデミーの講師を務めることだ。毎回大盛況だそうで今回も定員の25名をはるかに超える応募者が全国からあり、書類選考で選ばれた小3から高2までの30名が5名の講師の中の2名から二日間にわたりレッスンを受けられる。その間に初日は小林仁先生によるショパンエチュード講座が聞けて2日目の最後にはユリホールにて成果発表コンサートに出演できる。そこで5名の講師から講評用紙が頂ける。つまり参加者にとってとても濃い二日間になるわけだ。昨年の年末のドリアード音楽院の4日間のマスターコースで鍛えられていたので、それなりの覚悟は出来ていたが20曲ほどの曲をさらって準備するのはきつかった。レッスンはやはり体力勝負だ。何せご両親や先生や聴講生も聞きに来てるの手抜きは一切できない。とにかく二日間必死で教え必死で弾いた。だから予想以上に疲れた。
でも参加者のレベルは予想をはるかに超える高いものだったのですごくやりがいがあった。中学生がショパンのボレロやロンドやショパンエチュード10の1をノーミスで音楽的に弾ききるのには恐れ入った。考えてみれが参加者の大半が年明けにこの場所で開催されるショパコン全国大会を控えているのだ。また参加者はピティナやショパコン全国大会入賞者が数多く、歴戦のつわもの揃いだった。でもレッスンしていた反応がむちゃ早くてとても楽しかった。
成果発表コンサートではレッスンで指示したことが見事に生かされていてびっくした。今回講師を務められたのはアカデミー主任の江口文子先生、岩崎淑先生、多喜靖美先生、早水和子先生、三谷温先生が当たられた。それぞれ国際的に活躍されている著名なピアニスト、指導者だった。なぜ私のような田舎教師がそこに混じっているのかは謎だったがとても良い勉強をさせていただいた。また休憩時間には先生方と会話が盛り上がりすぐに休憩が終わってしまった。

全て終了して帰りは帰省ラッシュを迂回するために小田急ロマンスカーで終点の小田原まで行きそこから新幹線に乗り継いだ。新百合ヶ丘は豊橋からだと二時間半で来れるのが嬉しい。一年を締めくくるのにふさわしい機会だった。さて明日は一日休養して30、31とダッシュでレッスン。新年も元旦なしでレッスンしないと。今回のアカデミーですごい参加者を聞き焦った。新潟や仙台や兵庫や大阪など遠隔地からすごい熱意で臨んでいる方たちを聞くにつけうちの門下生はやばすぎる。来年は生徒全員をドリアードかプレビュー・アカデミーに参加させて気合入れなおさないと。2013年12月29日 23:33:11






今日12月26日は豊橋フロイデンホールにてカワイピアノコンクール豊橋大会があった。私は昨年に続き審査員長として当たった。このコンクールは課題曲が素晴らしい。三善晃や湯山昭や私の大好きな平吉たけ州(パソコンには当用漢字しか無い)の作品が入っていて、しかも課題曲がとても音楽的なものだ。参加者もとてもよく勉強していてよく音楽を感じて演奏していた。審査のお仕事は結構きつい。全員に講評を書くのは当然として、各部の終わりにマイク握って全体講評を話し、そのあとに入賞した生徒をリハーサル室に集めて1人1人感想を話すのだがこれが結構しんどい。コンクールは予定通り夜7時半に終了。すぐに車で自宅に帰りタクシーを呼んで豊橋駅に向かう。2045の最終のひかりに飛び乗り新横浜で下車。向かうは小田急線の新百合ヶ丘。順調に乗り継ぎが出来てホテルに入ったのが夜の11時少し前だった。



本年度最後の名古屋遠征の早朝におなかに激痛が走った。病院の診察時間まで七転八倒状態だった。診察の結果は尿管結石。私は以前にもこれで入院したとがある(8年ほど前) 残念だが名古屋遠征は全て中止。そして予定されていた東京の洗足学園音楽大学のピアノ講座も延期させていただいた。石は出そうでなかなか出ずに結局一週間ほど安静にしていた。しかし痛みも完全になくなったので今日のカワイピアノコンクールは出かける。審査委員長なので休んでもいられない。そして夜7時30分終了後最終の新幹線東京の新百合ヶ丘に向かう。明日から地獄プレビューアカデミーが昭和音楽大学で開催される。思えば昨年も静岡の掛川のつま恋で地獄のドリアードアカデミーがあったな。年末年始は私にとっていつも地獄だ。とにかく気合で頑張るより他ない。2013年12月26日 11:28:00

その後投薬の効き目もあったと思う。何と2014年元旦の朝に石が無事に出てきたのだ!これは縁起が良い!記念に石の撮影に成功。もい1枚はお世話になった成田記念病院。



今日は金城学院大学と愛知県の稲沢市民会館の共同企画でクリスマスコンサートが開催された。このような企画は今回が初めてである。稲沢市が会館の提供や広報活動を担当くださり私たちl金城学院音楽芸術学科が演奏を受け持つ方式だ。市民の皆様にとっては安い料金(500円)でハイレベルなクラシック音楽が楽しめ学生にとっては素晴らしいステージ体験が出来て両者に大きなメリットがある。チケットは早々にソールドアウトだった。今回の音楽監督は金城学院大学教授でセントラル愛知交響楽団名誉指揮者の小松長生氏があたった。
小松氏は自ら司会と曲目解説の台本を書きあげて入念な立案をされ金城学院大学の学生がナビゲーターとして司会を行った。この台本が実に見事であった。また司会も好感度抜群だった。多少専門的な内容も平易な表現で全ての観客が分かるように丁寧に解説されコンサートは終始モルトレガートで推移した。出演した学生たちは驚くほど集中して演奏し、2時間の演奏会があっという間に終わった。大変見事な演奏だった。
最後に学生全員と観客により「ふるさと」が歌唱されてコンサートは成功裡に終了した。私の担当生徒の永井亜美さんも立派に責任を果たせて本当にうれしかった。12月25日には守山文化小劇場でクリスマスコンサート第2段が行われる。是非ご来場ください!2013年12月15日 22:49:04


ピティナ名古屋支部主催の入賞者コンサートで門下生で金城学院大学2年の橋口幸恵さんがバラード4番を演奏します。12月21日熱田文化小劇場です。橋口さんは先月のガラコンサートでセントラル愛知交響楽団とピアノコンチェルトを競演し来年1月のショパコン全国大会出場も決めております。是非ご来場ください。2013年11月27日 10:50:17


私はいつも金城学院大学で夕方5時過ぎまでレッスンしている。今日も窓から夕陽に浮かぶ薬学部の校舎とランドルフ教会が美しく浮かび上がっていた。この景色は大好きだ。もう10年近くもこの窓からの眺めを楽しんでいる。学内は木々が生い茂りとてもきれいだ。そして夕方ともなると本当に静かでロマンチックだ。でもこの大好きな景色が見られるのもあと数か月。来年春には新校舎が完成して私たち音楽芸術学科は全てそちらに移る。しかし今度の私のレッスン室は6階になるそうなので景色はさらに美しくなると思う。生徒たちは毎回本当に熱心に練習してくる。いい加減に風邪でも引いて欠席してくれないか思うけどみな欠かさずに毎週気合の入った演奏を聞かせてくれる。2013年12月12日 22:35:32


マンション大作戦は大詰めを迎えている。年内に何とかけりをつけたいと思いマンションに行くたびに巻尺を片手に無い知恵を絞って考えている。私にとってマンションは前線基地だ。本陣はあくまでも豊橋の自宅だ。慣れないせいもあろうがマンションでは何となく寛げないので結局レッスンを終わると夜の東名高速をひた走り豊橋に帰ってきてしまう。だから今のところマンションに泊るのは毎週火曜日の夜だけだ。つまりマンションはひたすらレッスンのためだけに使っているのだ。さてマンションの装備の要は勿論ピアノだ。新しいピアノが先週やっと防音室に入った。しかし私はまだ新しい仕事環境に全然満足していない。
豊橋の自宅を4年前に建てたときは周りが驚くような設計や仕掛けをふんだんに盛り込んだものだ。一階は全てレッスン関係に充ててプライベートスペースは完全に2階にするとか手の込んだ空調システムやインターネットシステムを構築するとか、業務用としか考えられない60アンペアの配電盤を設置するとか廊下にまで暖房システムを整えまるでヨーロッパの家屋みたいに屋内全てが快適にするとか、やたらにドアを作って空間を巧みに区切ったりとか数え上げたらきりがない。


そして今回名古屋のマンションでも思い切った作戦を立案した。勿論豊橋の家と違い防音室以外はオーダーンメイドではないから限界はあるが完成した暁にはきっと生徒たちは驚きの声を上げることだろう。「ここまでやるか!!」と。私はそうした独創的な発想をすることが大好きだ。
今日は久しぶりに仕事が休みだったから朝からホームセンターに出動してあれこれ買いあさって来た。そしてネットでも家具や諸々の物品を発注している。生徒諸君は年が明けてレッスンに来るのを楽しみにしていてください。まあ基地としての完成は来年3月末を目指している。まあ消費税のアップ前に仕上げたいのも要因の一つだ。2013年12月12日 22:10:50


今日は金城学院大学の敷地内にあるランドルフ教会で音楽芸術学科とキリスト教センターによるお昼のミニコンサートが開催された。一年生のピアノ科3名が若々しくて爽やかな演奏を聞かせてくれた。このような学内コンサートは年間を通して何度も企画されていて選抜された学生たちは数多くステージの場が持てる。学生たちに定期演奏家やガラコンサート(協奏曲の祝典)では学外の一流コンサートホールで演奏するチャンスがあることは言うまでものない。私の担当の竹之内優希さんも立派に演奏が出来てほっとした。
2013年12月4日


今日は友人の江夏範明先生のお招きで神奈川県の海老名でのステップ審査に出かける。今回の会場は東京からは結構距離があり豊橋からも乗り換えが多いので思いきって愛車BMW320dを駆ってドライブ旅行することにした。
思えば東京方面にこの車で出かけるのは今年の1月初めのショパコン全国アジア大会審査以来の二回目だ。あの時は納車されたばかりのBMWを恐る恐る走らせての行軍だったが納車されてから早いものでちょうど一年が経過している。その間の愛車の活躍については列挙したらきりがない。4月の名古屋勤務開始から毎日のように私の愛馬として暑いときも寒い時も台風の中も豪雨の中も私を運び続けてなんと1800キロにもなろうとしている。その間の故障は勿論ゼロ。
そしてこの車はハンドルを握る度に私の気持ちを高揚させてくれる何かを秘めている。これはスタインウェイのフルコンを弾く時と通じるある種の快感ともいうべき心地よさなのだ。これらドイツ製品は一体どういう価値観で作り上げられているのだろうか?根底にはバッハやベートーベンやブラームスやシューマンといったドイツの大作曲にも通じる強固な意志ともいえるこだわりや信念が感じられる。演奏していて本当に良い楽器だな!運転していて本当に良い車だな!といつも納得させられてしまう。


さて前置きが長くなりすぎたが、今回も新東名高速道路を一直線に東へ進んだ。途中の沼津パークエリア付近で夕食タイムとなった。ここでは先ずは地元の海の幸満載の海鮮丼にありついた。これがうまいのなんのって。モダンで広大な店内をうろうろ探索していると、そばやの前で足が止まった。ざる蕎麦と地元名産の桜エビのかき揚げのセットを見たとたん一度点火した食欲は押さえようがなく迷わず注文!サクサクのかき揚げの香ばしかったこと。たらふく食べてお茶を何倍もがぶ飲みして大満足で愛車を進めた。
ところが御殿場までさしかかったあたりで予期せぬ事態に遭遇


した。何と大渋滞に巻き込まれてしまったのだ。渋滞の列はそのまま東京まで何十キロも続いていた。車は進んでは止まりの超ノロノロ運転。時間はたちまち一時間以上経過。目的地の海老名インターまでもう少しなのになかなか進まない。まずいことに生理現象が襲ってきた。カーステレオを流して必死で気をそらそうとしてもだんだんやばくなってきた。
やっとのことで海老名インターまでたどり着きジャンクションに入ったが何と目の前の道路表示とナビの表示が異なる!どちらをとるか一瞬の判断だったが私はナビをとった。
これが運のつきだった。少し進むと海老名に行くのとは違い、またもとの大渋滞の東名高速道路に戻ってしまったのだ!!救われたと思っただけに落胆は大きかった。私はいよいよ焦って来た。もうもらしそう、、、、脂汗が出てきた。それでも後少し行くとパーキングエリアにつく。そこまで頑張れと自分に言い聞かせたがパークエリアに進む車線だけ異常に遅く全然動かないのだ。少し先までいって事態が把握できた。私と同様のピンチに陥った車がパークエリアめがけて殺到していたのだ!いかんこのままでは討ち死にだ。私はナビと次のインターとの距離を目測で計算して次の横浜まで行ったほうが時間短縮できるととっさに判断して車線を本選に戻した。運転の名人の私としては珍しくハンドル操作が急すぎて後続のトラックにクラクションを鳴らされた。切羽詰まっていたので気にせずに渋滞の中を横浜目指した。
少し行くとさすがの大渋滞も収まり車は一気に加速しだした。約30分かけて横浜町田インターまで辿りつきインターを降りてすぐにガソリンスタンドを目指した。給油中にトイレに駆け込んだ。こうしてピンチを何とか切り抜けて愛車は予定より2時間半も遅れて夜遅く目的地の海老名まで到着した。もらしそうになったり追突されそうになったり本当に生きた心地では無かったがホテルのベッドに転がり込んだ時は緊張から解放されて全身の力が抜けた。

翌日は朝一番からチーフアドバイザーとしてひたすら講評を書くことに精を出した。休憩のときはいつも江夏先生らと会話が弾み大爆笑だった。根津理恵子先生のトークコンサートは本当に美しくて感動した!私のワンポイントレッスンは早口で詰め込み過ぎて生徒さんには気の毒な思いをさせた。でもどの参加者も信じられないほど上手だった。後で聞いたところ後半の生徒は音大音高の受験生や音大音高生ばかり。おまけにショパコン全国大会組の精鋭ぞろいだったのだ。それだけにこちらも気合を入れてアドバイスさせていただいた。本当に充実した演奏でこちらが感謝したいほどだった。

さて審査は夜の8時半ちょうどに予定通り終了。私の愛車はホテルに帰るのではなくまっすぐ豊橋を目指して走り出したではないか!私は良い演奏を聴かせていただきテンションあがっていたし翌日には仕事も控えていたので、その余波でその日のうちに一気に豊橋まで戻ってしまおうと決意した。順調にいけば日付が変わる前に帰宅できるはずだ。今度は道を間違えるドジもおしっこ地獄も経験すること無く空き空きの新東名高速道路を矢のように突き進んだ。途中はトイレ休憩5分のみで何と予定の到着時間より一時間近く早く我が家に帰りついてしまったのだ。愛車りえた号が今回ほど強運で頼もしく見えたことは無かった。2013年11月25日 21:44:52
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今日はオリエント楽器主催で2014年3月1日2日にフロイデンホールで行われる第22回東三河PTCコンクールの課題曲説明会をオリエント楽器本社サロンで行った。ここのところ異常に忙しくて出来たら今年はパスしたかったのだが自分で選んだ曲なので他人任せも良くないと思いお引き受けした。しかし全然さらう時間がなくて前日のみ集中してピアノに向かうことができた。今回は小学5,6年生の一部と中学生部門の課題曲はアシスタントの三宅菜津子さんにお願いした。私は直前までなんとか自分で弾こうともがいていたので課題曲のドビュッシー等は前日になって三宅さんにお願いしたほどだった。にも関わらず快く引き受けてくれた。
さて説明会が始まれが四の五の言っていられない。なぜなら会場は熱心な指導者で満席状態だったのだ。とにかくベストを尽くさねばお集まりいただいた先生方に申し訳ない。結局休憩なしで喋りまくり弾きまくりで2時間半はあっという間に過ぎてしまった。今回はオリエント楽器さんのアイデアでビデオカメラを真上から配置して鍵盤をくまなく大画像に映し出すことに成功しとても解説がしやすかった。今年の課題曲の多くは他のどのコンクールでも使われたことのないサラの作品も多く例年以上に素敵な作品が数多く入っているので是非多くの参加者が弾いてくださることを願ってます。 コンクール詳細は   2013年11月18日



名古屋マンションは今月初めから使えるようになったが、あまりの多忙さで家具など生活必需品をそろえる時間がなくてレッスンのみ、ようやくスタートした感じ。ただマンション防音室が複雑な形状をしているので内部の響き複雑に共振を起こしており目下チューニング作業に取り掛かったところだ。こうして少しずつ手直しして最終的には私の好みの響きに仕上げていく。これはとても根気のいる作業だが業者さんもそこのところをとてもよく理解くださっているので安心してお任せできる。そしてその後には今借り置きしてあるピアノを正式版に入れ替える作業も控えている。私は4年前に建てた豊橋の新居の時もレイアウトや装備に徹底的にこだわりピアノの配置などは何度も設計図の上に紙の切り抜きを重ねて検討を進めた。それでも実際に配置してみると色々不満が出てくる。最終的には一年近くを費やして現在の配置に落ち着いたのだ。豊橋の家は先ずフルコンを入れることを想定して全てを練習と研究とレッスンのためだけに絞って設計した。だから実際に住んでみても何とも使い勝手が良くて我ながら会心の出来だと今でも満足している。勿論お金に糸目をつけなければ設計から家具までプロの任せれば事足りるのだが限られた予算の中でどう仕上げるかが腕の見せ所だ。だから家具などは目的にあったものを全て通販でそろえて徹底したコストカットに努めた。
それに比べてマンションは既成の間取りに本来の目的以外のピアノ演奏をあてはめているのだから今回ははるかに制約が多くて毎日悩みの連続だ!とにかく時間がほしい。今回も家具等は全て通販でそろえ浮いた予算を楽器に充てる方針だ。
マンション使い勝手はまだまだ未完成だが藤が丘という町の魅力計り知れない。独身の身にとってはこれほど住みやすいところもまれだと思う。マンションと駅の間の数百メートルの間におおよそ全ての飲食店があってどこも美味しくて安い。学生とサラリーマンの街だから若い人が多いのもフレッシュな印象でよろしい。 駅の直近にもかかわらず清潔で安心安全だ。待つのが大嫌いな私は車をマンションの機械式駐車場に入れるの待つのがたまらなく嫌で結局数分のところのにある月極の駐車場を契約してしまった。おかげで超快適だ。車を降りて目の前が高級スーパーのエフと庶民的なスーパーのピーコックストアなのでちょっと買い物をしてマンションに帰ればよいのだ。2013年11月17日



金城学院大学音学芸術学科の本年度の入試がいよいよ本日の一般公募推薦入試からスタートした。公募試験の出願者は昨年を上回りレベルも大変に高くとても期待が持てる受験者ばかりだった。私も緊張したけどとてもフレッシュな気持ちになった。皆様の合格を心からお祈りいたします。2013年11月16日



昨日でようやく第15回ショパン国際コンク イン ASIA 豊橋大会を無事終了することができた。今年も三大都市以外としては異例ともいえる100人をはるかに超える参加者と高水準を維持できたことは実行委員長としてとても嬉しい。初日は一般、大学、高校、中学、2日目は小学生全学年となりいずれも豊橋駅前に今年オープンしたばかりのプラッツ豊橋の小ホール行われた。審査員ポーランドからお招きしたグリツカ教授をはじめショパンのオーソリティーが集まった。ホールの響きは初日は少しこもって聞こえたが徐々にピアノとホールが馴染んできて2日目はいい感じだった。審査員が一致した感想は小学生部門と中学生部門が極めて高い水準で全国的に見ても聞きごたえがある、との点だった。結果的に小中学生の通過者人数が多かったのも当然と言えよう。それにしてもショパンの音楽の美しさと参加者がショパコンにかける意気込みが重なり、それがひしひしと伝わってきてしばし審査を忘れて演奏に聴き入るほどだった。参加者の皆さん、指導された先生方、御両親をはじめ家族の皆様本当にお疲れさまでした。今回通過された方も惜しかった方もショパンを真剣に学んだことはピアノ学習する上で極めて有意義だと思うので必ず実になると確信します!2013年11月10日


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今日は門下生OBの鈴木聡太君(愛知県立明和高校音楽科2年)小鷹礼子さん(愛知県立芸大2年)によるジョイントリサイタルが名古屋栄のカワイコンサートホールブーレで開催された。曲目はプログラムをご覧いただければお分かりだがそれぞれが持ち味をいかした大変興味深い曲目が並んだ。鈴木君はずっとバッハを得意としていたからやはりこの日のステージもバッハのトッカータで開始した。複雑で長大な対位法的な構成を明瞭なタッチで分析してくれた。次のシューベルト リストはあたかも三人の歌手が奏でるように立体的な響きだった。音色が多彩だった。最後のショパンの幻想曲はいかにも男性的な骨太の表現で圧倒的な迫力だった。後半は小鷹さんだった。最初はベートーベンのソナタ作品110 この晩年の崇高な作品を実に見事にアナリーゼして緻密に表現していた。次のラヴェルのオンディーヌは透明感あふれる繊細で美しい響きだった。最後のリストのスペイン狂詩曲はお見事としか言いようがなかった!最後の二人により連弾のブラームスのワルツがとても美しくて癒された。演奏会は満場で大成功だった!カワイでの門下生シリーズも小野田有紗さん佐藤元洋君と今回で三回目となる。次回も是非応援ください。2013年11月2日


月末から今月初めにかけて全日本学生音楽コンクール本選審査、ピティナレッスン室見学、マンション防音工事完了、ピアノ搬入、明和高校実技試験、鈴木聡太、小鷹礼子ジョイントコンサートなど目まぐるしいスケジュールが続いてマジくたばりそう。そして迎える今週土日のショパコン豊橋大会。残念ながらFBはおろかホムペにすら詳細をレポートする余裕はない。レッスンの嵐の合間にマンションを訪れて何とか予定通り今週から名古屋の藤が丘でレッスン開始にこぎつけた。でもまだ環境整備には時間がかかりそう。家具とか買い揃える時間が無いのだ。とにかく気合で頑張るより他にない。2013年11月4日 23:25:53


今日はピティナ本部主催で各地のベテラン指導者によるレッスン室見学が私の豊橋のレッスン室で開催された。実は私は4年前の2009年の第1回の時も講師を勤めさせていただいた。その時は新居が完成して間もない時でまだ新居の香りが漂っていた。何より家内が自宅に遠路からのお客様をお迎えるとあって大張り切りだった。家内はきれいなスリッパを20足も買い揃え受付も喜んでやってくれてとてもうれしそうだった。
今回も多くの参加者が見えてくださった。遠くは東京や静岡からもお見えになってくださった。本当に感謝感激だ。前日にまたスリッパを取り出していると在りし日の家内の姿が思い出されてたまらなくなった。
今回はモデル生を3名配置した。小学1,2年生を受け持ったのは安田さん、小学3,4年生は佐原君、小学5,6年生と担当したのは辻田さん。演奏はショパンやドビュッシーの作品だった。質疑応答を含めて約3時間は瞬く間に過ぎた。この企画はとても興味深いと思うので今後も各地で展開すると嬉しい。 今回は荒川節子先生と三宅菜津子先生がが受付から諸々の準備まで全てをやってくださりとても助かった。お二人はショパコン豊橋大会でも受け付けや司会や受付を担当くださる。2013年10月27日


昨日マンションの引き渡しを済ませたが初日はただただ戦争状態。約10件の打ち合わせを立て続けに済ませ、夜は布団や食料を持ち込んだりカーテンを取り付ける作業をして立ち続けで過労死寸前。ソファーもテーブルも椅子も無く、ベッドだけしかない部屋ではゆっくり寛げつるわけもない。翌日も金城→明和→金城とレッスンしてその間に荷物の搬入を見届けたりしたら体調悪くなってしまい夜の名古屋のプライベートレッスン中止せざる得なかった。まだとてもマンションで生活できる状態ではないことを思い知った。大学も高校もコンクールもピークに忙しい時に入居作業どころではなかった。初めから分かり切ったことなのについつい急いでしまった。引き渡しが終わり一段落ついたので、これからはマンションの事はしばらく忘れて当面の仕事の没頭しよう!まず体調を戻さなくては。それと迫りくる秋のコンクール群に備えなくては。ただ防音工事は昨日から開始されたからレッスンだけは順調に進めば11月から藤が丘で開始できそうだ。2013年10月22日 23:41:14


早いものだ。明日午後はいよいよマンションの鍵の引き渡しが行われる。その後いろいろな整備が待っている。とにかくこの一年が瞬くうちに過ぎ去った。でもマンションで住めるようになるのは当分先だと思う。先ずはレッスンが開始できるように防音工事を一刻も早く着手しなくてはならない。すでにその為の手配は出来ているので明日は工程の確認作業だ。入試や学内試験を控え今大学も高校も一番忙しい時期だしショパコンもいよいよ再来週から始まる。本当に身体がいくつあっても足りない。1にレッスン2にレッスン3、4がなくて5にレッスンだ。 26日には全日本学生音コンの本選も控えている。翌10月27日はピティナ本部主催のレッスン室見学が我が豊橋の自宅で実施される。2013年10月20日 23:16:00



金城学院大学主催のガラコンサート「コンチェルトの祭典」は本日しらかわホールで開催された。今回3回目となるこのコンサートだが会を重ねるごとに内容が濃くなりプログラムも多彩になってきた。そして今回は?大成功といっても過言ではないと思う。出演者14人(ピアノ10人声楽4人)のいずれも高水準で安定したステージを聞かせてくれた。この理由は学生たちが経験を積んできたことが一番だと思う。ソリストとしてステージに上る学生も聴衆として満場の客席で応援する学生も生のオケとの合わせをリハーサルから本番に至るまで何度も体験してきたから自然に合わせものの魅力と、こつのようなものを身につけてきたのではないかと思う。学生にとって理屈より一番大切なことは実践だと思う。この調子で毎年のようにレベルアップして行ったら恐ろしいことだ。小松先生の棒の元、今回もセントラル愛知フィルハーモニーが実に熱い演奏を聞かせてくれた!ソリストと指揮者とオケと聴衆が一体になり会場がとても素敵なアンサンブルを作りだしたかのようだった。私は連日の名古屋通いでふらふらに疲れきっていたが終演後は学生たちと本当にうれしい気持ちで盛り上がることができた。今回の素晴らしステージを実現するにあたり本当に多くの皆様の協力をいただいた。関係各位に心からお礼申し上げます。2013年10月12日 23:29:28



イタリアの名ソプラノ、リチャレッリさんが我が金城学院大学に来てくださり公開レッスンをされた!実はリッチャレリさんは前日に名古屋の電気文化会館でテナーのジングリエッロさんとゲストに迎えてリサイタルをされた。私はそれも聴きに行っていたから余計に感激が大きかった。コンサートも公開レッスンも本当に素晴らしかった。久しぶりにミュンヘンの国立オペラ劇場で聞いた本物のオペラの感激が蘇った!2013年10月10日



ピティナ本部主催のレッスン室見学で私のレッスンをご覧いただけます。どうぞお気軽においで下さい。ただ私の都合で当初予定していた10月26日を10月27日(日曜日)に変更させていただきます。定員になり次第締め切らせていただきます。詳細はこちらから。


一昨日10月6日は静岡県の浜松学芸高校で開催された記念すべき第1回浜松ハーモニーステーションのステップ審査に出かけた。久しぶりにホテルコンコルドを利用した。若い時にヤマハでコンサートグランドピアノ等を開発するチームで試弾のお仕事を10年くらいやらせていただいたが当時出来たばかりのホテルのフレンチでよく会食を御馳走になったものだ。時はまさにバブル絶頂期。コンコルドホテルはバブルを象徴するようなゴージャスで奇抜な高層ホテルだった。久しぶりに泊った部屋は歳月の経過を感じさせ絨毯もすり減りベッドもへたり気味だった。でも館内には髄所に往時の華やかな面影がしのばれて懐かしかった。浜松学芸高校はかつて信愛学園高校という名前で、そこの音楽科は今日に至るまで名門として伝統を誇る。私はかつてお隣の豊橋市で桜丘高校音楽科に長らく勤務していたので信愛学園とても親しみを感じていた。今回ご縁あってここのホールでアドバイスさせていただいてとてもうれしく思った。そして会場で何とかつてヤマハ四つ池センターでお世話になった。杉山先生と30年ぶりの再会を果たすことができた。この辺のいきさつは今回は割愛させていただきます。ピティナのおかげでこのような素晴らしい機会を与えていただけ感謝の気持ちでいっぱいだ。ステップ演奏された参加者の演奏が本当に素晴らしかった!!感動的な演奏もたくさん聞けた。大満足の一日だった。


翌日は10月7日は7金城学院大学のランドルフ教会にて1週間後に控えたガラコンサートのための第1回目のオケ合わせだった。セントラル愛知の皆様が学生のためにわざわざ出向いてくださり丸一日コンチェルトの合わせに付き合ってくださった。学生たちはものすごい緊張の中でも初めてのフルオケとの競演にすごく感激していた。今週金曜日に第2回目のオケ合わせがあり土曜日はしらかわホールでゲネプロと本番がある。いよいよ佳境を迎える金城のガラコンサートに是非一人でも多くの方がお見えになることを願っております。私は明日から土曜日まで毎日名古屋に出勤です。とにかく気合で頑張るより他はありません。2013年10月8日 22:16:08


昨日は大学の会議が3時間にもなった。中身の濃い会議だったがさすがに疲れた。今日は何となく気持ちが落ち込んでいる。レッスンも一人はお休みにして静養に努めた。仕事の合間に新居入居の準備を進めていはいるが寄る年にはかなわず根気が長続きしなくなった。前回5年前の新居の時は家具選びにせよ家電選びにせよ飽きるくらいにカタログを眺めて過ごしたが、今回はめんどくさくなって来た。それにテンションが上がらない一番 理由は家内がいなくなってしまったことだ。今まで何回も家を建ててきたがいつも家内といろいろ話しては、アイデアを聞いてもらったりして(結局は私一人で決めるにせよ)楽しく進めてきた。今回は黙々と話し相手もなく設計図を見てインテリアにしても家具にしてもどうせ私が一人暮らしするだけだから適当でいいか、という気持ちになってしまう。やはり家は夫婦で相談して建てるものだな。でも長距離運転で体はどんどん疲れ果てていく。一日も早い転居を果たさないと危険だ。2013年10月3日 23:54:35


金城学院大学とセントラル愛知交響楽団の共同主催によるガラコンサートがいよいよ2013年10月12日にしらかわホールにて開催される。この日のために学生も教員も夏休みを返上して精一杯頑張ってきた。あと二週間、演奏会を成功させるべく最後の追い込みに入ります。皆様もぜひ学生たちのひたむきな演奏をお聞きください。よろしくお願いいたします。2013年9月26日 22:46:12


今日は待ちに待ったマンションの内覧会だった。私は今日に備えて入居に関するいろいろな書類をチェックしたり間取りの図面を見ては様々な想定を繰り返してきた。つまりどこに何を置くかだ。そのために数のカタログや絨毯やカーテンのカタログを眺めて大体の絞り込みをしていた。また一昨日にはエイデンに繰り出してエアコン4台と冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、掃除機、LED照明機器を買いそろえておいた。マンションのキー受け渡しは10月19日以降だ。内覧会の一日間を除いてはその間は一切部屋に入れない。だから採寸のチャンスはここしかなかった。また防音リフォーム関係の見積もりもここでしかできない。もちろん10月19日以降ならいつでも可能だが家具や電化製品や防音リフォーム設計は通常はひと月近くかかる。だから引き渡しまでに発注できれば入居は大幅に早まる。

午前11時から約一時間ゼネコン立ち合いで内装や装備を一つ一つ入念にチェックした。すべて完璧だった。引き続き防音リフォーム業者と打ち合わせを一時間ほど行う。大急ぎでコンビニ弁当をかきこんで間取図を元に採寸作業にかかる。長に業務用の巻尺を一人で操るのは本当に大変。私のよう慣れたものでもキツかった。当日は秋には珍しい猛暑で私は汗だくで床や梁を這いつくばったり背伸びしたりしながら採寸しては図面に書き込む作業を2時間以上もした。最近足腰が痛むのでかがんでは起き上がるのが辛かった。こんなときに助手がいたらどんなに助かることか。でも壁面を使った収納家具をぴたりと収めきった時の快感は忘れられない。だから必死で頑張った。そしてふらふらになってようやく仕事を終えてマンションを後にした。作業最中はゆっくり感動に浸る余裕もなかったが、改めてマンションを振り返り、部屋や内装を思いう浮かべると途方もない感動が押し寄せてきた。

今回全く新しい街に住まいを持てたことは味わったことのない新鮮さだった。マンションは地下鉄東山線の藤が丘駅から歩いて3分。駅から見えている近さだ。私は藤が丘に車を置いて名古屋の中心栄まで所用で行ってみたが改めてアクセスの良さを実感した。栄で仕事の打ち合わせとレッスンを二人ほどして再び藤が丘に戻ってきた。夕食をどこかでと思ったが駅前には手軽でおしゃれなレストランや軽食屋さんがいくらでもあり美味しく晩餐を楽しめた。駅に行く間に成城石井と松坂屋ストアの2つのスーパーがある。成城石井に立ち寄ると中には豊橋のスーパーでは決して手に入らない少し高級な輸入食材や美味しそうな惣菜が並んでいて、見ているだけでウキウキしてきた。本当に素敵な街だ。私ももうすぐここの住民になるのかと思うと信じられない気持だ。

スーパーの売り場を歩いていると家内のことが思い出されて涙をこらえきれなくなった。なぜもう少し頑張って一緒にきてくれなかったのか。こんなに素晴らしい体験を二人ですることができたのに。私は家内によく言ったことは「病には環境を変えることが一番だから二人で名古屋に移って出直さなか?」しかし家内は決して豊橋を離れようとしなかった。そのことは今でもとても残念に思っている。
さて藤が丘に停めておいた車で豊橋に帰宅したがマンションから東名高速の名古屋インターまでも5,6分で行ける。大学までは10分強しかかからない。私は夢を見てるに違いない。この夢が覚めないことを祈る。

思えば私は基本的にさすらい人だった。生まれは愛知県だが父の転勤ですぐに東京の新宿に移った。父は化学薬品メーカーの上のほうだったから転勤が多かったのだ。小学校2年生だったかな?いきなり山口県の小野田に引っ越しした。父はそこの工場長になったからだ。あの時はびっくりしたな!でも少年時代を自然が豊かな山口で過ごせたことは良い思い出だった。小6になる前に今度は兵庫県の尼崎に引っ越した。ここがまた楽しかった!

