問 題

Problem


あんな問題、こんな問題、日本に居たら遭遇しなかった問題


イラク バクダット
 
パスポートには何も入れるな!
 
最初の海外はここイラクでした。 当時日本で取れたビザは2,3週間の滞在まででそれ以上は
バグダットの移民局(みたいな役所)に出向き、ビザの延長が必要でした。 最初のビザの有効
内に出頭し1ヶ月の延長を行い、次は半年とか常にその役所を訪れていた記憶があります。
 
当時パソコン等整備されていない時代に、私のパストートに勝手に管理用番号を書き込み
何時訪れても私の管理台帳が出されたのは驚きました。 下手なITとか電子化とか必要無い
くらいの管理術でした。 今は戦争、独裁政権で荒廃していますが、石油資源に限らず人的資源
もある国と思います。 話はそれましたが、このビザ更新時に代々言われ続けた事があります。
 
提出する書類とそれに着けるパスポートのカバーは勿論、中に何も挟まっていないか確認せよと。
 
その意味は、過去にパスポートの中に個人のUS$(100$くらいか)を入れていた人が、このお金の
事をすっかり忘れて提出したそうです。 普通の国であればお金が入っていたよ、か黙って抜か
れて終わるでしょうが、その人はその日帰って来なかったそうです。 色んなルートで探したら
その人は刑務所にいたそうです。 審査官は申請書類とパスポートとその中にあった外貨から
この人は賄賂を渡したと判断し拘束され刑務所に入れられたのでした。 この教訓から書類
提出前はパスポートをぱらぱらして中に何も入っていない事を確認したのでした。
 
当時、日本人が夜帰って来ないケースが何度かあり、この様な場合は当然警察に行きますが
刑務所を探すと発見出来ました。 当時のイラクの刑務所は食事が無く、収容者の家族等が
食事を差し入れていたようで、当然収容された外国人は当然食事が無く早く探さないと餓死する
危険性もあったあけです。 幸いにも私はその様な経験はありませんでしたが注意が必要ですね。
 


スリランカ パーナドゥラ/カルタラン
 
爆弾に注意!
 
スリランカは長い間、内戦状態にあることはご存じだと思います。
シンハラ人(仏教徒)と タミル人(ヒンドゥー教徒)の紛争ですが、全ての民族が対立している
訳では無いですが長い事続いています。 私が滞在した時も、中央銀行爆破、石油関連施設
爆破と大きなテロがあり問題となりましたが、ここではもっと身近な危険を書きたいと思います。
 
パーナドゥラ/カルタランはコロンボより南に1時間程の所にがあります。 南西海岸の一部で
南部ゴールやビーチ リゾートへ向かう幹線道路が通っています。 ある時パナドゥラの電話局
にて仕事をしていると、急に大きな声でみんな外に出ろと叫ぶ人がいました。 何事か確認すると
電話局から道路をはさんだ市場に爆弾が仕掛けられているとの話しでした。
 
爆発すると建物が崩れる可能性があるために、全員外の出された訳です。 塀の後に隠れながら
その様子をみていると、当然幹線道路は通行止めになっており、その市場からは人が居なくなって
いました。 次に爆発物処理専用車両が到着し作業を始めました。 この作業が終わらないと建物の
中に入る事は勿論、移動も出来ませんので塀の後の庭にいました。 どれくらい待ったでしょうか。
 
一時間程だったかもしれませんが、作業が完了したと何処からか伝わって来ました。
 
実は買い物に来た人が荷物をそこに置いて別の買い物に出かけたところ、誰かが不審な
荷物がある、 それ爆発物だとの騒ぎになったのが真相のようです。 その荷物を置いた人は
警察に連行されたようですが、説教だけですんだのでしょうか?  内戦状態にある事はただの
荷物であっても爆弾だと思わせるのでしょうね。
 
帰国後、その隣の街パーナドゥラの局舎が爆破されたと報告がありました。
写真をみると私たちが設置した通信機器がめちゃくちゃに破壊されていました。
幸いにも人には被害は無かったようですが、テロの怖さを改めて感じました。
 

 
チュニジア CHOTT EL GHARSA(塩湖)
 
ラクダ救出作戦!
 
