熱中症
レナ26歳は五反田のクラブ「むらさき」のホステスをしている。
店にはキヨミという鉄火肌の美人ホステスがいてママそっちのけでなにもかも仕切っている。
キヨミのいうことに逆らったりしたらどんなひどい目にあわされるかわからないのでホステスたちはいつも彼女の機嫌を損ねないよう
細心の注意をはらう必要がある。
「レナ、あしたマリをあずかってくれる?」
キヨミはシングルマザーで3歳になる娘マリと暮らしているが、店の客と遊びにでかける都度レナにマリを押し付ける。
レナは明日、御殿場のアウトレットに買い物の予定があったので断りたかったのだが、
「いいわよ、明日は暇だから」とひきうけた。
レナは娘をつれて車で出かけることにした。
駐車場に車を止め、娘の手をひき、売り場をまわる。
マリはさほど活発な子ではないが手を放すとひとりでどこかに行ってしまう。
香水売り場に立ち寄ったとき、
「まあ、かわいいお嬢ちゃん、 きょうはママとお買い物でいいわね〜」そういいながら
売り子がミニチュアサンプルを娘のポシェットにいれてあげる。
レナはママ呼ばわりされたからというわけではないが、目の離せない娘のために買い物に集中できずイライラしてくる。
ケンゾーのパンツをあさっているとき娘が眠そうにしているのに気がつき、これ幸いと、車に戻り座席に寝かしつける。
よく眠っているのを見計らって自分だけ買い物に戻る。
マリから開放され、時間を忘れてショッピングを楽む。
レナが車に戻ってみると娘がぐったりして横たわっている。
この日は気温が異常に高くなり車内は40度以上になっていたようだ。
あわてて水を飲ませたり、ぬらしたタオルで体を冷やしたりと手当てする。
その甲斐あってか娘が元気をとりもどしたようにみえたのでレナはほっと胸をなでおろす。
レナがマリをキヨミのマンションに連れ帰ったときキヨミはまだ帰っていなかった。
テレビを見ながら待っているあいだにマリの様子がおかしくなった。
食べたものを戻した。 体をさわってみるとすごい熱があり目もうつろになっている。
あわてて病院にかけこみ診察を受ける。
「熱中症です、命を落としても不思議でない重症です!」「なぜもっと早く連れてこなかったのか!」と、こっぴどく医者にしかられる。
なんどキヨミに電話してもつながらないので、病院にマリを残し、一旦マンションに引き返しキヨミの帰り待つことにする。
その夜遅く男と一緒に戻ったキヨミにマリが熱中症になったので入院させたことを話す。
キヨミはマリの容態を心配してするより先にレナの行動をなじる。
「おまえ車にマリを放置したんじゃないの?」とキヨミに詰問されたがずっと一緒だったとウソを通した。
お店の店員が「お嬢ちゃんかわいいね」といって香水のサンプルをくれたことなどを話し、一緒だったことを強調した。
「レナ、でたらめ言うんじゃねえや! マリのポシェットのなかのサンプルは、トップノートが変質しているところから、
間違いなく高温に晒されたはずだぞ!」
二人のやりとりを聞きながらミニサンプル香水のにおいをかいでいた男がピシャリといった。
香水がそんなデリケートなものとは知らなかったレナは白状せざるをえなかった。
驚くべき回復力で元気になった娘をみながらキヨミはつぶやいた。
「レナのやつ、もっと長く車内放置してくれていたらよかったのに」