その時以来私は心は関西人、言葉も関西弁。ここでピアノの道を志した。大学は愛知県芸大だったので再び愛知県に戻り長久手いう田舎に下宿した。ここでの思い出はあまり楽しくはなかったな。ピアノでも明和は菊里の出身者の中で劣等感も苛まされ、初恋の人に失恋したりろくな思い出はなかった。その初恋の人が明和高校音楽科の卒業生でピアノがべらぼうに上手かったな。だから明和には悔しい思い出しかなかった。でも40年後に自分がまさか明和高校に勤めることになとうとは。

卒業して再び兵庫県の両親のもとに帰った。そして神戸を中心に演奏活動した。だから関西は第二の故郷だ。それから一年後にドイツのミュンヘンに留学にした。ここでの三年間は私の人生のハイライト!もう全てが感動また感動!この留学が私の人生の一大転機ともなった。帰国してみると両親は豊橋に移り住んでいた。私は豊橋の桜丘高校音楽科と京都の同志社女子大学の講師となり豊橋に住みつつも関西の芦屋に下宿して二重生活を送るようになった。これは今の私の生活とも結構似ていることに気がついた。そのうちに豊橋で桜丘高校での勤務が専任になったので関西の下宿は引き払い同志社女子大も泣く泣く退職した。これは今でも悔しい。あの時にお世話になった同志社の先生方も同僚の先生方もとても残念がってくださった。同女は本当に素敵な大学だった。そこの雰囲気が金城学院にとても似ていた。同じミッション系だし歴史も長かった。後で聞いたら金城と同志社は提携校の関係にあり金城の音楽芸術学科は同志社女子大をモデルにしたそうだ。道理で似ているはずだ。

そんなわけで私はその後30年以上にわたって豊橋を中心に活動してきた。そして8年ほど前から名古屋の金城で教えることになり御縁あって今年から専任として赴任することになった。同時に明和高校音楽科でも教えることになった。こうして今回の名古屋でのマンションの話がいわば自然の法則で実現したのだ。
留学を体験した私は日本の中での転居には全く抵抗がない。私は今でも東京も名古屋も大阪も兵庫も京都も山口もどこも大好きだ。これからもいつ何時どこにでも移り住む覚悟がある。若い時に身に付けたこうした柔軟性は年をとっても役立つものだ。
ピアノ指導の上でも柔軟性は一番大切だと思う。何せ生徒は10人10色。自分のやり方に自信持つのは良いが常に相手に適応させていかないと取り残されてしまう。若い時に劣等感を経験することも大切だと思う。なぜならエリートには下手な子の辛さや気持がなかなかわからないからだ。2013年9月23日 19:17:29


いよいよ今週9月22日日曜日にマンションの内覧会が迫っている。あっという間の一年間だったな。私の部屋はどんな感じに出来上がっているか興味津津だ。私は昨日からエアコンや洗濯機、冷蔵庫などの大型家電や照明機器の選択に入った。同時に家具の選択も開始した。思えが5年前に今の新居を建てたときは設計から内装や配線、擬装まですべて一人でやった。仕事が終わってふららにふなっても毎晩深夜まで設計図とにらみ合いながら作戦を立てたものた。時折家内が起きてきて「じゅんたくんまだ起きてるの?いい加減にしときんよ。」と眠そうに言っていた。特に防音には人一倍気を使った。部屋が完成した時も私がピアノを弾き家内が家の周りをうろうろ回りながら音漏れがないか何度もチャックしたものだった。その甲斐あって新居の防音は完璧で24時間フルコンを弾き放題だ。

また再びこのような作業をすることになろうとは夢にも思わなかった。家内もきっと呆れていることだろう。私は5年前の情熱を再び取り戻したかのように気合いを入れて防音室の設計やエアコンのカタログをチャックしている。そしてネットや量販店などあらゆる方策で最新型が少しでも格安に手に入るよう研究を続けている。エアコンはマンションの肝ともいえる要素なのだ。エアコンの性能によってマンションの快適性が大きく異なってくる。一度に4台購入するのだから気合いも入る。後は家具。私は一切の装飾には関心がなく、ひたすらシンプルで合理的なものを欲している。しかも寸法がピタッと合ったシステム家具にしか興味がない。これがまた大変なのだ。一ミリの狂いもないように入念に調べ上げないと後でひどい目にあう。今の新居ではこの家具の選択にひと月を要したが今回はそのような時間はない。来年4月の消費増税の影響で年明けには家電、家具とも品薄が予想される。今しかない。とにかく11月からの名古屋活動開始に向けて徹夜ででも頑張るよりほかはない。2013年9月20日 22:37:39


今日9月18日は大学の後期オリエンテーションだった。いよいよ今週から大学の後期授業もスタート!学生たちもとても張り切っている様子だった。それにしてみんな元気がいいな。来月には大学主催のコンチェルトの夕べ”ガラコンサート2013”も控えて楽しい中にも緊張感も感じられた。その後に学科会議が3時間近く行われた。審議事項が盛りだくさんで時間のたつのも忘れるほどだった。有意義な会議だった。


昨日9月15日は名古屋栄のカワイでコンサートホール”ブーレ”で私の特別レッスンが開講された。今回は応募者が多数に朝9時半から夕方6時ころまで8人の受講生をレッスンさせていただいた。フルコンでのレッスンはとても気持ちよく出来た。何より参加生徒の反応がとても速くて疲れ知らずに楽しくお仕事できた。あいにく台風18号が接近中なのでレッスンを少し早く切り上げて大急ぎで帰宅した。電車が止まって帰宅難民になったら大変だ。その日の夜半から猛烈な風雨が豊橋を襲った。台風は翌朝8時くらいに豊橋に上陸。
吹き荒れる強風で家は震えるほどだった。こんなひどい風雨は豊橋では初めての経験だった。やがて深夜4時ころか突然停電が襲った。私は自宅で停電を経験したことはほとんどなかったからとてもビビってしまった。翌日正午を回っても電気は一向に来る気配はなかった。空腹に耐えきれずにコンビニに行ことして車を出すも信号機が動いてなくて交差点は大混乱。恐ろしくなって空しく引き返した。勿論当日予定のレッスンはすべて中止だ。しかし午後3時くらいにやっと電気が復旧した。レッスンが無くなってこれ幸いとばかりに第22回東三河PTCコンクールの課題曲選曲の作業に入った。もう22年間毎年やっているが、これが実に大変な作業なのだ。膨大なテキストの中から出来るだけ使われたことのない曲を約20曲選ぶのだが、各部門ごとに4曲づつ系統的に難易度を変えていくことが至難な業、しかも音楽的私が気に入ったものとなるとますます難しくなる。でも台風のおかげで誰にも邪魔されずに選曲を終えることができた。



翌日9月17日は明和高校音楽科の後期最初のレッスン。台風一過の青空があまりに清々しかったから私は車を止めて電車で出勤することにした。車窓からの眺めは見慣れているにも関わらず妙に新鮮だった。栄の次だったか市役所前という地下鉄の駅から名古屋城を眺めながらとても気持ちの良い秋の日差しを浴びに明和高校に到着。レッスンした後に今度は栄に出てカワイで3人ほどレッスンして再び名鉄電車で帰宅した。今回は徹底して公共交通機関を利用してやろう思い自宅までもバスで帰った。車に比べて時間も料金もかかったがとてもヘルシーで気持ちがよい一日だった。これから季節が良い時は努めて電車通勤を心がけたいと思う。


9月14日は金城学院大学のオープンキャンパスだった 。 本年度から開設された音楽芸術学科はすでに相当に話題になっている模様で、前回の8月のOPにはブース訪問者が2数十名人を突破するほどだった。今回はまだ集計が出ていたないが、とても手ごたえを感じた。皆さんがなぜ金城学院に多くの関心を寄せられるのか?こちらから聞き返してみると真っ先に卒業後の就職が安心との答え。次にカリキュラムが独自で良い。音楽だけでなく文学や歴史や外国語など幅広くしっかり学べる、その次にブランドイメージが良いなど聞かれた。私も同感です。大切なことは音楽関係にせよ一般企業にせよ卒業後にキチンとした職につけて人生設計がしっかり出来る大学でないといくら専門性が高くても自己満足で終わってしまうと思う。卒業生が社会に貢献できてこそ大学の存在意義がある。
さて、私たちにとってとても楽しみなことは、いよいよ来年3月に新校舎が竣工する。ホールのフルコンは勿論のこと、全レッスン室や演習室や研究室のピアノもすべて新規で購入される。この時勢に桁はずれた投資だと思うけど、それだけ大学の音楽芸術学科への期待が大きいのだと思う。工事夏休み中に大幅に進展した模様で校舎の概要が見え始めてきた。



さっき嬉しい知らせが入った。一昨日から始まった全日本学生音楽コンクール東京大会高校生部門でNさんが120→17の狭き門を突破して本選会に進んだ。通った方は芸高や桐朋が大半で厳しい戦いだったそうだ。NさんはピティナのF級でも全国決勝に進んでいてその後すぐに準備に入った。私の知る限り受けるコンクールすべてでファイナルまで進む抜群の安定度の持ち主で音楽的にも精神的にも立派だと思う。先週名古屋で通ったKさん共々頑張ってほしい。2013年9月11日 21:48:29


昨日はポーランドの偉大な指導者アンジェイ・ヤシンスキー教授を豊橋のマイホールにお呼びしてレクチャーと公開・プライベートレッスンをしていただいた。ヤシンスキー先生をお呼びした理由は昨年の同様の企画をさせていただいて余りの素晴らしさに感動したからである。ヤシンスキー先生は朝10時から夜の8時近くまで信じられないほどエネルギッシュンに指導にあたられた。指導はそれぞれの生徒の良い点、改良すべき点を即、見抜き根気強く丁寧に改善のための様々なアドバイスや練習方法を示して下さる。また生徒が音楽の想像力を豊かにできるように、曲の背景や興味深い逸話を話されたり、リズムを体感できるように自らが何度も踊って見せてくださったりステップを踏んで見せてくださったり生徒の五感にあらゆる方法で働きかけてくださるものだから、生徒はどんどん良くなっていくのがその場で感じられた。先生の情熱、指導力の奥深さ、人柄の温かさか、膨大な知識教養、卓越した演奏等々どれをとっても私たち指導者に限りなり刺激を与えてくれるものだった。通訳の東京IMCの谷さんも最後まで精魂こめて下さり素晴らしかった!

先生が77歳にしてあのパワーと情熱で全身全霊で指導される姿に私は恩師のK・シルデ先生の姿を重ねて、とても懐かしく思った。休憩の合間もさらっているご様子や少しの合間もスコアの研究に余念がない姿などとても似てらっしゃる。終了後にマズルカの楽譜を見せてくださったが全ページにフセンや書き込みがびっしりなされ、余白がないほどだった。飛行機の中でも常に楽譜を眺めていると新しい発見があるよ!と話されていた。しかし一番の共通性は温かく優しいお人柄だ。

ヤシンスキー先生をホテルまで送りする車中で先生は突然「君に私の自叙伝を上げよう!」と言われた。ホテルのロビーでしばらく待っていると先生はにこにこしながら分厚い本を片手に現れた。これは今回の来日に際して一冊だけ持ってきたんだよ、と話されて表紙をめくるとProf.HASEGAへと温かいメッセージが書かれているではないか!私は感激して先生と思わず抱擁してしまった。帰宅して見てみると中には愛弟子のK・ツィメルマンやあのA・ルービンシュタインなど多くの偉大な芸術家とご一緒の写真がたくさん入っていて驚いた。英語だからすぐには読めないだろうが、これは私の一生の宝物となるだろう。


余談だがもう一つの宝物は恩師のクラウス・シルデ先生のミュンヘン音大におけるレッスンの全録音だ。はたして何十巻になることか?当時最新鋭のソニーのカセットレコーダ(名機として誉れ高く、なんと今でも現役で販売されてい)とマイクロフォンを担いレッスン室に入るとシルデ先生がにこにこしながらマイクをセットするのを手伝って下さったものだ。それとレッスンの最中に先生が注意事項をこと細かく書きとめてくださったメモ。それも一冊分たまった。それらを見るたびに改めて恩師への感謝の気持ちに浸る。
私は最近年齢のせいか、時々長谷川先生はえらい先生?(身体がの意味)とか耳にすることがあるが全く的外れでである。シルデ先生やヤシンスキー先生などの偉大さを知っている私にとって自分がどれほどのものかは、嫌というほどわかっている。だからうちら凡人は少しでも近づけるよう死ぬまでこつこつ努力するしかないのだ。でも生涯の目標を持てることは素晴らしい。2013年9月11日 14:40:41


昨日2013年9月7日は全日本学生音コンの高校生部門の審査だった。この日は55名の高校生がエントリーした。そのうちの51名は音楽高校という内訳で全員がプロを目指す極めて専門的な集団だった。
そのレベルは当然のことながら極めてハイレベルで下手な子を探すのが困難な状態だった。私の明和高校就任の対外的な初仕事ともなった。今回は一年生の生徒が一人Kさんが参加した。バッハ平均律曲集2巻6番とショパンエチュード作品10の4とスクリアビンのエチュード作品8の10を演奏した。こうした課題曲は全くごまかしがきかず、しかも会場の残響が少ないので細部まで完璧に弾かないとだめだ。
また生徒の演奏順は審査員にも参加者にも当日にならなくてはわからず、全くのアトランダムだった。審査は朝10時から夜7時まで続き終了後は審査員には集計表の提示はなく事務的に結果のみ通知される。そして結果は掲示発表と翌朝の毎日新聞に掲載される。このコンクールの徹底した公平さと個人情報管理に驚いた。
予選を通った学生はたった10名!その中に私の生徒が入っていたのは本当に嬉しかった。明和高校も大健闘だった。兎に角ここまできたら10月の本選に向けて頑張るより無い。今回の全日本学生音コンを通して学生も指導者も本当に多くの事が学べたと思う。終了後に尊敬する杉浦日出夫先生と名古屋駅で終電間近いまでワインを飲みかわし音楽談話を楽しんだ。先生からはいつも本当に多くの示唆やアドバイスを聞かせていただけて感謝してます。2013年9月8日 9:58:55



下記のチラシの9月15日の名古屋カワイでのアドバイスレッスンは予想をはるかに超える8名もの希望があり朝から夕方まで厳しい連続レッスンの仕事となりそう。レッスン曲もショパコン課題曲やメフィストワルツうやホルベルク組曲など難曲が多くて準備が大変そうだ。夏のピティナが終わり、9月にはすぐに全日本学生音コンに入り、秋にはショパコンが控えていて何ともならない忙しさから解放されない。今週末には学生音コン高校生部門審査、第22回東三河PTCコンクール課題曲選曲作業が控えている。2013年9月5日 9:23:04


9月10日にヤシンスキ教授の下記特別企画があります。大変貴重な機会なので多数の聴講生をご来場をお待ちしております。お問い合わせはピノフォルテ(0532-53-4666)まで。





第67回全日本学生音楽コンクールピアノ審査をこの日曜日に名古屋のガスビルでやらせていただきました。審査席は隣が愛知芸大の加藤美尾子先生。反対が杉浦日出夫先生。私はなんでこんなところに座っているか自分でもにわかには信じられない。このコンクールは日本最古の歴史を有し、中村弘子をはじめ楽団の著名人を排出し続けてきたピアニストの登竜門だ。私は今回は小学、中学生部門を審査されて頂いてこれはえらいところに首を突っ込んだと後悔した。世の中知らぬは仏ということがあるが、逆に言うと知れば地獄。とにかく参加者一人一人の完成度がべらぼうに高いのである。そして中学生ではもう大人顔負けの内容と表現力で会場を圧倒する方も見受けられた。私は目からうろこ状態だった。本当に良い勉強をさせていただく機会を与えてもらった。これからは生徒を学生音コンにも積極的に参加させて、名古屋の一角に食い込めるように頑張る覚悟だ。すごく燃えてきた!7日はいよいよ高校生部門の審査だ。中学生もあんなに上手だったのに43名受けて通ったのはわずか9名。高校は55名だけどきっと10名がいいところだろう。兎に角狭き門だ。詳細は高校生部門終了後にまた感想を書きます。2013年9月3日 23:40:28


門下生OBの佐藤元洋君が名古屋デビューリサイタルをカワイ名古屋店の主催で行いました。会場は熱心なファンでほぼ満席。 モーツァルトピアノソナタ、リスト超絶技巧、そしてシューマン幻想小曲集 休憩をはさんでプロコの3番、エステ荘、ダンテソナタと非常に重厚なプログラム。本格的なリサイタルは今回が初めてだったが終わってみれば圧巻。改めて佐藤君の底知れないポテンシャルを見せつけた。しかし演奏は決して受けや奇をてらうものではなく、20才の青年にしては驚くほど落ち着きと奥行きを感じさせる。そして佐藤君トーンともいうべき何とも美しく繊細な響き!その美しさは健在でそれに重厚感や絢爛さが加わり本当にピアノの音の持つ多彩さを堪能できた。アンコールはお得意のショパンの革命で鮮やかに締めくくってくれた。コンサートは奇しくも家内の命日だった。もし家内がいたら必ず万難を排して聞きに来たであろう。今回のリサイタルは家内も天で応援していてくれたに違いない。 門下生演奏会は昨年の小野田有紗さん今回の佐藤元洋君に続き11月2日には小鷹礼子さん鈴木聡太君のジョイントが予定されている。今後も優秀な門下生をどんどん登場させたい。来場くださった皆様本当にありがとうございました。2013年8月31日 22:22:07




門下生OBの佐藤元洋君が名古屋デビューリサイタルを行います。ぜひ聞きに行ってあげてください。私もとても楽しみです。リハから聞かせてもらいます。当日券もあります。2013年8月26日 8:59:25




下記のようにアドバイスレッスンを名古屋カワイのホールでやらせていただくことになりました。初心者からコンクール参加者から受験生、大学生までOKです。どうぞお気軽にご参加ください。





昨晩深夜無事生還しました(^^ゞ)とにかく猛烈に中身の詰まった三日間だった。余りに疲れて詳細は書けないが生徒の頑張りにより決勝大会の各級の最高位の指導者に授与される特別指導者賞を久しぶりにいただけた。生徒のみなさんありがとう。またベスト賞にも入ることができた。おめでとうございます。特級ファイナリストの中川真耶加さんともゆっくり話ができてうれしかった・それにもまして全国多くの先生と交流を深めることができて非常に有意義な三日間だった。私は今回はE級の審査を王子ホールでさせていただいたが関心するほどレベルが高かった。皆様本当にお疲れさまでした。2013年8月24日 11:18:05



昨日8月18日は東京第一生命ホールで行われたコンペ特級セミファイナルを聞きに行った。世界に通用する精鋭7名が名演奏を繰り広げた(王子ホールでの他の決勝大会も合わせて聞いたので全部の方は聞けなかった)結果は門下生OBの中川真耶加(東京音大P演2年)さんが見事ファイナル進出を決めた!8月21日の第一生命ホールでの東京シティ・フィルハーモニーとのコンチェルトを演奏することとなった。詳細はピティナホームページをご覧ください。(動画も見れます)

また東京音楽コンクールのファイナルが前日の8月20日に東京文化会館大ホールで開催される。そこにはやはり門下生OBの佐藤元洋君(東京芸大2年)が物凄いメンバーの一人として出演する。こちらは日本フィルハーモニーとの競演だ。中川さんも佐藤君もショパンのピアノ協奏曲1番を演奏する。

そういえば先月末にやはり門下生OBの小野田有紗(ジュリアード音大1年)さんも小林研一郎氏の指揮でショパンのコンチェルト1番を演奏し大成功を収めた。

門下生並びに門下生OBが大活躍してくれて指導者冥利につきる。最後まで健闘してほしい!

私はこれからから東京にコンペ全国決勝大会→表彰式→洗足音大特別レッスンと続き、しばらく上京し23日深夜に帰宅する。今日は決勝大会のための最後のレッスンだ。それが終わるとやっと遅い夏休みだ。しかし9月に入ってすぐに全日本学生音楽コンクールがあるから休んでもいられない。2013年8月19日 9:22:21





2013年9月10日のヤシンスキー教授の講座、公開レッスンのチラシを以前掲載しましたが、間違えて昨年ものを使ってしまいました。正しくはこちらです。お詫びして訂正いたします。ぜひ多くの方のご来場をお待ちしております。私の最も好きなピアニストはと質問されたらおそらくクリスチャン・ツメルマンと答えるだろう。そのツメルマンを育てたのが勿論ヤシンスキー教授である。だから私にとってヤシンスキー教授は神様のような存在だ。その先生が昨年豊橋で公開講座とプライベート並びに公開のレッスンをされて深い感銘を与えたことは記憶に新しいです。私はこの尊敬する先生に再度豊橋においで下さること願い出て実現することとなりました。是非多くの方がに大先生の偉大な音楽に触れていただきたいです。2013年8月12日 9:49:21


洗足音大で実施されている夏季準備講習会の一環として私の「ショパンエチュード攻略法」 の講座が8月5日午後1時から90分間行われた。会場は前回の講座同様「シティー」と称するおもにおオケストらのリハーサルや練習を行う広大な設備の中だった。時間ぎりぎりまで原稿を整理していて会場に入ると驚いた。受験生や洗足の学生さんや先生方で席は一杯だった。今回は洗足音大のピアノ主任教授の北島公彦先生や杉本安子先生らも臨席されていてどえらく緊張した。ショパンエチュードといっても背景も経緯もあるので今回はショパンエチュード意義や難しさを資料を交えてお話しした。そしてショパンエチュードの成立するちょうど同じ時期にショパンを襲った様々な出来事をかなり時間をかけてお話しした。私はショパンの解釈にとってこれら一連の出来事は決して避けて通れないと確信しているからだ。

講座の最後のほうは高校生三人にモデルになっていただいて[黒鍵]「革命]「大洋」の各エチュードを取り上げてポイントを説明した。そして午後3時からいつものスタインウェイ三台が入っている大きく快適なレッスン室で洗足音大ピアノ科選抜クラスのレッスンを行った。今回は4名の受講者が弾かれて、ドビュッシーの前奏曲集第2巻からとベートーベンのソナタが課題だった。私なりにドビュッシーはスコアを三種類比較して校正ミスなど含めていろいろ勉強して臨んだ。ベートーベンは大体手の内に入っている。ここでこうした特別レッスンをさせていただくことによって随分多くの作品を新たに勉強したり勉強しなおす機会をいただけてすごく感謝している。学生達の真剣な姿勢が素晴らしい!どの学生もお世辞抜きでよく準備してあって私が焦るほどだった。これからも私のレッスンレパートリーをどんどん拡大していきたい。そして来年度から始まる金城学院大のピアニスト育成コースの複数教官によるレッスンにも役立てたい。
翌日は洗足音大の夏季講習会に来た受験生のレッスンを午後から行った。今回の受験生も将来有望な方で首尾よく合格されて一緒に勉強する日が楽しみだ。

帰宅するころに門下生からコンペ全国決勝大会進出の報告が続々入って疲れも吹っ飛んだ。明日からレッスン頑張らなくては(^^ゞ)
とくに門下生OBの中川真耶加さんの特級セミファイナルはすごい!2013年8月10日 13:52:32

もうひとつ嬉しいことがあった。今朝百合が咲いたのだ!詳しくは「りえたくんの部屋」をご覧ください。


洗足学園音大は金城学院同様にとても恵まれた環境だ。ここでも新校舎の建設のラッシュだ。秋には立て続けに二つのホールや演奏棟が完成する。外観はとてもモダンで個性的だ。金城学院大学は来春3月にN1棟5月にN2棟が完成する。ここには素晴らしいホールと新レッスン室や練習室やスタジオが入る。私の研究室もここに決まる。レッスン室のピアノはすべて新しくなり、ホールにはスタインウェイのフルコンとヤマハCFXが入る予定だ。今から完成が待ち遠しい。


もうひとつ嬉しい報告が金城学院大学からあった。8月17日の第2回目のオープンキャンパスの音楽芸術学科の体験レッスン希望者がかつてなほどの数に上ったそうだ。私は当初の予定では午前中ブース、午後レッスンだったが当日は朝から夕方まで12名をレッスンすることになった。嬉しい悲鳴である。2013年8月10日 14:02:15




今日は家内の一周忌の法要をつつがなく終えることが出来た。この一年間私を支えてくださった皆様に深く感謝します。ありがとうございました。幸い体調も回復しました。詳しくはりえたくん部屋をお読みください。2013年7月30日 21:41:53


7月26日は金城学院大学の前期授業を締めくくる前期実技試験が朝9時から夕方6時30分まで実施された。金城は一日で全学年を試験するために2~3つの部屋に分かれて同時進行で行われる。この日に向けて学生も指導者も精一杯頑張ってきた。会議で夜9時近くに音楽関係の建物を通り過ぎると窓から様々な曲が混じり合って聞こえてくる。廊下を歩いていても放課や昼休みは真剣にさらっている学生の姿を目にすると、つくづく音大っていいなと思う。金城生の一番の取りえは真面目なこと。私はこの美点をとても誇らしく思う。試験では本当に素晴らしい演奏を数多く聞かせていただくことが出来た。学生諸君、指導者の先生方本当にお疲れさまでした。さて26日試験の後に専任だけ残って集計作業や秋の様々なコンサートへの出演生徒の割り振り作業をしていた。終了が8時近かったか。其のあと高速をひた走りに走って豊橋についたのが夜の9時半ころだった。いつもくたくただがこの日は特別ひどく疲れを感じレッスン室のソファーに倒れこんだ。そんのまま気を失い深夜3時くらいに寒くて目が覚めた。クーラー全開のまま寝込んでしまったようだ。翌日から体調を崩してしまった。熱が下がらず悪寒がする。それでも必死でレッスンしたが翌日の最後のほうで遂にダウン。熱は測ったら38度だった。そして今日29日は熱が下がらず起きられずにいた。夕方キャンセルし忘れた生徒が来てしまい気合で乗り切った。

明日は7月30日。こうしてパソコンに向かっていると少しは気持ちが晴れるが最近は肉体的にも精神的にもかなり参っている。家内が突然逝ってしまって一年。長かったような短かったような一年。私の人生が最も激動した一年でもあった。家内がいなくなってしばらくして4月から金城学院大と明和高校に通う毎日が始まった。この4カ月で豊橋→名古屋をなんと100回も行き来した。走った距離は4カ月で1200キロ。いかに激務だったか物語る。そして洗足学園にも何回か教えに出かけようにもなった。その間も勿論審査はしょっちうだった。暑さと過労でもう限界に近い。そんな毎日だったが家内の事を思わなかった日はただの一度もなかった。いつも家内はなぜ突然いなくなってしまったのかそのことばかり考えてきた。そして心のどこかで家内がひょうっこり戻ってきてくれることを待ちわびてもいた。でも明日の一周忌、いやでも現実をきちんと受け止めなくてはならないとも思う。最近生徒達から心のこもったお花を沢山いただく。でも私は自分が生きるだけでも精一杯なのでなかなか世話をしてあげられないの悔やまれる。2013年7月29日 21:30:17


秋には様々な企画に参加しなくてはならない。本当に憂鬱だ。PTNAレッスン室訪問、第1回目もたしか私が講師として参加させていただいた 。4年前新居が出来て間がない時、家内が張り切ってスリッパを30足も買いに行ったっけな。今度はひとりで準備するか。

このたび初めて名古屋カワイの依頼で希望者に個人レッスンをします。





門下生の佐藤元洋君が2013年8月30日名古屋デビューリサイタルを行います。どうか彼の成長ぶりをお聞きください。チケットのお問い合わせや河合名古屋まで!