トズールよりタメルザ方向へショット エル ガルサ(塩湖)を横断していました。
ここはスターウォーズ撮影場所としても有名な場所で湿地帯を1本の道が延びています。
 
この時は雨期で途中の道も水が溢れ、乗用車では前に進めない危険がありましたが、
私が使っている日産パトロール 4×4は問題なく走れた。 暫く走ると観光客を乗せた
車が5,6台道端に止まって何十人もの人が降りてある地点を観ていた。 私たちも
車を止め、降りるとそこにはラクダが沼にはまり身動き出来ないでいる。 ラクダのオーナー
が一生懸命動かそうとするが、数百キロもあるラクダはびくともしない。
 
道の脇は排水の為に掘りがあり、その両側にラクダを放牧していたが、何かの弾みで
ラクダがその堀に近づき泥に足を取られたようです。 ラクダは非常に気の小さい動物
みたいで、足が沼に入り上手く足を動かせない状態でその場にうずくまっていました。
 
道端から観ても泣いているよな表情で、脱糞しており腰が抜けているのは解ります。
通常この様になった場合、ラクダを助けるのは難しく死んでしまう場合もあるそうです。
 
私たちは仕事柄ロープを持ち歩いており、車も4×4 その車をラクダの近くに進め
ロープでラクダの体を繋ぎ引っ張り出そうとしました。 最初はロープをかける位置が
悪く、ラクダは動きませんでしたが、何回か挑戦しているうちにラクダが固い土の所
まで動きました。  地面の固い場所に来ると今までの表情は嘘のようにラクダは
しっかりと自分の足で立ち上がり、仲間のいる方へ行きました。
 
この時、日本人、チュニジア人、観光客のフランス人と総勢数十名がこの様子をみて
いましたが、ラクダが歩き出すとあちこちで拍手や”ブラボー”などと声があがりました。
 

 
アメリカ ダラス
 
2 ID!(IDENTIFICATION)
 
アメリカに行って何が不自由か? それは人によって違うでしょう。 私の場合は
酒を売って貰えない時です。(たばこは吸わないのでどうでも良いが) アジア系
人種は一般的に若くみられアルコール類の購入はかなりのパワーを必要とします。
 
私は日本では老け顔ですが、ここアメリカではそれなりに子ども扱いでした。
そこで重要な物はIDカード(身分証明書)です。 日本の場合はよっぽどの事が
無いと酒、たばこの購入に身分証明書の提示を求められませんし、子どもが買っても
お手伝いの一言で殆ど買えると思います。 アメリカの場合は我々日本人は殆どの
人が身分証明書の提示を求められたと思います。 じゃー日本の免許証は当然使い
物になりませんが、なんとパスポートも信用されないのがアメリカの凄いところです。
 
大いなる田舎であるアメリカでは東洋の島国の役人が発行したパスポートなんて
全く信用しておらず、何度も喧嘩して悔しい思いをしました。 そこで考えたのが
アメリカの身分証明書をとる事です。 ここでは2 IDが普通で2種類の身分証明書
を持ち歩く事は非常に重要な事です。 パスポート、免許証、身分証明書、その他
 
我々、外人が最も簡単に入手出来たのが身分証明証でした。(今はわかりませんが)
当時事務所のあったダラスの役所に向かい、申請書に必要事項を書き込み
 
1,内容確認 
 
身長、体重は勿論髪の毛の色、目の色まで申告しますが、受付の人に言われたのは
貴方の目の色はブラウンだと、、、日本人なら俺の目の黒いうちは思っていますが私の
目の色はブラウンだとこの時しりました。(笑) 住所は何処でも大丈夫でしたが、その
時は現地法人の住所を借用しました。 (後日身分証明書は郵送されてきますので
全く嘘の住所では受領することが出来ない) 3週間ほどで来たと思います。
 
2,指紋採取
 
今日本でも指紋採取で問題となっていますが(外国人登録等) アメリカでは当然です。
しかも10本の指の指紋を採取されました。 もう悪い事は出来ません。
 
これで受理され、テキサス州州都 オースチンにて処理され郵送されてきました。
 
日本の免許証と一緒ですが、運転出来ないと書いてあるだけで、有効性、外観とも
全く免許証と同じでした、これがあれば殆どパスポートを使った記憶がありません。
 
レンタカー ホテル、当然ビール購入時に活用しました。
 

 
イラク バグダット
 
戦争体験者!
 