本務校である金城学院大学音楽芸術学科のオープンキャンパスレッスンは8月17日開催されます。レッスン希望の方は近く大学のホムペから申し込み受け付け開始をいたします。



私が客員教授を務める洗足学園音楽大学夏季講習会期間中8月5日13時から「ショパンエチュード攻略法」と称する講座を学内で開催します。また終了後に受験生対象に個人レッスンをします。御希望の方はこちらからお申込み下さい。
洗足学園音大の事務局から夏季講習の期間に次のような依頼があった。ショパンエチュード講座は一般公開なので関心のある方は洗足学園までお問い合わせください。

また地獄の日々が始まる。4月から一日も休暇がないので兎に角休みがほしい!


■「長谷川先生特別レッスン」
・明円 茜、学部3年
「クロード・ドビッシュー:前奏曲第2集より12、花火」
・小林 夏菜美、学部4年
「ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノソナタ第18番変ホ長調Op.31-3 第1楽章」
・小林千夏、学部2年
「クロード・ドビュッシュー:前奏曲第2巻よりヴィーノの門」
「クロード・ドビュッシュー:前奏曲集第2巻より奇人ラヴィーヌ将軍」
・石澤優花、学部4年
「ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノソナタ第18番変ホ長調Op.31-3 第1楽章」
「ルードヴィヒ・ヴァン・ベードーヴェン:ピアノソナタ第27番ホ短調Op.90第1楽章」

■「長谷川先生ショパンエチュード攻略法」
・鴨澤 葵 (杉本先生)高3
「エチュード Op.10-12」
・上草 梨沙(江崎先生)高3
「エチュード Op.25-12」
・門岡 明弥(門倉先生)高3
「エチュード Op.10-5」

よろしくお願いいたします。
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洗足学園音楽大学 学務部 



私のホムペの更新はひと月近く途絶えたままだ。多くの方はもう私がくたばったと思われてるかも知れない。まあ何とか生きてます。でも毎年この時期は死ぬ思いだ。ざっとあげても7・2明和高校実技試験、7.6九州移動7.7コンペ九州柳川地区審査委員長、7.14金城学院大オープンキャンパス、学科会議、夜懇親会、深夜岐阜に移動7.15中日グレードテスト審査など。その間に勿論学校勤務は続きプライベートレッスンもびっしりだ。本当に地獄の毎日だ。そして手帳を見るまでもなく一年前のこの時期もやはり全く同じような状況だった。家内と最期に食事をしたのが7.27日。私は7・29に東京に審査に発った。そして7・30家内は帰らぬ人となった。私はこの熱い最中、猛烈な忙しさが続くといやでも一年前のことを思い出してしまう。もっと早く家内の体調の異変に気がついてあげていればという後悔と、こんな状況ではしかたがなかったという思いが交錯している。でももうすぐ一周忌を迎えることに違いはない。そしてこの一年で私の悲しみが癒えたかと言うと残念ながらとてもそうはいえない。岐阜からの帰りの車の中でも涙を流し続けていた。ふと右上をみると半月のお月さまが見えた。私がどれだけ走ってもお月さまは一緒についてきてくれた。ばかばかしい当たり前のことだけど。結局帰宅するまでついてきてくれた。私にはこの月の優しい光が家内に思えてならなかった。うんと離れてしまったけどどこまでも私についてきたいと言っているようだった。そして高いところから私を見守っているに違いない。明日から三日連続名古屋通い。また家内と一緒に頑張る。2013年7月16日 22:59:50


私の最も好きなピアニストはと質問されたらおそらくクリスチャン・ツメルマンと答えるだろう。そのツメルマンを育てたのが勿論ヤシンスキー教授である。だから私にとってヤシンスキー教授は神様のような存在だ。その先生が昨年豊橋で公開講座とプライベート並びに公開のレッスンをされて深い感銘を与えたことは記憶に新しい。私はこの尊敬する先生に再度豊橋においで下さること願い出て実現することとなった。是非多くの方がに大先生の偉大な音楽に触れていただきたい。個人レッスンや公開レッスンや講座参加に参加されたい方、実際にレッスンを受けたい方はチラシの連絡先までどうぞ!通訳は昨年同様多分私がやります。


門下生大活躍中

小野田有紗さん 読響 小林小林研一郎氏と ショパンコンチェルト第1番協演

中川 真耶加さん ピアノリサイタル

佐藤元洋君 ジョイントリサイタル

2013年6月27日 14:33:31




例の、マンションンは最上部まで建設が進んでいて。目下内装工事だそうだ。たちまち完売の超人気部物件は早く押さえておいて本当に良かった。8月には内覧会もあるようだそして11月下旬に鍵が引き渡させれ。楽しみだ・
2013年6月23日 0:07:01




新豊橋ステーションステップがマイホールにて6月15日土曜日無事に終了した。アドバイザーには石黒加須美先生をお迎えすることとなった。先生の御多忙さからお引き受けくださったのは奇跡に近い。そんなわけで先生に出来る打消えご迷惑をおかけしないよう今回は一日のみとした。私も実はこの時期はコンペや実技試験が続き猛烈に忙しい。前日も学校から帰宅したのが夜10時というありさま。それから深夜までステップ曲を勉強して翌朝は寝ぼけ眼で会場入りした。石黒先生は思いスーツケースを携えられていた。中から分厚い楽譜の山を取りだされた。なんと今回の演奏曲全曲の楽譜を綺麗にコピーされて製本されて持参されていたのだ。このような大先生でもこれだけ周到に準備されているお姿を見て私はただただ頭が下がった。私のステーションの特徴は小さい方はあまり多くないがDEFG級等中学、高校、大学、卒業生がとても多い。だから参加人数はさほどでもないが一曲の演奏時間がとても長く、コンサートのような感じだ。演奏時間は長いが大曲名曲難曲続きで結構楽しめる。 石黒先生から素晴らしいお話をしていただき、また山田彰一先生からもためになる講評を頂きとても充実したステップとなった。お二人の先生本当にありがとうございました。私が講座や審査で土日も出歩いているので私の生徒たちの仕上がりはまだまだ50%だったがこのステップで気合を入れなおしてまた頑張りたい。ちなみに大学の実技試験は7月27日だ!今回は金城学院の卒業生のエース三宅菜津子さんも後輩の応援のために受付に立ってくださった。在校生たちも感激していた。三宅さん自身は予選は二か所とも余裕でパスしている。卒業しても毎週レッスンに通う姿は本当に立派だと思う。翌日曜日は私も石黒先生も朝から目いっぱいレッスンが入っているので、あえて打ち上げはしなくて終了後は即解散とさせていただいた。私は今回を含め各地でステップやコンペの審査をさせていただいていて思うのは主催支部やステーションの本当に行きき届いた心遣いだ。そして終了後は心をこめて会食の場を持ってくださる。本当にありがたい。
でも朝から夜遅くまで10時間以上も必死でペンを走らせて、くたくた状態の終了後、翌朝の仕事を控えている場合は(たぶんこの時期どの審査員もそうだと思うけど)一刻も早くホテルに帰って休みたいのも審査員やアドバイザーの本音だと思う。わたしは石黒先生とはなんでも本音で話せるので、その辺は一言で理解しあえた。ステーション側も会食のために大変なご負担をされるのだから、この辺でそうした習慣を見直しても良いのではと思う。あの地区ではすごいおもてなしだった、とか話がでると、ではうちでも、というように連鎖的に常習化してしまっている感じがするので。 ただ全く新しい地区などで役員と審査員とのコミュニケーションの必要性がある場合は、たとえば審査が夜7時までに終わっている時に限り実施するなど、工夫してもいいと思う。2013年6月17日 9:54:11





今日は静岡県掛川市駅前の美感ホールで第29回中東遠PTCコンクールの課題曲説明会をやってきた。東三河PTCコンクールは毎年やっているのでおなじみだがこちらでやったのは初めてだ。実はこのコンクールと私とのかかわりは長い。今から30年も前になるのかな?ドイツ留学を終えて帰国して確か最初によんでいただいたのが中東遠PTCコンクールだった。当時とても新鮮な驚きをもって聞かせていただいた。その後何年かしてオリエント楽器の鎌田社長さんと、その時のことを話しているうちに、それでは豊川でもPTCコンクールを始めてみよう!ということになりその企画が大ヒットして今日まで続いているのだ。だから中東遠PTCコンクールは東三河PTCコンクールのルーツなのだ。中東遠PTCコンクールは静岡県最大手の兵頭楽器店で開催している。久しぶりにお元気な兵頭楽器の松浦会長さんとお会いできてうれしかった。

さて課題曲説明会は三時間の間に課題曲を次々に説明したり弾いたりする形式で行われ各曲が終わるごとに質問コナーが入る。会場には百数十名もの指導者が見えており、質問を受けているとここの先生方の並々ならぬ熱意をひしひしを感じる。私はここんとこと激務が続き、ろくにさらう時間もなかったからと、ちったりもしたが大場先生門下の優秀なアシスタントの市川君と田辺君の助けもあり、なんとか乗り切った。終了後は皆さんと楽しいランチタイムだった。

講座はプレッシューでいつもいやでいやでたまらないが、こうした機会でもないとさらったり調べたりするきっかけもなくなるので私にとってはありがたいと思う。 ただ毎週のように審査や講座がつづき私の生徒たちはほっぱらかしになっているので明日からコンペ予選に向けてねじを巻いていかないとまずい。それに先だって来週日曜日にはわがステーションでステップがあるのに大半の生徒が全く仕上がっていないのだ(;一_一)2013年6月9日 19:46:35


明和高校の父母懇談会を一日勘違いしていたために今日は大騒動だった。朝、金城学院大で一人生徒のレッスンして直ぐに明和高校に移動した。そこで昼過まで懇談会をしてまた直ぐに大学に戻って二人レッスンして今度は3時から金城学院大の父母懇談会があったのだ。それが終わり5時から学科会議となり終了は夜の8時過ぎだった。食事の時間は移動の車の中。けっこうきついものがあった(^^ゞ)6月5日

6月9日には静岡県の最大の楽器店、兵頭楽器本社で第29回中東遠PTCピアノコンクール課題曲説明会をお願いされている。ここでは課題曲を全部演奏しなくてはならない。ところが前日の8日は金城学院大学のオープンスクールだし、今週は大学や高校のレッスンや会議がびっしりでさらう暇全くない。本当に頭が痛い。そして6月15日はわが新豊橋ステーションのステップが待ち受けている。一難去ってまた一難。毎年5月6月7月は地獄だ。

今日洗足学園音大から夏季講習会のパンフが届いた。もう私の講座の案内が印刷されていて驚いた。明日は勤務校の一つ明和高校で父母との懇談会が個人懇談会があり、あさっては金城学院大学で父母懇談会がある。勿論実技試験も近いのでレッスンもびっしりだ。だんだん家内の命日の7月30日が近付くにつれ気持ちは沈んでくる。どうしどうしても一年前の今頃の記憶が蘇ってくる

明日は諏訪湖の近くの茅野市で開催される小池由美子先生のステーションでアドバイスをさせていただく為に今日移動しました。遠距離なので当然電車で行くつもりでしたが最近ずっと仕事が立て込んでいてストレスため込んでいたからここらでリフレッシュしようと思い立ち、愛車に飛び乗り一路諏訪を目指し東名高速→中央高速道を突き進んだ。中央道は初めてだったが、がら空きでカーブやアップダウンが多くて適度にスリルがあって良い汗かけました。電車だと四時間近くかかるのに車だと3時間が弱で来れました。愛車のBMW3のディーゼルは坂道でも強大なトルクでパワー満点!おまけに燃料計の針が殆ど減らない。頼もしいやつです。諏訪湖サービスエリアは湖が一望出来最高のロケーションでした。そこのレストランのシェフお勧めの信州御膳というのがむちゃ美味かった。久し振りに大自然に浸りました。明日のステップ頑張ります!(前日)

茅野市民会館コンサートホールにつきました!むちゃ綺麗でモダンな建物にびっくり!親友の小池先生添田先生とも再会出来ました。

ステップの仕上がりは上々でした。まだ6月初めだというのにみなさんコンペの課題曲4曲をきっちり仕上げておられて感心しました。またこのステーションの特徴は声楽で酸化される方が多いことです。しかも本格的な歌曲やアリアを歌われていてびっくりしました。小池由美先生もピアノ、声楽、作曲、編曲のマルチ奏者だからこそ可能だと思いました。大変思い出に残るステップでした。(当日)

茅野でのステップ無事に終えて帰路についてる。また諏訪湖サービスエリアで昼食してる。信州名物の馬刺丼は柔らかいのに弾力ある歯応えで美味かったです。今日の諏訪湖も快晴でした。

いか激走したかはサイドミラーやフロントバンパーご覧になれば一目瞭然です。往復600キロを一気に駆け抜けて途中無給油でもまだ燃料タンク半分残っています。恐ろしやディーゼル。そしてBMW3の高速安定性と魔法の絨毯のようなしなやかな乗り心地があって初めて今回の遠出を可能にしたと思います。2013年6月3日 22:05:12


昨日深夜に地獄の洗足学園音大遠征から生還した。地獄と言ってもそれは当日までの私の心境という意味だ。コンペ審査や講座やプライベートレッスンで上京したことは何度もあるが客員教授と言う立場で大学内で講座やレッスンをするのはもちろん今回が初めてなので、いわば東京デビューだったわけだ。講座は大学のオープンキャンパスの行事の一つであり受験生が多数参加するもので失敗は許されない。対象は高校生だが一般公開なので洗足学園の教員も学生も参加するはずだ。そんなわけで私は今までにないプレッシャーを感じていた。本当に毎日精神的に辛かった。
さて講座はまず分かりやすいに内容で、かつ音大に相応しい専門性も加味しなくてはならないから程度の設定に丸々二日をかけて作戦を練った。タイトルは「ショパンを魅力的に弾くためのヒント」だからショパンのどの作品を選んで何に焦点を絞るか悩んだ末スケルツォ2番とバラード1番をメインに据えることにした。後は弾けない個所をさらったり原稿を考えたりで行きの新幹線の中でも案を練っていた。

講座の場所は学内のシティーと呼ばれるアンサンブル専用の建物で、私が使用させていただいたのは日頃はオケの練習に使用しているキャパ200名ほどの場所だった。今回もプロジェクターやスクリーンを使い分かりやすさを第一に考えた。参加者は皆とても集中して聞いてくださり、私の演奏は少しとちったりもしたが、お陰でなんとか時間内にまとめることができた。
そして直ぐに場所を一号館三階の大レッスン室に移した。ここはなんと新しいスタインウェイが三台も並べられている贅沢な部屋だ。最初にリストのBACHの主題により幻想曲フーガをレッスンした。教員も他の生徒も見学していて無茶緊張したが、始まれば兎に角時間内に出来るだけ多くの事を伝えるために突っ走るよりほかはなかった。レッスン生はこの超難曲大曲を細部まで完璧に弾きこなしていて感心した。
次に今回のメインであるラフマニノフのコンチェルト2番の全楽章が続く、まず最初の方に1楽章を弾いていただき、二人目の方に2,3楽章をお願いした。1楽章を弾いたのは男の生徒で本当に力強く堂々と弾いておられた。

次の女性の方は時間の関係で3楽章を主に聞かせていただいた。聞いていてこちらまで乗せられるほど見事に弾かれていた。後で聞くところによるとこの方はオーディションに合格されていて秋には学内の素晴らし前田ホールでオケと全楽章を競演されるそうだ。どうりで!!最期はショパンのバラ4が続いた。もう完全に自分の音楽をもっておられ私は彼女の音楽がさらに伝わるようにお手伝いした。

今回レッスンさせていただいた生徒はピアノコースの中の選抜クラスの3,4年生だったが、テクニック的にも音楽的にも流石エース級だなと感心させられた。みなさんとても反応も速いので私も疲れも感じずにスムーズに運べた。夜8時になったことろで学内が閉められるので、この日のレッスンは終了となった。真っ暗になった広大な学内を通ると夜空に新校舎のシルエットが浮かび上がりとても綺麗だった。洗足学園音大は途方もなく恵まれているようで、今年6月から新校舎群が続々完成するそうだ。そうなると東洋一の施設を誇る音大となるだろう。
こうして私の誕生日はとても目まぐるしく、そして印象的に終えることができた。さてまた火曜日からは名古屋で頑張ろう。私の本務校である金城学院大学の学生達が待ち受けているから気合を入れないと。それと明和高校の方も手ぬかりなくやらないと。気がつけば私の5月は終わろうとしていた。2013年5月27日 15:21:43


あーあついに出ちゃった。もう逃げ出したい気持ちだ。4月までの私だったらおこもりして準備するのだけど毎日勤務に追われて帰宅したらバタングーだ。本当にヤバイ。2013年5月17日 23:11:25



洗足学園音大の初仕事がなんと私の誕生日の5月26日となってしまった。そんの日は大学のオープンキャンパスで午後2時から受験生を対象とした講座、タイトルは「ショパンの美しく演奏するヒント」を行いその後大学在校生で選抜コースの精鋭4名のレッスンを夜遅くまで行うこととなった。レッスン曲目を聞いてビビった。とんだお誕生日プレゼントだ。二人の生徒がラフマニノフのピアノコンチェルト2番全楽章、あと一人がリストのBACHの主題による幻想曲とフーガ(むちゃくちゃ長くて難しい曲だ)、最期の生徒がショパンのバラード4番という内容だ。そもそも講座の後にこんな大曲を長時間レッスンできる体力が残っているか?大学きっての精鋭たちにこんな難曲をレッスンできるものか考えれば考えるほど落ち込んでしまう。でも大学からの期待もとても大きいようで既に印刷物も配布されているようなので気合でがんばるより仕方がない。この一週間はおこもりしてさらうしかない。本務大学である金城学院大学や受験生を預かる明和高校は休むわけにいかないので名古屋や豊橋の生徒たちには今週来週は迷惑をおかけします<m(__)m><m(__)m>。
昨晩など大学のレッスンと会議を終えて名古屋から夜9時に帰宅して30分休んだだけで11時までさらった。以前の私では考えられなかったことだ。でもやはり61歳の老骨にはこたえて余日の名古屋勤務は辛くて泣きそうだった。2013年5月16日 9:52:31



ステップは締め切りを過ぎましたがまだ若干名の余裕はあるので希望者はピアノフォルテ0532-54-4666へ支給問い合わせてください!→定員に達しました。ありがとうございました。

新豊橋ステーションのステップが2013年6月15日(土曜日)に開催されます。アドバイザーにピティナ名古屋支部長の石黒加須美先生をお招きします。石黒先生はコンペの審査は勿論のこと全国各地で講座やアドバイザーを数多く勤められ引っ張り凧です。

今回私のステーションの為にお時間を作ってくださったこと感謝申し上げます。是非多くの参加者をお待ちいたします。私もアドバーザーをやります。今回新豊橋地区ステップは一日のみの開催となりますので参加お申し込みはピティナのホームページからできますお早めにお願いいたします。締め切りは5月13日(月)です。2013年5月10日 8:18:48



今年の連休は珍しく一人で過ごしている。レッスンはかなり入っているが極力減らしている。いろいろな仕事に就任してちょうど一か月がたち体も相当に疲れがたまっている。ここらでしっかり骨休めしとかないとこの先の激務に耐えられない。また各種のコンクールや講座の課題曲の勉強がたまっていて首が回らなかった。この機会を逃したら大変だ。レッスンをするということは私にとってレッスン曲をさらうこととイコールだ。だから決まって生徒たちにレッスン前に曲目確認メールを求める。私の生徒たちはもうそのことに慣れっこなっていて自分からメールしてくるようになった。
今年に入って大学の担当生徒がかなり増えたからレッスン準備が本当にきつくなって来た。この年になると目も弱り体力も弱ってきているので新しい曲を譜読みするのはしんどい作業なのだ。とくに近現代は複雑な譜面で苦戦する。連休中は毎日7時半に起きて午前中さらい11時半にいつもの喫茶店でランチして午後は一時間位お昼寝して、またさらい夕方からレッスンして夜は書き物や書類の整理といった単調な毎日だ。そしてわたしは自分のこうしたペースを乱されることを極度に嫌う。長年体にしみついてきたリズムが一度でも狂うとしばらくは戻らないからだ。だから夜遅くまでの飲み会とかは私にとって無縁だと思っている。自分に残された時間をとことん大切にしたいと思っている。でもこれは全く各人の考えで、決して他の方の生き方を否定する気持ちは無い。ただ私は不器用なだけだと思っている。2013年5月4日 11:11:27


4月30日家内の9回目の命日を迎えた。私はとてもさっぱりした性格で、すぐに切り替えるのが得意なのだが、家内のことについては辛い気持が続いている。こんなちゃらんぽらんな私が家内のことを思わない日はただの一日もなかったのが不思議なほどだ。最近は以前ほど泣くことは少なくなったが、それでもふっと家内のしぐさや表情を思い浮かべると涙が止まらない時がある。家内への気持ちは半々だ。ひとつは私の気持ちの悲しさ。もうひとつは家内が可哀想という気持ち。ずっと病に冒されて辛い生活を送ってきた家内にようやく楽しい思いをさせてあげれると思った矢先に逝ってしまった。家内は私に会うのを一番喜んでいた。またナンカレーを食べる時一番幸せそうだった。それが墓石のしたのあんな暗くてさみしいくて狭い所に入れられて。きっと私に会いたいと毎日泣いていることだろう。ナンカレーが食べたいと泣いていることだろう。私はずっと考えているのが、どうしたら家内に喜んでもらえるか、だった。でもいくら考えても分からない。私自身について言うの家内を失ったことは突然ではあるが、しかし長く患っていて入退院を繰り返していたので心のどこかに万一の気持ちはあったかもしれない。しかし私ですらこれだけの心の傷を負ったのだから先の大震災や通り魔事件などで突然肉親を奪われた方たちのお気持ちを察すると、いたたまれなくなる。そしてご遺族の方が失った家族の最期がどのようなものであったか、あれほどまでにお知りになりたい理由が今だから理解できる。私も家内の最期の本当の状況は分からない点はいくつかある。そのことがいまだに心に引っかかっている。いくら考えても永久に分からないと知っていても考え込んでしまうこともある。これからも家内のために何ができるか考える日々が続くと思う。2013年4月30日


今日第67回全日本学生音楽コンクールの正式要項が毎日新聞社より発表になった。
私は今回から名古屋大会のピアノ部門の審査員という大役を仰せつかった。日本一歴史とレベルを誇る最高峰のコンクールの審査をやらせていただけて身に余る栄誉だと思う。これを機会にますます勉強して指導力に磨きをかけなくてはならない。
このコンクールから中村紘子氏をはじめ、いったい何人の日本を代表するピアニストが巣立ったことだろう!生徒諸君も是非全日本学生音楽コンクールにチャレンジして音楽体験を積んでみてはいかがでしょうか?おりしもPTNAの福田専務理事さまのおかげで福田康子賞褒章が全日本学生コンクール優勝者にも寄与されることになったそうだ。PTNAと全日本学生コンクールが提携すれば我が国最強になること間違いなしだ。関係各位のご尽力に敬意を表します。2013年4月27日 0:11:28





今日は今年春に金城学院大学を優秀な成績で卒業した門下生の前川愛さんが出演する読売新人演奏会に出かけた。会場のしらかわホールはほぼ満席で人々の関心の高さがよく伝わってきた。金城からは前川さんとソプラノ溝口彩子さんが出演した。二人とも持ち味を発揮してとても良い演奏を聴かせてくれた。前川さんは4年生の秋には大手楽器店に入社が決まっており既に卒業前からお手伝いをしつつピアノの勉強も頑張ってきた。本当に4年間立派に学びました。


わが大学の教授で国際的に著名な指揮者小松長生氏がベルリンフィルハーモニーホールで下記の演奏会に出演されて大成功をおさめられた。このような方と職場を同じにさせていただいて光栄だ。また金城の学生が毎年小松先生の指揮でしらかわホールでセントラル愛知交響楽団をバックにコンチェルトが弾けることは夢のようだと思う。

【国際】

ベルリン・フィル本拠地50周年 日独合唱団が記念の演奏会

2013年4月11日 東京新聞夕刊

10日、ベルリン・フィルハーモニーホールの開館50周年を記念して開かれた日独親善第9演奏会=宮本隆彦撮影写真


 【ベルリン=宮本隆彦】ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地、フィルハーモニーホールの開館五十周年を記念する日独親善演奏会が十日夜(日本時間十一日未明)、同ホールであった。日本から参加した四十人を含む日独混成の合唱団がベートーベンの交響曲第九番を歌った。

 指揮は金城学院大(名古屋市)教授やセントラル愛知交響楽団名誉指揮者を務める小松長生さん(55)。ブランデンブルク国立管弦楽団フランクフルトの演奏で、日独混成の合唱団百二十人が「歓喜の歌」を披露した。

 同ホールでは、一九六三年十月十五日のこけら落とし公演でも、カラヤン指揮で第九が演奏された。カラヤンにあこがれて指揮者を目指したという小松さんは、上演後「素晴らしいホールで真の日独交流ができた」と充実の表情だった。

 日本から二十人が参加した東京フロイデ合唱団の団長岡田光好さん(75)=東京都東久留米市=は「ドイツ人と日本人が歌声をぶつけ合って良いハーモニーが生まれた」と喜んだ。

 同ホールは音響の良さで知られ、ステージを三六〇度取り囲む客席配置が特徴。後に建設された日本のサントリーホールなどにも取り入れられた。

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小松長生さんの「第九」に喝采=ベルリン・フィル本拠地50年記念

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地のコンサートホールで指揮した小松長生さん(中央下)=10日

 【ベルリン時事】ドイツの名門、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地のコンサートホールが今年創立50年を迎えるのを記念する日独親善演奏会が10日夜開かれ、指揮者の小松長生さんが出演した。小松さんはベートーベンの交響曲第9番を指揮し、観客から喝采を浴びた。
 小松さんは力強くタクトを振り、ブランデンブルク州フランクフルト・アンデアオーデルの国立管弦楽団を指揮。日本で公募した36人を含む約200人の合唱団が演奏に合わせて熱唱した。(2013/04/11-07:54)



春風邪は治りが悪いといわれるが、本当にいつまでも微熱と席に悩まされて心配だったので再度病院で診てもらった。幸いにレントゲンには一切異常がなかった。

さてこのたびご縁があって東京の洗足学園音楽大学でも客員教授としてレッスンさせていただくことになった。金城学院のように週に何日もとか、明和高校のように毎週一回レッスンするわけにはいかないけど月一位では寄せてもらうことになると思う。洗足学園といえばあのノダメカンタービレの撮影に使われた音大として有名だ。それだけ立派な施設を備え、さらに今でもどんどん新設中だ。実際館内はすごい!教授のレッスン室には新しいスタインウエイGPが二台づつ置かれている。館内にホールだけでも4つあり、アンサンブルルームやスタジオなど完璧と言える。

私はピティナのJ.Gのマスタークラスの見学やステップ審査などで洗足音大には今までも度々訪れている。金城学院同様に大学の雰囲気がとても暖かくて学生を大切にしている空気が伝わり何となく居心地を良くしてくれる。行くたびに用もないのに学内をブラブラ散歩したりしたものだ。
本当にご縁とは不思議なもので、まさかここで教えることになろうとは夢の夢にも思わなかった。私はこのお話をいただいたときにお受けしようか否かとても迷った。金城学院大学の専任の仕事に明和高校の講師が加わりさらに今回のお仕事が加わり正直ビビりまくった。でもここど思った。信じる信じないは勝手だが私は元来とても怠け者で流されやすい性格なのだ。暇だと車を買い替えたりパソコンいじったりスマホで遊んだり、すぐ堕落してしまう。そのことは誰より自分が一番よく知っている。今まで何とかしのいでこれたのもピティナを始めいろいろな機会をいただき、どうしても期限までにさらわなくてはヤバイ事態に追い込まれたからである。追い込まれないと遊んでしまう意志薄弱者だ。だから今回もどこまでやれるか分からないけど自分をもっともっと追い込んでみようと決心した。

もうひとつは私は生来好奇心が異常なほど旺盛で、なんでも新しいものを試したり新しい環境に飛び込んでみたくなる性格なのだ。そもそも35年前か?当時はまだ冷戦の最中で不自由で危険な時代に一人ドイツに飛び立った時も今とまったく同じ気持ちだった。恐ろしいけど怖いもの見たさだった。今回も何年も慣れ親しんだ環境から突然アカデミックな世界に身を移すから正直不安でいっぱいだけど、人生たった一回きり。しかも私の場合はこの機会を逃したら次は死ぬまでチャンスは訪れないだろう。つまり若い若いと思っていても気がつけば、いつの間にか残された人生の方がはるかに短くなってしまったのだ。必要としてくださる方がいるうちは老骨に鞭打ってでも励むのが私らしい生き方だと思う。家内もきっと、そうしろ!と言うに違いない。2013年4月14日 22:31:49



昨日から金城で本格的なレッスンがスタートした。新入生のレッスンもあった。みんなやる気満々で目が輝いていた!本当に素晴らしい4人の生徒たちと巡り合えて嬉しい。

これから4年間よろしくお願いします。
ただ私の体調は相変わらず芳しくなく微熱も咳もなかなかおさまらない。早くベストコンディションに戻りたい。やはり週三日の豊橋→名古屋往復3時間通勤が老体にはこたえる。一日も早い藤が丘マンションの完成を待ち望んでいる。2013年4月11日 19:05:06


今日は愛知県立明和高校音楽科の第一回講師連絡会に参加した。御縁あって今年から明和高校でも教えさせていただけることになった。私のピアの指導法の原点は豊橋の音楽高校で20年以上にわたりピアノ主任として高校生を鍛えて受験指導してきたところにあるので、10年ぶりに再び音高で教えられるのはすごく嬉しい。しかもそれが日本有数の名門音楽高校であるのなら、なおさらである。


おどおどして職員室に入ると杉浦日出夫先生や西典代先生や清水皇樹先生など皆様が温かくお迎えくださり、わからないことを親切に教えてくださり本当に暖かい雰囲気を感じた。それにしても音楽科の学生は選りすぐりの120人、講師も含める教員の数は60人にも及びさすがにスケールを感じた。特に杉浦先生は下駄箱の位置や書類の書き方やトイレの場所までついてきて教えてくださり本当に感謝の気持ちで一杯です。これからも先生からたくさん教えを受けて少しでもましな指導者になりたい。

校長や主事のごあいさつで明和高校の入試倍率は年々上昇しているが今年は例年になく高倍率でとてもうれしく思うとコメントがあった。厳しい入試を突破してこられた受験生をお預かりするだけに責任も痛感した。

本年度は金城学院大学の専任としての仕事もあるので相当気合いを入れて頑張らないと。にもかかわらず昨日は風邪の具合が悪化して熱が上がり職員会議が終わったら早々に豊橋に引き上げて床に就いた。しまらない新学期だ(-_-;) 今日も熱をおして高速を飛ばして大学に出かける。2013年4月10日 9:08:09



ようやく入学式新郵新入生オリエンテーションを無事に終えて気持ちが緩んだせいか春風邪をひいてしまい三日間ほど寝込んでいた。新学期早々しまらない。今週からいよいよ授業が開始する。明日は名古屋初出勤だ。春の嵐も収まり好天に恵まれそうだ。年度初めはレッスンの時間割を組む作業で毎年四苦八苦だが今年は担当生徒が多くて非常に苦しんでいる。なんとか今日中には組み上げて生徒たちに連絡したい。どんな新入生と出会えるか今からわくわくしている。

さて今日は東音企画からお知らせが届いた。先日手にした根津栄子先生の監修されたチェルニー30番の内容があまりに素晴らしいかったので、厚かましくも推薦文を書かせていただいた。もしよろしければお読みください。また金城学院大学音楽芸術学科教授で名ピアニストでもある馬塲マサヨ先生の書かれた「目からうろこのピアノ奏法」も、とても分かりやすくポイントを整理して解説してあり、この種の解説本にありがちな敷居の高さとは無縁な楽しい本です。私が書かせていただいた言葉では十分に素晴らしさが伝わらないと思います。是非実物を手にとってご覧ください。

2013年4月8日 17:05:42


新校舎の概要は

今日でようやく新入生オリエンテーションの大半が終了した。超複雑な履修システムやや教書履修について分かりやすく的確に説明くださった教務主任の中根浩晶先生、本当にお疲れさまでした。私も毎晩遅くまで履修要覧を必死で勉強しましたがまだまだでした。今日は新入生の自己紹介もあり緊張感も徐々に和んで楽しい雰囲気でした。私のBMWは連日の長距離高速移動で遺憾なく能力を発揮。この車は兎に角疲れなくてパワフルでしかんも抜群の燃費を誇り私を陰で支えてくれる。中でも抜群の乗り心地は今まで体験したことがない。サスペンションがしなやかでシートが大柄で包み込まれるようだ。本当に良い買い物をしたと思う。来週からはいろいろ大学や名古屋でもレッスンが始まる。新学期がスタートだ。2013年4月4日 21:20:36



金城学院で教え今春卒業した門下生の前川愛さんが読売新人演奏会に抜擢されて出演が決まった。金城からはソプラノの溝口彩子さんも出演する。お時間のある方はぜひ聴きに行ってください。ちなみに前川さんは4年連続定期演奏会に出演して最後の定期演奏会ではリストの「ダンテ」を弾いて大とりをつとめた。





今日は金城学院大学の入学式だった。風もなく快晴、そして校内の桜はまさに満開!新緑と桜に囲まれた大学のシンボルであるランドルフ教会で午前中は文学部と大学院、午後は人間科学部や薬学部などの入学式がとりおこなわれた。わが音楽芸術学科はもちろん午前中だった。パイプオルガンによるバッハのカンタータにより開始された。あとに讃美歌合唱、聖書朗読、再び讃美歌合唱、クワイア(合唱団)による校歌、そして祝辞、再び讃美歌、そしてパイプオルガン演奏で締めくくられた。こうしたキリスト教式の式典は初めてだったが本当に厳かで心が清められる思いだった。それにしても新入生と父母2000人が一切の私語もなく静寂そのものだったことにも驚いた。 そのあとに各科に分かれて記念撮影と学科の紹介職員紹介が行われた。私も希望に瞳を輝かせた新入生を前にして、かつての音楽高校教諭だった頃の思い出がよみがえり、久しぶりに心地よい緊張感を味わった。この学生たちが4年間充実した学生生活が送れるようあらゆる努力を惜しまないつもりだ 。そして明後日から二日間音楽芸術学科のオリエンテーションに入る。その日に備えて毎日学則や複雑で後半に及ぶカリキュラムなどを勉強中である。ようやくほぼ頭に入った。知れば知るほど大学のさまざまな組織や仕組みや単位制度など面白くて興味につきない。自分が大学生だった頃もっと関心があったらもっと有意義な学生生活が遅れたのにと悔やんでも遅い。そして来週から授業がスタートする。私のレッスンのスケジュールも今週中にはきまる。毎日わくわくする。2013年4月1日 20:08:18



昨日は東京の酒井整形クリニックへ出かけた。明日からの新学期に備えて体の不具合を徹底的に整備してもらうためだ。酒井先生は著書も多くプロ野球やサッカーの超一流選手も診察を受けている。何よりTV取材にも頻繁に応じておられるので超有名。先生の診察を仰ぐために全国から患者が訪れて予約電話が後を絶たない。予約はなんと一年先まで一杯だ。私も昨年夏ごろに予約してようやく診ていただけたのだ。詳しい問診から始まり最新機械や器具を取り入れて施術が行われるが何といっても先生ご自身の整体が凄すぎる。的確に的を狙いすさまじい力で押したり引いたり捻ったり。私は呻き声をあげるのを必死で堪えた。でも私も手を使うプロなので分野は違えど先生の手の技術がどれほどすごいか直ぐに感じることができた。体の芯から徹底的にしごかれて活を入れられて私の体はかつてないほど活力がみなぎってきた。このような体験はかつしたことがなかった。そのあとに場所を移して最新の機械でリハビリをしていただきトータル4時間の施術が終わった。時間は夜の8時をとっくに過ぎてきた。昨夜の東京はみぞれが降りそうなほど底冷えがしたが私は体の芯から熱くなってきて寒さをまったく感じなかった。新幹線のホームに上がる階段も軽やかな足取りでこなせた。本当に不思議な感動的な体験だった。明日の入学式は元気一杯で参列できそうだ!これから月に一度は体のメインテナンスの為に先生に診ていただくことを決意した。2013年3月31日 21:46:18




今日は金城学院大学の着任式だった。それに先だって朝
10時から昼食をはさんで午後3時近くまで音楽芸術学科の全職員が集まり新しい学科の職員の役割分担や行事予定などの打ち合わせ、そして最大の議題である新学科のカリキュラムについて勉強会が行われた。つまり4月1日入学式があり2日から4日までが新入生オリエンテーションだ。そこで生徒たちにきちんと説明ができるようにまずは職員がしっかり勉強しておく為だった。私も数日前から資料を覚えようと試みたが大学独自の複雑な単位認定制度や数百にも及ぶ開講講義やセミを覚えることは生易しいことではなかった。昨晩もレッスンすべてキャンセルして半泣きで深夜まで資料とにらめっこした。そしてようやくカリキュラムの全貌が理解できた。と同時にこの科は本当にすごい学科だと改めて驚いた。音楽科でありながら文学部のもつ膨大なリベラルアートの講義も学べる。音楽科でありながら英語やフランス語やドイツ語など外大に匹敵する語学力が学べる。音楽科でありながら女子大の得意分野である一流企業への就職にも安心して対応できる。そして音楽科でありながら従来の音大より進んだ専門課程を学べる。具体的に言うと複数教員によるレッスン、多くの生徒がピアノコンチェルトがプロオケと演奏できる。室内楽や二台のピアノアンサンブルも数多く体験できる。アナリーゼ力や即興力や編曲能力も身に着く、、等など。これは本当に斬新な学科だと思う。

さて午後3時か着任式だった。理事長から一人ひとり辞令を交付されると学生みたいに緊張した。こうして無事に教授に着任できた。そしてここで再び全体の研修会が待ち構えている。大学の歴史やキリスト教精神、研究費や研究室の使い方などいろいろ学習した。ようやく解放されると17時30分から記念パーティーが行われ理事長や学長など偉い方たちと交流できた。丸一日緊張しっぱなしだった。そして死ぬほど疲れた。今日一日で受け取った書類や資料はガイドブックが半端な数ではなかった。中でも赤い聖書と讃美歌集をもらった時には、ああキリスト教大学にいるんだなと改めて思った。式やパーティーはすべて讃美歌と聖書で始まり、終わるのには驚き感激した。今日いただいた学則や就業規定などさっそく勉強しなければ。私は家内の遺影を鞄に入れて着任式に臨んだ。家内はこの日をとても楽しみにしていた。きっと私が讃美歌を歌う姿を喜んで見守ってくれたに違いない。2013年3月29日 21:32:00



新豊橋ステーションのステップが2013年6月15日(土曜日)に開催されます。アドバイザーにピティナ名古屋支部長の石黒加須美先生をお招きします。石黒先生はコンペの審査は勿論のこと全国各地で講座やアドバイザーを数多く勤められ引っ張り凧です。

今回私のステーションの為にお時間を作ってくださったこと感謝申し上げます。是非多くの参加者をお待ちいたします。私もアドバーザーをやります。今回新豊橋地区ステップは一日のみの開催となりますので参加お申し込みはお早めに。2013年3月24日 21:10:09


気がつけば春休みも残すところ一週間。三月の初旬に体調崩してからタラタラ過ごしているうちにもう新学期が迫っている。4月から私を取り巻く環境が激変するから何が起ころうと耐えられるだけの体力は確保しなくては。ただ具体的には始まってみないことには何をどうすればよいのか分からないので。4月1日は勤務大学の入学式だ。私はスーツや礼服や靴鞄などいろいろ準備しなくてはならず毎日何となく落ちつかなく、そわそわ過ごしている。いまから文房具店に行っていろいろグッズを探してくる。そして家内に今年の桜を見せてあげられなかった事をとても申し訳なく思う。今年の受験戦線は相当厳しかったにもかかわらず家内の応援のお陰で8名にも及ぶ音高・音大受験生は全員が志望校に無事合格できた。

4月1日は私が時々東京で聞かせていただいている根津栄子先生の優秀な生徒さん山本杏佳さん出演のジョイントリサイタルも開催される。とても感性が豊かな方なので素晴らしいコンサートになると思う。先生は先日チェルニー30番の新しいテキストを東音企画からまた、こどのもスケール・アルペジョを音楽の友社から出版されて話題になっている。私も二冊とも手に取ってみてあまりの素晴らしさに驚いた。チェルニーやハノンを教材に考えられている先生方は是非ご覧になってくっださい。ただしハノンは在庫が無い状態で入荷待ちです。チェルニーも直に売り切れが予想されます。2013年3月24日 10:48:47


今日は3月8日だぜ。今日ようやく一人だけレッスン再開した。ひどいもんだ寝込んで丸々一週間かかった。昨日までフラフラでピアノ弾けなかった。年齢と共に回復が遅れてくるみたいだ。でも明日から通常レッスンに戻さねば。でもまだこちらが名古屋などに出向いてレッスンするのは当分無理だ。体力の回復に努めよう。2013年3月8日 15:27:01


本当に参った。発症して今日で4日目になるけどまだ体調が戻らない。こんなに寝込んだこと何年ぶりだろう。胃腸風邪に伴う下痢で持病の痔が極度に悪化して痛くて動けない。今日も昏々と眠り続けていた。起きているときもお粥ばかりで体力が落ちてしまい何にもやる気力が起きない。まあ明日からぼちぼち選曲作業に入るから明日3月6日7日中には課題曲を連絡します。3月5日


だめだ一晩寝れば治ると思っていたが微熱と下痢が続いて起きられない。家内が逝ってからというもの7ヶ月間、悲しさを忘れようと大晦日も元旦も一日も休まず働き続けてきた。もう後数ヶ月したら61歳だ。少し疲れが貯まっていたようだ。年寄りに冷や水だったかも。兎に角とことん睡眠を取って休むより他はない。生徒諸君には申し訳ないけど、こちらからの指示を待つのではなく譜面買って読んだりコンペの課題曲CDやユーチューブ等を聞いて自分なりの原案を考えてメール下さい。2013年3月3日 15:03:19


昨日2013年3月1日は東京浜離宮ホールで2013年度PTNA課題曲説明会が例年のように盛大に開催された。私も前の晩に遅くまで楽譜を準備して東京駅で深谷先生と落ち合い気合いを入れて会場入りした。内容は本当に充実していた。必死で楽譜にメモを書き込んでいった。ところが午後のC級後半ぐらいから妙な悪寒がして頭痛もした。堪えても咳が出そうになり、講座の内容もうわの空状態だった。遂にC級が終わった後にリタイヤした。こんなことは初めてで本当に悔しかった。審査員連絡会も欠席する羽目となった。

翌朝、つまり今日は朝5時半起きで東名高速道路を飛ばして次年度の入試の最後の審査に向かった(一般後期試験)昼過ぎに終わったが平針で予定していたレッスン室が取れなかったので名古屋でのプライベートレッスンは断念してそのまま帰宅した。運転していてだるくて辛くてたまらなかった。結果的にとてもレッスン出来る状態ではなかった。帰宅して熱を測ると、やはりかなりあった。今日の入試が本年度の最後のオフィシャルな仕事だったので、今日までずっと気を張っていたが、ここ数ヶ月の強行軍の連続で流石に限界だった。それでも途中で寝込んで審査や講座や試験を欠席して主催者や学校にご迷惑をおかけすることが無くて本当によかった。しばらくゆっくりと休養を取って回復に努めたい。生徒の皆さんにはコンペ課題曲選曲が数日遅れるかもしれず迷惑をかけます。またインフルではないとは思いますが風邪移すと大変なのでレッスンは数日は控えます。2013年3月2日 18:05:22



昨日2月27日に京都北陸4泊5日のステップ・講座大遠征から無事に帰宅した。流石に疲れて昨晩はぐったりしていた。明日3月1日は東京でPTNA本部企画で開催される課題曲説明を聞きに出かける。夜は審査員連絡会が同じ会場で行われる。それを元に生徒達の課題曲を選曲してあげないとまずい。いまから楽譜のコピー(自分の為のみ)製本に取りかかります。遠征のレポートは後日です。2013年2月28日 14:08:57


今から冬の京都に出かける。明日は朝から12時間ステップを審査する。そして月曜日は講座だ。そのまま北陸に転進となる。コンペの課題曲も発表されたから帰宅したら直ぐに楽譜揃えないとまずい。2013年2月23日 15:37:47


昨日はほとんど一日中寝転がっていた。本当に体の芯から疲れてた感じ。今日は一日中パソコンの前に座って教員データベースなるものを入力していた。30年間分の演奏や講座や公開レッスンや審査を打ち込むのは本当に骨の折れる作業だった。期限は今月末。しかし来週は審査や講座で出来ないので実質今週金曜日までがリミットだ。明日からは講座の準備にも取り掛からないとマズイ。2013年2月19日 19:11:22


第21回東三河PTCコンクールが2月16,17日に豊川のフロイデンホールで開催された。私は第一回目から関わらせていただいてたから今回も244名もの参加者をお迎えして大いに盛り上がったことがとても嬉しい。今回も連日朝10時から夜の八時過ぎまで講評を書き続けて本当に過酷な仕事だった。でも参加者の演奏は本当に素晴らしかったので時にはカットを忘れて聞き惚れてしまう程だった。
審査員控え室はいつも笑い声が絶えなかった。それには杉浦日出夫先生の存在無しには考えられない。先生はものすごく博学で音楽は勿論、文学や歴史や宗教など何にでも精通されていて深い内容のお話を聞かせて下さる。かと思うと一転、超下らないダジャレで面々を爆笑させてくれたりいつも周りを和ませて気遣って下さる。本当に為になる楽しい二日間を過ごせました。
圧巻は東三河伝統の小学生、中学生フリーステージ部門。今年もすさまじかった。ここから一体どれほど多くの才能が全国に飛躍していったことか。二日目は審査員と主催者であるオリエント楽器の社長さんや専務さん達と楽しい打ち上げだった。夜の更けるのも忘れて楽しい時が送れた。しかし私の胸を痛めている事があった。2月17日つまりコンクール二日目は勤務大学の最大のイベントである定期演奏会が名古屋のザ・コンサートホールで開催されているのだ。審査中も「ああ今頃**さんが弾いている、**さんとちらなかったかな?」とか思いがよぎった。仕方がないとはいえ本当に聴きにいってあげたかった。特に大トリを弾いた前川さんは4年生でもありこれが大学生活最後のステージだったのでなおさらだ。前川さん(写真左端)は三宅菜津子さんの後を受けて門下生のエースとして本当に良く頑張ってくれた。定期演奏会参加者の皆さんお疲れ様でした。
そして行ってあげられなくてごめんなさい<m(__)m>


私は明日は半年ぶりに休暇をもらいます。又明後日から仕事再開します。2013年2月18日 21:19:56





30年間お世話になった懐かしいマンションともお別れの日が来た。マンションを引き渡すまでには三ヶ月も猶予があったのだが年末のドリアード→年明けのショパンコン→大学実技試験→大学入試と続き全く時間がとれなかった。私は何でもそうだがあることに取りかかると集中的に片付けるタイプだ。今回もマンションの片付けに取りかかったら他の仕事を一切入れないでそれに没頭した。中でも書類の仕分けだ大変だった。必要な物は残し不要な物はシュレッダー行き。写真は全ては残す。家具はリサイクルショップに来てもらい半分は売却(と言っても購入価格の100分の1!でも誰かの役に立ってくれれば嬉しい)残りは処分、本も同様、食器や雑貨類は基本的に全て処分、電化製品は使える物は選別、、、この作業を一人で三日間かけて行った。残す物が入った段ボールは約20箱、それらを一端名古屋のピアノ運送の倉庫の預かってもらう。そして年末に名古屋のマンションが完成したら運び込む予定だ。そして迎えた2013年2月10日の朝10時 。マンションの鍵を売却先に渡して全ての作業は無事に完了した。肉体的にも精神的にもとても辛い作業だったが終えてみると心の蟠りが消えて心安らかになった。マンションを心残り無くキチンと整理して本当に良かったと思う。家内もこれでやっと新居の仏壇の中に落ち着けるし、いつも私と一緒に暮らせる。 目前に迫った大学の新年度に向けても気持ちの整理も出来て安心した。
明日からは本年度最後のコンクール審査となる東三河PTCコンクールに二日間取り組む。250枚も講評を書かなくてはならないが、このコンクールが地域のピアノレベル向上に果たしてきた役割は計り知れないので気を引き締めて臨みたいと思う。その後に来週はコンクールではないが本年度最後のステップ審査で冬の京都に赴く。そして翌日には本年度最後の講座も待ち受けている。それが終わると三月。やっと春休みになる。2013年2月15日 20:40:07


昨日12時30分に金城学院大学の芸術・芸術療法学科の第11回定期演奏会の出演者が発表された。ピアノは83人エントリーして最終的に25名の出演が決まった。私の門下生は4名が通過した。本当に嬉しい。中でも4年生の前川さんは大トリを勤めることとなった。また一年生の橋口さんは第一部のトリを勤めることとなった。他に一年生の永井さん、二年生の赤川さんが出演する。大トリの前川さんは二次オーディションでは18分に及ぶリストのソナタ風幻想曲「ダンテを読みて」を最後まで信じられないほどの集中力で弾ききり、本人もびっくりしていた。また橋口さんも二次オーディションでは名演とも言えるくらい集中していた。二次オーディションの行われた1月30日は家内の6回目の命日でもあった。きっと家内が天から応援してくれていたに違いない。

さて私はここ数日マンションにかっよっている。30年以上にわたり私の音楽活動の拠点であり、半年前まで家内とも25年間暮らした思い出のマンションとも別れの日が迫っている。私の音楽活動の拠点は実際には二年ほど前からマンションから徒歩数分の位置にある新居に移ってはいたものの私たち夫婦にとっては1番居心地よい古巣だった。
家内が逝って以来この半年間私はかつて経験した事がないほどの忙しさに襲われて、殆どマンションに足を運ぶことは無かった。と言うかマンションに入るとあまりにも沢山の思い出に襲われて辛くていたたまれなくなるので足が向かなかったのだ。
しかしこのまま放置しておけばマンションはやがて朽ち果てて最後は幽霊屋敷のようになるかもしれない。そんな心配をしていたしていた矢先にマンションを購入した中部ガス不動産が私たちの部屋をピカピカにリフォームして再度販売する計画を提案下さった。私は迷った末マンションを手放すことを決意した。子供のいない独り者の私に家を二軒管理することは困難だ。しかも今年中には名古屋の藤が丘に新たにマンションを購入することも決まっている。そうなるとますます今のマンションを維持管理することは難しくなる。せっかく素晴らしい条件で買い取りを申し出て下さったこの機会を逃したら永久に機会は来ないかもしれない。家内も大好きなマンションが朽ち果てるよりも新たに蘇り、また世のため人のために活躍してくれるのなら喜んで同意してくれる。私は夢の中で家内がマンションに独り置いておかれるのが寂しいと言っているのがはっきり聞こえた。

でも片付け作業は私の想像を遙かに超えて大変だった。30年分の家財や衣服や本類は半端な量ではなかった。結局殆ど全てをそのまま残して処分することとした。しかし大切な資料や写真や楽譜類は残さなくてはならない。これを一つ一つチェックして必要な物と捨てる物とを区分けする作業は本当にきつかった。書類を調べているととんでもなく貴重な物も数多く見つかった。たとえば私が始めて桜丘高校音楽科で書いた学級通信だとかピアノの試験の成績だとか、初めてのPTNAのコンペの審査資料だとか、初めての全国決勝大会の審査の資料だとか、それら見ているとあの頃の感動や意気込みが蘇ってくる。何もかもが新鮮だった。そして当時は学校でもPTNAでんも若手と呼ばれていたのだ。それが気がつけばあっという間に30年が過ぎて今ではご老体だ。まあそれなりに、というか凄く楽しかった30年だったけど。
そんな下らない感傷に浸りながら作業はいつになくスローなテンポで進んでいった。特に重い本を段ボールに詰め込む作業は辛かった。私は引っ越しは何度も経験しているが60歳を超えて脚も痛めている身体で一人での作業につくづく体力と気力の衰えを感じた。

書類関係を二日かけて何とか仕分けして、夕方に食器に取りかかったが台所で私の手はぴったり止まってしまった。いつも二人で食事のときに使っていた二組のお茶碗やお皿や湯飲み、、、、。もう涙が止まらなくて今日の作業はここまでとなった。まさかこんな形で私たち夫婦の生活が幕引きされようとは、、、。悲しさと無念さで胸を締め付けられる思いだ。でもマンション引き渡しは明後日木曜日の午前11時だ。時間だけが冷酷に過ぎていく。残すはあと1日。明日は最後の気力を振り絞って全て片付ける覚悟だ。私は基本的には思い出に浸るよりか未来を見つめて進むタイプなので。2013年2月5日 22:29:25



昨日やっと名古屋往復地獄から解放された。下記の実技試験の翌日から大学の一般入試前期が三日連続で行われ結局4日間名古屋通いをした。大学入試を本格的に体験したのは勿論始めて。何もかもが高校の入試とは異なっていて(当たり前だが)兎に角ミスをしないようにと気を張りっぱなしで気疲れした。合否発表までは何も言えないが確かなことは受験生の演奏レベルは本当に凄かった。入試を忘れて引き込まれてしまう演奏も多かった。受験生の皆様に幸運が訪れることを願っております。お疲れ様でした。いよいよ明日からマンション引き渡しに向けて片付け作業に着手する。期限は2月7日11時だ。2013年2月3日 22:58:27


いよいよ2月17日金城学院大学定期演奏会迫る!

今日はとても大切な1日だった。家内の6回目の命日。そして金城学院大学の定期演奏会出演をかけた最終オーディションが学内のランドルフ記念教会で行われた。午前から夜の8時過ぎまでプログラムノーカットで43名を聞いた。この広大な大ホールを自分たちの若いエネルギーで一杯に満たしてくれた。とても聞き応えがあって充実した時間を持てた。この学科か年々レベルアップしているが今回は特にそれを痛感した。なぜならば非常に腕達者なだけでなく音楽の本当に奥深い面まで表現している生徒が何人もいるのにはは驚いた。勿論若さの故に完全には成功はしてないかもしれないが腕を競うだけでなく精神面を広げようとする意欲に驚いた。この調子で生徒も教師も真剣に音楽と向かい合えばこの学科はまだまだ伸びることだろう!楽しみだ!結果は4日に発表の予定だ。さて明日から金城学院大前期一般入学試験が三日間行われる。プライベートレッスンの生徒の皆様それが終わるまで今暫くお待ち下さい。13年1月30日 23:30:27


門下生の中川真耶加さんが名古屋に引き続き神戸でもリサイタルを開催する。場所は2000人のキャパを誇る芸術劇場!プログラムも大変意欲的なのでお近くの方は是非お出かけ下さい。お問い合わせは私まで



昨日2月25日は金城学院大学の後期実技試験だった。これは定期演奏会の第一次オーディションも兼ねている。年々質量ともアップし続ける金城学院大だが改めて大変なことになったと痛感した。どの学年も凄く頑張っていたが一年生には特に恐れを覚えた、この学年は数も多いが、みんなむちゃくちゃ上手。正直採点していても差をつけるのが困難なほどだった。かつては全部の学生を全員の先生で採点していたのが懐かしい。今では二手に分かれても丸1日かかってしまう。そんな科かでのオーディションだから競争も熾烈を極める。一次オーディションは半数しか通れない。そして二次オーディションが一月30日学内のランドルフス教会の大ホール(2500人収容)で行われる。終了時間は夜の9時近くだ。翌31日からは大学の一般入試が三日間にわたって行われる。この時期は試験と入試に明け暮れる。兎に角風邪を引いたらアウトだ。気を引き締めてかかろう。それにしても寒いな。2013年1月26日 17:27:05


さて帰宅してメールをチェックしようとパソコンを開いてみたがなぜか繋がらない。最初んうちは見れたインターネットも見れなくなってしまった。私はいわばこの道のプロで百戦錬磨だったので何とかなると考えていたが甘かった。翌日21日はパソコンの前で10時間も頑張ったが駄目だった。こんなことはかつて無かった。原因はパソコン本体と光回線とインターネット業者の三つ考えられるから、それぞれチェックして行った。業者やNTTにも何度も電話して調べてもらったがヒントは得られたが決定的なことは分からなかった。翌22日は名古屋遠征の今年度最後の日だった。朝ふとした事で解決のヒントがつかめた。何時もなら仕事の後に名古屋で泊まって翌日の名古屋勤務に備えるところだが私は仕事が終わったが直ぐに帰宅して復旧に努めた。何とか回線の再接続までこぎ着けた。翌日の大学でのレッスンは今年度最後となるので全身全霊でレッスンした。4年生の生徒にとってはこれが最後のレッスンだ。終了後に4年生のみんなが記念品をもって挨拶に来てくれた。本当に素晴らしい学生達だった。みんな学校の教員採用や一流企業への就職も決まっている。

さて私は帰宅してもまだやり残した仕事があった。復旧作業の途中でパニックになって操作を誤り、今まで来ていたメールを全て削除してしまったのだ。これはまずかった。それで帰宅後に何とかメールを復活しようとパソコンに向かったが疲れで限界に達していた。

翌日つまり今日は朝からインターネットで検索をかけて削除メールの復活方法をさがして手がかりを得た。約2時間かけて遂に全てのメールの復活に成功した。パソコン騒動で費やした日数は三日間。最高に忙しい最中でのアクシデントだった。今回はいろいろな要因が三つ同時に発生して困難を極めた作業だったがこれも勉強のうちと考えれば腹の虫も収まる。次回には冷静に対処出来ると思う。何より他人の手を借りずに一人で修復出来たことがプラスだった。ピアノでもこれ程の粘り強さが発揮出来ていればもっと立派な指導者になっていたことだろう。悔やまれる。2013年1月24日 15:14:03




北陸鯖江ステップから帰宅したのが1月20日、今週日曜日の夜。鯖江には金曜日の午後に出発した。天気予報は大雪で心配していたが北陸本線の遅延は無かった。それしても東海の温暖な気候になれた者にとって北陸の冬は厳しい。鯖江駅のホームを降りるともうそこは雪国。積もった雪に足を取られないように気をつけながら何とかホテルにたどり着いた。翌日は鯖江文化会館というキャパ5~600はありそうな大ホールでアドバイザーが2チームに分かれて朝10時から夜9時までステップ審査をした。私のチームは滋賀の甲斐先生と東京の水谷先生とご一緒させていただいたが終日楽しい雰囲気で盛り上がった。チームローテーションなので三人一緒に休憩が取れて、しかも休憩時間はたっぷり1時間×4回だった。
審査員控え室の窓から向かい側の立派な鯖江めがねミュージアムが見える。せっかく鯖江まで来たのだから名産品のミュージアムを見に行こうと話がまとまり三人で出向いた。一通り見てから展示即売会のブースに行くと地方ではなかなか手に入らないようなオシャレなフレームが豊富に展示されていた。しかも安い。私はたまたま老眼鏡のフレームの片側が折れていて応急に仮のフレームで済ませていたので、この機会に新調することにした。次の休憩までに仕上げといて行ってホールに戻った。そして次の休憩の時に受け取りに行くと綺麗に完成していた。それをご覧になった甲斐先生も水谷先生もつられてそれぞれ注文されてしまった。