戦争体験者と言えばお年寄りをイメージしますが、私も一応戦争体験者です。
昭和30年代生まれですが、イラン-イラク戦争を体験しています。
 
当時、首都のバグダットでは多少の不自由さはありましたが、戦争その物を実感
出来ませんでした。(実感しない方が良いわけですが) ただ滞在数ヶ月後より戦況
が激しくなり日本より出張禁止となりました。 会社の凄いところは危険だから行くな
と決まりますが、現地に行っている人間は帰って来るなとなるわけです。(苦笑)
 
行っては行けない国であれば居ては行けないと思うのですが、、、
 
そんな訳で、私の場合も交代者が来なくなった為、イラクに滞在し続けました。
その頃からイランよりミサイルがバグダットへ飛んで来るようになり、私の住ん
でいた家より数キロ先に落ちた事もあります。 その時の安全の考え方は今の
兵器は精度が高く、数百キロ飛んできても誤差は数十Mだと、敵は大統領府
その他戦略的な場所を狙っている、従いこの場所に近づかなければ安全で
あるとの論法です。 A=B, B=C, 従いA=C的な強引な論法です。(苦笑)
 
大統領宮殿、軍関連施設、通信、発電施設等に近づく事は厳禁でした。
 
一番戦争だと感じたのは寝室を含め、家の窓ガラスにテープを貼り(飛散を防ぐ)
窓は必ずカーテンを付け、ベッドは窓から離れた場所に置いて寝た事です。
 
北部の主要都市 モスルに滞在中は近所で銃撃戦があり窓にテーブルを
建てかけ流れ弾が来ない様にした事もありました。 今同じ事をしろと言われても
出来ないでしょう。 若い時でしか出来ない経験だと思います。
 
 
 
今も紛争が続いていますが、何時になったら安全な国になるのでしょうか?
 

 
モロッコ 某所
 
麻薬に手を出すな!
 
今でも当時変な夢でも見ていたのでは思うくらい強烈な場所でした。
 
タイトル通りモロッコのある小さな村はハッシシ(麻薬)の産地でした。(今は知りません)
この村から3本の道が延びていますが、入るときは普通に入れますが、出る場合は警察の
厳しい検問があります。 当然”あるもの”の持ち出しを管理しているわけですが、、
 
ここで不思議なのは持ち出しはかなり厳しい状況ですが、その村ではみんなが普通に
その”あるもの”を使用しています。 私が感じたのはその村だけ治外法権状態である
との思いでした。 ホテルが1軒ありましたが、レストランのお兄さんはその”あるもの”
も持ってきて買わないかと話しかけてくるし、俺は昔は運び屋だったとか色々話を聞かせて
くれます。 朝近くのカフェに行くと地元のおじさんが何人もカフェで”あるもの”の嗜好して
いたりと皆さん正々堂々と”あるもの”を楽しんでいるのです。 但しカフェでは入口からは
背中しか見えないような席の配列で少しは罪悪感があったのでしょうか?(苦笑)
 
その村の怪しいところは電気が無い事です。 村には電気が無く、ホテルも夜になると
発電機を使用していました。 又ガソリンスタンドも建設中でありましたが、破壊されて
いました。 この村の郊外の林の中にはドラム缶を沢山持っている人たちがいてディーゼル
ガソリンともそこでしか買えない状態で領収書は当然無く値段も高かったです。
 
そのような闇の売人が正規ガソリンスタンドを破壊していたと思います。
 
話は戻って”あるもの”ですが、さっきのホテルのあんちゃんに言わせると
ここの”あるもの”は純度が高く、爺さん、親父、あたしと嗜好しているが全く健康に
問題ないと胸を張っていました(苦笑) それと”あるもの”にはマルボロの赤(箱)
が一番相性が良いんだとも、、、 私はたばこを吸わないので良いと言われても
全く理解出来ませんが、、  
 
話はまたまた変わり、この村の山には松茸がありマルボロ1箱で数キロの松茸を持ってきて
くれます。 現地の人は松茸を食べる習慣が無く、幾らでも探してやるよとも言われました。
 
10年が過ぎ
 
最近この村を訪れました。
 
今では電気も来て、ガソリンスタンドもあり石油の密売人も居ませんでした。
町中も外灯があり昔の暗さは感じられませんでしたが、村から離れた所にぽつり、ぽつり
と車が止まってたばこを吸っています。 それぞれの車は数100m離れ皆さん個別にたばこを
楽しんでいるのでしょうが、未だに”あるもの”を楽しんでいるのでしょうか?
 