こうして私たち三人は何と全ての休憩ごとにミュージアムに繰り出しては品定めをしたりアクセサリーを購入したりして楽しく過ごした。そんなわけでその日の審査はあっという間に終わった。その間にもステージの上では熱演が繰り広げられていた。虹の橋合唱団と鯖江ハンドベルクラブのステージが特に印象に残った。元気いっぱいのステージからはエネルギーが伝わってきた。指導された酒井先生本当にご苦労さまでした。

翌日は同じホールのステージの上で午前に私の講座、午後に水谷先生の講座が開催された。雪にも関わらず多くの先生方や生徒の皆さんが来て下さり大盛況だった。講座も何とか無事に済ませて再び北陸本線のしらさぎと東海道新幹線と乗り継ぎ、夕方には帰宅できた。本当に楽しい北陸遠征だった。2013年1月20日




今週から大学と名古屋でのプライベートレッスンが再開した。毎週ながらこの二日間は辛い。宿泊はもう10年近く変わらず地下鉄東山線終点の藤が丘駅にある名古屋サンプラザホテルだ。いつもツインルームをシングルで使っているので部屋が広々として寛げる。それにしてもここんところめっきり冷え込んできた。ホテルの近くの博多豚骨ラーメンで冷えた体を温めるのが最近ささやかな楽しみ。翌朝はホテルに隣接するグルマンという美味しいパン屋さんで焼きたてのパンとコーヒーを楽しむのが日課。このパン屋さん店内で食事も出来るからだ。目の前に花屋さんがあってとても良い雰囲気だ。その後に建設中のマンションに立ち寄って工事の進行具合を眺めて学校に向かうのがいつものパターン。マンションは8階位まで進んでいる。でも完成は8月だから先の話だ。こうして並べてみるとベンツの方が明らかにゴージャスで精悍だ。BMWは本当に地味で普通。でもBMWに乗ると癒されてとても暖かみを感じる。

久しぶりに大学生達と廊下で行き会い挨拶を交わす。レッスンしてつくづく感じることは金城の学生は本当にまじめ。冬休みもキチンと練習していたことが直ぐに伝わってきた。直接の門下生でない学生達もみんな礼儀正しくて、それでいて気楽に話しかけてくれて、とても家族的な雰囲気だ。私は毎回学生達の顔と名前を覚えようと努力しているがまだ3/1位しかおぼわらない。昔から人の名前覚えるの苦手だった。そのくせスマホや車関係のデータさっさと覚えるのに。

学内では定期演奏会出演をかけた学年末実技テストが1月25日と30日に実施される。学生達は空き時間も寸分を惜しんで練習室を求めて廊下を行き交い各部屋からはいろいろな作品の音が漏れてきて緊張感が漂っていた。私は音楽高校勤務時代からこうした緊張感が大好きだ。この感じはコンクールともコンサートとも違い、何とも表現出来ないが今も昔も変わらない音高音大気質だろう。

さて私はこの極寒なのか明日から二泊三日で北陸に出かける。19日は鯖江でステップ審査、翌日は講座だ。今日まで本当に忙しくて時間がとれなかったので講座準備は北陸本線の中ですることになろう。天候が許せば勿論愛車で出かけるだろうが北陸地方は大雪で諦めた。また命がけの遠征に出かける。静岡では門下生の佐藤元洋君(東京芸大1年)ショパンのピアノコンチェルト1番でコンチェルトデビューを果たす。CCF20130117_0000.pdf へのリンク聴きに行けなくて本当に残念。しかし彼には今年春には名古屋でリサイタルをお願いしてあるからそれまでのお預けとしたい。2013年1月17日 21:33:20






門下生で金城学院で学んだピアニストの三宅菜津子のインタビューがPTNAのホムペに載っていた。三宅さんは今でも欠かさず毎週レッスンに通う熱心な方だ。今回ショパコンアジア大会審査して帰ってきて三宅さんが数年前にアジア大会大学生部門で銀賞とった事がどんなに立派なことか再認識した。それと北陸での私の講座も出ていた。(-_-;)









今年もよろしくお願い致します。いろいろ事情があって餅も食べず大晦日も元旦も無くレッスンに励んだ。

そしてついさっきショパコン全国・アジア大会審査から帰還した。まあ私はそんなことばっか言っているからまたか、と思われても仕方ない。
今回は結構トピックス満載だった。一番は10年ぶりに車での遠征に出かけたこと。若い頃は関西での審査には良く車で出かけた。特に大阪の南部は電車でも新大阪からだと結構時間がかかるので車が便利だった。東京にも大昔に確か一回車で行ったことはある。しかしここんとこと年齢による体力の衰えからか新幹線で移動ばかりだった。今回の車移動の決め手は三つあった。まず最初は、審査場所が豊橋→新百合ヶ丘→横浜と結構電車では不便な位置関係だった。その二、昨年夏に開通した新東名高速を走ってみたい。その3、じつはこれが一番大きな要因なのだが、新しい相棒のBMW320dが予想よりはるかに良くて、これなら東京まで行けそう、との思いだった。出発は1月8日の午後5時。前日から4泊分の旅支度を始めて何度も詰め込み直してスーツケース二つにまとめた。そして出発直前までレッスンして車は一路300キロ先の新百合ヶ丘 昭和音楽大を目指した。私は久しぶりの遠出にワクワクしながらもハンドルを握る手も緊張して力が入っていた。今晩中につけなかったら。。。途中で体力が持たなくなったら。。道に迷ったら。。等不安が頭をよぎったが冒険心が上回った。豊川インターから東名高速に入った。ここまでは昨年末の地獄のドリアードと同じであるが、その先の三ヶ日ジャンクションでいよいよ新東名に分岐している。確か午後6時くらいか。日はとっくに暮れて闇夜をヘッドライトだけを頼りにひたすら直進の高速道が続く。新東名は大騒ぎする程ではなく、まあ先に開通した伊勢湾岸道路と同じと思えば良い。大半が3車線で直線コースが多くトンネルが高くて明るいので走りやすい。

愛車はどんどんスピードを増し制限速度をセーブするのが大変だった。高速でもエンジンは静かそのもの。サスペンションは優しくしなやかで道路の継ぎ目を柔らかくいなして常にフラットな乗り味で気持ちが良い。かといってフニャフニャではでなくカーブでも車速を維持したまま安定してコーナリングできる。またディーゼルエンジンの分厚いトルクに支えられているので上り坂に差し掛かっても神経質にアクセルを調整する必要が無くて楽ちんこの上ない。午後6時半くらいに途中の新東名浜松PAで20分くらいかけて腹ごしらえして、後は一路東へ東へと進んだ。御殿場あたりで新東名は終わり、そこからは普通の東名高速になるのだが車線数も変わらず感覚的には名古屋周辺の東名高速より遙かに走りやすい。東京周辺の高速道路がこんなに整備されていたとは少々ショックだった。海老名PAの先でナビは高速を降りるように指示した。夜も更けてきたこともあって、そこからの下道もスイスイだった。そしてナビの指示通り愛車は夜8時半に新百合ヶ丘の駅前パーキングに到着。300キロを3時間半で走ったことになる。この間渋滞はゼロ、道に迷ったこともゼロ。しかし最も衝撃的だったことは到着後もレッスンできるほど元気だったことだ!これは一体、、、、恐るべきBMW!

さて翌日は朝から昭和音大の美しいユリホールでコンチェルトB、とコンチェルトCの審査だった。曲が名曲なだけに楽しくきかせて頂けた。審査委員長は菊池麗子先生が務められた。ショパコンの参加者数が年々に増えていることをお聞きしてうれしく思った。その分アジア大会に行ける方の比率はグンと下がるそうだが。さて夜7時半の審査終了後直ぐに大学の中庭に停めてあった愛車に飛び乗り一路横浜を目指した。知らない場所の夜道ほど不安なことはない。それにしてもBMWのナビは正確無比で信頼して任せられる。またまた快適にドライブして車は1時間後にみなとみらいのある横浜の桜木町ワシントンホテルに到着した。今日からここで三泊だ。横幅が増えて心配していた立体駐車場も問題なくクリアし、この車の都心での使い勝手も上々だった。二日目はみなとみらいホールで高校生部門アジア大会の審査をした。実はみなとみらいで審査するのは初めて(聴きにいったことは何度もある)だが改めて素晴らしいアコースティックと格調ある内装に感激した。ピアノのコンディションも最高だった。そのせいもあってが朝10時から夜の8時半まで聞き続けても大層は疲れなかった。今回の審査委員長は多美智子先生。先生とは今回初めてご一緒させて頂いたが、とても勉強になった。それにポーロンドのヤヴオンスキー先生とすっからお友達になれた。私がドイツ語で話しかけて先生はそれを理解して英語で返答される。一見おかしな様だが要はコミュニケーションが出来ていれば言葉は何語だってかまわない。

そして三日目は同じくみなとみらいホールで中学生のアジア大会のだった。これが今回の白眉!私はショパコン第1回から今回まで欠かさず審査やらせて頂いているが今年のの中学生部門はショッキングなほどハイレベルだった。特に中盤から終盤にかけては審査を忘れて聞き入ってしまう参加者に何名も出くわした。一番大切な事はコンクール以前に音楽をする事なのだが。これが口で言うのは簡単だけどなかなか出来ない。どうしても結果を求めるあまり音楽より自己をアピールしてしまう。又は自己の表現力やテクニックのポテンシャルをアピールしてしまいがちだ。しかし今回の参加者の何名かからは紛れもなくショパンの音楽が最前列に浮かべ上がり聞き手をショパンの音楽で魅了していたのだ。それがエチュードの場合においてすらそうなのだ。高度な技術は時折日本刀の様に鋭い切れを見せるのだが聞こえてくるのは終始技術を超越した詩的とも言える響き。中学生の年齢を考えるとこれは恐るべきことだ。他の審査委員も一様に感心しきっておられた。

私は今回は審査したと言うよりか本当に沢山勉強させて頂いた。今回の中学生達を聞いていて日本人もなかなか捨てたものでは無いと思い直した。何故ならヨーロッパの精神生を感じ取りそれを内面から表現するのは他のアジア勢より我が日本人が得意とする気がするのだ。中国や韓国は確かにむちゃくくちゃパワフルで自己主張も強く個性的だが、彼らの国に西洋音楽が根付いたのは、かなり最近になってからである。その遅れを取り戻そうと演奏に高度な技を持ち込もうとするが、それが凄ければ凄いほど本質とかけ離れて行くような気がしてならない。今では日本に西洋音楽が根付いて既に100年が経過している。日本人は完全にヨーロッパの精神文化をも学び取っている。日本人の控えめでさりげない気質はショパンに実はあっているのかもしれない。審査中にいろいろな国の参加者を聴きながらそんなことを考えさせられた。素晴らし演奏を聞かせて下さった参加者の方達と指導された先生がた(失礼ながら、どこの誰とも分かりませんが)に感謝したい気持ちだ。これが今回の遠征の最大の収穫だった。中学生部門の審査委員長は江口文子先生。日本を代表する指導者とも初めて親しくお話が出来てすごく勉強になった。審査は夜8時半に終了。ワシントンホテルに一人寂しく戻った。帰りに横浜の港桟橋に係留されている帆船「日本丸」が何とも美しく浮かび上がりロマンチックだった。横浜ってやはり良いですね。

翌朝は起きると直ぐにチェックアウトして一路豊橋を目指した。つまり今日の朝だ。超快晴に恵まれてドライブは快適そのものだった。富士山の美しかったこと!途中清水のPAで小休止したが春のようにぽかぽか陽気だった。あまり気持ちがよいのでショップで身の回りのアクセサリーを買い込んでしまった。「Neu INTERESSA」とかいうブランドなんだけどBMWにぴったりな雰囲気だった。その後も車は快調に走り続けてお昼過ぎには無事に帰宅した。驚くべきは燃料メーター。600キロを走破したにもかかわらずまだ半分近く燃料は残っている。このまま大阪まででもいけちゃう。満タン1000キロ走行可能は嘘ではなかった。そして帰りも殆ど疲れを感じさせなかった。と言うわけで今回の東京遠征は大成功!沢山学べてドライブまで楽しめて本当に実り大きかった。これからは今回学んだ事を自分の生徒の指導に役立たせるべく頑張ろう。月末には最大の難関である金城学院大学の定期演奏会オーディションが控えている。そして来月に開催される第21回東三河PTCコンクールも控えている。参加者が250名となり今回も大盛況。
昨年末からドリアードとショパコンと続き、死ぬほど大変だったが本当に勉強になった。2013年1月12日 20:00:54


たったいまドリアードアカデミーから帰還した。何とか生きて戻れた。ドリアードの五日間を含めてこの10日間は1年分に相当するほど凝縮された濃い日々だったような気がする。生まれて初めて経験するマスターコースの教授の責任を何とか全うしなくては、と兎に角必死だった。ドリアードの前は1日10時間くらい弾いたり楽譜をアナリーゼしたり運指を考えて過ごし、ドリアードの期間中もレッスン終わってフラフラになってホテルに戻ってもシャワー浴びる時間も惜しんで翌日のレッスン曲の楽譜に目を通す日々だった。毎日朝9時から公開で8~9時間レッスンするのは本当に辛かった。でも受講生達はお世辞に抜きで本当に良く準備されていてハイレベルな方ばかりで反応も早くて知らず知らずの間に時間も忘れてレッスンに没頭していた。そして審査員同士の会話は外国人の教授がいるときは常にドイツ語だったから日本にいながら日本でないような不思議な感覚だった。カウフマン教授やプラッゲ教授のザルツブルク音楽院のお話が興味深かった。

私がつま恋入りしたのはクリスマスイブの24日。至る所に素晴らしく美しいイルミネーションが施されて、それはそれは美しかっただろう。つまりきっと美しかったに違いないが私の頭の中はレッスンのことで一杯で他のことを考えている余裕は全くなかった。ドリアードの期間中の1日だけはつま恋を抜け出しでBMWかっ飛ばして(今度のニュー3はマジに良いです!!疲れない!)豊橋に戻りフロイデンホールでカワイコンクールの審査委員長して夜にまたとんぼ返りで、つま恋に戻ったこともあった。あまりに疲れているから詳細は省くがこのマスターコースを通して二人の素晴らしいピアニストと知古を得た。川上昌裕先生と松山元先生だ。お二方とも極めて優れたピアニストでかつ指導者でもある。特に川上先生は前々回のワルシャワでのショパン国際コンクールで辻井君をステージに導いておられる姿を拝見して以来今日まで敬意を持ち続けてきたが今回存分に語り合う事が出来て本当にうれしかった。
私も永年指導してきて全国の数多くの有能な指導者と出会ってきたが川上先生は最も優れた方のお一人だと思う。ピアニストとして、指導者として、著者として、講演者とし、楽譜校正者として、英語、ドイツ語を自由に操る国際人として、そして周囲に細かく気配りなさるリーダーとして卓越した存在だった。私は先生のお話に引き込まれて、つい夜遅くまでつま恋のレストランに居座ってしまったことも何度かあった。ドリアード最終日の今日は参加車40人による終了コンサート。その後優秀な生徒に授与されるドリアード奨学生の発表と表賞式。そしてレセプションと続いた。レセプションは最高に楽しかった。大場先生が用意下さったケーキやサンドイッチを食べながら参加者や先生方と一人一人とゆっくりお話が出来てコンクールとは違うマスタークラスの良さをつくづく感じた。そして多くの参加車にサインや記念撮影を求められてびっくりした。
今回私の門下生を実験的に4人参加させたが、みんな参加して本当に良かったと感動していた。次回のドリアードには私の生徒をもっと沢山参加させたいと思った。レッスンも勿論だが極限で演奏を続けるたくましい精神力が身につく。毎日レッスンで別の先生に別の事を言われるので生徒達は直ぐに反応しなくてはならない。また空き時間は他のレッスンを聴講しレポートを提出することも義務づけられているから凄く勉強になる。それに素晴らしい施設や美しい環境、100種類以上のめちゃ美味しいバイキング。豪華なデザートも食べ放題。広くて快適なホテル等々客観的にみて参加費用の10倍は価値があると思う。

死ぬほど厳しいドリアードだったが私にとって貴重な貴重な体験だった。この壮大なプロジェクトを創設し今日まで育て上げてこられた主催者の大場多恵子先生に心から感謝の言葉を捧げます。こうして私の2012年ももうすぐ終わろうとしている。人生60年もやっているがこれ程多くの悲しみや喜びや感動を味わった年もなかった。2012年12月29日 21:08:09





レッスンすっかり中断してしまった。明日から大晦日元旦返上で再開します。ショパコンは年明け早々に迫ってきている。


昨日12月19日をもって年内の名古屋遠征が終わった。今日からドリアードが始まる25日まで4日間おこもりしてさらわないと大変なことになる。生徒達にはご迷惑をおかけしますが暫く自力で頑張って下さい。その後は大晦日も元旦も返上してレッスンします!このホムペはドリアード終わるまで更新できません。名古屋遠征の年明けは1月16日からです。悪しからず。2012年12月20日 11:16:04

追記:BMWのニュー3がインポートカーオブザイヤーを始め各賞をを独占した。やっぱりなーと納得。名古屋2回目の遠出だけど乗れば乗るほど素晴らしさに感嘆する!


門下生の中川真耶加さん(大1)が12月21日に名古屋の熱田文化小劇場で初のソロリサイタルを開きます。小劇場と名前だけでキャパ400名で極めて美しい音響を誇る正規のコンサートホールだ。プログラムもきわめて意欲的です。中川さんのピアノは兎に角魅力的!!是非聴きにいらして下さい!チケットお問い合わせはチラシ連絡先か私まで
この画像をクリックすると詳細が分かります。2012年12月16日 13:57:29




BMWニュー3シリーズ駆って初めての名古屋遠征行ってきた。久しぶりのBMW、そして初めてのクリーンディーゼルエンジン、興味津々だた。結論から先に言うとこれがめっぽう良いんですわ!!!!!①エンジンが良い、走り出すときこそディーゼル特有のカラカラ音があるものの、一定の速度になったら全く静か。何故ならべらぼうな(4リットルクラス)のトルクが低速から生まれるためにアクセルを踏み込む必要がない。だからエンジンは常に低い回転数に保たれているから高速でも静か。しかも信号待ちしているときはアイドリングストップが利いているから全く無音。スタートの時にアクセルを踏むと車が本当に力強く発進する!この感覚はガソリンエンジンでは味わえない。常に余裕を持てる。又8速ATもむちゃなめらかで変速ショックは皆無。(ベンツは7速)②乗り心地がむちゃ良い。足回りが強靱だけどしなやかで荒れた道を走っていてもソフトにいなす。高速道路の継ぎ目などを乗り越えてもベンツの時の半分くらいしかショックを感じない。例えるなた高級な厚手の絨毯に寝そべっている感じで常にソフト。③兎に角静か、ロードノイズや風切り音等全てが静か。とても入念に遮音対策を施している感じ。④燃費の良さ、もうこれは例えようがない。ハイブリットも真っ青。一回の給油で何と1000キロ走れる。しかも軽油はハイオクに比べて2~3割くらい安いので長距離乗る人にはありがたい。⑤室内が結構広い、特に後席はベンツCクラスより格段に広い。私のように審査員の皆様をよく駅まで送らせていただくケースには快適に乗って頂けそう。⑤取り回しが良い、実は一番心配したこと。④のメリットの引き替えにサイズはCクラスに比べ一回りでかい。それで取り回しを心配したが、これが予想に反して良いのだ!1番の原因はボンネットの形状にある。最初見たときには全体の格好は良いがボンネットは変に盛り上がってデコッパチの様にも見えた。これが運的席に座った時に視界にしっかり入り車幅を容易につかむことが出来る。本当によく考えられているのだ。それと前後の高感度な障害物センサーや大画面に明るく映し出されるバックカメラ映像などで夜でも不安無く取り回せる。⑥細部にわたって使用者の立場に立って細やかに考えられている。ここであげたら切りがないけどエアコン類の操作スイッチやリモコンやオーディオなどここまでやるか!と言うくらい徹底的に使いやすく考えられている。特に感心したのがナビ。大画面にあらゆる情報が映し出されて、しかも反応が早い。音声認識の精度も高くて早口で電話番号を読み上げてみても楽々認識してハンズフリーでかけてくれる。そもそもナビの精度が完璧に高い。トランクに至っては足を近づけるだけで自動的に開くのだ。だから両手が荷物で塞がっていても大助かり。

と車にはめっぽううるさい私が必死にアラを探してケチをつけようとしても今日現在までは欠点らしき欠点は見当たらない。最後のチェック項目最小小回り半径がカタログではCの5,1メートルに対して3は5,4メートル。これが実際にどうなのかは試してないから分からない。Cが恐ろしく小回りが利いたことは確かなので恐らくこの点では3かなわないだろう。しかし今度の3は恐るべし!と言うのが率直な感想。価格もガソリン仕様に比べてディーゼル仕様は20万しか高くならず、おまけに購入に際して減税措置が適用されて大喜び(これはガソリンも同様)。しかも後日クリーンディーゼル補所金なる9万円が国から払い戻されたときには、あまりにうれしくて戻ってきた札束を握ってその足で新しいスマホを買いに走ったほどである。決して安くはないが内容からするとお買い得だと思う。日本ではマツダがBMWとほぼ時を同じにしてクリーンディーゼルをようやく発売したが日本ではこの分野はドイツ車に大きく水をあけられている。何にせヨーロッパを走る乗用車の半数近くがクリーンディーゼルであり、トヨタがBMWと企業提携したのは彼らのディーゼルテクノロジーを欲し、BMWはトヨタのハイブリット技術を欲したのははわかりきったこと。近い将来両者からハイブリットクリーンディーゼルが発売された日には歴史が変わるだろう。ここで断っておきたいのは私は別にBMWひいきになったわけではなく公平にライバル同士を比較したまで。つまりBMWが時間の差で勝つのは当たり前なのだ。3は発売されて1年も経っていない最新作、ベンツのCは発売7年目に入ったモデル末期。これでは3が良くて当たり前!このテクノロジノーの進化の厳しい中で、もしもあなたが2年前のスマホとこの冬のモデルを比較してみたとしよう。2年前のスマホが骨董品に見えるほど進歩が著しく感じるだろう。だから世界中が認める永遠のライバル3とCとの決着は来年秋にも登場するフルモデルチェンジしたニューCが出るまでお預け。でもドイツ勢のこの分野での圧倒的な強さは競合がひしめき合っていることにある。これはピアノの世界でも全く同じ事。生ぬるい環境では生徒は育たない。BMWとベンツとアウディの御三家にひしひしと迫っているWVに注目!来春発売されるニューGOLFはは台風の目になりそう。ポルシェも健在。ドイツ勢は圧倒的な走りで世界をリードしてきたが今や日本お家芸である燃費でも逆転しそうな勢い。日本車からハイブリットと軽を除いたら何が残るのだろうか。私は?や??をいくら見てもCや3に感じるワクワクした気持ちも色気も感じないのだ。寂しい思いになった。しかし日本車の中では今月にも発表される新型クラウンは注目に値する。高齢者ドライバーの事故が急増する中、様々な予防安全装置が盛り込まれている。これが我が国の新型車の今後の進む道を担う鍵になるかもしれない。

果たして私は先入観とブランド神話にはまっているのだろうか?否私は自分でも感心するほどマメに内外の新車が出るたびに試乗して来て下手な自動車評論家より経験があると思う。自動車評論家がまずい点はたとえば3とCを比較する場合にBはMスポーツでCはノーマルだったり、CはAMGスポーツパッケージで3はノーマルだったりを平気で比較する。つまりメーカーが試乗車として雑誌記者に提供するモデルをそのまま持ち込んで、やれ乗り味がハードだ、やれサスの踏ん張りが足りないだ等、分かったようなことを書いている。しかし車はその仕様によってガラリと豹変する。だから素の状態のベースグレードが1番車の素性を判断するのにふさわしい。これはベースグレードがサスに変に手を加えたりせずにホイールやタイヤも1番車体にマッチしているからだ。だから比較するならベースグレード同士を持ってこなければ無意味なのである。日本では外観のかっこよさを重視するあまり、やたらにホイールのインチアップしたがる傾向があるが、これは百害あって一利無しである。Cも3もベースグレードの16インチが1番自然で滑らかにサスが動いて、つまり乗り心地が秀逸なのである。それが1インチアップしただけで急にゴツゴツしだし、18インチでは全然快適性が損なわれる。私は今までタイヤやホイールをしょっちゅう交換して実験して、この差の大きいことを実感している。だから私のニュー3も敢えて素の状態のベースグレードを選んだ。ドイツ車の良いところはベースグレードから上位グレードまで安全装置については全くハンディーをつけない。国産は安いグレードには後席エアバックやサイドエアバックを省いたりもっとひどい場合はDSC(横滑り装置)を省いたりする。庶民もお金持ちも命の価値は変わらないはずなのに。

スマホについても同様のことが言える。今使っているのはAUのDIGNO S 。この機種に巡り会うためにどれだけ買い換えて散財したことか!BMWのニュー3同様私が自信を持っておすすめできるのがこの機種。この機種によりガラケーと全く同様に普通に使って電池が2~3日間持ち実質的に電池のストレスから解放されたのだ!!電池が持たないスマホはどんなに早くても液晶が綺麗でもカメラが良くても仕事に使えないのだ。
この探求心と向上心がピアノに生かされなかったことだけが私の人生の最大の悔いである。つまり道を間違えたのだ。追記:今朝、選挙に行った時に試しにUターンしてみて3も十分に小回りが利くことを確認できた。2012年12月16日 9:25:42



最悪の忙しさが続く。12月11日は東京曳舟文化会館でクラコン大学生部門の全国大会審査があった。前日の夜にホテルに入った。当日は朝9時30分スタート、夜9時30分終了。丸々12時間の審査だった。大学生の精鋭を72名聞かせて頂いた。確かに仕事はきつかったが私自身とても勉強になった。しかし最終新幹線に間に合わないことが分かり、急遽東京にもう一泊することになった。ホテルは浅草で目の前には東京スカイツリーがそびえているがスカイツリーを楽しむ余裕は無かった。
翌朝水曜日は東京から「ひかり」で豊橋に帰らずに直接名古屋まで「のぞみで」行って大学のレッスンをやった。私を待っていてくれた大学生達は本当に真剣な方達ばかりで苦労してレッスンに来たかいがあった。帰りはカワイ名古屋店に立ち寄ってドリアードの為に楽譜を仕込んだり来年の講座の打ち合わせをしたり分単位だった。流石に移動中の車内では爆睡でメールも打つ気がしなかった。ドリアードまであと10日だが個人レッスンが山のように入っていて気ばかり焦ってどうしようもない。明日はまた名古屋遠征だ。明日初めて新車を連れ出す。ただ残念ながらドライブを楽しむ余裕は無い。何でも良いから疲れずに目的にまで運んでくれればありがたい。2012年12月13日 11:10:19



今度の新車BMWdが数日前に納車された。ベンツが嫌いになったわけではないく、これにはいろいろな理由がありますが、時間が無いのでここでは省くが、BMWのニュー3シリーズの目玉である環境に優しいクリーンディーゼル車を愛車にした。ところが下記の有様であまりも忙しくてまだ名古屋にすらいってない。この車についてはうんと詳細に、その魅力を語ります。今は少しお待ち下さい!そして私が初めて選んだ純白のボデーや、このナンバープレート(家内の誕生日)に込められた私の思(白い百合の花のように家内が復活して欲しい→下記のコラムをご参照下さい)いなども紹介しますね!家内が逝って早いものでもう4ヶ月が過ぎる。実はこんなちゃらんぽらんな私でも家内の事を思わない日はただの一度も無い。前のベンツはとても気に入っていたが家内との楽しかった思い出や悲しい思い出が詰まりすぎていて辛いものがあったのだ。マンションも同様な理由で手放すことにした。マンショに行くたびに涙を抑えることが出来ないのだ。2012年12月6日


今日ようやく25日から始まる下記ドリアードの使用楽譜が発注先の名古屋のカワイから到着した。これをコピーしたりファイルに張るだけでも丸々一週間はかかる。アシスタントが欲しい!それにしてもピアノ楽譜の比類無き膨大さに改めてあきれる。私は永年にわたり収集した楽譜の量は半端ではないのだが、それでも今回のマスタークラスで使う楽譜には足りない物が結構あった。と言うのは楽譜は既に手元にあっても複数のエディションを揃えておく必要があるからだ。ショパン一つをとってもナショナルエディションとパデレフスキーとはまるで違うからだ。

今回使用楽譜は50冊100曲近くにも及び、子供向けの作品ではなくコンサートピアニストのレパートリー物ばかり。たとえばリストのソナタやメフィストワルツ、シューベルトのさすらい人幻想曲、ラヴェルのクールプラン墓全曲、ラヴァルス、詩的で感傷的なワルツ全曲、メシアン幼子イエス、、、、ラフマニノフのソナタ2番、コレルリの主題による変奏曲、楽興の時全曲、スクリアビンの前奏曲集、フォーレのノクターン作品33の2、バッハ=ブゾーニのシャコンヌ等々すさまじい。それに勿論ショパン、シューマン、ブラームスや古典やバッハもはいる。
これで時間があったのなら何とかさらえるのだが生憎目下はショパコン全国とアジア大会の直前、しかも大学も実技試験や入学試験を控えて大変。おまけに明日から東京に出かけ、明後日はクラコン全国大会の大学生部門の審査を頼まれている。朝9時からよる9時までの過酷な審査である。最終22時の新幹線で帰宅して翌日は大学に向かう。辛い、本当に辛い。引き受けたの今頃になって後悔してももう手遅れだね。これはきっとしょっちゅう車やスマホ買い換えてフラフラしている私への神様の罰だと思っている。これから1月12日のショパコンのアジア大会が終わるまで残念だけど演奏会その他には全く出かける事が出来ません。2012年12月10日 0:09:55


たったいま12月25日から29日までヤマハつま恋で開催されるドリアードピアノマスターコース2012の演奏者のプログラムが主催者から届いた。すごい数の応募者があると聞いてはいたが、恐れていたことがあたった。コンペなどで上位常連の有名人達がとんでもない曲数を持ってくるのだ。PTNAの課題曲説明会の時もひどい目にあったが今回は子供のための作品は殆ど無くてコンサートピアニストの主要レパートリーばかり5~60曲並んでいる。しかも弾いたことない曲も結構多い。超やばい。こんなん引き受けるんじゃなかった。あと3週間で、どないせーっちゅうの。毎日8人ずつレッスンだって。たぶん終わったら死んでるかも。年が明けてすぐにショパコン全国、アジア大会も控えているのに。もう笑うより無い。2012年12月3日 20:44:02


今日は朝一で汐留のホテル「ヴィラ・フォンテーヌ」(このホテルはお勧めです!)の近くのカフェでPTNAの森本さんと事務局長の加藤さんの取材を受けた。約一時間早口でしゃべって午前11時に完了。すぐに浜離宮ホールに向かった。今日はヨーロッパ国際ピアノコンクール全国大会高校生部門と特級Ⅱの審査をした。ご一緒させて頂いたのはこのコンクールの主催者の杉谷昭子先生、ポーランドのソブコヴィッチ先生、ロシアのカンディンスキー先生だった。カンディンスキー先生は何と画家カンディンスキーの遠い親戚だそうだ。お二人ともとても気さくで楽しい方達だった。

そして高名なピアニストの杉谷先生。私の記憶が正しければ今から40年ほど前にドイツから帰国したばかりの杉谷先生はベートーベンの全ソナタの録音とコンサートに挑戦されていた。その中の「ハンマークラヴィーアソナタ」を聴いた日本のヨアヒム・カイザーと言われた名評論家の野村光一氏が音楽の友に絶賛の評論を書いていたのを私は未だに記憶しているのだ。そのような訳で杉谷先生とご一緒できるのは私にとって光栄な出来事である。
審査の合間とおして杉谷先生とお二人の外国の先生がそれこそ口角泡を飛ばす議論をされているのに耳を傾けて、若いときのドイツでの留学生活を思い出した。あちらの連中は兎に角議論好きなのだ。どんなことでも論理的に考えて絶対に譲らない。日本的に、まあまあと、いう和気藹々というか曖昧なさがないのだ。それはベートーベンの音楽にそのまま当てはまる。頑固なまでの信念と強い意志。

でも私には日本は住み心地の良い国だと思う。第一食べ物が旨い!!厳しいドイツも好きだけどやはり適度にゆるい日本が好き。ドイツでピアニストとして第一線で活躍されていた杉谷先生もご主人様と共に結局祖国に戻ってこられた。
それは余談としてこのコンクールの趣旨は演奏の素材である音に徹底的に拘ること、それと音楽の精神的な深みを重視することだと伺った。ヨーロッパ音楽の神髄はまさにそこにある訳だから、このコンクールの名称は誠に的を得ている思った。そして出演された方達も非常に音楽性が豊かな個性溢れる演奏聞かせて下さり、一人一人味わいがあってずっと聞いていたい気持ちだった。表賞式の後に参加者がロビーで審査員から直接コメントを聞けるのも他の国際コンクール同様教育的だと思う。事務局長の駒沢さんには大変お世話になりました。2012年12月3日 20:09:27



今日12月1日はヨーロッパ国際ピアノコンクール全国大会全国大会の審査のために上京した。ホールは浜離宮朝日ホールだったので宿は直近の銀座に取った。せっかく銀座に出てきたのだから久しぶりに友人と少し早いけど忘年会をした。場所は何と、和の巨匠 道場六三郎の経営するレストラン”みちば”!出されたお料理の美味しかったことと言ったら!!!私も歳が年だからヨーロッパも含めて日本各地で数多くグルメしてきたが恐らくベスト3に入る。何というか味に深みがあるのだ。素材の良さを失わない範囲で極めて創作的な味付けがなされている。また全く異なる素材を組み合わせて絶妙なハーモニーを生み出している。これはまさしく芸術作品だ!

全10品程だったが前菜から最後のデザートに至るまでとことんこだわりが感じられ、もうお見事でした、としか言えなかった。グルメな方は是非一度行ってみることをお勧めします。2012年12月1日


ショパコンから中一日をおいてPTNA名古屋支部主催でピアノ講座(下記)を日響楽器本店ホールで行った。ショパンコン終わるまで講座の準備は一切出来なかったので前日の1日間で必死になって原稿を考えたが何も浮かばなかった。タイトルは下記にもあるようにベートーヴェンの代表的なピアノソナタをとおして作品のアナリーゼやタッチについて考える内容だった。最近行事が立て込んでいて。さらう時間が殆ど無かったが無理にでも演奏しないと益々弾けなくなってしまうので兎に角丸1日さらいまくった。

講座当日も朝4時半に起きてさらい、7時の電車に飛び乗った。話す内容は電車の中でパーとまとめてノートに書き出して、後はもう何も考えずにステージに上った。途中「悲愴」ソナタの第3楽章のみはアシスタントの三宅菜津子さんを公開レッスンする形式でやったが後は2時間兎に角集中してはなし、弾くことが出来た。ホールは80人近い方が見えて下さり満席だった。色々お心遣い下さったPTNA名古屋支部長の石黒加須美先生、会長の大林裕子先生を始め日響楽器のスタッフの皆さんに心から感謝してます。残念ながらデジオカメを忘れてしまい写真は一枚もありません。いかに必死だったか、、、、。2012年11月26日




昨日と今日はショパン国際コンクール イン アジア豊橋大会が行われた。初日は小学1~2年生から中学生部門まで約100名が豊橋会館大ホールで熱演を聞かせてくれた。レベルは本当に高かった!中学生部門の豊橋地区のハイレベルさは伝統である。今年は既に他地区で通っている生徒が多数抜けていたが、それでも大変な激戦だった。二日目は場所を移して我がホールで高校、大学、一般、アマチュア、コンチェルトB部門が行われ約40名が演奏した。この部門になるとコンクールと言うよりはコンサートを聴いているような気持ちになる。曲目も演奏も超本格的だから当然だ。それにしても丸々二日間ショパン作品を中心に聞かせて頂いたが、改めてショパンのすばらしさを痛感した。どれだけ多く聞いても疲れるどころかますます引き込まれてしまう。たぶんプロコだったら10曲も聴いたらうんざりだったことだろう。ショパンは本質的にピアノという楽器からピアノの持つ1番美しく魅力的な響きを弾き出してくれる作曲家だ。

演奏の本質は色々あるがやはり響きによるコミュケーションである以上、どのように激しく力強い音響でも耳に拒絶反応を与えるような音では心に届く前に、どん引きしてしまう。今回の参加者はそう言う観点では皆さん本当にショパンの音楽を愛し自分の音を大切によく聞いておられるのが印象的だった。
だから二日目に至近距離でどんなに力強く演奏されていても不快感は一切なく疲れなかった。
今年も参加者の努力が実り金銀銅賞そして奨励賞が数多く出たことは地区責任者としてとても喜ばしい気持ちだった。地区担当のスタッフの皆さん、長時間審査下さった、I・ロマニウム先生を始め多くの審査員の先生方本当にお疲れ様でした。2012年11月23日24日


今日は勤務校の金城学院大学の2013年度推薦入学試験に立ち会わせて頂いた。ハイレベルな受験生達が数多く受けて下さりとても満足だった。演奏の後にすぐに面接を行ったが皆さん当然のごとくにすごく緊張していて、覚えてきたことを必死で話そうとしている様子が何とも可憐で爽やかだった。
でも質問する私もすごく緊張していて、どもりそうになったほどだ。受験者が多かったので入試は複数の部屋に分かれて同時並行して行われた。入試終了後はすぐにソルフェや楽典の採点作業を全員で分担して行った。ミスが起きないように複数の教官で何度も厳重にチェックして実技の成績と合わせて合否判定委員会に提出した。最終結果は11月30日に発表される。

全て終わったのが夜の8時近くになっていた。真っ暗な校舎を後にしながらすごく懐かしく思えた。私もかつて桜丘高校音楽科勤務の当時は毎年寒いこの時期に夜遅くまで採点作業に携わっていた。もう10年以上前の話だが。こんな歳になって再びこの作業に関わるとは夢の夢にも思わなかった。安心するのは早い。推薦入試は序の口だ。1月末から2月の下旬にかけての一般入試が最大の山場だ。気を引き締めて作業にあたろう。2012年11月17日


つれー(-_-;)又次の講座が迫ってきた。ショパコン豊橋大会迫ってきてレッスンもびっしりだというのに、いつされえばいいのだろうか。早く喪中葉書も刷らなくて行けないのに。。。。何もかも一人りで片付けるのもう限界。来週はいよいよ勤務大学の新学科の最初の推薦入試に立ち会わなくてはならない。でもどんな受験生に出会えるかワクワクする。まあ死ぬ気で頑張るより仕方ないわ。家内が逝ってまだ3ヶ月しかたっていない。家内だってもっともっと生きたかったろうに。その事を思えば命あるだけで感謝よ。2012年11月7日 23:14:25




昨日は神奈川県の中央林間駅にちかい”うかい亭”で佐藤勝重さんと根津理恵子さんの婚礼の場にお招きされた。うかい亭は通の間では有名な瀟洒なレストラン。いきなりの屋外での挙式には少し驚いたが絶好の秋晴れにも恵まれて、また美しい庭園のロケーションにも恵まれて最高に素敵だった。しかし驚くのはまだ早かった。その後の披露宴には他では見られない工夫が随所に溢れていて、結果的に参加された皆様全員に忘れがたい感動と思い出をプレゼントしてくれた。
おそらくこのような場には数多く列席されているPTNAの福田成康専務理事をして言わしめた「今日は一体いくつの楽章で構成されているんでしょうか!贅沢な気分ですね!」お言葉が1番見事に語っていると思う。私的にはブラームスのピアノソナタ3番の5楽章全部をを聴かせてもらったリッチな気持ちだった。詳細についてはFBやご本人やお母様のHPで数多く紹介されているのでゆっくりご覧下さい!私的には朝早く起きて、はるばる出かける行きの新幹線での心中は「この忙しい最中に、、、、、」と思わなかったと言えば嘘になる。しかし次々に提供される最高のワインや山海の珍味のオードブルの数々に次第に引き込まれ、栗のスープで口直しをしていよいよサブメインのアワビのステーキの歯ごたえとトリュフソースとの絶妙のハーモニーには言葉を失い、本日のメインディッシュのサーロインステーキとフィレステーキの鉄板焼きを一口口にした頃には法悦に境地をさ迷っていた。このダブルのステーキのアンサンブルはたろえようもない。締めはステーキの隠し味に使われたニンニクで上品に味付けされたガーリックライスの香ばしい甘さが絶妙でした。もう全員満腹で満足で、播本先生の「もうこの場で寝ちゃいたい~~~!」のお言葉通りでした。
しかし我々の極食地獄はまだまだ続くのだった。係の方に案内されて全員が渋々移動して大広間に入ると、そこには目にも鮮やかなデザートの花壇が待ち受けていた。!その種類一体何百あるのだろうか??!私たちはさっきまでもうこれ以上は何一つ入らないと思っていたことが嘘のように猛然とケーキバイキングに行列したのだった。
私は元来甘党ではないがこの日のスウィーツには参りました。どのお品も美しくて、ちょっと見かけないようなアイデアが隠されていて目も舌も堪能させてくれた。
そしてたっぷり一時間近くかけてあらゆるデザートを楽しんで、ぼちぼちお開きかなと時計を見ていると遂に最終楽章が始まったのである。この日のクライマックスはやはり音楽だった!佐藤君と理恵子さんを結びつけたのはミューズの女神以外にはあり得なかった。やはりこの日の主役はお二人であり音楽である!ご披露された数々の演奏のなんと素晴らしかったことか!詳細に書いたらそれこそ本が一冊書けるくらい濃い内容でした。白眉は理恵子さんも恩師エヴァ先生の奏でた本場のショパン!最初の一音からして異次元の美しさだったです。と言うわけで帰りの新幹線の中で感動の余韻に浸る私でした。このように素晴らしい場にお招き下さった佐藤家、根津家の皆様に心から御礼申し上げます。お二人の末永いお幸せを心から願っております。本当におめでとうございます。2012年11月5日 23:10:05



今日ようやく写真が入ってきた!10月28日の足木君鈴木君の若い翼コンサートは空前絶後の大成功だった模様。各方面から絶賛の声が届き、また観客者数も会館始まって以来の数だったそうだ。マスコミの取材やインタビューも数多く寄せられて大変なことになっている。下記の金城学院大学のコンチェルトの大成功と同時で本当にうれしく、又誇りに感じる。詳細はまたどんどん紹介していきます。



今日は私の方も大活躍。第21回東三河PTCコンクールの課題曲説明会を朝からオリエント楽器本社ホールで行った。多くのお客様を交えて3時間近くノンストップで20曲を弾き説明して一気に終了に持ち込んだ。春ののPTNAの課題曲公開レッスン以来の公の場での演奏でひどく気が滅入っていた。最近あまりの多忙で体は疲れ切り手の具合もよくなくて納得できる演奏が出来るのかとても心配だった。演奏のできは別としてとにかく自分としては久しぶりに周りのことが全く頭になかったほどだった。ただ家を出る直前までさらっていたのでデジカメを忘れてしまい写真は後日オリエントの方のカメラで写した者をアップします。今月はいよいよPTNA名古屋支部の主催の講座が名古屋の中心で予定されている。頑張らなくては!2012年11月1日 23:45:17








昨日10月28日は金城学院大学主催のコンチェルトのガラコンサートがしらかわホールで開催された。昨年は第1回だったので非常に緊張したが、今回は主催者にも学生にも余裕が感じられた。プロであるセントラル愛知交響楽団は勿論つねにスタンバイの状態である。私は午前のゲネプロから全員を聞かせて頂いた。あちこち広い会場で場所を変えて聴いたのでひどく疲れた。その時点でこの日のコンサートの成功を確信した。そしての残るは入場者数。しかし蓋を開けてみるとこれも大雨にもかかわらず昨年を上回り、広いしらかわホールがほぼ満席状態となったのである。最終的にはバルコン席も解放しなくてはならないほどだった。

今回の演奏の水準は本当に高かった。全員がブラームスやラフマニノフやプロコフィエフやサンサーンスやショパンやリストやベートーベンやモーツァルトの難曲を驚嘆すべき完成度で弾ききってしまった。しかも極めて充実した内容で。私は関係者でありながらショックを受けるほどだった。このコンチェルトコンサートの2回目にしてのこのレベルの向上を考えると末が恐ろしくなるほどだ。生徒達の命がけの努力と指導された先生方の情熱、そしてどんなときでも生徒を励ましオケとの橋渡しを見事に勤められた指揮者の小松長生先生に心から敬意を表します。私の門下生の前川さんも立派につとめを果たせて本当に安心した。
コンサートの大成功を受けて終演後は大学の学長、副学長、セントラル愛知交響楽団の最高責任者や事務局長などが列席され、それに私たち教職員が加わり夜遅くまで楽しい打ち上げがあった。私は危うく最終の電車に乗り遅れるほどだった。今回の成功は来春に控えている金城学院大学の新学科、音楽芸術学科の開設に大きな追い風となったことは間違いない。帰りの電車の中では響同じ時間にフロイデンホールで開催された足木克利君と鈴木聡太君のジョイントコンサートの方も大盛況、大成功をおさめたこと知り二重の喜びに浸った。二人のコンサートの様子は写真を頂いてDVDを見ながら改めてレポートさせて頂きます。2012年10月29日 11:02:12


昨日は名古屋守山文化小劇場に出向いた。明後日んごやしらかわホールで開かれるピアノ協奏曲ガラコンサートの為の最後のオケ合わせが行われた。仕上がりは順調だ。参加者は本当によく弾いていて感心!あれだけの難曲大曲をよく弾きこなすなーと若い人のエネルギーと情熱に感心した。私の門下生もほぼ完成していた。後はいよいよ明後日10月28日の本番を待つのみだ!コンサートの成功を祈っている!。私はオケ合わせの後に電車で名古屋の中心の栄まで出かけていってカワイ名古屋店で4人ほどレッスンしてまた会場に戻りそこから東名高速道路で帰宅した。やはり体力的に辛かった。この年になると連日の遠距離の車での移動は身に応える。


ヤマハのつま恋で今年12月25日から開催される”ドリアードピアノアカデミー2012”は内外の一流教授からピアノを集中的に学べるよい機会だと思います。ショパコン全国・アジア大会準備等にも活用できます。既にかなりの方々よりお申し込み頂いております。私も講師の一人として指導させて頂きます(三流ですが(^^ゞ)。ヤマハの施設なので期間中は練習は自由に出来ます(有料ですが格安です)。締め切りが11月1日なのでお気をつけ下さい。チラシや要項ををクリックすると大きくなります。申込用紙をプリントアウトして使用できます。2012年10月24日 17:48:46



記事をクリックすると大きくなります。



10月28日のフロイデンコンサートに出演する足木克利君のインタビュー記事が今朝の主要新聞朝刊に掲載された。
最近コンサートへの問い合わせが急増してます。もしチケットなどのお問い合わせがある場合は直接足木君までお願いいたします。

昨日行われた全日本学生コンクール高校生部門ピアノ名古屋大会本選会で門下生の宮里倫司君(明和高校音楽科2年)が第1位全国大会出場を果たした。2012年10月21日 10:28:43


今日は10月28日に名古屋しらかわホールで開催される金城学院大学主催の協奏曲ガラコンサートの第一回目のオケ合わせがランドウルフ記念会堂で行われた。昨年のキリスト教センターとや違い3000千人収容の大ホールに入ったばかりに新品のスタインウェイのフルコン、そして一流プロのセントラル愛知交響楽団がこちらに出向いて下さるのだから信じられないほど恵まれた学生達だ。指揮者の小松長生氏は学生の扱いに慣れきっていて、実に暖かく的確な指示をされるのでみるみる演奏が変わり置けとのアンサンブルもズッとよくなって来た。ほぼ一日中練習につきあって下さるセントラル愛知交響楽団の皆さんさぞお疲れになったことだろうと思う。今回は曲も難曲大曲が並んだから余計大変だったと思う。心から感謝してます。このような機会が来週金曜日にも持っていただけ、コンチェルト当日にもゲネプロがあるのだだから、これだけ恵まれた学生は日本

中どこにもいないと思う。それにしても金城の学生は本当によく練習する子達ばかりだ!!2012年10月16日 0:13:39


門下生の中川真耶加さん(大1)が名古屋の熱田文化小劇場で初のソロリサイタルを開きます。小劇場と名前だけでキャパ400名で極めて美しい音響を誇る正規のコンサートホールだ。プログラムもきわめて意欲的です。是非聴きにいらして下さい!チケットお問い合わせはチラシ連絡先か私まで
この画像をクリックすると詳細が分かります。

今月は本当に地獄の毎日だ。名古屋での通常勤務に加えてアールン審査、クラコン審査それに10月28日の勤務大学主催のピアノ協奏曲ガラコンサート本番に備えてオケとの合わせに立ち会うのが加わり名古屋まで何往復するか分からない。その間に勿論自宅でも名古屋でもレッスンがびっしりだ。11月1日には下記講座も控えている。
そろそろ喪中葉書の宛名印刷しなければまずい。500枚以上にもなる。考えただけで気が重くなる。何故なら年賀状の印刷は家内の仕事だった。結婚当初はまだパソコンはそれほど普及してなくてプリントゴッコという印刷機械で一枚一枚刷りあげたものだ。家内はこの仕事に誇とり責任とを持っていたようで、25年間どんなに体調が優れないときでも名簿の打ち込みから投函まで頑張った。そして最後の年も懸命になって刷りあげてくれた。本当に有り難うございました。
今年、まさか私が一人で喪中葉書を刷ることににとになろうとは。家内がいなくなってもう三ヶ月近くにもなるのか。悲しみは癒されることは無い。とにかく気合いで乗り切るより他にない。2012年10月14日 22:56:07




2012年10月1日に第21回東三河PTCコンクールの課題曲が発表されました!今回は私が課題曲説明会を11月1日にやります。


今月10月は注目すべきコンサートが2つあります。ひとつはフロイデンホールにて豊川市主催で10月28日午後3時開演の”若い翼コンサート”
これをクリックすると詳細が見れます!当日のプログラムの挨拶文を掲載させていただきます。

この度、豊川市の主催で第1回若い翼コンサート”はばたけ世界へ!”はばたけ未来へ!”が開催されますことは地元の音楽に携わる者の一人として誠に喜ばしいことです。今回出演させていただく鈴木聡太君、足木克利君は共に高校1年生。そして共に私の元でピアノを学んでいる男性ピアニストです。我が国ピアノ界では数の上では圧倒的に女流ピアニストが優位なのですが世界に目を向けるとピアニストは男性が多いのは不思議な気がします。そんな中で我が国の将来を担う二人の存在は貴重ですし、二人を同時に聞けることはとても有意義で楽しみでもあります。二人は今までに数々の著名なコンクールで立派な成果を上げときました。そして共に名古屋の宗次ホールにおける”輝く未来”ジョイントコンサートに出演して大いに注目を集めております。興味深いことは二人の個性が全くと言って良いほど異なる点です。鈴木君の質実剛健な骨太の音楽に対して足木君は流麗で繊細さを特色としております。鈴木君がどちらかというとドイツ系の作曲家に持ち味を発揮するのに対して足木君はフランス印象派を得意とします。しかし二人に共通する重要なレパートリーはショパンです。勿論それは現時点でのことで、これから二人がどのように成長して行くのかは10年後で無いと分かりません。でも確実に言えることは、二人は共にしっかりと自分の音楽を持っており、今後の努力と精進次第では無限の可能性を秘めているのです。若い演奏家を育つ為には本人や指導者の努力や家庭の協力は勿論のことですが、それに加えて暖かく、そして厳しく見守り育てようとする聴衆の存在が不可欠だと思います。皆様が今日の演奏会を機会に二入のこれからのステージに足を運んでいただき応援してくださる事を心から念じております。今日はご来場くださって本当に有り難うございます。また今回の素晴らし企画を立案し実現くださった豊川市の関係各位に心からお礼申し上げます。
                                                                                        2012年10月28日     長谷川 淳

これをクリックすると詳細が見れます!

もうひとつは金城学院大学主催の”ガラコンサート2012”こちらも10月28日3時から名古屋しらかわホールで開催されます。

金城学院主催で昨年秋に初めて開催された”ピアノコンチェルトの祭典”は選りすぐりの学生が超一流のプロオケオケであるセントラル愛知交響楽団と小松長生氏に指揮共演できる夢のようなステージだった。結果は大盛況で素晴らしい演奏に多くの反響をいただいた。それに力を得て今年はピアノコンチェルトだけでなく声楽のアリアも加え一層充実したプログラムとして;名称も”ガラコンサート”と改めた。私の門下生の4年生の前川愛さんもリストのピアノ協奏曲1番を弾いて出演する。

金城学院大学の新学科”音楽芸術学科”は来春開設向けて着々と準備が進んでいる。11月17日にはいよいよ第一期生の為の推薦入学試験が実施される。新校舎の建設計画も正式発表された。安心安全と地球環境に配慮した全く新しい施設だ。

聞きに行ってくださる方は長谷川までメール下さい!2012年10月5日 11:09:05


家内の大好きだった中学校

昨日は台風17号の直撃を受けて大荒れの一日だった。そして昨日は家内の2回目の命日だった。もう二ヶ月がたつのか。今日は台風一過の秋晴れだった。そこでお寺に預かっていただいていたお骨をお墓に納めた。これで家内もきっと安らかに眠れるはずだ。
納める前に骨壺から小さな一片を取り出して大切に持って帰った。それを自宅の仏前に祀った。こうすれば家内は寂しい思いもしないで良い。また分骨した方は家内の両親と一緒に入っているので家内にとっては一番快適な環境だと思う。
話は少し前後するが先週豊橋市の一番外れの太平洋に面する渥美半島の先にある高豊中学にふらっと出かけた。自宅から小一時間かかった。生徒の姿もなく静かな田舎の風景だけだった。家内はこの中学で10年ほどお世話になっていた。今からもう10年近くも前の話だが。この頃の家内は一番元気で充実した日々を過ごしていた。特に部活で吹奏楽の指導して生き生きしていた。転勤したとたんに体調を崩してしまった。やはり学校の環境が馴染まなかったのかもしれない。2012年10月1日 22:45:22




今日はマイホールにポーランドの巨匠A。ヤシンスキー教授をお招きしてショパン・モーツァルトの講座と公開レッスンとプライベートレッスンを開催した。これ程の大家ををお呼びするのはK.シルデ先生以来以来とななる。ヤシンスキー先生は76歳とはとても思えないエネルギーとオーラで私たちを引きつけて最後の最後まで離さなかった。まるまる一日ヤシンスキー先生の素晴らしい音楽に触れられた生徒や聴講されたみなさんにとってしあわせな一日だった。
特に私にとっては信じられないハプニングがあって興奮冷めやらぬ日だった。ヤシンスキー先生とはショパコンのアジア大会審査で何度もご一緒させていただき旧知のお方だった。朝お会いして普通にドイツ語で挨拶したり近況を話したりしていて、プライベートレッスンでは、おまえ通訳やれ、と言われて何となく流れで通訳することになり、やりながらプロの通訳がいるのに何で自分がここに立っているのか信じられなかった。まあ人生とはそんなもので先のことは何が起こるか分からない。でも通訳していて10年前にシルデ先生の通訳をしたときの同じくらい暖かく情熱的な空気が伝わってきて感動した。先生と駅でお別れするときには涙が出そうになった。本当に有り難うございました。
明日からいよいよ大学の後期レッスンが開始、名古屋でのプライベートレッスンも再開する。2012年9月25日 23:40:10


相変わらず厳しい残暑が続くがもうお彼岸の時期です。先日は私が大好きだった豊橋日独協会の事務総長の西島篤師社長から立派な百合の花を頂きました。西島さんとは20年に及ぶ旧友です。大社長であるとともに素晴らしく魅力的なお人柄と完璧なドイツ語を駆使して日独協会を引っ張ってこられた方です。かつては家内を伴って毎週開かれる協会の例会に参加して楽しく過ごしたものです。家内はかなり期間日独協会のドイツ語初級講座にも通っていましたが上達ゼロだったので挫折しましたが。ここ暫くは私の多忙さと家内の体調の悪化からご無沙汰していましたが、また例会に参加して西島さんをはじめ多くのドイツ人やドイツを愛する多くの日本人の方達と交流したいものです。
私はピアノは下手だがドイツ語には自信があった。ショパコンや年末の「つま恋ピアノマスターコース」でドイツ語の出番も増えるので思い出さなくてはまずい。




ショパン国際コンクールインアジアの豊橋大会は今年も多くの方(三桁)のお申し込みを頂き結局二日間の開催となりました。本当に有り難うございました。申し込み期限が本部の都合で少し延期されたようなので、もし申し込みをお忘れだった方は下記ピアノフォルテまでお問い合わせください。豊橋はハイレベルですがスタッフの心配りが素晴らしくて暖かい雰囲気なので皆さん演奏に集中できたとと、お褒めの言葉を多く頂いております。そのせいか通過率も高いですのご安心ください。


コンクールに先立ち9月25日(火曜日)はショパンの巨匠 ポーランドのヤシンスキー教授を豊橋にお迎えして左記の特別講座と公開レッスンを開催します。聴講は自由ですので是非この貴重な機会をお見逃し無く!聴講受付は 0532-53-4666 ピアノフォルテまで早めにお願いいたします。座席数が限られております。
ちなみにヤシンスキー先生は英語、ドイツ語、フランス語ベラベラです。私の恩師K・シルデ先生も同様でした。ヨーロッパの一流のピアニストはみな多国語を操ります。


さて長かった夏休みも終わり大学の後期レッスンと名古屋のプライベートレッスンも来週から再開する。いよいよ秋の戦いが開始だ。気合いをいれなおさないと!
2012年9月20日 11:14:56









思い出

結婚式の時の写真を整理していたら式や新婚旅行のスナップが沢山見つかった。すごく懐かしくて時間のたつのも忘れて探し続けてしまった。家内が天国から見てくれると喜ぶかな?と思い何枚かをアップしてみた。

結婚式には当時担任をしていた桜丘高校2年生音楽科の生徒34人が駆けつけてくれてロシア正教会の厳かで絢爛とした堂内で素敵な式を挙げることが出来た。無事に式を終えて、あの正門から出ると用意された三羽の鳩が放たれて青空のかなたに飛び去った。結婚式のハイライトだった!この生徒達の多くは告別式の時も来てくださった。
家内は自分は控えめな人生を送ったが結構目立ちたがりの一面も持っていたので告別式は結婚式に負けないくらいの数多くの方に見送られて、きっと天国で喜んでくれたと思う。
さて式の翌日は成田空港(当時は関空もセントレアも無かった)からウィーンに向かった。オペラを見たり市内を観光してザルツブルクに列車で行きモーツァルトの街を堪能した。そして最後は新婚旅行最大の目的地ミュンヘンに向かった。ミュンヘンではオペラ鑑賞やお城見学は勿論したが私が家内に一番見せたかった場所に案内した。
私の母校ミュンヘン音大を訪ねてかつてレッスンをうけた207号室の前に立った。私はここで3年間クラウス・シルデ教授の元で学んだ。シルデ先生は今でもお元気でミュンヘンに住んでおられる。先生がお元気なうちにミュンヘンを訪れてお会いしたい。今日私が、まがいなりにもピアノを教えていられるのはシルデ先生のご指導無しには考えられない。

この新婚旅行の時に生まれて初めて飛行機にのって海外に出かけた家内は式の緊張と旅の疲れから体調を崩して帰宅後は寝込んでしまった。その後はすっかり旅行嫌いになり、結局新婚旅行が家内との最初で最後の旅行となった。でもそのことは私にとっては取るに足らないことだった。









ミュンヘン音大の207号室の前の私(35歳)。当時は演奏活動も活発にやっていた→25年経てばこの有様よ→見る影もなく老いさらばえてしまい情けない(60歳)まあ人生とはあっという間に過ぎ去ってしまうもの。あっけないもの。明日のことは誰にも分からない。音楽を勉強する若い方はくれぐれも時間を無駄にしないでください。そして是非若いうちに外国に出かけて外国の文化に触れてくださいね!このことは今も昔も変わりません。
私はいよいよ自分の人生のコーダに差し掛かっている。もう身体は疲れ切っているけどあと一踏ん張りしてフィナーレを飾りたいな。人生長年やっていてひとつだけ不思議でならないことがある。肉体的には明らかに老いを感じる今日この頃だが精神は十代後半の時と全くと言って良いほど変わらない。気力も感受性も好奇心も集中力も記憶力も何一つ衰えてない。むしろ研ぎ澄まされてきた感じだ。ただ肉体だけが衰えて行く。この不思議なギャップは説明がつかない。精神的には今からもう一度ミュンヘン音大に戻って勉強し直してピアニストとして再デビューしたい気持ちだ。そしてピアノに捧げた人生を全く後悔してない。それどころか本当に幸せだった感謝している。もう一度生まれ変わってもやはりピアノがやりたい!2012年9月12日 18:54:32