日本での台所やベランダでたばこを吸っている蛍族のお父さんを思い出しました。(笑)
 

 
スリランカ コロンボ
 
泥棒に注意1!

スリランカの人は基本的にいい人が多いです。 しかしどの国にも例外はあります。

スリランカ滞在中に日本人男性が殺される事件がありました。 当時民家を借りて共同生活
をしていた私たちに戦慄が走りました。 シンハラ人とタミル人(仏教とヒンドゥ教)の対立は
あっても外国人への攻撃は無かったからです。 そこでガードマンを雇い24時間監視して
貰う事になったのです。 暫くしてその日本人は何十カ所も刺されたとの情報が入りました。
 
単なる物取りであれば脅すか数回させば良いはずです。 何十カ所も刺す事はその人個人
に対し相当恨みのある場合ではと話して居たところ、その日本人とスリランカ女性の問題から
その女性の兄弟が犯行に及んだとの事。 死んだ人には悪いが、今回の事件は外国人だからの
犯行では無く、男女間の問題から起きた事から我々日本人には波及しないと判断しました。
 
私が帰国した後、宿舎であるその家に泥棒が入ったと連絡ありました。
しかも私が使用していた部屋の窓から侵入して来て部屋を物色していたところを物音に気づい
て鉢合わせになったようです。 可哀想にガードマンはぐるぐる巻きになって庭に転がっていた
そうです。(怪我は無し)  直接被害に遭ったわけではありませんが、注意が必要です。 
 

 
ディズニーランド
 
ディズニーに関する悲しい思いで!
 
ロサンゼルス/パリ/東京
 
日本人の殆どの人がディズニーランドに関する想い出があると思います。
私のディズニーランドに関する想い出は寂しくもあり自慢でもあります。
 
ハッキリ言ってもてるタイプでは無かった私は東京ディズニーランドには全く
縁が無かった、上京してから横浜に住んでおり、会社も東京だったのでチャンスは
いくらでもあったと思うが、その気にならないし(彼女が居ない)ずっと縁が無かった、
但しこのHPをみて貰えばわかるのだが、最初はロスのディズニーランドを訪れた、次にパリの
ユーロ ディズニー、、 そして最後が東京ディズニーランドの順番であった。
 
何が言いたいのか?  そうそうデートで行った事が無い悲しさと、この順番で
ディズニーランドを制覇した日本人はあまりいないだろうな、との自慢話である。


カーボデルデ
 
ロブスターは要らない!
 
”シーフード” ”ロブスター” の言葉にマイナスのイメージを持つ人は少ないと思います。
私も基本的には大好きですが、もう食べたくないと思った事が1回ここカーボベルデであ
りました。 カーボベルデはハワイ諸島と同じ様な構成で火山で出来た島であり、島の
数や大きさもそれほど変わらないと思います。 ただハワイのイメージからショッピング
センターやレストラン、またまた緑豊かな大地を取り除いて下さい。 そう、そこにはハワイと
大きくかけ離れた現実があります。 さてそのカーボベルデの首都のある島より西に活火山で
あるフォゴ島があります。 飛行機で2,30分、ヘリで40分程度、、船で一晩の距離です。
 
全ての手段で行きましたが、船を使用したときに鶏を沢山みかけました。
食料が少なくわざわざ持ち込んでいました。 ここから話はロブスターに戻ります。
 
フォゴ島唯一のホテルに滞在していると、基本的には食事だけがたのしみですが
ここで1週間ずーっとロブスターの料理を出された事があります。 海に囲まれてはいますが
火山の島で浜辺も無く切り立った崖が多いです。 従い意外に海産物も少なく、当然土地も
痩せていて農産物も殆どありません。 あるとき鶏をみかけたのでどうしてあれを料理して
くれないのかと質問したら怒られてしまいました。 ここでは鶏は卵を生産する貴重な家畜で
卵も非常に貴重な物です。 その貴重な卵を産む鶏を食べるとは何事か!! と彼らは
怒ったわけです。 お金があれば何でも食べられる生活をしている日本人は本当に良い
生活をしてる訳です。 でもこの時1週間以上続いたロブスターはもうケッコウでした。



問 題 PROBLEM 2

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