四十九日

1987年12月22日

今日は家内の四十九日の法要だった。相変わらず残暑が厳しいものの、家内の逝った日や告別式の日に比べると秋の訪れが感じられ、静かな境内は落ち着いた雰囲気だった。

読経の後に和尚様から心のこもった講話を頂いた。これで家内も冥土から迷わずあの世の旅立つことが出来た。まだお墓は建ててないので取りあえず大切な遺骨をお寺に預けて頂く。お堂の中の一番奥の静まり返った納骨堂に案内された。こんな寂しい所に家内を置いて帰るのはたまらなく可哀そうの思えた。早く自宅の近くの墓地に弔ってあげたい。

 

話は前後するが一昨日市役所に所用で行った。市役所の帰り道に豊橋聖ハリストス教会の美しい建物が目に入ってきた。この建物は戦災で焼失することからも奇跡的に免れて市の重要文化財に指定されている。私は何となくこの教会の前に車をとめて教会の周りをぐるっと一周してみた。昼間なので人もいなく静かで荘厳な雰囲気が漂っていた。ここに来たのは何年ぶりのことだろうか?考えてみたら結婚式以来だった。そういえばあの日も青空に教会の尖塔が美しいコントラストをなして印象的だった。そんなことを思いながらスマホで写真を何枚か撮って帰宅した。

 

さて法要も終わり弟夫妻と食事をしてから帰宅して一人になると、もう家内は遠いところに行ってしまったとの実感が込み上げてきて涙をこらえることが出来なかった。しばらくして私は結婚式の思い出が凄く懐かしく思えて来た。そこで直ぐにマンションに向かった。古いアルバムからブライダル写真アルバムを見つけ出した。やはりそうだった、25年前のあの日も教会は青空にくっきりと浮かび上がり美しいシルエットを写し出していた。

 

教会正面玄関から式を終えて出てくる家内の幸せそうな写真が気に入った。偶然にもその後ろには嬉しそうな顔をした亡き父も写っていた。家内はとても美しかった。私もまだ若々しかった。まさかこんなに早く家内と別れの日を迎えようとは。しかも彼女の方が先に逝ってしまおうとは。

25年の歳月を経て私の周りの全てが大きな変化を遂げてしまった。でも私の心だけは今も当時も変わりない。
2012年9月9日 17:46:45


2012年9月7日


クリスチャン・チメルマンの師として、またワルシャワのショパン国際コンクールの審査員を歴任されている教授として世界中で尊敬されているAヤシンスキー先生がなんと豊橋の私のホールで講座と公開レッスンとプライベートレッスンをなさってくださる。私のほうにいろいろなことがあり、連絡するのが遅くなりましたが空前絶後のチャンスだと思いますので是非ご参加ください。講座とレッスンの聴講のみも可能です。詳細は下記ピアノフォルテ音楽院事務局まで至急お電話下さい!その他お問い合わせも遠慮なくどうぞ!特にショパコンを受ける方は聴講だけでも絶対にご参加ください!
ショパコンについての詳細はこちら
豊橋での開催は2012年11月23日(予備日(11月24日)
ホールの音響が素晴らしくやスタインウェイのフルコンの音色の変化がやりやすくタッチもひきやすいとの評判です。スタッフの運営手慣れておりもきめ細かくて親切な対応ので参加者が演奏に集中しやすく毎回高通過率を誇っております。是非トライください。


北陸旅行

久しぶりに旅に出た。審査や講座のついでに立ち寄ることはあっても純粋に旅の為の旅は10年くらいしていない。北陸ではこの季節は風の盆おどりの為に大変ににぎわっている。今回は土日にかけての旅行だったのでホテルを取るのも指定券を取るのも大変だった。今回の目的地は富山県。ここは日本海の海の幸が堪能出来て魅力満載。しかし夏は蟹もホタルイカも残念ながらお目にかかれない。でも新鮮なお刺身や、富山牛のステーキは本当においしかった!北陸本線もあと2年で北陸新幹線が開通して、より手軽に日本海の魅力が味わえることだろう。高岡も訪れたが土蔵造りの町並みはレトロで落ち着きがあり旅の疲れが癒された。それにしても暑い二日間だった。

帰りは豊橋に帰らずに名古屋で途中下車して栄のど真ん中に宿泊した。翌日月曜日は来春からの名古屋勤務に備えて名古屋に新しく拠点を作る必要から、マンションのモデルルームをはしごして見て回った。やはり猛烈な残暑のなか汗びっしょりでの行軍となった。今までは名古屋でのレッスン場所の確保に四苦八苦していたし高速道路の深夜の往復はさすがに身体にこたえる。そして危険でもある。

寝泊まりだけなら賃貸しマンションでも出来るのだが我々ピアノ関係者には防音室が不可欠なのでどうしても分譲マンションを買って防音を施すしかないのである。いろいろ見学した中で地下鉄の藤が丘駅直近の新築中の素晴らしい物件に心が奪われた。

藤が丘は金城学院大学にも近く、東名高速道路名古屋インターにも近く、地下鉄のメインの東山線ターミナル駅なので名古屋駅や栄にも直ぐ出れる。豊橋との行き来も便利で私にもレッスン生徒にも最高の立地だ。おまけに新しい町だけにスーパーやオシャレな飲食店は一杯あるだ。このマンションの隣は24時間営業のマツザカヤストアという便利さ!

ただネックはプライス。宝くじでも買うか(;一_一)
でも担当のセールスマンからローンを組んだ場合もし私が途中でおっ死んでも残りの返済分は保険で賄われる仕組みになっていると聞いて安心した。にわかにやる気が出てきた。家内も逝ってしまい子供も無いから後のことを心配する必要は無い。

それに目下超低金利で消費税も今ならまだ5%だ。これが再来年8%になってからでは2~300万円高くなる。しかも駅近優良物件は、いざという時には直ぐに売却できるそうだ。(なんだかんだ理由づけして無理やりに正当化する私(-"-))この物件は残り3戸のみ。うーん寝れない晩が続く。

家内の四九日が九月九日。本来ならその法要を済ませた後に取り掛かるべき事柄なのだが大学が始まるまであと10日。おまけに最近新しい仕事の依頼が立て続けに入ってきて凄くプレッシャーを感じている。一日も早く落ち着いて仕事できる場所を確保しなければ。時間との勝負、何とかそれまでに目途を立てたい。2012年9月5日 21:43:57


命日

家内が逝って今日でひと月になる。私の推測ではひと月前の今頃家内は静かに息を引き取ったと思う。思うと、いうのは家内との携帯電話の交信記録が7月30日朝7時06分を最後に途切れているからだ。家内の死後に混乱の中で私や家内の妹や家内の携帯の発信着信記録を調べた結果に誤りがあることが後日(1週間後)判明した。つまり家内の携帯本体の日時の設定がズレていて混乱を招いたのだ。最終的に上記のように7月30日の朝に家内が私に電話をし、私が普段と変わらない家内の声を聞いたのを最後に家内は誰にも一切電話はかけていなかった。

私が最初に思ったのは審査に出かけている最中に私に助けの電話をしたかも、という恐怖の想像は幸い外れていた。私の留守中には家内は日に何度も妹と電話でやり取りをしていたのだから、もし危機的な状況になったら真っ先に妹に助けを求めていたはずだ。恐らく安らかな最期だったと思う、またそう信じている。

 

8月は毎年気持ちが滅入ることが多かった。沖縄決戦、特攻隊、東京大空襲、原子爆弾、終戦と67年前には8月だけで20万人近くの方が亡くなっている。それに加えてこの夏は一層悲しさが増して、本当に長い長いひと月だった。

明日でその忌まわしい8月もやっと終わる。9月に入ったら気分を一新しリフレッシュするために大好きな北陸に旅に出ることにした。季節は残念ながら蟹やホタルイカにはほど遠いがきっと癒される気がする。帰ってきたらいよいよ秋の音楽シーズンのスタートである。大学の後期レッスンも始まる。ショパコン、クラコン等の秋冬のコンクールも待っている。東三河PTCコンクールの課題曲選曲もしなければ。そしていよいよ勤務大学の新学科初の入試が始まる。本当に勝負の秋である。私も気持ちを切り替えて全身全霊で頑張らねば!それが家内への最高の供養でもある。2012年8月30日 22:44:16


告別式を終えて                        

昨日は家内の告別式がしめやかに行われました。驚くほど多くの方たちが猛暑の中、遠方からも参列くださり家内は幸せでした。また私の生徒のお母様達も受付などてきぱきとお手伝いくださり、本当に感謝しています。弔辞は先にも書いたように杉浦日出夫先生がお話しくださいました。先生の優しく心のこもったお話に会場中が心を打たれました。また生花や弔電も沢山頂き恐縮しております。まずはこの場を借りてお礼申し上げます。

私の謝辞の後に式の最後の締めくくりとして門下生を代表して三宅菜津子さんが家内が生前とても好きだった、ベートーベンの「熱情ソナタ」第三楽章(抜粋)ショパンの練習曲作品10の3「別れ」を心を込めて演奏してくださいました。本当見事な感動的な演奏でした。また会場でのバックグランド音楽として足木克利君が今年の初めに東京で行われたショパン国際コンクール 
in Asiaファイナルで中学生部門金賞をしたときの素晴らしいライブ録音を流させていただきました。
また昨晩は門下生OBで愛知県立明和高等学校音楽科2年生の宮里倫史(もとし)君が
PTNAピアノコンペティション全国決勝大会G級で見事金賞を受賞された、との報告を受けて家内への何よりの供養になりました。

私は喪主挨拶では、あまりに感謝の気持ちが高まり、うっかりしメモも持たずに話し始めてしまい十分にお伝えしたい事が伝わらなかったかもしれなかったです。改めて用意した謝辞を紹介させて頂き皆様へのお礼の言葉とさせて頂きたいです。

皆様のおかげで昨日の告別式で無事に家内を送り出してあげる事が出来て気持ちもとても安らかになりました。家内への精一杯の気持ちを込めて家内が一番喜んでくれるように考えて準備したつもりです。家内もきっと安らかに眠ってくれていると思います。

これで気持ちの整理がついたので今日からまた生徒達のためにレッスンを全力で再開します!!またこれからはホムペも通常の形に戻します。2012年8月24日 9:30:14

    



       

             
      喪主挨拶

 

今日はご多忙な中、そして残暑が厳しい中、私の妻、長谷川 利依の告別式にこのように沢山の方たちが参列くださり、喪主として心からお礼申し上げます。

 

家内との出会いをざっとお話します。家内は、ただいま心こもった弔辞を賜りました杉浦日出夫先生にピアノを学び桜丘高等学校音楽科でピアノに燃える青春を送りました。家内が桜丘を卒業して何年か後に私がドイツ留学を終えて、ご縁があって桜丘高校音楽科でピアノの指導者として教職に就いたのも二人が運命の糸で結ばれていたのかもしれません。そこで私は杉浦先生にも大変にお世話になりました。私のそれ以来の杉浦先生に対する敬愛の念は今日まで変わることはありません。そして桜丘高校音楽科を創設され音楽科主事であった偉大な斉藤喬先生のお引き合わせで今から25年前の1222日に豊橋のハリストス正教会で挙式をあげました。当時家内は市内の中学校で音楽の教師として授業に部活に情熱を傾けておりました。結婚後も教育者としの情熱は変わりませんでした。

家内は性格的には、むちゃくちゃ保守的で自分のテリトリーからは絶対に外に出ないタイプでしたが、なぜか当時浸透し始めたワープロやパソコンには大変興味を持ち、帰宅してもしょっちゅう職場でパソコンと奮闘している様子を目を輝かせて話してくれました。食べるものも家内は極度の偏食で、外食では味噌煮込みうどんとエビフライと、ナンカレー以外は殆ど食べませんでした。  

 

私は性格的に家内とは真逆でいつも変化を求めてまいりました。食べ物はおおよそ食べられないものはないと自負し好き嫌いは一切無く、外食でもいつも違うメニューを注文してました。私はピアノは下手ですがエレクトロニクスの方面だけはとても強かったので二人の話題は共通していました。私が桜丘高校で担任を持ち成績一覧を提出する時はいつも家内が入力を手伝ってくれたものです。後年体力が弱ってパソコンも思うように打てなくなりましたが、年賀状の住所禄作成と宛名と文面の印刷には最後までこだわり続けました。600枚にも上る年賀状は最後まで家内の仕事でした。これからは一人でやらなくてはなりませんね。

しかし私たちの最大の、そして最高の共通の喜びはやはりピアノでした。いまではもう私はステージに上る機会も殆どなくなりましたが、結婚当初はかなり頻繁に弾いてました。いつもリハーサルから本番まで家内が付き添ってケチをつけながら録音するのが家内の仕事でした。その後は私に代わって生徒たちのコンクールや試験のステージが増えてきました。私は生徒たちの大切な本番の前には必ず何度もホールを借りてリハーサルをしてきましたが家内は毎回必ずついてきて録音や会場費の徴収にあたりました。だから私は夫婦で一緒になって生徒たちを指導してきたような気持ちでおります。

 

そうしている間にも家内の病状は次第に悪化し休職や入退院を繰り返すようになりました。それに伴いリハーサルも出来なくなくなりました。私は何とか良い治療が受けられないかと当時入院中だった豊橋市民病院から神経内科の評価が高かった浜松医大付属病院に無理矢理に転院させました。浜松医大では頭に電気ショックを与えるほどの厳しい治療を施されました。

そのかいもあって一時的には持ち直しはしましたが、今から5~6年ほど前に再び入退院を繰り返すようになり、学校にこれ以上ご迷惑をおかけするのに忍びなく思い家内と相談して20073月に教職を完全に退きました。その後一端は回復して病院の受付をしたりもしましたが、一年程で退職しました。そして自宅療養を続けておりましたが、私は年を追うごとに多忙となり、審査などで家を空けることも多くなり、家内の事を一番理解し応援していてくれたご両親が次々に亡くなりになり、加えて子宝にも恵まれなかった家内は次第に寂しい思いつのらせた事でしょう。

そんな家内のただ一つの楽しみは私の活躍でした。私はコンクールの結果や試験の成績など事細やかに家内に話し、家内はそれを聞くのを何よりも楽しみにしていました。その一つの表れが、旅行に行くのを極端に嫌った家内ですがPTNAの全国決勝大会の表賞式と祝賀会にはほぼ毎年私に同行しました。これは私たち夫婦の唯一の旅行でした。

表賞式でのアナウンスが入賞者を読み上げるたびに門下生が賞に入っていたら人目をはばからず歓声を上げ、駄目なときは「なんや今年もスカか!」「あんたの指導が悪いから駄目なんよ!」と私を責めました。

そのうちに私にPTNA主催の講座や公開レッスンの依頼が舞い込むようになると、私は決まって先ず家内に「こんな依頼が来ただけど忙しいし体がしんどいから断ってええか?」と訪ねました。すると家内決まって「駄目!絶対にうける!たとえ死んでも受けろ!」と突っ張られました。そんな家内が私を残して先に死んでしまおうとは。

 

私は薬の力ではもはや限界に達し、だんだん弱っていく家内を何とか喜ばせて元気にさせようと無意識に自分を鼓舞し、頑張ってきたのかもしれません。そして家内と二人で喜びを分かち合って、また次に頑張る活力の源にしてきたのです大切な家内を突然失ってしまい、もう報告する相手もいません。今自分の人生において家内がどれだけ大切な役割を担って来たかを、ようやく悟りましたがもう手遅れでした。心の中にぽっかりと大きな穴が開いてしまったようです。

 

話は戻りますが家内の具合が悪くなるにつれて私たちは家で食事をすることもなくなりました。最近では私が豊橋にいるときは昼は喫茶店でランチを食べて、夜にはまた、どこかに別の所に食事に出かけるのが生活のパターンでした。

私がレッスンが終わり仕事場(新居)から「食べに行くか?」と電話するのを家内は何時も心待ちにしていました。最近は気分の優れない日や薬のせいで朦朧している時もありました。そんな時に「私が食べに行くか?」と問いかけるて一度は「今日はやめとくわ」と、答えても必ず数分すると「やっぱりいく」と言って電話をよこす家内でした。どんなに具合が悪くても私といたかったのでしょう。

しかし死の1日前には、私の誘いを断って、その後いくら待っても「やっぱりいくわ」と電話がありませんでした。私はとても怪訝に思ったのですが、まさかこんな事になろうとは微塵も思ってないので、その日だけは一人で寂しく食事に行ったのを覚えております。

 

その翌日つまり家内の逝った730日朝に珍しく家内の方から「悪い、今日も一人で行ってくれない?」と電話がありました。それが家内の声を聞いた最後でした。あんなに二人で食事に行くのを楽しみしていた家内が自分から断ってきたのに私は家内の体調に危機が迫っているのを見落としてしまい、結果的に家内を看取ってあげる事が出来なかった事を心底悔やんでいます。

せめて最後に「ありがとう、おかげで生徒も私も頑張ってこれたよ!」と一言いたかったです。

 

私は失ったものがあまりに大きくて、直後はもう立ち直れないかなとも思いました。でもその後本当に多くの皆様から直接、または文書やメールなどで心のこもった慰めの言葉や励ましの言葉を頂戴いたしました。

 

そして家内の最後に残してくれた一言が大きな慰めにとなっております。金城学院大学で7月27日、死の三日前になりますが、ピアノの実技試験が行われました。終わって私は肩の荷がおりた気持ちになり、その日の晩に家内と久しぶりゆっくりディナーに出かけました。家内はあまり気分が優れないない様子でしたが試験の様子など私の話に一生懸命に耳を傾けてました。

 

何かの拍子に私が家内に「今まで病気ばっかりで楽しい事なんかなんも無かったでしょ?」と聞いたところ、(家内は私の事をじゅんたくんと読んでましたが)「でもじゅんたくんと一緒にいれて楽しかったよ」とはにかみながら、穏やかな顔で答えてくれました。

今にして思えばその一言に私たち25年間のすべてが込められているように思えてなりません。その言葉を思い出すたびに家内の為にもまた頑張らなくては!という気持ちが再び沸いてきました。そしていつの日かまた家内と一緒に食事をするときに「きいてよ、こんなに頑張ったさ!」と誇らしげに報告出来るよう精一杯自分に与えられた仕事に打ち込む決意をいたしました。

 

今日の皆様への挨拶は感謝の気持ちであるとともに自分の決意表明でもあります。還暦を迎えてはいますが、まだまだ未熟者です。これは本心です。今後と何卒お力添えくださるようお願い申し上げて私のご挨拶とさせていただきます。今日は本当にありがとうございました。

 

                                                         2012823日 長谷川淳

 


 

告別式の準備


 家内の告別式を二日後の23日に控えて色々と準備に追われている。東京ではコンペ全国決勝大会の最中、燃えるような熱戦が繰り広げられているだろう。そのことが遠い世界での事のように感じられる。不思議としかいいようがない。コンペに携わって
20年以上にもなるが、こんなに静かな夏を送ったのは初めてだ。コンペのせいもあってかここ何年も夏の終わりの季節感を味わったことがなかったが一人でマンションで片付けをやっていると外からは過ぎゆく夏を惜しむように蝉の声が何時もにも増してよく耳に届く。

告別式には家内の写真がなくては始まらない。私はここ十数年間にデジカメで撮り貯めてきたSDカードやメモリースティックなどをかき集めてきて片端からパソコンに挿入して家内の写真を探し始めた。それにしてもちっとも見つからない!

家内はいつも脇役に徹して滅多にカメラの前に姿を見せなかった。しかし一番大きな理由は結婚して25年間に夫婦で旅行に行ったことは遂に一度もなかった。(新婚旅行でドイツに行ったことを除けば、しかし旅行から帰った翌日から体調を崩して寝込んでしまった。)旅行にいけば必ず写真を残すはずだ。

私はよく家内に「北陸に蟹食べに行くか?」とか「焼津でかつお食うか?」とか「東京でディズニーするか?」とか誘いをかけたが、家内はいつも絶対に応じなかった。病気がちで違う環境で寝泊まりすることを極度に嫌っていたのだ。だから日帰りで、しかも仕事を兼ねて行けるコンペの全国決勝大会の表賞式や祝賀会は二人で遠出した数少ない旅行だった(私の記憶が正しければ唯一の)。家内と祝賀会に出かけたのはそれでも10回近くはあると思う。故福田靖子先生にも夫婦でご挨拶出来た。

私も旅行しない事に自然と慣れてしまい、うちらの夫婦には縁のないことと諦めていた。それに私の仕事も年を追うごとに忙しくなってきたので、その方がありがたかったし気が楽だった。

さて写真だが、一枚だけ死の三週間前の写真を見つけたが、さすがに顔色が良くないし表情も心なし辛そうだった。そんな訳で結局よい写真は見つかなかった。しかたがないので約2週間前にホムペにアップしたものを使うことにした。家内の大好きなマンションの居間でソファーに転がって寛いでいる約一年前の写真だ。しかしスマホで撮ったもので、どうにも露出が暗い。

凝り性の私はさっそく写真の補正ソフトを使って何とか使える程度にバックを明るく修正した。苦労して仕上がった家内の笑顔に久しぶりに会えて、どうしても涙を抑えることができなかった。どうして本物の家内にはもう会うことが出来ないの!!

人間とは理性や知性も欠かせないが、所詮は感性の生き物なのか?と思い直したりしている。私は大のハイテク人間で新しもの好きでテクノロジー以外はあまり関心がなかった。しかしその冷徹な私をして涙させるものはショパンでありシューマンでありベートーベンの後期のソナタであった。そして今回家内がそこに加わったのだ。

告別式の弔辞を尊敬する杉浦日出夫先生が述べてくださる事になった。家内も私もこの上なく感謝している。家内は中学生の頃から杉浦先生にピアノを学び、桜丘高校の音楽科でも引き続き杉浦先生に教えていただいていた。私は桜丘高校音楽科で杉浦先生と職場をご一緒させていただいて以来今日まで仕事の上でもプライベートで最も親密におつきあいさせていただいてる。私も家内も杉浦先生をずっと心から尊敬し、先生の切り開かれた道を真似をして後からついて、ここまでやってきたに過ぎないのだ。杉浦先生は真のパイオニアである。今年はコンペでは不本意なレッスンしか出来ずに、生徒たちにも大変迷惑をかけてしまった。来年度はまた一からやり直すつもりでがんばります。
2012年8月21日 19:01:21

告別式の詳細は下記


職務復帰

昨日は金城学院大学のオープンキャンパス第2回目だった。生憎の荒天にもかかわらず沢山の高校生やその父母が来校されて広大なキャンパスは人で埋め尽くされた。私たちの音楽芸術学科のブースにも260名もの方たちが訪れた。前回は約100名だったから合計360名と大盛況だった。生徒や父母の質問に丁寧に対応するために私たちは朝から大忙し。私は家内の逝去後初めて公の場への復帰で、前の晩はとても不安だった。前夜はレッスンの曲を必死でさらったい、朝出かける直前まで大学案内や入試要項を何度も読み直して質問に答えられるに備えた。今日は朝から4人レッスンして、30分を昼食を挟んで音楽芸術学科のブースに2時間近くいて数名の父母生徒の対応に当たり、午後また4名のレッスンをした。蒸し暑い中、広大なキャンパスを移動するだけでも汗だくだった。なぜならブースとレッスン場所は歩いて5分も離れていてレッスン室は4階にあるからだ。ブースでは新米の私は緊張して父母の対応に当たったが何とかしのげた。音楽高校に20年間専任として勤務した経験が助けになった。やはり学校は良いな、久しぶりに教員としての充実感を味わった。若い人たちで溢れて熱気やエネルギーに満ちている。こうした中で忙しく動き回っていると今回の不幸の辛さが少しは和らぐ気がした。

帰宅の東名高速道路は帰省Uターンラッシュで大渋滞だった。でも車中で家内の事を考えていたら全然苦にならなかった。

夜はパソコンのデータ移行に汗だくだった。新居のパソコンが駄目になってしまいホムペのアップができなくなっていた。そこで急遽マンションのパソコンを運んできてデータを移行して、その後ホームページ作成ソフトを再構築した。パソコンは20キロもあり一人で運ぶのは一苦労だった。ホムペのトップページがおかしくなってリンクがかからなくなっていたので、これを機会にトップページを変更してみた。データの記録をたどっていくと私のホムペが正式に産声を上げたのはなんと14年前の1998年だった。その前に実験的なホムペまでさかのぼると20年も歴史がある。そのトップページのデザインはその当時からまったくかわっていなかった。今回の変更でも20年前のデザイン素材はそのまま継承した。いろいろな設定に手間取り今ようやくホムペを復旧した。2012年8月19日 21:59:36


お花

家内が逝って以来生徒の皆さんから多くの美しいお花を頂戴したので一部を紹介させていただきます。それまであまり花には関心がなかったが、例の不思議な百合事件の後にお花がとても愛おしく感じられる。毎朝水を替えるのが楽しい日課になった。レッスンをしていない時は気がつけば家内の事を考えている。もう一度会いたい。2012年8月15日




告別式ご案内

せっかく花開いた百合も数日していってみると地表に落ちていた。とてもがっかりして落ち込んでいると、知り合いの先生から”百合はたとえ花が枯れても地底には球根が残っているので毎年必ず花開きます!”と教えられてすごく安心した。来年また花を咲かせてくれるのが楽しみだ。

さて私が辛い心境にあるのを察して門下生の足木君の母上が下記のような伝言を私のホムペを通して私の門下生に伝えてくれるようありがたいお申し出があった。

長谷川先生

お忙しいところ大変恐縮です。
再度お願いしますm(__)m

淳先生の門下生の方をとりまとめさせていただくに当たり、各自でなされる方以外で、足並みを揃えたい方には、直接私に連絡くださるよう、ホームページの生徒連絡に載せていただけますか。
連絡先は、足木のパソコンにお願いします。

なるべく漏れのないようにしたいので、これが最善かと思われます。よろしくお願いいたしますm(__)m

足木様ありがとうございます。


百合




一昨日に第一陣でダンボールの山と古い家具などの処分が終わった。後は明日朝の第二陣を終えて当面の整理は一段落する。


話は数日前に戻るが、家内が逝って4~5日した頃だろうか?マンションからいつものように重い足取りで新居に戻ってきて自宅前の駐車場で不思議な光景に出会った。私は手入れが面倒なので花などの植物は自宅では一切育てていない。だから新居前はコンクリートの駐車場だけが広がり殺風景だった。ところがふと見ると駐車場の隅から一輪の白い花が咲いているではないか!今までこのような花は一度も咲いたことがなかったのに。しかもその花をよく見ると、どうも百合のようだ。太陽の直射を浴びても大雨にさらされても硬いコンクリートの隙間から懸命に育って来たのだ。
ひっそりと咲いていたので気が付かなかったが生育具合から見て、この百合は家内が逝った頃に花開いたに違いない。白く清純で控えめな百合の前でしばらくは動くことが出来なかった。

この百合には家内の魂が宿っていて、きっといつも私の近くにいたいのでマンションからここへやって来たように思えてならない。

直ぐに友人に写メールを送って調べて頂いたところ、この百合は新鉄砲百合と言うそうだ。私はこの百合がとても愛おしく思え、毎日様子を見に行くのが日課となっている。

百合を見ていると頭を下げてうつむきかげんでどこと無く悲しそうだった。無言で、私のマンションを売りに出さずにそのまま残してください、とお願いしているように感じた。やはり家内の巣を手放すことは止めることにした。時間を見つけて少しずつ元通りに復元していこうと考えている。2012年8月12日 午後 09:15:40


再開

家内が逝って10日目を迎えました。復活作戦を本格的に開始しました。家内も元気な私を望んでいるはずです。今日は朝に家内の車を廃車にしました。5年間もの間お世話になった黄色いダイハツの軽が走り去っていく姿を見るのは忍びなかった。ありがとうございました。

そして朝10時から片付けに入り昼休みを挟んで夕方まで一気に仕事を進めた。還暦を迎えた自分にまだこんなに体力気力が残されていのか、と不思議に思えました。大量の雑誌を一人で束ねるのは泣きたくなるほど辛かったです。それと重い布団をたたみ、布団袋につめ込むのがきつかったです・・・

明日朝9時に業者が処分に来ます。この機会にマンションの不用品を一気に片付けてしまえ!とダッシュでした。結果ダンボール30個ゴミ袋10個くらいになりました。明日にダンボールや家具がなくなったら徹底的に掃除機かけます。一番驚いたのは家内の衣服が信じられないほどの量でした。

こうなってしまったからには前向きに考えなくてはやっていられないです。レッスン室のある新居と、このマンションは歩いて数分の至近距離。このメリットを生かしてこれからはどんどん再活用したいです。大まかなプラントして半年~1年位かけてマンションを明るく美しくリフォームしてセカンドハウスにする計画です。そしてマンションの旧レッスン室にピアノを再び入れて生徒達の控え室兼練習室にする案です。4年前に新居を立てた時も毎晩遅くまで夢中になって設計したのを思い出します。

実はこの古いマンションも30年ほど前に建設中の物件に目をつけて速攻で契約しました。角地で一階、改造しやすい間取り。これが決め手でした。6帖の2つの部屋を一つに統合し12帖のレッスン室とし、防音工事を施しスタインウェイのAモデルとヤマハのS4を入れました。他の部屋も全室洋間にするなど、標準仕様とは全く別物の間取りに仕上げたのです。その時も防音仕様や照明や作り付けの楽譜棚やオーディオラックやコンセントの位置など細部の艤装に至るまで夢中になって設計したのを思い出しました。

今ではこうした事はそう珍しくもないけど当時としては画期的なアイデアでした。または名古屋にまた建設中のマンションを見つけて同じような防音仕様にしてもらうかも。何故なら来春からは名古屋勤務になるので名古屋に活動拠点を持つことは好ましいとも思えます。私はこういう作業が基本的に好きです。やはり道を間違えたようです。とにかく残りの人生を精一杯楽しもうと考えなおすと、また意欲がわいてきました。皆様には大変にご心配をおかけしました。2012年8月9日 午後 10:50:23


復活

気がつけば、かすかに秋の気配も感じる今日この頃。瞬く内にすぎた一週間だった。その間に本当にたくさんの方からお電話やお悔やみメールを頂きすごくありがたかった。この場をお借りして感謝申し上げたいです。初七日も過ぎたから昨日は市役所で家内の戸籍を抹消して頂いた。夢から覚めてようやく現実に戻った気持ちだった。でも心の整理も少しは出来た。と言うか現実に戻らざるえない自分に気がついた。コンペは大詰め、各地で門下生が死闘を繰り広げている。今年は私の最終チェックを受けること無く戦地に赴く事になった生徒たちには本当に申し訳なく思う。しかし生徒たちは健気に頑張ってくれている。たとえ全国には手が届かなくても生徒たちはこの夏のコンペを通して技術は勿論の事、精神的にもうんと逞しくなってくれたと思う。

私を力づけてくれた事が後2つある。7月27日に大学の実技試験があった。その日に向けて生徒たちと心を一つにして頑張ってきた。私がどん底の気持ちに沈んでいるときに大学から試験の結果が送信されてきた。質量ともすごい一年生ピアノ科の40名中で門下生4名はトップを含む上位に食い込み初戦を飾った。他学年も好成績の生徒が多く出た。これは家内への何よりの報告である。思えば27日実技試験の後にお疲れ様会として家内と夕食を共にしたのが最後の晩餐となった。(28日と記したが混乱して記憶違いでした。その3日後に家内は他界した)

もう一つ私に力を与えてくれたのがロンドンオリンピックでの日本女子の素晴らしい感動的な活躍!卓球、サッカー、バレー等など、どれもすごかった。勿論実況中継は見れなかったけど感動のシーンは胸に焼き付いている。それにしても日本女子選手の闘う姿はなんと美しい事か!絶対最後まで諦めない気迫、常にチームメートを思いやる優しさ、そして闘志に満ちた瞳。私は日本人に生まれて本当に誇らしく思えた。あの大震災を経験して日本人は以前より確かに強くなった。中でも女子の頑張りはすごい。日本の将来を担うのは男子ではなく女子になるに違いない!

昨日夕方何となく巨大スーパー アピタの食料品売り場をさまよった。あるわあるわ、ステーキも鰻も刺身も果物も選び放題(o^^o)これを機会に私は今までの食生活改めてみようかと思った。いつも家内と外食ばかりしていたから独りきりで外食するのたまらなく寂しかった。だったらいっそ外食やコンビニ生活から足を洗い料理を趣味にしちまえば良いじゃん!寂しくないし健康の為にも良いし何より楽しそうだ。私は本当はグルメだし、手先が起用でまめだから潜在的には料理はうまいと思う。ドイツ留学中は結構自炊したものだ。

家内を失って以来サッパリ食欲がわかなかったが、久しぶりに食欲も意欲が沸いてきて思い切り大量に新鮮な食材を買い込んできて満足感を味わえた。これからのモットー!寂しくなったら兎に角スーパーの食材コーナーへ行こう!そしてうまいものをたらふく食って元気になろう!
2012年8月8日 午後 11:38:29


区切り


今日も悲しい思いをした。これだけ悲しい思いをすればいい加減慣れるか、とも思ったが、あべこべだった。朝9時過ぎに火葬場についた。私以外の遺族はまだ誰もついてなかった。静かに横たわる棺に向かい、生前にしてあれられなかった精一杯の優しい言葉をかけてあげた。そして最後を看取ってあげられなかった事を何度も謝った。遺族がそろい棺に彼女が一番喜んだもの(これは内緒です)を入れてあげた。棺が炉に入れられた後も私一人その場に残って、未だ夢の世界にいるかのようにぼーっと光景を見つめていた。

約二時間後変わり果てた家内と再会した。でも遺骨になっても私の方を向いて微笑んでいるように見えた。私には”有り難う”といっているように思えた。お骨を分骨していただき、お寺に向かった。小一時間読経していただき遺族と会食をして午後2時過ぎにやっと帰宅できた。帰りの車に乗り込む時に骨壷の入った白い箱を大切に助手席に置いた。今まで彼女が助手席に座るといつも私がシートベルトを締めてあげていた。彼女は太りすぎていて自分ではうまく閉めれなかったからだ。今日は簡単にシートベルトを付けれた。あんなに巨体だったのにこんなに小さくなってしまって。

彼女は私がこの春に車を買い換えたことを結局最後まで気が付かなかった。私はいつか彼女にその事をばらして、びっくりさせてやろうと思っているうちにその機会を永遠に失ってしまった。馬鹿な自分。涙が止まらなくて運転もすこしヤバかった。

そして3日ぶりに彼女の大好きだったマンションに帰ってきた。私は今日のために居間を出来るだけ綺麗に、そして居心地よく片付けておいた。葬儀屋さんからダンボールの簡易仏壇をいただいていたが私は大切な骨壷を迷わずに彼女の大好きだったソファベッドの上に置いてあげた。家内は嬉しそうだった。そして今度は暑くて辛い思いをしないようにエアコンいれて、いつも彼女がしていたように電気をつけておいてあげた。節電の夏だけどあと数日だけは許していただきたい。最後の快適に過ごせるようにトイレの掃除を狂ったように徹底的にやった。
今までのパターンは彼女が数ヶ月入院している間に私が徹底的に掃除し、また彼女が数ヶ月間戻っている間に徹底的に汚し、また入院している間に私が掃除するのを何年も繰り返してきた。しかしこの半年は私の異常な忙しさで彼女の入院中に全く掃除が出来なかったのだ。だからトイレの汚れ等は尋常ではなかった。でも今日私は疲れる感覚が麻痺してしまったようで、いくら働いても疲れない。彼女のために夢中で掃除をしていると悲しみが和らぐ。
分骨していただいた小さい方の骨壷は彼女が寂しくないように新居に持ってきた。

私は帰宅して少し休もうと試みたが悲しすぎて虚しい努力に終わった。私はどちらかと言うと論理的に物事を考えるクールなタイプだと今までは思っていた。実生活では私にとってお荷物でしかなかったはずの家内、そんな家内を失って少しは悲しい思いをするとは想像したことはあるけど、まさか自分がここまで打ちひしがれ沈み込んでしまうとは。いったい私はどうしてしまったのだ?否、私は論理的に見えるけど本当は情感で生きる人間だったのかもしれない!私は自分のことが分からなくなってしまった。今までは私は自分のことを冷たくて強い人間だと信じていた。しかし私は本当は暖かくて、しかもとても弱い人間だったのかもしれない。

気持ちだけは妙に冴えてしまい眠るのを諦めた私は今の苦しさから逃れたい一心で明日からレッスンを強引に再開することにした。今の私にはもうピアノしか残ってない。生徒たちに片っ端からメールを入れて半ば強制的にレッスンにこさせて没頭することにした。体がどこまで続くかは分からないが、このままでは私も家内のように鬱病になってしまう。


運命

何もしていないとよけい辛いので夕方もマンションの掃除にきた。家内のいた居間はすごく汚いけどここに居ると不思議な安らぎを感じる。家内はいつもここで寝起きして生活していた。言わば家内の巣だった。ここでソファベッドに転がっていつもTV見たり通販のカタログを見たりネットするのがお気入りだった。私は掃除しながらいつの間にか家内に話しかけて対話していた。今から綺麗にしてあげるからね、とか辛かったんだね、でももう大丈夫だからね、とか。

その内に掃除をするのをためらう気持ちが起こってきた。私は徹底的に整理整頓するのが流儀だが家内は散らかっていたほうが居心地がいいそうなのだ。家内がいつ戻っても寛げるように片づけ過ぎないことにした。

そして掃除をしながらだんだん家内の気持ちがわかるような気がしてきた。野生の動物達は本能で死期が近づくのを悟り。最後は自分の巣に戻るそうだ。私は家内が先月初めに退院して時にちっとも症状が良くなってないのに驚き、家内を叱り直ぐに病院に戻るように強く命じた。いつも家内は最初は病院に戻ることを拒んでいても、症状が悪化してくると自分からしぶしぶ病院に戻っていった。その時はいつもとても可哀想に思ったが、その方が家内にとっても私にっっても安心だった。

しかし今回ばかりは私がどれだけ説得しても家内は頑として拒んだ。痛々しほど弱ってきているのに、病院に戻るくらいなら死んだほうがましだ、とまで言って頑として拒んだ。今となってみえば私は家内が本能的に死期が近いのを察していたように思えてならない。

結局私は根負けし、忙しさに埋没し、結果的に家内は自分の希望通り大好きな巣で逝った。私が最後を看取れなかったことだけは痛恨の思いだが彼女にとっては幸せな最後だったようににも思う。またそう思いたい。彼女との最後の晩餐で私がふと”今まで幸せだった?”と聞いた時に”一緒に過ごせてとても幸せだった”と言ってくれたのがせめてもの救いだ。
彼女は25年前にこのマンションにきて、今また遠くに去ってしまった。そして私はまたひとりになった。しかしこの部屋にはきっと彼女の魂が生き続けることだろう。私はしばらくは出来るだけ現状を留めるように徹底清掃思いとどまった。


告別式

私は部屋の掃除を終えて帰宅すると、このままいつまでもメソメソしていたら彼女の魂も浮かばれないと思い直した。こうなった以上は私にできる精一杯の気持ちを込めて彼女を送り出してあげたい。それが彼女に対する私の最後の誠意だ。私の頭はようやく回転力を取り戻し始めた。明日の火葬はもうなんともならないのでそのまま行い、告別式は予定していた親戚の経営する葬儀場をキャンセルした。彼女は最後までこのマンションにこだわり。ここを愛した。だったら目の前にセレモニーホールがあるじゃないか!彼女の気持ちになってみえば知らない土地でお別れするよりも25年間毎日見てきた隣のセレモニーホールのほうが良いというに決まっている。また式は前半はオーソドックスな仏式の葬儀を行い最後はやはり彼女が一番好きだったピアノ演奏で送り出すのが一番ふさわしいと思えた。とにかく家内に喜んでもらう事を第一に考えた。そしてついさっきセレモニーホールの担当者と打ち合わせをしてきた。結果下記のように告別式をとり行うこととした。(通夜は行いません) 2012年8月2日 午後 08:41:43  


                    記


*長谷川 利依(りえ) 告別式        2012年8月23日(木曜日)     午後1時

*場所    豊橋イズモ葬祭  イズモホール豊橋  弐(二)番館  クリスタルホール 地図はこちら
         広大な駐車場があります

*住所  豊橋市東新町115 Tel 0532-55-1000 Fax 0532-54-1699

*喪主     長谷川淳


悲しい昨日だった。それでも昨日は朝から手続きやいろいろな方との対応で夜遅くまで動き続けていて体はクタクタなはずなのに食欲も疲れも全く感じない。ただ常に動悸を感じる。このような感覚は生まれて初めてだ。家内の喜ぶ顔が見たくて頑張ってきて、その成果を真っ先に報告してきた。それが私のエネルギーの源だった。いまでは報告する相手もいなくなり急に生きる張り合いが無くなってしまった。

それでも体を休めなくてはと眠剤を飲んで浅い眠りについた。夜中の三時頃か?夢のなかで家内の呼ぶ声がしたので、ふと目が覚めた。私も普段のように返事して家内の名前を何度も呼び返した。何度呼んでも返事は帰ってくなかった。やはり夢ではなかったのか。もうないんだ。また止めどもない悲しみが押し寄せてきた。もうこれ以上は寝れなくなってしまったのでパソコンのFBを何気なく開いたら沢山の方からお悔やみや励ましのメールをいただいていた。本当に皆様の温かいお気持ちに感謝でいっぱいです。

私は家内が最後を過ごした部屋を少しでも綺麗にしたいと思い、午前4時、まだ薄暗い中マンションに行った。部屋はすごく散らかっていた。でもそれはいつものことなので気にもとめずに2時間くらいかけて新聞や雑誌や雑多なものをゴミ袋に入れて外に出し掃除機をかけて少しは元の状態に近づけた。

掃除が終わって、いつも家内が転がっていたソファー・ベッドの上に置かれていた家内の携帯を見つけた。発信履歴の最後は私宛で30日の15:58。家内はその時刻までは生きていたのだ。気分が悪くなりきっと私に助けを求めたに違いない。私はその日の18:45の”ひかり”に乗ったのだ。その時間はまだ新居のレッスン室で夢中でレッスンしていたのだ。私が家内の最後の携帯に気がついていれば命のあるうちに会えたかも知れなかった。そして直ぐに救急車を手配すれば助かったかもしれない。せめて東京に出かける前にちょっとマンションに寄っていれば手遅れにならなかったかもしれない。また悔しさがこみ上げてきた。でも私のスマホには何故かこの着信は記録されていないのだ。今までにスマホには携帯からの着信が時々記録されない時があった。いろいろ不幸な偶然が重なり結果的に可哀想なことをしてしまった。
私は父を失った時もとても悲しかったが、今回はその何倍も辛い。大切な人を突然失った悲しみと、両親にも先立たれ、子宝にも恵まれず、病気で職も失い、親しい友人も無く、私だけを生きがいに、私だけを頼りに生きてきた家内、病身ですっかり弱ってしまった家内を助けてあげられなかった事が今のやり切れない気持ちにつながっている。生前もっと優しい言葉をかけてあげればよかった。2012年8月2日 午前 07:12:00

                       お気入りのソファー・ベッドで寛ぐ在りし日の家内

ホムペにこんなことを書いても誰もよんでくれないと思うけど、こうして書いているうちに気持ちが少しずづでも落ち着けるような気がする。そして家内の事を書いてあげる事が家内への供養に少しでもなればと思ったりもしている。すみません


別れ

人生60年もやっていると喜びも悲しみも数多く経験する。しかし25年間私をささえ喜びも悲しみも共に分かち合ってきた人生のパートナーを突然失うことになろうとは。今の耐え難い悲しみを分かち合ってくれる私の妻はもういない。私はここ数ヶ月異常な忙しさで家内の体調の下降を見逃していた。家内は十数年ほど前から鬱病で入退院を繰り返してきた。今回の体調の異変もいつもの病状の波の一環で、直に回復すると思っていた、否、思いたかった。家内の入院中を別として、どんな忙しい時にもランチや夕食は家内と近くの喫茶店やファミレスで一緒に食べながらゆっくり会話を楽しむのが日課だった。それは子供のいない私達夫婦には大切な時間だった。

7月28日は前日の金城学院大学のピアノ実技試験も終わり打ち上げも兼ねて家内とかに料理を食べに甲羅に出かけた。そこで将来の夢などいろいろ話し合った。家内は具合は悪そうだったが楽しそうに私の話に耳を傾けてくれた。翌日はいつもの様にランチに誘い出そうとしたが気分が悪からと家にとどまっていた。

そして7月30日朝早く家内から、今日も気分が悪いからランチは一人でいって、と言われ、それが家内と交わした最後の会話となった。
30日の出発ギリギリまでレッスンして1845分の”ひかり”に飛び乗り横浜に向かった。その晩ホテルから家内に電話したが出なかった。多分寝てしまったのだと、さほど気にも止めなかった。31日は横浜みなとみらいベーテンピアノコンクールの審査をして夜は東京でプライベートレッスンをして最終の新幹線で深夜帰宅した。遅かったのでそのまま仕事部屋で休んだ。仕事部屋とマンションは100メートル位離れている。

翌朝嫌な胸騒ぎがしたのでマンションに様子を見に行くと既に冷たくなっていた。部屋は散らかって窓は開け放たれており家内は何かを探すようにように床の上に倒れていた。きっと暑くてエアコンのリモコンを探していたのだと思う。私は審査出発の朝に家内に”今日明日と審査があるから余程のことがない限り電話しないで!”と言った。家内は容態が悪くなり助けを求めて私に電話したかったと思う。しかし私の言葉を守り最後まで我慢したに違いない。死因は長年大量に服用していた抗鬱剤や安定剤や睡眠剤の影響で徐々に心臓をはじめ内蔵が機能しなくなっていたそうだ。そして突然心不全を起こしたらしい。7月30日が命日となってしまった。

検死、死亡届、葬儀の打ち合わせなど夢の中のような気持ちで呆然と終えて一人で家に帰り泣きじゃくっている。こんな深い悲しみはかつて味わったこともなかった。なんで家内の容態の悪化をもっと早く察知できなかったのか!なんで電話するな!などと冷酷なことを言ってしまったのか!早く救急車を呼んでいたら救えたかも知れない命を私が見殺しにしたも同然だ。でも全ては虚しい。悔やんでも悔やみきれない。ずっといつも横にいてくれて当たり前の存在だった家内を突然失って、はじめて失ったものの大きさが分かった。

家内はいつも病気がちで、炊事家事など決して得意ではなかった。でもいつも誰よりも私の活躍を喜んでくれ生徒たちの活躍を応援していてくれた。来年春からの私の金城学院大学教授着任を一番に喜び、その日の来ることを楽しみにしていた。せめて後少し頑張って生きてくれて二人でお祝いしたかった。

季節が季節なので家内の遺体は3日に直接荼毘にふされることになった。生前の罪滅ぼしにせめてささやかな告別式を開いてあげたい。ただ目下コンペ本選のまっただ中で生徒たちにご迷惑がかかってはいけないので告別式はお盆過ぎに静かな雰囲気の中でしてあげたい。生前生徒たちのことを一番に考えていた家内もきっと私の考えに賛成してくれるものと思う。52年の生涯お疲れ様でした。そして25年間の結婚生活ありがとうございました。2012年8月1日 午後 06:56:39















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7月21日土曜日には神戸灘でステップ審査をやらしていただいた。途中から豪雨で会場の横の川がみるみる増水して怖かった。さすが石井なをみ先生の肝いりのステーションだけ合って演奏ハイレベルでこちらが勉強になった。終了後の会食会には参加せずに1人寂しく最終一本前の新幹線で深夜帰宅。
よく22日日曜日は愛知県の稲沢市の近くので第14回日本演奏家コンクール名古屋予選の審査だった。交通の便が余り良くない所みたいだったので今回は車で2時間かけて出掛けた。審査開始が午後2時だったので開始直前まで北陸から来た生徒2名を会場近くの楽器店でレッスンして会場入り。このコンクールは大変オーソドックスで内容が充実している。参加者は中高大学生が大半で入試や実技試験を控えた人たちが多いそうで緊張感があり素晴らしいレベルだった。終了後車飛ばして帰宅したら夜の10時。もうこの時点で精根尽き果てていた。しかし今週はいよいよ大学の前期最後のレッスンと実技試験が控えている。明日はまた名古屋に突っ走る。何とか倒れないように頑張るしかない。2012年7月24日 午前 12:20:27

2012年7月15日日曜日はお天気にも恵まれて金城学院大学のオープンキャンパスが開催された。オープンキャンパスのスケールの大きさには仰天。全学部の総数では軽く1000名を超える参加者が詰めかけて下さり、べらぼうに広大なキャンパスが高校生や父母や金城の職員や在学生のアシスタントで溢れかえり凄い熱気に圧倒されました。音楽芸術学科のブースにも明和や菊里など一流音楽高校を含めて、多くの高校からかつて無いほど沢山の生徒や父兄が来てくれました。そして教員の説明に熱心に耳を傾けていました。私はこの場では新米教員なのでベテラン教員の横に座って素晴らしく手際の良い説明の仕方を勉強しました。

次回8月18日に第2回目のオープンキャンパスがあるが、次回は私もこの場に立たなくてはならない。今回の私の担当は個人レッスン体験コーナー。7名に高校生達に要点を絞ってレッスンしました。中には鹿児島から今日のためいらして下さった親子もいらして感激しました。それにしても暑かった(;.;)(;.;)(;.;)(;.;)(;.;)汗だくで必死に対応しました!次回も体験レッスンをしますので今回抽選に外れた方も是非トライ下さい。また聴音や新曲や楽典の想定問題もゲットできます。
そして終了後は新学科の先生方と打ち上げ会で大いに盛り上がりました。今日の手応えは十分でした。食事後に直ぐに車に飛び乗って高速道路に上がりに夜遅く岐阜のホテルに着きました。

翌月曜日は駅前のじゅうろくホール中日ピアノグレードtest審査で120名聞きました特に後半の高校大学の皆様が気合いが入った素晴らしい演奏が多く感心した。課題曲は練習曲と自由曲なので本当に実力が分かって審査しやすかった。本当に疲れ果てて夜の東海北陸道→名神高速→東名高速と経由して夜遅く自宅にたどり着いた。その間事故の渋滞に巻き込まれたりで緊張の連続だった。明日は我が身。安全運手していてもトラックに追突されたらおしまいだ。<br>
本来ならここで一日くらいお休みが欲しい所だが、また今日明日と地獄の名古屋遠征が控えておりまもなく再び昨晩走った高速道路を今から名古屋に戻る。来週には大学の実技試験が控えているので休むわけにも行かないのが辛い。しかしその前に今週末土曜日には神戸の石井なをみ先生とこでステップ審査し最終の新幹線で帰宅し日曜日には名古屋で演奏家コンクールの審査が続く。本当に地獄の7月だ。そんな中だから生徒達のレッスンは本当にぎりぎり削ることになるが、何故か生徒達はコンペ予選を難なく二回通過してくれている。きっと先生が余りに忙しいくて頼れないので自分の力で工夫して練習しているのが良い結果に結びついているのだと思う。でも本選はさすがにそうも言っていられないので、これからは時間やりくりしてレッスンの頑張らなくては。2012年7月17日 谷川淳


さくじつは私の主催する新豊橋ステーションのステップがフロイデンホールで開催された。朝9時半より夜の8時半まで講評用紙に鉛筆を走らせ続けさすがにくたくた。今回も定員オーバーの申し込みを頂き本当に感謝いたしております。フロイデンホールでのステップが初めてだったので心配しましたが、結果は無事に終わりました。今回はコンペ参加組と金城学院や愛知県立芸大の学生達が試験を前に多数参加下さり、結果的に緊張感あふれる非常にハイレベルな演奏が多くてアドバイザーを務めて下さった深谷直二先生を始め他のアドバイザーからもお褒めの言葉を頂けてほっとした。でもコンペ本選や大学の試験はこれからなので益々気合いを入れて頑張って欲しいです。少ない人数でもスムーズな運営をしてくださったスタッフの方達の努力に感謝いたします。2012年7月8日 午前 11:43:45



昨日は名古屋の中村文化小劇場でアールンピアノコンクール地区予選、本選、エリア大会の審査をしてきた。予想外の多数の参加申し込みがあり、会場使用時間ぎりぎりに終了した。やはりこの時期はコンペや実試験を控えているので少しでも多く場数を踏んだ方がいいと思う。来週土曜日はわが新豊橋ステーションでもステップ開催だ。こちらも予想外の申し込みを頂いて、審査終了は夜の9時近くになる。再来週は岐阜で中日グレード審査、月末には神戸でのステップ審査も入り、今月も結局毎週飛び回ることになりそうだ。しかしそんな中でも7月1日の金城学院大学の新学科開設に向けてのオープンキャンパス第1回目は最重要項目と位置づけている。生徒達は私が忙しくて十分なレッスンをしてあげられないにも関わらずコンペ予選は順調に抜けて行っている。最近はレッスンでも最重要ポイントと必要最小限の事を教え、生徒達は後は自分たちで考えて練習する姿勢が育ってきた。その方がかえって良いかも知れない。私はコンクールに受かるためだけに演奏を表面的に作るのは昔からだいっきらいだ。そんなことをするくらいなら、潔く落ちて謙虚に反省し次に向けて精進した方がどれだけ将来につながるか分からないと思う。2012年7月1日 午前 11:14:14


この冬にヤマハリゾート「つま恋」で生まれて初めてピアノマスターコースの講師を担当することになった。期間は2012年12月25日から29日。最終日には終了コンサートも予定されている。冬休みでもあり時期的にも丁度ショパコン全国・アジア大会や音大・音高入試を控えてピアノの特訓を受けるには絶好の機会かも。また遠隔地の方もつま恋の快適な宿泊施設や練習施設やレクリエーション施設があるのでレッスンした後は家族で思い切り楽しめます.
私以外は国内外の超一流講師ばかりなので興味のある方はパンフを請求下さい。2012年6月21日 午前 10:54:53


本当にレッスン地獄の毎日が続く。でもこの時期は毎年こうだからもう諦めている。しかし忙しい時ほど妙な誘惑に負けやすい軟弱な意志の持ち主。下記にも報告した最新のスマホが想像以上の出来で2週間の試験運用を経て正式にメイン機種とすることに決定した。この3年間第1号機から、ほぼ全てのスマホをテストしては(実際に購入したり店頭で体験して)落胆を繰り返して来た。結局は仕事用としてはガラケー(従来の携帯電話)を使い続けてきた。ガラケーには20年程もお世話になったがガラケーは遂にスマホに主役の座を譲り、サブに回ることになった。ガラケー様本当にお世話になりました。私のレッスンの打ち合わせは100パーセントガラケー様のお世話になりました。JRは勿論のこと新幹線のチケットも100パーセントガラケー様にお世話になりました。ピアノやオーディオや車と同様に携帯は私にとっていつも大切な仕事のパートナーだったから、これは極めて大きな意味を持つ。それだけに私のスマホに対する要求は高く厳しい物があった。今回の新しいスマホはまだ色々問題があるがようやく8.0をクリアした。それまでのスマホが7.0~7.3だった事を考えると差は大きい。今回のスマホはガラスマ(日本国内専用仕様)なのでアドレス帳やメモ帳に加えてエディーやSuicaやクイックペイなどお財布携帯も全てガラケーからお引っ越しした。こうした引っ越し作業に丸一日を要した。昨年秋に今の携帯電話を手にしたときには遂に携帯が完成の域に達した!!と凄く感激したものだが一年もしないうちに、まだ当時赤ちゃんのような未完成なスマホが携帯に追いつき追い越してしまった。携帯(ガラケー)にはもう未来はないが、この先のスマホの発展は無限だろう。私が生きているうちに今回のような革新的な変革がもう一度は訪れて欲しい。スマホの次にはどんな端末が待ち受けていることだろう。蒸気機関車が電気機関車に変わり、電車、新幹線となり、もう直ぐ先にはリニア新幹線が控えている。こうした技術革新を味わい尽くすには、たかだか70年程度の人生では短すぎるような気がしてならない。生きているうちに何とかリニモだけでも体験したいものである。今日は強烈な台風の為に大学は午後から休講で個人レッスンも全て中止したので久しぶりに報告しました。追記、Ipad 3も凄く良いです!この秋は待望のiPhone5の発売を控えますます盛り上がりを見せる。2012年6月19日 午後 11:13:06


最近友人に勧められてフェースブックに参加してみた。驚いたことにPTNAの先生方がすごーく沢山見えて活発に交流されていることを知り浦島太郎のような状態。早速色々やってみたが自分のプロフィール写真も満足にアップできないような有様でいきなりつまずいた。昨日に金城の学生達に教えてもらってようやくちょびっとは分かったがこれは大変なことになった。携帯からスマホに完全移行したのを機に携帯でのブログは閉じて(このHPは勿論メインとして継続)ミニブログはFBを活用するのも手だな。いずれにしても攻略本買ってきて勉強せんとあかんわ。2012年6月27日 午前 09:37:47

ほぼ1週間にわたる遠征もようやく終了して久しぶりに自宅で落ち着いてレッスンが出来るようになった。やはり自分が設計したレッスン室だけに使い勝手も居心地も1番だ。それにしても怒濤のレッスンは辛い物がある。新しいスマホでゆっくり遊ぶ暇もない。それにしても今回のIS 13HTCーJはむちゃくちゃ速くて快適。ひょっとしたら本当に携帯から乗り換えられるかもしれない。


埼玉音の葉ステーションは永瀬先生が昨年秋に立ち上げられた。その記念すべき第1回のステップにチーフアドバイザーとして呼んで頂けたことを大変光栄に思う。何故なら私は今までコンペやコンサートをとおして永瀬先生の生徒を数多く聞いてきたが、どの生とも緻密で構成力があり音楽的な流れも凄く自然で美しくて大きな感銘を受けてきた。今回の会場は埼玉県大宮市にあるプラザノースホール。この会場は実に使い勝手が良くてステップに最適だった。アドバイザーは二階席からゆったりと聞けるし、スタインウェイのフルコンと会場の音響は素晴らしくて長時間審査していてもそれほど疲れずに済んだ。
しかし一番感心したのはコンペを受ける方達の完成度の高い演奏だった。どの方もこのまま予選や本選を受けても楽勝な仕上がりだった。流石は永瀬先生門下生!後半のグランミューズも大曲や難曲が並び大変聴き応えがあった!昼休み前には菊池祐輔先生の素晴らしいトークコンサートも入り豪華なプログラムだった。終了は8時をとっくに回っていた。

翌日は浦和駅前の浦和コミュニティセンターホール(下記)で私の講座が行われた。講座内容は今回からVar.2となり用例としてとして演奏する曲にコンペの課題曲を大幅に取り入れたのと、よりタッチが科学的に分析しやすいようにグランドピアノのアクションのカットモデルを導入した。
きっかけは先日名古屋で行ったショパンエチュード講座で試しに使ってみて結構反響があったからだ。講座前日まるまる一日審査して講評を書いて手や指のコンディションは最悪で身体も疲れ切っていたが、会場には永瀬まゆみ先生、戸沢睦子先生、根津栄子先生ら重鎮を始め80名近くにも及ぶ先生や父兄の皆様が来て下さったので、自分の出来る範囲でやれるだけやった。勿論自分の演奏には不満も残ったが終了後に多くの皆様から暖かい感想を頂戴して涙が出るほど嬉しかった。来て下さった全ての皆様に心から感謝いたします<(_ _)>
終了後はスタッフの皆様と懇親会があり時間の経つのも忘れるほど楽しい一時が持てた。ステーション代表の永瀬まゆみ先生に改めてお礼を申し上げます。2012年6月6日 午前 10:36:09


昨日地獄の埼玉ステップ+講座から生還した。今日は今から大学に行くので詳細はまた報告します。埼玉音の葉ステーション代表の永瀬まゆみ先生を始めスッタッフノ皆差に二日間本当にお世話になりました。ステップでは素晴らしい演奏を沢山聴けて感動でした。また私の講座には80名近くの方がいらして下さり感謝感謝です。本当に有り難うございました。2012年6月5日 午前 10:27:54